2018年01月01日

謹賀新年、明けましておめでとうございます編

皆さま、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

元旦の空はいつもと違って青い空が広がっておりました。
下記はベランダから見た様子です。

2019年元旦.jpg

さて、2018年になりましたねぇ、って言ったて昨日から一晩明けただけですがね。
人間様は何かの区切りを付けないと落ち着かない生き物かもしれませんねぇ
その区切り区切りの中で一喜一憂して生活しているのでありますが
犬猫に盆・正月なんて関係ありませんわな

門松は冥土の旅の一里塚
めでたくもありめでたくもなし

かの有名な一休さん(一休宗純禅師)の言葉ですね
一節には、正月に骸骨を長い棒の先につけてこの言葉を吐きながら町を歩いていたとも・・・
今だったら不審者扱いで警察送り確実ですわ へい

貧夫&凡夫の秀さんにもこうして無事正月を迎えることができております
有り難くめでたいことでありますが逆から考えると確実に死に近づいていることでもあります
そのことをよく考えながら正月を祝わんかい!  と言う一休さん
この突き放した死生観はきっぱりとして気持ち良いですね。

秀さん家の菩提寺は実家の近くにありますが一休さんと同じ京都臨済宗大徳寺派のお寺ですので一休さんにはなぜか親しみを覚えるのであります。大徳寺は茶の湯とも縁が深いお寺ですわ
その関係かどうかは知りませんが秀さんの家の和室の客間には茶釜の炉を切っていましたので幼い頃からお菓子目当てに美味くもない抹茶を良く飲まされたものですわ
詩吟の先生をしていた親父さんから若い時に習った詩吟もそうですが
今の秀さんに茶の湯なんてミスマッチ100%でへそが茶を沸かす方がお似合いですがね!

さて、一休さんの話に戻しますね・・・

死んでしまえば何もない何も残せないのが我々人間様です
だからこそ、今生きている(存在していること)がありがたい
ありがたい=有り難い=有る(在る)ということが得難いものである
今こうして正月を愛でることが出来るにも己が存在しているからでありまして
人間様の一生なんてまばたきするほどの時間もない刹那・・・刹那とは仏教用語ですわ
一回指を鳴らす間に65回の刹那があると言われます
それくらい短い時間という意味ですね

その短い人生の中で様々な人に出会い時間を共有出来ることは稀有のことであり無常の喜びである
へい、一期一会 ですね

まして、その短い時間を家族や知人友人と共有できることは 更なる喜びとしなければなりませんねぇ

こうして家族みな健康で新しい年を迎えることが出来ることに感謝しなければバチがあたりますね

おい! お前正月から何を抹香臭いこと言うとるねん! アホか! 
と言われそうですが・・・アホはそのとおりですが人生観はもう変わりません

皆さまのお陰で秀さん親子はこうして正月を迎えることが出来ました
そのことに深く感謝を述べて本日のブログは終了っと!

今年も皆さま、どうぞ宜しくお願い致します。




posted by 秀さん at 13:59| ハノイ | Comment(2) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新年明けましておめでとうございます。
素晴らしく美しい青空ですね。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。。
Posted by けいこ at 2018年01月09日 12:32
けいこ様

いつもコメント有難うございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。


Posted by 秀 at 2018年01月20日 01:40
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