2010年10月31日

アホの秀さんでもめげた時期が・・・編

まぁ、いつもブログで自分のことをアホだ!ときっぱり宣言している秀さんですので、

あいつはアホだと他人に言われても一切の反論はありませんよ、
だって自分で自分をアホと言っていることですので間違いないですわ。
ましてや決して賢い人間だと今まで一度なりとも思ったことはありませんよ。これ、ほんと! 

小さい頃から勉強嫌いの性格だけは飽きもせず、継続は力なり! 
とどこかの
予備校の標語にあるようにその性格だけは続けることが出来まして
高校卒業ま
でそのアホさを維持することが出来ましたわ。
無事、いや当然の帰結として東京の私立の三流大学しか入学出来ませんでしたが・・・ね。 

今は亡きおふくろさんが言うには・・・
「秀よ、あんたが浪人したい と思うならしても構わないよ、そしてもっと良い大学に行ったら? 」 と何とも有り難いお言葉をかけて頂いたのですが・・・

まだ、俺に嫌いな勉強をしろ! と言うの? と反論しましてその意見には従いませんでしたわ。

へい
そういう経過がありますので、今でも、

ま、世間一般で言う頭が悪い人間=ア
ホなのはデフォですけれど・・・

しかし、自分のことを「ダメな人間」と思ったことは会社が倒産した一時期を除いてはないですわ。 

そりゃぁ、倒産して何もかも失った時は、めちゃメゲて、自分はもう駄目だ!と思い悩んだ日々がありましたよ。
だって40過ぎて無一文ですもん、誰かに相談するにもお母ちゃん&父親は会社が倒産する2年前と1年前に亡くなってしまい残されたのは痴呆が進んだおふくろさん一人でしたもん。絶望の底に沈んでおりましたよ。 

でも、面白いもので、そんな自分自身がダメな人間だなぁ と思っている時は偶然のチャンスや良い話がやって来ることはなかったですわ。 

その時は、何度も何度も自分のやって来たことを考え、なぜ破産して今自分がこんなみじめな状態になるのか幾ら考えても答えが出ませんでしたわ。
また、自分のおかれた状況にいくら考えても納得がいかなかったのですよ、実際。へい

今でも時々は自己破産して無一文になり痴呆の母を抱えなすすべもなく日々呆然としていたことがよみがえってくることがありますわ。

そのぐだぐだとした思いのまま、ある日海辺に座っていた時に、眩しく輝くお天道様(太陽)を見た時に 何だか悩んでばかりいて自分はダメな人間だなぁ と思っていた気持が ふっと! どこかへ飛んで行ったのであります。 

俺が悩もうが、泣こうが、死のうがお天道様は毎日変わらず元気な姿を地平線の向こう側から顔を出します。
時にはお天道様も休みたいなぁ と思うこともあったでしょうが休まずこの世の生き物すべてのために顔を出すのであります。 

どう思い悩んでも今の現実は変わらない、変わらないのに あんたのことはもう大嫌い! と言って別の男のもとに去って言った彼女(又は彼氏)が帰って来るなんてありえないことと同じでもう済んでしまったことは後戻りできないのが人間の人生だと思い切ることが出来たその日の出来事でしたよ。 

そう考えたら気が楽になりまして、しかし無一文じゃ生活もままなりませんのでそう、仕事を探し始めたのですが中々40過ぎのアホなおっさんに合う仕事は職安の求人票を目を皿のようにして探してもありませんでしたわ。 
しかし、このままおふくろさんの年金をねこばばして生活するわけにもいきませんので、めげずにいろんな会社に履歴書や業務経歴書を送りましたぞぃ。

しかし、返ってくる答えは・・・残念ながら今回のあなた様の採用に関して慎重に審議した結果、残念ながら今回は見合わせて頂きます。 と言う回答書を何度ももらいました。

でもですね、もうめげることはありませんでしたよ。これ以上めげたくても出来ないほどめげたのでこれ以上めげることは疲れるので出来ない と訳のわからん心境だったのでしょうな。 

そんなある日、昔の知り合いの紹介である会社への就職のお誘いが来て、一度もやったことがない業種でしたが 何とかなるわさ〜 と思って就職しました。
最初は戸惑いましたが、もうやるきゃないと思い定めてやっていると運が良かったのか、ご先祖様のご加護があったのかどうかは分かりませんが業績もアップしまして社内でそれなりの評価を頂くことが出来たのですわ。

まぁ、そのご転職やらまたその転職先の会社の倒産やらいろいろなことがありましたが・・・

人間生きておれば何とでもなる! と言う格言じみた考え方は変わりませんで・・・
まぁ、今があるのであります。

今も決して裕福ではありませんが、日々いまんまを食べ、小さいながらも幸せを感じておりますよ。へい 


おい! 何でお前の昔話を聞かなあかんねん とご批判はあるでしょうが・・・

今の世知辛い日本で、昔の秀さんのように思い悩んで自分自身で自分をダメ人間と判断している方に、そうじゃないですぞぃ と言いたいだけでごわす。 

ある人の文章にこうありました・・・ 

人間には色々な状態の人がいます。病院のベッドから出られない人、失業中の不安な中で職探しをする人、忙しく働いている人、大成功して隠居暮らしをする人、などなど様々です。

よく自分はダメな人間だと、思い込んでいる人がいます。 

何がダメなんでしょうか? 

そのダメだと思い込んでいる原因の大半は、他人との比較なのです。 

また、自分がダメだと思う人は、「今の自分が嫌いな人」でもあります。 


これが本当にダメなことなのです。 


と・・・・ そうですね、自分で自分のことを嫌いになってはいけませんわ。
また、他人と比較するのも頂けないですね。だって自分の人生は自分のものですもん。 

こんなアホな秀さんでも なぜか毎日元気で生きていけるのですから大丈夫ですよ! 秀さんより賢い皆さんが落ち込むことはありゃしませんって
どうか自信を持って生きて行って下さいまし〜 

所詮、人間生きているのも死ぬまで・・・逆の言葉で言えば死ぬまで生きる  人間の一生なんて短いものですぞぃ、苦しみも 逆に楽しみも 生きているから体験できるのであります。 

そう考えると・・・ どうせ、生きるなら元気を出して楽しみながら生きましょうや!  

元気のない人が元気になるように・・・元気のある人は更に元気になるように・・・ 

と本日はアホが柄にもなくほざいてしまいました。
 

でも、秀さんのアホは変わらないのは不滅の原理でごわす。 

では、また次回ね!

posted by 秀さん at 09:21| ハノイ | Comment(11) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
秀さんご無沙汰してました。
昨夜HCMにまた舞い戻ってきました。
今度は何年になるか分からないところで、
秀さんから元気を頂いた様な気がします。
Posted by 610 at 2010年10月31日 17:33
秀さんは法政大学出身ではなかったでしょうか?もしそうでしたら三流大学と卑下するようなことを書かないでもらえますか。

大勢の法政出身者は、母校を一流大学とは自慢していませんが、その歴史や先輩諸氏など非常にユニークな良い大学であると自負しているのです。
Posted by ペコ at 2010年11月01日 14:34
お久しぶりです。
秀さんは 普通の人が出来ない経験を
されたのですね、だから 自分のことを
「アホ」と公言出来るのですね。
その凄い経験が 秀さんを普通の人より
一段高い心境にしているのでしょうね。
今日は思いっきり ゴマすりしました。
これからも 面白いブログお願いします。
Posted by キー坊 at 2010年11月01日 14:36
昔の法政卒業者に汪兆銘という中国人がいる。日本軍の傀儡として歴史に埋もれているが、少し調べてみると相当の人物だね。今。日中問題が表面化しているが彼を評価し直すのも有意義だと思う。
Posted by オレンジ at 2010年11月01日 14:49
ご自身のことを「アホ」と呼べるのは、大変な自信からと、処世術(どちらかというと少し海千山千的な)と思います。

ご出身校を「三流大学」というのも、本当に三流大学なら大学のことは伏せてしまいますから、全然卑下なんかではなくてユーモアというか、レトリックというか・・・

ネバー・ギブ・アップ・アンティル・ダイでゆきましょう。いいブログでしたよ。

日曜日の朝、スタジオをチェックしていて、高給を払って育ててきた若い女性デザイナーに裏切られてきたことを知って、今日の朝は、スタッフみんなの前で号泣して社長室に逃げてきてしまいました。

ふたたびやり直すことは誓いあったのですけど、日本人とみると、若い女性の背後の連中がお金をむしり取ろうと試みるベトナムの悪弊は、一体いつまでつづくのでしょうか。植民地の歴史の長い国共通のの悪弊のようですけど・・・。
ネバーギブアップです。でも、ときには自分からギブアップして撤収しないと、破産してしまいますけどね

Posted by ひとみ at 2010年11月01日 15:48
汪兆銘を調べてみました。「日中戦わず」を唱えた孫文を支えて辛亥革命を成功に導いた。その後、蒋介石のライバルとして日本軍の協力を得て南京政府を樹立、1943年には英米連合国に宣戦布告して参戦。1944年、名古屋で病死。戦後、彼の墓は蒋介石により爆破された。ひょっとしたら、孫文〜汪兆銘の思想は、現代日本に復活すべき(必要とされているの)ではないかと感じました。
Posted by HHH at 2010年11月02日 01:39
秀さんの居るベトナム関連で忘れられないのが戦後直ぐにベトナム独立戦争に参加した中原光信少尉です。そういえば彼も法政大学出身で剣道部の主将でしたね。
Posted by 市谷 at 2010年11月02日 01:57
610さん
ペコさん 初めましてどうもです その1
キー坊さん
オレンジさん 初めましてどうもです その2
ひとみさん
HHHさん 初めましてどうもです その3
市ヶ谷さん 初めましてどうもです その4

いや〜 こんなにコメントが来るとは思いませんでした。
また、法政大学出身者の皆さま、不詳アホの秀さんの言葉が至らないせいで不愉快?にさせましたことに関しまして深くお詫び申し上げます。へい

まぁ、法政大学の出身者で立派な方は沢山おりますが・・・秀さんのようなアホは少ないですな。
校名を汚してましてすまんこってす。

まぁ、決して1流、(また多分2流でもないかな?)ではありませんが、秀さんその校風は好きでしたよ。
いつも、大学がロックアウトしていた記憶が蘇ります。
亡きおかあちゃんと過ごした東京での生も・・・

お互い若かったです。

こんなじじいに誰がした!

ま、自分ですが・・・・

賢者の皆さま、コメント有難うございます。



Posted by 秀 at 2010年11月02日 02:35
中原少尉ですか---。いいなー---ロマンですよね---。ノンフィクション小説かなにかになっていたら、ぜひ、教えてください。

ここからヤブヘビですけど・・・。
三流大学から東大に行ったたわたしが法政は三流大学といったら、物凄いイヤミだし、嫌われるでしょうけど、法政出身者が法政は三流大学といっても、全然問題ではないですよねー
Posted by ひとみ at 2010年11月02日 14:24
やっと全部読ませて頂きました^^
物価情報大変参考になりました。
来月よりホーチミンに、約一ヶ月と少し、彼女と過ごすつもりです。しかしながら、大晦日前〜正月過ぎと中国で仕事の為、一人となってしまいました。
その為、12月は二人でホーチミンからバスオープンチケットで所々で観光しながら、フエまで北上し、ホーチミンへ戻ってくるつもりです。
いない間、1週間程一人となるのですが、穴場の観光箇所などあるでしょうか?
当方、ホーチミンはこれで4度目となります。
色々と調べたのですが、行った所や、これといった所がなく、安宿で仕事三昧になりそうです(汗
お知恵を頂ければ幸いです。
何か情報を頂ければ幸いです。
Posted by hiro at 2010年11月08日 14:51
hiroさん どうもです

正直、私もあまり観光はしていないので詳しくはありません。
メコンなら知っているのですが・・・

お役に立てずに申し訳ございません。
楽しい休日をお過し下さいませ。

Posted by 秀 at 2010年11月10日 02:56
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