2010年04月05日

週末は生意気に政治経済を勉強編

日頃はでれ〜んとしたベトナム生活を送っている秀さんです

が週末時間がある時には少し硬い政治経済の記事をネットを通じて拾い読みするのが定番になっておりやす。

 ベトナムに住んでいると日本のテレビはNHK位しかないのもありますがそもそも日本のマスコミが伝える情報が正しいとは思ってはおりませんわ。
様々な情報が偏光したフィルターを通して国民に伝えられている現実に今では多くの国民が気づき始め大手新聞等も読者減少で経営の苦しいところが出ているとのこと。

まぁ、当たり前ですな、インターネットがここまで発達した社会では情報操作をするのにも限界があり、最近ではツイッターと言う即効性のある媒体も出てきておりますもん。

大きく歪められた情報ばかり発信しているからこういう事態になるのであります。
 
最近ではマスコミではなくマスゴミと呼ばれるようになっていますねぁ。

ジャーナリストと言う横文字には知性と理性と情熱のある人がその世界に進むのだというイメージを若い頃の秀さんは持っていたのですが・・・

昨今の日本のジャーリストを見ると上司の目を覗ういじけたサラリーマン根性丸出しの記者の多さに幻滅を覚えておりますぞぃ。
 

政治経済と言いますが、先ずはその国に住む国民がどのような政治体制を望むのかにより政治体制も違ってきますが、戦後の日本はアメリカさんの影響もあり議会制民主主義という制度を選んだ(厳密にいえば敗戦国にアメリカが押し付けたのですが)のですが、それまでの日本に真の意味での議会制民主主義なんてものは経験がありませんでしたわ。

徳川幕府時代はもとより明治大正の時代も政治の実態は政治家主導と言うよりはお役人さん主導で国の運営がなされてきたのが日本の姿ですねぇ。
戦後の一時期は官僚主導で大きく経済発展をすることが出来たのも事実です。
当時の通産省のお役人さん達も貧乏国の日本がどうすれば経済・産業発展できるかと経済政策に情熱を傾けていたことは間違いないでしょう。

問題は・・・その後ですわ。
まぁ話し出すと長くなるのでやめておきましょう。 

国民生活の基本を支える経済活動は重要です。
その経済活動を上手くバックアップ&コントロールして行くのが政治の大切な仕事の一部ですが、経済政策と言っても日本を代表するような大企業と小さな町にある小さな町工場とでは政治に求める政策も違いがあって当然でしょう。

その前に我々国民が最低限の生活を維持するだけの生活基盤を政治は保証しなければなりません。
幸い日本の国と言うのは戦後著しい経済発展を遂げ、世界的に見てもアジアで一番先に先進国入りした稀な国ですわ。 

しかし最近はどうでしょう・・・? 

平成21年度の厚生労働省の調査では大学卒業者の平均初任給は20万円〜22万円と出ていましたわ。

これって今から15年前とほとんど変わっていないのですわ。
ベトナムのような貧乏国でさえここ10数年で2倍近く上昇しているのですから幾ら日本が不況だとは言え誰が考えてもおかしいではないですか? 

政治的な話は極力このブログでは書かないと以前は思っていたのですが、最近では何ともやるせない気持ちから柄にもない話をしておりますわ。

思うに自民公明時代の政治の愚策のツケを今頃になって日本国民が払わされているような気がしてなりません。

一級戦犯は小泉元首相と竹中元大臣でしょうな。
強い者が勝つ と言うのは現実社会では当たり前ですが、それを一般の国民生活まで適用すると前近代の借金の為に娘を吉原に売るような時代になってしまいますわ。

あっちふらこっちふらと民主党政権も揺れ動いてはいますが鳩ぽっぽの総理大臣と小澤さんに期待したいと思っている秀さんですわ。 

本日は秀さんが この人は真のジャーナリストだと認める人の一人である田中良紹氏の記事を掲載して終わりにしますわ。 

明日はまたダジャレ満載のアホブログに逆戻り 

はお約束ですな。
 ではまた次回・・・ 


 転載開始・・・・・・・・・・  

世界は「民から官」 田中良紹


「資本主義経済が破綻して危機に瀕した時、それを救済出来るのは国家である」と歴史は教えている。
「民」に任せれば破綻は拡大する。
従って危機の時に「官から民へ」を叫ぶのは歴史に逆行する間抜けな話である。

1929年10月24日、ニューヨーク証券市場が大暴落した時、共和党のフーバー大統領は「政府は経済に介入すべきでない」との姿勢を取り、そのため破綻は拡大して世界に波及した。
各国の金融機関が倒産、それに伴い企業も倒産、失業と貧困が街に溢れた。これが世界恐慌である。
今で言う「小さな政府」の政策が世界を不況のどん底に陥れた。

フーバー大統領に代わって登場したF・ルーズベルト大統領は、それまでの政策を「新規まき直し(ニュー・ディール)する」と宣言し、国家が経済に介入する政策に切り替えた。
ケインズ経済学の修正資本主義路線を採用、国家が税金を使って公共事業を興し、ダムや道路を造った。
同時に貧困に苦しむ国民を救済するため、税金を使って福祉を充実させた。
今で言う「大きな政府」の政策である。

その方向は正しかったが、社会主義の計画経済に比べれば効果は薄かった。
スターリンの共産主義や、ヒトラーの国家社会主義の計画経済は世界恐慌の影響を受けなかった。
結局アメリカ経済が立ち直るのは日本の真珠湾攻撃によってアメリカが戦争に突入し、軍需産業が盛んになってからである。

不幸なことだが20世紀の世界恐慌は戦争によって解決された。
いずれにせよ危機になれば、国家が経済に介入しないと回復はおぼつかない。

それが資本主義の宿命であり、世界恐慌が教える歴史の教訓である。

リーマンブラザーズの破綻に端を発するアメリカの金融危機は、瞬く間に先進資本主義国の経済を直撃し、「百年に一度」とグリーンスパン前FRB議長に言わせる規模となった。
そうした時期に大統領に就任したオバマの経済政策が「大きな政府」になるのは当然である。

だが社会主義を嫌うアメリカ国民の心情に配慮して、オバマ政権は「大きな政府」とは言わずに「賢い政府」と言った。
しかし巨額の財政出動によって政府が破綻企業を救済し、経済の安定を主導する政策は「小さな政府」の対極である。
アメリカは今や「官から民へ」ではなく「民から官へ」の政策を採っている。

ヨーロッパ諸国は元来福祉国家を目指してきたのでいずれも「大きな政府」の政策である。
英国病から脱するため「小さな政府」を導入したサッチャー時代のイギリスも、今ではサッチャー路線を採っていない。
こうして先進資本主義諸国はいずれも政府が経済運営で大きな役割を担うようになった。

しかし政府が湯水の如く税金を使える訳ではない。
何もしなければ経済は破綻するが、税金を投入して危機を回避しようとすれば、今度は財政が破綻して国家そのものが破産する可能性がある。かねてから巨額の財政赤字を抱えるアメリカは、それでも危機回避のためには巨額の財政出動を迫られており、その舵取りは極めて難しい。アメリカ政府は今、喉から手が出るほど金が欲しい。

戦後、西ドイツと共に「反共の防波堤」と位置づけられた日本は、アメリカの「ソ連封じ込め戦略」によって経済的繁栄を約束された。
第二次世界大戦の敵国でありながら、西ドイツも日本もアメリカの手によってアメリカに次ぐ経済大国に育て上げられた。

とりわけ日本は80年代に世界最大の債権国となり、逆にアメリカは世界最大の借金国に転落した。
その日本は今、国家財政は赤字だが個人には1400兆円の金融資産がある。

冷戦が終結すると当然ながらアメリカの政策は一変した。
まずは日本経済を「ソ連の次の脅威」と位置づけ、次に日本が官僚主導の計画経済体制である事から、旧大蔵省と旧通産省の力を削いで計画経済の枠組みを崩し、日本の金融資産を民間ベースに取り込む工作に取りかかった。

そもそも日本の銀行や証券会社は全く「民業」とは言えない。
旧大蔵省管理下の「護送船団」で、競争のない既得権益であるから叩けばいくらでもホコリは出る。
特にバブル期に積み上げられた不良債権が顕在化すると、アメリカから不良債権処理を最優先にするよう要求された小泉政権は、金融再生法によって銀行を次々国有化し、それをアメリカの民間ファンドに売却した。

アメリカの最大の狙いは郵貯と簡保である。
その300兆円の資産が国家の管理から解き放たれれば、様々な金融商品の対象に組み込む事が出来る。
小泉政権はアメリカの筋書に沿う形で郵政民営化も実現した。

しかし昨年の政権交代でアメリカの思惑は外れた。
もとより自民党政権にうんざりだったアメリカは、一方で政権交代を歓迎しつつ、しかし郵便局が国営化されて巨額の資金が国家の管理下に置かれるのは困る。
そこで民主党政権に厳しい姿勢を取るようになった。
それが普天間問題である。

かつて沖縄返還を巡ってどれだけの経済的要求を日本が飲まされたかを思い起こせば、アメリカにとって沖縄は有力な経済カードである事が分かる。
あの時日本は沖縄返還と引き替えに繊維製品の対米輸出を規制され、かつ航空機の購入も約束させられた。
それが後のロッキード事件につながる。

そして近年明らかになった「密約」によれば返還費用も肩代わりさせられていた。
民主党政権が名護移設を受け入れられない事を百も承知だからこそアメリカは名護移設にこだわる。
アメリカにとって名護にメリットがあるからではない。
他に目的があるからだ。

そこで郵政民営化の見直しである。
日本がこの経済危機から脱するためにはやはり財政出動が必要だが、国の財政はアメリカほどではないにしても巨額の赤字を抱えている。
これを乗り切るには国債に頼るしかない。

赤字国債と言えば聞こえは悪いが、それが無用な公共事業ではなく、オバマの言う「グリーン・ニューディール」や将来の日本を支える科学技術や教育投資に使われるのなら有用である。

そのために郵貯や簡保を国の管理下に置こうとする郵政改革法案は「民から官へ」の動きで、現在の世界の流れに符合している。

そして財政赤字に苦しむアメリカの国債を郵貯資金で購入すれば、アメリカが当初目論んだ資金の流れとは異なるが、アメリカの経済要求に応える事が出来る。
それは普天間問題にも影響する筈だと私は思う。

ところがこの動きを「官の肥大化につながる」とか、郵貯の預け入れ額の引き上げを「民業圧迫だ」という批判が民主党内から起きた。

全く民主主義を理解しない人間の戯言である。
政治家が主導して政府の管理を強める事のどこが「官の肥大化」なのか。
国民の代表である政治家が主導する限り、それは国民主権の行使であり、「官」は政治のコントロール下に置かれている。

また日本の銀行を「民業」と言う認識にも驚いた。
日本の銀行は民間ではあるが、1927年の銀行法制定以来、厳しい官の統制下にあり、官僚に手取り足取りして貰わないと何も出来ない。
それが「メインバンク制」という企業を官僚組織の支配下に置く装置として使われた。
世界に名だたる「日本株式会社」の特殊構造である。

政府の管理を強めたり、官僚の権限を強めることが「官の肥大化」になるのは、政治家より官僚が政府を支配する国の話である。

政治家が官僚をコントロールする国家では官僚が民間企業に「天下る」事も何ら問題でない。
アメリカでは有能な人間がある時は官僚になり、それが民間企業の経営者に「天下り」し、また官僚に戻ったりする。
ところが日本では、日銀総裁人事でも日本郵政の社長人事でも、官僚OBと言うだけで大騒ぎした。

騒ぐのは今回と同じで民主主義を知らないのである。
しかし自民党にも民主党にもそういう政治家が一杯いる。

それが「改革派」を自称する。

しかしそれこそ民主主義を壊す存在である事を国民は良く覚えて置いた方が良い。
 



 転載終了・・・・・・・・・・・ 

posted by 秀さん at 00:34| ハノイ 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
古い記者出身のわたしにも、「1980後」の9時5時記者族の蔓延には忸怩辟易するところがあります。
記者が情報操作されるのは独自取材、調査取材をしないで発表モノの垂れ流しをすること、発表側が提供している記者クラブ制度に安住していることにあると思います。
記事造りに圧力がかかるのは社内の広告部辺りからでしょうか。
しかし学卒優先主義で採用される記者諸君は世の中のことを知らす、超高給でエリート意識ばかり強いですから、どうしても浮世離れ
した、独りよがりの記事になってしまう傾向が強く、独自取材、調査取材にも無理があります。
といってフィルターのかからないネット情報にも大きな危なさが満ちています。また、ネットのほうが組織(サクラ)的な情報操作をされ安いというリスクもあります(中国のケース)。
いま、既成のメディアは、自分自身、これからどうしたらいいのか分からないという暗中模索の時代にあるのです。暗黒時代です。
Posted by ひとみ at 2010年04月07日 14:24
ひとみさん どうもです

さすが元記者だけあって鋭い考察ですねぇ。
日本は戦後60年間アメリカとナベツネや電通と言ったCIAのスパイマスコミ、特捜地検らに牛耳られてきたようなものですわ。
真のジャーナリストの登場を待ちたいものです。
Posted by 秀 at 2010年04月09日 11:56
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