2020年09月19日

越南時代劇編復活?玄海魚乞之助はまだ生きておった編

元西貢町奉行の大久保屁胡左衛門も現在は瓶痰区にある古い屋敷で隠居生活をしている。
足腰も弱くなり玲痰豚通り界隈に出かけることもほとんど無くなった。
ひとり縁側でまどろんでいるとふと思い出すのは昔互いにダジャレを言い合った玄海魚乞之助こと秀さんのことである。

あやつは一体どうしているのか・・・もう何年も会ってはおらぬわい
そうじゃ早籠でも頼んであやつが住む痛毒区の長屋でも行ってみるかのぅ
そこで娘の太枝(たえ)に声をかけた

おい、太枝や早籠を呼んでくれや・・・
お父様、今時西貢町に早籠はございません、今はもっぱらグラブと言うものが主流でございます。
何? グラブとな・・・それは大きな扇子をもって肌を露出した若いおなごどもがお立ち台の上で踊る所ではないのか?

はぁ? お父様は一体全体いつの話をしているのでしょうか・・・?
昔むかし江戸の六本木というところで重利穴東京という場所があったとは聞いてはおりますが太枝は知りません。しかし当時はグラブではなくて出酢固と言っていたと聞いております。

おい! 太枝や、出酢固は東北に住む者たちの訛言葉じゃ、正確には、出ぃ酢個というのじゃ! 
お父様、そんなことはどうでも良いのです私が言っておるのは出ぃ酢個でも苦羅部でなくて愚羅部籠屋のことです。
ええい! 面倒くさいどちらでもよいから早く呼べぃ!

ということで痛毒区の長屋に着いた屁胡左衛門は玄海魚乞之助こと秀さんと何年ぶりかの再会を果たすのであった。

乞之助よお前日々どうしておる?

はい、お奉行様 ここ最近の流行り憂い留守、凝ろ那騒ぎで出かけるのも母ならず、じゃない ママならずで一人長屋で大人しくしております。

その臭い言葉遊びはやめぃ!

そらそうと、蛮姫や孫の誠寛之助と孝寛之丞たちはおらぬようだがどうしてじゃ
へい、聞いてくださいまし〜 お奉行様、愚息家族は子供の教育などを考えた結果昨年11月に私一人を西貢町に残して全員福岡藩に帰省いたしました。

そうなのか・・・お前もそりゃ寂しかろう、どうじゃ、たまには玲痰豚か業蛮南無のカウンター婆にでも繰り出して奇声、じゃない気勢をあげようじゃないか? どうじゃ
お奉行こそ下らない言葉遊びはお止めください、
お奉行お気持ちは嬉しいのですが今回はご勘弁を・・・

そうか・・・お前以前と違い赤い実の甘い奴が無くなったのう?
分かるかこれが・・・

お奉行、それは柿ではなくて覇気が無くなったと言いたいのでしょう?
もう、そんなつまらない言葉遊びにお付き合いする気持ちはございません。
どうかお帰り下さい・・・と言われた屁胡左衛門は悲しい目をしながら帰路についたのであった。

乞之助とお奉行の関係はこれからどうなるのか・・・
駄洒落の掛け合いは復活するのか・・・

次回に続く・・・・



PS:品友会で皆さんから時代劇編はどうなっているのか! と言われ1年半ぶりにアップしました。ええ歳こいてこんなブログに時間を費やしている自分が可笑しくてアホ臭くて、でも楽しんでおります、引き続きご声援の程宜しくお願い致します!


posted by 秀さん at 11:26| ハノイ ☁| Comment(0) | 越南時代劇編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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