ベトナムで会社を起こしたり投資したりする為の法律は以前はベトナム人と外国人(内資と外資)では全く異なっており外国人がベトナムの地において会社を作ることは様々な規制があり非常に面倒で時間もかかる。
そういうものをスムースに行おうとすれば高額の手数料 付け届け ワイロ 袖の下 裏金 アンダーザテーブルマネー 越後屋の山吹色のお饅頭と まぁ言い方はどうでも良いのであるが訳の分らない高額な費用がかかったのである。
WTOに加盟した現在、法律的にはベトナム人も外国人も同じ法の適用を受けるということなっており外国人もベトナム人と権利や義務は全く同じであるとなっている。
その法律とは共通投資法 統一企業法のことである。名前から分るように以前は内資外資で異なっていた法律を共通にさせ 統一するということで付けられた名前です。
私知人である日本人がある会社のベトナムでの会社設立及びイニシャル運営までのコンサルを引き受けた。
会社設立に関しては以前と全く変わらず高額な手数料が必要だったとのことである。
法律が施行されても運用が従来の体制のままであるので、仏作って魂入れずではないが全く意味が無いのである。
警察官は泥棒を捕まえるのはベトナムでも当然のことであるが、実際は仮にバイクを盗まれて探してくれと届けても結構な金額を提示しないと全く動かないのが現実である(経験済み)。
しかしこんなことで良いのかなぁといつもベトナムのことを心配する秀さんでありやす。
少なくとも世界中で一番のベトナム援助国であるわが国の人間がベトナムにおいて会社設立や投資をする場合には最高の恩恵を受けても罰はあたらないのではないだろうか・・・。
何故にワイロが無くならないのか!という問いに 役人でも下の地位にある者たち(警察官 教師 役所の事務方・・・)の給料は安く生活を支えるには不十分であるからもらうものをもらわないとやっていけないというのが答えである。
幾ら汚職を撲滅しよう!と書記長や大統領や首相が叫んだ所で底辺の根本的問題を解決しないとどうにもならない。
公務員の給与を大幅に上げる
ワイロの減少
国民の信頼が徐々に回復
自国愛の芽生え
国民の納税意識の変化
国庫収益の増加
更なる国民サービスの実施
国民の更なる信頼度アップ
以下 良い循環が繰り返されれば徐々に汚職問題も解決されると思うが・・・。
現実は外国の会社や個人だけがクソ真面目に税金を払い自国の会社や個人は全てとは言わないが納税をするという意識が全く無いように思えてならない。
脱税を取り締まる税務官や査察官がワイロをもらっている国、法の番人たる裁判所しかり警察しかりであるから5年や10年で片付く問題ではないだろうがこの金権体質を変えない限り真の成長は望めないと思う。
しかしそうは言ってもここ10年ベトナムは著しい経済成長を遂げていると言われれば返す言葉がない。
先進各国がベトナムに注目して投資を大幅に増やしているからに他ならない。
ベトナムの首脳部の外交の上手さパフォーマンスの良さに日本も見習うべきものがある。
経済とは不思議な生き物だなぁと思わざる得ない。
国の様々な面のどこを切り取ってもベトナムよりはるかに日本の方が素晴らしく立派なのだが企業や個人のお金はどんどん日本から出て行きベトナムのような発展途上国に注ぎ込まれるのであるから不思議である。
あ〜 もうやめましょうこんな話は!
話題を変えて・・・
昨日愚息から久しぶりに電話がかかって来た。
あ〜 借金のお願いか?と思いきや
何と!おやじぃ 元気にしているかい?
と今までと違い目をひん剥くような内容でありやした。
どういう風の吹き回しか分らないがほんの少し嬉しかった小市民の秀さんでありやした。
2008年02月28日
2008年02月27日
帽子風ヘルメット編
今まで秀さんが見たことも無いつば付きの帽子を今日事務員さんがしていたのでそれとなく聞いてみたら・・・帽子ではなく帽子風のヘルメットだと言う。
外目には全く普通のつば付きの可愛らしい女性用の帽子と変わらない形状で裏から見るとヘルメットの構造である。
まぁ、何ともベトナム人の創意工夫には驚きやした。
やはり見てくれを一番大事にするベトナム女性の本領発揮である。
誰が一番最初に考えたのか知らないがその発想に脱帽である。
日本でも売り出せば結構売れるのではないかと最初考えたが・・・日本のご婦人のバイク乗車率を考えると採算にはのらないかも知れないとこれまた考え直した。
テトのだら〜んとした雰囲気からようやく本来の調子を取り戻した感があるホーチミン市であります。
と言うことはホーチミン名物の道路大渋滞の復活であります。
秀さん、朝出勤する時は結構気合を入れて出かけます。
バスに車、バイクに自転車と大きさやスピードが違う車両が同じ路線を入り乱れて走りまくるホーチミン市ですので ほけ〜としているといつ事故に遭うか分からない。
バイクとバイクの車間距離は10cmあるかないかの間隔を右に左に斜めにとすれちがう姿は正に芸術そのものである。
秀さんはもう以前東京で生活をしていた時の感覚を全くと言ってほど忘れてしまったので、おい 秀さんよ 明日から東京の山手線や地下鉄で通勤しなさいと言われたら
ホーチミンの通勤の苦労なんてものは取るに足らないものになるかも知れないですわ。
東京の朝の大混雑は今に始ったことではありもうさん。
秀さんが学生時代を過ごした30年以上前も東京の朝は大渋滞でありやした。
満員車両で降りたい駅で降りられなかったことは再々ありやした。
そういう経験を重ねて来ると下りる駅の2か3つ前の駅あたりから出口方面に徐々に移動していくのである。
しかしたまに右のドアと左のドアのどちらが開くのか考えずに乗った時なんかは移動した努力が水の泡になるのである。
また東京に住んでいると本当に良く歩く。駅から駅へ移動するだけでも結構な距離がある。また東京の人は歩くスピードが早い。
秀さんは日本人としては平均的な歩行スピードであると思うが、ベトナム人からみると歩くのが速すぎと言われます。ベトナム人って本当に歩かないですよ。
その割にはスマートな体形なのは何故でしょうか?
またベトナム人特に女性は乗り物酔い(バス 車)のひどい人が多い。長距離バスなんぞに乗っていると乗車して10分もしない内にゲ〜ゲ〜と始る光景は何度見たことか!運転手のそのへんは良く心得ていてビニール袋を用意しておりやす。
本日はヘルメットの話からあちらこちらと話が飛びましたですねぇ。
最近、どうも話にまとまりがないと感じておりやす。
駄文 誤文 セブンイレブンに 紀文のハンペンは関係ありませんが秀さんの文章のつたない面はお許しを頂き本日はこれにて終わりにいたします。
外目には全く普通のつば付きの可愛らしい女性用の帽子と変わらない形状で裏から見るとヘルメットの構造である。
まぁ、何ともベトナム人の創意工夫には驚きやした。
やはり見てくれを一番大事にするベトナム女性の本領発揮である。
誰が一番最初に考えたのか知らないがその発想に脱帽である。
日本でも売り出せば結構売れるのではないかと最初考えたが・・・日本のご婦人のバイク乗車率を考えると採算にはのらないかも知れないとこれまた考え直した。
テトのだら〜んとした雰囲気からようやく本来の調子を取り戻した感があるホーチミン市であります。
と言うことはホーチミン名物の道路大渋滞の復活であります。
秀さん、朝出勤する時は結構気合を入れて出かけます。
バスに車、バイクに自転車と大きさやスピードが違う車両が同じ路線を入り乱れて走りまくるホーチミン市ですので ほけ〜としているといつ事故に遭うか分からない。
バイクとバイクの車間距離は10cmあるかないかの間隔を右に左に斜めにとすれちがう姿は正に芸術そのものである。
秀さんはもう以前東京で生活をしていた時の感覚を全くと言ってほど忘れてしまったので、おい 秀さんよ 明日から東京の山手線や地下鉄で通勤しなさいと言われたら
ホーチミンの通勤の苦労なんてものは取るに足らないものになるかも知れないですわ。
東京の朝の大混雑は今に始ったことではありもうさん。
秀さんが学生時代を過ごした30年以上前も東京の朝は大渋滞でありやした。
満員車両で降りたい駅で降りられなかったことは再々ありやした。
そういう経験を重ねて来ると下りる駅の2か3つ前の駅あたりから出口方面に徐々に移動していくのである。
しかしたまに右のドアと左のドアのどちらが開くのか考えずに乗った時なんかは移動した努力が水の泡になるのである。
また東京に住んでいると本当に良く歩く。駅から駅へ移動するだけでも結構な距離がある。また東京の人は歩くスピードが早い。
秀さんは日本人としては平均的な歩行スピードであると思うが、ベトナム人からみると歩くのが速すぎと言われます。ベトナム人って本当に歩かないですよ。
その割にはスマートな体形なのは何故でしょうか?
またベトナム人特に女性は乗り物酔い(バス 車)のひどい人が多い。長距離バスなんぞに乗っていると乗車して10分もしない内にゲ〜ゲ〜と始る光景は何度見たことか!運転手のそのへんは良く心得ていてビニール袋を用意しておりやす。
本日はヘルメットの話からあちらこちらと話が飛びましたですねぇ。
最近、どうも話にまとまりがないと感じておりやす。
駄文 誤文 セブンイレブンに 紀文のハンペンは関係ありませんが秀さんの文章のつたない面はお許しを頂き本日はこれにて終わりにいたします。
2008年02月24日
20年来の友人来越編
先週20年来の友人がホーチミン市にやって来た。
前に会ったのはいつか忘れてしまうほど前のことである。
ホーチミンの滞在はわずか数日でその後はムイネーでカイトサーフィンを1週間ほどやるとのこと。
彼は若い時から自分で会社を設立して大きくし現在は趣味半分仕事半分の悠々自適な社長業。
世界中の風のあるビーチ巡りをしているとのこと。
年収は彼の会社の役員が5千万円と言っていたので本人は多分1億円程はあるではないか思う。
年商ではなく年収なのである。
長い間生きてくると様々な友人が出来るのは当然のことである。
彼のように成功して人生をエンジョイしているかと思えば医学部を出て開業したが上手く行かず大借金で夜逃げした友人もいる。
そういう秀さんもあまり自慢出来た人生とは言えないがこうしてベトナムで何とか日々生活を慎ましくやっている。
無論、大金は持っていないが今の状況にそれなりに満足している。
若い時は金 金と今のベトナム人のように日々思っていた時期があった。
そうなる為には何をするか必死に考え、それを実行に移し、努力と運と能力があれば成功し 不幸にも無い者は成功しない。
まぁ当たり前のことである。
今の多くのベトナム人のようにお金儲けに対するもの凄い執着心の半分くらいの金儲け気力が秀さんにあれば良いのだが・・・こんなブログを書いているくらいだから所詮無理な話である。
人の一生を誰が決めるのかは分からないが運の良い人悪い人 幸せな人に不幸な人 それぞれ人間模様がある。
顔にシワが出来腹に脂肪がついてきて人生の折り返し地点を過ぎてくると何故か少しは物事を客観的に眺めることができるから面白い。
しかしどんな人でも必ず死んでしまうという事実は動かない。
いつも いつも感じることだが、人は何の為に生まれ 喜怒哀楽の中で生活し そして必ず死んで行くのである。
昔から人間いや動物もそうであるが・・・その繰り返しである。
そのことに対して無常感や疑問を強く抱く人達が哲学や宗教の世界に入って行くのでしょうか?
金も力も無い秀さんではありますが、せめて死んでいく時には自分が関わった全てのものごとのケジメだけはキチンと片付けてあの世に行きたいと思っております。
それをしないとあの世に入り口でパスポートを出した時に入国拒否をされそうな気がするのである。
え〜何ですぅ お前の行くところは地獄の方だから・・・関係ないと言われますか?
ん〜その可能性は無いと信じておりやすが・・・
万が一 そうなったら天国のおかあちゃん
クモの糸ではなく何人も乗れる高速エレベーターでも降ろしてよ
頼むぜぃ!
前に会ったのはいつか忘れてしまうほど前のことである。
ホーチミンの滞在はわずか数日でその後はムイネーでカイトサーフィンを1週間ほどやるとのこと。
彼は若い時から自分で会社を設立して大きくし現在は趣味半分仕事半分の悠々自適な社長業。
世界中の風のあるビーチ巡りをしているとのこと。
年収は彼の会社の役員が5千万円と言っていたので本人は多分1億円程はあるではないか思う。
年商ではなく年収なのである。
長い間生きてくると様々な友人が出来るのは当然のことである。
彼のように成功して人生をエンジョイしているかと思えば医学部を出て開業したが上手く行かず大借金で夜逃げした友人もいる。
そういう秀さんもあまり自慢出来た人生とは言えないがこうしてベトナムで何とか日々生活を慎ましくやっている。
無論、大金は持っていないが今の状況にそれなりに満足している。
若い時は金 金と今のベトナム人のように日々思っていた時期があった。
そうなる為には何をするか必死に考え、それを実行に移し、努力と運と能力があれば成功し 不幸にも無い者は成功しない。
まぁ当たり前のことである。
今の多くのベトナム人のようにお金儲けに対するもの凄い執着心の半分くらいの金儲け気力が秀さんにあれば良いのだが・・・こんなブログを書いているくらいだから所詮無理な話である。
人の一生を誰が決めるのかは分からないが運の良い人悪い人 幸せな人に不幸な人 それぞれ人間模様がある。
顔にシワが出来腹に脂肪がついてきて人生の折り返し地点を過ぎてくると何故か少しは物事を客観的に眺めることができるから面白い。
しかしどんな人でも必ず死んでしまうという事実は動かない。
いつも いつも感じることだが、人は何の為に生まれ 喜怒哀楽の中で生活し そして必ず死んで行くのである。
昔から人間いや動物もそうであるが・・・その繰り返しである。
そのことに対して無常感や疑問を強く抱く人達が哲学や宗教の世界に入って行くのでしょうか?
金も力も無い秀さんではありますが、せめて死んでいく時には自分が関わった全てのものごとのケジメだけはキチンと片付けてあの世に行きたいと思っております。
それをしないとあの世に入り口でパスポートを出した時に入国拒否をされそうな気がするのである。
え〜何ですぅ お前の行くところは地獄の方だから・・・関係ないと言われますか?
ん〜その可能性は無いと信じておりやすが・・・
万が一 そうなったら天国のおかあちゃん
クモの糸ではなく何人も乗れる高速エレベーターでも降ろしてよ
頼むぜぃ!
2008年02月19日
夕暮れのホーチミン編
陽が傾き夕暮れになると気温も下がりずい分と過ごしやすくなる。
ベトナム南部は1年で今が一番良い季節である。ネオンが灯るか灯らないかの微妙な時間帯の街並みが好きである。
忙しい都会の中におとずれる昼と夜の切り替わりの踊り場みたいな時間に町をバイクで走ると風が肌に心地よい。
思えば最初にホーチミンの地に降りたつて7年が過ぎた。
とにかくバイクと人の多さに驚きこの町が持つ独特の熱気というかパワーの洗礼を受け、やる気を出したのか それとも恐れおののいたのかはもう忘れてしまった。
タイのバンコクとは一味違う雰囲気を持った国であると感じたことだけは覚えている。仕事や観光旅行で様々な国へ行ったがここまで長くベトナムという国に関わるとは思いもよらなかった。
色々問題のあるベトナム&ベトナム人に困らされたり時には怒りを覚えることも再々あったが、逆に素晴らしい人達との出会いもあった。
だから今こうして長い間住んでいることが出来るのでしょう。
人の縁というものは国は違えど同じで面白いものである。
当初ベトナムはただ単に仕事で訪れる国という認識しかなく仕事以外だったら決して訪れたいと思う国ではなかった。
何故にここまで入れ込んでしまったか不思議である。
遊ぶところも少なく共産主義体制特有の様々な制約もありバンコクのように何でも自由気ままに出来るという国ではないのであるが何故かはまってしまいやした。
好きな人(恋人)がベトナムに出来てはまり込んでしまったという人の話はよく聞くが、秀さんにとってはそんなこともない。
死んだおかあちゃんに義理立てしている訳でもないが何故か10年以上も経つのに飛び上がるほどのベトナム美人を見てもあ〜 凄い美人だなぁ と思うだけで別段再婚を考えるほどでもない。
ベトナムと言う国は中年以上の年齢の方には昔の日本にタイムスリップしたようなデジャヴ感があるのでしょうね。
特に子供の多さや国が毎年成長発展しているという何か将来に皆が期待してしまう雰囲気が以前の日本にあったように。
秀さん中学生の時は1学年10クラスもありやした。それも1クラス50人前後と多い。
当時そりゃお金持ちも貧乏人もいるにはいたが今の時代ほどその差を歴然と感じるほどでもなく、まぁどの家も今のレベルから考えると皆さ〜ん 間違いなく貧乏でありやした。
カラーテレビやエアコン、大型冷蔵庫、ステレオからマイカーに至るまで耐久諸費財を買う時の興奮というか喜びが今のベトナム人と同じで記憶がオーバータップします。
今の日本含め欧米先進国の人達は高度に情報化され豊かになった自国よりはまだ発展途上ではあるが未知なものがあると思わせる東南アジアの国々にロマンを感じるのでしょうか・・・
ホーチミンのファングーラウやデダム、ブイビエンといったバックパッカーが集まったり住み込んだりしている地域(それでも1区の中心地に近い場所にあるのです)を歩いてみれば様々な国の人達がベトナム人に混じってのんびりとまったりと生活している姿を見ることが出来ます。良いのか悪いのかは別にして自分の時間を持て余しているようにも見えますが何気に楽しそうです。
安い所は1泊7ドルから10ドルほどで泊まれるので食事も贅沢をしなければ4万円〜5万円で1ヶ月間はホーチミンで生活することは出来ます。
テトにカンボジアに行ったときのバスで隣併せになったカナダ人のおっさん(40歳くらい)が今から6ヶ月程仕事を休んでベトナムの各地を見て回るというのを聞いた。
荷物には折りたたみ式の自転車もありましたのでかなり本気モードでベトナム各地を回るとお見受けいたしやした。
これから、今まで忙しく追われるように働いてきた日本の中年のおっさんやおばさんたちが物価の高い日本から脱出して失った時間を取る戻す旅にベトナムに出てくるのも増えるかの知れないと漠然と考えてしまいました。
言葉の問題やら安全の問題が気になるでしょうがそこは同じ日本人の中年秀さん、そういう人達をお助けする仕事でも将来できたら面白いかなと思ったりしておりやす。
明日は朝一番顧客先訪問です。しかし本当にウソのように毎日天気。
雨が降りませんので快適です。
寒さ本番の日本の賢者の皆様
お体大切に日々お過ごし下さいませ。
ベトナム南部は1年で今が一番良い季節である。ネオンが灯るか灯らないかの微妙な時間帯の街並みが好きである。
忙しい都会の中におとずれる昼と夜の切り替わりの踊り場みたいな時間に町をバイクで走ると風が肌に心地よい。
思えば最初にホーチミンの地に降りたつて7年が過ぎた。
とにかくバイクと人の多さに驚きこの町が持つ独特の熱気というかパワーの洗礼を受け、やる気を出したのか それとも恐れおののいたのかはもう忘れてしまった。
タイのバンコクとは一味違う雰囲気を持った国であると感じたことだけは覚えている。仕事や観光旅行で様々な国へ行ったがここまで長くベトナムという国に関わるとは思いもよらなかった。
色々問題のあるベトナム&ベトナム人に困らされたり時には怒りを覚えることも再々あったが、逆に素晴らしい人達との出会いもあった。
だから今こうして長い間住んでいることが出来るのでしょう。
人の縁というものは国は違えど同じで面白いものである。
当初ベトナムはただ単に仕事で訪れる国という認識しかなく仕事以外だったら決して訪れたいと思う国ではなかった。
何故にここまで入れ込んでしまったか不思議である。
遊ぶところも少なく共産主義体制特有の様々な制約もありバンコクのように何でも自由気ままに出来るという国ではないのであるが何故かはまってしまいやした。
好きな人(恋人)がベトナムに出来てはまり込んでしまったという人の話はよく聞くが、秀さんにとってはそんなこともない。
死んだおかあちゃんに義理立てしている訳でもないが何故か10年以上も経つのに飛び上がるほどのベトナム美人を見てもあ〜 凄い美人だなぁ と思うだけで別段再婚を考えるほどでもない。
ベトナムと言う国は中年以上の年齢の方には昔の日本にタイムスリップしたようなデジャヴ感があるのでしょうね。
特に子供の多さや国が毎年成長発展しているという何か将来に皆が期待してしまう雰囲気が以前の日本にあったように。
秀さん中学生の時は1学年10クラスもありやした。それも1クラス50人前後と多い。
当時そりゃお金持ちも貧乏人もいるにはいたが今の時代ほどその差を歴然と感じるほどでもなく、まぁどの家も今のレベルから考えると皆さ〜ん 間違いなく貧乏でありやした。
カラーテレビやエアコン、大型冷蔵庫、ステレオからマイカーに至るまで耐久諸費財を買う時の興奮というか喜びが今のベトナム人と同じで記憶がオーバータップします。
今の日本含め欧米先進国の人達は高度に情報化され豊かになった自国よりはまだ発展途上ではあるが未知なものがあると思わせる東南アジアの国々にロマンを感じるのでしょうか・・・
ホーチミンのファングーラウやデダム、ブイビエンといったバックパッカーが集まったり住み込んだりしている地域(それでも1区の中心地に近い場所にあるのです)を歩いてみれば様々な国の人達がベトナム人に混じってのんびりとまったりと生活している姿を見ることが出来ます。良いのか悪いのかは別にして自分の時間を持て余しているようにも見えますが何気に楽しそうです。
安い所は1泊7ドルから10ドルほどで泊まれるので食事も贅沢をしなければ4万円〜5万円で1ヶ月間はホーチミンで生活することは出来ます。
テトにカンボジアに行ったときのバスで隣併せになったカナダ人のおっさん(40歳くらい)が今から6ヶ月程仕事を休んでベトナムの各地を見て回るというのを聞いた。
荷物には折りたたみ式の自転車もありましたのでかなり本気モードでベトナム各地を回るとお見受けいたしやした。
これから、今まで忙しく追われるように働いてきた日本の中年のおっさんやおばさんたちが物価の高い日本から脱出して失った時間を取る戻す旅にベトナムに出てくるのも増えるかの知れないと漠然と考えてしまいました。
言葉の問題やら安全の問題が気になるでしょうがそこは同じ日本人の中年秀さん、そういう人達をお助けする仕事でも将来できたら面白いかなと思ったりしておりやす。
明日は朝一番顧客先訪問です。しかし本当にウソのように毎日天気。
雨が降りませんので快適です。
寒さ本番の日本の賢者の皆様
お体大切に日々お過ごし下さいませ。
2008年02月17日
再々新しい理髪店編
以前は現在住んでいるフーニャン区からわざわざバイクを転がして10区のグェンチーフーンという通りにある理髪店(以下床屋)まで行っていた。
家の近くにある床屋さん妙に色っぽいお姉さんが体の真ん中のおへそからやや下がった位置にある男性特有の物体に対して微妙なサービスもある床屋さんなので1回で懲りてしまいました。
しかし自宅から30分以上はかかる10区までわざわざ行く時間が勿体無いと思いあちこち良い床屋さんはないかと探しておりました所、ディエンテェンホアン通りから一筋ファンシックロンという通りに入った集合住宅街の中に技術といい価格といい秀さん好みの床屋さんがありました。
決して日本の床屋さんみたいにきれいではないですがまぁ許容範囲内です。
調髪、髭剃り、耳あかとり、シャンプー&リンス、フェイスマッサージと軽くボディマッサージに白髪染めと秀さん御用達コースで料金は約1200円です。
多分 白髪染めが価格の2/3を占めるのではないかと思う。
それでも路上に出ている床屋さんに比べると数倍高い。
チップも調髪するお兄さんと耳あか取りやシャンプーをしてくれるお姉さんにそれぞれ150円のチップを渡すので〆て1500円のコストである。
時間は3時間ほどかかるが丁寧にやってくれるので気にって入る。
以前の店よりは技術力は上のような気がする。
ピンカラ兄弟の弟のような顔をした髭のおっさん(オーナー)が職人さん達を厳しく指導しているのでベトナムにありがちなダレた雰囲気は無い。
ベトナムの床屋さんの免許制度はどうなっているのか分からないが多分日本と同じようにある程度の経験年数が必要なのではないかと思われる。
試験はホイロー払えば無試験でもOKのような気がするのだが・・・定かではない。
しかしホーチミンの床屋さんだけかも知れないがチョキチョキは男性、髭剃りや耳掃除シャンプーは女性の役割みたいでありやす。
とにかく店にはお姉ちゃんが多い、それも皆さん若い。
日本でこれだけの数の若い女性を雇ったらまず経営が成り立たないと思われる。
まぁ、散髪代5万円位取れば採算が合うのかもしれないが一般庶民には手が届かない。
マッサージにしても日本の床屋さんに良くある電動のものではなくピチピチの若いお姉ちゃんのお手手でマッサージなのである。
また時間もそこそこやってくれる。
こればかりはベトナムに住んで良かったと思える至極のひとときでありやす。
いつも思うことであるが、ベトナムは耐久消費財といったモノの値段に比べ人件費が日本に比べるとべらぼうに安い。
1部の名門大学出の人達は別にして高校も出ていない地方出身者は不当に差別されているのではないかと思うほどの賃金格差である。
こういうサービス業で働く従業員さんたちは給料よりはお客さんからもらうチップの高の方が重要度は高い。
給料はどこも似たり寄ったりで変わらないので従業員たちは忙しい店や気前の良い客が多い店に移ることは良くある事である。
しかし階級差別を無くそうとして社会主義的な考えが出て来たのであるが
今の中国やベトナムを見ていると共産主義のかけらも見えないのであるが これ如何に?
制度ではなく顔と顔で物事が動く方が多く且つ早い。
両国とも人治国家又はコネクション国家と言われる所以である。
しかし、何故ゆえに?床屋さんの話が国の制度の話になるのか???
一度頭の精密検査を受けに行かないといけないかも?
しかし病院には床屋のお姉ちゃんみたいに若いピチピチの子はどこを探してもおりませんぞぃ!
家の近くにある床屋さん妙に色っぽいお姉さんが体の真ん中のおへそからやや下がった位置にある男性特有の物体に対して微妙なサービスもある床屋さんなので1回で懲りてしまいました。
しかし自宅から30分以上はかかる10区までわざわざ行く時間が勿体無いと思いあちこち良い床屋さんはないかと探しておりました所、ディエンテェンホアン通りから一筋ファンシックロンという通りに入った集合住宅街の中に技術といい価格といい秀さん好みの床屋さんがありました。
決して日本の床屋さんみたいにきれいではないですがまぁ許容範囲内です。
調髪、髭剃り、耳あかとり、シャンプー&リンス、フェイスマッサージと軽くボディマッサージに白髪染めと秀さん御用達コースで料金は約1200円です。
多分 白髪染めが価格の2/3を占めるのではないかと思う。
それでも路上に出ている床屋さんに比べると数倍高い。
チップも調髪するお兄さんと耳あか取りやシャンプーをしてくれるお姉さんにそれぞれ150円のチップを渡すので〆て1500円のコストである。
時間は3時間ほどかかるが丁寧にやってくれるので気にって入る。
以前の店よりは技術力は上のような気がする。
ピンカラ兄弟の弟のような顔をした髭のおっさん(オーナー)が職人さん達を厳しく指導しているのでベトナムにありがちなダレた雰囲気は無い。
ベトナムの床屋さんの免許制度はどうなっているのか分からないが多分日本と同じようにある程度の経験年数が必要なのではないかと思われる。
試験はホイロー払えば無試験でもOKのような気がするのだが・・・定かではない。
しかしホーチミンの床屋さんだけかも知れないがチョキチョキは男性、髭剃りや耳掃除シャンプーは女性の役割みたいでありやす。
とにかく店にはお姉ちゃんが多い、それも皆さん若い。
日本でこれだけの数の若い女性を雇ったらまず経営が成り立たないと思われる。
まぁ、散髪代5万円位取れば採算が合うのかもしれないが一般庶民には手が届かない。
マッサージにしても日本の床屋さんに良くある電動のものではなくピチピチの若いお姉ちゃんのお手手でマッサージなのである。
また時間もそこそこやってくれる。
こればかりはベトナムに住んで良かったと思える至極のひとときでありやす。
いつも思うことであるが、ベトナムは耐久消費財といったモノの値段に比べ人件費が日本に比べるとべらぼうに安い。
1部の名門大学出の人達は別にして高校も出ていない地方出身者は不当に差別されているのではないかと思うほどの賃金格差である。
こういうサービス業で働く従業員さんたちは給料よりはお客さんからもらうチップの高の方が重要度は高い。
給料はどこも似たり寄ったりで変わらないので従業員たちは忙しい店や気前の良い客が多い店に移ることは良くある事である。
しかし階級差別を無くそうとして社会主義的な考えが出て来たのであるが
今の中国やベトナムを見ていると共産主義のかけらも見えないのであるが これ如何に?
制度ではなく顔と顔で物事が動く方が多く且つ早い。
両国とも人治国家又はコネクション国家と言われる所以である。
しかし、何故ゆえに?床屋さんの話が国の制度の話になるのか???
一度頭の精密検査を受けに行かないといけないかも?
しかし病院には床屋のお姉ちゃんみたいに若いピチピチの子はどこを探してもおりませんぞぃ!
2008年02月16日
ベトナムの借家事情編
秀さんの現在の借家は3階建ての一軒家である。
部屋数は約10畳の部屋が2つに3畳の部屋が2つ、それに約15畳のリビングにキッチン、トイレは5箇所に温水シャワー2つに家具が付いている。
場所はメイン道路から一本中に入った住宅地にあり中心地からは結構離れているが空港にも近くそれほど不便な所ではない。
十分通勤圏内である。
家賃は現在のところ月額400ドルなので決して高くは無いむしろ安い方だと思う。
もうじき更新なので最低でも500ドルになることは最近の賃貸状況から考えて間違いない。
ヘタすると600ドルの可能性もあるかなぁと心配している。
ここベトナムでは大家と店子は決して対等な関係ではなく大家が絶対的君主であり一方的な値上げは当たり前と思った方が良い。
日本のように何でも双方話合いで解決なんて甘い幻想は死んだ後以外は抱かない方が精神衛生上よろし。
そうは言っても現在の大家さんは外資系の会社に勤めているせいか割と話の分かる人である。
以前は韓国人が借りていたそうだが女性の出入りが激しく近所のひんしゅくを買ったので出て行ってもらい、
秀さんのこの立派な人格や正しい行いに大家さんが惚れこみ是非借りて下さいとお願いされ契約するに至ったというのは当然真っ赤なウソでありやす。
実際は新聞の賃貸情報紙面を事務員さんに毎日毎日探させ、10数軒目にしてやっと契約にこぎ着けたのでありやす。
よく日本人がやっている不動産屋やネットで広告を出している賃貸情報は中心地近くが多くまた外国人価格なので非常に高い。
月額1500ドルや2000ドルと入った賃貸物件は秀さんには未来永劫ご縁もゆかりもありやせん・・・多分、いや間違いなく、絶対に、地球がひっくり返っても、恋人が出来ても、宝くじが当たっても・・・ん〜 10億円くらい当ったら まぁ、少し考えてもいいかもね!
もし皆さんがベトナムに住むようなことになり自分で住むところを探すような時は新聞を活用されることです。
ベトナムはインターネットや各種情報誌というものがまだ未発達なので知合いに頼むか(口コミ)か新聞を活用するしか有効な方法が無いのであります。
私が良い所を紹介しますよ なんて言うベトナム人や日本人を余り信用しない方が良いですわ。
結構な紹介料を取っているか又は家賃にコミッションを上乗せなんてこともありますのでご注意を。
ベトナムの会社が日系の工場等にモノを売りこむ場合に、間に入っているベトナム人社員(日本語又は英語が出来る事務職が多い)に注意が必要である。
会社への売値にプラスさせ出入り業者からバックーマージンを毎月取っていることもある。
こんな話を何故に秀さんは知っているかとお思いでしょうが・・・普段色んなベトナム人たちと対等に自然な付き合いをしていると様々な面白い話を聞かせてくれるのであります。
半分ベトナムへ帰化した日本人と思われているかも?です。
またベトナムでは一人の社員が2つ、中には3つの別々の会社で働く(特に営業職)なんてことはよくある話である。
また就業後や土日にアルバイトすることもありふれたことであります。
日本人的な考え方で全てこのベトナムという国や民族を考えてしまうと真面目な会社人間の日本人に限って頭の中の回路がショートしてしまい機能不全に陥るか、日本人だけの世界に浸りっぱなしになるか、ベトナム人大嫌〜い になるかのいずれかですので一度日本を離れる前に日本人的思考メモリーを完全フォーマットしていらした方が快適に過ごすことができるようです。
前にも申し上げましたがここ最近のホーチミンの何でも物価高には困りモノです。
2年も経たないうちに家賃が50%近くも上がってしまったら
秀さんが幾ら毎月の経費削減計画を立てても全く意味がないことなのでありやす。
最後の一言。
テトの間に壊れたエアコン、業者に見てもらったら こりゃ、修理代も高くなるが 古すぎて修理してもまた直ぐに壊れるような代物なので修理しない方が良いと まぁ何とも人の家計事情も考えずに 何ともご立派なご意見を仰るのでありやす。
当然、大家さんに話したところで1円も出る訳でもなく・・・途方にくれる秀さんでありやす。
新品のエアコンは最低でも5〜6万円はするのでありやす。
秀さんの日本の実家は部屋数が10部屋以上ありやす。
当然物置代わりにしか使っていない部屋にもエアコンは付いておりやす。ここまで考えたところで思考がストップ。
続きを・・・
暑いのを我慢するか?
新しく購入するか?
アホらしいけど修理修理を繰り返すか?
他人様のエアコンを盗むか?
家に帰ったらバスタブに水を溜め1日中水風呂の中で生活するか?
家に帰らず知り合いの家を転々と居候するか?
ハノイへ引越しするか?
半導体の製造工場に寝泊りするか?
以上の選択肢以外の方法があれば賢者の皆様、ご教授下され!
部屋数は約10畳の部屋が2つに3畳の部屋が2つ、それに約15畳のリビングにキッチン、トイレは5箇所に温水シャワー2つに家具が付いている。
場所はメイン道路から一本中に入った住宅地にあり中心地からは結構離れているが空港にも近くそれほど不便な所ではない。
十分通勤圏内である。
家賃は現在のところ月額400ドルなので決して高くは無いむしろ安い方だと思う。
もうじき更新なので最低でも500ドルになることは最近の賃貸状況から考えて間違いない。
ヘタすると600ドルの可能性もあるかなぁと心配している。
ここベトナムでは大家と店子は決して対等な関係ではなく大家が絶対的君主であり一方的な値上げは当たり前と思った方が良い。
日本のように何でも双方話合いで解決なんて甘い幻想は死んだ後以外は抱かない方が精神衛生上よろし。
そうは言っても現在の大家さんは外資系の会社に勤めているせいか割と話の分かる人である。
以前は韓国人が借りていたそうだが女性の出入りが激しく近所のひんしゅくを買ったので出て行ってもらい、
秀さんのこの立派な人格や正しい行いに大家さんが惚れこみ是非借りて下さいとお願いされ契約するに至ったというのは当然真っ赤なウソでありやす。
実際は新聞の賃貸情報紙面を事務員さんに毎日毎日探させ、10数軒目にしてやっと契約にこぎ着けたのでありやす。
よく日本人がやっている不動産屋やネットで広告を出している賃貸情報は中心地近くが多くまた外国人価格なので非常に高い。
月額1500ドルや2000ドルと入った賃貸物件は秀さんには未来永劫ご縁もゆかりもありやせん・・・多分、いや間違いなく、絶対に、地球がひっくり返っても、恋人が出来ても、宝くじが当たっても・・・ん〜 10億円くらい当ったら まぁ、少し考えてもいいかもね!
もし皆さんがベトナムに住むようなことになり自分で住むところを探すような時は新聞を活用されることです。
ベトナムはインターネットや各種情報誌というものがまだ未発達なので知合いに頼むか(口コミ)か新聞を活用するしか有効な方法が無いのであります。
私が良い所を紹介しますよ なんて言うベトナム人や日本人を余り信用しない方が良いですわ。
結構な紹介料を取っているか又は家賃にコミッションを上乗せなんてこともありますのでご注意を。
ベトナムの会社が日系の工場等にモノを売りこむ場合に、間に入っているベトナム人社員(日本語又は英語が出来る事務職が多い)に注意が必要である。
会社への売値にプラスさせ出入り業者からバックーマージンを毎月取っていることもある。
こんな話を何故に秀さんは知っているかとお思いでしょうが・・・普段色んなベトナム人たちと対等に自然な付き合いをしていると様々な面白い話を聞かせてくれるのであります。
半分ベトナムへ帰化した日本人と思われているかも?です。
またベトナムでは一人の社員が2つ、中には3つの別々の会社で働く(特に営業職)なんてことはよくある話である。
また就業後や土日にアルバイトすることもありふれたことであります。
日本人的な考え方で全てこのベトナムという国や民族を考えてしまうと真面目な会社人間の日本人に限って頭の中の回路がショートしてしまい機能不全に陥るか、日本人だけの世界に浸りっぱなしになるか、ベトナム人大嫌〜い になるかのいずれかですので一度日本を離れる前に日本人的思考メモリーを完全フォーマットしていらした方が快適に過ごすことができるようです。
前にも申し上げましたがここ最近のホーチミンの何でも物価高には困りモノです。
2年も経たないうちに家賃が50%近くも上がってしまったら
秀さんが幾ら毎月の経費削減計画を立てても全く意味がないことなのでありやす。
最後の一言。
テトの間に壊れたエアコン、業者に見てもらったら こりゃ、修理代も高くなるが 古すぎて修理してもまた直ぐに壊れるような代物なので修理しない方が良いと まぁ何とも人の家計事情も考えずに 何ともご立派なご意見を仰るのでありやす。
当然、大家さんに話したところで1円も出る訳でもなく・・・途方にくれる秀さんでありやす。
新品のエアコンは最低でも5〜6万円はするのでありやす。
秀さんの日本の実家は部屋数が10部屋以上ありやす。
当然物置代わりにしか使っていない部屋にもエアコンは付いておりやす。ここまで考えたところで思考がストップ。
続きを・・・
暑いのを我慢するか?
新しく購入するか?
アホらしいけど修理修理を繰り返すか?
他人様のエアコンを盗むか?
家に帰ったらバスタブに水を溜め1日中水風呂の中で生活するか?
家に帰らず知り合いの家を転々と居候するか?
ハノイへ引越しするか?
半導体の製造工場に寝泊りするか?
以上の選択肢以外の方法があれば賢者の皆様、ご教授下され!
2008年02月15日
何でもお祭りベトナム人編
昨日はバレンタインデー。仕事の帰りに路上のいたるところで花やを売っているのを見た。
サッカー場の近くなんかは売り子が路上に何十人も繰り出して手に手に花を持ってそこを通りかかるアベックに熱心に売り込みをしている。
また食事に寄ったレストランでも若い男女の団体がカラオケルームを借り切ってコンパ風の宴会をやっていたり既婚者たちも家族連れで大勢来ていた。

レストラン風景
テーブルにはプレゼントが置いてあったので、あ〜 ここもバレンタインデー絡みかと分かった次第である。
まぁ、レストランに来ている客たちはそこそこ裕福な連中なのでしょう、忙しく動き回る田舎出のウエイトレスのお姉さんたちとの対比がこの国のアンバランスさを良く表している。
とにかくベトナム人(南部だけかも知れないが)は何かのきっかけが有りさえすればお祭りにしてしまう傾向がある。
まるで昔の高度成長期の日本のクリスマス状態である。
酔っ払ったお父さんたちが頭に三角の帽子を被り手にはクリスマスケーキを持ち飲み屋街で大騒ぎをしていたように皆浮かれ状態である。
テトが終わったとは言ってもまだ全く通常の状態には復帰しておらず正月の延長線のままである。
毎年のことだが、テトの前後、約1ヶ月間は国全体が機能していない感じで仕事で赴任している在越外国人たちはイライラするばかりでどうしようもない。
続きを読む
サッカー場の近くなんかは売り子が路上に何十人も繰り出して手に手に花を持ってそこを通りかかるアベックに熱心に売り込みをしている。
また食事に寄ったレストランでも若い男女の団体がカラオケルームを借り切ってコンパ風の宴会をやっていたり既婚者たちも家族連れで大勢来ていた。
レストラン風景
テーブルにはプレゼントが置いてあったので、あ〜 ここもバレンタインデー絡みかと分かった次第である。
まぁ、レストランに来ている客たちはそこそこ裕福な連中なのでしょう、忙しく動き回る田舎出のウエイトレスのお姉さんたちとの対比がこの国のアンバランスさを良く表している。
とにかくベトナム人(南部だけかも知れないが)は何かのきっかけが有りさえすればお祭りにしてしまう傾向がある。
まるで昔の高度成長期の日本のクリスマス状態である。
酔っ払ったお父さんたちが頭に三角の帽子を被り手にはクリスマスケーキを持ち飲み屋街で大騒ぎをしていたように皆浮かれ状態である。
テトが終わったとは言ってもまだ全く通常の状態には復帰しておらず正月の延長線のままである。
毎年のことだが、テトの前後、約1ヶ月間は国全体が機能していない感じで仕事で赴任している在越外国人たちはイライラするばかりでどうしようもない。
続きを読む
2008年02月14日
再度驚き賃料高騰編
今ホーチミン中心部では賃貸オフィスの絶対量不足からトンでもない賃料となっている。
最高値は1u100ドルと聞いて あっ! と驚く為五郎である。(知らない若い人には御免なさいです)。
1坪330ドル=約3万5千円のオフィス賃料である。東京の一等地のオフィスと同じかそれ以上である。日本はGNPは世界で2番目、ベトナムは百数十番目である。
ホテル料金やサービスアパートもテト前に軒並み値上がりした。値上がりの幅がまた半端ではなく50%以上もザラ。
駐在員向けアパートも1ヶ月3千ドル以上の所も出てきてさすがに日本の大手企業の駐在員も出て行くケースも増えて来ているとベトナムのニュースに載っていた。
田舎では月額給料1万円を切っている会社はごまんとある、そうかと言えば
ホーチミンやハノイの証券会社のベトナム人社員のテトのボーナスが200万円という会社もあったりする。
もうどうしようもないほどの格差拡大である。
これ以上の格差拡大が続けばベトナムの安定した国政状況も変化を来たすのではないかとアホな秀さんでも心配する。
それを中国みたいに強権で押さえると昔と違い情報の伝達は早い。
そうなると人権問題等うんぬんとなり非難を浴びるし外国資本の離脱の可能性も出て来たりして難しい所である。
第2次世界大戦前の日本もそうであったが貧富の差が余りにも拡大し過ぎて貧乏な家の窮状が広まると世の中の変化を求める動きが出てくるものである。
現在ベトナムの人口は約8500万人である。
人口から言ってもまぁ大きな国の部類に入るでしょう。これだけの国民をうまくまとめながら豊かにして行くことは決して易しいことではないと思うが暴動など起きないようにベトナム政府の指導者たちにお願いしたい秀さんであります
いつものように話は変わるが、
ブータンと言う国は長い間鎖国をしておりワンチュク国王が鎖国をやめ世界に門戸を開いたが開くにあたり国王は、ブータンの国民に資するべく種々の検討を行った。
他国のようにGNP(国民総生産→経済重視→お金重視)を増加させる政策のオプションもあったが、これを敢えて選ばず、独自に「国民総幸福量」(GNH Hはハッピネスの意味)という概念を考え出した。
素晴らしい考えだと秀さんは思うが、いざ海外から様々なモノや情報が入って来ると、
経済よりは仏教を生活の中心機軸においていた国であったが若者の間に享楽主義、拝金主義がはびこり伝統的な考え方のブータンの年寄りたちとの軋轢が数多く報告されるようになったらしい。
幸せという意味をモノやお金に置きかえないと実感出来ないのが現代の人間という生き物なのでしょうか?
まぁ、お金が無いと飯も食えないこの世の中ですので秀さんも同意しない訳にはいかないのですが、
最近は何故か 唯物論や唯心論という意味ではなく物質以外のものに対する思いが強くなって来ておりやす。
昔大金持ちの王様の息子であった御釈迦様が悩んだように、秀さんもこのベトナムという国を知るにつけてそのあまりにも大きな格差や矛盾に深いため息が出て来るのである。
アホな秀さんが他国のことを憂いても仕方の無いことであるが
昔の陸軍若手将校たちの止むに止まれぬ気持ちから無謀な反乱に至った真情が今になってみればほんの少しだけは分かるような気もする。方法論や思想的な背景は別にして・・。
動物の食い物(獲物)をめぐっての争い、メスをめぐってのオス同士の争いの繰り返し、そう考えると人間も全く変らない生き物だとつくづく実感いたしやす。
色即是色 ばかりで 色即是空 という考え方にはならないのが人間ですね。
まぁ、哲学者ばかりの世の中だったら面白くないのも事実ですが・・・
アホの秀さんが考える話題では無いようなので・・・ビール飲んで寝ますわ!
最高値は1u100ドルと聞いて あっ! と驚く為五郎である。(知らない若い人には御免なさいです)。
1坪330ドル=約3万5千円のオフィス賃料である。東京の一等地のオフィスと同じかそれ以上である。日本はGNPは世界で2番目、ベトナムは百数十番目である。
ホテル料金やサービスアパートもテト前に軒並み値上がりした。値上がりの幅がまた半端ではなく50%以上もザラ。
駐在員向けアパートも1ヶ月3千ドル以上の所も出てきてさすがに日本の大手企業の駐在員も出て行くケースも増えて来ているとベトナムのニュースに載っていた。
田舎では月額給料1万円を切っている会社はごまんとある、そうかと言えば
ホーチミンやハノイの証券会社のベトナム人社員のテトのボーナスが200万円という会社もあったりする。
もうどうしようもないほどの格差拡大である。
これ以上の格差拡大が続けばベトナムの安定した国政状況も変化を来たすのではないかとアホな秀さんでも心配する。
それを中国みたいに強権で押さえると昔と違い情報の伝達は早い。
そうなると人権問題等うんぬんとなり非難を浴びるし外国資本の離脱の可能性も出て来たりして難しい所である。
第2次世界大戦前の日本もそうであったが貧富の差が余りにも拡大し過ぎて貧乏な家の窮状が広まると世の中の変化を求める動きが出てくるものである。
現在ベトナムの人口は約8500万人である。
人口から言ってもまぁ大きな国の部類に入るでしょう。これだけの国民をうまくまとめながら豊かにして行くことは決して易しいことではないと思うが暴動など起きないようにベトナム政府の指導者たちにお願いしたい秀さんであります
いつものように話は変わるが、
ブータンと言う国は長い間鎖国をしておりワンチュク国王が鎖国をやめ世界に門戸を開いたが開くにあたり国王は、ブータンの国民に資するべく種々の検討を行った。
他国のようにGNP(国民総生産→経済重視→お金重視)を増加させる政策のオプションもあったが、これを敢えて選ばず、独自に「国民総幸福量」(GNH Hはハッピネスの意味)という概念を考え出した。
素晴らしい考えだと秀さんは思うが、いざ海外から様々なモノや情報が入って来ると、
経済よりは仏教を生活の中心機軸においていた国であったが若者の間に享楽主義、拝金主義がはびこり伝統的な考え方のブータンの年寄りたちとの軋轢が数多く報告されるようになったらしい。
幸せという意味をモノやお金に置きかえないと実感出来ないのが現代の人間という生き物なのでしょうか?
まぁ、お金が無いと飯も食えないこの世の中ですので秀さんも同意しない訳にはいかないのですが、
最近は何故か 唯物論や唯心論という意味ではなく物質以外のものに対する思いが強くなって来ておりやす。
昔大金持ちの王様の息子であった御釈迦様が悩んだように、秀さんもこのベトナムという国を知るにつけてそのあまりにも大きな格差や矛盾に深いため息が出て来るのである。
アホな秀さんが他国のことを憂いても仕方の無いことであるが
昔の陸軍若手将校たちの止むに止まれぬ気持ちから無謀な反乱に至った真情が今になってみればほんの少しだけは分かるような気もする。方法論や思想的な背景は別にして・・。
動物の食い物(獲物)をめぐっての争い、メスをめぐってのオス同士の争いの繰り返し、そう考えると人間も全く変らない生き物だとつくづく実感いたしやす。
色即是色 ばかりで 色即是空 という考え方にはならないのが人間ですね。
まぁ、哲学者ばかりの世の中だったら面白くないのも事実ですが・・・
アホの秀さんが考える話題では無いようなので・・・ビール飲んで寝ますわ!
2008年02月11日
書き出しはいつも悩む編
ブログの一番最初の書き出しにいつも悩むのである。
今日はこの話を書きましょうと決まっている時はそうでもないのであるが、何も浮かばない時は何の話題を書こうかとアホな秀さんゆえ結構悩むのである。
悩むくらいなら書くのを辞めたら? と言われそう
そうだね そういえば何の為に無理してブログ書いているのかいな?と自問自答することがある。
まぁ、日記をつける代わりかも知れないですね。
そういえば昔よく日記帳ってありましたね。
死んだ親父さんは良くこまめに日記を付けており、後で遺品を整理した時に日記の1部を読んだことがあるが、子供の大学進学が重なり今年は家計的に厳しいので自分の小遣いも減額の必要あり なんて書いてある日記を読むと あ〜 小遣いまで減らさせご迷惑をかけ誠に申し訳ございませんでしたと頭が下がる思いでありやした。
その点、おふくろさんは全くそういうものは残していないですね、そもそも遊んでばかりの人でしたので文章を書くなんてことは性に合わなかったのでしょうよ。
その代わりお花にお茶に琴、三味線、琵琶(筑前琵琶)、日本人形作り、機織り、和裁に洋裁と趣味多彩でどれもプロレベルでありやした。
ここまで書いて未だ本日のブログの主題が浮かびません。
ん〜、今までちゃんとした主題なんてありましたか?と言われると黙るしかないのですが・・・。
仕方無しにふと机の上を見ていたらカンボジアで買った置物が目に入った。
普段秀さんは全くと言っていいほど旅行に行ってもお土産は買わない主義ですが、何故だかプノンペンの博物館を見学していたらヒンズー教(インド神話)に出てくる神鳥ガルーダがとても気に入ってしまいました。
お土産に買おうと売り場のショーケースを見るが売っていない。
仕方ないのでロシアンマーケットまで行き探すが余り人気がないのかこれ一つだけですと言われ買って来たのが下記の写真です。
ガルーダ
価格は10ドル、普段は20ドルで売っているが、・・・
あなたがとても素敵なので10ドルにしますと歯の浮くような英語でお世辞を言われ買ってきた代物です。
秀さんこの世に生まれてかれこれ五十数年、いまだかってこのようにあからさまに赤面するような口上でお土産を買わされたことは有りもうさん。
値切る前に張ったりをぶちかまされ立ち合い負けで一気に土俵際まで寄り切られた感じであります。
このガルーダは太陽の神ヴィシュヌ神の乗り物で空を飛ぶ神鳥であります。
インドネシアの航空会社でガルーダインドネシア航空と言う会社がありますが多分語源はここから来ていると思われる。
買った時はてっきり木(木材)で出来ているものだと思ったが家に帰って良く見ると型から作られたプラスティックの量産品でありました。
売り子のおばちゃんの甘い言葉にいい気になってしまった秀さんの失敗でありやす。
あなたがとても素敵なら無料にせんかい!と後から文句をたれる秀さんでありやすが
あなたの顔が気に食わないので2倍ですと言われるよりマシかと考え直すことにいたしやした。
この気持ちの切り替えの早さで何とか今まで辛いことやどん底の生活を乗り切って来れたのでありやす。
もう少しすれば日本は待望の春の季節になりますね。
ベトナムの春のイメージかな?
秀さんも春先には墓参りを兼ねて田舎の福岡に帰ろうと思っております。
長い冬をじっと耐え、待ちわびて 待ちわびて 春に喜びの花を咲かせる桜のように・・・
秀さんをず〜と陰ながら思い続け 春になったら思い切ってこの熱い思いを打ち明けようと考えている そこのベトナムのお嬢さん達よ
秀さんは春には日本に一旦帰りますので
思いを打ち明けるのは今しかないですぞ! 早くしなはれ!
と妄想を膨らませて本日はまとまりの無いまま終わり
もう 寝ます!
今日はこの話を書きましょうと決まっている時はそうでもないのであるが、何も浮かばない時は何の話題を書こうかとアホな秀さんゆえ結構悩むのである。
悩むくらいなら書くのを辞めたら? と言われそう
そうだね そういえば何の為に無理してブログ書いているのかいな?と自問自答することがある。
まぁ、日記をつける代わりかも知れないですね。
そういえば昔よく日記帳ってありましたね。
死んだ親父さんは良くこまめに日記を付けており、後で遺品を整理した時に日記の1部を読んだことがあるが、子供の大学進学が重なり今年は家計的に厳しいので自分の小遣いも減額の必要あり なんて書いてある日記を読むと あ〜 小遣いまで減らさせご迷惑をかけ誠に申し訳ございませんでしたと頭が下がる思いでありやした。
その点、おふくろさんは全くそういうものは残していないですね、そもそも遊んでばかりの人でしたので文章を書くなんてことは性に合わなかったのでしょうよ。
その代わりお花にお茶に琴、三味線、琵琶(筑前琵琶)、日本人形作り、機織り、和裁に洋裁と趣味多彩でどれもプロレベルでありやした。
ここまで書いて未だ本日のブログの主題が浮かびません。
ん〜、今までちゃんとした主題なんてありましたか?と言われると黙るしかないのですが・・・。
仕方無しにふと机の上を見ていたらカンボジアで買った置物が目に入った。
普段秀さんは全くと言っていいほど旅行に行ってもお土産は買わない主義ですが、何故だかプノンペンの博物館を見学していたらヒンズー教(インド神話)に出てくる神鳥ガルーダがとても気に入ってしまいました。
お土産に買おうと売り場のショーケースを見るが売っていない。
仕方ないのでロシアンマーケットまで行き探すが余り人気がないのかこれ一つだけですと言われ買って来たのが下記の写真です。
価格は10ドル、普段は20ドルで売っているが、・・・
あなたがとても素敵なので10ドルにしますと歯の浮くような英語でお世辞を言われ買ってきた代物です。
秀さんこの世に生まれてかれこれ五十数年、いまだかってこのようにあからさまに赤面するような口上でお土産を買わされたことは有りもうさん。
値切る前に張ったりをぶちかまされ立ち合い負けで一気に土俵際まで寄り切られた感じであります。
このガルーダは太陽の神ヴィシュヌ神の乗り物で空を飛ぶ神鳥であります。
インドネシアの航空会社でガルーダインドネシア航空と言う会社がありますが多分語源はここから来ていると思われる。
買った時はてっきり木(木材)で出来ているものだと思ったが家に帰って良く見ると型から作られたプラスティックの量産品でありました。
売り子のおばちゃんの甘い言葉にいい気になってしまった秀さんの失敗でありやす。
あなたがとても素敵なら無料にせんかい!と後から文句をたれる秀さんでありやすが
あなたの顔が気に食わないので2倍ですと言われるよりマシかと考え直すことにいたしやした。
この気持ちの切り替えの早さで何とか今まで辛いことやどん底の生活を乗り切って来れたのでありやす。
もう少しすれば日本は待望の春の季節になりますね。
秀さんも春先には墓参りを兼ねて田舎の福岡に帰ろうと思っております。
長い冬をじっと耐え、待ちわびて 待ちわびて 春に喜びの花を咲かせる桜のように・・・
秀さんをず〜と陰ながら思い続け 春になったら思い切ってこの熱い思いを打ち明けようと考えている そこのベトナムのお嬢さん達よ
秀さんは春には日本に一旦帰りますので
思いを打ち明けるのは今しかないですぞ! 早くしなはれ!
と妄想を膨らませて本日はまとまりの無いまま終わり
もう 寝ます!
2008年02月10日
テト編
ベトナム人の知人友人たちはは皆さん田舎に帰っており日本人の友人達は日本に帰っておりましてカンボジアから戻って来ても何せ1人なのですることが無い。
嘘のようにホーチミンの町は静まり返っております。
ひょっとしたらスーパーでも開いているかと思いバイクを走らせたがどの店もクローズ。
営業しているのはガソリンスタンドくらいで食べるのに困ります。
家に戻ってバイクを入れるための玄関のドアを開けていたら隣の家族が外出する様子。
いつも秀さんと目が合うとニコッと微笑んでくれる可愛いらしい女の子(10歳くらいか?)がチラッと秀さんを見たので、おお〜 そうか! お年玉だなと合点がいきやした。
ちょっと待ってて下さいなと言い、部屋にあるお年玉袋に10万ドン(750円)を入れて渡してあげました。
相変わらず口数は少ない子ですが満面の笑顔を返してくれました。逆にそこのオヤジさんが恐縮して何度もお礼を言っておりやした、よかよか、秀さんもガキん子の時は同じ気持ちでありやした。
家でほけ〜としているとミトーのロンから今からホーチミンに家族と一緒に行くが構わないかと電話があり、OKノープロブレムと返事をして待っておりやした。
数時間後ロンの家族が到着。息子のファッ君もずい分と大きくなり髪型なんぞは今風なカットをしており少し色気が出て来た様子。
まぁ、当然お年玉は差し上げましたがお礼はホホにキス。
何でベトナム人は男同士でもこのような風習があるなか分からないが秀さんにしてみれば有り難迷惑でありやす。オカマでもあるまいに・・・。
おお〜 オカマといえばまた昔話で恐縮ですが、昔秀さんが学生時代にアルバイトをしていた飲食店は新宿西口のスバルビルという自動車会社の建物の中にありました。
そこそこテナントも入っていたのでトイレも割りと広くそこのビルのトイレがオカマまたはホモ仲間で有名な場所だそうで、それを知らなかった秀さんは男2人が大きい方のトイレに一緒に中に入るのを目撃してビックラこいたことがあります。
直ぐにそのことを店のマネージャーに報告すると杉○さんというマネージャーが
またか!あいつら懲りない奴らだわぃ と言ってバケツに水を一杯ためてトイレまで行き秀さんに何番目のトイレか案内させそのトイレの上からそのバケツの水をぶっ掛け急いで店まで戻って来たのであります。
トイレ2人のホモにも驚いたがマネージャーの行為にも驚いた秀さんでありやす。
犬じゃないんですから 幾らなんでも水をぶっ掛ける事もなかろうに と秀さんは思いやしたが、
マネージャー曰く、こうでもしない限りアイツらは減らないのでテナントの皆も困っているとのことでありやした。
しかし東京は若い秀さんに様々な刺激を与えてくれやした。まぁ、ベトナムもある意味では刺激一杯の町ですが年取ったせいかある程度経験即内に収まるようになりました。
さて、ロンの家族に話を戻しましょう。
応接間でロンと奥さんと秀さんで話をしていたら息子のファッ君がアイスキャンデーを食べているのが目に留まり、んん〜 それは秀さんが買って冷蔵庫に入れておいたもんじゃなかろうか?
聞いてみたらそうだとのこと。
日本人だとここで驚くでしょうね・・・勝手に人様の冷蔵庫を開けて断りも無しに中のものを喰っているなんて!
ベトナムでは親しくなるとこれは当たり前のことで驚きもしませんがやはり気分の良いものではありません。
ロンを呼んでベトナムでは普通だが日本及び他の国では失礼な行為にあたると話をして聞かせ、将来ベトナムも先進国になるだろうからその時に恥をかかないように息子に後でよく言って聞かせるようにと諭しました。
秀さんはその行為自体に別段怒りもしませんがベトナムの普通は世界の普通ではないことだけは知っておいて欲しいと思いますねぇ・・・
潔癖症の日本人から見れば許しがたきことでしょう。
国民性の違いと言えばそうですが まぁ、上流のいや訂正(ベトナムでは上流の定義は難しいので)、それなりに先進国流の躾を身につけたベトナム人は違うのでしょうが一般的なベトナム人としては不思議なことではないようです。
まぁそんな堅い話は抜きにして久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来ました。
ロンの家族のこの1年、幸多かれとお祈りしてお別れいたしやした。
秀さんも 今年1年 夢の様な出来事はあってほしいなぁ・・・
じゃあ その夢って 一体何よ? 秀さんのいつもワンパターンの絶世の美女のこと?
と軽くあしらわれそうなので そんなことは考えずに地道に働きます。
ハイ。
嘘のようにホーチミンの町は静まり返っております。
ひょっとしたらスーパーでも開いているかと思いバイクを走らせたがどの店もクローズ。
営業しているのはガソリンスタンドくらいで食べるのに困ります。
家に戻ってバイクを入れるための玄関のドアを開けていたら隣の家族が外出する様子。
いつも秀さんと目が合うとニコッと微笑んでくれる可愛いらしい女の子(10歳くらいか?)がチラッと秀さんを見たので、おお〜 そうか! お年玉だなと合点がいきやした。
ちょっと待ってて下さいなと言い、部屋にあるお年玉袋に10万ドン(750円)を入れて渡してあげました。
相変わらず口数は少ない子ですが満面の笑顔を返してくれました。逆にそこのオヤジさんが恐縮して何度もお礼を言っておりやした、よかよか、秀さんもガキん子の時は同じ気持ちでありやした。
家でほけ〜としているとミトーのロンから今からホーチミンに家族と一緒に行くが構わないかと電話があり、OKノープロブレムと返事をして待っておりやした。
数時間後ロンの家族が到着。息子のファッ君もずい分と大きくなり髪型なんぞは今風なカットをしており少し色気が出て来た様子。
まぁ、当然お年玉は差し上げましたがお礼はホホにキス。
何でベトナム人は男同士でもこのような風習があるなか分からないが秀さんにしてみれば有り難迷惑でありやす。オカマでもあるまいに・・・。
おお〜 オカマといえばまた昔話で恐縮ですが、昔秀さんが学生時代にアルバイトをしていた飲食店は新宿西口のスバルビルという自動車会社の建物の中にありました。
そこそこテナントも入っていたのでトイレも割りと広くそこのビルのトイレがオカマまたはホモ仲間で有名な場所だそうで、それを知らなかった秀さんは男2人が大きい方のトイレに一緒に中に入るのを目撃してビックラこいたことがあります。
直ぐにそのことを店のマネージャーに報告すると杉○さんというマネージャーが
またか!あいつら懲りない奴らだわぃ と言ってバケツに水を一杯ためてトイレまで行き秀さんに何番目のトイレか案内させそのトイレの上からそのバケツの水をぶっ掛け急いで店まで戻って来たのであります。
トイレ2人のホモにも驚いたがマネージャーの行為にも驚いた秀さんでありやす。
犬じゃないんですから 幾らなんでも水をぶっ掛ける事もなかろうに と秀さんは思いやしたが、
マネージャー曰く、こうでもしない限りアイツらは減らないのでテナントの皆も困っているとのことでありやした。
しかし東京は若い秀さんに様々な刺激を与えてくれやした。まぁ、ベトナムもある意味では刺激一杯の町ですが年取ったせいかある程度経験即内に収まるようになりました。
さて、ロンの家族に話を戻しましょう。
応接間でロンと奥さんと秀さんで話をしていたら息子のファッ君がアイスキャンデーを食べているのが目に留まり、んん〜 それは秀さんが買って冷蔵庫に入れておいたもんじゃなかろうか?
聞いてみたらそうだとのこと。
日本人だとここで驚くでしょうね・・・勝手に人様の冷蔵庫を開けて断りも無しに中のものを喰っているなんて!
ベトナムでは親しくなるとこれは当たり前のことで驚きもしませんがやはり気分の良いものではありません。
ロンを呼んでベトナムでは普通だが日本及び他の国では失礼な行為にあたると話をして聞かせ、将来ベトナムも先進国になるだろうからその時に恥をかかないように息子に後でよく言って聞かせるようにと諭しました。
秀さんはその行為自体に別段怒りもしませんがベトナムの普通は世界の普通ではないことだけは知っておいて欲しいと思いますねぇ・・・
潔癖症の日本人から見れば許しがたきことでしょう。
国民性の違いと言えばそうですが まぁ、上流のいや訂正(ベトナムでは上流の定義は難しいので)、それなりに先進国流の躾を身につけたベトナム人は違うのでしょうが一般的なベトナム人としては不思議なことではないようです。
まぁそんな堅い話は抜きにして久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来ました。
ロンの家族のこの1年、幸多かれとお祈りしてお別れいたしやした。
秀さんも 今年1年 夢の様な出来事はあってほしいなぁ・・・
じゃあ その夢って 一体何よ? 秀さんのいつもワンパターンの絶世の美女のこと?
と軽くあしらわれそうなので そんなことは考えずに地道に働きます。
ハイ。
2008年02月09日
ホーチミンはこんなに静かだったか?編
プノンペンで乗車したしたバスはいつものキャピトル社とシンカフェ社の共同運航のバス(10ドル)ではなくSAPACO社というベトナムの会社の直行バス(12ドル)を利用した。
キャピトル社のバスはカンボジアのボーダーパペットで下り、イミグレを超えてベトナムのボーダーモックバイからはシンカフェ社のバスに乗りかえなければならないので面倒。
現在では様々なベトナムの会社がプノンペンまで乗り入れておりバスも新しく車内にはトイレもついているから驚きである。
以前は休憩場所まで仁王様のような形相で我慢に我慢をかさねて漏れないように歯を食いしばっておりやした。
需要が増せば競争も増す。
そしてその競争がより良いサービスを生むという利用者にとってより良い循環となることはありがたいことである。
カンボジアとベトナムのボーダー間には今カジノが出来ており何軒かのホテルが建っていた。
イミグレの建物も立派になり驚きやした。
パペットのイミグレ
後はカンボジア及びベトナムの入国管理官達が立派な人格をそなえてくれれば言うことは無いのですが、古い建物と同じで一度解体して新しく建て直さないとまず変らないでしょうよ。
タイとカンボジアのボーダーのポイペトもカジノがあり賑わっているそうであるが東南アジアの人たちも急速に豊かになって来ていることを実感する。ベトナムのイミグレーション内はテト休みで係官は2人しかいない。入国審査も全てバス会社の係員がやるので旅行者は全く何もしなくても良い。
便利といえば便利なのだがこれじゃテロなんかやろうと思えば簡単だし、密輸も全然無問題でしょう。
モックバイを通過したバスは恐ろしいようなスピードで一路ホーチミンへとぶっ飛ばす。
おいおい運転手さんよ〜、テトなのに家族と離れ一人仕事をしているやるせなさはわかるが安全運転でお願いいたしやすぅ〜
と言った所で聞く耳持たずである。
しかしベトナムの道路のすいていることすいていること いやはや驚いた、車もバイクもいつもの1/50いや1/100かも知れん。
これほど快調に車が進むなんてことはテト以外はありえないでしょう。バスはタイニン県を過ぎてクチに入る。
クチからは一応ホーチミン市になりますが人口は半分いやまたその半分位でしょうか?町は静かなものです。
見かけるのは子供達が駄菓子屋に出かける姿である。
普通は一人で出かけるがテトだけは複数で出かけるのがベトナムの昔からの風習である。
皆さん、何故だかお分かりでしょうか?
続きを読む
キャピトル社のバスはカンボジアのボーダーパペットで下り、イミグレを超えてベトナムのボーダーモックバイからはシンカフェ社のバスに乗りかえなければならないので面倒。
現在では様々なベトナムの会社がプノンペンまで乗り入れておりバスも新しく車内にはトイレもついているから驚きである。
以前は休憩場所まで仁王様のような形相で我慢に我慢をかさねて漏れないように歯を食いしばっておりやした。
需要が増せば競争も増す。
そしてその競争がより良いサービスを生むという利用者にとってより良い循環となることはありがたいことである。
カンボジアとベトナムのボーダー間には今カジノが出来ており何軒かのホテルが建っていた。
イミグレの建物も立派になり驚きやした。
後はカンボジア及びベトナムの入国管理官達が立派な人格をそなえてくれれば言うことは無いのですが、古い建物と同じで一度解体して新しく建て直さないとまず変らないでしょうよ。
タイとカンボジアのボーダーのポイペトもカジノがあり賑わっているそうであるが東南アジアの人たちも急速に豊かになって来ていることを実感する。ベトナムのイミグレーション内はテト休みで係官は2人しかいない。入国審査も全てバス会社の係員がやるので旅行者は全く何もしなくても良い。
便利といえば便利なのだがこれじゃテロなんかやろうと思えば簡単だし、密輸も全然無問題でしょう。
モックバイを通過したバスは恐ろしいようなスピードで一路ホーチミンへとぶっ飛ばす。
おいおい運転手さんよ〜、テトなのに家族と離れ一人仕事をしているやるせなさはわかるが安全運転でお願いいたしやすぅ〜
と言った所で聞く耳持たずである。
しかしベトナムの道路のすいていることすいていること いやはや驚いた、車もバイクもいつもの1/50いや1/100かも知れん。
これほど快調に車が進むなんてことはテト以外はありえないでしょう。バスはタイニン県を過ぎてクチに入る。
クチからは一応ホーチミン市になりますが人口は半分いやまたその半分位でしょうか?町は静かなものです。
見かけるのは子供達が駄菓子屋に出かける姿である。
普通は一人で出かけるがテトだけは複数で出かけるのがベトナムの昔からの風習である。
皆さん、何故だかお分かりでしょうか?
続きを読む
2008年02月08日
ベトナム〜プノンペン(長文)編
久しぶりにテトの休みを利用してカンボジア旅行を思い立った。
絶世の美女、いやこの際美女でなくてもいい、普通の器量の子でも構わないのだが不幸なことに秀さんにはいつも同伴希望者が一人もいない。そこで当然ではあるが・・・秀さんひとりで旅に出た。
ホーチミンを出発してメコンデルタの町、水上マーケットで有名なカイベーを観光してチャウドック泊、国境の町ビンスーン経由プノンペン行きの船の旅を貧乏旅行者ご愛用のシンカフェに申し込みして行ってまいりやした。
費用は一人参加費用5ドルを追加されて計32ドル カイベー観光 ホテル1泊朝食付 プノンペンまでの船代 バス代にミネラルウォーター2本おしぼり付き。
ただし超肥満ばかりの欧米系外国人のバックパッカーも付いています!
何度か訪れているカンボジアですがベトナムから船で行く旅は初めてなのでどんなもんかいな と少し期待して自宅からシンカフェのあるデダム通りへタクシーを走らせた。
シンカフェはテト前ということでベトナム各地へ行く外国人やベトナム人で店内はごった返しというより店内に入れない。

メコンデルタツアー&プノンペン行きのバスの発車時刻は朝8時だが、他の観光地へ向かう客も多く大混雑&遅刻する客も多数おり約1時間遅れの9時前にやっとこさ出発。
道路私有地化のシンカフェ
その後もバスはノロノロ運転のままロンアンを過ぎた辺りから少しスピードが上がり予定を大幅に遅れてメコンデルタの町カイベーに到着。一言でメコンデルタと言ってもその範囲はベトナムだけでも四方数百km以上の範囲が有りホーチミンから南西の方角の町は全てメコンデルタの町と言ってよい位広いのである。一般的に観光客の方がよく行かれるメコンデルタの町はホーチミンから一番近いミトー&ベンチェー、次にカイベー、一番遠くてカントーである。日帰りツアーは大半がミトーでの観光である。
続きを読む
絶世の美女、いやこの際美女でなくてもいい、普通の器量の子でも構わないのだが不幸なことに秀さんにはいつも同伴希望者が一人もいない。そこで当然ではあるが・・・秀さんひとりで旅に出た。
ホーチミンを出発してメコンデルタの町、水上マーケットで有名なカイベーを観光してチャウドック泊、国境の町ビンスーン経由プノンペン行きの船の旅を貧乏旅行者ご愛用のシンカフェに申し込みして行ってまいりやした。
費用は一人参加費用5ドルを追加されて計32ドル カイベー観光 ホテル1泊朝食付 プノンペンまでの船代 バス代にミネラルウォーター2本おしぼり付き。
ただし超肥満ばかりの欧米系外国人のバックパッカーも付いています!
何度か訪れているカンボジアですがベトナムから船で行く旅は初めてなのでどんなもんかいな と少し期待して自宅からシンカフェのあるデダム通りへタクシーを走らせた。
シンカフェはテト前ということでベトナム各地へ行く外国人やベトナム人で店内はごった返しというより店内に入れない。
メコンデルタツアー&プノンペン行きのバスの発車時刻は朝8時だが、他の観光地へ向かう客も多く大混雑&遅刻する客も多数おり約1時間遅れの9時前にやっとこさ出発。
その後もバスはノロノロ運転のままロンアンを過ぎた辺りから少しスピードが上がり予定を大幅に遅れてメコンデルタの町カイベーに到着。一言でメコンデルタと言ってもその範囲はベトナムだけでも四方数百km以上の範囲が有りホーチミンから南西の方角の町は全てメコンデルタの町と言ってよい位広いのである。一般的に観光客の方がよく行かれるメコンデルタの町はホーチミンから一番近いミトー&ベンチェー、次にカイベー、一番遠くてカントーである。日帰りツアーは大半がミトーでの観光である。
続きを読む
2008年02月02日
正月のイルミネーション編
クリスマスの飾り付けの撤去が終わったかと思ったら今度はテト正月の飾り付けである。
秀さんの事務所周辺の道路はどこも色とりどりの電飾サインや花々で溢れかえっている。
それ程豊かではない国ベトナムですがこういったイベントのデコレーションには金に糸目を付けないような感じです。
きっとお祭り好きな国民性なのでしょうよ。
まぁ、戦争するよりは楽しくお祭りをしていた方が良いに違いありません。
問題なのが周辺の大渋滞であります。
事務所の前のグェンフェ通りはメイン会場のようでロータリーを封鎖してデコレーションをしている関係で反対側に渡るのに相当先まで行ってUターンしなければならず不便この上ない。
ホーチミン市以外からも大勢のおのぼりさんが繰り出して来るので車やバイクや人垣で大混雑であります。
道路には子供相手の風船売りやオモチャ売りまで出てくる始末でまるでお祭りのようでありやす。
秀さんも焼きそばかたこ焼きでも売ろうかしらん と考えたが原価が高くなり過ぎて採算割れ確実なので無理だと断念。
今思えば秀さんがガキの頃、故郷の製鉄の町北九州市八幡東区、今は新日鉄と名前が変わりましたが当時は八幡製鉄。
明治時代に国営の製鉄所として日本で初めて設立された歴史がありやす。
近くに豊富な埋蔵量を誇った筑豊炭鉱もあり積み出しの為の外海(洞海湾から玄界灘)も有ることから候補地として選ばれたのだと思うが、そんなことはどうでもいい話で、
何が言いたいかというとその八幡製鉄所の創業記念日が八幡では何故か祝日で学校はお休み。
11月18日だったと記憶するが前後3日ほど起業祭という市を上げてのお祭りがあったのでありやす。
その時は製鉄所内を開放して工場内を見学させたり夜には沢山の夜店や屋台、お化け屋敷、蛇女&ろくろ首女ショーに小人ショーなど等今では人権問題に発展しかねないような訳の判らないゲテモノ小屋が多数出店しておりました。
ゲーム機もなけりゃビデオもない時代の話ですのでガキにとってみればそりゃ嬉しさ楽しさ満載のお祭りでありやした。
親にねだって鉄?で出来たような本物風の刀のオモチャを秀さんと弟が買ってもらったのは良いが、翌日2人でチャンバラごっこをしたら直ぐに壊れたという超B級品。
今のベトナム製品と同じレベルのクオリティでしょうか。
東京の様に一年中お祭りみたいな大都会は別にして青森県のねぶた祭りのような北国の祭りは、長くつらい厳しい冬を耐え普段は地味な日々の生活を過ごすが年に1度くらいは夏に家族全員が集まり、皆でお祭りを盛大にやって楽しみ郷土のきずなを深めましょうということだと思いますね。
ベトナムのテトもそのような感じだと思います。どんなに成功して立派になろうと大金持ちになろうとテトには両親へもとに帰り家族と時間を共有することがベトナム人にとってはいかに大切か外国人である秀さんでも理解できます。
日本も昔は同じでごわした。
国や企業が発展するにつれて家族の結び付きより企業(会社)との結び付きの方が重要になってしまった日本人。
村社会から企業社会へのシフト・・・これが良いのかどうかは分かりませんが定年退職した団塊の世代のおっさん連中が中々地域社会に溶け込めないもの当然のことであります。
そりゃ企業という機能集団の中だけで長年生きて来たおっさんがその職や地位や肩書きを外された時に初めて己が地域社会の中での居場所が無いことを実感するのでしょう。
いつでも帰れる村というか、古巣=帰る場所のない人が多い日本。
貧乏だけど必ず帰る場所帰る田舎のあるベトナム人 あなたはどちらが幸せだと思いますか?
そういう秀さん・・・帰る故郷や家はあるが両親の居ない故郷・・・両親が亡くなって兄弟姉妹とも会う機会がめっきり減りました。
親があっての家族のきずな、親が扇子のカナメの役目をしていたのでしょうね。
親って子供が出世しようがしまいが、アホな子であろうが賢い子であろうが そんなことに関係なく常に愛情を注いでくれるありがたいものだと今になってつくづく思う。
ベトナムでは子供を売り飛ばす親もいますが、日本だって昔昔凶作の年の貧乏農家では同じことがありました。
一人が涙呑んで犠牲になることで家族を救うといった考え方が正しいのか間違いなのか秀さんには分かりませんが早くベトナムもそのようなことがない国になって欲しいと願っております。
テトの期間中、さて何処に行こうか思案橋ブルースの秀さんでありやす。
ブログの更新が途絶えたらアホなブログを掲載した罪でベトナムの刑務所に入所中か
一人身の寂しさに絶望したあまり各地を彷徨った挙句にカンボジアの地雷を踏んで吹っ飛んだか
はたまた、突然借家の家の壁から金銀財宝に小判がザクザク出て来て絶世の美女と夢のような旅行中か
賢者の皆様のご想像にお任せいたしたしやす。
では皆様 Hava a good day!
秀さんの事務所周辺の道路はどこも色とりどりの電飾サインや花々で溢れかえっている。
それ程豊かではない国ベトナムですがこういったイベントのデコレーションには金に糸目を付けないような感じです。
きっとお祭り好きな国民性なのでしょうよ。
まぁ、戦争するよりは楽しくお祭りをしていた方が良いに違いありません。
問題なのが周辺の大渋滞であります。
事務所の前のグェンフェ通りはメイン会場のようでロータリーを封鎖してデコレーションをしている関係で反対側に渡るのに相当先まで行ってUターンしなければならず不便この上ない。
ホーチミン市以外からも大勢のおのぼりさんが繰り出して来るので車やバイクや人垣で大混雑であります。
道路には子供相手の風船売りやオモチャ売りまで出てくる始末でまるでお祭りのようでありやす。
秀さんも焼きそばかたこ焼きでも売ろうかしらん と考えたが原価が高くなり過ぎて採算割れ確実なので無理だと断念。
今思えば秀さんがガキの頃、故郷の製鉄の町北九州市八幡東区、今は新日鉄と名前が変わりましたが当時は八幡製鉄。
明治時代に国営の製鉄所として日本で初めて設立された歴史がありやす。
近くに豊富な埋蔵量を誇った筑豊炭鉱もあり積み出しの為の外海(洞海湾から玄界灘)も有ることから候補地として選ばれたのだと思うが、そんなことはどうでもいい話で、
何が言いたいかというとその八幡製鉄所の創業記念日が八幡では何故か祝日で学校はお休み。
11月18日だったと記憶するが前後3日ほど起業祭という市を上げてのお祭りがあったのでありやす。
その時は製鉄所内を開放して工場内を見学させたり夜には沢山の夜店や屋台、お化け屋敷、蛇女&ろくろ首女ショーに小人ショーなど等今では人権問題に発展しかねないような訳の判らないゲテモノ小屋が多数出店しておりました。
ゲーム機もなけりゃビデオもない時代の話ですのでガキにとってみればそりゃ嬉しさ楽しさ満載のお祭りでありやした。
親にねだって鉄?で出来たような本物風の刀のオモチャを秀さんと弟が買ってもらったのは良いが、翌日2人でチャンバラごっこをしたら直ぐに壊れたという超B級品。
今のベトナム製品と同じレベルのクオリティでしょうか。
東京の様に一年中お祭りみたいな大都会は別にして青森県のねぶた祭りのような北国の祭りは、長くつらい厳しい冬を耐え普段は地味な日々の生活を過ごすが年に1度くらいは夏に家族全員が集まり、皆でお祭りを盛大にやって楽しみ郷土のきずなを深めましょうということだと思いますね。
ベトナムのテトもそのような感じだと思います。どんなに成功して立派になろうと大金持ちになろうとテトには両親へもとに帰り家族と時間を共有することがベトナム人にとってはいかに大切か外国人である秀さんでも理解できます。
日本も昔は同じでごわした。
国や企業が発展するにつれて家族の結び付きより企業(会社)との結び付きの方が重要になってしまった日本人。
村社会から企業社会へのシフト・・・これが良いのかどうかは分かりませんが定年退職した団塊の世代のおっさん連中が中々地域社会に溶け込めないもの当然のことであります。
そりゃ企業という機能集団の中だけで長年生きて来たおっさんがその職や地位や肩書きを外された時に初めて己が地域社会の中での居場所が無いことを実感するのでしょう。
いつでも帰れる村というか、古巣=帰る場所のない人が多い日本。
貧乏だけど必ず帰る場所帰る田舎のあるベトナム人 あなたはどちらが幸せだと思いますか?
そういう秀さん・・・帰る故郷や家はあるが両親の居ない故郷・・・両親が亡くなって兄弟姉妹とも会う機会がめっきり減りました。
親があっての家族のきずな、親が扇子のカナメの役目をしていたのでしょうね。
親って子供が出世しようがしまいが、アホな子であろうが賢い子であろうが そんなことに関係なく常に愛情を注いでくれるありがたいものだと今になってつくづく思う。
ベトナムでは子供を売り飛ばす親もいますが、日本だって昔昔凶作の年の貧乏農家では同じことがありました。
一人が涙呑んで犠牲になることで家族を救うといった考え方が正しいのか間違いなのか秀さんには分かりませんが早くベトナムもそのようなことがない国になって欲しいと願っております。
テトの期間中、さて何処に行こうか思案橋ブルースの秀さんでありやす。
ブログの更新が途絶えたらアホなブログを掲載した罪でベトナムの刑務所に入所中か
一人身の寂しさに絶望したあまり各地を彷徨った挙句にカンボジアの地雷を踏んで吹っ飛んだか
はたまた、突然借家の家の壁から金銀財宝に小判がザクザク出て来て絶世の美女と夢のような旅行中か
賢者の皆様のご想像にお任せいたしたしやす。
では皆様 Hava a good day!
2008年02月01日
ある駐在員のベトナム感編
ベトナムの日本人向け掲示板にハノイ勤務の方が日本に帰国する際にベトナム及びベトナム人を誹謗中傷した書き込みがあった。
ハンドルネームは「駐在2年で胃潰瘍」と言う何とも痛ましい方。
内容は日本へ帰任が決まってうれしい。
ハノイでの勤務をを省みてベトナムとベトナム人を「貧」の一文字で断定。
以下無断転載にはなるがベトナム及びベトナム人を考える上で1つの参考意見としてお許し願いたい。
@まず経済的に貧しい いわずもがな
A心が貧しい すべてはカネ金カネの拝金主義
B発想が貧しい 新しいアイデアは皆無 すべてはコピーか物まね
C社会が貧しい 皆が利己主義に凝り固まって 誰も他人の痛みを分かろうともしない
D文化が貧しい 皆テレビは見るが、サッカーや事件記事以外の新聞読むベトナム人皆無
E知識が貧しい ワーカーのレベル高卒でも日本の中卒以下
F道徳が貧しい 嘘や約束破りは屁とも思ってない
G食生活が貧しい 何を食っても味の素とニョクマムの味しかしない
H酒の種類が貧しい 飲むと蕁麻疹出るハノイビール、激マズのダラットワイン、飲めば目が散る密造焼酎
ベトナム人が勤勉だの識字率が高いだの真面目だの嘘もいい所。
すべてにおいてベトナム人の心の貧しさが元凶。
心が貧しいから他人を持ってるバイクと携帯電話で値踏みする。
心が貧しいから上は役人から下は庶民まで嘘の塗り固め。
心が貧しいからプライドもない。プライド無いから外国人からボッタクル
以上長い無断引用となりましたが、この意見に概ね同調の意見が多く、1部反論の意見は有りましたが非常に厳しい内容に秀さんも唖然といたしやした。
書いていることの全てが正しいとは決して言いませんが、う〜ん、さもありなんと肯定する部分も大いにありやす。
可哀そうに、たった2年の駐在勤務で胃潰瘍になって疲れ果ててしまったこの方の心の叫びでしょうね。
問題はベトナム及びベトナム人をどこの視線でものを見るかによって大いに異なると思う。また社命で赴任させられる方の業種や職種、関わるベトナム人の階層やその方個人の性格もこれまた大いに関係があるでしょうね。
秀さんがいつも言っていることですが、先ずは国が豊かになることが先決でしょう。
衣食足りて礼節を知るのたとえのようにこれだけ貧富の差が激しく、建前は共産主義だが実態は無秩序な変則自由主義経済、官僚腐敗に都市部と山間部農村部との大きな経済格差、独立の為の長い長い戦争期間及び自国民同士が南北に分かれて戦った悲惨な戦争体験、戦後の混乱など等・・・を考えると、社会道徳とか高邁な精神性を宿らせるにはまだまだ熟成する時間が足りな過ぎると秀さんは思う。
しかしながら世界経済の動きは急速なボーダーレス化の一途、否応無しに世界の経済至上主義の激流の中に組み込まれるベトナム。
念願のWTOには加盟したが、今後の苦難を考えると国内の産業や国民は更に厳しい状況に追い込まれることに違いない。
仮に外資が全て去った後のベトナムを想像すれば・・そこにはただ、風が吹いているだ〜け〜♪ の国になると秀さんは勝手に考えるが、ところがどっこい この国の若い平均年齢や旺盛な出生率、熱気にあふれるアグレッシブな国民性やしたたかさなどの要素を加えると案外、このまま上手く成長し続けるのではないかと最近は思うようになった。
これからこの国に社命で駐在する方に秀さんからアドバイスを・・・
この国では受身のままでは神経すり減らして疲れ果ててしまいます。
いい加減と良い加減を上手く使い分けてタフに且つ楽天的に行きましょうや!
どの国の人間もみな同じ人間だと思って暖かい目でベトナム人を見てあげなはれ、再々騙されたりウソをつかれたりしますが、それは日本人でも頻度は違うが同じこと。
マザーテレサではありませんが優しさを持ち続けることにより失ったもの以上の喜びを必ずや返してくれる国だと秀さんは信じたい。
でも、ボッタクリタクシーは やはり 許せん!
という秀さんの2重人格も大いに問題ありですわ!
きれいごと言ってはいかんですね、昨年の8月26日のブログに書いた事件の時のように猛反省いたしやす。
本日はこれにて、秀さん道場は終了っと!
次回は楽しい話を・・・ご期待くだされい!
ハンドルネームは「駐在2年で胃潰瘍」と言う何とも痛ましい方。
内容は日本へ帰任が決まってうれしい。
ハノイでの勤務をを省みてベトナムとベトナム人を「貧」の一文字で断定。
以下無断転載にはなるがベトナム及びベトナム人を考える上で1つの参考意見としてお許し願いたい。
@まず経済的に貧しい いわずもがな
A心が貧しい すべてはカネ金カネの拝金主義
B発想が貧しい 新しいアイデアは皆無 すべてはコピーか物まね
C社会が貧しい 皆が利己主義に凝り固まって 誰も他人の痛みを分かろうともしない
D文化が貧しい 皆テレビは見るが、サッカーや事件記事以外の新聞読むベトナム人皆無
E知識が貧しい ワーカーのレベル高卒でも日本の中卒以下
F道徳が貧しい 嘘や約束破りは屁とも思ってない
G食生活が貧しい 何を食っても味の素とニョクマムの味しかしない
H酒の種類が貧しい 飲むと蕁麻疹出るハノイビール、激マズのダラットワイン、飲めば目が散る密造焼酎
ベトナム人が勤勉だの識字率が高いだの真面目だの嘘もいい所。
すべてにおいてベトナム人の心の貧しさが元凶。
心が貧しいから他人を持ってるバイクと携帯電話で値踏みする。
心が貧しいから上は役人から下は庶民まで嘘の塗り固め。
心が貧しいからプライドもない。プライド無いから外国人からボッタクル
以上長い無断引用となりましたが、この意見に概ね同調の意見が多く、1部反論の意見は有りましたが非常に厳しい内容に秀さんも唖然といたしやした。
書いていることの全てが正しいとは決して言いませんが、う〜ん、さもありなんと肯定する部分も大いにありやす。
可哀そうに、たった2年の駐在勤務で胃潰瘍になって疲れ果ててしまったこの方の心の叫びでしょうね。
問題はベトナム及びベトナム人をどこの視線でものを見るかによって大いに異なると思う。また社命で赴任させられる方の業種や職種、関わるベトナム人の階層やその方個人の性格もこれまた大いに関係があるでしょうね。
秀さんがいつも言っていることですが、先ずは国が豊かになることが先決でしょう。
衣食足りて礼節を知るのたとえのようにこれだけ貧富の差が激しく、建前は共産主義だが実態は無秩序な変則自由主義経済、官僚腐敗に都市部と山間部農村部との大きな経済格差、独立の為の長い長い戦争期間及び自国民同士が南北に分かれて戦った悲惨な戦争体験、戦後の混乱など等・・・を考えると、社会道徳とか高邁な精神性を宿らせるにはまだまだ熟成する時間が足りな過ぎると秀さんは思う。
しかしながら世界経済の動きは急速なボーダーレス化の一途、否応無しに世界の経済至上主義の激流の中に組み込まれるベトナム。
念願のWTOには加盟したが、今後の苦難を考えると国内の産業や国民は更に厳しい状況に追い込まれることに違いない。
仮に外資が全て去った後のベトナムを想像すれば・・そこにはただ、風が吹いているだ〜け〜♪ の国になると秀さんは勝手に考えるが、ところがどっこい この国の若い平均年齢や旺盛な出生率、熱気にあふれるアグレッシブな国民性やしたたかさなどの要素を加えると案外、このまま上手く成長し続けるのではないかと最近は思うようになった。
これからこの国に社命で駐在する方に秀さんからアドバイスを・・・
この国では受身のままでは神経すり減らして疲れ果ててしまいます。
いい加減と良い加減を上手く使い分けてタフに且つ楽天的に行きましょうや!
どの国の人間もみな同じ人間だと思って暖かい目でベトナム人を見てあげなはれ、再々騙されたりウソをつかれたりしますが、それは日本人でも頻度は違うが同じこと。
マザーテレサではありませんが優しさを持ち続けることにより失ったもの以上の喜びを必ずや返してくれる国だと秀さんは信じたい。
でも、ボッタクリタクシーは やはり 許せん!
という秀さんの2重人格も大いに問題ありですわ!
きれいごと言ってはいかんですね、昨年の8月26日のブログに書いた事件の時のように猛反省いたしやす。
本日はこれにて、秀さん道場は終了っと!
次回は楽しい話を・・・ご期待くだされい!


