2010年07月05日

ご飯も話もてんこもりの日曜日編

昨日、買い物に行って食材を沢山買い込んだものだから
本日も外食はせずに自宅で自炊して食事を摂りましたわ。

お肉に野菜をバランスよく摂り、当然ご飯は大盛り、言葉をかえて言えばてんこ盛りでごわす。

ん〜・・? 
てんこ盛りの意味が分からない人もいますか?

秀さんは昔から使っている言葉(方言?)ですが・・・
 そこで暇に任せてこのてんこ盛りと言う言葉の語源をネットで調べてみたのですが

ある方は・・・てんこ盛り」の「てんこ」は「天骨(てんこつ)」が岐阜県以西の西日本各地で てっぺんとか頂上とかいう意味で使われたのがもとになり、「つ」が省略されて、語源になったもののようです(日本国語大辞典より)。 と答えておりまして 

またある方はこの持論に反対で、語源としては天(空、高く大きい)の天に こ が付いて てんこ 盛りという意味になったとあります。 

さて、どちらが正しいのでしょうかねぇ? 

まぁ、どうでも良い話ではありますがね。

さて、秀さんが更に調べてみますと、

天骨という漢字のそのものの意味は

1)生まれつき。ひととなり。天性。

(2)生まれつきの才能や器用さ。また、それが備わっている・こと

とあります。これは間違いありません。

じゃ、才能や人の天性と山の頂きとは全く意味が違うように思うのですが・・・賢者の皆さんどう思われますぅ? 

秀さん的には、山の頂き より 天の方が更に高く大きく広い=要はドでかい とう意味で超大盛りを表す言葉として 天こ盛り になったという説の方が正しいような気がするのですが・・・

真実は如何に?

この接尾語の こ は地方によっては言葉の後につくようです。
例えば、ぺちゃんこ、はんこ など・・・。

やめときゃいいのに接尾語の こ についてまた調べてみました。  

接尾語 しばしば っこ の形をとる。っ子 と表記するものもある。

 @    何かをする、競うことを表す。

かけっこ、にらめっこ、教えっこ、恨みっこ 

A    前に付く語の表す状態であることを表す。

どろん、慣れっこ、ごっつん、隅っこ、売れっ子、江戸っ子 

B    小さいもの、かわいいもの、重要でないものを表す。

ちびっこ、にゃん、娘っこ 

秀さん的には、接尾語のA=前に付く語の表す状態であることを表す。 という意味の方がしっくりくるのではないかと・・・

天(高い、大きい、広い)状態を表す意味で 天こ と付いたのではないかとアホが勝手に結論つけましたぞぃ。 

暇のついでのついでに・・・じゃ、この 天 と言う字の語源は何よ?と言うことで

ある方はこう述べています・・・

「天」は「一」と「大」の組み合わせだと教えます。
その際、「一」は「人の頭の上に広がる空」を表し、「大」は「両手両足を広げて立つ人」だと説明します。

すなわち、『「天」は、両手・両足を広げて立っている人の、頭上高く広がっているものであり、それが「天」だと教えるのです。

空を表す「一」が、人の手より短くてはおかしいでしょう。
だから、「空」を表す「一」は、人の手より長く書きましょう』
と説明するのです。

この説明は、現在の常用漢字の字形に従った見方、考え方ですから、いわゆる漢字学的「字源」といわれているものとは異なります。

しかし、現在の常用漢字、ことに教科書体の字形に従えば、こうした説明が最も有効だといえます。
この教え方をすると、小学一年生でも、上が長く下が短い「天」という字形をはっきりと意識し、書き取りテストでバツになる子は激減します。
それでは、いわゆる「字源」といわれているものの「天」という漢字の説明はどうなっているのでしょうか。

二・三の例を挙げてみましょう。


・「『大』は人の正面形、その上に頭部を示す円を加えた形」(『字統』白川静・平凡社)

・「人の最も上にある大きな頭を示す」(『角川漢和中辞典』貝塚茂樹他・角川書店)

・「人の身体を正面から見て、特にその頭部をはっきりと書いて、頭の意味を表した象形字」(『漢字の語源』山田勝美・角川書店)

こうして、何冊かの漢字学者の書かれた字源といわれる説明を読んでみても、その「字源」通りの説明では、現在の「天」という字の字形のイメージは出てきません。

それは字源というもの、それ自体が、その漢字の持つ意味につながるものであり、字形につながるものではないからです。
 

と・・・・

だんだん深みにはまって行きそうなのでもうやめますね。

本日は、家でゆったりとした時間を過ごしておりまして、秀さんの暇つぶし趣味で、ベトナムのフランス植民地時代のことを調べていました。

そのフランスの植民地時代の影響でしょうが、ベトナムではキリスト教徒の方が国民の約10%位いますねぇ。
日本の1%未満に比べて非常に多いですね。

しかしですな、それでも欧米の植民地になったフィリピンやアフリカ諸国に比べるとはるかに少ない比率ですわ。

そうして調べていく内に、信長秀吉の時代にいわゆるキリシタンと呼ばれる宣教師が日本に入って来た訳ですが・・・

何故に秀吉や徳川幕府はキリシタンを弾圧したのでしょうか? 

と言う素朴な疑問がわいてまたまた悪いくせで調べてみましたぞぃ。
 

以下のものは株式と経済展望と言うブログの中で転載された記事でキリスト教徒の方が書かれた文章ですが、結構驚く内容ですのでご覧になってみて下さい。

何故に秀吉や徳川幕府がキリシタン弾圧を行ったのか良く理解できますので。 

おぅ! 今の日本のアメリカ服従の日本の政治家と違い、やはり国の統治者としての自覚と矜持があったことが覗えますぞぃ。

また、昔からユダヤの一部の者達のえげつなさが理解できると思いますねぇ。

アメリカもイギリスも裏ではユダヤ資本が牛耳る国です。
世界の裏の政治経済史を勉強して来るとどうしてもユダヤと言うキーワードなしでは理解できないことだらけですわ。

日本には日本に根ざした独立国としてのアイデンティティーが不可欠ですと思いますわ。

何故か、ご飯てんこ盛りの話が大きく脱線してしまいましたねぇ、

参議院選挙で国政の行方はどうなるのか分りませんが、
国民の負託を受けた政治家は日本という国を秀さんのブログのように・・・脱線させないように国民の為に私利私欲を捨てて現在の困難な時代の舵取りをお願いしたいものです。
 

 以下転載開始・・・・・ 

日本宣教論序説(16) 2005年4月 

わたしは先に第4回「天主教の渡来」の中で、日本におけるキリシタンの目覚ましい発展と衰退の概略を述べました。
しかし、ここではキリシタンがたどった土着化の過程について考察してみたいと思います。

後で詳しく述ぺますが、わたしの先祖はキリシタンでありました。
わたしは伊達政宗の領地であった岩手県藤沢町大籠(おおかご)地区での大迫害で生き残ったかくれキリシタンの末裔です。
 
今はプロテスタントの牧師ですが、わたしの中にはキリシタンの血が流れていると思います。

三年前の夏、父の郷里藤沢町を初めて訪問してこの事実を知ってから、キリシタンについてのわたしの関心は以前より深くなりました。
そしてキリシタンについての知識も少し増えました。

四百年前のキリシタンを知ることが現代のわたしたちと深く関わってくると思いますので、先ず追害の理由から始めたいと思います。

 1.キリシタン遣害の理由 

宣教師ルイス・フロイスが暴君と呼ぶ豊臣秀吉が「伴天連(ばてれん)追放令」を発したのは、1587724日(天正15619)でした。

これは天正(てんしょう)の禁令として知られる第1回のキリシタン禁止令です。
それ以後徳川時代にかけて、次々に発せられた禁止令の理由をまとめると、次の五つになるでしょう。

 (1)  植民地政策 

キリシタンの宣教は西欧諸国の植民地政策と結びついていました。
それは、初めに宣教師を送ってその国をキリスト教化し、次に軍隊を送って征服し植民地化するという政策です。

秀吉は早くもそのことに気づいて主君信長に注意をうながしています。
 

ポノレトガル、スペインのようなカトリック教国は強力な王権をバックに、大航海時代の波に乗ってすばらしく機能的な帆船や、破壌力抜群の大砲を武器として、世界をぐるりと囲む世界帝国を築き上げていました。

その帝国が築き上げた植民地や、その植民地をつなぐ海のルートを通って、アジアでの一獲千金を夢見る冒険家たちが、何百、何千とビジネスに飛ぴ出していきました。 

そうした中にカトリックの宣教師たちも霊魂の救いを目指して、アジアに乗り出して行ったのです。

彼らが求めたのは、霊魂の救いだけではなく、経済的利益でもありました。
 
ザビエルがゴアのアントニオ・ゴメス神父に宛てた手紙から引用すると、「神父が日本へ渡航する時には、インド総督が日本国王への親善とともに献呈できるような相当の額の金貨と贈り物を携えてきて下さい。もしも日本国王がわたしたちの信仰に帰依することになれぱ、ポルトガル国王にとっても、大きな物質的利益をもたらすであろうと神かけて信じているからです。

堺は非常に大きな港で、沢山の商人と金持ちがいる町です。
日本の他の地方よりも銀か金が沢山ありますので、この堺に商館を設けたらよいと思います」(書簡集第93)
 

「それで神父を乗せて来る船は胡椒をあまり積み込まないで、多くても80バレルまでにしなさい。
なぜなら、前に述ぺたように、堺の港についた時、持ってきたのが少なけれぱ、日本でたいへんよく売れ、うんと金儲けが出来るからです」(書簡集第9)
 

ザビエルはポルトガル系の改宗ユダヤ人(マラーノ)だけあって、金儲けには抜け目ない様子が、手紙を通じても窺われます。

ザビエル渡来の三年後、ルイス・デ・アルメイダが長崎に上陸しました。

この人も改宗ユダヤ人で、ポルトガルを飛ぴ出してから世界を股にかけ、仲介貿易で巨額の富を築き上げましたが、なぜか日本に来てイエズス会の神父となりました。
彼はその財産をもって宣教師たちの生活を支え、育児院を建て、キリシタン大名の大友宗瞬に医薬品を与え、大分に病院を建てました。

 (2)  奴隷売買 

しかし、アルメイダが行ったのは、善事ばかりではなく、悪事もありました。


それは奴隷売買を仲介したことです。

ここで、鬼塚英昭著「天皇のロザリオ」P249257から、部分的に引用したいと思います。
 

「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。

キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。

ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。 

キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。 

『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。
ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。
鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。
 

日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。

しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。

キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。 

数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の原住民が殺され、数十万人の日本娘が世界中に売られた事実を、今こそ、日本のキリスト教徒たちは考え、語り継がれよ。

その勇気があれぱの話だが」。
 

(以上で「天皇の回ザリオ」からの引用を終ります) わたしはこれまで各種の日本キリシタン史を学んで来ましたが、この『天皇のロザリオ」を読むまでは、「奴隷」の内容について知りませんでした。

しかし、こういう事実を知ったからには、同じキリスト教徒として真摯な態度で語り継いで行きたいと思います。 

なお今年の130日に、第5版が発行された、若菜みどり著「クアトロ・ラガッツィ(四人の少年の意)」(天正少年使節と世界帝国)P.414417」に奴隷売買のことが報告されていますが、徳當蘇峰「近世日本国民史豊臣時代乙篇P337-387」からの引用がなされているにもかかわらず、「火薬一樽につき日本娘50人」の記録は省かれています。 

そして、「植民地住民の奴隷化と売買というビジネスは、白人による有色人種への差別と資本力、武カの格差という世界の格差の中で進行している非常に非人間的な『巨悪』であった。

英雄的なラス・カサスならずとも、宣教師はそのことを見逃すことができず、王権に訴えてこれを阻止しようとしたがその悪は利益をともなっているかぎり、そして差別を土台としているかぎり、けっしてやむものではなかった(p.416

と説明して、売られた女性たちの末路の悲惨さを記しています。
かなり護教的な論調が目立つ本です。
 

秀吉は準管区長コエリヨに対して、「ポルトガル人が多数の日本人を奴隷として購入し、彼らの国に連行しているが、これは許しがたい行為である。従って伴天遠はインドその他の遠隔地に売られて行ったすぺての日本人を日本に連れ戻せ」と命じています。

 素晴らしい! 独立国としては当然ですな。
   (秀さん秀吉大好きですわ)
 


(3)  巡回布教 

更に秀吉は、「なぜ伴天連たちは地方から地方を巡回して、人々を熱心に煽動し強制し'て宗徒とするのか。
今後そのような布教をすれば、全員を支那に帰還させ、京、大阪、堺の修道院や教会を接収し、あらゆる家財を没収する」と宣告しました。

 (4)  神杜仏閣の破壊 

更に彼は、なぜ伴天連たちは神杜仏閣を破壊し神官・僧侶らを迫害し、彼らと融和しようとしないのか」と問いました。

神杜仏閣の破壊、焼却は高山右近、大友宗瞬などキリシタン大名が大々的にやったことです。
これは排他的唯一神教が政治権カと緒ぴつく時、必然的に起こる現象でしょうか。

 (5)  牛馬を食べること 

更に彼は、なぜ伴天連たちは道理に反して牛馬を食ぺるのか。
馬や牛は労働力だから日本人の大切な力を奪うことになる」と言いました。
 

以上秀吉からの五つの詰問にたいする、コエリヨの反応は極めて傲慢で、狡猪な、高をくくった返答でした。

高山右近を初め多くのキリシタン大名たちはコエリヨを牽制しましたが、彼は彼らの制止を聞き入れず、反って長崎と茂木の要塞を強化し、武器・弾薬を増強し、フイリピンのスペイン総督に援軍を要請しました。 

これは先に巡察使ヴァリニヤーノがコエリヨに命じておいたことでした。
しかし、かれらの頼みとする高山右近が失脚し、長崎が秀吉に接収されるという情勢の変化を見てヴァリニヤーノは、戦闘準備を秀吉に知られないうちに急遽解除しました。 

これらの経過を見れば、ポルトガル、スペイン両国の侵略政策の尖兵として、宣教師が送られて来たという事実を認めるほかないでしょう。

これらの疑問は豊臣時代だけでなく、徳川時代300年の間においても、キリシタンは危険であり、キリシタンになればどんな残酷な迫害を受けるかわからないという恐怖心を日本人全体に植え付けることになり、キリスト教の日本への土着化を妨げる要因になったと言えるでしょう。(後略) 

バテレン追放令 2002年7月9日 北國新聞 

もう1つの国内向けとみられる法令は11カ条からなっている。
一条から九条までの内容は
キリシタン信仰は自由であるが、大名や侍が領民の意志に反して改宗させてはならない

一定の土地を所有する大名がキリシタンになるには届けが必要

日本にはいろいろ宗派があるから下々の者が自分の考えでキリシタンを信仰するのはかまわない―などと規定する。 

注目すべきは次の十条で、日本人を南蛮に売り渡す(奴隷売買)ことを禁止。

十一条で、牛馬を屠殺し食料とするのを許さない、としていることである。
 

以上の内容からは
右近が高槻や明石で行った神社仏閣の破壊や領民を改宗させたことを糾弾

有力武将を改宗させたのはほとんどが右近によってで、右近に棄教をさせることで歯止めがかかると見た

バテレン船で現実に九州地方の人々が外国に奴隷として売られていること―などが分かる。

秀吉の追放令は、ある意味で筋の通った要求だった。
 

さらに重要なのは、日本の民と国土は、天下人のものであり、キリシタン大名が、勝手に教会に土地を寄付したり、人民を外国に売ることは許されないということである。

天下統一とは、中央集権国家の確立にほかならない。

キリシタンは、その足元を乱す、かつての一向宗と同じ存在になる危険性があると秀吉が感じていたことがわかる。 

「バテレン追放令」は、キリシタンが対象であるかのように見えて、実は日本が新しい時代を迎えるため何が課題かを暗示する極めて重要な出来事だったのである。 


(私のコメント) 

今年のNHKの大河ドラマは山内一豊が主人公ですが、信長、秀吉、家康の時代のドラマです。
また同じNHKでは「そのとき歴史は動いた」と言う番組でも戦国時代のことをよく取り扱います。

その中で秀吉とキリシタンの関係を扱ったものがありましたが、日本の娘などがキリシタンによって奴隷として売りさばかれた事は扱わなかった。 

この事は、さまざまな文献資料によっても証明されているから事実なのですが、日本の歴史教科書でも、秀吉のキリシタン弾圧は教えても、日本女性が奴隷としてキリシタンたちが海外売りさばいた事は教えないのはなぜか。

そうでなければ秀吉がなぜキリシタン弾圧に乗り出したかが分からない。
 
ましてや宣教師のザビエルなどが改宗ユダヤ人であることなどと指摘するのは歴史教科書やNHKなどでは無理だろう。

しかしこのようなことを教えないからユダヤ人がなぜヨーロッパで差別されるのかが分からなくなる。

彼らは金になれば何でもやるところは現代でも変わらない。 

なぜこのような事実が歴史として教えられないかと言うと、やはりGHQなどによる歴史の改ざんが行なわれて、キリスト教や白人などへのイメージが悪くなるからだろう。

もちろんキリシタン大名などの協力があったから日本女性を奴隷として売りさばいたのだろうが、彼らは日本人の顔をしたキリシタンだった。 

おそらく大河ドラマでも高山右近などのキリシタン大名が出てくるだろうが、娘たちを火薬一樽で娘50人を売った事などはドラマには出てこないだろう。

しかしこのようなことがキリスト教に対する日本国民のイメージが悪くなり、キリスト教は日本ではいくら宣教師を送り込んでも1%も信者が増えない。
かつてキリスト教は人さらいをした宗教と言うDNAが埋め込まれてしまったのだろう。 

歴史教科書などではキリスト教弾圧を単なる異教徒排斥としか教えていませんが、信長にしても秀吉にしてもキリシタンに対しては最初は好意的だった。

しかし秀吉に宣教師たちの植民地への野心を見抜かれて、だんだん危険視するようになり制限を設けたが、神社仏閣の破壊や日本人を奴隷として売りさばく事が秀吉の怒りに触れて弾圧するようになったのだ。 

現代にたとえれば

竹中平蔵などがキリシタン大名として宣教師たちの手先となって働いているのと同じであり

日本の銀行や保険会社などを外資系ファンドなどに売りさばいてしまった。

戦国時代に日本の娘を奴隷として売りさばいたのと同じ行為であり

竹中平蔵は高山右近であり、アルメイダのような改宗ユダヤ人が日本乗っ取りを狙っている。
 



以上転載終了・・・・

posted by 秀さん at 00:01| ハノイ | Comment(5) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは☆長くて一気に下までスクロールしちゃいました^^;
でも毎日楽しみに見てます!
Posted by フエ at 2010年07月05日 13:52
フエさん どうもです

長い張り付け文章でごめんなさい。
アホなブログを読んで頂き恐縮です。

これらも臭いダジャレをフューチャーして
頑張ります!

頑張らんで良いってか?

でも頑張りま〜す。

コメント有難うございます。
Posted by 秀 at 2010年07月06日 07:34
50万人は本当でしょうか?
一樽50人とは・・・・。
今まで全然知りませんでした。隠された歴史は多いのでしょうね。
かなりショックを受けました。

調べてみたら1600年当時の日本の人口が1227万人らしいので相当の人数か売られていったのですね。
これでは鬼のモデルは南蛮人だとか宣教師だとかの説に信ぴょう性がありそうですね。
Posted by chibipaff at 2010年07月06日 09:13
chibipaffさん どうもです

どうやら本当みたいですね。
これもユダヤとキリスト教との色々な裏面があるので何とも言えませんが・・・

日本だと宗教家が人身売買か! てことで大変なことになるでしょうが・・・
当時の毛唐連中は、まぁ今もそうですが・・・

黄色い野蛮人位しか思ってなかったのでしょう。
原爆落とされたのも同じ理由でしょうね。

まぁ、これからはアジアの時代でしょう。

はい。

Posted by 秀 at 2010年07月07日 03:05
chibipaffさん 訂正です

その後色々調べてみました。
奴隷売買はあったようですが、50万人は誇張し過ぎのようですね。
実際はその1/10または1/100位かも?

でも、いずれにせよ当時のキリスト教の皇王が人身売買を認めていたことは確かで、やはり宗教って100%善とは言えないようです。

まぁ、私のダジャレはもっと質が悪いですが・・・

Posted by 秀 at 2010年07月07日 11:33
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