2019年03月30日

LEGOではなくGOGOだった編

マー君の誕生日プレゼントに女親分が選んだのは消防自動車セットのLEGO City、消防自動車や救急車が好きだと秀さんが情報を与えたからなのですが・・・いざ家に帰ってみると同じデザイン風?なLEGOの消防車セットがあるではあ〜りませんか!
何と同じようなものがもうひとつ・・・これも消防車ですわ。

やれやれ、プレゼントが重なってしまったわいと思っていたら一つは38万ドンもう一つは30万ドン、おんな親分のものは130万ドン。
おいおい! と思っていたらよ〜く見ると他のひとつはLEGOではなくGOGOと書いてありましたわ。もうひとつは無印。
この2つは義娘の兄弟がくれたもので中国製とのこと。
ほとんどコピーにちかい製品ですが細かい部分が若干ちがう程度で機能的にはそれほど遜色なしでこの価格差には驚きです。
ベトナムの国ではブランド料なんて考えはまだまだ先のことでしょうからLEGOもGOGOも午前も関係ないですね。

LEGOは70年以上前に世に出たそうで今では特許権もなくなっておりますので問題はないのですがね。
秀さんはてっきりアメリカの会社と思っていたら愚息がアメリカ人はこんな緻密な玩具を考える国民性ではない・・・というではありませんか!

愚息からやっぱり調べたらアメリカではなくデンマークの会社だったわ。
親父知ったかぶりして加減なことは言わないように・・・と釘を刺されてしまいやした。へいスミマセン。

それにしても中国さんは未だにコピー製品良く作っていますねぇ。
まあLEGOそのものも製造は中国ですわ。

トランプ大統領は製造業をアメリカに戻すなんてことを言ってはいますが、ほとんどの製品の製造拠点が中国や東南アジアですもん製造コストを考えるとアメリカでモノを作っても採算が合わないでしょうよ、きっと。

話を元に戻して・・・

1日違いでマー君5歳、義娘Vちゃん31歳の誕生日なので二人の合同誕生会を 肴やさんにお願いして開催しました。
家族無事に健康で1年を過ごせたことを有難く思います。

来年は家族全員揃ってベトナムで誕生会は多分ないでしょう・・・
寂しくなりますが仕方がないですね。

後1年弱秀さん家族一同ケンカせず仲良く行きたいものですね。

では、また次回










posted by 秀さん at 22:00| ハノイ ☀| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

お奉行はさみしがり屋編

あ奴は一体どうして居るのじゃ・・・とお奉行様が下の者に呟く

あ奴とは一体誰のことでございますか? お奉行様

あ奴と言えば秀さんこと玄海魚乞之助のことじゃい! お前は知らぬのか

はぁ~、それがしは西貢町に赴任して間もないものですから秀さんなどという者は知りませんお奉行様
そうじゃのう、今の西貢町は一昔前とは違い若い者が多くなって昔の話など分からぬのも無理はなかろうて
いやはや時の移ろいは早いものじゃわぃ

ということでお奉行自ら秀さんの住む痛毒区の長屋へとはるばるでかけたそうな・・・
痛毒長屋に着いたお奉行は長屋の前に座っていた咳流亭のおやじに聞いたそうな、秀さんこと玄海魚乞之助はこの長屋どこに住んでおるのじゃと・・・

咳流亭のおやじ曰く、その秀さんというのはいつも孫を酔う恥園に連れて行っているあの郷ひろみ似の渋い爺様のことでしょうか?

ええい! お前は、あ奴から幾ばくかの金品でももらっておるのか? それとも強請られておるのか?  
戯けたことを抜かすでない
歳は歌舞伎俳優の郷ひろみと同じだが容姿は天と地ほど違うわい そんな戯言を言っていると讃岐にいたすぞ! 

ほほう? と咳流亭のおやじ・・・

その意味は 手打ちにいたす! ということでしょうか・・・
今どきそんな時代遅れのギャグかましていると鹿イノシシにされますぞお奉行様

乞之助が住んでいる長屋の咳流亭のおやじまで下らんギャグかましおって
シカト/鹿猪されようがされまいがダジャレはワシと乞乃助の趣味の一つじゃ早く乞乃助を呼んで参れということで出てきた乞乃助であった

おお! 乞乃助か! お主は一体全体何を考えておるのじゃ、ここ1年一向に音沙汰がないのはどういう訳じゃ 牢にでも入っておったのかと心配しておったぞ この不届き者が!

お奉行、それは間違いでござる こうみえても拙者は痛毒区の公安に居住届けは出しております 不届けではありません 
とどうでも良いことを切り返す乞乃助であった。

お奉行、まぁ、聞いてくださいまし~ 玲痰豚通り界隈に久しぶりにでも出来かけようとすると義娘の蛮姫から拙者の勤め先のボス女親分の奔にすぐさま連絡が行き やれ酒のむな 無駄な金は使うな、歳を考えろ、爺さんはモテない、白髪を抜け!などと意味不明の散々な言葉を浴びせかけられ出かける気が失せてしまうのでございます。

まぁ、昔とちがい歳も取りましたので玲痰豚の懐目当ての女どもにも興味は無くなってしまいましたわ。

そりゃそうとお奉行の方はあっちの方は相変わらずお盛んですか?
あっちの方とはイランかシリアか、いま問題のベネズエラかい?

お奉行、この話の設定では江戸時代ですのでお間違えの無いようにして北朝鮮!

ワシも今は幕府の財政状態が悪いので毎月の給金も減らされ昔のように高級殻桶には行けず、もっぱら安い一杯飲み屋で我慢しておるわ

乞之助、そういえば前に寄った店で少し深酒をしてしまっての・・・
ちょ~とだけ店のおなご、とは言ってももう婆様なのだが
出来心でちょっぴりだけ胸でも触ろうかと手を出そうかと思っていた矢先にじゃわい いきなりワシの顔面めがけてパンチ飛んで来て驚いたのなんのって
まぁ、ワシの下心が見透かされたと思って黙ってその時は帰ったのだが別に日に別の店に出かけたら 同じように婆様からでパンチが飛んで来ての・・・
殴られた後にこれが今西貢町の繁華街のヘムの飲み屋で流行っているのじゃ! と言われたのだがこの意味が分かるか? 
乞之助よ・・・ふふふ

・・・・・乞乃助しばし無言・・・・

その心は カウンター婆 と言うのも疲れましたのでもうお奉行、お帰りくださいまし 
と言われ両者久しぶりの再会だったが直ぐに別れたという今回の結末
二人の関係やいかに・・・次回続く(また1年後かも?)



posted by 秀さん at 03:42| ハノイ ☁| Comment(0) | 越南時代劇編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月26日

ベトナム人ベトナム生活あれこれ雑感編

十数年前に一人で来越し右も左も分からない中悪戦苦闘しながらベトナム生活を送っていました。
ベトナム人に騙されたり会社を乗っ取られたりと悪いことも多々ありましたわ。
幸い正義感のあつい女親分(今では秀さんのビジネスパートナーというより監視役)が十数年にも長い間秀さんの会社で頑張ってくれたせいもあり何とか辛うじて潰れずに秀さんの毛細血管企業は存続することが出来ております。

高級外車に美女をはべらせ贅沢三昧と言った夢?のような生活に若いときはメチャ憧れておりましたが人生いろいろ経験して年老いてくると価値観が変わるといいますか・・・まぁ、俺の人生こんなもんかな? といった良い意味で達観、マイナスの意味で諦めの心境になるもんです。

特に60も半ば近くになると残りの人生をエンドから逆算して考えるようになり人生の価値観が大きく変化しました。

大金稼ごうが絶世の美女に囲まれようが誰しも寿命が来れば棺桶に入って焼かれて灰になってしまう訳ですから何かなぁ、人間の生き方の最終結論がそれでは寂しすぎますね。
しかしそれが真実ですので映画のように一発逆転ウハウハな人生にはならないのが人間様の定めなわけであります。

人間はなぜに生まれてくるのか? 人間の使命は? そもそも人間って何よ? てなことを深く考えた時期もありました。
話は変わりますが当時インドのある国の王子さまと生まれ何不自由ない暮らしをしていたお釈迦様がこの世の真理を悟りたいと思い詰めて苦行を重ねた結果、とうとう動けなくなって死ぬ寸前までになって木陰で、ここまで頑張っても悟りを得ずに死ぬのか? 私は今までいったい何をしていたのだろうか?と嘆いたそうです。

このような時に、インドのある村の貧しい女性・スジャータ(あるメーカーのコーヒーフレッシュに名前が付いていますね)が死にかけているお釈迦さまを可哀想に思い、森の精霊の供養のため持っていた貴重な乳粥を釈尊に食べさせて命を救いました。
お釈迦様がスジャータから慈悲を掛けられて、大いに気付いたことは、自分に足らないものは、最後に慈悲心だった、万物の創造主(宇宙)こそは、生成育成の与える一方の慈悲心だった、コノ世は、慈悲心で構成された産物だったと後に悟ったそうです。

そう考えると秀さんの若いころなんて他人を蹴落としてでも上にのし上がろう、早くビックになって金儲けするぞ! なんて全く根拠のない自信で溢れておりましたわ。はぁ〜
それで思いとおりに行ったかと言えば、ある期間は絶好調の時もありましたがその後没落・・・ホーチミンに島流し(冗談です)になり貧乏無一文生活スタートとなった訳ですわ。
自分が思い描いたとおりには行かないのが秀さんの人生というか大半の方がそうではないでしょうかねぇ?

倒産破産して無一文になった時には何が自分に欠けていたのか後になって散々自問しましたよ・・・へい

スジャータの話ではないですが人に対する慈悲の心が足りなかったのでしょうかねぇ

ベトナムに来た当初ですが、今のようにベトナムも経済発展もしていなくて路上には物乞いの子供や極貧で路上で寝ている人を良く見かけました。汚れた服や目つきに少し嫌悪感を覚えたことを思い出します。

そんな時、ベトナム人(決して裕福そうではないどちらかというと貧乏)がそんな人たちに施しをしたり食堂に勝手に入り込んで来た貧相な身なりの者から無理して宝くじを買っている姿を何度も目にしました。
その時、日本よりはるかに貧乏な国なのに、また裕福ではない貧乏なベトナム人が自分たちより更に極貧に喘いでいるベトナム人に嫌な顔もせず応援している姿に驚いたというより少し感動したことを鮮明に覚えています。

ベトナム人の仏教的な面(施しの習慣)もあるでしょうが日本人よりよほど慈悲の心があるのではないかと思いましたよ。
そこ頃日本はクローバル化の掛け声と共に合理化、効率化、利益最優先主義に邁進していた時期です。

慈悲の心=無償の愛 でしょうかねぇ

今の世(アメリカも欧米も我が国日本もですが)おれが一番、おれ(わが社でも同じ)が良ければあとはどうでもよろし、
自分さえ良ければ他人のことなどお構いなしみたいな世相になって来ております。
悲しいことですが他人のことを顧みる余裕がなくなって来ているのでしょうねぇ

貧乏な国の貧乏な人間だけど更に貧乏な人にわずかばかりでも援助の手を差し伸べた当時のベトナムに惚れてしまって秀さんはこんなに長くベトナムの生活をしているのかも?知れません。

元極貧の背オムドライバーに会社を乗っ取られた過去がある秀さんですが・・・
今ではそれ程、憤りを感じていないのは少しは秀さんも丸くなったのかと思います。
無くしたものは帰ってこない残るのは思い出だけですがあの世に持っていく思い出は良いものだけにしたい。
だから・・・恨みつらみは捨てることにしましたわ。
だってその方が健康に良いですもん! へい

そういう秀さんも逆境の時に多くの方に助けられましたもん 金額ではなく心の温かさ・寒さをプラスマイナスしたらプラスの方が多いかも?こうしてささやかながらも孫に囲まれて親子3代でベトナムでの生活を送れるのもご縁のある方のお蔭と思っております。

最後は人情話になってしまいましたが受けた恩は一生忘れるな、かけた温情はすぐ忘れろ と昔の人は言いました。
これも真理かな? と思ってしまいます。

では、本日はこの辺で







posted by 秀さん at 03:28| ハノイ ☁| Comment(4) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

愛さんのブログ記事の転載編

品友会無事終了しました。
まぁ、いつものメンバーさんですが楽しい時間を過ごすことが出来ました。
ご参加頂いた皆さま、どうも有難うございました。
また、来月宜しくお願いいたします。

さて、今回は手抜きで・・・転載記事そのまんまです。
秀さん的には妙に納得してしまう内容です。
やはりここ20年くらいかなぁ~ 世の中ゆとりが無くなって 世知辛い
対立や格差の社会になって来たような気がしております。

人間の生活ってもっと楽しくあるべきだと思いますよ、へい

以下転載開始です。・・・・・


システムは誰のためにある?

私が小学生の頃、道端に10円玉が落ちていたのを発見。すぐに交番に届けると、若いおまわりさんが私の頭をなでてくれた。そして「どこで拾ったの?」などとやさしく聞いた後で、おもむろに自分の財布を取り出し、財布の中から10円を探して私にくれました。

私が拾った10円玉は落とし物としてきちんと処理し、自分の財布からは、正直に届けた私へのご褒美として、自腹を切ってくれたことになります。おまわりさんは私が拾った10円玉を取得物として扱い、私にはご褒美として自分の財布の中から10円を与えるという、素晴らしい教育をしたわけです。心のこもった完璧な対応だったと思います。

その頃のおまわりさんへの、私たちの信頼は本当に強かった気がします。町を守ってくれるおまわりさん、私たち子供を守ってくれるおまわりさん、、、家も学校も守ってくれる頼もしい存在が、町のおまわりさんでした。
学校の帰りに何人かで交番に立ち寄り、交番でよく遊んだこともありました。
あれから六十年以上もたったのですが、おまわりさんはずいぶんと変わった気がしてなりません。私たちを守ってくれる存在というより、何かを監視ししているような、普通の国民に疑いの目を向けているような、そんな印象をつい持ってしまいます。

今のおまわりさんって、一体何を守ろうとしているのでしょう。何だか昔とは違っていることだけは確かなのです。

もちろん、今でもおまわりさんの中には、正義感に燃え、町や人々を守ろうとしてくれる人がいることも確かでしょう。でも、そういう頼もしいおまわりさんは、ちゃんと出世できるのか、他人事ながら気になってしょうがありません。もしかしたら、そういうおまわりさんは出世からはじかれたりしているのではないか、、、そんな不安がよぎってしまいます。
いつしか、おまわりさんが守ろうとしているものが、国民から違ったものに変化しているような、あくまで感覚の問題ではありますが、そんな気がしてなりません。昔のおまわりさん、私たちの味方だったおまわりさんに戻ってもらいたい、、、、そう思うのはわたしだけでしょうか。

何も、おまわりさんだけではありません。郵便局に行っても銀行に行っても、昔は沢山の1円玉や5円玉を持っていくと、喜んでもらえたものです。毎月、小銭でもきちんと貯金してくれる人が一番良いお客様なんです、などとお世辞を言ってくれたものです。今では、めんどくさそうに対応されてしまう気がして、小銭を銀行に持っていく気が起きません。誤解かもしれませんが。

銀行や郵便局にとって一番良いお客様は、すでにたくさんのお金を持っていて、それを預けてくれたり、大きなお金を借りてくれる人になっていると思います。それはそれで当然でしょうが、銀行員全員にそうした意識、金融マン全員にそうした利益優先の当たり前意識がいきわたってしまい、小銭を持ってくる客の存在はうっとおしいものになってしまったのではないでしょうか。

そうした体質がいきわたった冷たさで、銀行などは統一され、それに傷つくお年寄りや小中学生がきっといるようにも感じます。

一体、金融は誰のために存在しているのでしょうか。昔は、今は貯金がほとんどない人でも、その人が成長していく中で、きっと良いお客様になってくださる、、、というお客様の将来を見た対応だったと思いますが、今は結果主義であり、今いくらあるか、、、それにしか関心がないのかもしれません。
では、企業や会社はどうでしょう。昔は従業員も会社も一緒に発展しよう、、、という思いと気概がありましたので、従業員は基本的に大切にされた気がします。アルバイトで充分に豊かな生活ができる額を私自身稼いできた青春時代でした。実は正社員よりもアルバイト給与の方が多い会社もあったくらいなのです。夜の飲み会にもアルバイトは必ず誘われ、何ら引け目を感じることもありませんでした。
飲み会の主役は、どちらかというとアルバイトや下位の社員だったからです。下位の者に、上の人がサービスしてくれる、、、それが会社の飲み会だった、、、そんな印象が強く残っています。

アルバイトは会社の都合で首になることもあるので、その分、時給や日給は良くしてくれた、、、、、そうした会社が多かったのです。私がよくやったのは運送業でした。一個荷物を運ぶと100円もらえました。今から40年以上も前の話しです。一個100円ですから、大きな会社などにお歳暮の頃に行くと、50個程の商品券の荷物を一回で納めるときもありました。すると一件で5000円にもなるので、とても儲かったのです。石油を掘り当てたような気分がしたものです。

その話しを現在の宅配便の方に話すと、信じられない、、、と絶句していました。今よりもずっといいよと。今ではそういう計算法ではないようです。

会社が収益を最大限に上げるようになっているからです。どんなケースも考えられていて、絶対に会社が損しないシステムになっているわけです。
私が学生時代にアルバイトした運送会社は今もある有名な宅配便会社ですが、とても人情味があったわけで、よく飲み会や食事会があり、そこでの主役はアルバイトでした。今の会社関係の宴会では、一番偉い人の話しを、しかも大体はつまらない話しをみんなが聞く、、、面白くもないのに相槌をうったり気味悪く笑ったりしながら、、、、
すべての組織が上に行くほど放漫になり、上に行くほど厚く守られる、、、いつしかそんなシステムが日本中に行きわたってしまいました。
昨今問題となっている外食会社での露出投稿事件がありますが、あれなんかも、現場でのアルバイトさんのストレスがきっと最大になっている結果だと思います。

すべてのシステムが、昔と反対になってしまったのです。一番下のアルバイトが大事にされていた私たちの青年時代、、、、それが、一番下のアルバイトが一番負担を負う、、、そうした構造になっている今の時代。
露出投稿したアルバイトの人には、一生涯働いても支払えないような損害金が請求されているとか、、、なんだかおかしな気持ちになります。アルバイトに必要以上の負担を掛けさせ、その上で大した能力もないくせに生意気ばかり言う冷たい人間に成り下がってしまった管理職連中。現場も見ずに文句ばかり言っているのでしょう。そのくせ損害請求などと、そういうことだけはすぐに考え出すどうにもならない体質、、、会社って、一体誰のためのシステムなのでしょう。

株主のため? 株主の目だけを見て会社運営できると思うのが間違いで、会社は常に未来を見て新たな魅力あるものを創造していかない限り、絶対にいつかはダメになります。新たな価値を作っていくのは下の人です。下を大事にしない会社やシステムに私は未来を感じません。

人が未来のある赤ちゃんや子供を大事にするのは、そのことがわかっているからで、わかっていない人が増えるにつれ、虐待問題が出てきてもいるわけです。

本当におかなし逆転した時代になっています。

あらゆるシステムが、上の人のためであり、さらに上の人のためであり、極めて少ない、極めて上の少数者のために、多くの下の人が、下に行けば行くほどひどい扱いを受けているのです。下は石垣です。石垣なき城の運命がこれからどうなるのか、なぜわからないのでしょうか。日本でも世界でもそうだと思いますが、上への奉納システムが限界に達するにつれ、上に行くほど、上の人の人間的劣化が実は起こり出しているのだと思います。

上だけが大事に扱われ、守られ、下に行くほどひどい扱いを受ける今のシステムには永遠性がありません。政治もまさにそうです。しまいには政治家は嘘すら堂々とつけるようになっています。誰も責任を取らなくてもいいのです。

末期現象そのものであり、国会は無法地帯となっています。これは必ず崩れます。

もし下が、上に頼らなくても生きていける方法を編み出しただけで、世界はすぐにもひっくり返ってしまうでしょう。
なので私たちが今やるべきことは、上やシステムに頼らずとも生活していく方法をあの手この手で考え、編み出し、実行していくことなのです。

下はいくらでもいると上は考えています。下が壊れたら、替えればいい、、、と考えています。下が病気になろうが死のうが、どうでもいいのです。取り換えさえできれば。下が賃上げを要求したら海外から入れればいいと考えているのでしょう。

しかし、上が考えたシステムには生命としての魅力がありません。命の観点にたった整合性もありません。もう壊れるのは確実です。そんなに先のことではないでしょう。

下の人はあきらめることなく失望することなく、下は下で生きる方法を考えて、実行することです。今は何もなかった昔ではないのです。スマホもあればパソコンもあれば、情報をすぐに得ることができる、、、、工場でしか作れなかったものも、自分たちの手ですぐに作れる、、、方法と道具は下に与えられている時代なのです。これを使わない手はありません。あとはやる気だけです。

今のシステムに頼らない生き方を考え、実行することです。私は実際に学校を出てから就職もせず、上からの恩恵も受けずに、それをずっとやってきたのでよくわかるのです。やれば誰だってできるのです。

色々な人がいるように、色々な生き方があるはずで、色々な生活を可能にする方法があるはずなのです。ひとりでは厳しいかもしれませんので、仲間を集め、みんなで独立していく生き方もあることでしょう。

さあ、これからがスタートです。テレビやマスコミに出てくるインチキ夢ではなく、本当の夢を持っていきましょう。人類何百万年の歴史の中で、生きることが大変なわけがないのです。大変ならとっくに人類は滅んでいます。

私たちの意識だけです。生きることが大変だと教えられてしまっていたのです。上の都合で私たちの意識が操作されていたのです。生きることは本当は簡単です。あなたもみんなも自信を持って未来を見つめてみてください。道がきっと見つかります。


転載終了・・・・

posted by 秀さん at 12:48| ハノイ ☁| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

第116回ホーチミン品友会開催のお知らせ編

早いものでテトも終わりすでに3月に入りました。
日本ではこれから桜の季節を迎えますがベトナムは乾季も終わり暑い雨季がやってきます。
今年の乾季は猛暑の日も多くベトナムの方に聞いても異常気候だとのことです。
日本とは違い四季を肌身で感じることはできませんが季節の移り変わりは店頭に並ぶ果物を見れば分かります。
雨季の時期の方が果物は豊富に店頭に並びます。

不肖秀さんも今月で満64歳になります。
すっかり爺さんと呼ばれる歳になりましたわ。気持ちだけは昔のまんまなのですが垂れた自分の身体を眺めてみれば歳を実感してしまいます。
そろそろ自分の老後のこともどうするか考えなければいけないですね。
残りの人生も後半戦に入っていますので出来ることなら嫌なことは考えずに楽しいことだけ考えて行きたいものですわ。

ということで月1回の楽しみにしている品友会のご案内です。
皆さまのご参加をお願いいたします。




第116回ホーチミン品友会開催のお知らせ

日時 2019年3月9日(土) 午後7時〜

場所 肴や(ATEYA) 50 Mê Linh, Phường 19, Q. Bình Thạnh (37 Phạm Viết Chánhのコンビニ(ミニストップの直ぐ近く)
電話 0125 200 4323

予算 40万ドン前後を予定

3月8日(金)午前中くらいまでにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き頂くか または ymt@yhk.com.vn(秀さん)まで
ご連絡をお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。
皆さまのご参加をお願い申し上げます。



posted by 秀さん at 00:49| ハノイ ☀| Comment(10) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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