2019年03月26日

ベトナム人ベトナム生活あれこれ雑感編

十数年前に一人で来越し右も左も分からない中悪戦苦闘しながらベトナム生活を送っていました。
ベトナム人に騙されたり会社を乗っ取られたりと悪いことも多々ありましたわ。
幸い正義感のあつい女親分(今では秀さんのビジネスパートナーというより監視役)が十数年にも長い間秀さんの会社で頑張ってくれたせいもあり何とか辛うじて潰れずに秀さんの毛細血管企業は存続することが出来ております。

高級外車に美女をはべらせ贅沢三昧と言った夢?のような生活に若いときはメチャ憧れておりましたが人生いろいろ経験して年老いてくると価値観が変わるといいますか・・・まぁ、俺の人生こんなもんかな? といった良い意味で達観、マイナスの意味で諦めの心境になるもんです。

特に60も半ば近くになると残りの人生をエンドから逆算して考えるようになり人生の価値観が大きく変化しました。

大金稼ごうが絶世の美女に囲まれようが誰しも寿命が来れば棺桶に入って焼かれて灰になってしまう訳ですから何かなぁ、人間の生き方の最終結論がそれでは寂しすぎますね。
しかしそれが真実ですので映画のように一発逆転ウハウハな人生にはならないのが人間様の定めなわけであります。

人間はなぜに生まれてくるのか? 人間の使命は? そもそも人間って何よ? てなことを深く考えた時期もありました。
話は変わりますが当時インドのある国の王子さまと生まれ何不自由ない暮らしをしていたお釈迦様がこの世の真理を悟りたいと思い詰めて苦行を重ねた結果、とうとう動けなくなって死ぬ寸前までになって木陰で、ここまで頑張っても悟りを得ずに死ぬのか? 私は今までいったい何をしていたのだろうか?と嘆いたそうです。

このような時に、インドのある村の貧しい女性・スジャータ(あるメーカーのコーヒーフレッシュに名前が付いていますね)が死にかけているお釈迦さまを可哀想に思い、森の精霊の供養のため持っていた貴重な乳粥を釈尊に食べさせて命を救いました。
お釈迦様がスジャータから慈悲を掛けられて、大いに気付いたことは、自分に足らないものは、最後に慈悲心だった、万物の創造主(宇宙)こそは、生成育成の与える一方の慈悲心だった、コノ世は、慈悲心で構成された産物だったと後に悟ったそうです。

そう考えると秀さんの若いころなんて他人を蹴落としてでも上にのし上がろう、早くビックになって金儲けするぞ! なんて全く根拠のない自信で溢れておりましたわ。はぁ〜
それで思いとおりに行ったかと言えば、ある期間は絶好調の時もありましたがその後没落・・・ホーチミンに島流し(冗談です)になり貧乏無一文生活スタートとなった訳ですわ。
自分が思い描いたとおりには行かないのが秀さんの人生というか大半の方がそうではないでしょうかねぇ?

倒産破産して無一文になった時には何が自分に欠けていたのか後になって散々自問しましたよ・・・へい

スジャータの話ではないですが人に対する慈悲の心が足りなかったのでしょうかねぇ

ベトナムに来た当初ですが、今のようにベトナムも経済発展もしていなくて路上には物乞いの子供や極貧で路上で寝ている人を良く見かけました。汚れた服や目つきに少し嫌悪感を覚えたことを思い出します。

そんな時、ベトナム人(決して裕福そうではないどちらかというと貧乏)がそんな人たちに施しをしたり食堂に勝手に入り込んで来た貧相な身なりの者から無理して宝くじを買っている姿を何度も目にしました。
その時、日本よりはるかに貧乏な国なのに、また裕福ではない貧乏なベトナム人が自分たちより更に極貧に喘いでいるベトナム人に嫌な顔もせず応援している姿に驚いたというより少し感動したことを鮮明に覚えています。

ベトナム人の仏教的な面(施しの習慣)もあるでしょうが日本人よりよほど慈悲の心があるのではないかと思いましたよ。
そこ頃日本はクローバル化の掛け声と共に合理化、効率化、利益最優先主義に邁進していた時期です。

慈悲の心=無償の愛 でしょうかねぇ

今の世(アメリカも欧米も我が国日本もですが)おれが一番、おれ(わが社でも同じ)が良ければあとはどうでもよろし、
自分さえ良ければ他人のことなどお構いなしみたいな世相になって来ております。
悲しいことですが他人のことを顧みる余裕がなくなって来ているのでしょうねぇ

貧乏な国の貧乏な人間だけど更に貧乏な人にわずかばかりでも援助の手を差し伸べた当時のベトナムに惚れてしまって秀さんはこんなに長くベトナムの生活をしているのかも?知れません。

元極貧の背オムドライバーに会社を乗っ取られた過去がある秀さんですが・・・
今ではそれ程、憤りを感じていないのは少しは秀さんも丸くなったのかと思います。
無くしたものは帰ってこない残るのは思い出だけですがあの世に持っていく思い出は良いものだけにしたい。
だから・・・恨みつらみは捨てることにしましたわ。
だってその方が健康に良いですもん! へい

そういう秀さんも逆境の時に多くの方に助けられましたもん 金額ではなく心の温かさ・寒さをプラスマイナスしたらプラスの方が多いかも?こうしてささやかながらも孫に囲まれて親子3代でベトナムでの生活を送れるのもご縁のある方のお蔭と思っております。

最後は人情話になってしまいましたが受けた恩は一生忘れるな、かけた温情はすぐ忘れろ と昔の人は言いました。
これも真理かな? と思ってしまいます。

では、本日はこの辺で







posted by 秀さん at 03:28| ハノイ ☁| Comment(4) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小野です。
昨日、送信した私のコメントにもメッセージをありがとうございます。
私こそ、有り難いです。

本日のブログも、伝わってきます。

年齢を重ねて来て、新たな気持ちで
「何のために生まれてきたのか?」と。

今の日本の電車内での光景は乗るたびに驚きます。
ほとんどの人が「スマホ」を見ています。
車窓を眺めてぼ〜としているのは私ぐらいです。
季節のうつろいは綺麗です。

ベトナムの電車での光景はどうなのでしょうか?

「住めば都」の言葉の本当の意味が少しですが若い頃より理解できるようになった気がしま
す。

今日もお気をつけてお過ごしください。

Posted by 小野誠子 at 2019年03月26日 13:40
秀さん
こんばんは。
いつも秀さんのブログで人生勉強をさせていただいております。
以前、たまご売りのおばあさんに大きなお金を
渡された記事がありましたね。
私も自分のできる範囲で、行動していきたいと思います。
ありがとうございます。
それでは失礼いたします。。
Posted by けいこ at 2019年03月26日 19:32
小野さん

続けてのコメント有難うございます。
前回の転載記事になぜか似たような感じになってしまいましたね。
思いというものは伝わるのでしょうねぇ
それとも共感ですかね

小野さんのように季節をめでるゆとりを持ちたいものです。

有難うございます。


Posted by 秀 at 2019年03月26日 21:51
けいこさん

人生勉強なんて顔が赤くなることは言わないでくださいまし〜

卵売りのお婆さんに大金をあげた事件?
懐かしいですね。
今のベトナムでは深夜に路上でそういったものを売っている人は見かけなくなりました。この国も経済的に豊かになった証拠ですね。
日本の場合はば・・・昭和40年〜55年くらいでしょうか・・・

平成も終わり新しい年号が決まりますね。日本国民にとって良い年号となるよう切望しております。

いつもコメント有難うございます。



Posted by 秀 at 2019年03月26日 21:58
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