会社の近くに大きなお寺があることは前から分かっていた。
いつか、先祖供養を兼ねて詣りたいと思っていたが中々行く機会がなかった。
事務員さん達と昼食後、歩いてお寺詣りでも行くかぁ?と言ったところ皆さんOKと言うことでトボトボと暑い中をお寺へ。
寺の前では花売りや線香売りの店が出ており小さな門前町のようです。
花を買う段になって日本人は少し離れて買い物は事務員さんにお任せ。
と言うのは外国人だとぼられるからである。
花と線香を買って値段は240円。
皆さんの幸せと先祖様に感謝の気持ちを込めてお祈りいたしやした。
ベトナムの宗教が大乗仏教なのか小乗仏教なのか分かりませんが、結構多くの方がお詣りに来ておりました。
お寺の中には大きな大仏さん(お釈迦様)だけではなく観音様や薬師如来さんも鎮座しておりまして合計で10体以上の仏様が勢揃いして圧巻であります。
それぞれの仏様にお線香をあげるので結構な時間がかかりました。
別段、熱心に宗教を信仰している訳ではありませんが時にはこういった神聖な場所で心静かにお祈りするのも良いものです。
大仏さんの横の柱に漢字が書いてありまして、アホな頭で判読を試みました。
般若心経の一部だと思うのですが、世の中のもの全てものはもともと空であり、空から生まれ出たものが色、この世に見える全てのもの、生きるもの全てが色。
しかしもともと空から出てきたもの故、いつかは無くなる滅びるものである。
しかし悲観することはない ただもとの空に帰るだけである。
だから、何も心配することはありませんぞぃ と言っているような気がした。
ベトナムではお寺に詣ったり先祖の法事はよく行われている。
普段のお金中心の考え方からは想像出来ないが信仰心は結構あついのであります。
秀さんの同級生で、キャバクラに行ったり色んなビジネスをやって金儲けに忙しいお寺の住職の者がいる。
遊びに行く時はわざわざ隣町まで行く用心深さも持ち合わせている。
このような坊主が良いか悪いかは別にして面白いやつである。
欲に任せて生きるも良し、無欲で生きるも良し。所詮、人間いつかは死ぬのであるから、最後はみな同じでありやす。
今ベトナムでは毎年100万人ずつ人口が増えているようです。
生まれては死んで、死んでは生まれる。
古代からこの繰り返しであります。
秀さんもそう遠くないですわ。
時期が来れば死ぬのでありますが、死に及んでどのような言葉を残そうか、
よろい戸を開けてくれ。光を……、もっと光を……。とゲーテのように格好良い言葉を今の内から考えておくのも一考であります。
さて、何が良いでしょうか?
ばあ様でなく。もっと美女を・・・。もっと美女を・・・。はゲーテのパクリのようだし。
まぁ、その場になったら考えましょう。
突き放した言い方をすれば、人間、死ぬために生きているようなものであります。
本日は秀さんのようなアホでも死について考える時があると言う一大発見のお話でありやした。
こんなアホは早く死んでしまえ!と言わないでくださいね。
ちなみに秀さんのじい様は、朝起こされて 「わしゃ まだ眠い もう少し寝る」が最後の言葉でありやした。
小学校から帰ってじい様の死を知らされた秀さん。
その後に葬式に大勢の親戚やその子供達が集まって、そのにぎやかさに何故か嬉しくなった不届き者でありました。
おじい様、ごめんなさいです。
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9月にはインドですか...羨ましい。
まぁ、たまの息抜きですもんね楽しんで下さい。秀さんもホーチミンに住みようになって昔のように海外旅行に出かけなくなりました。だって、住んでいるのが海外ですもん。
逆に日本に帰るのが楽しみになってしまいやした。日本に帰っても絶世の美女は待ってくれてはないですが・・・。