2023年10月15日

平穏な生活が身について来た編

最近の世界情勢を眺めて悲しく感じることは今世紀になっても戦争で多くの一般の人々(子供を含む)が死んでいることである。

一般的な日本人が考えるように 和をもって皆仲良くやりましょう! なんて考え方はローマ帝国をみるまでもなく侵略・略奪の歴史を繰り返して来た歴史の国とは根本的なベースが違う長い間平和を謳歌できた縄文時代を経て来た日本とは根底に流れる考え方が違うのであります

意義あって生まれて来たのに同じ人類の暴挙によって幼いうちに死んでしまうなんて・・・・何とむごいことでしょう
生まれて死んでしまったら はい、それで終わり ということならば何と不公平なことでしょう

アホな秀さんが考えるに、死んだら何もかも お・わ・り、あとは何も残らないという考え方では納得できないというか、生まれて来た時の運・不運に翻弄されてしまう死生観にどうも納得できないのであります

笑われるかも知れませんが肉体は滅んでも魂は無くならないと考えないとやりきれないのですわ
ですので肉体(入れ物)は無くなっても魂は無くならずその思いは継続しているのではないかと考える、いや、考えたいのであります
そう思うと過去お別れした妻や両親、祖父母や先祖たちと魂的な再会が出来るのではないかと思ってしまう

お前、アホなことを言うなよ と言われそうですがそう思うから仕方がないのであります
肉体は滅んでも魂は不滅と考えると幼い時に戦争の犠牲になった子供たちも別世界で魂は平穏な気持ちでいるんだと思うと救いがありますわ

死んだら何もかも無くなる 今の苦しい生活がどこにいっても改善しないのだと考えると人によってはやり切れないと思いますねぇ
そうじゃなくて今の時代である入れ物(肉体)を借りて仮の姿で経験(演技)しているのだと考えると、よっしゃ次回はこんな体験をしてみようかと次はもっと精神的に向上できるような設定をしてみようとか己から定義してまるで異国の地に旅行に行くような感覚で計画を立ててある期間その体験を出来るのだと考えると今の人生をもっと楽しまないといけないわ と考えられるようになりますわ

タイトルにあるように 平穏な生活が身に付いた ということは今の時代ドラマで艱難苦楽の演技を終了して次の出番を待っているという心境かも知れません ウソこけ!

何とも突拍子もない考え方だと思われるかもしれませんがそのように考えると今の混沌とした時代も 己自身が選んで生まれて来たのだと考えると もっと今の人生を楽しめるのではないかと思いますわ

決して世捨て人になるのではなく逆にどんな人生でも今生きていることを楽しまなきゃ損だわ と思うと心平穏になりますわ

このアホの秀さんにも過去様々なことがありました 決して良いことばかりではなく裏切りや騙しなども数回経験し人間不信になりそうになったこともしばしば

でもね、前述の考え方をするとそんなことも己のこの世の波乱万丈の人生演劇の設定だったと考えると納得できますわ

このような考え方になるとは・・・・歳こいて来ないと無理なのかも? だって若い時は人生設定の一番の活躍期ですので年寄りみたいな考え方の出演者ばかりだとドラマになりませんわ 

そのドラマには長編もあれば短編もありまして いい歳こいてもギラギラとした欲望丸出しの爺様が出て来ても長編ドラマではその役割は必要なのでしょう 

おっと! いつものように意味不明のブログになってしまいましたね こんなブログを書いているのも演劇設定だったと思って下さればお許しを頂けるのではないかと・・・アホが勝手なことを言っております スマソ

では、また次回まで 

人生演劇を楽しみながら生きましょ! へへい









posted by 秀さん at 13:09| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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