2016年03月12日

やはり大愚さんの視点はユニークですわ編

虚需と実需の2大勢力で成立する世界経済  

今の世界は、ユーラシアの実需経済学と、英米の虚需要の世界が

欧州と日本というさかいめで両方混合して対立。虚の経済が実の経済と交換される装置が日本とドイツだということもできる。


もともと貨幣は虚数でそれは商品やサービスと結びついて実体に転換される

交換から生じたものだが、それが実体と離れているのが英米経済学、いわゆる金融資本主義

金融資本主義の成立条件も実需資本主義と異なっている

まずは宣伝と嘘。嘘で需要を膨らます。もともとが虚の世界だから。

もう一つは、軍事力。軍事力と嘘の結合物が実感を作る。軍事力はリアルな軍事力というよりも

虚の軍事力は先進性イメージの軍事力。月へ言ったり、ステルス戦闘機(実はレーダーの波長を変えると丸見え)。相場操縦のために軍事力を使う。暴落の先読みと言いながら実は暴落を起こしている。だから儲かる。ヘッジファンドという経済侵略軍。

(原子力空母が撃沈された時に虚の経済体制の基盤を作っている軍事力優位が終わるんだろう。虚の経済の実感を作っているのは軍事力の優位だ)

しかし虚の経済学の弱みは、嘘がばれること。プーチンはこの弱点を突こうとしている。シェールオイル債権を崩せば連鎖的に中央まで崩壊し、嘘がばれる。

じわじわと実需経済学が伸びてきている。虚の経済学は米国のしかもわずかな数の支配家族の恣意によって左右され、相場の上下に何の必然性もないので、世界の金持ちから忌避されだしたのだ。

政治体制でいうと自由主義陣営が嘘の体系で、ユーラシアの専制体制が実の体系。

うーむ。

我ながらなかなかユニークな分析軸だ。

さらにいうと英米の虚の経済の支配層には、みんなのためという概念はない。権力の根拠は独占と収奪である。アメリカの挙動を見ていると秩序形成の責務を感じていないようだ。

ところが実経済の支配層にはみんなのためというものがある。非常に古い歴史の蓄積があって、権力の正当化の根拠は秩序形成である。
posted by 秀さん at 13:42| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

貧乏暇なしで3月は忙しい編

どういう訳か3月は忙しいのであります。
これが・・・会社の売り上げ利益に直結すれば良いのですが、そうもいかないのが超毛細血管企業の恨めしいところですわ。

思い起こせば・・・
東京での学生時代の4年間のアルバイト期間も含めると43年間も働いて来たことになります。
その間、結婚をし子供を授かり育て現在は孫も出来ましたと言えばハッピー人生のように聞こえますが
実際は天国地獄を繰り返す謎のジェットコースターに乗ったような人生ですわ。ったく!

学生時代にはそうとは知らずに頼まれてカウンターの調理補助として働くことになった新宿歌舞伎町裏のぼったくりバーの時間給が当時220円、卒業後サラリーマン生活を数年間やった後独立、最盛期報酬年額数千万円、IPO一歩手前の持ち株で創業者利益予想額が数十億円、億単位のクルーザーを会社で所有したり高級車を乗り回したり仕事の大事な接待で銀座で一晩で100万円使ったりと一般のサラリーマンの方から見れば何それ? っていうような嘘のような本当の生活をした時期も長い期間ありました
言い訳する訳ではないですが、仕事も死ぬほどやっておりましたよ。はい

しかしですねぇ、やはり天の神様はそんなにお人よしではありませんで・・・

妻の病死、1年後続けて父の病死、その1年後いきなりの大地震&巨大大津波のようなアクシデントにより会社倒産、連帯保証により40歳過ぎてすべての財産を失い無一文、倒産後6ヶ月間実家で母親の遺族年金をかすめ取りながらの茫然自失の無収入生活、この時が一番堪えましたわ へい
その後何とか再就職を果たし年収1200万円まで漕ぎ着けるが予期せぬ再度のアクシデントにより赴任先のホーチミンにて再び無収入生活になりましてね
しばらくはホテルの屋根裏部屋に住み当時は1食5千ドンの路上屋台での昼食、バイクもタクシーもなしの自転車と徒歩の生活・・・
ホーチミン貧乏友の会どころかホーチミン極貧生活でしたわ へい

お前一体全体何やってんの? と言われても・・・

自分でも訳ワカメですわ  へい

その後、縁ある方の助けもあり再度ホーチミンで会社を立ち上げ何とか人並みの生活が出来るようになったのですが・・・
当時の秀さん、ベトナム人を何故か根拠もなく100%信用していましてね、騙されること数回、
ったくおめで鯛というか、アホに馬ずらハゲというか懲りもせずにおバカな人生を続け今年61歳にもなってしまいやした。相変わらず大きな財産もお金もない貧乏生活は続いてはおります。
社員さん達の給料を払うために貧乏会社を続けているような気もしないことはないですが悲壮感はないですわ。

なぜって? 聞かれますか?

もう先が長くないと諦めたのか? そこのあほ爺

いいえ違います。

どんな苦しいことも楽しいことも100年も続かない、続けられない という人間が持つ冷酷な、いや、素晴らしい時間限定の人生舞台が人間の一生なのだと歳とったせいかも知れませんがしみじみ思うようになったからですわ。
どんな財産もお金も高級車も自分が演ずる人生舞台の大道具小道具にすぎない、人生の幕が下りると大道具小道具は撤去され次の公演者の出番まで倉庫に仕舞われるという合理的な神の采配?、天の意思? がほんの少しだけ少しだけ少しだけ理解できるようになったのかも知れません。

何を生意気なことを言うか! と非難されても返す言葉ないのですが・・・

モノ(財産資産)への執着より気持ち・思い といった形無いものへの執着
唯物論より唯心論・・・と言い換えるのは間違いでしょうが・・・

純真無垢な澄んだ孫の瞳を見ていると愛おしさに胸がいっぱいになってしまう
この思いは金銀財宝をいくらもらっても替えられない
親を思う気持ち、子を思う気持ちは1部の異常者を除いて誰にでもありますね
真に聖人と言われる人は赤の他人に対しても家族と同じような思いが出来る人なのかもしれないですねぇ

あれ? 話がいつの間にやら変な方向に行ってしまいやした。

お前さん、いくらきれいごとを言ってみても 
今日の品友会で暴飲暴食、悪酔いして暴言を吐くのだろう こらぁ!

と真実を知っている人に対しては嘘はつけませんわ

しかし、一期一会ではありませんが、同じこの世の同時代に生を受け、縁あって異国の地で出会うご縁というものは人類何万年?かの中で ある一瞬だけの奇跡的な出来事だと思えば珠玉の宝物といるのかも知れませんよ はい

戯言はこの辺で終わりにしましょう へい

では、皆さん また次回まで



posted by 秀さん at 07:12| ハノイ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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