2019年06月13日

もっと素直に生きなければ編

時々自分の内面をのぞき見るというか普段の自分の言動を牛のように反芻してみることがある

おい! お前何格好つけとるねん! 見栄はってからに・・・と秀さんにめちゃ批判的な内面の心がつぶやく
金も力も全く無いのにあたかもそれがあるように見栄はって振る舞う自分の外面(外ずら)の良さに己の器の小ささを感じております。へい

特に九州の男はそういったええ格好しいの面が強いのかもしれませんが直ぐにポロポロと剥がれ落ちる薄っぺらな見栄なんてかなぐり捨てて
もっと素直に生きればよいのに〜 と翌朝空っぽになった財布をみて嘆く己の馬鹿さ加減に早く目覚めよ! この愚か者めが〜 と天の神様は
アホの秀さんに再々忠告を発してくれるのですが改めない大ばか者ですわ

男が見栄をはるのは飲み屋のおねえちゃんの前ではなく、もっと骨太の志のある事柄に己の全精力をかけて張るべきでしょうねぇ
自分で自己分析すれば 一言! 人間が薄っぺらいんだよ! と答え一発カシオミニなのであ〜る(年配の方にしか分からない言葉でごめんなさい)


もっと泰然自若の風格を持ち、茫洋たる人間にならねばと思うのですが・・・実際はせかせかと軽薄で狭隘な自分の姿が心の内面には大きく写し出されるから始末に負えません

日本の神社の神殿の奥に祭られているのは丸い大きな鏡だと言われます
それを見る者、拝む者の内面を写し出していると聞いたことがあります

昔の武士は身に覚えのない不名誉なことがあればお腹(内面)を掻っ捌き
己の潔白を命をかけて証明したそうな・・・


内なるもの、腹の内、心中 VS 外面、表、見てくれ 内と外の対比


内や外と言えば そう 節分の豆まきで使う 鬼は外、福は内ですが

ネットで過去ぐぐったことがあります
秀さん家は禅宗(臨済宗大徳寺派)ですがその臨済宗のお寺が共同で禅ネットなんてものを作っておりましたわ
いやはやお寺さんもネット時代に適応しなければならない時代でしょうねぇ やれやれでごわす
ここに書かれていた内容の1部ですが下記のとおりですわ

「福は内」「鬼は外」

ところで、誰が鬼になり逃げまどうのでしょうか。果たして「鬼」とはいったい何なのでしょうか。ふと考えてしまいました。
人は、普段はなかなか表に出さないのに何かの縁でふと出すものがあります。これを「隠」といって、後にこれが「鬼」に変わったのでしょう。
人の毛穴は、八万四千あるといわれ、その穴を通して毎日本当の自分が出たり入ったりしているのですが、それに気づいている人は少ないのです。
八万四千を縮めて百八の除夜の鐘にしている煩悩はよく知られています。一年の十二ヶ月は、二十四節気、七十二候からなり、その季節の変わり目を加えると百八になり、節目節目を大切にし、また、体に気をつけてくださいとの教えです。

仏教では、これを貪・瞋・痴の三つに縮めて「三毒煩悩」と称しています。貪ることなかれ、執着することなかれ、怒ることなかれの意味で、人間最大の煩悩です。

そこで登場するのが鬼、つまり煩悩です。赤鬼、青鬼、黒鬼という、私たちの深層に住んでいる三匹の鬼がいます。怒って真っ赤になったのが赤鬼で、何か心配ごとがあったり、心配して青くなったのが青鬼、無知でお先真っ暗なのが黒鬼です。自分の心の状態ありのままを表わしている姿です。
この鬼たちを豆で追い払おうとするのが、節分という追儺行事(悪鬼を追い払うために行なう儀式。鬼やらい。昔は大みそかに行われていた)になったと言われています。

黄檗五十七代玄妙管長に、「鬼は外 福は内なる 外の鬼 つかまえてみたら 内の鬼なり」の歌がありましたが、まさしく鬼は内にいます。

以下略

まさしく鬼は内にいる との記述に納得というか

外ずらはええ格好ばかりの軽薄な人間ですが内面の心はまだ鬼になっておらず冷静に外のアホな自分を見ているようですので少し安心というか
外も内も鬼に占領されたらそれはもはや人間の姿ではなくなるのでしょうねぇ

外ずらの良さ(美人?)に魅せられその内面が見えなかったために 苦労している殿方も多々おります(逆も真なり)

あった瞬間その人の心が全て読めるあまのじゃくみたいな能力があれば良いのにとベトナムで仕事をされている日本人の方だと強く思われるでしょうねぇ ベトナム人の本心は本当に読めませんもん へい

しかしそんな能力がもし全ての人間にあったら皆友達が一人も出来なかったりして・・・良いのか悪いのか分からなくなってしまいますねぇ



おっと! 本日もまた脱線してしまいましたわ


最後に蛇足ですがあまのじゃく(天邪鬼)の由来(ウィキペディアでは)はもともと天探女という女神だそうです。

【天探女はその名が表すように、天の動きや未来、人の心などを探ることができるシャーマン的な存在とされており、この説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼へと変化していった。本来、天探女は悪者ではなかったが天稚彦に告げ口をしたということから、天の邪魔をする鬼、つまり天邪鬼となったと言われる。】



また次回このアホなブログにお付き合いお願いします!



posted by 秀さん at 03:09| ハノイ | Comment(2) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
秀さん
こんにちは。
ご無沙汰しております。
私も生きていく上で演技しておりますよ。(笑)。
ええカッコ、する時もあります。
私も素直に生きてみたいです。
どうぞお元気で。
それでは失礼いたします。。
Posted by けいこ at 2019年06月13日 12:47
けいこさん

こんにちわ!
そうですね、皆ある時は仮面をかぶっていかなければならない時ももありますねぇ。人間が皆が皆善人の国になればその必要もないのですがね。

いつも応援有難うございます!

Posted by 秀 at 2019年06月15日 18:09
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