2019年11月30日

Lineの有難みに感謝しなければ編

一人暮らしを再開してまだ10日もたってないのだが・・・・
仕事が終わってアパートに帰ると途端に寂しくなる秀さんでごわす。

妻が他界してもう20年以上になるのだが孫たちと同居する前は長い一人暮らしでも何ともなかったのだが息子家族と5年も一緒に住んでいたらいつの間にやら一人暮らしの寂しさがメチャ辛く感じられる軟弱極まりない情けない秀さんになってしまいましたとさ! やれやれですわ。

有難いことに義娘のVちゃんが気を利かせてか1日1回Lineビデオで声がけしてくれております。
上のマー君は日本の環境に慣れたのか楽しいのか分かりませんがママに催促されて面倒くさそうに携帯の前に顔を出すのであります。

うむぅ〜 こやつはもうオモチャ買ってやるまいと思ってしまう・・・

その点下のター君は秀さんの顔を見るのが好きなのか? ビデオ通話が楽しいのか分かりませんが愛想良く笑顔を振りまいてくれております。
そうは言っても10代になれば爺婆のことなんてどこ吹く風になるのは間違いないでしょうねぇ、まだ相手してもらえるだけでも有難いことだと感謝しております。

20年も人に貸していた広いだけが取り柄の使い勝手の悪いオンボロ家屋に庭木の手入れもせずに放置した荒れ放題の庭など惨憺たる状況なので家庭菜園を楽しみにしていたVちゃんもがっくりしているとのこと。おいおい時間をかけ手入れをして悪いところは直して下さいな!

グーグルのストリートビューで検索したら昨年度ですが家の様子があったので画像を貼り付けます。
玄関前の植木などの伸び放題の状況が分かるかと思います。

自宅.jpg


この家に比べれば今秀さんが住んでいるホーチミンの息子のマンションの方がどれだけ快適か、それでもお互いバーター契約ということで家賃は無料ですが秀さんの方が得している感じです。へい

孫二人は既に地元の幼稚園に通っていますが息子に関しては以前からお世話になっているゴルフシュミレーションの製造販売をしているメーカーの社長様とのご縁によりにゴルフレッスンプロとして採用して頂き来年1月から勤めるようになりました。有難いことです。

Vちゃんの方は働くの大好きなベトナム人ですので得意な洋裁や料理の技量を生かしてその内に何か始めるかもしれませんが当面は専業主婦でしょうかねぇ?。

いずれにせよ秀さんが望むことは、貧乏生活はベトナム時代含め慣れているでしょうから慎ましくとも家族仲良く元気で日本の生活を送ってくれればほかに何も言うことはありません。家族仲の良いのが一番! ですもん。

つらつら考えるに秀さんもあと15年やそこらで男性の平均寿命になりますので人生のエンディングに向けて総括をしなければなりません。
大酒飲んで愚だ巻いて他人様に迷惑ばかりかけていてはいけませんわ! 寂しい一人生活のつれずれにふらふらと飲み屋街に繰り出す誘惑に打ち勝つよう・・・賢者の皆さま、どうか応援をお願いいたします。

孫会いたさに日本及びベトナムの年末年始は長期間帰省することは間違いありません。

ほけ〜としていたら明後日からもう12月ですね、ミカンもコタツもないベトナムですが孫へのお年玉を稼ぐために少し頑張らなければ・・・
と思うだけでいつもどおりの秀さんですわ、生きているだけで儲けものと思うようにしております。

それでは本日はこの辺で失礼いたします。




posted by 秀さん at 08:33| ハノイ 🌁| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月21日

日本から戻ってはみたが・・・編

日本から戻り会社に少しだけ顔を出して帰宅。
5人で住んでいたアパートにポツンと一人・・・・

あ〜 やっぱあかんわ ホーチミンに戻って一日目で寂しい。
軟弱と言われようと事実なので反論できずですわ。
気を付けなければいけないのが寂しさのあまりついつい禁断の毒の水、そぅ、用もないのにお酒を飲みにタイバンルーンあたりに飲みに出かけることですわ。
女親分からもVANちゃんからも念を押されております関係上何かの集まりがあるとき以外の飲酒は厳禁なのであります。
心配してくれていることは分かるのですが、一人鰥夫の爺さまゆえ心に空いた穴を酒でうずめるのも時にはありかな? と自己弁護するのであります。へい

心配していた2人の孫も新しい幼稚園登園当日から友達も出来たみたいですわ。子供の環境適応能力には脱帽でごわす。
あと数ケ月もすればホーチミンで通っていたみらい幼稚園のことなど忘却の彼方へとなるのでしょうねぇ
子供は常に新しいものに向かって進んで行き、秀さんのような年寄りは過去の思い出の中で停滞する。
これじゃいかん! とは思うのですがね!
新しいものについていく自信や体力が衰えて来ているのでしょうねぇ〜
幼い二人の孫が今後どのように成長していくのか楽しみです。

これから再々孫に会いに福岡に帰省することは間違いないでしょう!

爺ちゃん寂しいけどホーチミンで適当に頑張るので
お前たち二人もほどほどに頑張るように!








posted by 秀さん at 12:09| ハノイ ☁| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

11月の品友会はお休みです編

10年以上お休みしたことがなかった品友会ですが・・・今月は初のお休みです。
忙しいのもあるのですがある会食の席で泥酔してしまい参加者の前で前代未聞の醜態をさらしてしまい座敷牢に入れられている状態です。
泥酔人様大迷惑事件に関しては以前にもありましてトータル前科2犯でごわす。
若い時ならいざ知らずこんな年寄りになっての自制のなさ自堕落さに自分でも呆れております。
これではいかん! ということで反省の意味を込めて一度も欠落したことのない品友会を1回お休みすることにしました。←嘘です。実際には日本帰国やら来客等でめちゃタイトなのでお休みさせて頂くことになりました。スミマセン!

車には暴走しそうになるとブレーキアシストシステムや自動ブレーキシステム(ABS)が作動して被害を最小限に抑える働きがあります。
今後さらにAI技術が発達したら泥酔未然防止システムが秀さんの脳に本人の同意なしに家族や弊社の女親分から強制的に取り付けられるかもしれませんねぇ。まるで禁治産者のような わ・た・し です。

まぁ、笑い事ではなく深く反省しておりますのでご迷惑を被った被害者の皆様に陳謝いたします。ごめん!


ってことで、さ〜あて また飲みにで出かけましょう 死んだら飲みに行けないもの ね! 

だめじゃこりゃ ということでまた次回



posted by 秀さん at 15:34| ハノイ | Comment(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

猫のチーもいなくなった編

今月半ばに息子家族が日本に帰国するので今のアパートは秀さんが一人になる。
でもって出張とかで家を数日空けた場合に猫のチーをどうするかとの話になりましてね結局元捨て猫のチーは近所に住む猫大好きなベトナム人のおじさんに養子に出されたのであります。

かれこれ7〜8年くらい一緒にいたと思うのですが悲しい別れとなってしまいました。
お別れの時には息子家族全員でもらわれていくチーが新しく住む家まで出かけたそうです。
といっても歩いて2分です。

下の孫のター君が別れを惜しんで泣いたとの報告を帰宅した秀さんは受け取ったのであります。

息子家族との別れ、チーとの別れ、それ以外にも過去様々な別れを経験して来た秀さんです。
まぁ、出会いがあれば別れもあるのが人間さまの人生です。
そうこうしている内に、秀さんの場合は長くて20年、下手すると10年程度でこの世とのお別れが待っております。

まぁ、そう悲観的に考えるのではなくもっと楽天的に考えましょう 秀さん と言われますか?

決して悲観的に考えているわけではなく、必ず起きることを淡々と冷静に見つめているだけなのですが・・・ね!

ここで一休さんの話を思い出しました・・・以下転載します。

めでたい髑髏

 年のはじめの元日は、賢者も馬鹿者も、憂鬱人も能天気も、貴賤を問わず祝い飾ること、世界中どこでも変わることはない。ドブロクであっても屠蘇を飲み、鏡餅を据えるのだと尻餅をつくといった具合に、それぞれなりに祝うのである。

 元日の朝だからといって昨日と違うわけもないのに、なぜか空ものどかに霞みわたったような気がする。通りでは家ごとに門松が立ち、注連縄(しめなわ)が張られている。大晦日の晩は遅くまで借金取りが戸を叩いて街中を駆けずり回っていたが、一夜明ければ打って変わって気が緩み、また大晦日が巡ってくることなど念頭になく千代万世を祝う。いつ死ぬとも思わず不吉を忌み恐れ、つかの間の人生に名利をむさぼることと、命の終わりが迫るのも知らずに子孫を溺愛することを、蟻が茶臼を巡るがごとく毎年毎年ひたすら繰り返し祝って、飽きることを知らない。
 こうした人心を、一休禅師は奇怪なことに思った。
「なんてくだらないんだろう。人のこの世にあるのは、早朝に咲いてたちまち萎れる朝顔さえ盛りの長い花と思えるはかなさだ。カゲロウが青空に羽ばたいて楽しむ間ほどもない世の中なのだ。糞に糞を塗りつけたような正月の祝い言葉など、たちまち煙と消えてしまうもの……。よし、人々に目にもの見せてくれよう」

 一休は墓場へ行って、髑髏(しゃれこうべ)を拾ってきた。それを竹の先に取りつけ、正月元日の朝、京都の家々の門口にニョコニョコと髑髏をさし入れては、
「ご用心、ご用心」
と言って歩いた。人々は縁起でもないと門を閉ざしてしまった。
 そんな一休を見かけて、ある人が言うことには、
「ご用心とおっしゃるのはもっともなことだ。正月を祝おうが飾ろうが、人はいつか皆この髑髏になる。けれども世の習いとして祝って喜んでいるところへ、そんな不気味なものを突き出して水を差すのは、いかがなものであろうか」
 すると一休は、
「そうなんだよ。だから、わしも祝って髑髏を見せて回っているのだ。『目出たい』という言葉の由来を知ってるかね。昔、天照大神が天の岩戸をお開きになって以来いろんなことがあったが、この髑髏のほかに目出たいものはない」
と応えて、こんな歌を詠んだ。

   にくげなきこのしゃれこうべあなかしこ 目出たくかしくこれよりはなし

「これを見なさい、皆さん。目が出てしまって穴だけ残っているのを『目出たい』と言うのだよ。人は知らぬうちに、昨日を無事に過ごした気持ちの馴れにまかせて今日を暮らしている。『飛鳥川の淵瀬常ならぬ世』とは言うけれど、それを目で見るわけでもないから実感できない。そんな人々に『ご用心』と言いたいのだ。誰でもみな骸骨にならないかぎり、目出たいことなど何もないと心得るべし」
 一休がこのように言うのを聞いて、いやはや賢い聖だと、拝まない者はなかった。

・・・という話ですがね。

一休さんという方は変わり者だった言われますがこの話を秀さんが勝手に解釈するに・・・
なんじゃかんじゃいっても日々生活できていること自体が幸せ=めでたいことであり感謝すべきことなのでしょう。
人間の一生なんてあっという間、仏教用語でいえば刹那(100京分の1の時間)と思えば今生きている時の何と貴重なことでしょう。

短い人間様の人生で何かの縁で知り合い時空を共有する稀有な幸運のことを昔の人は一期一会という言葉に表したのではないでしょうかねぇ

おっといつものように妙な風に脱線しそうなので本日はこの辺でやめますが
孫のいない秀さんなんてクリープが入ってないコーヒーより苦い・・・・
会いたくなったら素直に即日本に会いに行くことは間違いさなそうです、へい

最後に諸般の事情により11月の品友会は23日または12月と合併号ということになりそうです。
また、改めてご案内いたします。

ではまた次回まで!





posted by 秀さん at 15:40| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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