2012年01月25日

テトは家で一人静かに過ごす編

まぁ、早い話が何処へも行かず一人おっさんがホーチミンの民家で引きこもりしているだけでごわす。

仮に外出したところでどの店も閉まってり時間をもてあますだけですので、非常食用にカレーなんぞ煮込みまして一人味見しながら悦に入っている・・・と、まぁ何とも侘しいというか、これが現実と言うか、愚息夫婦と一緒に住む前の自分の日常の姿ですな。

誰しもいつかは一人になって死んで往く運命です。
こればかりは誰もが避けることが出来ない人間の定めですね。

しかし生きている間は人間は一人では生きては行けませんねぇ。
日々の生活は様々な職業の人たちの支えがあってこそ成り立っている訳でありまして
一人で食料を生産し、衣類を縫い、住む家を建てるわけには行かないのがこの世の中であります。

まぁ、中には鄙びた寒村に一家で移住して自給自足の生活をされている方も中におられますが、そんな家族でさえ近隣の農家の人たちとの交流がなければ生活は成り立ちません。

仙人のように山奥で一人霞でも食べている人?はそれで良いでしょうが、
人間は社会的な生き物ですから社会(他人)との関わりがない生活はやはり・・・寂しいと思いますねぇ。

日々動物園状態の会社から離れて一人家にいると最初は静かに色々とものを考える時間が合って良いわぁ なんて思っていましたが、日にちが経つにつれて落ち着かなくなり、冷蔵庫の中を掃除したり、不要なものを整理したりとしっかりものの主婦のような異常行動を?をとったりして落ち着かなくなる自分に苦笑しておりやす。


有難いことに色々な方から新年の挨拶の電話やメールを頂きました。

また、隣りの豚鼻のお犬さんちの娘さんに毎年恒例のお年玉をあげに伺った時には、親父さんから まぁ、秀さん上がって一杯やろうよ と言われ結局は一杯どころか7〜8本のビールを飲んでしまいましたわ。

この借家に引っ越して来た時にはまだ幼かった娘も今年は16ですと聞いて月日の経つのは早いなぁ としみじみ実感しましたわ。
その娘は奥さんに似て美人で将来男どもから盛んに声を掛けられるでしょうが、くれぐれもアホな(秀さんのような)男と一緒にならないように・・・と要らん心配をしましたわ。


まぁ、そんなこんなでじじいのテトの風景です。


家でパソコンを前に仕事をするのを一旦止めて、明日は近くの公園にでも散策に出ようかと考えております。

最後に、最近いつも読んでいる伊勢白山道の記事を貼り付けて本日のだらだらブログはお仕舞いどす。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

何でも思ったことが手に入る世界とは、つまらない世界であり、結局は自我の増大を起こして破滅へと向かうでしょう。

人間が必ず死ぬ道理を見ましても、モノを集めることに真の幸福が無いことは明らかです。
その証拠に、多くのモノを集めるのに成功した人でも、生老病死の悩みから逃れることは出来ず、誰もが何かを心配しながら生きています。
心の安定・幸福とは関係が無いのです。

逆に言えばモノを持たなくても、自分の心が安心している人は、真に幸福な人です。
要は自分の思いは、吸引よりも排出するモードを心掛けることが良いです。
自分の心を配ること、他へ思いやりを出すこと、つまり良い気持ちを出す一方にしますと、自然の原理で何かが入って来る法則が在ります。陰圧の法則が働くのです。
ここに、自分が欲しいモノが自然と与えられるように働く原理が在ります。

この世は、欲しがれば遠ざかり、離せば近寄るというアマノジャク(天邪鬼)な側面があります。
要は、何事にも執着せずに、たんたんと目の前のことに努力することが大切であり、最善なのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふむぅ〜 この世は欲しがると遠ざかり・・・離せば近寄る・・・
何事も執着せずにたんたんと目の前のことに努力する・・・


こんな心境になれればハッピーなんでしょうが・・・

我々凡人はそれが出来ないから悩むのでしょうねぇ。


何? 



お前は何も悩んでいないではないか?

と言われますか?



へい、昔、亡きおやじさんに・・・

アホの考え休むに似たり・・・・


と良く言われましたので・・・


深く考えたり悩んだりしない生き方がこの秀さんのレベルには合っているのでしょうよ きっと!



では、賢者の皆さま、ごきげんようさようなら!




posted by 秀さん at 21:36| ハノイ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

テトを迎えますが・・・編

テトを迎えますが、

へい、結局何処へも行かず(行けず)に仕事モードになってしまいやした。


愚息夫婦は嫁の実家へ里帰りした後は二人でニャチャンでゴルフに観光とな!  

はぁ〜・・・同じ血を分けた親子なのに・・・
親父一人ホーチミン市に残り仕事モードとはこれ如何に?

まぁ、嘆いたところでどうなる訳で無し、
秀さんの場合は顧客先が日本ですのでテロ、いや間違い、テトもあまり関係はありませんわ。
あるがままを受け入れ、日々生活できることを感謝しまひょ! へい。

今年は何かと忙しく、以前のように鼻毛抜きながらまた〜り としている暇がござらん。

別にこの歳になれば、正月が来たところで嬉しいことは何ひとつもありゃしませんな。
面倒でも食料の買出しをしておかないとお店が休みなので日々食べるものにも困ります。
子供ならお年玉を楽しみにしているでしょうが・・・秀さんのようなおっさんは反対に結構な出費が続きますわ。ベトナムでの親戚も愚息の結婚を期に増えたことですので用意するお年玉も急増しております。


正月を迎える気持ちは日本人のそれとベトナム人ではその重要度は10倍くらい違うのではないでしょうかねぇ?

家族親戚一同集まって先祖に感謝する儀式の後は、食って飲んで、あいさつ回り・・・

こんなことのために大勢の人が 田舎へ 故郷へ と帰省する訳です。
時間と費用をその結果(飲み食うだけ?)を考えると割りに合わないと思うのは・・・


家族親戚、地域の絆の大切さを忘れた日本人だけかもね?



この世に、そしてその家系に生を受けると言うことは、切れることなく連綿と続く血のつながりがもたらしたもので、

ひとつの連鎖が途切れただけで現在の自分は存在していない と考えると

どうせ最後にはこの世に全て置いて行く、お金、財産、地位に権力なんてものより、
何十時間もバスや電車に揺られながら故郷を想う気持ちには・・・

お金で買えない家族の絆の証明があり、帰って来る子供や孫達を待ってるじい様、ばあ様の喜ぶ姿は後々まで記憶の中に生きることでしょう。


秀さんも、元旦には現在の借家ににわかにこしらえた簡易仏壇にお供えものをして、
今は亡き両親はじめ、じい様、ばあ様、また先祖の方々に感謝の言葉を捧げるつもりです。


愚痴で始まったのですが、最後は・・・感謝の言葉になってしまいました。


皆さま、良いテト休暇をお過ごし下さいませ。

日本の方は、寒さ厳しき折、風邪など引かれませんように・・・


では、おやすみなさい!








posted by 秀さん at 04:08| ハノイ 霧| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

やっぱアメリカ様だわ編

TPPの 交渉が始まったようですが、早くも、アメリカ様から要求が来ていますな。

やれ軽自動車を廃止しろとか、カンポ生命保険を止めろとか・・・・

日本にあって米国 にないものを片端から廃止させて、米国企業の日本市場参入を容易にしようという魂胆が見え見えですがな。

ましてや自分たちの都合で、日本はイランから石油を買うなどと石油資源の全無い国、日本のことなどお構い無しに言い放っていますわ。



ええ加減にせんかい! と言う気概のある政治家や役人がいないわが国、日本、秀さんはもう言葉もありませんわ。

いっそのことアメリカ合衆国日本州になればこんなアホばかりの政治家や役人はいらなくなるのではと思いますわ。 ったく。


いまだにアメリカは豊かで大らかに消費を享受し楽しく日々を送っている国だなんて考えている人も多いのではないでしょうかねぇ。

それは昔の話ですわ。
秀さんがガキん子の頃から30才代まではそうだったでしょう。
アメリカさんもゆとりこいていましたもんね。

しかしですぞぃ、その後はどうですのん、

モノ作りを忘れた頃から段々とおかしくなり始め、

IT立国構想も数年で崩れ、

その後は金融立国を目指すが、リーマンでその金融詐欺が露呈し

国内経済や雇用は悪化の一途をたどり、

かっての栄光も何処へ・・・・という状態ですがな。


失業者は日本の比ではなくフードスタンプ受給者が数千万人単位いる国ですよ、今は・・・。

そんな時は必ず戦争を起こして何とかしようというやり方はアメリカの常套手段ですわ。
よく調べてみてくださいな! 表裏は別にして戦後起きた戦争の全てにアメリカさんは関わっていますので。


早い話が自分の利権のために半ばいちゃもんに近い形で他国に攻め入りやりたい放題の国ですわ。
まぁ、それがアメリカの国益に適っているから自国の論理だけで無茶しまっせ! とアメリカさんももう開き直っている感じですわ。

過去の世界史をの歴史を考えれば分かることですが・・・
強いやつに民主主義、礼儀・礼節をもった外交的な話し合いなんて必要ないですもんね、

へい。

ここで、内田樹氏の記事の一部を勝手に掲載して、


本日の 「おい こら! アメリカふざけんなよ」という


秀さんの怒りのアホブログは終了どす。


「アメリカの没落」とは、「アメリカの普通の国化」ということである。別に恥ずかしいことではない。
けれども、アメリカという国は「普通じゃない」ことを、それをほとんど唯一の存在理由にして国民的統合を成り立たせて来た国なのである。
それが「普通の国」になるというのは、国民的統合の「軸」を失うということである。

世界の人々をアメリカに惹きつけてきたのは、それが「例外的な国」だったからである。世界の人々がアメリカの犯してきたさまざまな誤りに対して異常に寛大だったのは(罰するには巨大すぎるという理由と並んで)この国が「例外的な国」だったからである。

「ずいぶんひどいことをする国だが、それはアメリカが『世界の希望』を担うという歴史的使命をうまく処理できないせいで起きたことで、利己のためではないのだ」というかたちで私たちはアメリカの誤謬を「やむなく」認めてきた。

そのような「特別扱い」の権利を国際社会はもうこれからアメリカには認めないだろう。
「次の大統領」は「なぜ、アメリカだけが世界の安定と繁栄のためのコストを引き受けなければならないのか。アメリカはアメリカだけのことを考えていればよいではないか」という国民の声に屈服するだろう。

もちろんこれまでもアメリカは自国の国益を最大化するために行動してきた。けれども、その時も「これは一国の利害得失のためのことではなく、世界のための行為なのだ」という大義名分をどんな詭弁を弄してでも手放さなかった。
「普通の国」ではない、というのが彼らが超法規的な仕方で自国の国益を守ってきたときの切り札だった。

でもアメリカ人は「自国さえよければそれでいい」という恥ずかしいほどリアルな本音を口にできる「普通の国」の国民であることを願うようになった。
この流れは今に始まったわけではない。

ソ連は七十年間にわたる「国際共産主義運動」の大義名分を捨てて、恥ずかしいほどリアルな「普通の国」になった。
中国もなった。
EUはまだ意地を張って、「欧州統合」の理想を掲げているが、現実には、ヨーロッパでは「移民排斥」や「ユーロ離脱」を公然と掲げる右翼政党がどこでも支持率を急伸させている。

フィンランドでもオランダでもデンマークでも、「なりふり構わぬ本音」を人々は口にし始めた。
フランスも今年が大統領選挙であるが、去年の支持率調査では極右の国民戦線のマリーヌ・ルペンがサルコジ、オランドを抑えて首位につけた。
ルペンの公約は「移民排斥」と「ユーロ離脱」である。

それは単にEU理念の否定というだけでなく、「自由・平等・博愛」のフランス革命理念の否定でもある。
もう、きれいごとなんか言ってられない、ということである。
人権の本家であるフランスにして、そこまで追い詰められているということである。

実際の選挙結果は「(展望のない)現状維持」あたりに落ち着くのかもしれないが、それでも私たちの前に現状からの政治的なオルタナティブとしては「世界中のすべての国の『普通の国』化趨勢」しかないという事実は揺るがない。

これから世界のすべての国が「普通の国」になる。
グローバリゼーションとは、そういうことである。
でも、行き過ぎたグローバリゼーションに対する補正の動きは当然のことながら「ローカライゼーション」というかたちをとる。
具体的には、「共同体のダウンサイジング」である。

共和党の掲げる「世界の警官」廃業論や連邦政府の権限縮小論がはその適例である。
世界の人口は70億を越えた。中国一国で14億である。14億というのは、19世紀末の世界人口である。
それだけの人間を19世紀的なシステムでコントロールできるはずがない。

というので「世界政府」としての国際連合や、「国民国家の廃絶への道」としてのEUの理念が提示されたのだが、それがうまく機能していない。
サイズが大き過ぎたのだ。
だから、世界は今「ダウンサイジング」のプロセスに向かっている。
というのが私の現状理解である。

私自身、「顔の見える共同体」の必要性をつよく感じていることはこれまでも繰り返し書いてきた通りである。
幼児や高齢者や病人や障害者を含む集団を維持するためには、「集団内の弱者を支援し、扶助し、教育することは成員全員の当然の義務である」という「倫理」が身体化しているような集団がどうしても必要である。

「倫理」とは原義において「倫(なかまたち)」と共にあるための「理法」のことである。
「なかま」のいない人間に倫理は不要である。

「私には仲間はいない。いるのは手下と敵だけだ」という決めの台詞を何かの映画で見た記憶があるが、そういうのが「倫理のない人」である(たしかにこの人物は邪魔な人間、気に入らない人間をじゃんじゃん殺していた)。

仲間がいると人間の可動域は制約され、自由は抑制されるが、その代わりに「ひとりではできないこと」ができるようになる。
「ケミストリー」と言ってもいい。

自分に「そんなこと」ができるとは思ってもいなかったことが「仲間」の登場によってできるようになる。
一方で何かを失い、一方で何かを得る。
帳尻が合う場合もあるし、合わない場合もある。
「仲間がいてよかった」と思うこともあるし、「いない方がよかった」と思うこともある。
でも進化の淘汰圧は「仲間がいる種」だけを残した。

だから、私たちは「仲間とともに生きる理法」を学ばなければならない。
そして、この理法のいちばん基礎的な取り決めは、「最適サイズ」をどこにとるか、ということである。
倫理がきちんと機能するかどうか、それを決定するのは、実は「サイズの問題」なのである。
どこまでを「倫」(なかま)に含めるか。

それについてある程度筋の通った基準を決めておかないと、「理」は働かない。
倫理の有効性は、まことに身も蓋もない言い方をすれば、「その利害を優先的に配慮し、その人たちと共生することが自然な情理にかなっているように思える集団のサイズ」を適正にみきわめられるかどうかにかかっている。

「『倫理の効果はサイズによって決まる』というような非倫理的な妄言を吐く人間は厳しく弾劾されねばならない(そんなことをいう人間は私たちの仲間ではない)」というような言明はその「身も蓋もない」思考の好個の例である。

「倫理の効果はサイズの関数である」というのは事実認知的命題であり、「その集団のサイズをどう高いレベルに維持するか」は遂行的な課題である。
私は「事実認知から始まらないと遂行的課題は達成できない」というごく常識的なことを申し上げているだけである。

ポスト・グローバリズムの世界は、「縮む世界」となる。
この趨勢はとどめることができないと私は思う。

そ の事実をまっすぐに見据えて、その地滑り的な体制の変化の中で、「近代が夢見た(捨てられようとしている)理想」、すなわち「数百万、数千万の人々を結び つける宏大な共生感をもたらしうる何か」を掬い上げることが私たちのとりあえずの仕事であるように私には思われるのである。




以上・・・・



素晴らしい考え方と言うか、頭の良い人の記事ですな。

アホの秀さんにはこんな崇高な文書は死んでも書けませんので

代わりに 頭でもかいておきます。へい


では本日はこの辺で





posted by 秀さん at 08:12| ハノイ 霧| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

じじいの独り言編

最近はブログを書く時間さえ無いほどに忙しくしておりやす。

まぁ、それでも福岡県人会やら九州健児会と言った同郷の集まりには余程の理由が無い限り
出席している秀さんですわ。

生活する為にはささやかとは言え糧を得なければ生活もままならない超極細毛細血管企業の代表者(実態は使用人)ですのであれこれ考えながら仕事をやらなければならない悲しい定めの秀さんでごわす。

よくよく考えればもう直ぐ60歳に届きそうな程、じじいになってしまいましたわ。

40才くらいまではじじいになった時の計画というか、将来ヴィジョンなんてものが少しはありましたが・・・妻の死に会社の倒産&自分も破産して無一文になってしまいましたので赤ちゃんのおむつに変わってしましましたわ。


うん?



・・・・それはヴィジョンではなくて、ピジョン(pigeon) だって?


まぁ、秀さんのヴィジョンなんて赤ちゃんのおむつ程度のものですので似たようなものですわ。

その後様々な経過を経て・・・

それが、あ〜た、どこでどう狂ったのか、日本から遠く離れた異国の地、ベトナムなんて国で日々ゴソゴソと動き回らなければならない人生になってしまいました。

お金と言う現代では最強のアイテムにはとうに見放され、元々美女とはめぐり合うことの無い運命を背負って生まれ、たまの楽しみで出かけるゴルフでは愚息の嫁にさえ負けてしまう現実、また、ええ年こいてこんな恥さらしなアホなブログを書いている爺さんになるとは・・・若いときには考えも及びませんでしたぞぃ。

しかし少しも後悔はしてはおりませんぞぃ。
愚息夫婦をはじめ日々若い人たちとの交流があるベトナムでの生活に十分満足しておりやす。


しかし、若い人たちから見れば・・・こんなじじい話など、うざぃだけなのかも知れませんがね。
じじいの特権と言うか若い人たちに迷惑がられる事柄に、昔話が多すぎる、それも自慢話が・・・・

なるべくこういう風にならないように心がけているつもりですが、如何せん、寄る年波には勝てずついつい昔話ををしてしまう自分がいますわ。


そんなじい様が何をとち狂ったか2月より新しい事業を立ち上げるはめになり申した。

本来なら、本業をぼちぼち少なくしてミトーの旅行会社の副収益でのんびりまったりと暮らそうかとイージーな考えをしていたのですが・・・


そんなイージーな生き方を天の神様はお認め下さらなかったようで理由はメコンクルーズ版の最後に書いてあるとおり旅行会社を手放す羽目になりました。


その後色々と勉強をしてこれ以上絞っても何も出ない脳みを持つ秀さんですが、昔わくわくしながらやっていた物売り仕事のベトナムヴァージョンみたないなことをやることになり申した。
あつかう商材は違えど、物売り仕事には違いはござらん。

2月の後半になれば賢者の皆様方にご案内する予定と言うか、出来れば少しご協力も仰ぎたいな! などと・・・虫の良いことを考えておるのですが、この風貌とは100%似つかわしくない事業ですのでお知らせした方が良いのかどうか非常に迷うところですが、何事も包み隠さずさらけ出す性格ですのでその時がくればブログにリンクでも貼ってお知らせいたしたいと思っております。へぃ

万が一成功しても大したことになるわけでもありませんが、

百が一、失敗した時は・・・・真夜中に自転車にダンボールやら発砲スチロールを満載した秀さんの姿を街中で見かけても・・・・


そこは武士の情け、止めてくれるな梶川殿!


決してお声がけなど無きように、平に平に お頼み申す〜・・・・



そう言えば・・・最近はとんと時代劇ヴァージョンのブログを書いておりませんねぇ。

次回は新しく香草、じゃない、構想を練り直して久しぶりに時代劇バージョンをお届けしましょうか!



なに?



あれだけはやめとけ! と言われますか・・・・



自分自身は結構気に入っているのですが・・・・

人様の評価は違うことが多いのがこの世の定めですな!


しかし、巨人軍は最近は永遠ではなくなりましたが、時代劇ヴァージョンは止めませんぞぃ。

賢者の皆様、どうかお許しくだされ!



そんなこんなで、本日のじじいの独り言編は終了っと!

皆さま、良い週末をお過ごし下さいな。

本日の品友会もヨロシクです。



posted by 秀さん at 08:25| ハノイ 霧| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

う〜ん、良く分かるユーロ下落の原因編

かなり前は1ユーロは150円台なんて時期もありましたねぇ。

それが今じゃ100円を切るなんてことになっておりやす。

秀さんが前から言っているドルの信用失墜による更なる円高も多少の遅れはあったにせよ
最近ではもとの軌道に戻っているようです。

現代の社会は貨幣の信用創造で成り立っています。

貨幣と言ったって現在は原価があって無いような紙で出来たものですがな。

数百年前はどこの国も金や銀、銅といった貴金属が貨幣としての役割を担っておりました。江戸時代を考えれば分かりますわな。
まぁ、幕府の財政が厳しくなって来ると小判の中の金の含有量を減らしたりしてはおりましたが、それでも今のように日本銀行券と印刷した単なる紙切れが貨幣になることは約束手形を除いてはありませんでした。

それよりはるか以前は、相手の持つものに対して

ぶつぶつと文句を言いながらものを交換するシステム= ぶつぶつ交換・・・

とは言いませんな、へい、いつもの笑えない親父ギャグですがな、まぁそう怒らないで下さいまし〜。

その物々交換が主流でした。それがいつのまにやら紙切れのお金、いや今ではデジタル画面に表示される数字がお金になっている感じですね。

昔の人から言わせれば、詐欺みたいに感じるかも?

極論を言わせて貰えば、今の世の中、紙切れで出来たお金を有難がってその紙切れを集めるのに大勢の人が必死こいて真剣に、中には命をかけて競争している狂気の世界なのかも知れませんねぇ。

お金に支配されない国・・・例えば天国みたないな所に住んでいる人がもしいるとすれば、
その人たちから見れば、

あんたら、ほんまのアホやで! と言われているかもね!


まぁ、前置きはこの位にして、本日の経済記事の転載ですが、いつも秀さんが感心してる
吉田繁治さんの記事です。

この方の経済記事はわかり易く数字的な裏づけをベースにしているので説得力があります。


難しいことを難しく言う人は普通の人で、

難しいことをわかり易く言う人は頭の本当に良い人、

簡単なことでもうまく説明できないような人を秀さんのようにアホと言います。

本日の転載記事は本当にためになる記事だと思いますよ。



では、転載開始・・・・・・・・・・・



<デ・レバレッジ動乱の2012年への展望>
Systems Research Ltd. Consultant 吉田繁治

【目次】
1.米欧の金融危機の始まりから
2.中央銀行のマネー印刷が、インフレを招いていない理由
3.ホルムズ海峡の、封鎖の可能性
4.世界の中央銀行の信用増加、言い換えればマネー印刷
5.米ドルより、ユーロが下がっている理由:そして円
6.10年スパンでのデ・レバレッジの時代に向かう


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■1.米欧の金融危機の始まりから

【住宅ローン証券の暴落】

始まりは、08年に露呈した米欧の住宅ローン証券の下落でした。米
国の住宅ローンは$11兆(880兆円)と、米国債($14.3兆:
1144兆円)並みに大きい。(注)日本では約200兆円であり、米国
の18%しかありません。

2000年代に、2倍以上に高騰していた米国の住宅価格(全米平均で
は3000万円くらい。都市部平均は5000万円。)が、90年代の平均価
格だった1500万円に向かい下がったのです。下落は欧州も同じです。

原因は、「ローンを払えないくらい高くなった」ため、買い手が、
1/4くらいに減ったからです(新築分)。ピーク時では1年に200万
戸もあった新築が、今、60万戸台です。(注)2011年11月は年間換
算ベースで68万1000戸です。(US Census)
http://www.census.gov/construction/nrc/pdf/newresconst.pdf

【米欧の、住宅ローン制度】

米国の住宅ローン制度では、買った人ではなく、住宅にローンをつ
けます。ローンを借りた人は、買った住宅を手放せば、ローンの支
払いから解放されます。

住宅を売っても、自己破産しない限り、どこまでも返済義務が追っ
てくる日本の住宅ローンとは異なります。このローンの制度は、
1929年からの大恐慌のため住宅価格が、2008年からのように暴落し
たとき、世帯の生活支援策として法制化されています。

1929年からの大恐慌は、通説では、ルーズベルト大統領のニュー・
ディール政策(国債を発行した公共事業)で解決したとされていま
すが、実態では異なります。

世界恐慌はほぼ10年続き、結局、第二次世界大戦(戦時国債の大量
発行)に突入したのです。戦争は、政府支出(軍事費)を増やし、
工場生産を上げ、軍隊が雇用する失業対策でもあります。

住宅に貸すローンの制度のため、高い住宅を買って返せない人は、
わが国に比べれば、容易に住宅を手放します。残るのが不良化した
ローン債権です。わが国での住宅価格の下落は、買った世帯の損に
なっています。米欧の制度では、金融機関に損が集中します。

【デリバティブの下落】

住宅ローンの回収権(元本の返済金+ローン金利)を担保にして
「証券化」したデリバティブ(MBSやRMBS)は、市場価値が下がっ
て暴落します。

00年代の金融は、ローンの回収権を担保にする「証券化(=デリバ
ティブ化)」です。MBS(不動産ローン証券)やRMBS(住宅ローン
証券)、および他の債権と複合化したABS(債権担保の証券)は、
内外の金融機関や年金基金が、投資資産として保有しています。

米欧の金融は、直接に融資するより、いろんな債権の証券化、証券
の売買、回収の保証(CDS)をする機関に、2000年代で変質してし
まったのです。(注)日本の金融機関も、増加預金では、国債しか
買っていません。

このため金融機関には未実現の含み損がたまり、信用危機が起こる。
まず銀行間のコール・ローン市場(短期の貸し借り)の消滅になり
ます。お互いが内心では相手の資産に疑念を持っているからです。

(注)公表される健全なバランス・シートは含み損を隠したオリン
パスのように、不良債券をタックス・ヘイブンに飛ばした嘘です。
08年9月以降の3年余、日本を含む世界の金融機関のバランス・シー
トはまるで信用できません。株式市場での金融株の暴落(日本では
野村證券やみずほ銀行)がこの事実を示しています。同様に、米国
ではシティバンク、バンカメ、ゴールドマン・サックス、JPモルガ
ンスタンレー等、欧州では主要20行が、程度の差はあっても債務危
機の状態を続けています。株価と、社債のCDSの料率を見れば、危
機が分かるのです。

【中央銀行のマネー印刷】

銀行間でコール・ローンから排除された銀行は、翌週には決済がで
きなくなります。このとき中央銀行は、システミックなリスク(連
鎖破産)を防ぐ目的で、緊急貸付を行い、不良化した債券(住宅
ローン証券等)を額面で買い取ります。

連鎖破産(数日で起こる)が起これば信用恐慌であり、マネーが必
要な経済取引(投資と購買)は急減するからです。

時価で買わない理由は、市場の時価(たとえば40%の価格)で買う
と、60%が銀行の実現損になるからです。簿価で買えば銀行の不良
債券が、中央銀行に移転します。中央銀行の信用が低下すると、そ
の通貨は外為市場で売られ、通貨信用が下がって行きます。(注)
ドルとユーロの下落、代わりに買われた円の高騰がこれです。

AAA格(米国債並の信用度)とされていた住宅ローン証券(MBS)の
価格は、2011年の年初には、額面の60%の価格でした。2011年12月
には、43%に下がっています(FT紙)。住宅価格の下落と期を一に
するのが、住宅ローン証券の価格です。

43%は、英国を含む欧州の金融機関がもつMBSの価格統計(FT紙:
11.12.21)ですが、欧州と米国の住宅の下落率は類似しているの
で、米国の住宅ローン証券も同率で下がっているはずです。

2011年はPIIGSの国債価格の下落が問題視されていました。もっと
大きなものが、米欧で同時の住宅の下落によるローン証券の不良化
です。PIIGS債は住宅ローン証券の損に(すこしだけ)加わったも
のです。

(注)政府やエコノミストの多くはPIIGS債にまぎれ、住宅ローン
証券問題への言及を避けています。理由は米欧の銀行の「同時危
機」が明白になるからです。ユーロ債を売らせ、米ドル債を買わせ
るのが目的なのかも知れません。

【総損失の推計額:1000兆円】

推計では、米国での住宅ローンの市場価値(流通価格)は、$11兆
×43%=$4.7兆(376兆円)に下がり、欧州でのローンの価値も
ほぼ同額で、$11兆×43%=$4.7兆(376兆円)に下落している
はずです。

銀行資産に対しては、含み損を計上する時価会計は停止されている
ので(政府規制)、金融機関が抱えている間、この損が露呈しませ
ん。

金融機関の資産の中に空いた、マネーを飲み込むブラック・ホール
のような巨大損です。(注)日本の農林中金も、米国のMBSで5兆円
の損を被っています。

・米国の住宅ローンで推計$6.3兆(500兆円)、
・欧州の住宅ローンで推計$6.3兆(500兆円)、合計で1000兆円
もの、不良債券が想定できます。

事実は、未だに明らかされていません。大きな利益回復での資本蓄
積か、政府による増資(または国有化)しか対策がないためです。
利益回復は、住宅と商業用不動産価格の値上がりがないと、生じま
せん。このため銀行危機は、最短でも5年と長引く性格を持ちます。

【住宅が上がる時期にならないと、1000兆円の不良債券は減らない



ローンで生じた不良債券は、住宅価格が上昇しない限り、少なくな
らない。2011年も増え、2012年にも増え続けます。2012年での、米
欧の住宅価格の回復は、見込めないからです。

予想すればベビーブーマー・ジュニア世代が住宅を買う時期(数年
後)までは、底打ちしない。数年後に底打ちしても、住宅価格が、
ふたたび年率5〜10%で上がることは、ないのです。

理由は、失業が10%レベルで住宅を初めて買う米欧の30歳代の賃金
が、日本と同様に上がっていないからです。買う人の所得が増えな
いと、買う住宅の価格も上がらない。将来所得の増加が見込めない
と、住宅も買われません。

親のベビー・ブーマー世代は60歳を超え、住宅を買う世代ではない。
年金が生活費に約5万円足りないので、貯蓄を取り崩す世代になる
からです。

(注)日本では、65歳以上の世代は一ヶ月に5万円(年間で60万
円)の貯金をくずし、厚生年金(一ヶ月平均16万円)では足りない
分を生活費として補っています。世界に共通することです。

参考に言えば、日本の60歳代世帯の金融資産は2377万円で、ローン
負債が252万円です。純金融資産は2127万円です。70歳代は、116万
円の負債を引いた純金融資産が2401万円です。

他方で30歳代の金融資産は、ローンのためマイナスです。(総務省
家計調査:2011年)


【銀行の破産が避けられている理由】

米欧のほぼ全部の金融機関が倒産を免れているのは、米欧の政府と
中央銀行が、銀行の決済に必要な資金を、貸しているからです。
(注)銀行の破産は、証券の持ち合いのため、連鎖します。

下落した住宅ローン証券を、資金繰りに困った銀行から、額面(簿
価)で買い取りもしています。

米国の住宅金融(ファニーメイとフレディマック)は、住宅ローン
を買い取って、証券化して価格を保証し、売却するものでした。
2007年と08年の保証損のため破産し、政府資本に変わっています。

このため、米国の住宅ローン($11兆)は、政府が保証すべき国債
と同等の負担を、米国政府にもたらしています。(注)政府保証を
はずせば、一瞬で、住宅ローンの流通市場は消えてほぼ全部の金融
機関が同時破産します(断言)。


【加わったPIIGS債の下落】

2010年からは、住宅ローン証券の下落損(1000兆円)に、PIIGS債
の下落損(推計150兆円)が加わっています。これらは、今は「含
み損」です。含み損は、1年、2年、3年と経過するごとに、実現損
になって行きます。

欧州の銀行(主要21行)に対し、監督官庁が行った2011年夏のスト
レス・テスト(資産査定)では、担当が「本当のことは言えない。
言わない。」と漏らしています。

◎本稿で推計したように、本当の損失額を言えないくらい大きすぎ
るからです。あたかも氷山にぶつかる前の、タイタニック号。当時
はなかった本当の計器は、氷山を示していますが見ていないふりを
し、ダンスに興じる・・・

PIIGS債に対しては、米国の銀行も、約100兆円のCDS(保証保険)
を引き受けています。米欧の銀行は、同じ泥船の一蓮托生です。


【結局は国有化】

最終的には(2012年末からか)、主要金融機関は、原発事故で生じ
た損害(数兆円)をカバーできない東電のように、資金不足のため、
国有化(国家が損失を補填)されるはずです。

しかし国家財政も赤字です。その資金は、赤字国債の発行によるも
のです。金融市場は、これを引きうけきれないので、中央銀行によ
る、国債の買い取り(マネー発行)になるでしょう。




■2.中央銀行のマネー印刷が、インフレを招いていない理由

中央銀行が政府の赤字国債を買い取ってマネー供給をすれば、イン
フレが想定されます。

【ハイパー・インフレはない】

しかしハイパー・インフレにはならない。対策金は金融機関が被っ
た損失を埋めるものであり、民間のマネー・サプライ(マネー・ス
トックとも言う)の増加にはならないからです。

不動産と株バブルの崩壊の後、7年目の1997年から金融危機になっ
た日本のように、金融機関が抱えた不良化した貸出金と、下落した
不良債券を埋めるものだからです。

金融機関の損失危機がない平常時なら、中央銀行のマネー印刷は、
銀行の現金を増やし現金が貸されて銀行システムによるレバレッジ
のかかった「信用創造」になり、その結果マネー・ストックを増や
します。

つまり民間の金融資産の総金額が増える。増えたマネーは経済取引
(投資と購買)を増やして、物価をあげることにもなります。

借入金の増加分は、借りた人の口座に現金が振り込まれるため、金
融資産の増加になったように見えます。その現金が使われると、次
は、その現金を受け取った人の預金になる。この「負債の無限連
鎖」が、銀行システムでの「信用創造」です。つまりマネー・スト
ックの増加です。

中央銀行が国債を買い、たとえば10兆円のマネー供給を増やすと、
それを借りる銀行の準備率(銀行の金庫に残す金額の率)が健全な
時期の5%なら、[10兆円÷準備率5%=200兆円]のマネー・スト
ックを負債の連鎖で増やすのです。

準備率が金融引き締め期の10%でも、マネー・ストックは100兆円
に膨らみます。銀行が始まってからの金融である「準備預金制度」
は、信用量(=マネー量)を、その乗数で増やすスレバレッジです。
このため、普通の時期は、インフレが恒常化しています。

◎現在のように銀行が不良債権をもつときは、損失の補填に使われ
るため、中央銀行がマネーを刷っても、連鎖でのレバレッジが働き
ません。このため、2000年代からの日本のように、マネー・ストッ
クが増えない。

マネー・ストックの増減とGDP(経済取引量)の増減、および物
価・資産の騰落の原理を示すのが、以下のフィシャー等式です。

M(マネー・ストックの金額)×V(マネー・ストックの回転率)
=P(物価と資産の上昇率)×T(実質GDPの成長率)

(注)現在は、金融のグローバル化での「キャピタル・フライト
(海外へのマネーの逃避)」もあります。ある国の中央銀行が国債
を買い、マネーを増加印刷するようになると、その通貨の価値下落
を恐れたマネーが海外の債券を買うので、ユーロやドルのように通
貨が下落します。

このため、中央銀行の国債を買いも、単純には、インフレを生みま
せん。国内のマネー・ストックの増加にならないからです。

日本のマネー・ストックは、2011年11月で1457兆円です。日銀の、
国債購入、マネー印刷の増加、ゼロ金利策にもかかわらず、2000年
代は、ほとんど増えていません。

マネー・ストックとは世帯、企業、自治体が、国内の金融機関にも
つ金融資産の保有額と理解していいでしょう。マネー・ストックが
名目金額で増えないと、インフレは起こりません。
http://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms1111.pdf



■3.ホルムズ海峡の、封鎖の可能性

イスラエルを地図上から消すと言いながら、核兵器を開発している
イランの原発に(ロシアが支援:ミサイルは北朝鮮)、イスラエル
が空爆を仕掛けると「大変」です。

原油を運ぶタンカーが頻繁に通る狭いホルムズ海峡に、大型タン
カーを一隻でも沈めると、サウジ・アラビア、イラク、クウェート、
アラブ首長国連邦からの、日本を含む世界への原油輸送が、最短で
も6ヶ月間は、途絶えます。沈没したタンカーを、引き上げねばな
らないからです。

ホルムズ海峡は、1隻でもタンカーが没めば原油の輸送船が通れな
くなるくらい浅く、幅40キロメートルと狭い。最大水深は190メー
トルしかないのです。

米欧は、イランの核兵器開発をとめる目的で原油輸入に制裁金を課
す経済封鎖を敷こうとしています。日本でも、米欧からの経済封鎖
が、太平洋戦争の原因でした。

報復として、イランは2012年1月3日に、ホルムズ海峡の海上封鎖を
ちらつかせています。タンカーに、大砲を向けるという意味です。
ラヒミ副大統領は、「原油輸出に制裁金を課せば、一滴の原油も、
ホルムズ海峡を通さない」という。

2012年にイスラエル・イラン戦争が起これば(紛争でも)、即日に、
第4次石油危機になり、資源・穀物、金属、金は高騰します。

ゴールドも原油価格と同期して上がり同期して下がります。この可
能性も高い。そうなると、世界インフレでしょう。

銀行の不良債券を減らし、政府国債の実質負担を減らすインフレは、
金融機関と政府にとって普通は歓迎でしょう。インフレは、金融資
産の価値と、負債の価値を減らすからです。

◎ただし、現在は、国債の発行残高が、世界で5000兆円規模(世界
のGDPの100%)と大きい。それは、金融機関が保有しています。た
とえば、世界が5%の物価インフレになると、金融市場での「期待
インフレ率」も5%に上がります。期待インフレ率は、金融市場の
参加者が、物価の将来上昇を予想して抱く金利率です。政府の政策
金利とは異なります。

こうなると、国債価格(10年債)は、15〜20%は下落しますから、
世界の銀行危機は救われないでしょう。

いまはの時期の、イランの経済封鎖の動きは、イランに「ホルムズ
海峡の封鎖」を迫るものです。インフレを起こしたい政府・金融機
関の一派が、導出したものかも知れません(推測)。

2001年の陰謀めいて禍々(まがまが)しい「9.11」の後の、2003
年のイラク戦争の名目は「フセインが大量破壊兵器を製造してい
る」という嘘でした。これはもう、明らかになったことです。

(注)イラクの大量破壊兵器(化学兵器)の一部が、独裁者カダフ
ィのリビアにあったと報じられてはいます。金正日総書記が亡くな
った北朝鮮でも、核兵器と核弾頭ミサイルは確認されています。今
のところ軍部の内部対立による暴発はないと思えます。怖いのは、
弾道ミサイル(テポドン)の誤射による、日本海の原発の破壊です。

「イランが核兵器を開発している」ことは、米欧が、イランの制裁
を仕掛ける名目になり得ます。イランのバックはロシアで、ロシア
は、表面には出ないかも知れませんが、原油高騰で利益を得ます。

ロシアの原油輸出は$2063億(16.4兆円)です。1位のサウジアラ
ビア($2155億:17.2兆円)とほぼ同じ大きさです(2010年)。
ロシアの原油生産は、国有化されています。原油の高騰は、ロシア
政府の直接の収入になるのです。プーチン政権は、現在、政府収入
に困窮しています。

米英系メディア(CNNやBBC)に比べ、わが国のマスコミの報道は少な
いのですが、中東は戦争の危機に向かっています。



■4.世界の中央銀行の信用増加、言い換えればマネー印刷

08年9月からの米国発の金融危機のあと、銀行の不良債券を埋める
目的で、まず米国、つぎに欧州(ユーロ17ヵ国)と英国、そして日
銀の合計信用が$8.3兆(640兆円)になり、それ以前の2倍に増加
しています。

中央銀行の信用の増加は、銀行がもつ不良債券と、政府が発行した
国債を買い上げ、その代金として金融機関の当座預金に現金を振り
こむことです。

マネーはデジタル化しているので紙幣は印刷しませんが、紙幣印刷
と同じです。日・米・欧・英で、320兆円の紙幣増発があったとい
うことです。

これは中央銀行が、3年間で320兆円の負債を増やしたことなのです
が、なぜか「信用の増加」と言う。実態は、中央銀行の信用の価値
は、減少しているのです。政府が発行する負債の証券は国債ですが、
国債増発を、政府信用の増加とは言わないでしょう?。

本義に戻ってクレジット(=負債)の増加と言えば、分かりやすい
でしょう。クレジットを翻訳するとき、逆の意味に取られる「信
用」という訳語を当てたのは、日本政府でしょう。

たとえば企業の信用増加とは利益が上がることです。しかし、中央
銀行の信用増加は、マネー印刷の増加、つまり中央銀行が発行する、
国民経済に対する負債証券(これが紙幣)の増加です。この証拠に、
中央銀行のバランス・シートでは、紙幣の発行額は負債勘定です。
資産ではない。

1万円札をもつひとは、日銀に1万円を貸していると言っていい。日
銀の窓口に返してくれともっていっても、何も返しません。1万円
の新札を渡されるだけです。これが、1971年の金・ドル交換停止以
後の紙幣です。

円は、直接に金には交換できませんでしたが、米ドルに換えてFRB
にもって行けば、$35を1オンス(31.1グラム)の金と交換できて
いたのです。

1944年からの金の交換価格は1グラム換算で、ほぼ1ドルでした。1
ドル金貨に相当します。これが1944年から1971年まで続いた金を
ベースにした「ブレトン・ウッズ体制」でした。

(注)通説では誤って金本位制と言われますが、金本位制ではあり
ません。発行するマネーは、金を担保にはしますが、金の準備率は
10%以下で、90%以上は金ETF(金の上場投信)のような証券
(ペーパー・マネー)だからです。金本位は、ペーパーではなく1
両小判のように、金貨を通貨として使うことを言います。

今は1グラムで4200円付近ですから(12.1.03)、ドルで言えば$
54です。米ドルという負債性の通貨の価値は、負債性ではないゴー
ルドに対し、40年で1/54(=1.85%)に下落しています。

年率平均では1年に9.5%という大きなドル価値(購買力)の低下
と見ることができます。

(注)2000年代のゴールドは、徐々に「ドルの反通貨」と認識され
るようになっています。新興国の中央銀行が買っています。金価格
が下がるのは、ヘッジ・ファンドが資金繰りに困って売り、ドルに
換えてドルが上がったときです。

どんな形になっているか一例として、単純化したFRBを見ます。
最新の2011年12月28日時点で、原本はFRBが公開しています。
http://www.federalreserve.gov/releases/h41/current/

【資産】 【負債】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
米国債 $1.7兆 ドル紙幣の発行 $1.1兆
財務省証券 $0.1兆 銀行の当座預金 $0.2兆
MBS(不良債券)$0.8兆 7つの連銀からの借り入れ
その他資産 $0.3兆 $1.5兆
その他負債 $0.1兆
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
資産合計 $2.9兆 負債合計 $2.9兆(232兆円)

リーマンショック前の08年8月は、FRBの総資産・総負債は、$1兆
付近(80兆円)でした。152兆円のドルの増加発行があったことに
なります。FRBの総信用は、金融危機前の3倍で、欧州ECBの2.6倍
を超えています。

(注)FRBバランス・シートの数字は、負債を少なくした粉飾では
ないかと疑っています。実態は、もっとある感じがするからです。

FRBの特徴は、国債や証券の「保護預かり勘定(カカストディとい
う)」です。custodyの原義は、法的な拘禁、拘置、監禁です。

米国は海外に売った国債等の現物を渡していません。日本政府や中
国政府がもつ米国債(外貨準備)や、金融機関が買った米国債やド
ル証券は、「FRBが預かっている」ことになっています。

このため日本や中国は米国債を市場で売りにくいのでしょう。FRB
が「やめてくれ」というからです。FRBは世界の中央銀行の親玉で
もあります。


【FRBの保護預かり勘定:メモ欄】

海外政府がもつドル証券(住宅証券を含む)$3.4兆
米国債の保護預かり $2.7兆
米国財務省証券 $0.7兆
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
保護預かり合計 $7.8兆(624兆円)
http://www.federalreserve.gov/releases/h41/current/

保護預かり勘定も、たぶん(全部ではなくとも)、預かりと言いな
がら、FRBが買い取ってドル紙幣を発行しているのではないかと、
考えています。

いずれにせよ、日米欧英の中央銀行は、信用拡大といいながら、負
債を急増させています。

(注)08年9月以降は、日銀の信用拡大量がもっとも少ない。2011
年12月22日時点で、総資産・負債は141兆円です。金融危機の前の
08年8月は109兆円でした。32兆円の増加発行しかしていません。
(↓11年12月:141兆円 ) これが、円高の原因です。
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2011/ac111220.htm/
(↓08年8月:109兆円)
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2008/ac080810.htm/

日銀が信用拡大を全開にしたのは、1997年の金融危機から2000年ま
ででした。その後は11年間で上記の30兆円程度でしかない。理由は、
これ以上国債を買い上げ通貨を増発すれば、外為市場で円が売られ、
円の信用下落になると思っているからでしょう。

この点は欧州のECB(ユーロの中央銀行)も同じです。08年9月の米国
発の金融危機が、欧州銀行の債券の下落に波及したため、FRBに準
じて通貨増発を行っています。

欧州中央銀行(ECB)の総資産・負債は、$3.2兆(256兆円)に膨
らんでいます。金融危機の前の2.6倍です。(ECB 2011年11月)
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2008/ac080810.htm/

ECBの信用拡大は、先に述べた住宅証券の下落(推計500兆円)と、
PIIGS債の下落(推計150兆円)のほぼ50%(575兆円)が、欧州の
銀行の不良債券になっているからです。(注)この損害数値(含み
損)も、まだ、明らかにされていません。

銀行に対しては、毎週、毎月の決済に不足するマネーを、その都度、
ECBが住宅の不良債券と国債の買い上げという形で、貸し付けてい
ます。

PIIGS債では、2012年1月〜3月の第一四半期に過去の国債で償還の
満期が来る分が、15兆円もあります。ギリシア、ポルドガル、アイ
ルランド、イタリア、スペインが15兆円の借り換え債を、新規に発
行しても、買い手はない。金利が高騰し、PIIGS債は、更に下落し
ます。(注)ユーロ国債全体では3か月で25兆円が満期。

借り換え債が発行できないと、PIIGS債はデフォルトします。満期
が来た国債の償還と利払いができないことです。2012年1月〜3月の
PIIGS債の買い手は、ECBしかないでしょう。

中央銀行のECBが価値の下がったPIIGSの借り換え債を買い取れば、
不良債券がECBに移転して資産内容が悪化するため、ユーロが売ら
れているのです。

これが新年の1ユーロが100円を割れ98.6円(12年1月5日)に下落
した原因です。原因はユーロ債の売りです。通貨相場は、ほぼ3ヶ
月先を見て動きます(通貨先物の売買)。(注)同じユーロ建てで
すから、ドイツ債とフランス債も円やドルから見れば、下がってい
ます。

通貨の下落は、その国からマネーが脱出することでもあります。
ユーロ債売りで円債買いなら、ユーロ内のマネーが円に脱出したこ
とになる。

中央銀行がユーロを印刷しても、ユーロの民間経済の、マネー・ス
トックの増加にはならないのです。逆にユーロ内のマネー・ストッ
クが、マネーの脱出のため、国外に逃げてしまう。これが、1980年
までの、外貨の売買が規制されていた時代との違いです。

世界の1日での為替取引(外貨の交換)は、500兆円規模と巨大です。
円とドル間だけでも、58兆円(11.6%のシェア)です。中央銀行
がマネーの増発をすることは金利を下げることでもあり、外為市場
では、「その通貨の価値の下落」と認識されるように変わっていま
す。

ECBが、市場で売れないPIIGS債を買い取れば、ユーロ債の持ち手は
怖くなって売り、ドル債や円債を買うのです。これがユーロの下落
です。(注)市場の連れ買いで、ドルのように通貨が上がる時期も
あります。

◎こうしたマネー脱出によって、中央銀行のマネー印刷の効果が、
減殺されます。中央銀行のマネーの増発額以上に、瞬間に、マネー
脱出が起こると考えておいていいでしょう。

根にあるのは、1秒で3000回売買できるロボット・トレーディング
です。普通ロボット・トレーディングのプログラムは、下げが下げ
を加速する構造になっています。

外為市場(ほぼ25%)、国債市場(ほぼ50%)、株式市場(ほぼ
60%)は、同時にロボット・トレーディングの時代です。レバレッ
ジ、先物、オプション、デリバティブ、そしてロボット・トレーデ
ィングの、6重奏です。罫線を見て売買する現物取引の時代とは、
まるで変わっています。

変動相場で外為市場が大きくなった後の金融・経済モデルを示す
「マンデル・フレミングモデル」は、中央銀行が、金利を下げ、量
的緩和もして信用を拡大すれば、そのマネーが、巨大化した外為市
場で売られて通貨が下がる。通貨が下がれば、いずれ、その国の輸
出が増え、経済は回復に向かう。このため、金融緩和や量的拡大に
よる経済効果はあるとしています。

(注)変動相場の中での国債発行による政府財政の拡大は、その国
の金利が上昇し、金利が高い通貨は、金利が低い通貨から買われ、
通貨が上がるため輸出が減って、景気浮揚の効果がないとしたのも
「マンデル・フレミングモデル」でした。1990年代の、政府財政の
毎年40円の拡大(公共事業)がありつつも円高だった日本がこれに
該当します。

しかし上記の中央銀行の信用拡大の効果は、普通の経済の時です
(平常時)。金融危機の非常時には、これが言えない。

不良債券で銀行の損失が大きな時期には、信用拡大で印刷したマ
ネーが逃げてしまい、通貨と債券が下落するので、金融危機は却
(かえ)って深まってしまうからです。

中央銀行と政府が、マネー政策として頼拠(らいきょ)しているよ
うに見えるマンデル・フレミングモデルは、銀行の不良債券が巨大
化した経済を、見落としています。



■5.米ドルより、ユーロが下がっている理由:そして円

円を基準として見たとき、2011年での米ドルは、11年4月の高値85
円付近から12年1月3日の75.6円まで、11%の下落です。

他方でユーロは11年4月の120円付近から、1月5日は98.6円です。
18%の下落です。米ドルよりユーロが下がった理由は、米ドルには
まだ日本、中国、新興国からの買いがあるためです。

たとえば日本政府は、円高対策として、11年11月に(効果がなかっ
た)4.5兆円の、緊急のドル買いをしています。中国も、ユーロ債
を売って、ドル債に振り替えています。元高は、中国の輸出にとっ
て困るからです。

円債は、ユーロ債、ドル債の代わりに、買われています。前稿で取
り上げましたが(<回顧と展望:570号:111228>)、2011年6月か
ら11月の半年で、円国債(主は3ヶ月内満期の短期債)が、合計で
72.2兆円もが、外国人から買い越されています。

▼日本の長短公社債の、売買金額:投資家別概算(再掲)
(注)プラスは買い超、マイナスは売り超

2011年6月 7月 8月 9月 10月 11月 半年計
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
銀行等 17.5 13.1 12.1 18.2 8.0 15.8 84.7兆円
投信等 3.7 3.2 2.7 2.4 2.8 3.3 18.1兆円
外国人 8.1 11.3 17.4 9.7 11.0 14.3 72.2兆円
政府等 -24.5 -27.1 -34.6 -26.3 -23.1 -28.7 -163.9兆円
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(注1)主要な主体のみの概算合計のため、売買の総計はゼロにな
っていない。

(注2)銀行等は、日本の都銀・地銀、信託銀、農林系、第二地銀、
信用金庫、生損保の合計売買額を示す

(注3)投信等は、日本の投資信託、官公庁の共済組合、事業法人
の合計。個人の売買額は、無視できるくらい小さい。
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-LWH73V1A74GR01.html

2011年の異常な金額に思える外人による円債買いが、日本の国債金
利を下げ、円高をもたらした原因です。

外人の日本国債買いは国内の金融機関のような「長期保有」ではな
い。短期債の短期売買です。たとえば3ヶ月債は、発行の3ヶ月後に
は、日本政府が、円で償還せねばならない。

外人投資家(主体は、ヘッジ・ファンドと新興国の中央銀行)の買
いは、市場で売らずとも、買って3ヶ月間保有すれば、円での償還
があるため、外為市場で円が売られたのと同じことになるのです。


2012年は、いつまで、この外人の円国債の買い超が続くか?

6ヶ月で買い超してきた72兆円の短期国債を、
・そのままにしておくか(円が償還される)、
・あるいは売り超に転じれば、どうなるか?

72兆円分の、外人から売られる短期国債を、国内の金融機関が増加
買いすることは不可能です。財政の赤字で新規に発行される国債の
引き受けが、ほぼ50兆円はあるからです。日銀の、緊急買い受けに
なるでしょう。

円高は、経済界(経団連)の願望通り、そのとき終了します。

◎ところが、円高が終わった時は、今度は、ちょうど今のユーロの
ように、円国債の価格に下落が起こります。円高の終了は、円が海
外流出することだからです。(注)「円債売り→ドル債買い」にな
るでしょう。

日本の政府財政は、2011年中にほぼ100兆円分も買い越された円国
債が外人から売られれば、期待金利がわずか2%上がっただけで、
既発国債(約1000兆円)が10%は下がります。

低金利の国債は、国債価格の過剰評価、つまり、国債の価格バブル
を生むのです。バブルは、金利が正常化(3%になること)すれば、
崩壊します。

このとき、100兆円の不良債券が、国内金融機関に発生してしまう
のです。国内の金融機関も、損を怖れて売りに転じることになる。

◎金融市場は、まだこの、外人による国債債売りの、可能性の認識
をしていないように思えます。

なぜ、日本の増発され続ける国債の金利が、短期債で0.15%、長
期債で1.03%と、(異常に)低いままなのか。原因を調べていて、
2011年の外人買いのデータに遭遇したのです。

どう考えても、2012年も外人が円国債を買い越すとは思えません。
ポートフォリオ(分散投資)での円債の、保有ポジションが、100
兆円は大きくなっているからです。どうお考えでしょうか?

日本経済(政府と金融機関)にとっては、PIIGS債の償還が増える
2012年の1月から3月までに、ユーロ危機が深刻になって、ヘッジ・
ファンドからユーロ債が更に売られ、その資金で円債の買い超が続
き、円高($1=70円;1ユーロ=80円等)になることが望ましい。

円高は輸出の製造業(輸出額で1ヶ月6兆円:年間72兆円)にとって
は、円での売上が減って、困る事態です。しかし、国債を売る政府
財政にとっては好ましいのです。通貨は、「多角度から」みなけれ
ばならない。

世界で、毎日の経済ニュースのトップとして、通貨変動が報じられ
るのは、1日で500兆円もの世界の外為市場で、通貨価値が日々変動
していて、それが経済に大きな影響を及ぼすからです。



■6.10年スパンでの、デ・レバレッジの時代に向かう

銀行の不良債券が巨額化し、事実上では自己資本が消えた時期に、
世界の中央銀行の中央銀行であるBIS(国際決済銀行)は、世界の
銀行に対し、自己資本比率を上げることを要求しています。

(注)米国の銀行に対しては、BISの傘下であるFRBが、第一段階と
して、リスク資産に対する中核的自己資本の下限を5%超にし、
2019年までに、その下限を、7.0%〜9.5%に上げることを決めて
います。

同時に、現在は「安全資産」として、時価評価を逃れている国債に
対しても、AAA格から落ちたものを、BISはリスク資産にするという
ことも、言っています。世界でAAA格は、英、スイス、ドイツ、フ
ランス、カナダ、オーストラリア債です。米国債は昨年8月から下
がってAA+ 日本債、中国債はAAマイナスです(S&P:2011年)。
近々、フランス債と英国債も下がるでしょう。

格付け機関の「いいかげんさ」は、サブプライム・ローンを含んで
証券化したデリバティブ(MSB、RMSB、ABC)のシニア債をAAA格と
したときから露呈しています。

しかし実際には、年金基金等が買うときは、安全なAAA格の証券に
限定されます。格付けが下がると、保有する国債を売らねばならな
い。会計監査ではねられるからです。

米欧の年金基金(Penshion Fund)は、巨大な機関投資家であり、
国債や、米国で多い州債(地方債)の買い手です。国債も、買い手
が少なくなれば、下落し、金利が上がります。格付けの下落は、市
場での国債の買い手にとって、大きな問題なのです。

デ・レバレッジは、金融機関の自己資本に損害が生じ、銀行システ
ムの信用創造力が減少したとき生じる「信用恐慌」です。具体的に
は、銀行が貸付金を減らすことを迫られて、同時に、価格変動があ
る証券(株や社債)とAAA格以外の国債を売ることになる。

結果は民間のマネー・ストックが減少です。マネー・ストックが
10%も減れば、実体経済の投資と購買も急減し、100%の確率で恐
慌になります。信用恐慌といわれるものがこれです。


【銀行の損失とマネー・ストックの急減】

リスク資産(貸付金と証券)を100兆円もち、自己資本が8%(8兆
円)あった金融機関に、仮に3兆円(3%)の損が生じたとします。
この銀行は、いくらのリスク資産を減らさねばならないか?

自己資本が5兆円に減って、8%の自己資本比率にしなければならな
い。5兆円÷8%=62.5兆円です。

結果は[100兆円−62.5兆円=37.5兆円]の貸付金回収と、国債、
社債、株の売りです。マネーストックが37.5兆円(37.5%)も減
ることと同じです。

3兆円の損害で、12.5倍の37.5兆円の信用収縮です。デ・レバレ
ッジによる信用恐慌になります。1000兆円の不良債券に対し、デ・
レバレッジが起これば、もうそれはマネーの消滅です。デフレ型恐
慌どころの騒ぎではない。

日本のバブル崩壊期(1990年〜)にも、BISは国際業務を行う日本
の銀行(都銀)に対して、8%の自己資本を要求しています。これ
が、銀行が企業と持ち合っていた株の(継続的な)売りを生み、貸
付金の回収も生んだのです。

ただし当時は国債は安全資産とされていました。このため日本の銀
行は株を売り、同時に貸付金を回収で入ってきたマネーで、国債を
1年に40兆円も増加買いしていたのです。国債が増えた原因は、超
低金利債が安全資産とされて銀行、保険会社、郵貯・簡保に売れて
いたからです。本来は、国債金利が3%くらいに上がって、政府財
政の拡張に歯止めが必要だったのです。

(注)BISによる「AAA格を落ちた国債をリスク資産にする」という
発令は、、まだ出されていません。予告の段階です。

BISの自己資本規制を守ることができない銀行は、国際業務(海外
銀行との貸し借りや外為業務)ができなくなるため、事実上の破産
状態になります。

◎BISやFRBが、なぜ100年サイクルでの、1929年を超えることが想
定される世界の金融危機の時期に、銀行の自己資本を高める規制を
強化するのか、理解不能です。世界を、意図的に、信用恐慌に陥れ
る策としか思えません。

現在の、不良債券を巨額に抱えてしまった世界の銀行に、自己資本
比率を高めることを要求すれば、信用恐慌を生んで、マネー・スト
ック(世界ではGDPの3年分;1京5000兆円)を急減させることは、
100%わかりきったことだからです。実行しないことを言う、リッ
プ・サービスなのか?

BISが、世界の中央銀行が売ってきたゴールドを買い占めた金融一
派(デル・バンコ)に支配されているとすれば、暴落した世界の銀
行株と国債を、底値で買い、その後の世界の金融を、支配するため
と思えます。恐慌は、株と国債の底値での買い手にとっては、未曾
有のチャンスになる。

(注)東京が、米軍の空襲に襲われ、燃えさかっている最中に、二
束三文で、宮家の土地を買い漁ったのは、西武グループ(提康次郎
氏)でした。戦後の、物価・資産が300倍に上がったハイパー・イ
ンフレで巨大資産になっています。東日本大震災のあとにも、小規
模ですが、仙台等でこれが見られます。

銀行の国有化と言っても資金源は国債です。暴落しているギリシア
債を更に下げ、底値で買えば、その後のギリシアの金融を、国債を
買ったところが支配できます。国債に価格がつくのは、売り手と買
い手が、同量あるからです。買い手は、誰になるか・・・です。

米国発の1929年からの世界大恐慌でも、ある銀行による株、不動産、
国債の底値買いがあり、10年後の回復期には巨大資産になったので
す。恐慌の時期は、5年や10年後を長期で見る必要があります。




以上転載終了・・・・・・・・


posted by 秀さん at 07:55| ハノイ 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

ホーチミン品友会第30回(新年会)のお知らせ編

おう、年が明けたんだってねぇ

そういやぁ〜 

もう新年かい? 

ってなアホな書き出しで始まるのはこのブログのへい、いつものご挨拶みたいなものでありまして・・・気を悪くされないで下さいまし〜。


1年過ぎるのも早ければ正月休みもあっという間に終わりまして、通常業務に戻っているのは
日本人だけでありまして、ベトナムの方々はこれから大晦日・正月を迎えるわけで、だんだん仕事どころじゃなくなってまいります。

国が違えば正月に対する思いも違います。
まぁ、ベトナム人がウキウキそわそわしたって良いではないですか!
たまの正月期間ぐらい仕事のことなど忘れるのも、はい。

と言ったものの、秀さんある商品を日本から輸入するのにタイミング悪くテトの時期と重なりまして、
船便は到着するが通関業務がテト気分で滞ってしまうので荷受が出来ないと言う事態になりそうです。

何事も計画通りには行かないのが、

ここ ベトナ〜む! 


もう気を長くして諦めるしか方法はなさそうです。


さて、品友会開催のご案内です。

1月と言うことで新年会でごわす。


毎月第2土曜日に開催するのは・・


え! 何かい、


そりゃ秀さんの 信念かい? ってなアホな質問をされる方もいないですわな。へい、スミマセン。



以下の通りご案内です。今年もどうぞ宜しくお願い致します。



日時 2012年1月14日(土) 午後6時30分より


場所 和食 花水木 15A5 Le Tan Ton  Dist.1


電話 (08)38242411(スカイガーデン前直ぐ)


予算 30〜35万ドン前後を予定


*1月12日(木)までにご参加の可否をコメント欄にお書き下さるようお願いいたします。  

名札をお忘れなきよう・・・

初参加の方も大歓迎です。


以上、よろしくお願いいたします。




今年は年の初めから・・・ぱぁ〜と 行きましょうか!


何を・・・って

へい、


それは奥さんのアルバイト・・・・



パーっと勤めましょう・・・・


へい、今年もゴメンナサイどす。



では、皆さまどうぞ宜しくお願い致します。







posted by 秀さん at 00:31| ハノイ 曇り| Comment(13) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月02日

年が明けましたねぇ編

明けましておめでとうござます。


って言ったところで、要は12月31日が終わって1月1日になっただけなのに、

それが何よ? ってさめた考え方をされる方も中にはいることでしょうねぇ。

まぁ、そういうへそ曲がりなことを言わず、お休みが多いから良いかぁ と単純に喜びましょ。
へい、


ベトナムでは旧暦のお正月を盛大にお祝いするので西洋暦(グレゴリオ暦)の正月は普通の休日より少しハイテンションな程度です。
ホーチミン中心部では花火やカウントダウンショーなどが行われるため、大勢の若い人たちが中心地に繰り出して大渋滞になります。
大晦日に街中に出ていた秀さん、その大渋滞に巻き込まれて脱出するのに大変思いをしましたぞぃ。

その渋滞の車の中から日本にいる兄弟・親戚へご挨拶の電話を親子3人でかけました。


海外にいると普段あまり電話をすることもないのですが、この正月の時くらいは声をかけなければ・・・



と秀さんではなく、愚息の嫁が言い出しまして親子3人で代わる代わる電話に出た次第です。



今年もこのアホなブログは出来るだけ続けてまいりたいと考えております。

この1年賢者の皆さまのご多幸と益々のご発展を遠くホーチミン市よりお祈りしておりやす。



それでは本日は新年のご挨拶まで





posted by 秀さん at 13:47| ハノイ 霧| Comment(1) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

今年も1年有難うございました編

いつの間にか今年も最後の日を迎えました。

行員嫌なこった、

ではなく 光陰矢のごとしですね。


お蔭様で今年も無事1年を終えることが出来ました。
賢者の皆様の暖かい励ましによりブログも何とか続けることが出来ました。
改めて御礼を申し上げると共に来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

皆様の御託を・・・いや間違い、ご多幸を心よりお祈りしております。


さて、年末年始ですが、
会社の1部の者は昨日ダラット旅行へと旅たちました。
またある者は結婚式があるとか、
愚息は1日から4日までラウンドレッスンが入っているようで終日仕事ですわ。
そういう事情なので愚息の嫁は専門学校時代の友人がいる中部のビェンディン省へ
旅行どす。

さて、秀さんはと言いますと、日ごろの行いを改めるために滝に打たれて修行・・・

なんてことはやりゃしませんで、1日は愚息に同伴してゴルフ、他の日は仕事ですわ。
2月には新しい事業立ち上げで皆様が新暦の正月、ベトナムの方達が旧暦の正月(
テト)を向かえるこの時期、ひとりバタバタしております。


バタバタと言いますと、今年も渡り鳥?さんが秀さんの家のエアコンの配管取り込み口に巣を作っておりまして、室内のエアコンの吹き出し口付近から雛鳥さんかどかは分かりませんが、バタバタと羽の音が聞こえて来ます。

毎年恒例のエアコンバタバタ音楽祭であります。

親鳥が雛鳥を育てるため、また外敵から身を守るためにこんな場所に巣を作っているのでしょうねぇ。
3階にあるのでまだ鳥さん親子のお顔を拝見したことはありませんが、雛鳥が無事成長できるよう大家さんである秀さんも願っておりますぞぃ。


秀さん来年3月には57歳になります。
40代にベトナムに来て、何のご縁か分かりませんが、この歳になるまで暮らすことになるとは思いもよりませんでしたわ。
それに加え愚息がベトナム女性と結婚するなんて100%想像だにしておりませんでしたよ。


人生とは決まり切った道がある訳でもないご縁と偶然が織りなす未知のロード


どのような運転をするかは本人次第


せめて無謀運転、迷惑運転だけはしないように気をつけて


時にはヒッチハイクの人やご老人の方を乗せてあげ


また時には望みもしないのに遠く回り道をしなければいけない時もあるでしょう


山を越え、河を渡り、でこぼこ道に揺られながら


自分自身でハンドルを握り走らなければならない人生ロード


その終着点でこの世とおさらばする


自分の走って来た道のりを振り返った時に


あぁ~しんどかったけど、でも楽しかったわ と言える人生を送りたい




と書いてみた・・・2011年大晦日  秀さん56歳 メタボ親父の独り言でした。



皆さま、良いお年を!



posted by 秀さん at 08:27| ハノイ 霧| Comment(6) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

なぜ政治経済記事の転載をするのか?編

なぜ政治経済記事を転載するのか って?

単刀直入に言わせて貰えば、へい、自分で考える頭がないからでごわす。キリッ!

賢い頭を持って生まれてくれば亡き両親も幼かった時の秀さんの将来を悲観することはなかったのでしょうが・・・

如何せん、秀さんが母親のお腹の中にいる時に、よろず八百の神様の内、アホの神様から秀さんが気に入られたのでしょう!

小学校の時の通信簿(成績表)を見たおやじさんが・・・

お前の通信簿はまるで、マラソンの掛け声みたいだなぁ〜 

とため息をついたことを今での思い出しますよ。


答えは・・・・イチニ、イチニ ばかりだといわれ申した。

これ真実でごわす。


それから時は巡りて幾数十年、基本設計は変わらないまま成長いたしまして今がある訳ですが、今更このお頭をどういじくったところで、どうなるわけでもなく、自分で書けないから、人様の記事を読んで素晴らしいなぁ、頭良いなぁ と感心・共感出来るものを秀さんの独断と偏見で勝手に転載しているのであります。

この数年、いや20年、日本の政治のひどさ、財務官僚、法務官僚を中心とした既得権益腐敗組織の国民不在の行政、偏向報道ばかりの大手マスゴミの報道・・・
呆れてものが言えないどころか、体が麻痺しそうですわ。


20年前と現在の初任給が同じ国なんて、世界のどこを探したってありゃしませんわ。


どうしてこんな国になってしまったのか、いくらアホの秀さんでも考えさせられますわ。



さて話はいきなり変わりますが、

テトが近いこの時期は貧乏会社の経営者としては憂鬱になる季節でごわす。


下痢の神様からこう脅され・・・


「出すもんは早く出せ!」 ・・・・と!



へい、スミマセン、出すもんはテトのボーナスでしたわ。

下品な例えをしてしまいましてごめんなさい。



またまた話は変わりますが、

本日会社の事務員さんから50万ドンほどむしり取られてしまいました。


娘が通う学校の同じクラスに重い病気(悪性の腫瘍)の子がいる。
家が貧乏で病院で手術することが出来ず片目が失明、もうひとつの眼球の上も大きく膨れ上がってもう一方の目もこのままでは失明の危機・・・

先生、生徒の両親達がカンパを募りその子を病院に連れて行って手術をさせようとの運動の一環としていつもの事務員さんが目をはらして秀さん及び秀さんの会社の者、その他関係者に寄付をお願い!と訴えるのに社長の秀さんが1ドンも出さない訳にはいきませんわな。


ベトナムは金銭至上主義の国民性だとよく言われますが、
このような弱者に対して決してお金持ちではない人たちが立ち上がってなけなしのお金を寄付すると言ったことは普通に行われています。



弱者がさらに弱者を救う・・・・素晴らしいことだと思います。




話がバラバラでまとまりのない文になってしまいました。



それでは本日の転載記事です。

田中角栄を初め、今回の小沢さんと同様に既得権益腐敗組織により無実の罪で収監され出所して来た鈴木宗男氏の記事です。


この話の内容を読んだだけで氏の人間性の素晴らしさが分かります。

言葉や文章にはその人の内面がにじみ出るものです。

まるで秀さんのブログ記事からアホのオーラがにじみ出ているのと同じように!




では、転載開始・・・・・・



運命に挑む!! 前衆議院議員・新党「大地」代表鈴木宗男


2010年12月6日朝、鈴木宗男氏(前衆議院議員)は法務省へ出頭する前に 明治神宮に参拝し、無実の訴えが認められなかった無念の思いと同時に日本国家の安寧を祈念した。
それから365日、奇しくも同じ12月6日の朝、鈴木氏は 喜連川社会復帰促進センター(栃木県さくら市)の門を出た。刑期を約五ケ月残しての仮釈放である。


同日午後、参議院議員会館講堂で行われた「お帰りなさい会」では、小沢一郎元民主党幹事長、伊吹文明元自民党幹事長、鳩山由紀夫元首相、福島みずほ社民党党首、作家・佐藤優氏らが口々にねぎらいと無事の帰還を祝した。
 
興奮もさめやらぬ12月9日、鈴木氏に心境と今後の抱負をうかがった。


被災地から貰った勇気
── 鈴木氏が収監されているこの一年の間、日本は文字通り激動に見舞われた。
鈴 木 社会的には3・11大震災、福島第一原発の事故という災害が起り、政治がこれに対応すべきなのに菅政権は適切な災害対策を打ち出せないままに倒れ、そ れを継いだ野田政権は国民的議論もないままにTPP、増税という国家の屋台骨に関わる政策を強行に推進しようとしている。
 
私は獄中で、こうした政治の不甲斐なさ、政治の不在ともいうべき状況を見聞きするにつけ、本当に歯がゆく、いてもたってもいられず、もどかしい思いだった。
 
だが、21歳で中川一郎先生の秘書として政治の世界に飛び込んで以来43年間、政治の現場で生きてきた私が強制的に政治の世界から身を引くことになり、そのために見えてきたこともある。
まさに政治に対して「このままでいいのか」という思いを抱きながらも、その声が永田町には届かないという歯がゆい思いをさ れている全国の声なき声、寄る辺なく苦しんでいる人々と同じ境遇に身を置くことで、あらためて私は政治人生のスタートに立ち戻った。
 
3月11日14時46分、私は風呂場で体の不自由な高齢受刑者の方の入浴を手伝っていた。車椅子を押している時に地震が起き、喜連川でも揺れはすさまじいものだった。
私はとにかく車椅子を倒してはいけない、高齢者の方に怪我をさせてはいけないと思って踏ん張っていたのを鮮明に覚えている。
 
ラジオやテレビニュースで徐々に事態の深刻さが伝わり、被災者の皆さんの窮状を見るにつけ、すぐにでも駆けつけたい思いだったが、私は一歩も外に出ること はできない。せめて自分にできることをと思い、自分の着替え用の新しい靴下を五足、宅下げ(刑務所内の私物を面会者などに引き取ってもらうこと)して被災 地に送ってもらった。これが私のできることの精一杯だった。同時に、新党「大地」のみなさんには被災地への支援、毛布の寄付などを呼びかけてもらった。
 
正直に言うと、3月11日までの私は、喜連川のあまりの寒さに参っていた。北海道足寄町で、吹雪が戸の隙間から入り込んでくるような家で育ったのだから、 寒さなんか平気だと思っていたのだが、喜連川の底冷えする寒さは初めてで、気も滅入っていた。 ところが、被災地の方々のニュースを聞くにつけ、私は自分 が甘えていたことを思い知らされた。寒さが何だ、自分は日本一安全な場所にいて、三食きちんと食べられて、寝る場所もあるじゃないか。被災地の皆さんは もっと寒い中、食料も十分でなく、雨風をしのぐ場所さえおぼつかないのに、じっと耐えているんだ。これで幸いだの寒いだの言うのは、被災地の方々に失礼 じゃないか、と痛感した。
 
3月16日、天皇陛下のお言葉が流れたのを私は正座して聴いていた。陛下の被災地に寄り添う思い、そして「雄雄しい」と表現された被災地の方々を思い、私は涙を禁じえなかった。その日、私は就寝の時間まで正座して、日本の安寧を祈った。そうせずにはいられなかったのだ。
 
多くの日本国民が被災地を助けよう、勇気を与えようと行動しており、私は感動を覚えた。
だが一方、私は被災民の方々に、むしろ勇気をもらっていた。苦難の中でも力強く生きる姿に、私は教えられたのだ。

 

疾風に物事を知る
── 毎日をどう過ごしていたか。

鈴 木 私はこの一年を、天の配剤、天が与えた修練だと受け止めていた。
毎日が「修行」であり、毎日が、万物への感謝の思いを新たにする日々だった。私は病棟 で介護、食事の配膳、洗濯物、高齢者介助の仕事を与えられていた。他の刑務作業と違ってこれには土日の休みというものがない。
だから毎日、与えられた仕事 をきちんと丁寧にこなすことで日中はすぐに過ぎてゆく。
 
朝7時10分から11時30分まで、間に昼休みを挟んで12時30分から16時30分ま でが刑務作業だ。
18時から21時まで房で自由時間が与えられるが、手紙のチェック、19時のNHKラジオニュースのチェック、そして手紙の返信と読書を するとあっという間に就寝時間となる。
寝る直前に般若心経を唱えて、今日一日が無事に過ぎたことに感謝して就寝して、翌朝から同じことの繰り返しとなる。
 
収監中、比叡山の酒井雄哉大阿閣梨から自宅に一幅の書を頂いた。
そこには「行」と書いてあった。一日一日、すべては行だ、修行だ。
刑務所というのは好き好 んで来られる場所じゃない、来たからには何かを掴んでから帰らなければ。

確かに私は国策捜査で無実の罪に陥れられた。だが、それを恨むのではなく、二度と このような被害者が出ないような国にしていくのが私の努めだ。
真実を明らかにすべく私は囲っていく。
日々の作業の中でそう考え、そう考えているうちにあっ という間に一年が過ぎた。
 
人間は与えられた場所で、与えられた役目を一生懸命果たさなければならない。
いかに苦しい境遇にあろうと、それは同じだ。
むしろ、政治家は率先して山中鹿之助のように「我に救難辛苦を与えよ」と願うべきかも知れない。
 
獄中でよく思い出したのは西郷南洲翁のことだ。
今でこそ上野公園に立っていらっしゃるが、かつては三度も流刑にあっており、最後は逆軍の将の汚名を着せら れて自裁した。

それに比べればわたしはまだまだ修行が足りない身だ。このような修行期間が与えられたのは、天がまだ私に「もう少し修行して、日本国家のお 役に立て」と命じているのだと思う。


── 獄中で得たものとは何か。一言では言い表しきれないだろうが、いくつかお話いただきたい。

鈴木 大きく三つを挙げたい。一つ目は、信念を貫くということ。
困難を乗り越えるのには、決してプレてはいけない。スジを通さなければならない。
だが人間は一人ばっちではスジを通すのは難しい。心には常に支えが必要なのだ。
 
だから二つ目は、人間は一人では生きていけないということ。
時に支え、時に叱咤激励してくれる家族、友人、仲間がいなければ人間は生きていけるものではない。
私は幸い、家族、友人、仲間に恵まれた。そのありがたさを身に染みて感じた。
 
家族からは300通以上の手紙をもらった。まだ三歳の孫から「じじたん」と書かれた手紙を見たときは、涙もろいものだからぼろぼろと泣いてしまった。
 
12月6日に喜連川を出た時、妻も娘も「私達が行くとお父さん泣いてしまうでしょう」と言って、あえて迎えに来なかった。
出所後すぐに電話したが、そこで も言われたのは「泣くな!」だった。

思い返せば、私は家族に、父親らしいことはほとんど何もしてこれなかった。
むしろ、選挙や一連の事件などで、迷惑をかけどおしだった。

だが、家族は文句を言わないどころか、私を支え続けてくれた。

事件の時、妻は「お父さん、お父さんが悪いことをしたのならバッジ を外しなさい。
でも、悪いことをしていないのなら、戦い続けなさい」と言った。

あの時、バッジを外して検察と手打ちをしていれば、執行猶予ぐらいついて、 状況はずいぶんと変わっていたかもしれない。

だがそうしていれば鈴木宗男としてのスジは通らなくなり、私はもはや政治家・鈴木宗男ではなくなっていただろ う。
私はスジを通したために実刑判決、九一年の収監となったのだが、それを耐えることができたのも、家族の支えのおかげだ。
 
友人・仲間たちから も多くの激励を頂いた。

心友・松山千春氏からは、政局が混迷している中で「こんなときにムネオがいたら」という残念な思いと同時に、早く政治に帰ってこい という熱い思いをいただいた。
さらに、収監中の一年で、日本全国から1500通以上のお手紙を頂いた。いずれも、鈴木宗男を叱咤激励し、政治家として活動 し続けることを促すものだった。
 
私は地域政党である新党「大地」の代表だが、鈴木宗男という政治家を必要としている人が、日本全国にこんなにもたくさんいることに驚くと同時に、感謝した。

思うに、3・11という災害は、我々日本人全てに、今の我々の生き方は正しいのか、という難問を突きつけたのだ。
エネルギーを放漫に消費し、金融資本主義と いう熱に浮かされた生き方が正しいのか。

私は違うと思い、新党「大地」を立ち上げた。その理念は、「大地に学び、大地に還る」ことだ。この理念が、今、日本全国で必要とされていると痛感する。
 
新党「大地」の仲間、後援者の皆さんには感謝してもしきれない。
9月21日、私は獄中だったが定例の「鈴木宗男を叱咤激励する会」をホテルニューオータニで開催したが、この日は紀伊半島に大きな被害をもたらしたあの台風15号が首都圏を直撃した、暴風雨の日だった。
にもかかわらず、800人以上の方々が文字通り万難を排して集まってくれた。私はこの知らせを開いて、「疾風に勁草を知る」という言葉を思い出した。
 

漠の劉秀のもとに王覇という武将がいた。
劉秀が上り調子の時には多くの武将が仕えていたが、劉秀の調子が悪くなると、武将たちは次々に逃げ出し、忠義を尽 くして残ったのは王覇だけとなった。
劉秀はこれを見て「疾風に勁草を知る」、すなわち、苦境の中で初めて人間の強さ、本質というものは現れるものだ、と評した。
 
私は新党「大地」の仲間・後援会の皆さんに感謝すると同時に、誇りに思う。疾風勁草、こんなに動い仲間がいるのだ。
皆さんの熱い思いに応えるのが鈴木宗男の生き方であり、責務だ。


── 三つ目は。
鈴木 目に見えない力の大切さだ。
我々は日には見えない力のおかげで生きている、生かされているということを忘れてはならない。

檜念、家族の愛情、仲間との信頼、これらは目には見えないが、これらがなければ人間は生きてはいけない。
また、今の私を生み出してくれたのは両親、祖先のおかげだという感謝の心がな ければ人間は人間としての大事な基本を失ってしまう。
我々は万物に支えられて生かされている、その想いを突き詰めれば、大地への感謝、神仏への感謝という ことだ。
 
この一年のうちにも、私を支え続けてきてくださった方が数名、亡くなられてしまった。
生きておられるうちに感謝を伝えることができずに、残念でならない。
今後しばらくは、そういった方々の回向をして、菩提を弔い、鈴木宗男はこれからも走り続けることをご報告したいと思っている。



生涯政治家!
── 国政復帰への待望は大きいものの、満期から五年間、公民権が停止される。

鈴木 私は生涯政治家だ。政治経験も短いなら「生涯政治家」と言うのはおこがましいかもしれないが、21歳で政治の世界に飛び込んで以来40年以上この世界 で生きてきて、衆議院議員を25年努め、永年表彰も受けた。
さらに、あれだけ世間を騒がせて政治の焦点になったのだから、「生涯政治家」と言わせてもらってむいいでしょう。
 
バッジがなくても政治はできる。私には新党「大地」というステージがあるし、私の知恵を借りたいという現職の政治家の方々もいる。

鈴木宗男の賞味期限は切れたかもしれないが、消費期限は切れてはいない。
活動の場が与えられている以上、そこで走り、汗をかくのが私の使命だ。
 
とくに、北方領土問題は私のライフワークだ。ライフワークとは、英語の原義では「命がけの仕事」という意味で、私はこの意味で使っている。
北方領土の元島 民のみなさんも、平均年齢が80歳近くになっている。
現職の政治家には、島民の皆さんが元気なうちに解決への道筋をつけていただきたいと思っているし、私 は私なりに、経験や人脈も最大限に活かして、協力できることは協力していきたい。



── 政治の現状について言いたいことは。
鈴木  とにかく、政治を覆う閉塞感をなんとかしなければならない。
政治からは節度、道義、信義というものが失われている。
増税の議論が起きているが、国民に痛み を強いるならば、まず国会議員が痛みを味わわなければならない。
衆議院も参議院も、100人までに削減すべきだ。また、議員の給料も三分の一はカットすべ きだし、ボーナスも復興が明らかになるまで返上すべきだ。
今、国会議員には500万円のボーナスがあるが、これを返上すれば35億円が浮く。給料カットとあわせれば、10年で700億円という財源ができる。
 
公務員についても、生活があるから給料は担保したほうがいいが、ボーナスは減らすことができる。
国家公務員のボーナスはだいたい8500億円だが、これを三分の一カットしただけでも、3000億円近くが浮く。10年間で3兆円になる。公務員宿舎も、全部なくすべきだ。
緊急事態のために都心に近い場所を、ということになっているが、緊急な時にはそれなりの手のうちようがある。
官邸もあれば衆議院の宿舎もあるんだから、緊急時にはそれらを活用すればいいだけのことだ。霞ヶ関の職員全員が都内の一等地に格安で住む必要は全くない。
 
こうした、自らの身を切る姿勢も示さないで増税を迫るから、国民は政治に愛想を尽かしていく。
大阪の府知事選、市長選のダブル選挙で橋下氏らが大勝したの は、実際に橋下氏が府議会議員の給料を三分の一カットし、市議会議員は四分の一カットして、政治に携わる人間が率先して痛みをわかちあったからでしょう。

私は橋下氏の政治手法自体については同意できないところもあるが、この政治がまず我が身を切るという姿勢は評価する。
問題は、なぜ地方でできたことが中央でできないのか、だ。
 
野田線理も、国会議員の定数削減、給料カット、公務員の給料カットについて、与野党協議に任せるのではなく、自ら国民に訴えるべきです。

私はこう考える、国民の皆さん、いかがですか、と。議員も選挙区を抱えているのだから、国民の声が強くなれば、抵抗はできない。
リーダーシップを発揮すれば、すぐにでもできることだ。
それが本当の政治主導ということだ。


── 痛みという点では、沖縄に負担を強いる米軍普天間飛行場移設問題にも、かつて北海道・沖縄開発庁長官として取り組まれた。

鈴木 これも信義の問題であり、痛みを分かち合うという問題だ。自民党政権時代、橋本内閣で私が沖縄開発庁長官であったときに名護移設を決めた。その時の名 護市長の比嘉氏は、職を賭して受け入れを決めてくれた。名護市にはキャンプ・ハンセン、キャンプ・シユワプがあるから、なんとかその基地の中で対応できな いかという思いがあり、まずは名護市に移設を打診した。ところが小泉政権下で、それがだんだんと辺野古という話になってしまい、同時に、橋本、小渕、森政 権では維持していた沖縄の人々との人間関係も希薄になっていった。
 
私が交渉に当たっていた平成8年、沖縄県道104号線での米軍実射訓練を、私の選挙区の矢臼別で受け入れた。155ミリ砲の実弾が県道の上を飛ぶ。これが沖縄の人々の反発が一番強かった。そもそもこの実射訓練を沖縄県外に移すという約束は、村山政権がクリントン大統領と約束したものだ。
私は当然、村山首相が地元・大分県に持っていくのだろうと思っていたら、何もやらなかった。橋本 政権下で当時、自民党副幹事長として、私は別海町の町長を口説き落として、実射訓練を私の地元で引き受けた。交渉に当たる私自身が痛みを引き受けたからこそ、信頼ができ、理解が生まれ、そこで名護移設が決まった。
 
今の交渉を見ていると、そこには誰も痛みを分かち合おう、責任を引き受けようという態度がない。
とにかく基地を沖縄に押し付けようという姿勢だけが透けて見える。
信義、道義というものがない所で政治が動くわけがない。
 
逆に、信義があり、道義があれば、政治は動く。
すぐにでもやれることはたくさんある。このことを現職政治家だけではなく、国民の皆さんに広く訴えていきたい。


ムネオ、再起働
鈴木 宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える。それが鈴木宗男という生き方です。かつては日本国中からバッシングを受けた。ガンになり、死の絶望も味わった。

無実の訴えも棄却されて、獄に下りもした。
しかし、それでもムネオは負けないで生きている。使命を果たすべく、走り回っている。今、辛く苦しい目に合っている人は、私を見て欲しい。私に負けないよう、強くたくましく生きて欲しい。私は被災者の皆さんに勇気をもらった。
今度は私が、全国の声なき声に耳を傾け、勇気を与える番だ。
 
ムネオ、再起働です。「動」ではなく、にんべんのついた「働」です。
私は人様に助けられて生きている。だからこれからも、人様のために、与えられた命を燃焼させていく。


(聞き手・構成 副編集長 尾崎秀英)

※月刊日本編集部ブログより



以上転載終わり・・・・・・・・・・・・



posted by 秀さん at 04:37| ハノイ 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月25日

ある思想家の文章編

休みの日、ビールでも飲みながらまた〜りとした1日を過ごそうなんて考えていたのですが、

ある文章が目にとまりまして、また〜りどころか少し考えさせられる羽目に・・・


ここ最近は仕事でストレスを溜め気味の生活が続いておりました。

このストレスも考え方によっては生みの苦しみと言うか、あるものを実現する為に避けては通れないひとつの課程だと楽天家の秀さんは考えるようにしております。

昨日は豚鼻のお犬さんちの長男さんの結婚式に参加させて頂いたのですが・・・
会場の雰囲気は今までの結婚披露宴とは違い、少しおとなしい感じでした。

聞くところによりますと・・・


その長男さんの結婚に御両親は反対だったと・・・



何故って?


相手のお嫁さんがその長男さんより7〜8歳年上だから・・・・と


今の日本では年上の奥さんなんてごろごろいますが、ここベトナムでは年上のお嫁さんはまだまだ一般的にはNGみたいです。

それが7〜8歳も上になりますと、なお更でしょうねぇ。

まぁ、結婚は本人どうしの合意でなされるものでありまして、反対されればされるほど
逆に燃え上がったのかも知れませんねぇ。

秀さんのおかあちゃんも同級生ではありますが、歳は1つ上でした。
秀さんは1955年の3月生まれ、おかあちゃんは1954年9月生まれですので。

いずれにしましても、お二人に幸多からんことを願う秀さんであります。



さて、前置きが長くなってしまいましたが、いつものように無断転載です。

硬い文章が嫌いな方はスルーして下さいな。

中々考えさせられる良い文章だと秀さんは思いますが・・・

賢者の皆様はどうお感じでしょうか?



ま、こんな文章読むよりはゴルフにでも行って茶店でビールでも飲んでいた方が
楽しいかもね!



「巨悪はわれわれの心を養分として育つ」

集団となって「悪さをする」のは、何も野次馬や暴徒化した群衆だけではない。
会社でも国家でも、ある一定以上の規模になった組織は、容易に「悪」の巣喰う場所となる。

それはなぜか。それは人間が集団の中に、自分の醜い「悪」の顔を隠すことができるからである。
「悪の顔」を隠すことができれば、われわれはもっと容易に悪を成すことができる。
おそらくは、悪であると自覚せずに、その悪を成すことさえ可能である。

人間の大部分は弱い。

そして弱さの集合的発現こそが、将来われわれが代価を払うことになる(であろう)大規模の「悪の発露」たる戦争である。
集 団の陰に隠れて行われる、各人の「卑怯の合算」である戦争なのである。

それによって生じるあらゆる破壊や殺戮は、それに関わるひとすべての共犯であるため に、おそらくいかなる戦争も、その責任をきちんと追及することは不可能である。
ましてや共犯関係にある者同士が互いを追及することなどあるはずがない。

ひとりひとりは、いかにも良心のありそうな人間であったとしても、悪いのは自分だ けではないと信じる無責任、利益を自分に向けて抜け目なく最大限引き出そうとする利己主義、人の背中に隠れて小さな悪への誘惑に負ける意志薄弱という側面 は、実は各自に潜む。

ひとりひとりは一見「善良」ではあり得ても、集団というものは、こうした人間の最低の部分が、最大に「活かされる」場所なのだ。

そして、人間の最低の部分の集合的な発現は、法的に違反しているものである必要はない。
それら「悪」のほとんどは「合法的に」なされるのである。

いかなる法も所詮人間が作りだした、われわれにとっての便宜のひとつのありかたにすぎないからである。

人間のこの狡賢さは、自分が被害者にならない限りにおいて、その帰属する集団を、暴力、嘘、盗み、といったあらゆる悪の行為に駆り立てる。

いや、「駆り立てる」という言い方はひょっとすると正しくない。そういう行為を「許し」、密かに 「見逃し」、悪の成就を、無言で「支持する」のだ。

そしてあらゆる悪への牽制メカニズムの網の目をかいくぐって、最終的に悪はどこかで成就する。

国家と は、そうした悪だけが表に発露される最低最悪の場のことである。

われわれ小市民は、自分の利益のためにとても人を殺せないが、「国家」という乗り物を使ってなら、より大規模にそれを成し遂げることができる。より無自覚に。

嘘を付いて過去の悪行を認めない国家。

嘘を付いて他国から経済援助を引き出す国家。

嘘と知りながら大国の巨悪に「大義」を見出す小国。

嘘と知りながら国をまとめるだけのイデオロギーを以て、小国を支配するための大義とする大国。

あらゆる嘘や暴力が、歴史上あらゆる国家という国家によって堂々と実現されてきた。


支配されるわれわれの間では人を殺せばそこには殺人の罪が生じる。

嘘を付いて他人の援助を受ければ、そこには詐欺の罪が生じる。

しかしいかなる隠れた狡猾も、明らかな罪科も、国家という巨大集団によって、より 大規模に成されるや、それは「われわれの責任ではない」ということになる。

実に、巨大な群衆としての「国家」とは、われわれ小市民にとって、便利な隠れ家である。


日常の中に滑り込んでくる個人による殺人を、残虐であるとか非人間的な悪逆であると評し赦さない一方、われわれは、集団による組織的な殺人を「政 策である」と呼ぶことができ、過去のそうした組織的かつ大量な殺人を「他に選択の余地がなかったこと」として情状酌量し、容易に忘却する。

年金制度や税の徴収のあり方など、何を見ても、人間としての考えられる限り“最低 の在り方”を、政治家の判断や活動を通して、国家はわれわれに見本を示してくれている。

しかし、実は、悪いのは政治家や官僚だけではない。

「大きな集団とは、小さな悪や小さな良心、その他諸々人間の行為や思いのすべてを濾し落として、内なる最大の巨悪だけをそのまま残して一番上に提示する、いわばザルの ような仕組みのことなのである。

このザルを以てしては、良心という人間のもう一つのちっぽけな真実の在り方を掬い上げるには、あまりに器としては大きすぎ るのである。

何千年経ってもなくならない官僚組織の腐敗。一部の利益を代表するだけの、大局を決して見ることのない御用政治家の限界。個人の思いを無視した外交官僚たちの秘密の工作。

どうして無くならないのか、われわれはいつも考える。

しかし答が見つからな い。そうした行いの正邪は、合法であるか非合法であるかという判断とはこの際関係がない。

官僚組織自体は、合法的に組織された集団である。

そして国会は(表向きには)合法 的に選ばれた代議士達によって組織されているものである。


しかし、仮に、ひとりひとりの官僚や政治家に「一般人の良心」というものがあったとしても、それ は国家や行政の「行為」として具現化できない。

たとえば、行政活動の必要に応じて、いったん金の流れというものが生じると、それが時代と共に意味を成さな いものとなっても、その旧弊な「流れ」を温存したいひとりひとりの心が、その変革を許さない。

それら利権を温存する方法が、如何にわれわれの法に適ったものであっても、そこには集団としての、あきらかな悪がある。

官僚や政治家のひとりひとりが、その悪を見ようとせず、その悪を悪であると、心の弱さと曇りから認めることができない。

したがって、たとえば、必要だとされたひとつの「金の流れ」という利権が、時代の変化や必要の有無に関わらず、いつまでも温存される。


結果的に一般の納税者から合法的に金を巻き上げ続けるシステムだけが残される。

だからいくら増税しても、これら金を吸い上げる者達が、そのシステムを諦めない以上、
いくら民衆が金を稼ぎ出しても、彼ら悪徳官僚達の腹を十分に満たすことはできない。

われわれは、毎日額に汗して働いて、そういう者達を養い続けている。


しかし権力という言葉が、こうした「もてる者達」にとっての「保身」の意味でしかない以上、この状態を変えることは容易にはできない。

もてる者達自信が自らの矛盾のために自壊するしかないのかもしれない。

(しかしどのように?)

恐らく、社会的弱者に対する無視(内へ向かう暴力)も、

戦争への道(外へこぼれ出 す暴力)も、

より強い巨悪への追従も、個人個人の狡さや弱さを足し合わせた、その集団の総意の結果なのだ。


暗殺や小国政府の転覆など、明らかな非合法行為も、実はそうした「合法的に赦されている」一般民衆の弱さの合算したものの例に漏れないはずだ。

合法的に赦されたわれわれが、倫理的に明らかな非合法である戦争を作りだすのである。

戦争を可能にする合法的な制度によって。


個人の中ならばしばしば認められる良心や寛容というものも、生き物の本来持っている一側面である。

政治家とは、そうした人間の善良さが、巨大な国家という生き物の性質として表現されるための、類い希な創意工夫と、鉄のような意志と、実 行力を兼ね備えた者でなければならない。

そして、われわれは、われわれの個人の中に生きている良心の具現化を助けない人間を、政治家として選んではならな いのである。


私が書くことは、おそらく巨悪への共犯という私の罪を何ら酌量しないだろう。

ましてや、このままではこれから起こるかも知れないことを防ぐなんの助けにもならないだろう。

私の心に奇跡が起こり、私がわれわれを押しつぶす巨大な車輪の前 に身を投げ出したところで、この巨悪の大河の流れをもはや止めることはできないかもしれない。


しかし最も効果的な身の投げ出し方を悟れば、それを実行する かも知れない。
しかし、次善でさえないにも拘わらず、今の時点で、私が何を信じていたのかを隠さないことには、何らかの意味があってほしいと願わずにいら れない。

そしてこれを公共に向けて書いていたことが、私の今後の「扱われ方」に多少の影響を与えることはあるかもしれない。

あるいは図らずも「身を投げ出 す」第一歩に結びつくのかも知れない




posted by 秀さん at 08:47| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

結婚式と肥料の話編

毎度のことですが、テト前になると結婚式の招待状を受け取ることが多くなります。

先週隣の豚鼻のお犬さんちの長男さんがめでたく結婚すると言うことで愚息の嫁が招待状を受け取って秀さんに渡してくれましたわ。

まぁ、長く近所付き合いをしているお隣さんですので参加しなければいけませんわな。


しかし招待状に書かれていた名前は、ZOSI・・・・



男子なのに女子?


てなアホなことを言うなってか?

へい、いつものようにスミマセン とお詫びしておきやす。へい


秀さんの姓のYOSHI が ZOSI にベトナム流に変換されたようですわ。

まぁ、どちらでもか構いませんがね。


ベトナムは若い人の比率が日本と違い格段に多い国ですので当然の帰結として
結婚式も多いですわ。今月はこれで2回目です。

軽い財布が更に軽くなってもう風が吹けば飛びそうですわ。
しかし冠婚葬祭のお付き合いはここベトナムで生活して行く上では避けては通れない道ですので快く祝儀を包みましてネクタイ締めて参加しますよ。へい


話はかわりますが、昨日ある肥料会社の女社長さまから1年ぶりに電話がありまして、会うことに・・・
どうせ何かの頼みごとでしょう と思いながら出かけたところ、案の定頼みごとでしたわ。

淡水植物向けの肥料を新しく開発したので日本の会社に売り込めないか との秀さんには畑違いの相談でごわす。

水面下の植物が活性化することにより水質の改善になり養殖用のえびや魚、熱帯魚などが元気に繁殖するとのことで、品質も日本のそれと同等、価格は1/3なのでひとつ売り込んで欲しいとのご要望でした。


はぁ〜 と情けない返事をしてしまいやした。



品質が同じで価格が1/3で製造できるのなら競争力は十分あるでしょう。




が・・・秀さん、それを売り込むルートを知りませんわ。

安請け合いしないように言葉を選んでお話をしたつもりですが・・・・
相手は多分前向きに紹介しますと・・・うけ取ったかもですわ。

やれやれどす。


誰か肥料業界に精通した人しりませんか? 商社の方でもヨロシおます。
ノーマージンでご紹介しますので宜しくお願いいたしやす。へへぇ〜ぃ


高級レストランでご接待を受けてほろ酔い気分で外に出た所、店の前にはBMWが待っておりまして、送りますと言われたのですが貧乏人らしくご辞退を申し上げて帰って来ましたわ。

ベトナムは今の日本と違い、国が発展途中なこともあるでしょうが元気ですわ。
あらゆる階層の人が今日よりは明日へ夢と希望を繋いで前向きに生きているようで
何とも羨ましい限りですわ。

本日結婚式を挙げる、お隣りさんちの長男さんも奥さんをもらい自分達の将来を夢みて頑張って行くことでしょうな。

お二人さんはクリスマスに式を挙げてさぞ嬉しいことでしょうが・・・

この季節、何度もご祝儀を出さなければならない秀さんは 

クルシミマス ですわ。

まぁ、あちらこちら結婚式だらけのベトナム、元気があってヨロシ! 


昔は日本も同じように元気のある国でしたのですが・・・

政治が悪いのか、お役人さんが悪いのか、それとも国民?・・・・


これ以上書くと愚痴になりそうなので止めておきますが、日本も頑張って欲しいと思いますぞぃ。



では、本日はこの辺で、失礼いたします。
posted by 秀さん at 09:22| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月22日

もう今年もあと10日あまりですねぇ〜編

月日の経つのは早いというか今年もあっという間に過ぎ去ってしまい、残すところあと10日あまりになりました。


賢者の皆様におかれましてはどのような1年だったでしょうか?
人によって様々でしょうねぇ。

秀さんの場合は、まぁ、良き年だったかな?

愚息も嫁さんをもらい独り身の生活から足を洗いましたわ。
相変わらずなのは秀さんでありまして、かれこれ独り身も15年を数えますわ。

再婚をしないのにはさして理由はありません。なぜかそういう気にならないだけですわ。
今は愚息夫婦と同居している関係で昔と違い寂しさのあまり一人ふらっとオネエチャンのいるカラオケなんぞに出かけることもめっきり少なくなりまして品行方正そのままの生活をしておりやす。

会社の方は今年1年、可もなく不可もなくといったところで何とかお蔭様で慎ましやかではありますがお飯を食べさせて頂いております。

最近は毎朝の日課としてご先祖様にお線香をともしお水を取り替えて感謝の言葉を述べておりやす。

若い時は、俺が! 俺が! と意味もなく息巻いておりまして、何でも自分の力でやって来たなどとのたまいまして身の程知らずの秀さんでしたわ。

段々年を取って来ると世の中の様々な機微に触れ、人様のお陰で自分があるのだと
思うようになって来ました。


よくよく考えると、人間一人では何も出来はしませんって!

仮に何かの物を作ったとしましょうか、その物を買ってくれる他の方がおられるから物がお金に変わり、またそのお金が世の中を巡りその連続が経済活動となって国民の暮らしを支えているわけであります。

毎日お米を食べられるのは農民の苦労があってのことですね。


駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人


と言うことわざがありますが、世間にはさまざまな立場・職業の人がいて、それぞれがうまく絡み合って社会を構成していることのたとえですね。

秀さんがこうして今年1年を無事健康で終えることが出来たのも目には見えない方々の助けがあってかなったことであります。

ブログ上ではありますが、姿勢を正して有難うございました とお礼を申し上げます。


今年は大震災があり冬空でご不自由な生活を余儀なくされている方も大勢います。

来年が良き年となりますよう、異国の地ベトナムからではありますが、心よりお祈りしております。


今日で今年のブログが最終というわけではありませんが、夜パソコンに向かい
この1年、お陰さまで無事終えることが出来ました と言いたくなった秀さんの心境です。


皆様、どうも有難うございました。


posted by 秀さん at 01:57| ハノイ 霧| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

仏陀の言葉編

月に1回開催される福岡県人会に予定が空いている時には必ず参加している秀さんです。

長い間参加しているとその間に知り合った方が帰任されたり、また新しく赴任されたりと人の入れ替わりがあることが良く分かります。

最近はずい分と若い方が増えたなぁ と思いますぞぃ。

企業さんもベトナムの将来成長性に夢を託すにはおっさん、爺さんよりは動きも頭の回転も良い若い世代の人を赴任させた方が良いと判断されたのでしょうよ、きっと!

福岡県人会でも50歳を超えた人は一握りです。
ましてや秀さんのようにベトナムに半分移住しているような方は少ないですわ。

そういう秀さんも以前は駐在員でしたよ。
ある会社のプロジェクト責任者として日本とベトナムを行ったりした後に駐在員としてベトナムに居を構えるようになり、その後様々な変遷を経て現在はアホ丸出しの笑えない親父ギャグ満載の読むに耐えないブログを書きながら、吹かずとも飛びそうな小さな会社の経営者としてささやかな糧を得て慎ましい暮らしをここホーチミンでしている訳ですが、他の企業駐在員の方と違い 生活の保障はないが自由な時間だけはあります。


その貧乏人に残された唯一の財産、その自由時間を使って今まで忙しくて出来なかったことを時には調べたり勉強したりしております。


本日は仏陀が語った言葉というものがありましたので転載しますわ。
インド哲学研究室という九州大学の先生が翻訳したものの無断転載です。


仏陀が語るような考え方が出来るようになれば良いのでしょうが、
我々凡人は、日々の生活に追われ疲れてしまい中々自分が生きているということはどういうことなのか? と言うことなど考えなくなるものですね。



思考する なんて言葉は最近では秀さんの中では死語になっておりやす。




まぁ、お口の中には沢山持っておりますが・・・・








ん? それは 歯垢 ってか!



へい、スミマセン と素直に謝っておきます。



最後の言葉・・・・

(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、心の安らぎを得たならば、
あらゆる悲しみを超越して、悲しみなき者となり、安らぎに帰する。

と言う心境になれるのはいつのことやら・・・・はぁ〜



では、仏陀の言葉より・・・・



死について:

この世における人々の命は、定まったすがたなく、
どれだけ生きられるかわからない。
いたましく、短くて、苦痛をともなっている。
生まれたものどもは、死を遁れる道がない。老いに達しては、死ぬ。
実に生あるものどもの定めは、このとおりである。

熟した果実は早く落ちる。それと同じく、生まれた人々は、
死なねばならぬ。かれらにはつねに死のおそれがある。

たとえば、陶工のつくった土の器がついには
すべて破壊されてしまうように、
人々の命もまたそのとおりである。

若い人も壮年の人も、愚者も賢者も、すべて死に屈服してしまう。
すべての者は必ず死に至る。

かれらは死に捉えられてあの世に去って行くが、
父もその子を救わず、親族もその親族を救わない。

見よ。見まもっている親族がとめどもなく悲嘆に暮れているのに、
人は屠所に引かれる牛のように、一人づつ、連れ去られる。

このように世間の人々は死と老いによって害われる。
それ故に賢者は、世のなりゆきを知って、悲しまない。


汝は、来た人の道を知らず、また去った人の道を知らない。
汝は(生と死の)両極を見きわめないで、いたずらに泣き悲しむ。

泣き悲しんでは、心の安らぎは得られない。
ただかれにはますます苦しみが生じ、身体がやつれるだけである。

見よ。他の[生きている]人々は、また自分のつくった業にしたがって
死んでゆく。
かれら生あるものどもは死に捕えられて、この世で慄えおののいている。

たとえば家に火がついているのを水で消し止めるように、
そのように智慧ある聡明な賢者、立派な人は、悲しみが起こったのを
速やかに滅ぼしてしまいなさい。--- 譬えば風が綿を吹き払うように。

己が悲嘆と愛執と憂いとを除け。己が楽しみを求める人は、
己が(煩悩の)矢を抜くべし。

(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、心の安らぎを得たならば、
あらゆる悲しみを超越して、悲しみなき者となり、安らぎに帰する。




posted by 秀さん at 08:02| ハノイ | Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

ブログ更新せんかい!編

忙しさにかまけてブログの更新が今月は本日を入れて3回・・・・

まじめにやらんかい! と自分自身を叱っております。へい

しかし、月日の経つのは早ものですねぇ、今年も残すところ10日余りになりました。

日本はさぞや寒いことでしょうねぇ。

常夏の国ベトナムに長く住んでいますと日本の冬の寒さを実感することがだんだん難しくなっております。
もう寒いのは体が受け付けないほどベトナム化してしまいましたわ。
顔の色は一年中真っ黒親子になりまして、このまま進めば、仕舞いにはインド人、アフリカ人へと肌の色が変化して行きそうですわ。
愚息の嫁も、昔は色の白かった時の愚息の顔を思い出せないなどと言っておりますわ。

さて、ホーチミンはこれから乾季の良い季節を迎えます。
雨も降らず暑くもなく1年で一番過ごしやすい季節になります。


今年中に100を切る! と宣言したゴルフですが、未だに頭も切れなきゃ 100も切れずのへたくその秀さんのゴルフですわ。

本当のことを言いますと、既に100は切っているのですが、それはロンタンの白ティからのプレイでしたので秀さん的には認めておりません。

ゴルフをされない方には分からないと思いますので、少しご説明いたしますが、

ゴルフをスタートする(最初にボールを打つ場所=ティーグラウンドと言います)にあたっては、距離が一番短いのが赤ティと言いまして、非力な女性向けのスタート場所、次にじい様向けの白ティ、次がレギュラーティと言われる青ティ、そして一番遠いのがトーナメントティと言われるゴールドティと4種類の場所があります。

ゴルフはそのホールが長くなればなるほど難しくなります。
ゴールドティは上級者(シングルプレイヤー)レベルの者しか出来ないとルールを決めているゴルフ場もあります。

だって下手くそがそんな遠いティから打った日にゃ、時間がかかりプレイ進行の妨げになるからであります。

白ティと青ティの距離は結構違います。更にゴールドティになれば月とスッポンほどそのトータル距離は違って来ますわ。長くなれば長いほど難しくなるのであります。


秀さんの技量では距離の短い白ティが身分相応なのですが・・・

やはりこれでも男?である以上、レギュラーティ(青ティ)から打って100を切ると決めたのでありやす。


今年も残す所10日余り・・・・

精精、1〜2回出来るかどうかですわ。


それがですね、前回なんかは114も叩いてしまいまして、100切るどころか、自分に自分が切れてしまい散々な結果に終わりましたぞぃ。



ゴルフはメンタル面が大事と言われます。




そんなもんは家の寝室のたんすの引き出しの中に入っておるわ! 





と言うのはメンソレータムであります。


こんなアホなことを言っても100は切れませんが、次回は意を決して今年最後の100切りゴルフを目指したいと思います。



本日の投稿でブログ開設1000話達成しました。


後は目標に決めたゴルフで



年内中に100を切って、



来年はビジネスも絶好調・・・・





超美人の彼女がワンサカ出現・・・・




へい、スミマセン、またアホが悪い夢を見てしまいました。



賢者の皆さま、今年もあとわずか、風邪など引かれずに良い年を迎えられますよう
不肖、秀さんホーチミンよりお祈りしております。

では、本日はこの辺で失礼いたしやす。




posted by 秀さん at 06:49| ハノイ | Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

第29回品友会終了報告編

今回は11名と最近ではかなり少ない参加者となりました。
いつもは20名以上の参加者で落ち着いて話も出来ない感じですが、
今回はゆっくりと会員同士で話をすることが出来ました。

こういう落ち着いた雰囲気もたまには良いものだ思いましたよ。


ご参加頂いた皆様、どうもありがとうございました。



さて12月も半ばになりまして、日本では師走の時期、皆様におかれましては
さぞやお忙しいことでしょうねぇ。

と言う秀さんも
新しいビジネス開始に向け少しばかり急がしくなってまいりやした。


一番の悩みは、そう、お金が無いということですわ。
まぁ、いつものことですがね!

何をやるにも先ずはお金がかかるのがこの世の常でして、今の世知辛い日本の景気状況下では、良いアイデアがあるのだがお金が集まらないと言う方も中にはおられるでしょうねぇ。
無論、何のビジネスでも成功と失敗は隣り合わせ、リスク覚悟でやらなければなりません。

その点、ベトナムの方は決断が早いと言うか、絶対成功すると思ってイージーに始める方が多いような気がします。

成功する時はメチャ早く、その拡大スピードは日本の比ではありませんわ。
だって日本と違い需給バランスがまだ均衡していない市場が多いですもん。

しかし、仮に上手くいかなかったら、さっさと撤退、何事につけ決断が早いのがベトナム人ですわ。
まぁ、日本人が慎重過ぎるのかも知れませんがね!

ベトナム人に限らず、台湾や韓国の方も日本人に比べて決断が早いと言うか何事もトップダウンでスピーディに決まります。

笑い話ではありませんが、同じような時期に事業計画をスタートさせた日本企業と韓国企業、
日本ではぐだぐだと稟議を回している間に、韓国企業では工場の竣工式が行われていたなんて話を聞いたことがあります。

日本の大手企業の場合、稟議の判子だらけで結局、誰が責任を取るのか良く分からないような企業システムになっている所が多いですねぇ。
まぁ、サラリーマン経営者が大半なので自分の全資産をかけて勝負に出るなんてことはやりませんわな。へい。

その点、秀さんのような毛細血管企業の場合は、全てのリスクは自分自身に降りかかって来ます。下手すりゃ、無一文なんてことにもなりかねません。

それだったら、サラリーマンでもしてリスクの無い生活をすれば良いものですが、
秀さんのように人生そのものが博打みたな生き方をして来た人間はそれが出来ないから問題ですわ。はぁ〜・・・。



成功の暁には絶世の美女達に囲まれたウハウハの生活、

失敗こけば、極貧の底辺へ真っ逆さま

吉と出るか凶と出るか・・・・


成功するにせよ、失敗するにせよ、少なくとも他人様に迷惑をかけることだけは100%避けなければなりませんが、最大限の努力をして、あとは天のみぞ知る心境で頑張りたいと思っております。

昔の夢をもう一度ではありませんが、今のこのどきどき感、過去の自分が少し蘇って
来たような気がします。
こういう時が一番緊張するしまた楽しい時期なのかも知れません。


時期が来ましたら皆様にもお知らせしたいと思っておりますので
その時はどうぞ宜しくです。です!

では、本日はこの辺で、失礼いたしやす。









posted by 秀さん at 20:34| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月04日

第29回品友会開催のお知らせ編

ここ数日ばたばたしておりまして、気がつけば12月に入っておりましたわ。
品友会の案内をすっかり忘れておりやした。


へい、そこでいつもの案内でごわす。


日時 2011年12月10日(土) 午後6時30分より


場所 和食 花水木 15A5 Le Tan Ton  Dist.1


電話 (08)38242411(スカイガーデン前直ぐ)


予算 30〜35万ドン前後を予定


*12月8日(木)までにご参加の可否をコメント欄にお書き下さるようお願いいたします。  

名札をお忘れなきよう・・・

初参加の方も大歓迎です。

以上、よろしくお願いいたします。



今年もまだ年賀状を書いていません。
早めにやればよいものを、いつもギリギリにならないとエンジンが掛からないぐーたら秀さんですわ。
ベトナムの風土がそうさせるのか、あまりキチキチと規則正しくやるのが良いのかどうか、ノー天気で陽気なベトナムの人たちをみていると少し考えさせられますわ。

人間本来は、もっと自由でおおらかに生きることが出来る生き物ではないか と考えることもあります。

まぁ、過去の自分を振り返ってみて強く感じたことですがね。

今年の3月からは親子3人での生活になりまして、家の中で何がしかの会話がある生活になりました。
その前はお手伝いさんと挨拶程度の会話をするしかなかった秀さんでした。

親子3人での生活ですが、喧嘩や言い争いも一切なく仲良く平穏な暮らしをしておりやす。
愚息との間に愚息の嫁さんがいるから親子で直に衝突することがないのかも知れません。

娘がいない秀さん、まるで実の娘のように可愛い娘です。


でも、まだ おじいちゃん て呼ばれたくはないですな、

まぁこればかりは秀さんが決めることでもないですな。へい


では、皆さん、品友会でお会いしましょう。



posted by 秀さん at 22:36| ハノイ | Comment(9) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

リスク覚悟してことは起こすな編

何をやるにしても人間ある程度のリスクを事前に想定してことに当たらねばなりませんなぁ。

今は年取って、金無くなって、パワーも無くなって、オネエチャンにも興味が無くなって、
ないない尽くしの秀さんですが・・・

まだ若い時に・・・

もう離婚よ! とおかあちゃんに言われたこともありやす。(以下、参考資料)
http://vn-hochiminh.seesaa.net/article/52730072.html

秀さん、何故か独り身になって、
軟派な既婚の男性から羨ましがられるところの 自由 が出来た時には、逆に他の女性に興味が無くなってしまったから不思議でごわす。

人間って勝手なものですわ。ったく!

もう少し亡きおかあちゃんのことを考えてあげれば良かったと今になって思うのであります。


さてここで、ある、笑えない話を・・・・

付き合って2ヶ月の彼女に「今日親いないから」って家に呼ばれた。
まだ交わりをかわしてなかった俺は今日がその日だと思った。

彼女の家のあるマンションに着いて、大事なものを用意していないのに気付いた。
運よくマンションの一階に薬局が入ってた。

店主がおっさんだったので気楽にゴムを買えた。

レジでそのおっさんがニヤニヤしながら「兄ちゃん、いまからか?」と聞いてきた。

俺もにやつきながら「今日初H」と答えた。

おっさんは「がんばれよ」とか言って送り出してくれた。

彼女の家に着くなり「ごめんもうすぐ親が帰ってくる」と言われた。

今日はダメか・・と思ったが「とりあえず挨拶だけしていって」ということだったので彼女の親の帰宅を待った。


5分ほどで彼女の父親が帰ってきた。


下の薬局のおやじだった。




まぁ、こんなことは無い人の方が多いでしょうが、人間何が起こるか分かりませんぞぃ!



さて、ここでこの件についてまじめになりましょう。
伊勢白山道から転載です・・・・

人生においては、自分が痛い嫌な経験を「実際に」体験しなくても、想像力や常識から判断して、災難を避けられることが大半です。

例えば、不倫をすれば、その先を想像しますと、惨めな自分だけが残ると判断して、最初から止める。

もし自分が選ばれても、多くの人間や相手の子供の人生を破 壊することを察して止める。

他人を不幸にしては、自分が幸福になれないと想像して止める。

不倫が出来る相手の人間とは、もし自分と結婚しても裏切る人間だ と言えることを考えて、不倫を止めて避ける。



ふむ〜・・・・なかなか我々凡人は分かってはいるのに、その場の勢いで後から後悔をすることになる事柄を起こしてしまうものですね。

今の行き過ぎた自由資本主義のように、誰かが良い思いをすれば、誰かがマイナスになる。

関係無さそうにみえる人たちへの思いやりの気持ちと
人生は自分の都合の良いように全て上手く行くとは限らないのだと思う気持ち
を持つことが出来れば良いのかもしれないですね。


浮気の代償は一時の快楽よりは・・・絶対に高くつくものだと、世の殿方 御覚悟召されい!



今日の話はなんじゃい! と言わないでね。



では、また次回・・・




posted by 秀さん at 00:50| ハノイ 曇り| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

こんな歌があった編

何もいう事はありません。

まぁ騙されたと思って最後まで聞いてみて下さいな。








posted by 秀さん at 22:16| ハノイ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナムゴルフ事情最新版編

ホーチミンから日帰りで行けるゴルフ場は5ヶ所ほどあります。

一番近いのがベトナムカントリークラブ(通称:ツーヅック)市内中心部から渋滞なしで45分程度、

その先を1号線沿いに進み海辺の町ブンタオ方面に20分くらい進むとロンタンゴルフクラブ(1時間10分程度)

ブンタオ方面に曲がらずに国道1号線を直進してビエンホアを通り抜けて進むとドンナイゴルフクラブ(1時間40分程度)

国道13号線沿いにはソンベゴルフクラブ(1時間10分程度)

それから更に30分程進みシンガポール工業団地Uの近くに近年新しく出来たツインダブズゴルフクラブ、

そしてかなり遠いですが3時間かかるブンタオパラダイスゴルフコース

ショートコース(9ホール)は7区のFV(フランコベトナミーズ)病院近くにあります。(30分くらい)

どこも土日は大変混み合っていましてメンバー同伴でないとラウンドできない所もあります。
また、値段も軽く100ドルを超えています。

観光客の皆さんには、秀さん的にはばか高い週末を避けて平日のプレイをお勧めします。

下記の平日のプロモーションデイに行かれてみたらKがでしょうか?

ロンタンは
Visitors 平日70ドル、土日125ドル
月・水は45ドル

ベトナムカントリーは、
Visitors (月) $50.00
Visitors (平日/月・水を除く) $108.24
Visitors (水) $65.00
Visitors (土・日) $142.56

ソンベゴルフ
Visitors (月) $58
Visitors (平日) $105

ドンナイゴルフ
平日は52ドル
5枚で250ドルのバウチャー(5ドルの昼食券付き)


TWIN DOVES
新しく出来た韓国資本のゴルフ場 芝状態は最高に素晴らしいですぞぃ。

Visitors (火) $49
Visitors (水) $39(女性のみ)
Visitors (その他平日) $77
Visitors (土・日) $110


曜日を選べば、円高の昨今、4000円弱程度でプレイできますのですこぶるリーズナブルです。
ブンタオを除き日本のゴルフ場と比べても遜色ないと言うか、それ以上のクオリティですよ。

観光でゴルフをされる方にとって一番の問題は足をどうするかですが、
ホテルからタクシー利用してもブンタオ以外のゴルフ場では往復で8千円を超える所はありませんので
3〜4人でシェアすれば2千円程度、帰りはゴルフ場でタクシーを呼んでもらえば良いです。
ゴルフ場のスタッフは英語が出来ますので心配は要りません。

ティーはゴールド(7000ヤード前後)、ブルー(6500ヤード前後)、ホワイト(6100ヤード前後)、レッド(女性用)と4種類です。

男性の多くはブルーティを利用する方が多いでね。秀さんも実力は無いくせにいつもブルーティですが、プレイ終了時点で


いつも心がブルーになっております。


親子3人でロンタンゴルフ場へ時々行くのですが、最近は愚息の嫁とスコアが同じレベルで100まる代ですがな。

約20年近くゴルフをやっている秀さん、と ラウンド数10回未満の愚息の嫁とスコアが同じとは・・・・とほほですわ。

これからは乾季のシーズンですのでゴルフをやるには良い季節を迎えます。
日本と違い、日ごろあまり歩かなくなった体のためにもゴルフは良いと思いますよ。

まぁ、趣味の世界ですので人様にどうのこうの言う筋合いはないのですが、

魑魅魍魎が跋扈する飲み屋街で夜遅くまでお酒を飲むよりは1日遊べて健康的なゴルフの方が良いのでは?

と最近は思うよになりましたぞぃ。



では、本日はこの辺で、失礼いたします。


posted by 秀さん at 00:34| ハノイ | Comment(11) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

凶悪事件は何故起きる編

姉妹で実の母親を殺しコンクリートをドラム缶に詰めて遺棄したと・・・

ベトナムの記事ではありませんぞぃ。日本の兵庫県は尼崎市の事件ですわ。

以下・・・新聞記事より

兵庫県尼崎市の貸倉庫に近くの無職大江和子さん(66)の遺体がドラム缶にコンクリート詰めにされて遺棄される事件があり、県警は26日、大江さんの長女(43)、次女(40)、次女の元夫川村博之(41)、知人の無職角(すみ)田(だ)美代子(63)両被告(いずれも傷害罪などで起訴)、角田被告の親族で30歳代の男の計5人を死体遺棄容疑で逮捕する。

 捜査関係者によると、5人は9月中旬、大江さんの遺体を自宅から車で貸倉庫に運び、ドラム缶にコンクリート詰めにして遺棄した疑い。県警は、角田被告が川村被告らに遺棄を指示したとみているという。
大江さんは長女、次女、川村被告ら計5人暮らしで、角田被告と親族の男は隣のマンションに住んでいた。遺体には喉の骨が折れるなど暴行されたような痕があった。


また、これは逆で母親が実の子供を殺した事件。

以下・・・・・


大分県警別府署は26日、自宅アパートで4歳の息子を殴り死亡させたとして、母親の金城(きんじょう)利恵容疑者(37)(別府市天満町)を傷害致死容疑で逮捕した。
「おしっこを漏らしたので、しつけのために殴った」と容疑を認めているという。
男児を巡っては5月、虐待をうかがわせる通報が市に寄せられていたが、市は「虐待ではない」と判断していた。発表によると、金城容疑者は24日午前8時から午後5時までの間、アパートの居間で、息子の柊真(しゅうま)ちゃん(4)の頭、腹、背中などを手や傘で、断続的に数十回殴って死亡させた疑い。

「毎日のようにたたいていた」と供述しているという。金城容疑者は、柊真ちゃんと生後11か月の弟、内縁の夫の4人暮らし。夫も暴行の一部を見ていたという。

金城容疑者は25日午後2時過ぎ、内縁の夫と同署を訪れ、「朝起きたら、こたつで一緒に寝ていた子どもが死んでいた」と届け出ていた。

別府市によると、今年5月、当時一家が住んでいた同市実相寺の近所の住民から「昨夜、子どもが母親に引きずられ、『お母さん、ごめんなさい』と激 しく泣いていた」との通報があった。市は児童虐待防止法に基づき、立ち入り調査を実施したが、柊真ちゃんには暴行を受けたような痕が見られなかったため、 「虐待ではない」と判断。その後は接触しなかった。

市児童家庭課の伊藤慶典(けいすけ)課長は「当時できる対応としては妥当だった。その後、接触しなかったのは、新たな通報がなく、緊急性がないと判断した」と話した。




何ともコメント出来ない事件ですわ。

人(人間)を物だと考えているのでしょか・・・
どんな経緯があったのかは分かりませんが、世も末のような親殺し、子殺し事件です。


秀さんがガキの頃、近所に住むAという子供がいまして、ある時そのAが小さな猫を近くに流れる川(と言うよりコンクリートで出来た用水路)に投げ込んだのを目撃したことがあります。

その時のAの顔のまるで悪魔が乗り移ったような形相に、秀さん、子供ながらに震えが来ましたよ。

よく魔がさしたと言われますが、この場合の魔は 悪魔の魔という意味ですね。

冷静に考えれば自分が何をしているのか分かると思うのですが・・・・
こういった時の人間の心理状態はもう人間ではなく、魔物に支配された別の生き物のようになっているのでしょう。


最近の世の中は、悲惨で残忍な事件が多すぎます。

幼い頃から愛情を感じることなく育った人間が増えて来たからなのでしょうか?
めっきり明るい話題のない国に日本はなってしまいました。何とも悲しいことですね。

自分中心にしか考えられない人間が増え、殺伐とした時代になりました。

人と人とのふれあいが少なくなって来た現代社会の悲惨な事件、


こんな国に誰がした! と言いたいですわ。

いくら通信手段が発達しても、やはり生身の人間同士のふれあいは心揺さぶられるものがあります。

昨日は3年ぶりに会った旧友との再会を楽しんだ秀さんですが、
本日の悲惨な新聞記事に心が塞ぎこんでしまいました。


誰もが幸せで明るく過ごせる国になってもらいたいと心から切望します。




posted by 秀さん at 13:57| ハノイ 霧| Comment(1) | TrackBack(0) | ベトナムぼやき編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

バリバリに硬い経済記事の転載編

秀さんがつも感心して読んでいる記事、
Systems Research Ltd. Consultant 吉田繁治氏のビジネス知識源ですが、
今回の記事は非常にためになりました。

冷酷なまでに憶測を排除し徹底的に数字を基にした経済記事は読むに値します。
これを無料で提供してくれる太っ腹には脱帽してしまいます。
有り難いことだと感謝しなければいけませんねぇ。

興味のない方はスルーして下さいな。



では、転載開始・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ビジネス知識源(無料版) 2011年11月24日:Vol.257
     
<ユーロ危機の終着点は、世界恐慌か?>

おはようございます。2か月ほどもご無沙汰していたことを、お詫
びします。月曜日に、新刊書の著者校正を終え、後は、12月初旬の
印刷を待つだけです。中味は、世界の金融・経済論です。90%は、
2011年8月に書いたものです。11月の校正で新しい数値と論理の修
整(アップデート)の必要を感じたのは、400ページで一箇所
(BISのデリバティブの数値)だけでした。

3ヶ月後の現実(特にユーロの国債リスク)は、3ヶ月前の予測通り
に進んでいます。感情や期待(形容詞と副詞)をはさまず、論理と
数値で書いたためでしょうか。数値から導く論理だけが、当方の武
器です。

いろんなテーマについて、書いていると、以下のことに気がつきま
す。

事実=測定された数値
論理=数値の組み合わせ=数学
期待=形容詞と副詞→人間が事実に対してもつ感情(=観念)

経済学は、科学と言うなら、数値と論理でなければならない。

多くの人が、「太陽や花は美しい」と感じる。美しいという形容詞
は人間の感情(または、人がいだく観念といってもおなじ)です。
人類史上最高の古典とするひとも多い『源氏物語』では「もの(=
事実)のあはれ」とこれを言った。紫式部が、人の世界の事実を見
て感じたことが、この「もののあはれ」でした。これが、情感であ
り観念でしょう。

いつか、源氏物語の現代語訳を読まれることをおすすめします。人
間世界の、いろんなことがわかる。掛け値なしに、おもしろい。青
空文庫の、与謝野晶子訳で読めば、タダです。

ただし、横書きです。青空文庫は、読む人がすくない昭和初期まで
の古典小説は、多くを、網羅しています。書棚のスペースがふえ、
財布がいたむことはない。50年たって著作権がきれたものを、ボラ
ンティアで電子化しています。
http://www.aozora.gr.jp/

縦書きフォントで、本のように読みやすくするには、わずかなライ
センス料をはらって、確か数百円だった青空文庫ビュワー(数種あ
ります)を使えばいい。

夏目漱石や森鴎外のほぼ全集(買えば数万円)を、当方は、これで
読んでいます。再読すると発見があります。インターネットが、今
後5年で、書籍、雑誌、広告を変えるでしょう。ウィキペディアの
ようなものです。音楽のiPODのソフトに相当します。
http://www.point-at.co.jp/products/digishelf.html

小説というメディアは、文字で、ひとの観念(脳の中)、つまりイ
マジネーションの世界を書くものです。映画や演劇は、それを俳優
に言わせ、映像に変える。歌もおなじです。観念と感情の世界を歌
う。ジャパン・ポップスもおなじです。詠嘆や悲哀の、感情の世界
です。

身(み)も蓋(ふた)もない事実の世界(天空のような物理の世
界)を、人間の観念が詠嘆、悲哀の感情で彩っているのです。

経済と金融は、事実である価格を、人の感情が「高い・安い」と感
じて、売買が発生します。

PIIGS国債を安いと思うひとが買い(金利を下げ)、高いと思う別の
ひとが売って金利を上げます。高いと思って売られる金額と、安い
と思い買う金額が一致した点が、今日の価格(=金利)です。

なぜ、PIIGS債を、高いと思って売るのか? アイルランド、ギリ
シア、ポルトガル、スペイン、イタリアが、今後、経常収支を黒字
にし(これが原資、これ以外にない)、対外債務を返済しながら、
7%〜10%への金利上昇で年々増える利払いができるとは、とても
思えないからです。なお、本稿は、有料版と共通です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

<565号:ユーロ危機の、終着点は世界恐慌か(2)>
2011年11月24日号

【目次】

1.政府財政の破産から、通貨暴落とインフレまで(仮想風景)
2.増え続けるデリバティブとその巨大損失
3.BISの、最新のデリバティブ統計から読み取れること
4.BISのデリバティブ統計から推察できるのが、金融機関の、デデ
リバティブの保有での巨大含み損
5.EU当局(政府)の、(金融面では)愚かな対策の三連発

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■1.政府財政の破産から、通貨暴落とインフレまで(仮想風景)

経営改善が予測できない企業へは、貸付金の金利が7%や10%に上
がり、過去の社債(あるいは貸付金)の価値が、30%や50%下がる
のと、全くおなじです。これを、不良債券化という。

総額で約300兆円のPIIGS債が、これです。すでに、ほぼ150兆円の
損が生じています。この損は、持ち手である欧州の主要90行の自己
資本(100兆円)を消し、債務超過にして、破産させる金額です。
PIIGS債の価格下落(=金利の高騰)だけでも、すでにこうなって
います。

(注)ハンガリーの金利高騰と国債・株の暴落に見られるような、
東欧の債務危機も同時です。フランス・ドイツ・英国の銀行がもつ
東欧債の不良債権も100兆円はあるでしょう。

不良債券が生じると、その債券を持ち、貸し付けをしている金融機
関の損になります。つまり、欧州(特にドイツとフランス)の銀行
危機です。銀行の危機が起こると預金者が預金を、ファンドの危機
が起こると投資家が預け金を、引き揚げにかかります。

銀行やファンドの資金が引きあげられると、銀行とファンドはそれ
が払えず、破産します。銀行には、預金額に見合う現金はないから
です。

現金は金利がゼロなので、銀行もファンドも、金利がつく債券・証
券の購入または貸し付金として運用しているからです。銀行とファ
ンドは、負債を運用する機関です。

日本の銀行は、土地を担保にとり、企業と世帯に貸し付けていまし
た。1992年以降、地価は1000兆円以上下がっています。このため、
銀行には200兆円規模の不良債権(回収できない貸付金:公称は100
兆円でした)が生じました。

政府・日銀は、金利をゼロに誘導し、緊急資金も貸し付けて、銀
行・金融機関の不良債権での損を埋めたのです。日本の世帯の金融
資産は1500兆円(預金が800兆円)くらいです。定期預金の金利が
普通のときの3%なら、1年の金利は、800×3%=24兆円です。銀行
は、これを払えなくなった。このための金利ゼロ政策です。

銀行には、普通の金利3%との差額、24兆円の超過利潤が生じます。
10年間で240兆円です。ゼロ金利にされた2000年代の世帯・企業か
ら移転した超過利潤で、日本の銀行は、公表のバランスシート(時
価会計では嘘が多い)では、自己資本を回復したのです。

(注)株価の下落と、20%以上ドル安で、今日本も、1997年のよう
な、ふたたびの、銀行危機です。銀行全体でドルとユーロ債券を
200兆円持っているとすれば、200兆円×20%=40兆円が、含み損に
なります。

2012年3月には、この含み損を計上せざるを得ないでしょう。ある
いは政府が、特別に「ドル債の時価計上の停止」を発動します。計
上しなくても、オリンバスの1300億円の証券での飛ばし損失のよう
に、実体は、おなじです。

銀行からは預金が、ファンドからは投資預け金が、とりつけになる
と、大変です。もともと、預金に見合う現金は、貸付金、国債、株
の購入として運用し、当座の支払い用の、小口現金(総預金の5%
くらい)しかないのが銀行ですから、即日に、窓口を閉鎖せねばな
らない。

全国の銀行には、行列ができ(暴動も起こって)、インターネット
でも預金が引き出されます。これが、金融崩壊です。

金融崩壊が起こると、銀行から、商取引に必要なお金が消えます。
このため、売買の経済取引が激減する。これが恐慌です。生産と販
売ができなくなります。生産力はあっても生産ができず、経済は突
然死します。

こうなると皆が困る。このため、政府・中央銀行は、なりふりを構
わず、取り付けに見合う現金紙幣を印刷し、トラックで皆に見える
ように運んで「政府・中央銀行には現金がある」と見せます。

人々が中央銀行、つまり通貨を信用し、取り付けがおさまればいい
のですが、信用しないと、取り付けは続きます。預金封鎖も想定で
きますが、それは取り付けからの暴動に火をつけるので、ないでし
ょう。

ただし、知っておかねばならないのは、定期預金は、法的には、満
期日までは、銀行は支払いを拒絶できることです。定期預金の取り
崩しに応じているのは、銀行が預金取り付けを恐れているからです。

日本を例に言えば、預金は、ゆうちょの約174兆円(11.9.31:
171兆円を国債で運用)を含んで、800兆円です。(ゆうちょはの資
産と負債は↓)
http://www.jp-bank.japanpost.jp/aboutus/financial/pdf/
zim2012q2_gaikyo.pdf

世帯には、引き出した現金が溢れます。預金1000万円の世帯なら、
全額を引き出せば、1000万円がタンス預金になる。171兆円の国債
が資産のゆうちょを見ればわかるように、金融危機(1997年以後)
の日本の銀行は、企業への融資を減らし、もっぱら国債を買って運
用しています。銀行は、この国債を現金化するため売らねばならな
い。

世界もおなじです。不動産担保をとった貸し付けより、証券の運用
が銀行業務になったのです。その証券も、中味はデリバティブ(金
融派生商品)が50%以上でしょう。2000年代の世界の銀行は、2.
で示すデリバティブの売買を主業務とするように変わっています。

そうなると、今度は、日本国債が、ギリシア債(2年債で70の金
利)のように高騰します。

国債を含む債券は、売り手が増えて、買い手がないと、ほぼ100日
(3ヶ月)でギリシア債のように売買市場が消えて、金利が暴騰し
ます。

これが、国家の財政破産です。国家の破産は、数年かかるのではな
く、PIIGSの事例に見るように、債券市場で国債が売られ始めると、
ほぼ3ヶ月です。

(注)ギリシア政府には、国債の満期償還のお金がなく、事実上で
は、1年半前の2010年5月からデフォルトしています。この1年半、
ギリア国債の買い手がなく、毎月の償還に必要な金額を、ECBが買
って、ユーロを与えているだけです。このため、デフォルトでない
とEUは言っていますが、金融機関やファンドで、毎日ディーリング
をしている債券投資のトレーダー(ファンド・マネジャー)なら、
誰も、そうは思っていません。

タンス預金が巨大化すると、どうなるか? 国債価格が暴落し、国
債金利が仮に20%になると、どうなるか? 1000万円の現金の価値
は、金利で割り引きます。

1年後の1000万円の価値は、1000万円÷(1+20%)=1000÷1.2=
833万円になって、現金のままもつと177万円も損をします。今の中
国のように、預金(金利3%)も、タンス預金も損だとなる。そう
なると、モノの購買に向かうでしょう。その結果として起こるのが、
中国のような「インフレ(中国は6%)」です。

物価が10倍、100倍になるハイパーインフレは起こらないと思いま
す。多分、20%くらい物価が上がるインフレになる。

戦争後にハイパーインフレが起こるのは、戦時国債の償還のための
マネーの印刷に加えて、生産力と流通が戦乱で破壊され、1973年の
トイレット・ペーパーのように商品不足が起こるからです。

2000年代の世界は、1990年代からの新興国の工業化で、世界に、
20%くらいの過剰生産力(物価を下げる圧力)がありますから、モ
ノ不足にはならない。そのため、ハイパーは起こらない。

以上が予想できるのは、「国債の均衡金利(仮に20%)≒物価上昇
率+実質経済成長率+政府財政の信用リスク率」だからです。

先進国の実質経済成長をゼロとすれば、物価の上昇は20%です。物
価の上昇は、通貨の下落(輸入物価の上昇)で起こります。

ただし、政府財政が、ギリシアのように破産し、政府が予算支出が
できないとなると、以下のようになるでしょう。

国債の均衡金利(50%)≒物価上昇率(20%)+実質経済成長率
(マイナス10%)+政府財政の信用リスク率(40%):数学の方程
式のように厳密ではなく、概算です。

この時、暴落した債券や資産の買いで、巨大利益のチャンスが生ま
れます。

■2.増え続けるデリバティブとその巨大損失

原資産(証券)から派生したデリバティブが、
・確率論を元にした再証券化(Securitization)という技法を含ん
で1970〜80年代に開発され、
・2000年代の金融機関の間では、新たなマネーとしての売買が、激
増しています。

1998年6月には、世界で$72兆($1を80円とした邦価換算で5760兆
円)に過ぎませんでした。

2011年の6月には、10倍の$705兆(5京6400兆円:世界のGDP 5000兆
円の11年分)という、誰にとっても、全体像を描くイマジネーショ
ンを超える金額です(国際決済銀行であるBISの最新統計)。
http://www.bis.org/statistics/derstats.htm

▼BISについての「事実」

BISと言っても、普通は、なじみがないでしょう。世界の銀行の、
必要な自己資本比率(欧州を手始めに、世界で11%に上げる予定を
発表)を決める金融機関であり、世界の中央銀行間の為替決済(ド
ル、ユーロ、円等の交換)をしている特殊な私的資本の銀行で、ス
イスのバーゼルにあります。

世界の中央銀行の上に立つ「中央銀行の中央銀行」とされます。日
銀、FRB(米連邦準備銀行)、ECB(欧州中央銀行)に、情報権力で
命令し、金融機関の自己資本比率を決めて、金融政策を示唆してい
る親玉と言えばわかるでしょうか。

銀行、金融機関の「自己資本比率」こそが、金融政策になるからで
す。金融政策は、マネー量(マネー・サプライ、またはマネー・ス
トックと言う)の調節です。マネー・ストックは、世帯と企業が金
融機関に預けた金融資産と考えればいいものです。

自己資本比率=中核的自己資本÷リスク資産=8%とすれば、銀行
と金融機関で作る銀行システムは、自己資本の12.5倍(=1÷8
%)の総信用創造、言い換えれば、リスク資産の保有ができます。
これが、マネー・ストックになります。

金融機関に必要な自己資本をBISが示しているように、リスク資産
の11%に上げると、世界のマネー(=マネーサプライの総金額)は、
8%÷11%=73%、つまり27%も縮小に向かうことを迫られます。

総預金と銀行の運用可能額が27%減るという意味です。これは、
(1)銀行からの貸付金の回収、
(2)証券の売却、
(3)PIIGS債のようにリスク資産になった国債の、売却です。

BISの11%政策を、本当に世界で実行すれば、強烈なデフレ型の恐
慌を生みます。このため、本当には実行できない。銀行は大丈夫で
すよという見せかけです。バランスシートからはオフ・バランス
(負債や資産の切り離し)もできるデリバティブ化した金融では、
損失飛ばしを含むごまかしが、堂々と通用します。

BISの資本は、一般には知られていないデル・バンコ(ベネチア、
スイス、ロンドンのシティ)が多く、その資本をたどると、ロスチ
ャイルドの一族です。その資本の元は、ゴールドです。

世界の通貨信用は、政府財政の健全性がその信用の元です。しかし
デル・バンコは、信用の元を金としています。2000年代に、工業化
から変わって、激しく金融化(ファンド化といっても同じ)した資
本主義の根底は、今も、この金です。

(注)世界の国債や、政府への貸し付けをしているロスチャイルド
家のことを書くと、学会では「陰謀論」とされ、世間に軽蔑される
風潮を、ロスチャイルド家が作っています。

正統派とされる金融・経済学者には、世界とわが国の「原子力ム
ラ」の御用学者で見えたように、政府と電力会社がお金を出し(研
究費・基金・研究所)、立場を与えています。ノーベル経済学賞も、
です。

本当は、ロスチャイルド家の資産、負債、資本、目的、金融支配の
方法を論じないと金融論にはならないのですが、避けます。

中国人であり、確か、米国のファニーメイ(住宅証券を保証して売
る政府系住宅金融会社)に勤めていた宋鴻兵の、『ロスチャイルド
家:通貨強奪の歴史とそのシナリオ(2007年)』を挙げておきます。

詳細に読んだ当方は、内容は信頼できると判断しています。売る住
宅証券の保証から米国FRBに至り、そのFRBの元は何かをたどる習慣
があったのでしょう。

世界政府はないのですが、金融では、BISが世界政府に相当します。

世界の通貨および金融(ファイナンス)の奥の院、または金融マフ
ィアとも言われる。日本の財務省、日銀、金融機関は、スイスの
BIS本部に行くと、ここが世界の通貨とファイナンスの総元締めだ
と感動するようです。・・・当然でしょうね。

明治以降の日本は、何事につけても、本家は米国、あるいは欧州
(英国)と考えます。天皇家は、英国スタイルを踏襲しています。
江戸時代までは、日本の大元は中国でした。漢文すら使った。今は
英語です。通貨の大元が本家です。国際決済銀行の意味は、「両替
商」です。
http://www.bis.org/about/index.htm

<世界で唯一のBISは、世界の中央銀行、国際金融、監督団体(=
政府)の間で、議論し、金融を分析し、金融政策を決めて、情報共
有する会議体である。>

<原文:The BIS is a forum for discussion, policy analysis
and information-sharing among central banks and within the
international financial and supervisory community.>

BISのどんな権限(権力)が、皆に認められ、世界の中央銀行と銀
行の監督ができるのか? デル・バンコが、1990年代から、FRBや英
国中央銀行、そしてスイスの中央銀行から買い占めてきた現物ゴー
ルド(数万トンだが実際は不明)でしょう。

原油の高騰で必ず増えてきた中東の王家の金も、現物はスイスの、
どこかの金庫に集まっています。1971年の原油は、1バーレル1ドル
(360円)でした。2011年11月は$100付近(7500円)です。

米ドルは、原油に対し、40年で100分の1に減価しています。100分
の1に下がり、1年で10%も価値を減らし続けた米ドルを、原油を売
るアラブの王家(国有石油会社)が信用すると思えますか? ドル
を信用したのは、日本政府と日本人だけかも知れません。

50%が海外売上のパナソニック(上場企業の代表)も、赤字通貨の
ドルを信用し続け、結局は、国内のテレビ生産事業をやめます。い
ずれ、トヨタも国内生産はできなくなるでしょう。

本来は、円高を呪詛し怨み続けるだけではなく、米国のIT株バブル
崩壊した2000年以降は、ドル以外で売る経営転換をせねばならなか
った。長期のドル安は、米国の赤字が累増しているため、容易に予
測できたからです。この点で、経営に無策があったのです。

わが国は、下請けの部品代を下げて、国ぐるみで一生懸命に品質の
いい製品を作って輸出を増やせば増やすほど下がる「ドルの罠」に
かかっていました。ドル幻想と言ってもいい。

1年では11%のドル・インフレ(ドルの下落)です。円では21倍で
す。円の価値下落は、ドルの1/5です。1年に3%程度の減価です。
金に対してもほぼおなじです。

通貨の価値は、ロスチャイルド家のように、40年、100年の長期で
見なければならない。金も下落したとき(1990年代の10年間)が大
きな買いどきで、デル・バンコは、それを実行したのです。赤字通
貨の米ドルの崩落は、分かっていたからです。

彼らは、10年以上、30年くらいの長期で考えます。ファンドは3ヶ
月しか考えない。日本政府は、ドルのことしか考えない。円高にな
るとすぐドル買い介入を行うのが、証拠です。

FRBのゴールド(公称8000トン:保管場所は、核兵器で守られている
というフォート・ノックス)が、売りで枯渇したのが2000年とされ
ています。その金の現物は・・・。麻薬の売買や貿易のように、不
明です。

(注1)日銀は、バランスシートの金額では4125億円(11年11月)、
重さで765トンの金をもつと公表されています。ほとんどは、FRBに
預託され、日本にはありません。

日銀と財務省は、ドルを買う、FRBの子会社でもあって、金を増加
買いすることを、米政府から許されていません。当方、日本の国益
(高齢化費用の捻出)のため、財務省が外貨準備で、金を買うこと
を提案したのですが、それは「行えない」ということでした。

(注2)米国FRBの公表B/S(バランスシート)では、金保有高は$
110億(8800億円)です。1トンで平均1億円(1グラムで1000円)の
時、買ったこと、あるいは評価替えしたことになります。預託預か
りの記述はありません。

FRBがフォート・ノックスにもつのは、金メッキした偽物(なまり
等)で、ホンモノは別のところ(スイス)にあるという説もありま
す。1990年代は、金価格を下げるため、金融機関と金鉱山への金
リースと言う方法を含んで、売ってきたからです。
http://www.federalreserve.gov/releases/h41/current/

2000年代に、金ETF(金証券)が作られ、上場されたのは(日本では
2007年から)、現物金への需要が増えて足りなくなって、米ドルの
通貨信用の下落のため、金価格が、新興国とアラブの買いで、更に
高騰する恐れがあったからです。

金証券は、取引所での金の流通在庫を、その発行額の分、増やすこ
とができる機能をもっています。金証券=金と見なされるからです。
日本では3000円から買うことができます。金ETFに対応すべき現物
の金は、発行元が預かって保管することになっています。

■3.BISの、最新のデリバティブ統計から読み取れること

BISは、2011年11月に、デリバティブの統計数値を更新し、最新
データを、11年6月としています。

8月にこのBIS統計を読んで、その解釈から、$14.2兆(1136兆
円)の損失が、10年12月時点で生じ、それが現在、主に米欧の金融
機関とファンドの含み損になっていると示しました。

この損の1136兆円余の損が、何らかの形で、300兆円くらいに薄め
られないと(それでも大きいのですが)、世界の金融機関とファン
ドの損から、
・世界の金融の大収縮(デ・レバレッジ=マネー・ストックの急減
少)に向かい、
・流通できるお金がなくなると、
・商品と不動産の商取引が減って、実体経済の恐慌と政府財政の破
産になります。

▼デリバティブの「元本」総額:BIS
↓更新
08年12月 09年12月 10年12月 11年6月
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
総額 $598兆 $603兆 $601兆 $707兆
・外為関連 $ 50兆 $ 49兆 $ 58兆 $ 65兆
・金利関連 $433兆 $450兆 $465兆 $553兆
・株式関連 $ 6兆 $ 6兆 $ 6兆 $ 7兆
・商品関連 $ 4兆 $ 3兆 $ 3兆 $ 3兆
・CDS $ 42兆 $ 33兆 $ 30兆 $ 32兆
・その他複合$ 63兆 $ 63兆 $ 40兆 $ 46兆
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://www.bis.org/statistics/otcder/dt1920a.pdf

(注1)外為関連は、通貨先物や外貨交換、および通貨オプション
金利関連も、金利先物、金利交換、および金利のオプション。株も
同様、資源(上記の商品)も同様。CDSはシングルネーム(保証債
券が1種類)と複合CDS。その他は、CDO(債務担保証券)等。

(注2)上記は、デリバティブがかかった元本資産の世界合計(アン
ケート調査)です。11年6月の、デリバティブがかかった対象金融
資産の$707兆は、邦貨で5京6560兆円に相当します。これは、世界
の金融資産(1京5000兆円)の3.7倍です。

世界の金融資産には、ほぼ4重に、あるいはほぼ4層に、デリバティ
ブという毛布がかかっています。このデリバティブは、2000年代の
10年で10倍に増えています。金融機関はデリバティブの機関になっ
たのです。

2010年12月でのデリバティブがかった原資産は、$601兆(4京
8080兆円)であり、世界の金融資産(マネーストック)の約3倍で
した。これ預金や証券の現物に、3重にデリバティブがかかってい
ることを示します。

10〜100倍のレバレッジがかかるため、現物取引よりはるかに多い
先物取引(対象は通貨先物、金利先物、株価先物、商品先物、CDS
等)も、デリバティブです。

これが、2011年6月には$707兆(5京6560兆円)と、$106兆
(8480兆円)も増えています。保有する金融商品(通貨、証券、
株)に、下落リスクを感じ、ヘッジをした人が半年で8480兆円分、
増えたことを示します。

デリバティブは、保険のような使い方ができます。

▼証券価格の保険としてのCDS

イタリアの10年物国債を、1兆円もっている銀行があるとします。
7%に金利が上がれば、国債の価格下落で大きな損をする。このた
め3%の金利のうちに、2%の保険料(プレミアム:200億円)を払
って、CDSをかける。

懸念通り、イタリア国債の金利が7%に上がった(2011年11月)。
CDSをかけていないと、7%の金利になると以下のような損をします。

利回り3%のイタリア国債1兆円=1兆円×(1+表面金利3%×残存期
間10年)÷(1+期待金利7%×10年)=1.3÷1.7=7600億
円・・・2400億円の含み損

CDSの保険料が2%のとき、1兆円×2%=200億円の保険料を、たと
えばゴールドマン・サックス等に払ってCDS(保証期間1年)をかけ
ていたらどうなるか。

イタリア国債の期待金利が7%に上がると(現在が7%)、2%だった
CDSの保険料も5%には上がります。CDSの保険料が5%に上がると、
200億円で買っておいたCDS証券の市場価値(CDSは株のように売買
ができます)は、500億(額面の5%)に上がって、300億円のリスク
ヘッジができます。

毎年、保険料が上がる前に、CDSをかけておけば、手持証券のリス
クヘッジができます。

10年後にはイタリア政府は、額面の1兆円を償還するでしょう。途
中で償還できないとき(つまり、満期前のデフォルトのとき)は、
1兆円が保険金として、ゴールドマン・サックスから支払われます。
以上のようなヘッジ機能をCDSはもっています。このために、CDSを
買う。

世界の金融機関とファンドは、$46兆(3680兆円:日本の国債残の
4倍の金額)の、国債を含む証券に対し、CDSをかけているというこ
とを示すのが、上記のBIS統計です。CDSをかけるとリスク資産が安
全資産になると「されています」。貸借対照表から切り離すオフ・
バランスもできる。

低い金利のときCDSを買っていおいた人は、国債を含む証券の下落
(金利の高騰)があると、巨大利益を得ます。

CDSは、上記の事例のようにイタリア国債をもっていなくても、日
本からも、いくらでも、かけることができます。買ったCDSは、独
立した金融商品として、金融機関の間(OTC市場という)で売買が
できます。

(注:参加は・・・)CDSの売買に参加できるのは信用ある大手金融
機関やファンドです。普通の人は参加できませんが、イタリア国債
の、CDSではない先物やオプション取引はできます。

売りのオプション取引(プット)もCDSと同じ効果です。限月内にイ
タリア国債が下がったとき、つまり期待金利が上がったとき、利益
が出ます。

CDS証券をたとえれば、「誰に対してもかけることができ、市場で
売買もできる生命保険証書」です。がん等になると、それ以前にか
けておいた生命保険証書の価値は上がるでしょう。払う累積保険料
が少なくて保険金が受け取れます。

・ギリシア国債にCDS(生命保険)を大量にかけておき、
・他方では、自分の傘下のファンドにお金を貸して空売り、国債の
先物売り、プット・オプションを行わせ(毒薬投与で寿命を短くし
て)、2010年のギリシア国債の暴落に加担して、
金融の倫理にもとる利益を得たのは、ゴールドマン・サックスです。
インサイダー疑惑で裁判になり、数百億円の和解金が支払われまし
た。

逆に、普通なら命にかかわる病が奇跡的に完治し、リスク率が下が
ると生命保険の価値も下がるため、大病のときに高い保険金を払っ
て保険をかけた人は、払った保険料を損します。

(注)普通、大病のときは、死を前にして命の値段とリスクを計算
する倫理的な問題があるため、生命保険を引きうける保険会社はあ
りません。ここは「たとえ」です。

■4.BISのデリバティブ統計から推察できるのが、金融機関の、デ
デリバティブの保有での巨大含み損

上表のデリバティブの市場価値、言い換えれば価格は、
・08年12月が$35.3兆(2824兆円)でした。
・09年12月が$21.5兆(1720兆円)
・10年12月が$21.2兆(1736兆円)
・11年 6月が$19.5兆(1560兆円)に減っています(BIS)。

●(重要)リーマン・ショック直後の08年12月には、$35.3兆
(2824兆円)の価値(=市場価格)があったデリバティブは、11年
6月で$19.5兆(1560兆円)に減り、$15.8兆(1264兆円)も小
さくなっています。

デリバティブがかかった、対象の金融資産が減ったのかというと逆
で、$598兆(08年12月:4京7840兆円)から、$707兆(11年6月:
5京6560兆円)と増えています。

とりわけ、2011年の1月から6月の(金融危機の)半年では、$106兆
(8480兆円)も増えています。

以上が意味するのは、世界の金融機関の、デリバティブ保有による
含み損の、増加です。CDSで考えると、これが分かります。

CDSの価値(市場価格)は、対象とした金融資産の価値がイタリア
国債のように下がると、損を保証する保険ですから、逆に上がりま
す。CDSの価格が上がって、かけていたファンドや銀行が利益を得
ます。

しかしBIS統計では、デリバティブの対象資産は増えたのに、逆に、
かかったデリバティブの価値(市場価格)は、08年12月比で、$
15.8兆(1264兆円)のマイナスです。これが、多くの金融機関と
ファンドの、公表されるバランスシートには出ない含み損でしょう。

ここ二年半の、この損は金額が大きすぎ、決済できないのでロール
オーバーされ、オリンパスの1300億円のように、どこかとどこかの
間で、限月が来ても決済されず飛ばされているはずです。

損の金額が、$15.8兆(1264兆円)と大きすぎます。世界の政
府・中央銀行では、救済資金を出すにも、出せない金額です。欧州
で600兆円、米国で600兆円は隠れているはずです。

米欧の主要な金融機関の、合計の自己資本は200兆円くらいです。
その6倍の含み損がある。この1264兆円の損は、時間がいつまで経
っても、とても決済ができない金額なので、デリバティブで利益が
出ている金融機関も、その利益が受け取れずにつぶれます。

●(重要)デリバティブで利益を出したA銀行と、損をしたB銀行の
損害は、等価です。全体はゼロサムです。しかし、どの金融機関や
ファンドも、利益分は待ちかねたように計上します。米欧の金融機
関の利益が、公表され財務諸表では、わずか半年で回復したように
見えるのは、デリバティブの利益だけを計上し、利益に見合うはず
の損は飛ばすからです。

このため、デリバティブでは、レバレンジがかかった巨大損を生む
株価や国債の大きな下落期に、含み損だけが残ります。この金額が、
誰も言わない$15.8兆(1264兆円)と推計できるのです。

●デリバティブで上がった売買利益は、銀行やファンドの利益とし
て3ヶ月毎に公表され、その利益に対応する損が、飛ばされている
のです。

損失は、調査のおよばない租税回避地の子会社やファンドに、本体
が損失を出さないように簿価で売ったようにして飛ばされています。
投資子会社との連結決算と、保有資産の時価評価は、08年9月以降、
米欧の当局が「しなくてもいい」としているからです。

理由は、損を公表すれば、封鎖を恐れる預金者からのとりつけにあ
って、銀行がつぶれるからです。ファンドも、投資金の引きあげが
起こります。

同時に、経営者責任が追及され、損をした株主から代表訴訟も起こ
って、トップ陣の個人資産が召し上げられ、政府資金(出資)を入
れるときは、株価もゼロになります。

損は損であり、どこに飛ばしても、消えることはない。利益でしか
消せないのが損です。

いずれ、決済を迫られます。そのときが、恐慌に至る可能性が高い、
世界金融の危機です。唯一、これを避ける方法は、飛ばされた損に
なっている株価、住宅証券の価格、国債価格が同時に上がることで
すが、それが期待できない。

以上が、世界の金融の総元締めであるBISの、デリバティブ統計か
ら読み取れることです。BISは、主は米欧の金融機関とファンドの、
飛ばされたままの1264兆円の損を知っているはずです。

■5.EU当局(政府)の、金融面では愚かな対策の三連発

▼(1)空売りを禁止する愚かさ:先物売りとプット・オプションに
利益の機会を与えるだけのことになる。

EUは、ユーロ建て国債の、空売りを禁止しています。空売りで更に
PIIGS債とフランス債が下がると見ているからです。

(注)空売りは、証券会社や親銀行から、ファンド等が国債、株、
証券を借りて売り(たとえば1億円で売る)、期限には市場価格で買
い戻して(下がった8000万円等で買って)返済することです。国債
相場が下がるとき、空売りの利益が出ます。株、社債、金証券でも
おなじです。上がったときは損が出ます。

【先物売り】
空売りを禁止しても、空売りと同じ効果をもつ「国債先物の売り」
ができます。先物の売りは、たとえば3ヶ月先の先物価格(1億円と
します)で、売りをかけることです。

3ヶ月後の限月日までのいつの日か、9000万円に下がれば、1億円で
売っておいた先物を9000万円で買い戻す。差し引きで、売った1億
円─買った9000万円=1000万円。1000万円の利益が出ます。相場が
上がれば損をするのは、空売りとおなじです。

【オプションのプット】
先物売りをしなくても、オプションの売り(プット)もあります。
ブラック・ショールズ方程式で計算されたオプション料を、たとえ
ば500万円払って、1億円の権利行使価格で売る権利を売る。限月
(げんげつ)までの間に、9000万円の価格で下がれば、それを1億
円で売ることができます。

利益は1000万円─払ったオプション料500万円=500万円です。

9000万に下がった国債を、1億円で買う義務をもつのは、その500万
円のオプション料を受け取って、1億円で買う義務の行使価格を引
きうけた人です。

●当局が「空売りを禁止する」理由は、市場に、相場が下がるとい
う見込みがあるからです。

空売りが禁止されたら、即刻、上記の、
(1)国債の先物売り、
(2)または、オプションの売り、をしかければいい。ほぼ確実な利
益が上がります。

別の方法で、イタリア国債のCDSを、プレミアム(保険料)を払っ
て買ってもいい。イタリア国債が下がれば、そのCDS証券の価格が
上がって利益が出るからです。

以上のように、当局の空売り禁止策は、市場に対し、無効です。
むしろ、安値を予想した「売り」に、利益の機会を与えてしまいま
す。

2011年10月と11月に、日本政府が、二度のドル買い介入(ドル買
い・円売り)を、10兆円(貴重な日本のマネー)を使って行ってい
ます。

これも市場の餌です。1日の外為取引は、500兆円もあります。バケ
ツの一滴にしかならない。1週間くらいは、ドルの追随買いが起こ
って、円安・ドル高に振れるでしょう。その後、また元に戻ります。
事実、そうなっています。「断固たる措置」としか答えない、現代
金融と経済の知識がない安住財務大臣をもったことを哀しみます。

安住財務大臣は、国会質問で「CDSとは何か」と、予定にないこと
を聞かれ、「えー、あー、うー」と意味不明の答弁をしたことが記
録に残っています。日銀の上にも立つ財務大臣に基本の知識が、欠
けています。結果は、国益(国民益)の損です。選挙の方法だけを
学んできただけだからです。これ以上は、言いますまい。

一般に言って、わが国では、金融・経済の中等教育が欠けています。

▼(2)CDSの発動を禁止した愚かさ:国債売りに拍車をかける

ギリシア債にかかったCDSは、ギリシア政府が払えず、デフォルト
したときに降りる保険金です。EU当局は、このCDSの適用をしない
としています。

ギリシア国債は、50%カットされました(2011年10月)。額面1億円
の国債が、全部、5000万円の償還金へと減額になったということで
す。こうしたことこそを「デフォルト」と言い、CDSが、減額され
た5000万円を保証します。

●ところが、EU当局は、「ギリシア国債の償還金の50%gへの減額
は、その国債をもつ金融機関とファンドが、自主的に、申し入れた
ものである。従って、CDSの適用には当たらない」としています
(2011年11月)。

●これは、「とんでもないこと」です。金融市場では、どういった
動きになるか? CDSをかけておいても保証がない。危険だから、手
持ちのPIIGS債、特に、巨額のイタリア債(総額200兆円)を、減額
されないうちに売っておこうとなります。誰でもこれを行うでしょ
う。

CDSの発動禁止が、イタリア債の金利が7%に上がって、10年ものの
長期国債の価格が下がった理由です。残存期間8年の国債は、金利
が3%から8%煮上がると以下のように下がります。

1兆円のイタリア国債=1兆円×(1+3%×残存期間8年)÷(1+期待
金利7%×残存期間8年)=1.24÷1.56=7948万円・・・21%の市
場価値(時価)の下落(注)本来は複利計算です。ここでは、便宜
上単利で計算しています。

これがイタリア国債を200兆円もつ、フランス、ドイツ、英国の金
融機関とファンド、および個人投資家の、200兆円×21%=42兆円
の新たな損になっているはずです。短期債が30%くらいはあるでし
ょうから、35兆円くらいの損でしょうか。

イタリアの金利が7%に上がって、フランスの国債の金利も上がっ
た(フランス債が売られて下がった)のは、これが理由です。フラ
ンスの銀行が、もっとも多く、イタリア国債を買っているからです。

以上のように、国債市場では、市場が政府財政の破産を決めます。
政府があれやこれや対策を打っても、市場に見透かされるのです。

▼(3)欧州金融安定基金1兆ユーロ(105兆円)を、新興国からの資
金拠出に頼った愚かさ:ユーロ売りに拍車をかける

EU当局は、当面(たぶん機関は3ヶ月)の金融対策費として必要と
計算した1兆ユーロを、新しく作った同基金が、3%の金利の特別債
を発行して、中国を筆頭にした新興国(BRICs)に売るとしていま
す。

BRICsからは、欧州の銀行が資金を引きあげつつあります。その上
に、
金融安定基金債を買えと言う。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、
中国)が、今後の、一層のユーロ安で、買えば損をすることが想定
される、ユーロ建ての金融安定基金債(長期債)を買うはずもない
でしょう。

このため、欧州には、金融安定化のための基金がないと見なされる
ようになったのです。三重に愚策を重ねる統一政府に呆(あき)れ
ます。

EUがこうした「相場を一層下げる3つの愚策」をとる理由は、本当
は、裏でユーロを崩壊させ、通貨と国債の崩壊後に安価に買い占め
て、その後の金融を支配することをねらう金融勢力があるのではな
いか、とも感じるくらいです。相場は、「羊は太らせて、売って価
格を崩壊させ、その後に食え」です。

●結論を言えば、PIIGS債の満期償還が増える2012年1月が、まず、
ひどく危ない。これを乗り切っても、次は2012年3月、6月が危機で
す。ユーロは、1月危機になると見ています。

ユーロ危機は、つぎに・・・米国債の危機、米国債の後は、日本国
債の危機の順に連動するでしょう。

2012年は、年初から、危ない。8000本のファンドと金融機関の決算
期である12月にくるかも知れません。いや、すでにこの11月が危機
か。

世界の8000本のヘッジ・ファンドは、2011年は、平均で運用総額の
10%の損としています。運用総額は、30倍近いレバレッジ(デリバ
ティブの機能)で4800兆円にはなっているでしょう。480兆円×10
%=480兆円です(2011年10月:英エコノミスト誌)。

30%の損のグループ(2400本)、10%の損(2400本)、損益なし
(2400本)に分布するでしょう。(標準偏差)

30%の損をしたヘッジ・ファンドへの投資家は、その預託資金(元
本)を、ヘッジ・ファンドから引きあげます。

ファンドへの投資資金の引き揚げには、普通、45日前の通告が必要
です。2011年10月15日には、8月、9月の暴落で解約申し込みが殺到
したと思えます。

その償還期が、2011年12月末です。このときは、ヘッジ・ファンド
は、手持ちの証券を、売れる物から投げ売りして、現金化の必要が
出ます。これが、まず、ユーロ債の暴落を示すのです。

【後記】
EU政府の愚策と、米国の財政赤字対策の、政治的な迷走を見ている
と、先進国の国債のデフォルトは、意外に、近い時期かも知れませ
ん。

3.11と原発以後、異常なことが続けて起こるため、「危機慣れ」
されているでしょうか?



以上転載終了・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


posted by 秀さん at 01:01| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

いやしろ地 と けがれ地編

昨日、会社の事務員さんに会社の前の道であるおじいさんが話しかけたとのこと。

この周辺(会社の事務所がある所)は昔は皆貧乏だったが、ビジネス(会社等)などを始めた人は
皆お金持ちになって今のような家が立ち並んだのだ、
この土地に会社を移転したあんた達はきっと成功するでしょう と言ったそうな。


その話を聞いた秀さん、ふ〜ん、そんな人が喜ぶような話をして

そのおじいさんは何か謝礼でももらおうかというような魂胆ではないの? 
と聞いてしまいましたわ。

この秀さんのベトナム騙され症候群に満ちた悲しい性に、事務員さんは、そんなおじいさんではありません! 4軒となりに住むお金持ちのおじいさんです ときつく言い返されてしまいましたぞぃ。

確かに今の事務所に引越しをしてからあまり悪いことは起こってしません。
かと言って良いことがあった訳でもなし、それ程気に留めてはいない秀さんでした。
しかし、今の事務所に移転してから以前の事務所より人が尋ねてくる回数が増えたことは確かです。



大黒様が大きな袋を背中に担いで、秀さんの事務所に現れ、



ほれ! 秀よ、開けてみぃ 



秀さんが中身を開けてみると



中から黄金色に輝く金銀財宝が・・・・ザクザク



前から密かに秀さんのことを想っていた美女軍団が・・・ぞろぞろ



なんてアホの空想話みたいな事は決してありゃしませんが、
前の事務所よりは今の事務所の方が何故かしら毎日の気分が良いのは事実です。


この事務所を改装する時に、大工さん曰く、この家の大家さんは風水に相当お金を掛けていますよ と言われたことを思い出しました。



土地には気分のいい場所、何となく気分のすぐれないところなど、いわゆる良い土地 と 悪い土地 があるといわれますねぇ。
よい土地のことを イヤシロチ(弥盛地)、悪い土地をケガレチ(気枯地)と呼びます。
日本の神社の多くはイヤシロチに建っているところが多いと聞いたことがありますわ。

この考え方は、大地の経絡である”竜脈”や”風水”にも密接に関係していると言われています。
中医学・鍼灸の 経絡(けいらく) の考え方は、皮膚の下に気と呼ばれる一 種の生命エネルギーとされる流れが、網状に走っているとしています。
しかしいくら解剖を繰り返しても物理的にこのような存在は認められないのが現実ですが・・・


実際に鍼灸師という職業が日本でも公認されていますので近代科学では分からない何かがあるのでしょうねきっと。

中国をはじめ、ベトナム、また日本でも家を建てるときには家相、地相、方位を重要視します。
特にベトナムでは、大きな土地にホテルなどを建てる時には事前に風水師と呼ばれる人に色々見てもらい、オープン日なども風水師さんが決めていることがよくあります。
そのお礼も結構な金額を包むそうです。

秀さんの会社の事務所移転の時も、いつもの喫煙撲滅家事務員さんが、良い日にちを聞いて来て、入居する前には入り口にお供え物や線香台などを設置し はい!秀さん土地の神さんにお祈り感謝をしなさい! なんてことをやらされましたわ。


日々忙しいビジネスマンにそんな話をしたところで、

あ〜た、暇だねぇ と言われるのがオチですが、

昔から続いている風習には説明は出来ませんが、何かがあるのではないかと年取ってから思うようになった秀さんですわ。


年取って白髪になった人が歳をとり、こう言うかも?


覧のとおり髪の毛も  いやぁ〜しろ地 ばかり・・・


逆に禿げた人は、はいご覧のとおり、すっかり 毛枯れ地 と・・・・



いつものように取るに足らない駄じゃれで へい、スミマセン。



でも、土地の良し悪し ってあるような気がしている秀さんですわ。




本日はこの辺で 失礼いたしやす!






posted by 秀さん at 02:47| ハノイ 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

ブータン国王の国会でのお言葉編

素晴らしい言葉ですねぇ。

現国王のお顔はまるで日本人と言っても分からないほど。
ブータンと言う国は、大昔は日本人と同じ先祖を持つのではないかと思ってしまいました。

アメリカのお友達作戦なんて嘘っぱちの掛け声とは違い、この国王の言葉はよいしょではなく深く心に響きます。

いつものようにそのまま貼り付けますが、

こころ暖かくなる真の友好国の言葉としていつまでも取っておきたいものです。



以下、転載開始・・・・・・・・・・・・・・・・・



■「皆様は大災害に静かな威厳をもって対処された」

ブータン国王:  天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。
衆議院議長閣 下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。
世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉 大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。
皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思 いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。

妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。
これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝え しなければなりません。

ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。
3月の壊滅 的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつ つ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。

私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもな く見つめていたことをおぼえております。
そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わって しまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。

いかなる国の 国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。
しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と 日本国民であります。私はそう確信しています。

皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。
我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。
ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国 民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。
両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優 先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。

2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。
しかしブータン国 民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇 らしく見ていたのを知っています。
すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の 最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。
日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。

このグローバル化した世界に おいて、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。
世界は常に日本のことを 大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何 事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。

これは神話ではなく現実であると謹 んで申しあげたいと思います。
それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
皆様、日本および日本国 民は素晴らしい資質を示されました。
他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況 下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、 我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。

すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような 価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。

それは数年数十年で失われることはありません。
そうした力を備 えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。
この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつと して地位を築いてきました。
さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。


■「ブータンは小さな国ではありますが強い国でもあります」

ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。
私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎ ません。
その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。
卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断 と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。
他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。

日本がアジア と世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。
ブータンは 国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。
日本はブータンの全面的な 約束と支持を得ております。

ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。
国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心 をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。
ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる 地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。

手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気 を保っています。
ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。

今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。
そ うした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。

我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。
我々は歴史 ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。
小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。

それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変 特別なものです。
我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。
ブータン国民の 寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。
言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けま す。

日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。
それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本 人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。

私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深 めるために不断の努力を行うことを誓います。

改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。

ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。

「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」

ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。
小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。

ありがとうございました。

以上転載終了・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



posted by 秀さん at 00:00| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月21日

チャウヅックのバーチュアスー廟参り編

2日間かけてカンボジア国境に近い町、アンジャン省のチャウヅックに取引先の方と行って来ました。

サイゴンからは車で約8時間、 ミトーから上流側に道を取り、ドンタップ省を抜けてロンスエンへと至り、運河を北上してチャウドックへとたどり着きました。

河沿いに広がる緑の中に、ぽこっと200m位の山が見えましたわ。
山の名前はサム山。サムという言葉の語源は多分ベトナム語ではないと思います。

山のふもとには大きなお寺がたくさんありまして、今回はその中でも女神を祭る、バーチュアスー廟と言うお寺ににお参りしました。


何でそんな所へ行ったのか? と言われますが?

へい、いつもの会社の事務員さんが、
新しく始めるビジネスの成功祈願のために神様にお願いをしましょう、

いや、絶対に行かなければなりませぬ! と言い出したからですわ。

事務員さん曰く、このお寺はベトナム全国から大勢の人が押し寄せる有名な願掛けお寺だと・・・
そして願いが叶った人々がそのお礼に金(ゴールド)を寄進しており、その量はすごいものだと言うのでありやす。

ふ〜ん・・・と冷めた返事をした秀さんの態度に、

そんな態度ではいけませんぞぃ とお叱りを受けましたので行ってきましたぞぃ。


さて、8時間かけて到着したお寺の女神像の前は、お供え物が所狭しと並べられ熱心にお願い事をする人の顔も真剣そのもので、ベトナム人の現世ご利益の執念みたいなものをビシビシと感じましたわ。
寺の前は昔の門前市のようでお供えのくだもののかごや線香を売る店、願いが叶った人のお礼の品として豚の丸焼きを売る店などが並んでおりまして何とも独特の雰囲気を醸し出しておりました。

願いが叶った人たちが寄進したゴールドの展示館みたいな所をみましたが、確かに事務員さんが言うように大量の金細工の品々が展示されておりましたわ。

その半端でない金の量を見ますと・・・ご利益があるのかなぁ〜 と思いましたわ。へい

秀さんはお願いと言うより、遠くベトナムの地でビジネスをさせて頂いていることに感謝の言葉のみを心の中で唱えまして、

さぁ〜帰りましょうと言ったところ、

事務員さん曰く、神様が願いを受け止めてくれたかどうか、木で出来た一対の駒のようなものを買いまして、それを女神像の前で転がして可否を占うと言う、やれやれベトナムらしいと言うか、即物的な考え方に驚いてしまいますわ。
秀さんはやらなかったのですが、取引先の方も事務員さんも一投目で一対の駒が逆さまに出た(願いはオーケー)と言うことで大満足の事務員さんでしたわ。

同じ向きの駒になるとダメとのことでした。吉とでるか凶と出るかの確立は1/3ですわ。

この駒投げをする人としない人がいるようで、神様が聞き届けてくれたかどうか知りたい人だけがその駒を投げるとのこと。
勝負は一回だけ、2投目はダメだとのことでありやす。

以前、ある女性が10回投げて10回とも凶と出たので仏前で泣き出した と言う話を聞きましたわ。

恋の願いだったのでしょうかねぇ?


人間、生きていく内に様々なことが起こります。
時には神様、仏さまにすがりたいと思うこともあるでしょう。

そんな人々の熱い思いにお寺の女神様はどう思うのか・・・・

どいつもこいつも自分のことばかり考えやがって! いい加減にせんかい! と思っているのかも知れないですねぇ。

しかし、女の仏様ですので、人々の願望(欲望)を叶えてあげましょう と優しい慈悲の心が日本の観音様のように無限大にあるのかも知れません。

秀さんとしては、ビジネス成功祈願を言い出した事務員さんの気持ちに応えるべくお寺参りをした次第ですが、そう思ってくれる気持ちが嬉しいですね。

成功・不成功は時の運ですので、最大限自己努力だけはして後は天命を待つ と言う心境で臨みたいと思います。



写真のひとつもブログに貼らんかい! とお叱りを受けるかもしれませんが、

お寺の内部は写真撮影禁止でしたので・・・お許しを!

帰りはカントー市で一泊してホーチミン市に戻って来ました。



戻って来たら、愚息のお嫁さんが、おとうさん、私の姉妹&いとこ達とカラオケに行きませんか?

と言うので疲れていたのですが、出かけましたよ。

秀さんの持ち歌は一曲(xe dap oi)だけですので選択に迷うことはありませんわ。

何と! 得点は99点・・・

他の者も皆高得点ばかり・・・

ベトナムのカラオケ機械は大甘と言うか、得点が悪いと怒り出す人もいるのかどうか分かりませんが店側がカラオケ機械を改造しているのではないかと疑うほどでしたわ。

果物をつまもうと思い、一口、タオ(青いリンゴの小さいやつ)をかじったところ、左の入れ歯がないことが判明・・・・

すわ一大事と、カラオケの部屋中を探す、総勢11名の者も探す・・・

てんやわんや状態になりましたわ。


結局あきらめて家に帰ったところ・・・・部屋の洗面所のコップの中に、大騒ぎの犯人の入れ歯が鎮座しておりまして、情けないかな、自分のアホさ加減に言葉も出ませんでしたわ。


こんな情けない 歯なし事件を を起こしてしまう自分を自分で慰めまして・・・


本日のお寺参り&歯抜け爺のブログは終了どす。


来週も皆さん、頑張りましょ!














posted by 秀さん at 04:03| ハノイ 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

コンアンさんの取締りが急増編

ここ最近、交通コンアン(警察)さんの取締りが以上に増えましたわ。

テトが近くなって来ると活動が活発になります。
毎年恒例の行事みたいなものです。へい

ホーチミンの警察官はクチの出身者が多いと聞く。
ベトナム戦争時ベトコンゲリラ基地で有名だった所ですが、そのゲリラ戦でアメリカ軍(南ベトナム軍)と戦った兵士の子供達の多くが警察官になっています。

秀さんの会社の事務員さんも女性警察官になりたかったそうですが、身長が基準より少し足りなかった為に断念せざる得なかったのだと聞きました。
クチのある地域で立派な家と言えば警察官の家系だと言われます。

警察幹部の兄を持ち、市内で取り締まるコンアンさんに多くのお友達がいる喫煙撲滅家の事務員さんにとってみれば年末の交通取締り強化なんてものは全く関係ない事柄ですわ。


これから12月にかけてお歳暮の季節になります。黄金のお饅頭の季節ですな。

また秀さんのような零細毛細血管企業の社長にとってはテトのボーナス支給時期でもあります。

まぁ、出すもんは出さないと便秘になり会社に吹き出物が出てもいけないので当然支給しますが・・・
秀さんも1回くらいは貰いたいものです。へい


毎年、ベトナムは日本と違いインフレですので物価の高騰に平行して賃金・賞与もアップしなければなりません。昭和30年代40年代の日本と同じですわ。

当時の日本は今とは違い、活気がありましたよ。
秀さんがガキの頃は人々の旺盛な消費需要で街も人も今のホーチミンのように熱気でムンムンしていました。

全ての物(様々な商品や不動産)が値上がりしていましたが、給料も急カーブで上昇して日本国民も今のベトナムと同じで今日よりは明日、今年よりは来年と・・・将来は確実に良くなるのだという確信にも似た雰囲気が日本中に充満していましたわ。


国の栄枯衰退は世の習い、衰退する国があれば、新たに発展する国が出現する。

過去の歴史を見るまでもないですね。


ヨーロッパ、アメリカ、そして日本も・・・今後は急速に坂道を転がり落ちるように低迷して行くでしょうな。
それにひきかえ、中国、インドを初めとして東南アジアの国々が台頭して来るでしょう。
ベトナムしかり。

秀さんは日本の経済成長期 と ベトナムのそれと2度も経験できる機会に恵まれました。


これからのベトナムは、紆余曲折はあるでしょうが、確実の経済成長して行くことでしょう。



国が豊かになるにつれて、コンアンさんの給料も上昇し、黄金のお饅頭をやり取りする風習?も廃れて行くのではないかと・・・淡い期待をしている秀さんでごわす。


では、本日はこの辺で・・・



賢者の皆さん、交通ルールを守りましょう! へい









posted by 秀さん at 08:22| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

雨季の終わりも近い編

まだこの時期には夕方近くになると短時間に豪雨になることがあります。

先週の金曜日でしたか、ヒムラムゴルフ練習場の帰りのグエンフーカン通りは大冠水でバイクどころか車高の低い乗用車まで冠水により動けなくなっておりましたよ。

水深は1メートル近くあったのではないでしょうか、動けなくなった乗用車を近くのベトナム人が後ろから押している姿を見ました。
こういった時にはベトナム人は結構関係ない人を助けたりします。
排水設備の完備された日本では考えられない光景ですね。

秀さんも車の中で恐怖を覚えましたわ。
冠水でプール状態になった道路をそのまま突き進もうとする運転手に愚息がユーターンしなさいと何度か言って方向を変えさせましたが、ベトナム人の性格なのか後先考えずに突き進もうとする運転手にも恐怖を思えましたぞぃ。

無理したら行けないことはないかも知れませんが、万が一冠水で動かなくなった場合を想定して遠回りにはなるが安全策を取るのが大人の分別というものなのですが、一部のベトナム人には前に進むしか考えがない人もおられます。
しばらく待つという考えがないのかプールのような状態の道路に突っ込むバイクの多さに唖然とした秀さん親子でした。


雨季も11月が終わり12月になれば終了ですわ。

待望の乾季の季節がやって来ます。
ベトナムホーチミンは12月からの数ヶ月が1年で一番過ごしやすい季節になります。

来年のテトは1月23日が元旦です。
毎年テトの前後2週間くらいはベトナム人は正月気分で仕事どころではなくなります。

テトには愚息は嫁さんの実家に顔を出すでしょうが、秀さんは別段これっといった予定がある訳ではありません。

何をするか、どこに行くかこれから考えるつもりですが、フィリピンのセブ島でコテージを経営している知り合いの所にでも遊びに行こうかと考えておりますが、結局、家でごろごろ寝正月だったということも秀さんのこの不精な性格ゆえ十分あり得えますわ。

テトが近いベトナムでは、これからお店も賑わい、テト前には帰省する大勢のベトナム人を目にすることでしょう。

帰るべき故郷がある、田舎に帰れば両親、爺婆に親戚達との久しぶりの邂逅が待っています。


テトに民族大移動がなくなれば、ベトナムも開発途上国を卒業して新たな段階に進んでいるかも知れませんが、そうなって欲しくないなぁ との思いが強いです。
自分が生まれ育った故郷をいつまでも大切にする民族であって欲しいと思いますねぇ。



故郷は遠きにありて思うもの、

とふと室生犀星(むろおさいせい)の歌の一節を想い出しました。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

ネットで調べてみましたよ。

(現代語訳)

ふるさとは遠くにあって思うもの
そして悲しく歌うもの
例え
落ちぶれて 異土の乞食になったとしても
帰るところでは無いだろうなあ
ひとり都の夕暮れに
ふるさと思い涙ぐむ
その心をもって
遠いみやこに帰りたい
遠いみやこに帰りたい

故郷を離れて旅に出た男の詩。落ちぶれて 異土の乞食になったとしても 帰るところでは無いだろうなあという部分と遠いみやこに帰りたい 遠いみやこに帰りたいと いう部分が矛盾していますね。
地元を離れて一人暮らしをした若者は「出たからには一人前になってからじゃないと、家族に申し訳が立たない 意地もある」と いう気持ちと「寂しい、帰りたい。家族に会いたい」って気持ちの葛藤に苛まれることがあるのではないでしょうか。

「どんなに落ちぶれてもそれでも帰れない」と言いながら「帰りたい」を2回も繰り返すその全く正反対の言葉が、想いの複雑さ、深さを感じさせます。

この詩が室生犀星自らの感情を詩にしたものかどうかは解りませんが、彼は当時まだ名もそこそこしか上がらない20代で、若さゆえに「詩人になりたいんだ けど、とにかく上京すれば文才がつくような気がする!」という理由で東京に来たものの、もちろん文才がいきなり上がるなんてことは無く、ひょっとしたら本当に落ちぶれて 異土の乞食になることも考えたかもしれません。

切ない・・・

作詩者は、「ふるさと」から捨てられた幼年時代を過ごしたと言っても過言ではありません。
室尾犀星は60歳の父親と20もあるか無いかの若い女中との間に生まれました。
父親は剣術の名手で道場を構え、年が27も離れた兄は学校の校長先生をしていました。
この家族がとても体裁を重んじる人達で、「こいつが父親と40も離れた女との子供だとバレては一族の名誉に関わる。
そうでなくとも、27も離れた弟がいる など、長男の為にも良くない」と、何と室生犀星は生まれてまもなく捨てられてしまいます。

犀星さんは母親の顔を見たこともありませんし名前も知りません。  

赤井ハツという女性に貰われるのですがこの赤井ハツがまた曲者で、赤ん坊を引き受けるのと引き換えに大金をせしめる生活を普段行っており、むしろお金目当 てでの子育てをしていたのです。
ハツの暴君ぶりに怯えながら、子供なのに親から愛撫されることは一切なく、何か言いがかりを付けられてはただ働きを強要さ せられる、地獄の幼年時代を送っていたのです。


確かに室生犀星にとっては、どんなに落ちぶれても帰れるところではありませんね。

ああそれなのに、どうして室生さんは ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむことができるの?

遠きみやこにかへらばやなんて詩が書けるんでしょうか? 

過去にどんな扱いを受けていようと、やはりたった一つしか無いふるさと、ご本人にとってはかけがえの無い大切な場所だったのかもしれません。

そういうことを考えながらこの詩を見ると、ちょっとこれは涙腺にきます。



と・・・・思い付きの文節から調べてみましたが、この複雑な詩の内容はこういう事情だだったのか と合
点がいった秀さんでした。


秀さんも故郷は遠くになってしまいました。じい様、ばあ様、父母に妻も他界し、
幼い頃の近所の遊び友達も多くは田舎を離れました。

でも、幼い頃の思い出はいつまでも心の中に残っております。
遠く故国を離れベトナムという地に暮らしてはいても、やはり心は日本人です。

どの国の人だって自分の故郷は良いものでしょうね。


そう考えると、テトの期間くらい仕事を忘れて浮き足だつベトナムの人たちに文句は言えないですねぇ。

精精、飲み過ぎて酔っ払い運転で事故など起こさないように正月をお過ごし下さい
と言うだけにしておきます。


では、本日はこの辺で、失礼いたします。



posted by 秀さん at 01:42| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

第28回ホーチミン品友会終了報告編

ご参加された皆様、どうも有難うございました。

総勢28名と久しぶりに大人数の食事会となりました。
ビンズーン省から泊りがけで来ていただいた方もおられまして有難いことです。

この会の目的は、老若男女、職業、出身地など一切関係なく幅広く参加者を募り、
月に1回取りとめのない話をするだけの何も生産性のない食事会ですが、お蔭様で
2年以上続けることが出来ました。

これもひとえに参加された皆様のご協力があってのこと、アホの秀さんブログ上ではありますが
深く感謝申し上げます。


さてお礼のご挨拶が終了したところで何を書きましょうか・・・・

何も・・・話題がないですわ。
愚息は朝からゴルフに行っておりまして、愚息の嫁はツーヅックの兄妹の家に遊びに出かけまして、
一人秀さんはパンツ一枚になってベッドでゴロンところがっておりやす。

以前は何もすることがない時に、何かしなければ落ち着かない性格でしたが、

へい、今ではすっかりベトナム仕様になりまして、何もしないことを楽しんでおります。


10年数年ほど前にインドネシアのバリ島に行った時のことですが、地元の漁師さんが一人で浜辺の椅子に座って数時間(4時くらいか?)もただ海だけを眺めていた・・・・

その時にこの人は一体なにを考えてず〜と一人で数時間も海を見ているのだろうか? と不思議でなりませんでした。

当時は日々忙しく仕事に追われる毎日で、年に2回ほど家族サービスで海外旅行に連れて行くのが定番行事でした。
そんなある日のバリ島での休暇でしたが休暇で出かけていても頭の片隅にどこか仕事のことを考えていた自分がいました。


今となっては、その漁師さんの気持ちがほんの少しだけわかるような気がします。


時間というものはコントロールされるものではなく、自分でコントロールできるものなんだと。



今日は2人とも出かけているので、一人台所におりてご飯を炊きました。
のり巻おむすびと卵焼きとハムを炒めただけの朝食です。

ふと、昔秀さんが小学生の頃、運動会で家族といっしょに食べた重箱の中身を想い出しました。
今は亡き両親の愛情がじわ〜と秀さんの胸に伝わってきました。
有り難うございます と手を合わせる56歳のじじいのある日曜日のブログでした。

皆さま、良い1日をお過ごし下さいませ。







posted by 秀さん at 14:48| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

お金が出来る仕組み編

You Tube で お金の出来る仕組み と言うなかなか面白いものがあったので貼り付けをしますわ。

アメリカで製作されたものですが、日本語の字幕があります。

今の金融システム(信用創造システム)は300年ほど前に考えられたもので歴史的は浅いものです。

その結果、どうなったのか・・・



とても内容のある作品です。



前にも書きましたが、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)がアメリカの国債を担保に利息をつけて
アメリカドル紙幣を刷っていますが・・・・

このFRBと言う組織は 政府の組織ではなく 民間企業 なのです。

ご存知でしたか?

株主はユダヤ系の金融資本ですぞぃ。


こう考えると・・・・
キリストが金貸しをするものを強く排除したという事実の真意が分かるような気がします。

少しかたい内容かも知れませんが・・・

休みの1日、暇な方は是非、ご覧になって下さい。

現在の金融システムの歴史の一端が理解できると思いますよ。






お金ができる仕組み。銀行の詐欺システム(1/5) Money As Debt
1/5〜5/5まであります。



最後に、TTP参加を表明した 野田総理は日本経済を潰した総理として

後世、非難対象となるでしょう!

売国奴内閣にはもううんざりの秀さんでごわす。

本日の 品友会・・・・悪酔いしそうな予感が・・・


うそです!

楽しくやりましょう。


では、本日はこの辺で失礼します。



posted by 秀さん at 10:20| ハノイ 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

ベトナムの行政に頭に来てもしょうがない編

仕事がらみでベトナムのお役所に会社のスタッフを行かせることが良くあります。

帰社後、どうだった? と聞いても良い答えはないのが普通ですわ。

社会主義特有のやる気無しムード一杯のお役所へは会社のスタッフも行くのを嫌がる感じです。
まぁ、どの国もお役人さんの仕事ぶりは同じようなものですね。

デフォルト寸前(いや、もうデフォルトですが)のギリシャのようになればその国も国民も否が応でもこんなことではいかんわぃ! と気づくのでしょうが、当面はお役人天国のベトナムではいらいらしても仕方がないと諦めの境地が宜しいようで・・・。

ベトナムの行政処理が遅滞するのは、上からの伝達指示が徹底していないことから生じることが多いですわ。
その指示にしても詳細に説明しないものだから下の部署は担当者によって解釈が異なるなんてこともしょっちゅうですです。

また、規則に則って順番に処理するよりも縁故関係者及び黄金のお饅頭の量が多い者から処理するので一般の者はいつまで経っても手続きが終了しないというこの現実。

コネのある人にはすこぶる便利なシステム?なのですがね!

まぁ、こんな風潮に今ではすっかり順応いたしまして、外国人の秀さんが憤っても仕方がないと諦めております。

人間諦めも肝心でごわす。へい。
多分、迅速な処理なんて言葉はベトナムの広辞苑にはないのでしょうな、ったく。


以前、愚息の車を登録する時に、
いつもの禁煙運動家の事務員さんにお願いしたのですが、幾ら経っても順番が来ないのにいささか頭に来たようで、普段は使わない魔法・・・(警察幹部のお兄さんに電話という)をかけたところ、
即呼ばれて数分で処理が終了、挙句に良いナンバープレート番号がありますよ なんて窓口の警察官から言われたそうな。

どこも小役人は上司のご機嫌取りをするのですな。

公務員は国民の公僕なんて日本でも死語になっていますのでベトナムで期待する方が土台無理な話ですわ。へい


話は変わりますが、
ベトナム人はバイクのナンバーや携帯電話、車のナンバーにとてもこだわります。
多分、風水かなにかの影響でしょうが、商売に良い番号とか色々あるようです。

基本的には9=九 が良いと言われていますが、定かなことは分かりません。



この番号が良いと言われても、日々の生活に汲々している秀さんには 


泣、朽、窮 の言葉の方がピッタリかも?


時には 休 して


冷たいビールでも きゅ〜 っと一杯やりましょか!


くだらない駄洒落には お灸 か! 



スマソ。



という事で、明日の品友会 皆様 楽しくやりましょうね。はい






posted by 秀さん at 10:39| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

あれこれ・・・ひとり言編

昨今の金銭至上主義というか、行き過ぎた資本主義経済(新自由主義、グローバリズム)の風はあまりにも自己の(個人、会社)の利益追求の自由を強調するあまり世界的にも大きな格差社会を生んでいる。

急速に資本主義経済に飲み込まれているベトナムしかり・・・。

ベトナムに関わって10年が過ぎようとしてるが、この10年でベトナムは大きく変わった。

街を走る自家用自動車の急激な増加、外資流入による不動産・株を中心とする投機的気質のベトナム人の増加、都市・地方間の所得格差の増大、そして一番は、物価の急激な高騰があげられると思います。無論、インフレ経済が長く続くベトナムでは毎年モノの値段や家賃が上がるのは当たり前と言った感じです。

物価の高騰に連れて給与所得も比例して上昇している内はそれほど大きな問題にはならないかもしれませんが、その均衡が崩れて来た時には地方農家などの貧困層のベトナム人たちは一体どうするのかとアホの秀さんでも心配になります。

ベトナムは農業国です。輸出額トップの水産物を除き、農産物としては米、コーヒー、ゴム、茶、トウモロコシ、砂糖キビ、胡椒、カシュナッツなどが主要な物ですが、それら農業に従事するベトナム人たち(農家)の年収は決して大きくはありません。

昔の日本の農家のように農業するより都会に出て会社勤めをした方が良いわ! なんて思う若者の増加はベトナムでも同じですわ。

ベトナムでは日本に比べ生産者価格と市場価格の差が大きい。
間に中間業者(役所であったり、仲買商社や各地方のバイヤー)が数階層介在するからです。
農産物を作ってもそれが最終消費者へ渡るまでには、加工、包装、輸送など人的・物的サービスや設備が必要でそれなりの資本力が必要とされますので、お金のない農民がそれらを行うことは不可能でどうしても中間に介在するお金持ちに多くを搾取されるのであります。

ネットで産地直送なんてことはベトナムの農家をみている限り数十年は無理そうですので、日々畑に出ての農作業を行い言われるままの価格でそれらの農産物を売っている限り豊かさとは縁遠い生活でなかろうかと思うのであります。

一方、都市部は物で溢れ(当然、贅沢品は海外から)かえり、平均年齢の若い国、ベトナムの消費者の購買意欲を殊更に刺激します。

それが日本のバブル期のように加速したせいか・・・

ベトナムでは高価なモノを持っている者が エライ! みたいなアホ風潮が出来つつあります。
若いベトナム人の間では、誰それはiPhoneを持っている、べスパのバイクに乗っている、

だから・・・彼(彼女)は 凄い なんて意味のない会話が日常茶飯事で交わされています。


ベトナムのように資本主義経済の歴史が短い(戦前は除く)、世界的にみてもまだ所得水準の低い国で都市部のベトナム人のように一気に拝金主義が進むと無慈悲な社会が出来上がるのではないか

と今の日本を顧みて深く憂慮している秀さんがいます。
今、中国本土で起きている“二度轢き”事件問題なども、この表れ?でしょう。

さて、ベトナムの農産物と言っても、今や国際的な市場取引価格の影響を大きく受けるようになっています。

これもひとつのグローバリズムの表れでしょうねぇ。
秀さんはこのグローバリズムといういっけん響きが良さそうに聞こえる言葉が大嫌いです。

そのグローバルリズムを信奉してる人たちのことをグローバリストと言います。


そのグローバリズムの一環(最終ステージ?)として、今日本ではTPP問題で大きく揺れています。


非常に残念なことに・・・ベトナムもTPP参加を決めてしまいました。

TPPが目的とするのは、「関税の撤廃」などではなく、「非関税障壁」の破壊です。

国民新党の亀井静香議員は、「TPPに加盟すれば、国民は集団自殺させられる」と言っています。

これは正しいの一言に尽きます。
TPP参加を支持している連中は売国奴だとアホの秀さんは極言します。

原発を推進し、TPP加盟を実現したいと考えている経団連も同様。
日本経済の屋台骨を支えていると言われる経団連を代表する企業は、ほとんどが外資に株式を押さえられており本質はすでに日本の企業とは言えないですわ。

現在の経済連の会長は住友化学の社長の米倉弘昌のおっさんですが、
住友化学は、死の農業支配会社(秀さん評)米モンサント社と長期的協力関係を結んだ会社です。
TPPに加盟するということは、農業分野だけでなく様々な分野で日本が独自に決められることが何もなくなるということ。
日本以上にアメリカ隷属の韓国がアメリカと先ほど米韓自由貿易協定(FTA)を締結しましたが、
その内容の酷さに現在韓国では大きな大問題となっておりストやデモが多発しています。

TPPしかり、それは、国家の主権を売り渡してしまう、国民を守る盾は、すべて取り払われてしまうということ。

ベトナムと違い・・・
日本は自国の農業だけで国民を養うことができない国に成り下がってしまいました。

グローバリズムというものは最終的には国そのものの存在を否定するところまで行く危険性を孕んでいます。
食料とエネルギーは国家主権の要。何が何でも100%自給できるようにするべきです。

過去の歴史をみれば分かるように・・・
十分食べることが出来なければ、いずれは戦争に駆りだされる。

生まれ育ててもらった国、日本、縁あって現在仕事(生活)をさせてもらっている国、ベトナム、
その両国がグローバリズムの甘い響きの毒牙に犯されることなくに素晴らしい国(秀さんにとってか?)のままであって欲しいと、深い憂慮を感じながらも切望しております。


今は亡き両親の過去の言葉に、

秀よ! 嘘をつかずにまじめにこつこつと働きなさい! と言う言葉はありましたが、 
お金を儲けなさい! や お金持ちになりなさい! と言う言葉は無かったですわ。

それにひきかえ、より大きな儲け! だけを目標に会社経営に一喜一憂していた過去の秀さんの生き方は100%正しかったのだ! とは現在では言えない自分がいます。


生活する(食べる)ために今の世の中ではある程度のお金は必要ですね。

お金は生活するためのツールとして重要で必要なものなのですが・・・

現代の人間はそのお金そのもののために生きて行くように誰かに洗脳されてしまったのかも知れませんねぇ。





本日は、何かなぁ? やけにかたい話になってしまいました。お許し下され!


posted by 秀さん at 02:48| ハノイ 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

十数年ぶりに会ったある友人編

いきなり電話が鳴って出たところ、

何と十年来会っていなかった友人から、
今日ホーチミンに着いた、何もわからんのでひとつよろしく頼むわ! と・・・


あ〜た、普通はせめて一週間前にでも連絡するのが礼儀というもんでしょうが?

彼曰く、秀さんとの共通の友人であるSからベトナムに行ったら秀さんに連絡したら 何とかしてくれるぜ・・・って聞いたので ま! 頼むわ ってな調子でごわす。


その友人はある会社の社長で、30名ほど社員旅行で連れて来たのですが、
前半組第一弾総勢15名のご案内となり申した。主に夕食と飲み屋さんの紹介でしたが、若い人たちに混じって秀さんもご相伴に預かりましたぞぃ。

ここホーチミンではこれほどの若い日本人の方と会うことも酒を酌み交わす機会もないので
久しぶりに若さというかパワーを貰い楽しい時間を過ごすことが出来ました。

その友人は昔昔、お互いがまだ若い時のビジネス仲間というか飲み仲間でしたわ。
秀さんがやっていた業種とは違うのですが、若くして事業を起こした人で秀さんとは違い今の年収は数千万、いや 億近い奴ですぞぃ。羨ましがるレベルではありませんな、桁が違うので・・・。

まぁ、そこまで来るにはそれ相当の苦労もあったでしょうな。

貧富の差はエレベレスと子供公園の砂山ほどの違いはありますが、そこは友達同士、昔話に華を咲かせて楽しい時間を過ごすことが出来申した。


朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや 


と論語の言葉を出すまでもなく、話が合う旧来の友人との語らいは楽しいものです。


若者は未来を語り、老人は過去を懐かしむ 


ではありませんが、


残りの人生も1/3を切った秀さんに神様がベトナムにおいて、たまには旧友と昔話を肴に一献傾ける時を授けてくれたのだと感謝しておりますぞぃ。


さぁ、明日からまた頑張りましょ! へい





posted by 秀さん at 06:32| ハノイ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

第28回ホーチミン品友会開催のお知らせ編

体調を崩しておりやす。
鼻水ぐずぐず、喉が痛い、熱もある、

アホは風邪引かないと思っていたのですが、やはりベトナムではアホも風邪を引くようです。
でも、頑張って第28回品友会開催のお知らせを!



下記のとおりです。


日時 2011年11月12日(土) 午後6時30分より

場所 和食 花水木 15A5 Le Tan Ton  Dist.1

電話 (08)38242411(スカイガーデン前直ぐ)

予算 30〜35万ドン前後を予定

*11月10日(木)までにご参加の可否をコメント欄にお書き下さるようお願いいたします。  
 
初参加の方も大歓迎です。



以上、よろしくお願いいたします。





posted by 秀さん at 06:37| ハノイ 霧| Comment(16) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

アホだと前もってお断りして転載記事を編



政治経済の話になると転載記事が多くなる秀さんですが、
しょせん頭の脳ミソの足りない人間ゆえ、
どうしても他の方の理論整然とまとまった文章の方が良いに決まっておりやすので転載記事が多くなるのは仕方がないですわ。

自分で立派な文章が書けるようなら、へい、今のような生活はしてはいません って! ハイ


しかし最近はベトナムに関する事柄から逸脱した記事が多く、タイトルを変更すべきかな? とも思う時もありますが・・・
まぁ、しょせんブログなんてものは独りよがりの産物ですのでお許しを頂きたいと思います。

開き直って言うならば、こんなアホなブログを読んだところで何の役にも立たないことは賢者の皆さまには既にお分かりのことと思いますので気の向くまま自分の興味のある事柄を暇に任せてだらだらと書き綴っております。


今回は、若い人世代の方にはぴんと来ないかも知れませんが、時の内閣総理大臣が逮捕される という前代未聞の出来事の話ですわ。

今とは違い、日本が景気の良い時代、都会と地方の格差が今ほど大きく開いていなかった時代の話です。

ある年代以上の方は、この時代の日本経済の躍進ぶりを覚えていると思います。
日本が一番輝いていた時期かも知れません。

秀さんが学生時代の事件ですが、当時は ふ〜ん、国の総理大臣までなった方が汚職か!  
と検察・マスコミの流す情報を鵜呑みにしていましたよ。

その後、日本の政治経済の隠された事象について勉強して行く内に、戦後アメリカの属国である日本のおかれた状況が理解出来、物事は表の面と実相はずい分と違うものだ という事を理解出来るようになりました。


今の小沢さんの問題も、当時田中角栄さんが置かれた状況と類似しています。

年を取って分かってきたことは、戦後の日本という国は自分が思っていたように理想の国家ではなかったという失望感と、いやまだまだ日本はすてたものではない と言う2面相反する思いが交錯し複雑な心境ですよ。


日本と文化・風習が異なる国に長く住んでいると、改めて我が祖国 日本とはどんな国なのか?

と自分自身で問い掛けたくなってきます。

大学を卒業して35年になりますが、この年になって・・・
国とは?、国の成り立ちとは?
どのようなものなのかを再度勉強することの大切さが分かって来たような気がします。



それでは転載記事の開始です。(平野貞夫氏のブログから・・・)



「日本一新運動」の原点(78)── ロッキード事件の捜査と裁判の不条理
 
平成21年3月3日、西松事件で大久保秘書が逮捕された一週間後、私は小沢一郎氏 に会いにいった。
その時、この事件は「ロッキード事件」のように小沢氏が狙われていると確信して、私の著書『ロッキード事件「葬られた真実」』(講談社) を手渡した。
小沢氏は「参考にさせてもらう」と受け取り、その後、乗用車の後部座席に同書が置いてあるのが、テレビに撮されていたのを、憶えている方があ るかも知れない。

この著書は平成18年7月、「ロッキード事件」から30年が過ぎて、何故、田中元首相が逮捕されたか。

三木首相や中曽根自民党幹事長が、何を企んでいたのか、そして当時の検察や裁判所が、田中元首相逮捕にわが国の憲法以下の法令に違反してまで拘った理由は何か。何故、前尾繁三カ衆議院議長は衆議院の解散を阻止することに政治生命を懸けたのか、などを執筆したものである。

何でこのような出版をしたのか。

私は「ロッキード国会」の頃、衆議院事務局から出向して、前尾議長の秘書を務めていた。
前尾議長は議長就任10ヶ 月前まで法務大臣であった。
衆議院議長になっても法務・検察の関係者が指導を求めてしばしば来訪していた。

三木首相は「椎名・前尾」ラインで政権に就い た関係で、前尾議長に頭が上がらなかった。

「ロッキード事件」が発覚するや、「ロッキード国会」といわれる大混乱となった。
法務省や検察関係者は、前尾議長を利用すべく非公式に接触してくる。

三木首相は、私恨を「キレイゴト」で糊塗し「田中排除」という権力闘争を仕掛けてきた。
野党は事件を政治的に利用して国会審議に応じない。

私は、こん なことで国家が維持できるのかと思い立ち「ロッキード国会覚書」というメモをつけていた。


この覚書を中心に、ロッキード事件で田中元首相の鎮魂のため、 逮捕されて30年という時が流れた平成18年7月に刊行したわけだ。

この本には、事件当時にはわからなかった重大な新情報を書き込んでおいた。

児玉誉士夫証人が何故国会に出頭できなかったのか、という問題である。

児玉証人の国会証言が実現していれば、田中元首相への捜査も大きく変わったと思う。
児玉証人を廃人同様にして、国会に出頭させないようにした大きな政治権力の動きがあったことを具体的に書いた。

朝日新聞社会部がそれを知り、出版予定日に特ダネで報道するといい、前夜、確認のため私に記事のゲラをファックスで送ってきた。

ところが、深夜になって担当記者から「上からの指示で、報道しないことになった」と連絡があった。

この時既に、朝日新聞には問題があったのだ。

著書では、2つの側面から田中元首相は無罪であったと主張している。


ひとつは、憲法を始めとして刑事法上の「無罪」であること、もうひとつは政治的・社会的にも「無罪」であること、である。


この本を講談社は廃刊にしているが、「小沢問題」の真相解明にもなることから、文庫本で再刊するよう「メルマガ・日本一新」の読者の皆さんから働きかけていただきたい。

(田中元首相を逮捕する証拠はなかった)
 
「ロッキード事件」とは、全日空ルートで5億円、児玉ルート(対戦哨戒機P3C)で約21億円のワイロが、日本の政界に流れたというものだった。

全日空ルートで田中元首相が逮捕されたわけだ。児玉ルートでは当時の中曽根幹事長に疑惑があったが、児玉氏が国会に証人として出頭できない状態となり、こ のルートでの捜査は脱税で終わった。


この事件は米国上院多国籍企業小委員会で火がついたもので、証拠資料に類するものはほとんど米国側にあった。
日本の国会は真相究明のため国会決議までして、米国上院に資料の提供を要請した。

三木首相は政敵・田中角栄を倒すべく、フォード大統領に親書まで送り資料の提供を要望した。

その結果、米国司 法省と日本の法務省で「日米司法取決め」が行われ、米国の捜査資料が日本の捜査当局に提供されることになる。

これは田中首相を逮捕するための国家間の条約であったが、三木首相と検察当局は「法執行について相互援助のための手続」と主張した。

本来なら国会の承認が必要であり、憲法違反の行為であった。

大量の 捜査資料が米国側から提供され、必死の捜査を行ったが、田中元首相を逮捕する証拠となる捜査資料は何ひとつなかった。


(最高裁のマッチポンプ。刑事免責の 嘱託尋問問題)

米国側から提供された捜査資料には、田中元首相を逮捕する証拠がなく、捜査は壁に突き当たる。

そこで検察がしぼった謀略は、ロッキード社のコー チャン副社長らに刑事免責(起訴しない)を与えて、米国連邦地裁に尋問を嘱託して、その調書を証拠に田中元首相を逮捕することであった。

これは日本の憲法と刑事法規で容認されていないやり方だ。

これが実行されるまでの動きを時系列でみると問題の所在がわかる。

(1)昭和51年6月3日 ワシントンで三木・フォード日米首脳会談。(堀田検事らのシナリオで嘱託尋問実現に利用したもの)


(2)同年7月2日 米国連邦高裁が、嘱託尋問は非公開で行うが、証言調書は日本の最高裁がルールなどによって「刑事免責」を保証するまで引き渡さないことを決める。


(3)同年7月6日 ロサンゼルスの連邦地裁で、コーチャンの嘱託尋問が始まる。翌七日の尋問で、初めて田中角栄との関係を証言。


(4)同年7月24日 日本の最高裁裁判官会議で、コーチャンらに対して、「不起訴の宣明書」を発出することを決める。直ちにロサンゼルスの連邦地裁に提出され、同日、コーチャンらの証言調書が日本の捜査などで使用できることになる。


(5)同年7月27日 東京地検は田中角栄前首相を外為法違反で逮捕。


(6)同年8月16日 田中前首相、外為法違反と受託収賄の容疑で起訴。


かくして、「ロッキード事件」は企てられて「ロッキード裁判」となった。

逮捕から7年と3ヶ月過ぎた昭和58年10月12日、東京地裁は「懲役4年、追徴金5億円」の実刑判決を下す。

直ちに控訴するも、昭和62年7月、東京高裁は一審判決を支持。

この間、田中元首相は昭和60年2月27日脳梗塞で 倒れ長い闘病生活に入り、平成5年12月16日死去。


田中元首相の死から1年2ヶ月過ぎた平成7年2月22日、最高裁はロッキード裁判「丸紅ルート」で、元丸紅役員の桧山・榎本両被告の上告を棄却した。


がしかし、最高裁はここで重大な決定をした。

それはコーチャンおよびクラッターへの刑事免責した嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判決したのだ。


この時期、私は参議院議員になり法務委員会の理事であった。

最高裁の判決に「法の支配の崩壊」と「司法権の不条理」を感じ、参議院法務委員会で法 務省当局を追及した。

質問の趣旨は、最高裁の裁判官会議が「刑事免責で証拠として使うこと」を容認しておいて、最高裁の最終判決で、その証拠とされた調書を「証拠能力を否定」するという矛盾をどう考えるか、というものであった。


法務省当局は、「相当な智恵を出した捜査手法で得た調書の証拠能力が否定されたことに、いささか戸惑いを覚えている」との答弁だった。

私は「嘱託 尋問調書に証拠能力を与えたり、その一方では否定するという最高裁の異なった判断は、日本の司法制度そのものの信頼性、根本問題に関わるものだ」と糾弾し ておいた。


小沢氏の陸山会事件と問題の内容は違うが、検察や裁判所の発想や、手法は当時と同根・同質である。

自由主義世界では、司法の基本である「推定無罪」が、ロッキード事件において冒涜されていたのだ。




以上転載終了・・・・・・・・・・・・・・・・




posted by 秀さん at 09:08| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月30日

ベトナムで会社設手続きが面倒に編

本日は、情報提供の意味でベトナムで会社設立についてお話をしたいと思います。

ベトナムで会社を作る場合は、大きく分けると外資100%、合弁と二通りあります。
また、組織形態としては、株式会社、2名以上有限会社、一人有限会社、その他・・と様々な形態があります。
一般的には株式会社よりは有限会社の方が断然多いです。

外資100%は設立手続き及び設立後のベトナムならでは?の諸々も問題があり、秀さん的にはあまりお勧め出来ないのですが・・・合弁会社にしようと思っても信頼できるベトナム人がいないということもあり、後々の面倒は承知の上で外資100%を選択する会社(個人)も多いですね。


じゃあ、どうやって信頼できるベトナム人を探すか? ということになるのですが・・・


秀さんの越日旅行社のように、こやつは信頼できるわ と思っていても裏をかかれることもあったりするので日本人にとっては誠に悩ましい問題であります。



ベトナム人と合弁で事業を起こす場合に自己の反省の意味も兼ねて注意点を述べたいと思います。


1. まず、事業を起こそうとする前に事前にベトナムにある程度の期間居住して実際のこの国のあり方、ベトナム人の考え方、文化・風習を肌身で感じる必要が絶対にあります。



2. 容易にベトナム人を信用しない。

外国人と言うだけで親切にされたり、親身になって相談してもらったりすると日本人の悪い癖で 直ぐにその人を信用してしまうことだけは絶対に避けましょう。

でも日本人は秀さんのように・・・直ぐに信用してしまう(苦笑)



3. 会社を設立する目的(事業目的)を明確にし、事前にベトナムの法律書などでよく下調べをする。
   
その事業をベトナムにおいて行う場合において、法律上の制約がないか良く調べる必要があります。外資100%では出来ない事業や合弁であっても出来ない分野もあります。

例:飲食店などはベトナム人100%でなければ原則的には出来ません。



4. 会社を設立&維持するにはある程度の固定経費が必要だと認識すること。

税務報告するには会計責任者が必要ですし、日本または英語が出来るスタッフも必要です。会社の事務所として賃貸できる物件を探す必要もあります。その賃貸契約書は会社設立時に必要です。いわゆる普通の住居用物件では会社として賃貸することがダメな場合もあります。上記の専門知識を持った人たちを雇用する場合、日本とは違い給与は格段に高くなります。

よく日本で発行されている書籍等で工場労働者の1ヶ月の給与が6千円程度などと記載されていますがその給与から専門知識や技能をもった人たちの給与を想像するといつまで経っても求人が来ないなんてことがもあります。思ったより高給ですよ。



5. 会社設立にはかなりの期間が必要(概ね4ヶ月〜)で費用も最低で7万〜8万円かかります。

   
以前は法的に制約のない事業分野の合弁会社ですと1ヶ月程度で会社の設立が出来たのですが、現在では法律の適用が厳密になり会社設立の許可証が交付されるまで数ヶ月かかるようになりました。

資本金を仮に500万円として日本人持分が仮に300万円としますと、会社設立のための口座をベトナムの銀行に開設申請します。
その口座開設の許可をハノイ政府まで当該銀行が届けて許可をもらうのに1ヶ月は最低かかります。その後日本の銀行から確実にその金額の送金があったと言う証明(現金持参は不可)後、会社設立書類を揃えて会社設立の申請となります。

設立書類もなかりの枚数になります。

また、担当者によりますがベトナムゆえ絶対スピーディに処理はされないと思った方が良いですぞぃ。



6. 日本から商品等を輸入して販売等をする場合、物よってはベトナム人100%の会社しか販売できないものも多いので事前に取り扱う商品の法的な問題をよく調べる。

ある商品をベトナムに輸入販売するために会社を設立し会社の設立許可は下りたが、いざベトナム国内で販売しようと思ってもベトナム人100%の会社でないと国内販売(小売)は出来ないなんて意味不明の法律がありますのでご注意を!



7. 設立された会社で日本人を雇用する場合には、その日本人はワークパーミット(労働許可証)を取得しなければなりません。また、その手続きも時間がかかります。

基本的にはワークパーミットを取得する者が4年制大学を卒業した者に限られる。ただし、該当する業務に過去5年以上従事していた者は日本の会社の業務経験証明書があれば取得は可能です。

また、その社員の所得税はきっちり取られますぞぃ。



8. 日本で揃える書類は全ての証明(公証)が必要です。

各書類を@日本の公証役場にて公証〜A法務局の証明〜B外務省の証明〜C在日ベトナム領事館の証明と気が遠くなるような手続きが必要です。

例外として、東京と神奈川県に関して@の手続きでAとBも同時に行われます=ワンストップサービス。



9. まだ、注意すべき点は多々あるのですが、ベトナムでは何事においてもお役所の処理は遅い&煩雑ということを認識して設立に際し、十分な余裕をもって臨むこと。


秀さんもベトナムで新たにある新規事業を起こそうと昨年の12月から計画していた案件があるのですがその事業をベトナムでやる場合、日本及びベトナムで揃える書類が計数百枚にもおよびました。途中でベトナムの法律の変更もありまして・・・遅れに遅れ、計画から約1年経過して何とか目的の事業を開始できる目処が立ちました。

本音としては・・・やっとれんわぃ! ですがな。 しかし、ここはベトナ〜ムでごわす。



10. 結論!  金 に 時間 



そして・・・苛立ち も


すべて併せ呑む ゆとり と 覚悟 をもつことが大切ですぞぃ。



以上、自己の経験を踏まえた会社設立に関しての情報提供でした。



ご参考になりましたでしょうか?



では、本日はこの辺で・・・・失礼します。



posted by 秀さん at 10:04| ハノイ 霧| Comment(5) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月29日

ブンメトートは涼しい編

仕事で高原地帯の都市、ブンメトートに来ています。

ホーチミンと違い、気温も少し低く夜は非常に涼しく過ごしやすい。
何度も来ている街ですが中々良い所ですわ。

ホテルからタクシーに乗ったのですが、女性の運転手さんで、それがめちゃスピードを出す人で
驚いてしまいやした。
女性F1ドライバーかいな? と思うほど飛ばすのですわ。

ホーチミンでは考えられないスピードですがな。
思うに、渋滞がなく道路幅も広い街ですので出来ることでしょう。



日本で一番スピードを出すバスの運転手は東京都の人だと秀さんのデータベースに記憶されています。



そここころは・・・・






飛ばす・・・・・


(都バス)



何てドラッグストアで売っている商品のように・・・

クスりとも笑えない昔の駄じゃれが浮かんでくるこの頭は
涼しい中部地帯に来ても涼しくはないようですわ。


話は変わるのですが、宿泊したホテルの案内にはインターネット完備と書いてあったですが、


夏目漱石の小説に出てくる動物みたいに使い物になりませんでしたよ。


そここころは・・・・・





ワイファイ(WiFi)は猫である。




ん? 間違い?

スミマセンなぁ、いつも臭いやつで・・・・


念のためVITTELの3Gモデムを持って来たので問題はありませんでしたよ。

備えあれば憂いなしですね。

そのスピード狂の女性運転手さんにこの言葉を伝えたいですね。


万が一の事故に備えてスピードは控えめに・・・・と!


何とか書き出しの辻褄が合ったようですので


本日はこの辺で・・・・カステラの街より失礼しま〜す・・・



文明堂・・・・・ブンメ(イ)ドー・・・・と!



よっこらしょ、はぁ〜 どっこいしょ・・・でした。 スマソ・・・。




posted by 秀さん at 08:54| ハノイ 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

いつもの定番・・・手抜き編

賢者の皆さまには、

毎度おなじみの・・・てなもんや三度笠、そうは前田のクラッカー・・・

と訳ワカメなことをぶっ放して書き出しは始まるのですが、

へい、いつもの手抜き転載記事貼り付けでごわす。


最初の転載記事はさすが小説家だけあって田中康夫氏の文書は風刺がきいておりますわ。

何となくクリスタルから現実的な政治家へと変身した彼の言動は体制側の非難を浴びて県知事の職をはなれましたが、


非常に頭の良い方で国を思う真の愛国者だと、


非常に頭が悪く自分及び家族・知人友人しか愛せないアホの秀さんが勝手に思っておりますぞぃ。



その次の転載記事は阿修羅からですが、ことの真相を自分自身で深く検証した人しか分からない憤りを書き綴っています。


秀さんもそうでしたが・・・


日々の生活に追われ飯の種(金儲け、会社のための仕事など)を追いかけることだけに精一杯の時には限られた狭い範囲のことにしか目がいかないものです。


人間はどう生きるべきか? 社会はどうあるべきか?


なんてかたい事柄を自らで考えなくなった我々一般庶民がマスコミ等によって知らず知らずの内に洗脳されて来たことに対しての自己への憤りを直接的な表現で書いたものでしょう。



今回のオリンパスの社長解任事件で個の考え方を大切にする欧米人の考え方
と集団の雰囲気(権力者の思惑)に流されやすい日本人の弱い側面が浮き彫りにされましたねぇ。


全体的な大きな流れの中にあって、個人が異を唱えるのは日本人としては難しい。


ベトナムも建前は社会主義、でも実態は利権資本主義みたいな国で公務員はその権力を規則上ではなく運用面で最大限行使して役得にありついているわけですが、それに公然と異をとなることはベトナム人もあまりしませんな。


面倒なことになるよりは黄金のお饅頭を渡してはやく解決?をはかった方が楽なのであります。


自分の人生をどう生きるか 真剣に悩んで正しいと思う己の道を確立した人のみが目の前の利益を棒に振っても生きていく という強い生き方が出来る人なのでしょう。



秀さんもそうありたいと思うだけで、実際は腰砕けの人間です。



あまりにも思考というものを軽視して来た結果、そうなってしまったのでしょう。



悲しいことですが、今からでも少しづつ改善していきまひょ。




では、転載記事の開始です・・・・・・・・・・




11/10/27  新党日本 田中康夫 にっぽん改国 :日刊ゲンダイ

全国農業協同組合中央会(JA全中)は25日、 TPP反対請願を衆参両院議長に提出し、併せて請願紹介議員356人の氏名も公表しました。僕もその1人です。自民は所属議員の8割以上。公明も6割以 上。共産、社民は全議員が紹介議員になる事を承諾。民主も120名に上ります。

が、“護送船団”記者クラブは、枯れ葉剤でヴェトナム戦争に“貢 献”し、今や遺伝子組み換え作物開発でシェア9割を超える米国モンサント社と昨年、長期的協力関係を締結した住友化学の米倉弘昌会長率いる日本経団連を慮 (おもんばか)ってか、TPPを農業問題へと意図的に矮小化しています。

前回詳述の如くTPP は日本の製造業に深刻な影響を与えます。

故に宇沢弘文、金子勝の両氏のみならず、榊原英資、中谷巌、野口悠紀雄、浜矩子の各氏も、参加ありきのTPPバス乗り遅れるな論に懸念を表明しているのです。

行き先も判(わか)らぬバスに乗り込むなんて恰(あたか)も、安くしとくよと言葉巧みな白タク運転手を信じて泥酔した“乙女”が六本木から乗り込む「悲喜 劇」です。

にも拘らず宰相NÖDÁは17日、「日本は貿易立国だ。アジア太平洋地域は成長のエンジンになるので、高いレベルのTPP経済連携は日本にとってプラスだ」と内閣記者会インタヴューで高言しました。

呵々。

日本の最大輸出先国は中国。その中国のみならず韓国、台湾にも参加を求めぬアメリカ主導のTPPは、アジアに於ける日本の“孤立化”を画策する「環太平洋戦略的経済“分断”協定」に他なりません。

にも拘らず、外交に於いても性善説が通用すると信じて疑わぬのか、交渉の途中でも離脱は可能と自称“ドラえもん”官房長官も他称“口先番長”政調会長も明言 する始末。


それって、破談にするかも知れないけど取り敢えずは結納の打ち合わせをしませんか、と持ち掛けて許されると思い込んでるKYな男性と一緒じゃあ りませんか。


斯くも“お子ちゃま”な認識と覚悟だから、百戦錬磨の北朝鮮にも中国にもアメリカにも見くびられてしまうのです。

与党統一会派「国民新党・新党日本」の諫言にも耳を貸さず、アメリカに阿諛追従(あゆついしょう)の日本経団連改め米倉経「米」連と一蓮托生の民主党政権の猪突猛進を阻止せねば、


「にっぽん改国」ならぬ「壊国」へと奈落の底です。





私は騙されていた。ムネオを返せ!
http://www.asyura2.com/10/senkyo96/msg/311.html
投稿者 巨悪は検察にあり 日時 2010 年 9 月 28 日 13:55:38: 8wEVMR18S.Dgw

私は騙されていた。
検察は正義の味方だと思い込んでいた。

夢を見ていたようなものだ。
検事が証拠を改ざんしていた。
それを組織ぐるみで隠蔽していたとは!
そういえば公金を検察が横領していたという噂はどうなったんだ。
内部告発した検事に濡れ衣をきせて投獄したそうじゃないか。
検察は人の罪をけっして許してはならない。
当然、自らの犯罪もけっして許されない。

検事はまず盗んだ金を返せ。
それまで検察庁の業務を停止しろ!

私は騙されていた。
マスコミは公明正大だと思い込んでいた。

とんでもない、嘘の塊だった。
小沢一郎氏、鈴木宗男氏、その他多数!

彼らを中傷誹謗しまくった記事は、すべてでたらめ、嘘の塊だった!

私は、当初ネットを見ると、マスコミのことを、マスゴミと書いてあるのに強い違和感を持っていた。
こういう言葉遣いしか出来ない連中はろくなものではないと思っていた。

違っていた、彼らが正しかった。

痴漢の常習犯だと思っていた植草一秀氏が正しかった。
植草一秀氏に申し訳なかった。

マスゴミと呼ぶのが言葉の正しい使い方だった。
ちなみに、
読売新聞は、ゴミ売新聞、
朝日新聞は、浅卑新聞、
産経新聞は、惨刑新聞、
と表記するのが正しいそうだ。

先日、日経新聞(あいにく日経新聞の正しい表記法を知らない)を呼んでいたら、コラムにこんなことが書いてあった。

彼らの強い味方であり、貴重な情報源であった主任検事が逮捕されてしまったことが、彼らには、よほど残念だったのであろう。
しかし、公明正大な振りをしている彼らは、さすがにこれを正直に残念だとは書けないため、彼らはこう書いた
『この事件でほくそ笑んでいるのは、すねに傷もつあの人この人である』

日経をよく読んで、よく洗脳された読者は、『あの人この人』が、誰を指すのかすぐわかるのだろう。

私も、『あの人この人』とは、小沢一郎氏や、鈴木宗男氏を指すのだと思ったから、まだ洗脳が抜け切れていないのかもしれない。


私は騙されていた。
民主党のマニュフェストが実現されるものと思い込んでいた。

高速は無料になるし、子ども手当は全額支給されると信じて、民主党に投票した。
騙された。

票が欲しいための、明白な嘘だった。
『有言実行内閣』
と呼ぶのだそうな。

はじめについた嘘はすっかり忘れて、これからは嘘をつきませんと仰っている。
財源がない。これも嘘だ。

先日、激論クロスファイアーで、国民一人当たりのGDPが、
2000年の3位から、2008年の23位へと、
急速に落ちたのはなぜかと、各党の議員が集まって、不毛で、かつ難解な、さも賢そうな議論を戦わしていたが、

この間、そして今も、敗戦国日本の政府は、戦勝国アメリカの傀儡でしかないという視点がない。

アメリカにしてみれば、本店が苦しくなったから、調子がいい支店から利益を還流させただけのことである。

各党の議員たちは、こうしたアメリカと日本の関係を、本当に知らないのだろうか?

尖閣諸島での船長釈放に関しても、政府は堂々と見え透いた嘘を付いている。

地検が高検にお伺いをたて、高検が最高検にお伺いをたて、最高検が、そこで政治的判断をした?
主任検事逮捕で、倒産寸前の最高検にそんなことを検討している余裕は全くあるまい。

地検の判断に、政府の意向が反映されているのは、誰が見ても明らかなのに、
『検察当局の判断を尊重する』
と言い張る。嘘もつき続けると癖になるのだろうか。

でも、このことで、これまで『国策捜査はない』と言い張っていた嘘もばれた。

検察は、特に特捜は、アメリカ傀儡政権の意向を伺って行動する忠実な犬であることが明らかとなった。


私は騙されていた。

一番悔やまれるのは、騙されて、鈴木宗男氏を悪党だと思い込んでいたことである。

フォーク歌手の変なやつが、収賄政治家の味方をしていると思っていた。

有罪判決が出たあとにもかかわらず、愚かな北海道道民は、地元利益誘導型の政治家を選びやがったと思っていた。


私は間違っていた。松山千春が正しかった。北海道道民が正しかった。

身近に接し、鈴木氏をよく知っている松山千春は、北海道道民は、そして鈴木氏の家族は、
検察にも、裁判所にも、マスコミにも騙されなかった。

鈴木宗男氏に申し訳なかった。
松山千春氏に申し訳なかった。
北海道道民に申し訳なかった。
鈴木氏の家族に申し訳なかった。


しかし、もう私は、騙されない。

鈴木氏こそ、家族を愛し、北海道を愛し、日本を愛し、世界を愛す、真の政治家だった。

鈴木宗男氏は、収賄の有罪判決が出たあとに、北海道道民によって国会議員に選ばれている。
北海道道民は、判決が間違いであると決しているのだ。


それを、ペーパーテストが得意なだけの、非人間的集団に過ぎない司法官僚が否定していいのか。
厳しい大自然と共に生きる北海道道民の民意を否定していいのか。

鈴木氏の被選挙権を5年間奪うということは、鈴木氏に投票したいと願っている、鈴木氏を愛し、尊敬し、信頼する、北海道道民の選挙権を同時に奪うことになる。

日本は、国民に主権があるのではないのか。北海道道民に主権はないとでも言うのか!

鈴木氏の収監をけっして許さない。


ムネオを返せ!




以上転載終了・・・・・・・・・・・






posted by 秀さん at 06:13| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

ひとり酒場で・・・じゃない編

美空ひばりの歌の歌詞ではないですが、ひとり会社に残って雑用みたいな業務をしている秀さんでごわす。


今週は忙しい割にはブログ更新も滞りなく行い、超真面目人間に変身ですわ。

まぁ、このビール&その他の食材で膨らんだお腹が腹筋バリバリのお腹に変身してくれれば良いのですが、そうもいかないのが自己鍛錬出来ないぐ〜たらな秀さんの持ち味ですわ。

ひと昔前はスポーツジムで早朝からプールで泳ぎ、全身を鍛えるための器具などを購入して毎日トレーニングを行い、それなりの体型をキープしていたのですが・・・


あ〜た、それがですねぇ


ベトナムに住むようになってからはすっかりゆるゆるの生活が身についてしまい、ニッチもサッチも、どうにもブルドッグ 体型でごわす。



何のこっちゃい! 



と言われる方はネットでフォーリーブスなんて今はすっかり中年おっさんになったグループを検索してたもれ!



ひとり事務所のベランダから道路はさんだ向かいの家々を眺めていますと

その家の家族の団らんの場面が見えたりします。


家の中に共にいる一族、だから家族っていうのかしら?


ベトナム人は日本人のように、家族をほったらかして夜遅くまで仕事や遊びをするよりは家族団らんを大切にする男性が多いような気がします。


まぁ、奥様、家内、妻、嫁、連れ、山の神、般若、夜叉、鬼ばばぁ〜、永遠の借金取りなど等・・・人によって様々な表現をされますが、要はおかあちゃんが怖いというのが一番の原因かもしれないですねぇ。

その割には、幼い子供はお手伝いさんに任せてお嫁さんは皆さん働きに出るはどうしてなのでしょうかねぇ?


日本では幼い頃の親子のスキンシップは子育てにおいて大変重要だと言われますね。

ベトナムの奥様方は日本人の奥様方に比べると子供とのスキンシップが少ないような気がするのですが、皆
さんどう思われますかぁ?

1台のバイクに赤ん坊の頃から家族と一緒に乗っているから、体のぬくもりが伝わり
目には見えない親子の絆フィーリングみたいなものが自然と伝達されるのでしょうかねぇ。


今年56歳、独り身になって時はめぐりめぐりて十数年、会社にひとり残り仕事をしているとふと、昔の思い出に浸りそうになる自分がいましたわ。

過ぎた時は逆戻り出来ないから、日々思い残すことのないように生きて行ければ良いのでしょうが・・・中々そうは出来ないのが秀さんのような凡人ですね。


また、明日と言う日がやって来ます。


やって来ないときは・・・そうご臨終ですがな。


だんだん人生も残り少なくなって来ました。


少しは今後の生き方を思考してしてみようか と考えてしまいした。



posted by 秀さん at 01:00| ハノイ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

ゴールデンロータスのサウナ編

時々利用するゴールデンロータスのマッサージですが、タイヴァンルーン通りに新しい店が出来たのは前から知っていたのですが本日初めて利用することに。


マッサージではなくてサウナが目的で行きましたぞぃ。
入り口で靴を担保にロッカーの鍵を渡され、恥ずかしげもなく脂肪で膨らんだお腹を突き出していざサウナへ直行。



入室してみると・・・




秀さんよりはふた回り大きなお腹を突き出した韓国人グループに遭遇、秀さんのビール腹が
何故か可愛らしくみえてしまいましたよ。へい



浴槽内は入り口から想像したよりは広かったですわ。
サウナルーム、スチームサウナ、少し熱めのお風呂、ぬるめのお風呂に冷水お風呂とひとおとりの設備は完備しておりました。

サウナに関しては室内温度は少し高めで秀さんの好む温度でしたわ。
室内は日本人からみても合格点で清潔です。

サウナルームでしっかり汗を流して、我慢に我慢を重ねて限界寸前でシャワーを浴び、冷水風呂に


ザブ〜ん 




と飛び込みはしませんで・・・・年寄りらしくよたよた、ぼてぼて と入りましたよ。



この熱さと冷たさの温度差が何とも言えず秀さんは好きです!




でも・・・・・





この世の女性人の温度差の激しさは ご勘弁願いたいですな、男性諸君!




さて、その後はサウナ、お風呂と交互に入り、久々にゆったりまったりとお風呂タイムを過ごしました。

やっぱ日本人ですもん、お風呂は最高! どす。

料金はサウナのみ利用は10ドルとベトナムでは決して安くはないですが、時には体をリフレッシュするには納得の価格ということにしておきましょう。


秀さんの体は お古〜 でも、お風呂〜 は新しい と言うことで、本日のサウナのお話は終了です。



では、賢者の皆様、明日もお元気で!



posted by 秀さん at 01:07| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

リビアについて編

我々日本人が思っているようにアメリカやヨーロッパの国々は、平等と自由をスローガンに
独裁国家から人々を解放するなんて高尚な理想で戦争をやっている訳ではありませんな。


要は・・・・国の利権(自国の利益)ですがな。

今回はフランスを中心としたNATO群がリビアの解放運動を後押しというか、もろ戦争兵器を
提供(この時点で開放運動ってなもんではなく内戦にNATOが参加した)、そして自らはリビア国内を空爆、アフリカの小さな国をひっくり返すのにあ〜た、NATO軍投入ですもん、無茶しますなぁ。


リビアはカダフィーの独裁で国民が貧困や拷問でリビア国民が北朝鮮のように困窮しているなんて欧米のプロパガンダを信じちゃいけませんぞぃ。

実際、リビアはその国民がアフリカの中でもっとも豊かで、教育制度も充実した国だったのですわ。
ただ、国の統治機構が独裁という体裁をとっていただけですわ。
まぁ、カダフィー一族が栄華を極めたことは間違いないですがね。


問題は、体制ではなく、その国の国民が豊かで幸せな生活を送れるかどうかが一番大切な事柄ではないでしょうか?・・・・



個人も国も・・・おのれの利益のために他人&他国を蹂躙してはいけません。


その国その国の歴史や文化風習に根ざしたその国独自の統治機構があって当たり前のことですわ。


自由平等の国アメリカや欧米の富の配分(バランス)をみれば表向きのスローガンと実態は大きく乖離しています。

数パーセントの富裕層がその国の富の大半を占め、一般国民の多くが困窮している国が果たしてよい国なのか我々日本人も考えなければいけませんねぇ。

欲が欲を生み、それを自由&平等の言葉でごまかし、結果的には1部の階層の者達が富を独占している資本主義も形は違いますがある意味欲ボケ主義者の独裁国家でしょう。



人間って何千年経っても欲という煩悩から解脱できない愚か者かも知れませんねぇ。


まぁ、そういう秀さんも煩悩はありますが・・・・



でもそれは、子煩悩・・・・ですよ。はい




まぁ、秀さんの能書きはこれくらいにして、転載記事をご覧下さいな。



これって? ベトナムのブログなの?

なんて野暮なことは言わないでね!



では、転載開始・・・・・・・・・・




転載その@

リビアの英雄カダフィ大佐がついに殺害されてしまった。かつてのアルカイーダのビンラディン、イラクのフセイン大統領などと同じように殺害されたようである。

ビ ンラディンが指揮したムジャヒディンは、そもそもオバマ大統領の後ろにいる、ブレジンスキーが支援したものである。アメリカがベトナム戦争で泥沼化させら れた借りを返すために、ソ連にアフガン問題で泥沼化させて、復讐をすることが目的であったという。
だから、ビンラディンやムジャヒディンの英雄オマル氏な どは、アメリカの手下であったわけである。
それが、いざ目的達成となるやいなや、今度は「アルカイーダ」という汚名を着せられて、今度は追い落としを掛け られて全員殺害されたわけである。

イラクのフセイン大統領の場合も全く同じである。
イラクーイラン戦争の時、イラクのフセインに大量の殺 人ガス兵器を買わせたのは、アメリカのラムズフェルトであった。それでイラン人をマスタードガス地獄に追いやったわけである。

だから、フセインはアメリカ の手下であった。ところが、イラン革命が起こるや、そしてフセインがクウェート侵攻するやいなや立場が逆転した。
ブッシュ家のお膝元の石油マネーのクウェートを手に入れたために今度はアメリカの全面攻撃を受けたわけである。
そして、911以降のアフガン戦争の後フセイン大統領は執拗な攻撃を受けた。
最後には絞首刑となった。


シナリオはかなり違うが、リビアのカダフィ大佐は、

王族が欧米の言いなりで、奴隷国家だったリビアを自国の 石油は自国民のものと無血革命で石油利権をリビア人のものにした。
その途端にテロ国家という汚名を着せられた。
それでも普通の国家以上に国は豊かになり、 平和的なグリーン革命を目指していた。

ところが、カダフィ大佐が金融市場に口出しした途端、立場が逆転。非民主化の独裁者となり、結局今回殺害された。


まあ、今の日本も韓国も中国でもどこでもそうだが、国の指導者が国民のために何かを行うと、いきなり悪者扱いされて殺害されてしまうのである。日本の中川昭一氏もそうであった。


いったいこの世界に正義はあるのか?
神様はいるのか?
まさにそういうレベルの出来事である。

国の指導者は国民に選ばれたわけだから、国民のためになることをするのは当たり前である。
王様、王族、貴族、政治家など何でもそうだろう。しかし、そうすることで、欧米の利害と対立した途端、テロリスト扱いされてしまうのである。困ったことである。




転載そのA



主権国家に対する侵略的攻撃を加えることで、NATOはカダフィ殺害に成功した。NATOが許された行動は、一般市民の保護だが、当初からそれは無視されひたすらカダフィ打倒にむけてその軍事力が使用された。

欧米のシオニストらの狙いは、リビアの石油だけでなく、カダフィのアフリカ共通通貨計画を阻止すること、リビアの地下にある水資源を強奪することもあったと指摘されている。

 このようにみると、カダフィの運命はかなり以前から決まっていたのかもしれない。相変わらずこの世界が「力」は正義なり、の世界であることを示した例である。しかしそれを実行する者たち、そのようにさせた者たちの運命は、悲惨なものになることが予想されるといえるだろう。

 しかも彼らの思惑も、今後のギリシャから始まるヨーロッパそしてアメリカの経済・金融の混乱の増大で、結局は彼らの願い通りには運ばず、挫折していくことが目に見えていると言えよう。

 北アフリカの水資源を奪ったとしても、自分たちの足元からその水資源が失われていくようになるだろう。そしてリビアのカダフィを葬ったことに何らの意味もなかったことを知ることになるだろう。すべてが空しかったことを知るようになるだろう。


2.今、カダフィー殺害の意味とは

 リビアの反政府運動を闇支援しているのは、世界的寡頭勢力が戦後、結成したNATO軍であることは広く知られています。このリビア紛争は民主化運動でもなんでもなく、その実態はアフリカ随一の産油国・リビアの石油利権争奪戦であることも、よく知られています。リビアに石油がなかったら、こんな事件は起きていません。

 戦後、米国のオクシデンタル石油(非RF系)が開発したリビア油田を革命によって、1969年、カダフィーが奪取、国有化し、その後、カダフィーがその石油利権を40年以上も手中にしていたわけです。今回、カダフィーの殺害によって、今後再び、リビア石油利権の争奪戦が起こるわけです。

 これまでの動きから、本ブログでは、リビア反政府軍支援のNATO軍を動かしているのは、どうも米国戦争屋CIAではなく、アンチ戦争屋の欧州寡頭勢力(米オバマ政権の闇支援者)ではないかとにらんでいました。



3.カダフィーはなぜ、40年以上も産油国・リビアの独裁者であることを許されたのか

 今回のカダフィーの殺され方から見て、もし、米戦争屋CIAがカダフィーをフセイン同様に始末しようと思えば、とっくの昔に消されていたはずです。それが、消されなかったのは、カダフィーは闇で、米戦争屋と取引きしていたからです。その証拠はすでにウィキリークスで暴露されています

 石油利権で生きる米戦争屋は石油さえ確保できれば、中東産油国が独裁国家であろうと民主国家であろうとどうでもよいのです。

 彼らのその発想から、産油国・リビアのカダフィーは日本を私物化する米戦争屋に飼い慣らされた“お敵さま”のひとりだったのです、その位置づけは北の将軍様と同じです。

  しかしながら、カダフィーは日本の悪徳ペンタゴン日本人と違って、対・米戦争屋面従腹背の独裁者であったことは間違いありません。悪徳ペンタゴン日本人が 米戦争屋の忠犬ポチとすれば、カダフィーはサーカスのライオンであり、いつ飼い主に襲いかかるか知れない危険人物であったことも確かです。

 彼は昔、日本人は原爆を落とされたのに、なぜ、米国と仲良くしているのかと、9.11事件時のオサマ・ビンラディンと同じつぶやきをしていますから、米戦争屋の正体を知り抜いています。

 ところで、今年8月末、カダフィー邸宅を占拠した反政府軍が、彼の寝室から大量のゴンドリーザ・ライス元米国務長官の写真を発見しています(注4)。ライス氏は、元シェブロン(RF系石油会社)取締役ですが、産経新聞・古森氏の情報によれば、2008年、ブッシュ政権時代、当時のライス国務長官がリビアを訪問し、リビアへの兵器輸出と引き換えに、エクソン・モービル(RF系)のリビア油田開発利権獲得を成功させたそうです。

 カダフィーは個人的にライスを気に入り、それがため、ライスの背後に控える米戦争屋をリビアに入れることを認めたわけです。当時、反米主義者と思われていたカダフィーの親米化豹変に関して筆者は怪訝に思っていました。当時、筆者は、イラク・フセインが2006年に米戦争屋に処刑されたのを観て、カダフィーは米戦争屋を敵に回すと殺されると恐れたのではないかとにらんでいました。



4.米国戦争屋にはカダフィーを消す理由がない

 上記の背景を知ると、今回、カダフィーを消して得をするのは米戦争屋ではないということになります。

 リビアのみならず現在、中東で起きている紛争を観察すると、全体的に、米戦争屋にとって不利な動きです。さらに、オバマ大統領は10月22日、米軍をイラクから全面撤退させると発表しています。このタイミングは、カダフィー殺害直後です。

 米軍を私有化してきた米戦争屋にとって、そのペットであったカダフィーを殺されたのに、イラクから撤退することは本来なら到底、受け入れられません。にもかかわらず、オバマは米軍イラク撤退を言明したのです。

 上記、オバマの声明から、オバマを闇支援する欧州寡頭勢力が、カダフィー殺害によって、中東石油利権の主導権を米戦争屋から奪取したことがわかります。

 アンチ戦争屋のオバマ政権内における隠れ戦争屋エージェントであったヒラリー・クリントン国務長官は10月18日、リビアを電撃訪問していましたが、このとき、リビアの反政府軍幹部と会談しています。この動きから、米戦争屋はすでに中東における欧州寡頭勢力との利権争いに敗北したことを認めているとみなせます。



5.米国戦争屋に残されたラスト・リゾートは日韓のみか

 21世紀初頭、ブッシュ戦争屋政権誕生以降、米戦争屋は中東石油利権の完全支配を目指して、9.11事件をトリガーにしてアフガン、イラクに侵攻し、さらにイランを攻略する長期計画を持っていましたが、2009年にアンチ戦争屋・オバマ政権誕生後、欧州寡頭勢力によってイラン戦争実行を断固、阻止されてきました。米戦争屋のイラン戦争シナリオ失敗のキッカケは以下です、すなわち、2010年8月21日、 イランはブシェール原発に核燃料搬入を行いましたが、このタイミングは米戦争屋(主にネオコン)にとって、イラン先制攻撃の絶好のチャンスだったのです。 ところが、オバマ政権はこれを容認しませんでした。この瞬間、米戦争屋はイラン戦争シナリオを実行する最後のチャンスを失ったのです(注6)。

 それ以降、米戦争屋は中東戦略の後退を余儀なくされ、遂にイラクから完全撤退に追い込まれたのです。そしてカダフィー殺害が最後のとどめを刺しました。

 そこで、窮鼠猫を噛む窮地の米戦争屋にとって、最後に残ったラスト・リゾートこそ、極東の日韓両国なのです。だからFTAだのTPPだのと勝手に騒いでいるということです。

 一方、中東を奪い返した欧州寡頭勢力は、米戦争屋が日韓属国利権死守に走るのを黙認するでしょう。そうなると、米戦争屋による対日介入が今後、一層激化する可能性が高まりました。

 アンチ戦争屋であった小沢・鳩山政権崩壊を許した日本国民は覚悟する必要があります。



以上転載終了・・・・・・・・・・・・・




posted by 秀さん at 09:48| ハノイ 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

床屋さんは大忙し編

久しぶりに散髪しましたわ。

ここ半年は会社のスタッフやら愚息の嫁にどこか良い床屋さんはないかと聞いて、
数軒連れて行ってもらったのですが、どこも半分美容院見たいな感じでカットするお兄ちゃんも
どこかオカマぽっくて落ち着かず値段もそれなりに高いので、本日は以前の事務所近くのローカル床屋さんにカンバックしましたわ。


日曜日のせいか大入り満員状態で30分ほど待たされました。



お客さんがひっきりなしなのに。





散発 とはこれ如何に? ・・・・



また脱線しそうなので気を取り直して話は続きます、ます。


次から次へと若いお兄ちゃんが来店して順番待ちの人は6人になりました。
結構ベトナムの男性もまめに散髪はしている感じですね。
そう言えばベトナムではあまり長い髪の男性は見ないですねぇ。

さて、秀さんの順番が来たのでカット、髭剃り、顔パック、白髪染め、耳掃除、シャンプーしてもらってトータル15万ドンでした。

今は円高ですので600円弱と大変リーズナブル価格です。
無論エアコンなんてシャレた文明の利器はございませんで、羽根が裸でむき出しの扇風機さんが忙しく回っておりやした。




散髪のあとはヒムラムのゴルフ練習場に行って玉を 三発 
だけ打ったのですが、


カット ばして飛んで行ったボールは 床屋へやら? ・・・


見事! 川に落ちて、シャンプ〜 ん!




とついつい書いてしまう自分が無性に悲しい・・・。



この悪い癖は一生直らないような気がしておりやす。
賢者の皆様、どうかお許しくだされ!


実際は200球ほど打って、今日は何かスイングのコツをつかんだような気がして本日はとても結構気分が良いのでごわす。


最後はレッスンが終わった愚息と二人でレタントンの花水木さんで刺身をつまみに軽くビールを2本ほど飲んで帰宅いたしやした。
愚息の嫁は田舎で結婚式ということで、久しぶりに親子2人で食事をしましたわ。


本日のスイング、少し何かを会得したフィーリングでブログ投稿1000話達成とは別に年内ゴルフスコア100切りを絶対に達成すると誓いを立てましたよ。



成せばなる成さねばならぬ何ごとも!

をモットーに年末まで奮闘努力を誓う秀さんでごわす。




しかし・・・・






もし出来なかったら・・・






うむ〜・・・





ま、来年また頑張ればヨロシ・・・・




というイージーさが持ち味の秀さんですわ。




ここはベトナム、ま〜たり と行きましょう!




では、本日はこの辺で、






posted by 秀さん at 00:15| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

年内に1000を目指して編

ブログの管理画面を見たらアホなブログを書き続けて972話にもなっていましたわ。

自分でも何の役に立たないアホ話をよくもここまで書き続けてきたもんだと へい、
心底呆れておりやす。

これもひとえにこんなアホな記事でも読んで下さる方々がおられるから続けられたのだと思います。
改めて賢者の皆さまに心より感謝申し上げます。

本日は10月21日ですので今年ものこす所あと70日ですね。この際だから年内1000話達成を目指そうかと思っておりますぞぃ。

今年はブログ更新もサボり気味でした。


色々な意味で忙しい年でしたので・・・



と言い訳をするのは簡単ですが、言い訳するのは男としてみっともないのでしません!
要はサボっていただけですな。へい、スミマセン。

愚息も結婚し新しい家族が増えたので、必然的に夜、パソコンに一人向かい、アホな頭であれこれブログネタを考えるよりは愚息夫婦と四方山話をしている方が楽しいというのも投稿回数の減少の理由のひとつにあるかも知れませんねぇ。


年末までの約2ヶ月少々、1000話達成まで少し頑張ってみようかと思っておりますばい。
残り70日で27話ですので2日に1回程度更新すれば良いだけですわ。

簡単じゃぃ! とお思いでしょうが、それが中々どうして最近はメチャ忙しい寿司屋さんと同じで、

どうも、スミマセンねぇ、 お客さん もうネタ切れですわ ってな感じですので

日々家と会社の行き帰りばかりで最近はあまり出かけないない生活行動を少し変えて
改めてホーチミン市内各地に散策にでも出かけようかと思います。


そうすれば

飛行機のチケットを失くした人と同じで・・・・




新たな 発見 があるかもね!



あ〜・・・こんな程度の語呂合わせしているようじゃ、やっぱ、ダメじゃ こりゃ!


でも、1000話達成出来るよう頑張ります! へい



posted by 秀さん at 01:55| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

時はばたばたと過ぎてゆく編

なんとなく・・・柄にもなく小説の書き出しみたいなタイトルつけてしまいましたがな〜。


何故かと言いますと、日本はそう、季節は 秋 ですね。


春に次いで秀さんが好きな季節でもあります。ただし、日本の秋ですぞぃ!
ベトナムでは日本のような繊細な季節感は存在しないというか、特に大都会ホーチミンでは日々の喧騒にこころが落ち着く暇もないほどですね。

この前、テトですねぇ〜 なんてほざいていたらもう10月も下旬ですわ。


時の過ぎ行くままにこの身を任せ〜♪ と今は立派なおっさんになってしまった沢田研二の歌ではありませんが、ぐ〜たらな秀さんにピッタリの歌詞ですわ。

ひと昔前なら考えられないくらい本当に小さな小さな仕事を日々細々と積み重ねながらささやかな生活の糧を得て小市民的な生活をして日々過ごしておりやす。
幸い愚息ともまたその嫁とも、またまた会社のスタッフや関係する皆さんとも仲良くさせて頂いておりまして、感謝しなければいけないですね。


で? 何に? って聞かれますか?



へい、生きていることに感謝ですわ。はい。



こんなことを言う秀さんでも悩みがないと言えばウソになりますが、過去の様々な経験がこう申しております。 

「1年も2年も続く悩みなんてありゃしません!」・・・っと。


若い人には 恋の悩みもあるでしょうねぇ。
おっさんを通り過ぎ、もうじき爺様の世界へ突入する秀さんにとってはあまり関係ない話のようです。へい。

まぁ、新潟県は山古志村の爺様たちは、恋 じゃない 鯉の出来不出来に悩んでいるかもしれませんな。


話は更に脱線しますが・・・
錦鯉と金魚はその鮮やかな色合いは似ていますが、金魚は本来は鮒(フナ)を長い間に品種改良したもので鯉とは違うようです。
まぁ、ひげがあるかないかと違いと言えばそれまでですが。

かわいそうに・・・金魚さんは、秀さんのように自らブクブクの肥満なった訳ではなく、人間お手手で人工的に肥満にされた可哀想ななお魚さんでごわす。

金魚は野生のフナよりも、長い間人間に餌を 与えられてきただけあって、自分で繁殖したり餌を探したりする能力がすっかり退化しているので自然の川に放流したところでまず自分で餌を探す事が 出来ず、殆どが死んでしまうとある記事に書いてありました。


結局人間が作り出した金魚は、人間の 手助けがないと生き残れないということですが、
人間も同じように、人の手助けがないと生きていけませんねぇ。


そう考えると・・・人間様と金魚さんは似ているかも?


そうであるなら、お互いに仲良くしなければ!


これを、昔の中国人はこのような言葉で表しました。



人間、何ごとも、金魚付き合いが大切だよ! と・・・・



へい、スミマセン、最後はいつものように臭い親父ダジャレとなってしまいました。


それでは賢者の皆さま、良い週末をお過ごし下さいまし〜。


本日はこの辺で・・・








posted by 秀さん at 02:49| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

権威じゃないんだよね編


100%転載記事ですが・・・

日本人の職人さんの心意気を感じさせる記事です。

この記事には元気をもらいました。


以下転載開始・・・・・・・・・・

《大発明》平松式発電機は原発を減らせる可能性があるコロンブスの卵だ!

元大工の平松さんが自転車のライト用発電機のスイッチを入れて走るとかなり重いので、軽くするにはどうしたらいいのかと廃材の自転車の発電機を分解し考えていたときに、今までにない新しい発電機の構造を思いついた。

それが平松式発電機だ。

発電機とは、 「機械的入力(発電機の軸に伝わる力)−損失(摩擦・コギングトルク・鉄損+銅損)=電気的出力(電力)」となり、発電機を回すと重く感じる現象をコギングトルクという抵抗(損失)が常識のように問題が存在していた。

(機械的入力)=(電気的出力)・・・ 回転数は変わらず。
(機械的入力) > (電気的出力)・・・回転数は増加し、周波数が上昇。
(機械的入力) < (電気的出力)・・・発電機の回転数は減少し、周波数が下降。

発電機内部の磁石と電磁石から離れる際の磁気吸着力が抵抗を発生させ、「カク・カク」と引っかかるように回転する現象です。
そのロスを膨大に減少させたのがこの新しい発電機だ。

発電機の考察中に、二つの発電機を並べてみたら重くて回らないが、少し磁石の位置をずらしてみたらどうだろうと言うことでテストしてみると、少し回転抵抗が軽くなることを発見した。

試作を繰り返していると昔馴染みの職人仲間が協力を申し出てきました。
大工の平松さんの他に、電気整備職人や金属加工職人など。

ソフトバンクの孫社長が原発事故後に原発反対の会見をしたときに世界中の優秀な学者から意見を求めると言っていましたが、私がこのブログで日本の電 気関係だけではない、町の優秀な職人さんから意見を貰った方が面白い結果が出てくると提言しましたが、平松式発電機はその良い例になるでしょう。

専門分野だけだと頭が凝り固まってしまい、地位やプライドと金儲けと娯楽がエンジニアとしての能力を曇らせてしまっている場合が多い。

電気関係とは、電子から弱電や低圧へ更に高圧、制御からコンピューターとプログラム、医学から宇宙関係の果てまで分野が広く、人の一生では全てを羅網する事は出来ない。
その為、自分の知らないことを他人が知っているのは当り前で、常に学ぶ姿勢が重要だ。

電気関係では、プライドほど役に立たない物は無いですからねw

平松式発電機を4連に進化させて、1連ごとに永久磁石の位置を微妙にずらしてロスを大幅に減少させ、手回し発電機の改良が一気に進んだ。

その結果、従来の発電機の抵抗が7分の1にまで抑えられました。
本当に凄い!!

極端に言えば、発電機というのは重い回転軸をいかにして簡単に動かすかという技術の結晶だと考えられるでしょう。
これだと今までの風車が7分の1の風で回るようになるために、日本で風車の設置場所の選定に大きな影響が出て来そうです。

羽根の重い風車などを動かす場合などは、動かし始めの部分でかなりの力が必要です。
コギングトルクと車軸の摩擦力や羽根の空気抵抗の力とつり合うように力を加え続けている状態から、最初の風の力で少しだけでも動き始めれば、ニュートンの慣性の法則により一定のエネルギーにより回転を続けられるようになります。

しかし、大手機械メーカーや自動車メーカーの7社と工学部のある大学7校に自慢の発明を持ちこんだところ、誰ひとり元大工の話を馬鹿にしているのか まともに聞こうとはせず、最後に京都大学の超伝導の世界をリードする回転機のスペシャリストこと中村武恒准教授がコギングトルクの減少させる発明に興味を 示した。

手回しの発電機を回すと回転の軽い発電機に驚き、念のため国内外の特許を調べたが平松氏が考案した発電機は存在しなかった。
さらに、コンピューターシュミレーションによって調査したところ、発電機に特有のコギングトルクのロスを最小限に抑え、発電効率は8%以上向上させる夢の発電機だったことが証明された。

発電効率を1%上がると、100万kwクラスの原子力発電所が、1基不要になるほどの省エネ効果がある。

例えると、原発の一基100万Kw、大型火力発電所の一基100万Kwや東北電力の東京電力から100万kWを融通送電など。

この発電方式を進化させると、1000万キロワットの発電が高効率で多く発電できるので、現在ある日本の発電設備で常時稼働する原発10基分が停止出来るようになります。

中村准教授が平松氏の発明を学会に発表すると、国内外の企業や大学からオファーが殺到し、様々な分野からその高い実用性が期待されています。

平松氏の発案した発電機の実証実験で、平松氏自身が立ち会いのもと、手回し式(変速機)の発電機で400Wのエアコンを動かす事に見事成功しました!

オシロスコープで波形を観測すると、綺麗な山形の波形を表示していて、コギングトルクのロスのギザギザの波形とは全く違います。

元大工だから電気関係は素人だろ!という偏見こそ問題で、専門分野に特化するほど先人の学問や論文で知識を深めるベクトルが強くなるので、コロンブスの卵から離れていく可能性が高いと私は考える。

平松式発電機の基礎が出来たので、これからは最先端の研究機関で発電所用や風車用などの発電機を新たに設計すると、本当に脱原発の時代が追いついてくる可能性がある。

個人的に、ニコラ・テスラに匹敵する大発明ではないかと思っているが、これから社会に実際にどのように使われていくのか楽しみです。



以上転載終了・・・・・・・・・・・・


posted by 秀さん at 08:14| ハノイ 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

愚息よあっぱれ!とは言えない編

立て込んだ仕事で外出していまして、

帰社したら「愚息がバイクで事故」と・・・事務員さんが電話を受け、一瞬青ざめた秀さんでごわす。

雨が降っているのにバイクを転がして転倒したのかと・・・あれこれ頭の中で逡巡していた秀さんにもたらせた第2報は、軽いかすり傷程度と言うことなのでまずは胸をなでおろしたのでありやす。

その後、会社の事務所に現れた愚息・・・


本日ある案件で秀さんの仕事を手伝ってもらっていた愚息の嫁、そしていつもの事務員さん2名が会社のエンタランスに駆け寄り、何事もなかったような顔で表れた愚息を取り囲む。

2階のベランダから様子を見ていた秀さんにもたらせされた話の詳細に、逆に秀さんが青くなり申した。


マッサージに行った帰りに、嫁から電話があり、掛け直そうと電話を取り出した愚息(生意気にiPhone4ですがな、秀さんは3千円程度の安物の携帯)に2人組の兄ちゃんがそのiPhoneを後ろからひったくったのだそうです。


こらぁ〜! 待たんかいと追いかけたと愚息・・・・

その後の話は秀さんの耳を疑わせるような展開でしたわ。


それが何と! 1時間に渡って賊を追いかけて、追い着き、後部座席の兄ちゃんの腕を捕まえ、引きずり倒したと言うではありませんか。無論、自分のバイクも賊のバイクも転倒したそうな。
よくかすり傷程度で済んだもんですわ。お〜怖っ!

転倒した賊の兄ちゃんからiPhoneを取り返したと平気な顔をしてのたまう愚息。

賊はそのまま走り去るに任せたとのことでしたが、今、ベトナムではだんだんテトも近づいており、引ったくりやナイフで脅し数人でバイクを取り囲んでバイクごと強奪する凶悪な事件が急増しているとの話を聞いたばかりの秀さん、愚息よ! よくやったのぅ〜 とは決して言えない気分でござった。

幾ら高価な携帯とは言え、1時間も追いかけて自分も転倒覚悟で賊を引きずり倒して取り返す
その行為に、たかが携帯ぐらいで無茶すんなよな! と説教した秀さんでごわす。

その正義感と根性は認めるが・・・そんな連中は何するか分からん人種ですがな。

幸い軽いかすり傷程度で済んだから良いようなものの・・・もし仲間でも呼ばれて袋叩きにでもあったら・・・と考えると親としてはぞっとしますがな。
愚息の嫁も淡々と話す愚息とは違い、恐ろしさに鳥肌がたっておりましたわ。

もう結婚もして、無茶する歳でもあるまいに・・・・と苦言を呈す秀さんの話もうつつに2人して家に帰って行きましたわ。


ベトナムでは貧富の差の激しさからか、高価なバイクを狙った強盗一味や高級携帯電話引ったくり事件や深夜女性を狙った金品強奪事件が後を絶ちません。
無論、警察が何をしてくれる訳ではありゃしませんので、みな泣き寝入りするしかないのが実情です。

君子危うきに近づかず ではありませんが、iPhone程度で自分の身の危険を犯すことはありません。
そんなもん! くれてやるわぃ! と言って罵声する程度でヨロシ。


と言う・・・秀さんも思い起こせば4年前同じように携帯電話を取られ、くそぅ〜 待たんかい! とバイクで追いかけ・・・

気がついたらチョーライ病院というお話

http://vn-hochiminh.seesaa.net/article/66937225.html

があるので人のことは言えませんが・・・


これからテト前までこんな事件が多発しますので賢者の皆さん、どうか日頃から携帯やカメラ、財布などは人の目につかないようにして気をつけて下さいな。





posted by 秀さん at 06:55| ハノイ | Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナムぼやき編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月16日

第27回品友会終了報告編

お蔭様で無事終了したしました。

今回は料理の量が多くて食べ切れない方もおられたのではないかと思います。

たらふく食べて飲んでお一人38万ドンでした。品(貧)友会ならではの低料金ですね。


これも一重にメンバーの皆様のお陰と・・・・・


いや間違い、秀さん! いつになったら通常料金に出来るの? と言われないように日ごろから秀さんが花水木さんをご贔屓にして満面の笑顔を絶やさず愛嬌を振りまいて媚を売っているからでありやす。

お〜い! 勘定を気にせずに何でも持って来なさい! と言える身分に早くなりたいものですな。へい


今回は2名の初参加の方と日本から久しぶりに寅さんが参加されまして楽しい時間を過ごすことが出来ました。ご参加された皆様、どうも有難うございました。


次回はいつものように第2土曜日(11月12日)に開催です。この日すこぶる縁起の良い日だとべ言われます。


何でってか?


へい、いいひに(1112)なる・・・って単なる日本語の語呂合わせですがな、深く追求しないで下さいまし〜。ほい


また、皆さま来月の品友会でお会いしましょう。それまで、穏やかなベトナムライフを過ごされることを不肖、秀さんお祈りしておりやす。


本日はこの辺で・・・


以上、ご参加された方へのお礼まで


posted by 秀さん at 13:20| ハノイ | Comment(6) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

貧困者が4620万人ってどうよ!編

アメリカのウォールストリートで若者達によるデモが行われておりますねぇ。
今日10月15日も世界規模でデモが開催されるらしい。

デモの発生要因は貧富の格差があまりにも大きいことです。

日本も同じように貧富の格差が増大していますが、日本人の場合は怒りや憤りをデモという形で表現することは少ないですね。
まぁ、おとなしい民族ですもんね。それが良いのかどうかは分かりませんが・・・。

米国では、家族4人で年収2万2314ドル(171万円)以下、または単身で1万1139ドル(約85万円)以下の層を貧困層と定義しています。
アメリカの国勢調査結果によると、貧困者の総数が4620万人とのこと。こりゃ、フードスタンプの受給者が増大するはずですね。


いやはや、おどろ木、桃の木、マンゴの木ですわ。


ひと昔前のアメリカは夢と希望に溢れた国だといわれた時期もありました。秀さんが若い時はアメリカに憧れたもんですわ。

何度もアメリカに行ったことがありますが、表の華やかさの裏には貧困者が多く暮らすメチャ治安の悪い地区も多くありまして、車を止めずに走り去りなさい と忠告されたもんですわ。


貧困=治安の悪化 という図式が即成り立つアメリカという国、言い換えるならば、人々が助け合って生きる相互扶助精神のない国は人々に精神的な荒廃をもたらします。
アメリカの歴史を紐解くと、先住民であるインディアン達への虐殺、強奪の連続であります。

強い者が弱い者を徹底的に排除する資本主義、また、世の中弱肉強食が当たり前だ! という精神性が多くの人々を不安と恐怖に誘っています。
今の日本もそういう国になるつつあります。今現在、秀さんが住んでいる国、ベトナムも都市部に限れば同じようになって来ております。


何故にそうなるのでしょうか?

お金=物欲 に人々の心が支配された結果でしょうねぇ。

人類はお金というものが発生するはるか以前より生存しており日々の生活を営んでいました。

村落共同体が破壊され、大家族主義も破壊され、人間一人ひとりがが孤立させられている現状では、頼りになるのは自分ひとり、誰も助けてはくれない孤独の中ではお金というものが唯一の拠り所になるのかも知れません。

悲しいことですが・・・・これが現実なのでしょう。


何度も言いますが、どうせ人間死ぬときは裸です。生まれた時と同じように何も持たずにあの世へと旅立っていかなければなりません。

世の中のお金持ちの年寄り達よ、 そのお金を若い人たちのために使いなさい! と言いたいですね。

同じ人間として生まれて来た者同士、同じ地球という惑星に住む者同士、何故に助け合って生きていけないのか? とアホが悲しい現実に憤り、一人寝言を言っております。


本日は、品友会の開催日です。

心に空いた隙間を埋められるような楽しい会となれば本望ですが・・・
更に空しくなる親父ダジャレをかますくらいしかアホな秀さんには出来ませんが、
ま、 楽しくやりまひょ!


では、本日はこれにて ご免クサイ です。


posted by 秀さん at 11:08| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

小沢氏の罪状認否・意見陳述全文をお届けします編

転載のみですわ。

何も言うことなし! 頑張って欲しいですね、この国を立て直すためにも。

小沢氏よ! 不当な国家権力行使に負けるな。



以下転載開始・・・・・・・・・・・・・


今、指定弁護士が話されたような事実はありません。
裁判長のお許しをいただき、ただいまの指定弁護士の主張に対し、私の主張を申し上げます。
指定弁護士の主張は、検察の不当・違法な捜査で得られた供述調書を唯一の根拠にした
検察審査会の誤った判断に基づくに過ぎず、この裁判は直ちに打ち切るべきです。

百歩譲って裁判を続けるにしても私が罪に問われる理由はまったくありません。
なぜなら、本件では間違った記載をした事実はなく、
政治資金規正法の言う虚偽記載には当たりませんし、
ましてや私が虚偽記載について共謀したことは断じてないからです。

また本件の捜査段階における検察の対応は、
主権者である国民から何の負託も受けていない一捜査機関が、
特定の意図により国家権力を乱用し、議会制民主主義を踏みにじったという意味において、
日本憲政史上の一大汚点として後世に残るものであります。

以下にその理由を申し上げます。
そもそも政治資金規正法は、収支報告書に間違いがあったり、不適切な記載があった場合、
みずから発見したものであれ、マスコミ、他党など第三者から指摘されたものであれ、
その政治団体の会計責任者が総務省あるいは都道府県選管に
自主申告して収支報告書を訂正することが大原則であります。

贈収賄、脱税、横領など実質的犯罪を伴わないものについて、
検察や警察が報告の間違いや不適切な記載を理由に捜査すると、
議会制民主主義を担保する自由な政治活動を阻害する可能性があり、
ひいては国民の主権を侵害するおそれがある。

だからこそ政治資金規正法が制定されて以来、
何百件、何千件と数え切れないほどの報告間違いや不適切な記載があっても
実質的犯罪を伴わないものは検察の言う単純な虚偽記載も含めて例外なく、
すべて収支報告書を訂正することで処理されてきました。
陸山会の事件が立件されたあとも、今もそのような処理で済まされています。
それにも関わらず唯一私と私の資金管理団体、政治団体、政党支部だけが
おととし3月以来1年余りにわたり、
実質的犯罪を犯したという証拠は何もないのに
東京地検特捜部によって強制捜査を受けたのであります。

もちろん、私は収賄、脱税、背任、横領などの実質的犯罪はまったく行っていません。
なぜ私のケースだけが単純な虚偽記載の疑いで何の説明もなく、
突然現行法の精神と原則を無視して強制捜査を受けなければならないのか。
これではとうてい公正で厳正な法の執行とは言えません。
したがってこの事例においては、
少なくとも実質的犯罪はないと判明した時点で捜査を終結すべきだったと思います。
それなのに、おととし春の西松事件による強制捜査、
昨年初めの陸山会事件による強制捜査など、
延々と捜査を続けたのは、明らかに常軌を逸しています。

この捜査は
まさに検察という国家権力機関が
政治家・小沢一郎個人を標的に行ったものとしか考えようがありません。

私を政治的・社会的に抹殺するのが目的だったと推認できますが、
明確な犯罪事実、その根拠が何もないにもかかわらず、
特定の政治家を対象に強制捜査を行ったことは、明白な国家権力の乱用であり、
民主主義国家、法治国家では到底許されない暴力行為であります。

オランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、
近著「誰が小沢一郎を殺すのか?」で
「小沢一郎に対する強力かつ長期的なキャラクター・アサシネーション、『人物破壊』は、政治的に類を見ない」と言っています。

「人物破壊」とは、その人物の評価を徹底的に破壊することで、
表舞台から永久に抹殺する社会的暗殺であり、
生命を奪う殺人以上に残虐な暴力だと思います。

それ以上に、本件で特に許せないのは、国民から何も負託されていない検察・法務官僚が土足で議会制民主主義を踏みにじり、それを破壊し、公然と国民の主権を冒とく、侵害したことであります。

おととしの総選挙の直前に、証拠もないのに
検察当局は捜査・逮捕権という国家権力を乱用して、私を狙って強制捜査を開始したのであります。
衆議院総選挙は、国民がみずから主権を行使して、
直接、政権を選択することのできる唯一の機会にほかなりません。
とりわけ、2年前の総選挙は、各種世論調査でも
戦後半世紀ぶりの本格的な政権交代が十分に予想された特別なものでありました。
そのようなときに、総選挙の行方を左右しかねない権力の行使が許されるとするならば、
日本はもはや民主主義国家とは言えません。

議会制民主主義とは、
主権者である国民に選ばれた代表者たる政治家が自由な意思により、
その良心と良識に基づいて、国民の負託に応え、国民に奉仕する政治であります。

国家権力介入を恐れて、
常に官憲の鼻息をうかがわなければならない政治は、もはや民主主義ではありません。

日本は戦前、行政官僚、軍部官僚検察・警察官僚が結託し、
財界、マスコミを巻き込んで、国家権力を乱用し、政党政治を破壊しました。
その結果は、無謀な戦争への突入と悲惨な敗戦という悲劇でした。
昭和史の教訓を忘れて今のような権力の乱用を許すならば、
日本は必ず同様の過ちを繰り返すに違いありません。

東日本大震災からの復興はいまだに本格化できず、
東京電力福島第一原子力発電所の事故は安全な収束への目途すら立たず、
加えて欧米の金融・財政危機による世界恐慌の恐れが目前に迫ってきている時に、
これ以上政治の混迷が深まれば、
国民の不安と不満が遠からず爆発して偏狭なナショナリズムやテロリズムが台頭し、
社会の混乱は一層深まり、日本の将来は暗たんたるものになってしまいます。

そうした悲劇を回避するためには、
まず国家権力の乱用を止め、政党政治への国民の信頼を取り戻し、
真の民主主義、議会制民主主義を確立する以外に方法はありません。

まだ間に合う、私はそう思います。

裁判長はじめ裁判官の皆様の見識あるご判断をお願い申し上げ私の陳述を終えます。
ありがとうございました。


posted by 秀さん at 00:13| ハノイ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

スティーブ・ジョブズの感動スピーチ編

マックと言ってもハンバーガーではござらん。

マッキントッシュというパソコンを20歳の時に開発した創業者の一人、ステーヴ・ジョブズ氏がすい臓癌で死去しました。

秀さんの思い出としては、数十年前にまだウインドウズが今のように主流を占めることがなかった時代にアップル社のマッキントッシュパソコンとそのソフトを販売していました。

特にソフトに関しては日本では手に入らないソフトを世界中から探しましたよ。
当時としてはパソコンソフトの品揃えでは日本最大級の大型店舗を計画・準備していました。
延べ床面積4500uという大規模店舗が完成し、オープンした時には、不眠時間人生最大記録を更新していました。

体力的には許容範囲の限界を超えゾンビのようになっていましたわ。

それも、年老いた今となってはとても良い思い出になりました。


こら! お前のノスタルジー話はもういいわ! と言われますか?


へい、へい、やめましょう。



では、有名なスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業生に贈るメッセージ(人生で得た3つのストーリー) をお送りしましょう。


素晴らしいスピーチです。


惜しい人を亡くしました。



ではそのスピーチです。(翻訳版)・・・・・・・・・

ありがとう。今日は世界で最も優秀と言われる大学の卒業式に同席できて光栄です。

実は私は大学を出ていないので、これが私にとって最も大学の卒業に近い経験になります。
今日は私の人生から3つのストーリーを紹介します。それだけです。

大したことありません。たった3つ です。

ABOUT CONNECTING THE DOTS.

最初は、点と点をつなぐ話です。

私はリード大学を6ヶ月で退学しましたが、本当に辞めるまで18ヶ月ほど大学に居残って授業を聴講していました。ではなぜ辞めることになったか?

その理由は私が生まれる前に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の大学院生でしたので、彼女は私を養子に出すことを決めていたのです。

彼女は育ての親は大学 を出ているべきだと強く感じていたため、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることになっていました。
ところが、私が生まれる直前に、本当に欲しいのは女の子だと。

そういういきさつで、養子縁組を待っていた今の両親は夜中に「予想外に男の子が生まれたので欲しいですか?」という電話を受け たのです。

彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、生みの母親も後で知ったことですが、母親は大学を出ていない、父親は高校も出ていませんでした。
そこ で、生みの母親は養子縁組の書類へのサインを拒みましたが、何ヶ月か経って、今の両親が将来私を大学に行かせると約束してくれたので、気持ちが整理できたようです。

これが私の人生の出発点になったのです。

17年後、実際に大学に入りましたが、私はあまり深く考えずにスタンフォード並みに 学費の高いカレッジを選んでしまったので、労働者階級の親の収入のほどんどは大学の学費に使われていました。

半年もすると、私はそこに何の価値も見出せな くなっていたのです。

人生で何がやりたいのか私自身に考えがなかったですし、それを見つける手助けを大学がどうしてくれるか思いつきませんでした。

なのに 自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を使い果たしている。

だから退学を決めたのです。

それが全てうまく行く道だと信じて。もちろん当時はかなり怖 かったです。

ただ、いま振り返ると、これが人生で最良の決断だったのです。というのも、退学した時点で興味ない必修科目は受けなくてもよく、自分にとって 面白そうな授業に集中できたからです。

寮には自分の部屋もなく、夢を見れる状態ではありませんでした。
夜は友達の部屋の床に寝泊りさせ てもらってたし、食費のためにコーラ瓶を店に返して5セント集めしたり、日曜夜はハーレクリシュナ寺院のご飯を食べに7マイル歩きました。

これが私の楽し みでした。
こうした自分の興味と直感に従うだけの多くの体験があとになって値段がつけられない価値に変わったのです。

ひとつ具体的な話をしてみましょ う。

リード大学には、当時おそらく国内でも最高のカリグラフィ教育がありました。
見渡せばキャンパスにはポスターから戸棚に貼るラベ ルまで美しい手書きのカリグラフィばかりだったのです。

私は退学したのですから普通の授業はとる必要もないのでカリグラフィの授業を受けて手法を学ぶこと にしたのです。
私はそこでセリフやサンセリフの書体について習ったり文字と文字のスペースを変えていく概念についてつまり異なる文字のコンビネーション手 法など素晴らしいフォントの作り方を学問として学びました。

フォントは、美しく、歴史的にも、芸術的にも、科学で把握できないほどの緻密さでしたのでそれは私にとって魅力的な発見となったのです。

フォントは、人生の役立つという期待すらありませんでした。
しかし、それから10年経って 最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する時にその知識が役に立ち、マックの設計に組み込むことにしました。

こうして初めて美しいフォントを持つコ ンピュータが誕生したのです。
もし私が大学であのコースを寄り道していなかったら、マックには複数の書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、 ウィンドウズはマックの単なるマネに過ぎないのでこうしたパソコンがいま世界に存在しないかもしれません。

もし私が大学を退学していなかったら、あのカリ グラフィの授業に寄り道することはなかったしパソコンには素晴らしいフォント機能がないかもしれない。
もちろん大学にいた頃の私には、未来を見据えて点と 点をつなげることはできませんでした。

しかし10年後に振り返えると、とてもハッキリ見えることなんです。

もう一度言います。

未 来に先回りして点と点をつなげることはできない。
君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。
だから点と点がいつか何らかのかたちでつな がると信じなければならない。
自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。
歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自 信を持って思うままに生きることができます。
たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。



ABOUT LOVE AND LOSS.

2つ目は、愛と敗北についての話です。

自 分が何をしたいのか人生の早い段階で見つけることができたことは幸運でした。

実家の車庫でウォズとアップルを創業したのは、私が20歳の時でした。
私たち は仕事に没頭し、10年間でアップルはたった2人の会社から4千人以上の従業員を抱える20億ドル企業に成長しました。

私たちは最高傑作であるマッキン トッシュを発表しましたが、そのたった1年後、30歳になってすぐに、私は会社をクビになってしまいました。

自分が始めた会社を首になるなんて不思議です が、こういうことなんです。

アップルの成長にともなって、私は一緒に経営できる有能な人間を雇い最初の1年はうまくいっていました。
しかし、やがて将来ビ ジョンについて意見が分かれ、仲たがいに終わったのです。

取締役会は彼に味方し、私は30歳にして会社を去りました。

まさに社会的に追放された感じでし た。私の人生のすべてを注ぎこむものが消え去ったわけで、それは心をズタズタにされた状態になりました。

数ヶ月は本当にどうしたらいい のか分かりませんでした。
自分が前世代の起業家の実績に傷をつけてしまい、手渡されたリレーのバトンを落としたように感じました。

私はデイヴィッド・パッ カードとボブ・ノイスに会いひどい状態にしてしまったことをお詫びしようとしました。
まさに社会的脱落者となりシリコンヴァレーから逃げ出そうと考えたほ どです。

しかし自分がやってきたことをまだ愛していることに少しづつ気づきました。

アップルの退任劇があってもは私の気持ちは全く変わらなかったのです。

私は会社で否定されても、私はまだ好きだったのです。
だからもう一度やり直すことに決めたのです。

その時は分からなかったのですが、や がてアップルをクビになったことは、自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。
成功者の重圧が消え、再び初心者の気軽さが戻って きたのです。

あらゆるものに確信はもてなくなりましたが。おかげで、私の人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです。

その後の 5年間に、私はネクストという会社とピクサーという会社を設立しましたし、妻となった素敵な女性と恋に落ちました。

ピクサーは世界初のコンピュータによる アニメーション映画「トイ・ストーリー」を創りました。
いま世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

思いもしなかったのですが、ネクストが アップルに買収され私はアップルに復帰することになり、ネクストで開発した技術は現在アップル再生の中核的な役割を果たしています。
さらには、ロレーヌと 私は素晴らしい家庭を一緒に築いています。

ここで確かなのは私がアップルをクビになっていなかったら、こうした事は何も起こらなかったということです。

それは大変苦い薬でしたが、患者には必要だったのでしょう。

人 生には頭をレンガで殴られる時があります。しかし信念を失わないこと。

私がここまで続けてこれたのは、自分がやってきたことを愛しているからということに 他なりません。

君たちも自分が好きなことを見つけなければなりません。
それは仕事でも恋愛でも同じこと。

これから仕事が人生の大きな割合を占めるのだか ら、本当に満足を得たいのであれば進む道はただひとつ、それは自分が素晴らしいと信じる仕事をやること。

さらに素晴らしい仕事をしたければ、好きなことを 仕事にすること。

もし見つからないなら探し続けること。落ち着かないこと。

心の問題と同じで、見つかったときに分かるものですし、愛する仕事というのは、 素晴らしい人間関係と同じで、年を重ねるごとに自分を高めてくれるものです。

だから探し続けること。落ち着いてはいけない。



ABOUT DEATH.


3つ目は、死についての話です。

私 は17歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。

「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」

これには強烈な印象を受けました。
それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。

「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のこ とは私は本当にやりたいことだろうか?」それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと私は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。

自 分がもうすぐ死ぬ状況を想像することは最も大切な方法です。

私は人生で大きな決断をするときに随分と助けられてきました。
なぜなら、他人からの期待、自分 のプライド、失敗への恐れなど、ほとんど全てのものは…死に直面すれば吹き飛んでしまう程度のもので、

そこに残るものだけが本当に大切なことなのです。

自 分もいつかは死ぬと思っていれば、何か失うのではかないかと危惧する必要はなくなるので、私の知る限りの最善策です。

失うものは何もない。思うままに生き てはいけない理由はないのです。

今から1年ほど前、私は癌と診断されました。

朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキ リと腫瘍が映っていたんですね。
私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。医師たちは私に、これはほぼ確実に治療ができない種類の癌であり、余命は 3ヶ月から6ヶ月と言いました。
そして家に帰ってやるべきことを済ませるよう助言しました。

これは医師の世界では「死」を意味する言葉です。それは、子供 たちに伝えた10年分のことを数カ月で済ませておけ、という意味です。
それは、家族が心安らかに暮らせるよう全て引継ぎをしておけ、という意味です。
それ は、さよならを告げる、という意味です。

私はその診断書を一日抱えて過ごしました。
そしてその日の夕方に生体検査を受けました。喉から 内視鏡を入れ胃から腸に通してすい臓に針を刺して腫瘍の細胞を採取しました。
私は鎮静状態でしたので、妻の話によると医師が顕微鏡で細胞を覗くと泣き出し たそうです。というのは、すい臓ガンとしては珍しく手術で治せるタイプだと判明したからなんです。

こうして手術を受け、ありがたいことに今も元気にです。

これは私がもっとも死に近づいた瞬間で、この先何10年かは、これ以上近い経験がないことを願います。こうした経験をしたこともあり、死というのが有用だが単に純粋に知的な概念だった頃よりも、私は多少は確信も持って言えます。

誰 も死にたいと思っている人はいません。
天国に行きたくても、そこに行くために死にたい人はいません。

それでいて、死は誰もが向かう終着点なのです。
かつて 死を逃れられた人はいない。

それはそうあるべきだから。なぜなら「死」は「生」による唯一で最高の発明品だから。

「死」は「生」のチェンジエージェントだ から。

つまり古いものが消え去り、新しいものに道を開ける働きです。
いまの時点で、新しいものとは、君たちのことです。

でもいつかは、君たちもだんだんと 古くなり、消え去るのです。
あまりにドラマチックな表現なのですが、それが真実なのです。

君 たちが持つ時間は限られている。
人の人生に自分の時間を費やすことはありません。

誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。
自分の内なる声が雑音 に打ち消されないことです。

そして、最も重要なことは自分自身の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動することです。

心や直感というのは、君たちが本当 に望んでいる姿を知っているのです。

だから、それ以外のことは、全て二の次でも構わないのです。




STAY HUNGRY, STAY FOOLISH.


私 が若い頃 "The Whole Earth Catalogue 全地球カタログ" というすごい出版物があって、私と同じ世代ではバイブルのように扱われていました。

それはステュアート・ブランドという人が、ここからそれほど遠くないメンローパークで制作したもので、彼の詩的なタッチで彩られていました。

1960年代の終わり頃はパソコンもDTPもない時代ですから、全てタイプライター とハサミとポラロイドカメラで作られていました。

それはまるでグーグルのペーパーバック版のようなもので、グーグルが35年遡って登場したかのような理想 的な本で、すごいツールと壮大な概念に溢れかえっていました。

スチュアートと彼のチームは ”The Whole Earth Catalogue” を何度か発行しましたが、ひと通りの内容を網羅した時点で最終号を出しました。

それは1970年代半ばで、私がちょうど君たちの年代だった頃です。

最終号 の裏表紙は、朝早い田舎道の写真だったのですが、それはヒッチハイクの経験があればどこか見たことある光景でした。

写真の下には "Stay hungry, Stay foolish." という言葉が書かれていたのです。

Stay hungry, Stay foolish.

それが、発行者の最後の言葉だったのです。

それ以来、私は常に自分自身そうありたいと願ってきました。

そしていま、卒業して新しい人生を踏み出す君たちに、同じことを願います。


Stay hungry, Stay foolish. ハングリーであれ、バカであれ。

ご清聴ありがとうございました。



posted by 秀さん at 01:21| ハノイ 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

第27回ホーチミン品友会開催のお知らせ編

数名の方から品友会はいつになるんやねん! と問い合わせがありました。

へい、いつもは第2土曜日に開催と決まっていたのですが、先月は秀さんの帰省もあり、本人の勝手な都合で第3土曜日に開催となりました。

開催のインターバルが短いので・・・

(これは世間一般では言い訳と申しまして・・・)

要は仕事の忙しさにかまけて忘れていただけやないか! 

と鋭い指摘をされる方が出ないことを心より祈りながら・・・
今月も第3土曜日に開催です。来月からは普段通り第2土曜日に戻りますね。


さて、ほけ〜としていたら早いもので暦はもう10月ですわ。

小沢さんの秘書の裁判の判決文を読んで、もう日本に国民生活を第一義に考える民主主義は存在しないのだと確信いたしやした。

こんなことだと在越の日本人の皆さんはベトナムのことをあれこれ言う権利はありませんわ。
権力側の思惑で判決が下る国に日本もなり下がってしまいましたわ。
お金のあるなしで裁判が左右されるのと同じようなものですな。へい。

こうなりゃ、一体何を信じれば良いのやら途方にくれてしまいますが、国民一人ひとりが戦後、政治に関心を持たなくなったせいでしょうか?

日々の暮らしに一生懸命で自分の国の進む方向に関心を払わなくなったからでしょうか?

放射能の深刻な問題も実態は国民に隠されているような日本、もう秀さん、日本と言う国の将来に見切りをつけてしまいそうです。

まぁ、アホがひとり自分の国の将来に見切りをつけたところで、誰も引止めやしないでしょうがね!


そうは言っても自分が生まれ育った国、日本ですので祖国愛はありますがな。
ここ数週間は複雑な心境の秀さんでごわす。

そんなモヤモヤも吹き飛ばすべく、第27回品友会の開催です。
政治や経済と言った難しい話はこれぽっちも出ないお気楽な会ですが、月1回皆様にお会いできるのを楽しみにしております。


では下記開催のご案内です。


日時 2011年10月15日(土) 午後6時30分より

場所 和食 花水木 15A5 Le Tan Ton  Dist.1

電話 (08)38242411(スカイガーデン前直ぐ)

予算 30〜35万ドン前後を予定

*10月13日(木)までにご参加の可否をコメント欄にお書き下さるようお願いいたします。  
 
初参加の方も大歓迎です。


皆さま、当日宜しくお願いいたします。


posted by 秀さん at 08:52| ハノイ 雨| Comment(11) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月02日

あるベトナム人のゴルフに対する意識変化編

ずいぶん前に、ベトナムで秀さんがとても懇意にしている国家公務員のベトナム男性Kさんに、

ゴルフは面白いし年齢に関係なく楽しめるスポーツだから初めてみたら? 

と何度か勧めたのですが・・・


あんな小さいボール打って何が面白いねん とにべもなく言われ申した。



それから月日は流れ・・・

数日前にそのKさんから、

秀さん、実は・・・



ゴルフ習いたいのですが・・・と言われ驚いた秀さんでごわす。

ふ〜ん? この心境の変化は如何に?

聞いてみたところ、上司である、ある省の副大臣からKさん、あ〜たもゴルフ始めなさい!
と何度も言われ始める気になったそうです。

はぁ〜 ですね。

その副大臣は10年以上も前からゴルフをやっており、その腕前もクラチャン(クラブチャンピオン)レベルとのこと。
自分がゴルフ大好き人間だからどうしても部下にも勧めたくなるのでしょうね。
そのKさん、以前は、ゴルフなんて金持ちの道楽じゃぃ 止まったボール打って何が面白いねん という認識でしたが、副大臣の話もあったせいか今ではゴルフは人と人のコミュニケーションを図るには年齢差による違いも少ない楽しいスポーツだと認識を改めたようですわ。

以前、ベトナムの富裕層のスポーツはテニスが一般的でしたが、成長著しい現在ではテニスは普通の収入層の方もあちこちでやっておりまして、現在ではゴルフが金持ちのスポーツになっております。
ゴルフ練習場やゴルフ場でのベトナム人の多さは10年前には想像だに出来なかったですわ。


はぁ〜 確実に豊かになって来ているんですね、この国は・・・。へい。

ベトナムの方がゴルフをやるのは良いのですが、経験上から言わせて貰えばゴルフ場でのマナーやルールを勉強する方が先のような気がしますがね!


さて、話を戻しまして、そこで秀さんゴルフクラブ一式をKさんにプレゼントするという大判振る舞い・・・


と言いたい所ですが、
へい15年も前の使い古したよれよれのクラブなので残存価値は限りなくゼロ円に近い代物をあげましたぞぃ。

初心者の内は、この程度のものでヨロシ、上達したら新品を買いなさいと先輩風を吹かせた秀さんでごわす。


お前も初心者レベルだろうが! という批判は柳に風と流します。へい。


さて、そこでKさんと一緒にヒムラのゴルフ練習場まで行きましたぞぃ。
無論、愚息の力を借りまして、最初は少しレッスンしてもらいやした。

ベトナム人は日本人と違い野球の経験が全くと言ってよいほどありませんので、バットみたいな棒(クラブ)を振るという動作が経験的に出来ていない人が多く、握り方もアイスホッケーのステックを握るような持ち方を最初はする人もいます。

かれこれ200球も打ったでしょうか、愚息から腕の力をもっと抜きなさいと再々に渡って言われ、Kさんも最後にはそこそこ当たるようになりましたわ。

しかし、ベトナム人の友人とゴルフの練習に行くようになるとは驚いてしまいますわ。

そう言えば、最近はベトナムのガキん子達も練習場で子供用のクラブを振っている姿を良く見かけたり、ベトナムの御婦人方もずい分と増えて来ました。
こんなことからもベトナムは確実に富裕層が増えて来ていることが分かります。
その国の経済を語る時に、統計上のデータや経済指数も大事ですが、こんな些細な変化からもその国の経済情勢というか、実態が垣間見えるものですね。


しかし、何故に秀さんは一向にゴルフが上手くならないのか! 

という自己に対する命題は永遠に解決出来ないような気がしている秀さんでごわす。


今まで何個のボールを無くしたことか!
池や林に秀さんが打ち込んだボールは数知れず・・・・くそぅ!

ま、そのロストボールを拾って生計を立てているベトナム人も居ることですので、
ベトナムの経済に少しは貢献しているのだ! とアホが愚論を述べて本日の話は終了でごわす。


最後に・・・・・・・


やはり正しいスイングを身につけなくてはスコア向上は出来ない・・・
と分かってはいるのですが・・・



愚息に頭下げてまで習うかい!


という偏屈な態度を変えない限りは高スコアを望ムリポ ですね!


今、ベトナムで平日で一番安いゴルフ場は、


ロンタンゴルフ場の月曜日と水曜日でプレイフィーは45ドルです。円高の現在、助かりますわ。



では、本日はこの辺で 失礼いたします。






posted by 秀さん at 02:57| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする