2016年05月29日

来客ラッシュが終わりほっとするまもなく筋肉炎編

いやはや、若い時と違い無理ききません。
ここ一週間バタバタと日本からのお客さんの対応をして東奔西走してやっと一息と思っていたら過労、いや過老のせいか肩甲骨から二の腕にかけて痛みと神経痛でどうにもこうにも ブルドック状態の秀さんでごわす。

青年老い易く学成り難し 
老年無理してガクンと成り易し 

ってなことで自分が思っているよりは肉体年齢は脆いのを肌身にしみて実感した次第ですわ。
31日から所要で家族全員で日本帰国なのですが、果たして大丈夫かと心配している初老の爺ですわ。
秀さんの性格として人と語らうことが好きなのでついつい遅い時間まで暴飲暴食をしてしまい最後は体調不良に陥り自分の浅はかさを嘆き悲しむ。愚者の極みでごわす。
反省すれどまた機会あれば・・・同じ事の繰り返し、反復、リピート、リフレイン、24時間戦えませんリゲインですわ。

本日は久しぶりに孫のマー君とご対面でした。
あどけない孫の顔を見ると疲れも吹っ飛びますねぇ。
なぜにこんなに可愛いのかなぁ〜? といつも自問自答しておりやす。

ええい! お前の孫の話は聞き飽きたと申されますか?

へい、相すまんこってす。 どうかお許し下さいな。

賢者の読者の皆さまもきっと孫が出来る歳になれば分かりますよって辛抱しとくんなはれ!

ほんじゃまぁ、本日はこの辺でおいとまさせてもらいます

みなさま、ごきげんようさようなら












posted by 秀さん at 01:08| ハノイ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

ベトナムの法事は大変編

ヤクザな事務員さんの母堂が亡くなって100ヶ日ということで秀さん、義娘&我らが天下御免のマー君の3名で法事に行ってまりやした。
ベトナムの冠婚葬祭には何度も出ている秀さんですので別段まごつくことはありません、というかベトナムの場合は亡くなった故人を偲んで関係者(関係者以外も誘われる事多し)一同が集まり食事&お酒を飲み駄弁って終了というケースが大半ですので格式張ったものではありません。

事務員さんの家の場合は、葬儀の後は毎7日間ごとに供養したようですわ。初七日、二七日、三七日、四七日、三十五日、最後は四十九日と日本と同じ形ですが、日本は時間or思いやりが無いのか、初七日も葬儀の時に前倒したりして葬儀の後は四十九日の法要なることが今では多いですね。昔の秀さん家では、葬儀、初七日、三十五日、四十九日とやっていたような記憶があります。忙しい現代人としては七日ごとに法事をやるのは大変ですね。それだけ忙しい生活をしているということでしょうねぇ。

その49日間ですが、チベット仏教ではバルドー(日本では中陰または中有)と言います。
バルドーと言えば、「チベットの死者の書」が有名ですね。

以下ネットより転載ですが

チベットでは、人が死んだら、その魂は、頭頂から抜け出て「バルド=中有」の状態に入ると信じられています。このバルドをいかに正しく過ごすかが、死者の解脱や次の転生に大きな影響を与えると考えられています。このため、チベットでは、人が死んだら、「バルドの期間=四十九日の期間」、残された家族はチベット僧を招いて、死者の側で「チベットの死者の書」を読経してもらい、死者の魂が、迷うことなく解脱できるように、あるいは少なくとも、餓鬼や畜生界に落ちることなく良き転生に恵まれるように努めます。これがバルド信仰です。

秀さん的には、ふむぅ〜 こう云うのってあってもおかしくないなぁ と思っております。

はい! 人間死んだら お わ り ! という思考では現世をいかに楽しむか ということになり
あらゆるものを欲する生き方になる。今の世相がそうですね

食欲、金銭欲、物欲、色欲、権力欲、名誉欲、などなど・・・

だってあの世は無いんだもん、現世を目一杯楽しむのは当然じゃない? 

そのためには本来人間が持つ欲望のままに生きて何が悪い! 

と言われても・・・返す言葉がないアホの秀さんですが

しかし、何かが違うのでは? と思ってしまう

過去、親族はじめさまざまな方の葬儀に出て感じることは

人間はどんな人であれ最後は衰え、息をしなくなり、後は焼かれて骨だけになってしまう

そう考えると人生は無常、無情 ですね

とすると、神様や創造主といわれる連中は人間に無常を与えたいがために我々を生み出したのか?

と・・・・


いやいや、そうではあるまい

では? なぜ我々は生まれてくるのか?

ふ、ふむぅ〜・・・・・

ま、結局最後はわからんわい! 面倒なことを考えるのはやめよう! となって
いつものように、てれんてれんとした生活を繰り返しているアホな秀さんなのですわ

過去様々な偉人、賢人が考えても答えのでない事柄ですので

アホの秀さんは、難しいことは考えずに

孫のマー君と過ごせる残りの日々を楽しんであの世に行くだけですわ

結局、最後は孫の話か! と叱らないで下さいね

では、本日はこの辺で








posted by 秀さん at 20:33| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

第82回品友会終了のお知らせ編

結局13名の参加でしたが第82回品友会も楽しく終了いたしました。
ご参加頂いた皆さま、どうも有難うございました。
次回は6月11日(土)を予定しております。
宜しくお願いいたします。

さて、品友会も振り返ってみれば後2回開催するとまる7年になりますわ。
過去、様々な方が参加されその時々の話題を肴に食事とお酒で楽しんでまいりました。
品友会はビジネスの話は極力しないという不文律がありまして名刺交換もあったりなかったりと・・・
まぁ、主催者が秀さんですので適当ですわ。へい
そのいい加減さがベトナム生活をストレスなく生きて行く上で大切なことかも知れませんねぇ。
運良くこの世に生を受けたのですからギスギスと落ち着かない生活を敢えてする必要はないですもん。

秀さんのようにお金が無くても要は考え方次第で人間はハッピーになれます。
確かにベトナムとはいえ日々生活して行くにはある程度のお金は必要です。
上を見ればキリがない、下をみれば該当者がおらず自分が最底辺かも知れませんが
それも考え方次第ですわ。

昔むかし、ビジネスで大失敗こいて信用も何もかも失い無一文になって途方にくれていた時に比べれば今の状態何て天国にいるような感じです。
秀さん今でもお金で苦労はしておりますが、今月は厳しいなぁ と感じる時はいつも当時破産した時のことを思い出して・・・
これに比べれば今の状態なんて大したこたぁ〜 ないわ と思い直すのがデフォになっております。
山より大きいイノシシは出て来やしませんって!
必要以上に無いものを求めるから苦しむのでありまして 無いものはない! 無い中でどうやってこの世をエンジョイするかがポイントですわ。
もっと突き詰めたら、無いものを楽しむ、更に 元々無かったものなので逆にあるものを捨てる位の
大らかさがあればこの世知辛い世の中も人と人が助けあって生けるような気がします。

何を朝から寝言ほざいとんか! と言われても反論は出来ませんがね。

では、本日はこの辺で

品友会終了のご報告編でした。








posted by 秀さん at 11:12| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

いつも大愚さんの転載記事です編

この方の独特な見方にいつも感心してしまいます。

以下は分からない人には分からなくてもいいようなことですが・・・
思考するにもそれなりの知識がいるので秀さんには無理な話ですが・・・

以下転載です。

感染症が減った今ほとんどの病気は自己免疫疾患の一種と言えるかもしれない  

いま便移植の効果が注目されている

腸管の細菌との共生が免疫のシステムを決定していて

免疫異常を治すためには、便を移植すると良いという考え。

まだ原始的な段階だが、そのうち、消化管内の細菌を再分布させる薬剤が出るだろう

自然農法に於ける土壌細菌と同じだ。

腸内細菌の多様性を失うと、免疫系が暴走を始める。あるいは病原細菌が増え出す。

グローバリストが、単一経済にすると系としての経済が混乱し始める

効率は単一のほうがいいが、系は多様でないと安定しない。

通貨も、言語も、宗教もそうかもしれない

バランスが必要。

免疫細胞、とりわけT細胞は抑制系の多様性と、攻撃性の多様性のバランスで正常状態という動的な平衡を維持している

その駆動力となっているのが常在細菌という一群の細菌で、消化管と、気道内、そして皮膚にある

この均衡が崩れると思いもかけないところに影響が出る

例えば、痴呆もそういうものかもしれない

あるいは免疫寛容が崩れて脳細胞が破壊されていくのかもしれない

老化もその面があるやも知れず、突然変異を起こした細胞の駆除不能状態が蓄積したものが老化現象かもしれない

がんもそういう側面があって、初期に排除されるべきがんが免疫不全のおかげで排除されないで生き残っているうちにどんどん突然変異が蓄積して難治化しついに塊まで成長する

塊まで成長すると今度は、正常の臓器のように偽装しだし。。。。

犯罪者やカルトの成長と同じだ。

細菌の多様性と免疫系の多様性が微妙な均衡を取っている状態を健康というのかもしれない

いま医学が、系という概念を取り込むために苦悶している、とも言える。


21世紀のキーワードは系と多様性だ。

20世紀のキーワードは統一と単純化だった。駆動したパラダイムは物理学。これが多様性のパラダイムである生態学に変わりつつある

歴史は逆の方向へ振れ始めたようだ。

過剰な統一から多様性を許容する統一性へ

秦から漢への変遷のように、$単独覇権から、多様性の均衡へと進んでいる。通貨は単独になると不安定になる。。。。

以上転載終了

posted by 秀さん at 03:21| ハノイ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月09日

最近の秀さん家の様子編

はぁ、大層なタイトルをつけてしまいましたが、大したことはありゃしませんで
親子4人ほのぼのとまた〜りとしながら日々生活を送っておりやす。
最近でお客さんが来越する時または品友会などの定期会食以外は就業後は直ぐに家に帰っております。
とは言っても来客が多い時期は毎日のように会食や飲み事がありまして、飲み過ぎをいつも義娘から怒られている初老の秀さんでごわす。

先週は愚息夫婦の所要により週末丸一日半家を空けておりましてね、同じアパートの10階に住む義娘の姉妹がマー君の面倒をみておりましたが・・・数時間ではなく、まる1日半も親の顔を見ないと幼児ながらに異変を感じるのか電話に出た母親と父親の声を聞いて 涙をぽつり・・・と流すマー君の姿を義娘の姉が撮影しておりましてね、そのビデオをアップする次第ですわ




これには続きがありましてね・・・
帰宅した愚息夫婦をアパート玄関で出迎える?姿のビデオもついでですのでアップしますわ。




いやはやまたしても孫バカ爺の秀さんですわ。
そんなこんなで秀さん家の生活はマー君を中心にほのぼのと続いております。へい

それでは本日はこの辺で
また1週間、意気込まずダレない程度にぼちぼちと参りましょう!



posted by 秀さん at 02:46| ハノイ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月05日

悲しいねぇ、言葉がありません編

ある新聞記事からの転載ですが、統合失調症っていう病気が原因?で起きた誠に悲しい話です。

自分勝手なことを言わせて頂ければ・・・
秀さん的には病気というより他の霊的な問題があるように感じます。
霊的な問題? なんてことを言えばオカルトファンかと思われますが違いますぞぃ。
60年以上生きていると過去には様々な経験もあります。
その経験上から言っていることであります。

病気という字は、気が病む と書きますね
気という字の読みは き または け
意味は、
1. 心の動き・状態・働きを総合して捉えたもの。精神。
2. 見えないとしても身のまわりに漂うと感ぜられるもの

と2つの意味があります。

秀さん的には2番めの 「見えないとしても身のまわりに漂うと感ぜられるもの」が原因ではないのかと・・・アホが勝手に想像しております。

亡くなられた方含めご両親、家族全員が不幸になってしまった事件ですが
可哀想過ぎて何ともいえない気持ちです。

悲しい事件ですのでこれ以上書くのも憚れますので割愛しますが、
この世には様々なことがありますし起こります。
全てあるがままに受け入れるしか方法はないのですが、それにも限界がきたのでしょう。

生きるってことは大変・・・・
そう考えるとさらに辛くなります。

生きているだけでも有難いと心底感謝できるようになることが全ての悩みを解決できる唯一の方法なのかも知れません。

亡くなられた娘さんに 合掌。

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発症率は100人に1人−。

 自分には関係ないとみるか、ひとごとではないと捉えるかは人それぞれだが、一つ確かなのは、決して珍しい病気ではないということだ。被害妄想や幻聴などに襲われる統合失調症をめぐり、患者だった40代の三女を絞殺したとして、殺人罪に問われた老夫婦の公判が3月、大阪地裁で開かれた。深夜の大声、隣近所への迷惑行為…。20年以上にわたる家庭内暴力に困り果て、行政にも医療機関にも相談したが、三女を受け入れる場所は結局、家庭しかなかった。「もう私たちの手では、どうにも解決できんかった」。80代の父親は法廷で、救いの手はどこにもなかったと訴えた。裁判員の結論は執行猶予付きの?温情判決?だった。

「ごめんね。母さんを許して」

 「引っ越しは嫌や!」

 昨年7月12日夜。大阪市平野区の自宅で、三女が甲高い声で駄々をこねた。

 賃貸住宅の管理会社からは月末に退去するよう迫られていた。父親と70代の母親は老身にむち打ち、三女が夜中に大声を出しても近所迷惑にならない物件をようやく探し当てたところだった。

 「これ以上ええとこないんやから」

 母親はそう言って三女をなだめた。

 「お母さんを困らして。他に行く場所ないんやで」

 父親も説得したが、三女は聞く耳を持たなかった。

 父親からすると、突然の出来事だった。母親が無言で、近くにあった白いノースリーブシャツを手に取った。そして背後から三女の首に巻き付けたのだ。

 娘を殺そうとしている−。父親は瞬間的に悟った。「妻を犯罪者にするわけにはいかん」。慌ててシャツを奪い取り、その両端を力一杯引っ張った。

 「死んでくれ。仕方ないんや、許してくれ…」

 三女は抵抗した。その間、母親は三女の頬に自分の頬をすりつけ、泣き崩れていた。「ごめんね。母さんを許して…」

 三女の体から力が抜けた。

 「110番して」

 父親に言われ、母親は受話器を取った。数分後、駆け付けた警察官に父親は「家内がかわいそうで、やってしまいました」と自白。母親も共犯として逮捕された。

 意識不明の重体で救急搬送された三女はそれから12日後に死亡した。

13歳から異変…ひきこもり、そして鬱病に

 夫婦の間には、長女と生まれて間もなく亡くなった次女、そして三女の3人の娘がいた。三女は人見知りで気弱な性格だったという。

 異変が出始めたのは13歳のころだった。気に入らないことがあるとふすまを破ったり畳を切り刻んだり、物にあたるようになった。中学卒業後にいったん就職したものの1カ月で退職した。以降は自宅の2階にひきこもり、18歳のころに受診した病院で鬱病と診断された。

 20歳を過ぎると、三女は「家の中に盗聴器がある」と妄想におびえるようになった。業者を呼んで盗聴器がないことを確かめても、「嘘ついてるやろ!」と暴れた。隣の家の郵便受けに卵を投げ込んだり、夜中に大声で騒いだりするようになり、両親はたびたび近隣住民に頭を下げて回ったという。

 そして三女はこのころから、父親に異常な嫌悪感を示すようになった。

 「じじい死んでしまえ!気色悪いわ!」

 突然暴言を吐かれ、あっけにとられることもあった。

 「自分が近くにいなければ、あの子も落ち着くかもしれない」

 父親はそう考え、近くにアパートを借り、単身別居生活を始めた。母親は週3回程度、父親の部屋を訪ね、洗濯や掃除などのサポートをした。

 それでも三女の病状が改善することはなく、「お風呂の換気扇から声が聞こえる。誰かが私の体を見てる」と一日中わめいた。

強制入院もすぐ退院

 両親は平成20年1月、地域の保健福祉センターに相談し、職員の手を借りて、三女を精神科のある病院に連れて行った。医師からは「妄想型統合失調症」と診断され、同年5〜7月、強制入院にあたる医療保護入院措置となった。

 だが退院後、三女は通院も服薬も拒むようになり、幻聴や妄想はますます悪化した。家庭内暴力もひどくなり、26年5月、父親は体力に自信のある知人に頼み、力尽くで三女を再入院させた。しかし、わずか1カ月で「外泊しても問題ない」と判断され、退院となった。

 それから1年後の27年6月、事件のきっかけとなるトラブルが起きた。

 三女の大声に腹を立てた向かいの家の住民が瓶を投げ込み、母親と三女の住む部屋の窓ガラスが割れた。母親は慌てて管理会社に窓の修繕を依頼したが、返ってきたのは非情な「最後通告」だった。

 「お宅のことでいろいろ苦情が出てるんですよ。今月いっぱいで出ていってください」

 頭の中が真っ白になった。なんとか退去期限を7月末に延ばしてもらい、翌日から両親は不動産屋めぐりに奔走した。ようやく条件が合う物件を見つけたのは7月上旬のことだった。

 だが、転居の説明をしても、三女は頑として首を縦に振らない。入居契約の締め切りが迫った7月12日早朝、母親は父親の部屋に行き、「一緒に説得してほしい」と頼んだ。そして同日夜、冒頭の事件が起きた。


孤立する患者家族

 母親は公判中、ずっと泣き続けていた。被告人質問で検察側から「別の方法はなかったのか」と問われると、「いまだに答えが見つかりません」と話した。

 今年3月10日の大阪地裁判決は「他に解決策があったのではという疑問は残る」としながら、「20年以上の間、治療や行政機関への相談をしてきた両被告が突発的に殺害を決意したことについて非難の程度は低い」として、いずれも懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。


 行政や医療機関を頼ってもなお孤立する患者家族。「全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)」の野村忠良事務局長は「患者やその家族に対する公的な支援体制はまだまだ不十分だ」と話す。

 野村さんによると、相談窓口である地域の保健所は慢性的な人手不足。医療機関はといえば、数カ月で退院を迫られるのが実情だ。「結局は重症化していく患者を、家族で抱えるしかない」(野村さん)

 公判で父親はこう訴えた。

 「私たちの手だけではもう解決できんかった。社会の仕組みや福祉、医療を変えんと、どうにもならんと思うんです」

 どんな事情があれ、娘をあやめることは罪だ。ただ、20年の辛苦を経た父親の言葉には、重い響きがあった。

posted by 秀さん at 08:27| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月02日

第82回ホーチミン品友会開催のお知らせ編

ほけ〜としていたらいつの間にやら暦は5月ですわ。
日に日に暑さが増して秀さんのような凡夫にとってはベトナムの気候は元々だけている怠惰な身を更にぼよよ〜ん とさせるのであります。

暑い時はキンキンに冷えたビールで喉もとシャキーンといきませんか?

ということで清涼ビール祭りと銘打ちまして5月度の品友会開催のお知らせどす!



第82回ホーチミン品友会開催のご案内

日時 2016年5月14日(土) 午後7時〜

場所 和食 花水木 15A5Le Tan Ton Dist.1(スカイガーデンの前)

予算 35万ドン前後を予定

5月13日(金)までにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き下さるようお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。

皆さま、奮ってご参加のほど宜しくお願い申し上げます。




posted by 秀さん at 23:47| ハノイ ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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