2010年03月11日

寅さんの母上の逝去に関して編

ブログがご縁で知り合った寅さんの母上が逝去した。

90歳を超える長寿を全うされ寅さん始め皆さんに看取られ母上もきっとご満足してあの世へと旅立たれことでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。 

そういう秀さんも今までに既に3名の葬式を出しております。
一番最初が亡きおかあちゃん、そして父、母の順番でした。

本来の順番から言えばおかあちゃんが一番最後になるはずでしたが神様がお決めになったことですので今更順番を元に戻すことも出来ませんわ。

配偶者であるおかあちゃんとは秀さんが13才の時からの付き合いでしたので28年間人生を共にしたことになります。
両親に関して言えば生まれた時からですので父に関しては42年間、母に関しては50年間の付き合いでした。

若い時には自分の親が死ぬなんて考えも及ばない。
一生空気のようにそばに居るものだと思っていました。

秀さん、両親にとってみれば決して自慢出来る息子ではありませんでしたが、縁あって5人兄弟の4番目である秀さんが最後の面倒をみることになりました。

正直に申し上げると、仕事も一番忙しい年代に何故に田舎に帰らないければいけないのか と時には不満を漏らしたこともありますが、今になって考えれば最後まで何とか親の面倒をみることができて幸せだったと思います。

歳とって行くに従い親と子供の立場が逆転して行く。
親が子供のようになることは子供の秀さんから見れば寂しいことでしたが誰しも通過する一連の定めのようなものでしょうねぇ。

特に母に関しては長い痴呆期間でしたのでまるで幼い子をあやす様に接しておりましたぞぃ。そりゃ大変でしたが・・・。

幸せなことに両親が秀さんに注いでくれた愛情は溢れるばかりでしたので人生において大きく道を誤らずにここまで生きて来れたようなものです。

ベトナムの秀さんの寝室には3名の写真を飾っておりますが、気が付いた時には写真に向かって感謝の言葉を捧げておりますぞぃ。

宗教的な話をする訳ではないですが、こうして秀さん親子が健康で無事で居られるのも3名始めご先祖様のお陰だと心の中で感謝しております。
まぁ秀さんも55才とそれなりの年齢になったせいもあるでしょうねぇ。
過去を思い出し、つくづく亡き親の有難味が胸に迫って来ます。

おかあちゃんに関してはもう少しああしてあげれば良かった、その時別の道を選んでおけば違った結果があったのではないかと思うこともありますが、もう亡くなった人は帰っては来ません。
また、帰って来てはいけないのかも知れませんねぇ。

果たしてあの世と言うものが実在するのかどうかは分かりませんが、秀さん的には亡くなった者たちが皆で集まって

「やっぱ、秀は今もベトナムという我々の知らない地でアホなことをやっているなぁ」 と笑っていると思いたいですねぇ。
また過去困難に直面した時にはどこかで陰ながら支えてくれたのではないかと考えるようにしています。

遠い過去から面々と何かの縁で繋がった生命の連鎖の糸が現在の秀さん親子をこの世に現出せしめている訳ですが、今生きていることに感謝しながらアホな秀さん そして秀さんよりほんの少しはまともな愚息と残りの人生を精一杯生きて行くのがこの世に生を受けた者の勤めだと思います。 

秀さん、寅さんの母上の御尊顔は拝したことはありませんが、

心よりご冥福をお祈りして 

本日はいつものダジャレは封印してブログを終わりたいと思います。

合掌

posted by 秀さん at 00:31| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです。
覚えてますか?(笑)
秀さんとご親族の深い家族愛を感じます。
それにくらべると私は…
私の父は胃ガンからの転移で亡くなりました。父は生前に私の事をひどく心配していて、亡くなる間際に『あいつはどうしようもないからお母さんを頼む』と兄に言っていたそうです。
死に目にも仕事現場から駆けつけましたが逢えませんでした…。
今まで苦労をかけてきた分、母には…と思いますが中々うまく親孝行できません。はずかしい限りです。
Posted by ひでじい at 2010年03月11日 23:04
ひでじいさん お久しぶりですお元気でしたか?

無論覚えおりますよ。はい。

親孝行は難しくはないと思いますよ。
親にしてみれば子供が元気で日々暮らしているだけで良いのではないでしょうか?
出来れば時たま顔を見せる程度で十分だと思います。
親は子供に金銭的なものや物欲的なものを望まない唯一の人たちですから・・・

我々は普段は働いてお金を稼がなくては生活して行くことが出きないのは自明のことですが

親と言うのは世の中の中で唯一その価値観では縛られない無限の愛情を注いでくれるから有り難いのでは・・・

その愛情にどこまでお返し出来るかは人それぞれですが・・・
面白いもので自分の子供が出きたときに自分の親がしてくれたように子供に愛情を注ぎますね、
これでイーブンではないかと勝手に思ったりしています。

そうやって無限の糸で結ばれてきたのが現在の我々ですわ。
ですので宗教臭い話になりますが、元気で精一杯生きて行くこと、時には感謝の気持ちを表すためにお参りに行く 

この程度で良いのではないでしょうか?

生意気言ってスミマセン。

これからも時々はコメントお願いしますね。

有難うございました。

PS:愚息も・・・秀さんが死んだら分かるかも?
しかし・・・余り親父らしいことしてないからなぁ・・・??

Posted by 秀 at 2010年03月12日 04:28
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