2020年12月08日

そうなんだよなぁ〜、何気ない日々の生活が無上の幸せなのだよ編

鈴木秀子さんという聖心女子大学の教授でシスターの方が書かれた本の中からの引用なのですが・・・
昔むかしまるで餓鬼のように物やお金(売上げ)を追い求めていた若い頃の自分の姿を思い出してしまいましたわ やれやれ

そんな欲に憑りつかれた頃にその行動や考え方を仮に批判されていたら・・・

法律を犯しているわけじゃないのに物欲にまい進して それの何が悪い! 金持っている奴、力持っている奴が勝つんだよ この世の中は!
弱肉強食が当たり前じゃぃ! 綺麗ごとばかり言ってんじゃないよ ゴらぁ!!・・・と当時の秀さんだったら開き直っていたことでしょうねぇ〜 そりゃ今もかも? ダメじゃこりゃ

しかし幸いにも?秀さんの場合は、文中の精神科医の先生が言っているようなことがいきなり起こり文中にあるように・・


2しかなかった縦の線に

振り替えていかなければならない。

そういう人を何人も診てきたけれども、

その振り替えがいかに大変かと 



という部分にピッタリカンカン ドンピシャりと当てはまりましてね、思わず過去のことを思い出してしまいましたぞぃ

今でも物欲ありありの秀さんではありますが、何気ない平凡な日々がいかに幸せなことか ということを新型コロナ騒動のせいで会いたい家族に自由に会えないというジレンマもあり この方の言っていることが何気にストンと腑に落ちたのでありやす

あれ、能書きはこの辺で文章を転載しましょう。


転載開始・・・・・・・・



物やお金にしがみついて、

その繁栄だけを求めると、



ちょうど切り花を飾ったようで、

目に見える世界はきれいになるし、



いかにも幸せそうだけれども、



そういうものだけで満たされると、

心の空しさが起こってくるんですね。





あるとき、講演でこういう話をしたら、

講演が終わったあと、一人の紳士が



「コーヒーを御一緒する時間はありますか」と言うので、

ご一緒したことがあるんです。





その方は精神科のお医者さんだったのですが、



おっしゃっるには、



人間のエネルギーには

縦と横の線があって、



例えば



・横線を お金や物や地位のエネルギーだとすると、

・縦線は 見えない世界だというんです。


もし人が10のエネルギーを持っているとすると、



物欲が広がれば広がるだけ、

縦のエネルギーはなくなるわけです。



ところが、その人がある日、



ガンの宣告を受ける。

あるいは会社が倒産したとか、

社長にしようと思っていた息子が死んだりしたというような場合、



突然頼りにするものがなくなるわけですから、

どんでん返しがきますね。



がんといわれて入院してしまったら、



どんな大きな会社を持っていようと

何の役にも立たない。



そこで初めて、自分の頼りになるものは

何だろうかと考えるんですが、



そのときに、いかに縦の線を短く生きてきたことかということを

しみじみと感じるというのです。



それまでは8ぐらいあった横のエネルギーが、

1か2になってしまうわけですから、



その分を2しかなかった縦の線に

振り替えていかなければならない。



そういう人を何人も診てきたけれども、

その振り替えがいかに大変かというお話しでした。



私はほとんど寿命が尽きて、

いつ亡くなるかわからないような人を病院に訪ねて、



「何かしたいことがありますか」と訊いているんですが、

だれかと諍いを起こしたような人がいれば、



まず「仲直りをしたい」というんです。



やはり人間には愛が一番大切だから、

それに背くような行為があったら、



修正して愛でつながりたいという願いが

一番強いんですね。

その次に言うのは、「家に帰りたい」ということ。



それから、皆チューブでつながっていますから、



「自分の口で食べたい」と言う。

「自分の足で立って、

歩いてお手洗いにいきたい」と言う。

ほとんどの人がこういうことをいうんです。





それを聞いて私がいつも思うことは、



私がいま会っている人で、



自分の家に帰れられないような人はいないし、

食べ物も自分で自分の口で味わえる。



私たちにとっては、



自分の足で歩いて家に帰るなどということは、

当たり前のことで、



死んでいく人のように、

切実に思う人なんて、いないということなんです。

ところが、それがどれほどの恵みであるか、



そういうことには気が付かない。



だから、私は死んでいこうとしている人たちが

一様に望むことというのは、



生きている人たちへの遺言だと思うんです。

「当たり前のことこそ恵みで、



死を間近にして

そのことに気が付くのでなく、



いま気付きなさい」

ということを伝えているんだと思うんですね。




何かをすれば幸せになるのではなくて、



いまが、幸せなのだということに



気付くことだと思います。




<引用終了>


posted by 秀さん at 03:37| ハノイ | Comment(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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