2019年09月15日

体力気力を消耗する気違い水編

いやはや、いつもの悪い癖で品友会の後の2次会&3次会で飲みすぎたのはあなたのせいよ〜♪ って犯人はお前だろうが! と言われても反対尋問もできない&返す言葉が有馬温泉の秀さんです。へい

このその場の雰囲気が楽しければ、銚子こいて房総半島まで行ってしまうこのイージーな性格というか場当たり的な楽観主義が秀さんの問題点なのですが一向に改めないこの性格に自分でも呆れております。ご被害に遭われた皆さま方、深くお詫び申しあげます。へへい

今宵が今生の別れというわけでもないのになごりを惜しんでしまいズルズルと深酒してしまうこの病気に効く薬はどこかにありませんかねぇ?
使ったお金は戻っては来ませんが楽しかった思い出は永遠に記憶に残ります。
まして昨晩は何年ぶりかの友人も途中参加して頂きその喜びもひとしおでしたぞぃ・

ふと、「朋遠方より来たる有り、また楽しからずや」の言葉を思い出してしまいました。
ついでにその後の文を調べてみたら孔子のおっちゃんの複雑な気持ちについて書かれておりましたので下記に転載する次第ですわ。


子曰く(しいわく)、学びて時に之を習う、また説ばし(よろこばし)からずや。
朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。
人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや。 (学而編 一)

論語冒頭の第一節。最も有名な節の一つだ。時代劇で賢そうな少年が音読しているのは、たいていここである。だが、いつも最初の2文が終わったところで場面が切り替わり、3文目を聞くことはまずない。
残念ながら冒頭の2文だけを取り上げると、いかにも説教臭く、陳腐な言葉という印象を免れない。だが、そこに「人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや」が付け加わると、様相が一変する。

孔子は幼くして両親を亡くし、貧しい少年時代を過ごしたと言われる。様々な仕事で食いつなぎながら、独学で書を読み、詩、歴史、礼法などの知識を身につけた。有徳の王を補佐して善政を敷き民を安んじるという大志を抱き、職を求めて諸国をめぐるが、ほとんど用いられることはなかったらしい。
生活のために弟子を取り学問を教えたが、やがてそちらが本業となった。不思議なことに、弟子たちには諸国で登用され政治の道で活躍するものも多く、それらの弟子たちによって孔子の名は後世に伝えられることとなる。
「論語」も孔子本人の著作ではなく、弟子たちが孔子の死後に編纂した、師の言行録である。だが、生前の孔子本人にとっては、政治の大舞台で活躍する夢が叶わず、一教師として生涯を終えるのは、不本意なことであったろう。

公職についていないから、昔読んだ書物を取り出して「これを習う」時間はたっぷりとある。たまに訪れる昔の友人と、いっとき政治談義をするのは何よりの楽しみだったろう。
だが、世間の人々は誰も、在野の一知識人である孔子のことを知らない。
「そんなことで恨み言は言わないぜ。だっておいらは君子だからな」
君子はつらいのである。


以上ですが・・・なんか人間臭い孔子のおっちゃんに親近感を覚える秀さんですわ。

若者は未来に生き、年寄は過去に生きる・・・・

うむ? あまり若い人たちに迷惑をかけないようにしなければ・・・
といつものように反省する老人馬鹿のひとり言・・・

また次の品友会もどうか宜しくお願いいたします。





posted by 秀さん at 17:37| ハノイ | Comment(0) | ホーチミン貧乏友の会編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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