2019年12月03日

第124回ホーチミン品友会(忘年会)開催のお知らせ編

お金持ちにも貧乏人にも平等に時間は配られます。
その与えられた貴重な時間を大切にし有意義に使うのが賢者でして、逆に秀さんのような愚者は限りある時間を無為に過ごして浪費する。
この時間の使い方のうまい下手が長い間にはこれがお金持ち&貧乏人に分ける分水嶺となるのでしょう。
秀さんのようにここまで歳食ってくるともう手遅れというか開き直りというか運を天に任せるしか方法はありません。
生まれるのも死ぬのもお天道様の采配ですので無駄な悪あがきはせずにあるがままに流されて行くのも良いかな? といった心境です。

さて、今年も12月、1年の終わりの月となってしまいました。
本来なら年賀状の準備を始める頃なのですが今年は義母が長寿を全うして天国に召されましたので欠礼させて頂きます。
これで秀さんの親はすべて亡くなってしまいました。年を取るに従い出会いよりは別離の方が多くなります。
何万、何千年と繰り返されたことではありますが自分の肉親ともなりますとその悲しさは半端ではないですね。
宇宙の歴史からいえばほんのひと時ですがその短いつかの間に出会えたご縁に感謝しなければなりませんねぇ。

今回で124回になる品友会のメンバー様にも出会えた喜びに感謝しております。
こんな阿保ですが引き続きご交友のほどお願い申し上げます。


第124回ホーチミン品友会(忘年会)開催のお知らせ

日時 2019年12月14日(土) 午後7時〜

場所 肴や(ATEYA) 50 Mê Linh, Phường 19, Q. Bình Thạnh (37 Phạm Viết Chánhのコンビニ(ミニストップの直ぐ近く)
電話 0125 200 4323

予算 40万ドン前後を予定

12月13日(金)午前中くらいまでにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き頂くか または ymt@yhk.com.vn(秀さん)まで
ご連絡をお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。
皆さまのご参加をお願い申し上げます。


posted by 秀さん at 20:39| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月30日

Lineの有難みに感謝しなければ編

一人暮らしを再開してまだ10日もたってないのだが・・・・
仕事が終わってアパートに帰ると途端に寂しくなる秀さんでごわす。

妻が他界してもう20年以上になるのだが孫たちと同居する前は長い一人暮らしでも何ともなかったのだが息子家族と5年も一緒に住んでいたらいつの間にやら一人暮らしの寂しさがメチャ辛く感じられる軟弱極まりない情けない秀さんになってしまいましたとさ! やれやれですわ。

有難いことに義娘のVちゃんが気を利かせてか1日1回Lineビデオで声がけしてくれております。
上のマー君は日本の環境に慣れたのか楽しいのか分かりませんがママに催促されて面倒くさそうに携帯の前に顔を出すのであります。

うむぅ〜 こやつはもうオモチャ買ってやるまいと思ってしまう・・・

その点下のター君は秀さんの顔を見るのが好きなのか? ビデオ通話が楽しいのか分かりませんが愛想良く笑顔を振りまいてくれております。
そうは言っても10代になれば爺婆のことなんてどこ吹く風になるのは間違いないでしょうねぇ、まだ相手してもらえるだけでも有難いことだと感謝しております。

20年も人に貸していた広いだけが取り柄の使い勝手の悪いオンボロ家屋に庭木の手入れもせずに放置した荒れ放題の庭など惨憺たる状況なので家庭菜園を楽しみにしていたVちゃんもがっくりしているとのこと。おいおい時間をかけ手入れをして悪いところは直して下さいな!

グーグルのストリートビューで検索したら昨年度ですが家の様子があったので画像を貼り付けます。
玄関前の植木などの伸び放題の状況が分かるかと思います。

自宅.jpg


この家に比べれば今秀さんが住んでいるホーチミンの息子のマンションの方がどれだけ快適か、それでもお互いバーター契約ということで家賃は無料ですが秀さんの方が得している感じです。へい

孫二人は既に地元の幼稚園に通っていますが息子に関しては以前からお世話になっているゴルフシュミレーションの製造販売をしているメーカーの社長様とのご縁によりにゴルフレッスンプロとして採用して頂き来年1月から勤めるようになりました。有難いことです。

Vちゃんの方は働くの大好きなベトナム人ですので得意な洋裁や料理の技量を生かしてその内に何か始めるかもしれませんが当面は専業主婦でしょうかねぇ?。

いずれにせよ秀さんが望むことは、貧乏生活はベトナム時代含め慣れているでしょうから慎ましくとも家族仲良く元気で日本の生活を送ってくれればほかに何も言うことはありません。家族仲の良いのが一番! ですもん。

つらつら考えるに秀さんもあと15年やそこらで男性の平均寿命になりますので人生のエンディングに向けて総括をしなければなりません。
大酒飲んで愚だ巻いて他人様に迷惑ばかりかけていてはいけませんわ! 寂しい一人生活のつれずれにふらふらと飲み屋街に繰り出す誘惑に打ち勝つよう・・・賢者の皆さま、どうか応援をお願いいたします。

孫会いたさに日本及びベトナムの年末年始は長期間帰省することは間違いありません。

ほけ〜としていたら明後日からもう12月ですね、ミカンもコタツもないベトナムですが孫へのお年玉を稼ぐために少し頑張らなければ・・・
と思うだけでいつもどおりの秀さんですわ、生きているだけで儲けものと思うようにしております。

それでは本日はこの辺で失礼いたします。




posted by 秀さん at 08:33| ハノイ 🌁| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月21日

日本から戻ってはみたが・・・編

日本から戻り会社に少しだけ顔を出して帰宅。
5人で住んでいたアパートにポツンと一人・・・・

あ〜 やっぱあかんわ ホーチミンに戻って一日目で寂しい。
軟弱と言われようと事実なので反論できずですわ。
気を付けなければいけないのが寂しさのあまりついつい禁断の毒の水、そぅ、用もないのにお酒を飲みにタイバンルーンあたりに飲みに出かけることですわ。
女親分からもVANちゃんからも念を押されております関係上何かの集まりがあるとき以外の飲酒は厳禁なのであります。
心配してくれていることは分かるのですが、一人鰥夫の爺さまゆえ心に空いた穴を酒でうずめるのも時にはありかな? と自己弁護するのであります。へい

心配していた2人の孫も新しい幼稚園登園当日から友達も出来たみたいですわ。子供の環境適応能力には脱帽でごわす。
あと数ケ月もすればホーチミンで通っていたみらい幼稚園のことなど忘却の彼方へとなるのでしょうねぇ
子供は常に新しいものに向かって進んで行き、秀さんのような年寄りは過去の思い出の中で停滞する。
これじゃいかん! とは思うのですがね!
新しいものについていく自信や体力が衰えて来ているのでしょうねぇ〜
幼い二人の孫が今後どのように成長していくのか楽しみです。

これから再々孫に会いに福岡に帰省することは間違いないでしょう!

爺ちゃん寂しいけどホーチミンで適当に頑張るので
お前たち二人もほどほどに頑張るように!








posted by 秀さん at 12:09| ハノイ ☁| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

猫のチーもいなくなった編

今月半ばに息子家族が日本に帰国するので今のアパートは秀さんが一人になる。
でもって出張とかで家を数日空けた場合に猫のチーをどうするかとの話になりましてね結局元捨て猫のチーは近所に住む猫大好きなベトナム人のおじさんに養子に出されたのであります。

かれこれ7〜8年くらい一緒にいたと思うのですが悲しい別れとなってしまいました。
お別れの時には息子家族全員でもらわれていくチーが新しく住む家まで出かけたそうです。
といっても歩いて2分です。

下の孫のター君が別れを惜しんで泣いたとの報告を帰宅した秀さんは受け取ったのであります。

息子家族との別れ、チーとの別れ、それ以外にも過去様々な別れを経験して来た秀さんです。
まぁ、出会いがあれば別れもあるのが人間さまの人生です。
そうこうしている内に、秀さんの場合は長くて20年、下手すると10年程度でこの世とのお別れが待っております。

まぁ、そう悲観的に考えるのではなくもっと楽天的に考えましょう 秀さん と言われますか?

決して悲観的に考えているわけではなく、必ず起きることを淡々と冷静に見つめているだけなのですが・・・ね!

ここで一休さんの話を思い出しました・・・以下転載します。

めでたい髑髏

 年のはじめの元日は、賢者も馬鹿者も、憂鬱人も能天気も、貴賤を問わず祝い飾ること、世界中どこでも変わることはない。ドブロクであっても屠蘇を飲み、鏡餅を据えるのだと尻餅をつくといった具合に、それぞれなりに祝うのである。

 元日の朝だからといって昨日と違うわけもないのに、なぜか空ものどかに霞みわたったような気がする。通りでは家ごとに門松が立ち、注連縄(しめなわ)が張られている。大晦日の晩は遅くまで借金取りが戸を叩いて街中を駆けずり回っていたが、一夜明ければ打って変わって気が緩み、また大晦日が巡ってくることなど念頭になく千代万世を祝う。いつ死ぬとも思わず不吉を忌み恐れ、つかの間の人生に名利をむさぼることと、命の終わりが迫るのも知らずに子孫を溺愛することを、蟻が茶臼を巡るがごとく毎年毎年ひたすら繰り返し祝って、飽きることを知らない。
 こうした人心を、一休禅師は奇怪なことに思った。
「なんてくだらないんだろう。人のこの世にあるのは、早朝に咲いてたちまち萎れる朝顔さえ盛りの長い花と思えるはかなさだ。カゲロウが青空に羽ばたいて楽しむ間ほどもない世の中なのだ。糞に糞を塗りつけたような正月の祝い言葉など、たちまち煙と消えてしまうもの……。よし、人々に目にもの見せてくれよう」

 一休は墓場へ行って、髑髏(しゃれこうべ)を拾ってきた。それを竹の先に取りつけ、正月元日の朝、京都の家々の門口にニョコニョコと髑髏をさし入れては、
「ご用心、ご用心」
と言って歩いた。人々は縁起でもないと門を閉ざしてしまった。
 そんな一休を見かけて、ある人が言うことには、
「ご用心とおっしゃるのはもっともなことだ。正月を祝おうが飾ろうが、人はいつか皆この髑髏になる。けれども世の習いとして祝って喜んでいるところへ、そんな不気味なものを突き出して水を差すのは、いかがなものであろうか」
 すると一休は、
「そうなんだよ。だから、わしも祝って髑髏を見せて回っているのだ。『目出たい』という言葉の由来を知ってるかね。昔、天照大神が天の岩戸をお開きになって以来いろんなことがあったが、この髑髏のほかに目出たいものはない」
と応えて、こんな歌を詠んだ。

   にくげなきこのしゃれこうべあなかしこ 目出たくかしくこれよりはなし

「これを見なさい、皆さん。目が出てしまって穴だけ残っているのを『目出たい』と言うのだよ。人は知らぬうちに、昨日を無事に過ごした気持ちの馴れにまかせて今日を暮らしている。『飛鳥川の淵瀬常ならぬ世』とは言うけれど、それを目で見るわけでもないから実感できない。そんな人々に『ご用心』と言いたいのだ。誰でもみな骸骨にならないかぎり、目出たいことなど何もないと心得るべし」
 一休がこのように言うのを聞いて、いやはや賢い聖だと、拝まない者はなかった。

・・・という話ですがね。

一休さんという方は変わり者だった言われますがこの話を秀さんが勝手に解釈するに・・・
なんじゃかんじゃいっても日々生活できていること自体が幸せ=めでたいことであり感謝すべきことなのでしょう。
人間の一生なんてあっという間、仏教用語でいえば刹那(100京分の1の時間)と思えば今生きている時の何と貴重なことでしょう。

短い人間様の人生で何かの縁で知り合い時空を共有する稀有な幸運のことを昔の人は一期一会という言葉に表したのではないでしょうかねぇ

おっといつものように妙な風に脱線しそうなので本日はこの辺でやめますが
孫のいない秀さんなんてクリープが入ってないコーヒーより苦い・・・・
会いたくなったら素直に即日本に会いに行くことは間違いさなそうです、へい

最後に諸般の事情により11月の品友会は23日または12月と合併号ということになりそうです。
また、改めてご案内いたします。

ではまた次回まで!





posted by 秀さん at 15:40| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月03日

孫と過ごした5年間編

上のマー君が現在5歳6ヶ月、下のター君が12月で3歳ですわ。
二人の孫も11月下旬から日本の幼稚園に通うことになります。
その名は済世第一幼稚園と言いまして100年以上の歴史がある秀さんの田舎福岡北九州市にある私立幼稚園ですわ。

現在のホーチミンの日本幼稚園では二人で月10万円ほど教育費がかかっており家計に占める教育費の割合は高いので息子夫婦も大変そうです。
日本は10月から幼稚園も無償化されましたので息子夫婦も教育費で頭を悩ますことは当面はなさそうです。
ホーチミンも昔と違い日々の生活のコストは決して安くはなく日本食レストランで食べようとすると日本と変わらないかへたすると日本よりは高いところも多々あります。

秀さんが来た19年前と比べると あっと! 驚く為五郎ですわ って為五郎って何よと若い方々に言われそうですがね! 
はぁ〜、昭和も遠くなりました。

秀さん、お孫さんと離れると寂しいでしょう? といろんな方に言われます。

正直、めちゃ寂しいですわ。

幼稚園の送り迎えも大半が秀さんがやって来ましたので行き帰りの車の中でよく孫と話をしました。
下の孫も最近では随分と会話が成り立つようになって来ました。年は離れていても会話が出来るというのは嬉しいものです。
性格の全く違う二人の孫を爺から目線で観察して来ました。親の場合は子供の成長に対して直接的に大きな責任がありますが、爺さんは気楽なもので歯に悪かろうが甘いお菓子を買ってあげることに何のためらいもありませんわ。虫歯大歓迎! 駄目じゃこりゃ

太平洋戦争後10年経って生まれた秀さんの時代の日本と今の孫たちの日本とは偉く違うと思いますがどうんな環境であろうと人さまの営みは昔も今も大して変わりはありゃしませんわ。極論言わせてもらえば飯食って糞して寝るのが人間の人生の大半の営みですわ。

ただ単に生きるのではなく何のために生きるのか考えなさい! なんて哲学者みたいなことを言っては人生は楽しくはありません、へい!
それぞれが思うままにそれぞれの楽しいと思う人生を他人の目なんか気にせずにためらいもなく進んで行って欲しいと思っております。

ただ、一つだけ条件がありますね、人様や社会に決して迷惑はかけない範囲であればという・・・。

そういう秀さんは人様に迷惑かけっぱなしの人生でした。両親含め多くの方々に迷惑をかけ温情をもらい何とか今現在生かしてもらっております。

人間何のために生きるか? なんて難しいことを考え出すと顔が暗くなり歪み生気がなくなるのでしょう きっと!
居間で四肢をおっぴろげて間抜け面であおむけに寝ている猫のチーをみているとなんの悩みもなさそうです。

考え事して顔をしかめている動物ってみたことありませんねぇ、人間も動物の一員ですので本来人生はもっと気楽であっても良いのではないかと・・・あほな爺が夢想しております。

そんな動物たちも繁殖期になるとオス同士は熾烈な戦いがありその勝者がめでたくメスさんと子孫を残す権利を得ます。
人間様の場合は、幸運にも生死を分けた戦いなんかせずとも高望みしなければ誰でも子孫を残すことはできます。

勉強しろ、人より頑張れ、良い大学に入って大会社に就職しろなんて秀さん口が裂けても言いません。
人様、社会に迷惑をかけない範囲において思いっきり人生を楽しんで縁あらばお嫁さんを貰い縁あらば子供が出来その子供を育てながら人生の喜びを謳歌してくれたら良いなぁ〜 と二人の孫には思っております。

さて、人間も動物も植物も、よくよく考えると子孫を残すために生まれてきたのかもね?

生き物の中でカゲロウは成虫になってから24時間しか生きられません。(以下wiki)
その寿命の短さゆえ、カゲロウは口が退化しており、エサを食べることができません。
世界には2500種類のカゲロウが存在しますが、その中には数時間しか生きられない種も発見されています。
彼らはエサさえ食えず、繁殖のためだけに成虫となり、交尾相手を見つけて自分の子孫を残すことに専念しているのです。

でもね、いくら子孫を残したいとはいっても我々は人間ですので相手の合意なしにやってはいけませんぞぃ。

爺ちゃんが早くひ孫が見たいというのでその願いを叶えるためにことに及んでしまいました なんて警察で言わないように・・・

女性にも男性にもモテる人間になってくれたら・・・爺ちゃん本望です。

それでは本日はこの辺で



posted by 秀さん at 05:05| ハノイ ☀| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

70歳のお婆ちゃんとは思えない学識編

秀さんが読んでいるブログに神戸だいすきというタイトルをつけて活躍している方がいる。
なんと70歳超えた女性とのこと。昔マスコミで騒がれた商社イトマンの創業者の孫らしい。

その文章力学識に驚いたのですわ。
秀さんのアホブログとは月とスッポンほど違う、年取っても自己洞察力を持った高い知性の方はおられるのだと痛感する。

秀さんが思うに・・・・
その人の考え方や知性は書く文章や字体に現れると思う。

まぁ、車の運転でもゴルフでもその人の性格が出ると言われますがね。
秀さん、こう見えても車を運転する時は結構慎重でスピードは出しません、ゴルフも同じでドライバーの飛距離は出しません! いや、間違い、出せませんのが事実です。
若いときからドライバーは飛びません、だってドライバーって飛ばすものではなく回すものでしょ? ってつまらないことを書くのが凡夫の悲しい性でごわす。へい、すみません。
毎回の転載記事ではありますが・・・・世界情勢や歴史をよく研究していると思いますよ。
日本人に対する憂国の気持ちからこれを書かせているのだと思いますね!

以下転載開始・・・・


国防のための集団無意識かも、日本人。

米ナショナル・インタレストによると、ロシアのボレイ型原子力潜水艦のミサイルだけで、米国を「無人」にすることができる。https://nationalinterest.org/blog/buzz/russias-new-nuclear-weapon-could-make-america-uninhabitable-82051https://sptnkne.ws/9PVH

圧倒的な戦力差から米英イスラエルの戦争屋がロシアに勝てる見込みは皆無だし、カラー革命みたいな小細工も通用しない。

・・・・・・・・・・・・・・


つまり、ロシア帝国は100年目に偽ユダヤに勝利した。
実際第一次世界大戦で、偽ユダヤが、世界征服の第一歩を踏み出し、ロシア帝国を破壊した。
共産革命だ。

これは、偽ユダヤの勝利。

第二次世界大戦で大英帝国を滅亡させた。
これも、ユダヤの全面勝利だった。

そして、最後にイスラム帝国を滅亡に追い込んだのだが・・・

柳の下に3匹目のドジョウはいなかった。

ぐだぐだしているうちに、ロシア帝国が再生した。

そして、軍事力で制圧してしまった。

世界で何が起こったのか、一番、よく理解できるのはロシアだ。

ハザール王国との長い戦いを経験してきている。
彼らが、どんなに汚いか、知っている。

ロシアは中華帝国と組み、まずは、国内の寄生虫を退治した。
これに続いたのは北朝鮮だった。

いま、朝鮮半島を要にして、トランプも、まずは、国内の粛清を進め、露中と組み、イスラエルをにらみながらペルシャ帝国と組む。

残りはローマ帝国だけど・・・バチカンか?

王国、帝国に入り込み、内部から食いつくし転々と本拠地を替え、寄生を続けた偽ユダヤは、今や、日本列島に逃げ込んでいるのではないかしら。

縄文人は「長いものにまかれ」「従順にお上に従い」「家畜の立場に」
たぶん、知っているのだと思う。

猛々しいものたちは、戦いあって、最後は消えていく。
地に這いつくばって、決して争わない民が、最後に生き残ることを。

何があっても、暴動を起こさず、従順に干上がっていく同朋を見ていると、もしかしたら、これが縄文1万年の知恵なのかもしれないと思う。

大声を出しても、腹が減るだけ。

雨戸を閉めて、命だけつないでいたら、やがて戦人たちは、互いに傷つき消えていく。

大きな犠牲を払うこともあるが、長らえることができたら、種を残せる。

なんか、日本人の中にある「集団無意識」が、

この前、大いに発揮されたのが大東亜戦争の大東亜解放で、

目下、大いに発揮されているのが、じり貧に堪えることのような気がする。

日本人と言うのは、不思議な人々だと思う。

やのっちさんのツィッターを見ると、香港デモは、民衆の蜂起ではなく、CIAの仕業だと言う。私は最初から、そう思っていた。

トランプの対中貿易戦略に乗じてでてきたと。

今や、暴力行為もやり口も、ますます民衆からかけ離れ暴徒となっているのに、日本のマスコミは、あくまで民主化デモだとほめあげている・・・らしい。

それに対して、日本人は、ほぼ無関心だ。
チベットにも、ウイグルにも無関心。

大声出しても腹が減るだけだからね。

今は、日本人はもっぱら自衛のために自閉している。

平成の頭は、バブル崩壊だった。

あれから、物価は下がりに下がり、給与も下がりに下がる。

でも、日本人はじっと耐えている。
声も出さない。
時には、沈黙したまま息絶える。

新品が買えないなら中古品を売買する。
何とか、生きる道を探る。

なけなしの中から、なにか見つけて、なんとかして日々を暮らす。
誰が、どうやって、自分たちをこういう境遇に落とし込んだのか・・・それさえ考えていない。

今、その権力者の言いなりになっておけば、いきなり、命はとらないだろう。
だから、逆らわないでおこう・・・そんな感じ。


みんな一緒が好きだから、自分だけ裕福になるより、みんなで一緒がいい。

首をすくめているうちに、応仁の乱も源平合戦も終わったんだろうね。

戦場に鎧や刀を取に行く知恵はあるよ。
農民は、やられるばかりだから、したたかにやり返すけれど、武力ではやらない。

150年前までは人口の85%が農民だった。
百姓根性はしみついているよ。


ま、この目と目で分かる日本人根性で、少なくとも数千年、根絶やしにならずに生き延びた。
やったら、やられるから「やらない」

これに徹した。

日本だけが裕福なんて状況は、よくない。
だいたいGDP世界1位の2位のなんて、おかしいでしょう。この国土で。

人口も、際限なく増えるわけにはいかない、列島の適正人口はあるでしょう。
そこまで減る気だと思うよ。

でも、消滅はしないね。

一番大事なことは、この列島をなるべく日本人で埋めておくこと。
ことばも、物事のやり方も異なる連中が、どっと入ってくることを好まない。

独特のものが失われるのが一番、嫌だ。


だから、黙って国際舞台から沈んでいく。
なんだかだ言って、主要国の中で、中露は別にして、日本が一番イスラムを入れていない国だと思う。

欧州は、違う文化圏に入り込まれて、その国独特の国柄を失ったところが多いと思う。
日本は、まだ耐えている。

あれも、殖民地獲得戦争時代に有色人種から奪ったことの報復だからね。

いくら明治維新が偽ユダヤ革命でも、日本は植民地で、西洋人のような搾取はしていない。
台湾、半島に、インフラ整備をし、教育制度を充実させ、アジアの飛躍の土台をつくっている。

共存共栄が、日本のスローガンだからだ。

結局、国家のもつ「徳」が問われ「悪業」が問われ、カルマがめぐる。

国家にも言えるのだろうけど、偽ユダヤという「民族」にも、これが問われ、ついに、奪ったものを奪い返される時が来たのだと思う。


奪えば奪い返される、
殺せば殺される

盛者必衰

世界でもっとも長い歴史をもつ大和の民は、体内にそのバランスシートを、もっていて、どう身を処することが、最も賢明であるのかを知っているのだと思う。

こういう荒々しい野獣に国内に入り込まれれば、犠牲も出る。
でも、打って出て戦うより、首をすくめて彼らが自業自得で滅亡するまで待つ方が、結局、賢明であることを知っているのだと思う。

昨日も、電車にのって出かけたけど、人々は明るくもないけど、暗くも無かった。
淡々と身を守っているのだと思う。

以前、黒ばかりが流行った時期が10年ぐらい続いた。
今は、みんな黒は着ていないね。でも、カラフルではない。

最後まで耐え抜いたものが、最後に勝つのでしょう。

もう、極限の戦いになっているね。

必要なのは、カネとモノをつかわないで、みんなで楽しむ智慧だね。
今日はね、20人の懐かしのメロディの会でお誕生日会をやるの。

9月生まれが3人。
私は百均で、造花を買ってきて、ブローチにした。花束はあげられないけど。

ケーキを焼くつもりだったけど、林檎を買いに行く余裕が無かったから。
それに、この土曜日に道頓堀並木座というところで、勧進帳の簡略版をやる、打ち合わせをしないといけないので、ケーキを焼く時間が無い。

ケーキとなるとお皿もいるし、コーヒーとなると紙コップもいるし、いろいろ費用が掛かる。
カップいりのゼリーか、プリンを買ってきたら、スプーンもお皿も要らないでしょ、
コーヒーはどうせインスタントだから、紙コップ付のにする。


智慧は出し使いよーと、祖父の格言。


以上転載終了・・・・



posted by 秀さん at 23:03| ハノイ | Comment(1) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

お盆も過ぎて何を書こうか編

台風とともに過ぎ去ったお盆でしたが秀さんは墓参りにも帰らずホーチミンでゆるゆるの生活を送っておりました。
途中孫とダラットに行きましたが寒いのと小雨でだらっ〜とは出来ませんでしたがね!←この臭いダジャレを止めれば秀さんの将来も開けるのかも知れないですがね。へい

本日、自分のブログを覗いてみたら今月は1回しか投稿していないでは有馬温泉ですわ。 
ったくやる気のかけらもありゃしませんねぇ。

原因は何かと思って考えてみたのですが、2000年にベトナムに降り立ってから約19年、ベトナムも近代化が進んで今ではホーチミン市では日本と変わらない感じですので昔感じた異国感が無くなってしまい別段これといって書くことが無くなったのが原因かも知れません。
昔と違いネットで検索すればベトナム情報なんて有り余るほどありますもん。秀さんが書く情報なんてもうなんの価値もありゃしませんわ。へい

そんなこんなでここ最近は孫の話ばかりで読むに耐えない記事ばかりですわ。
おっしゃ! 今日はこんなことがあったからブログに書こう! ってな元気の良さは今はもう無いです!

強いて書くなら息子家族の日本帰国が来年から今年の11月に早まりそうなことくらいですわ。
約5年間ほど3代にわたって暮らしてきたホーチミンでの生活も残り数ヶ月になりそうです。

孫がいない生活を想像するだけで秀さんは寂寥感で胸が苦しくなりそうなのですが・・・
その孫たちは爺の気持ちなんて全思考の1/20くらいしか占めていないでしょうねぇ。何があろうと母親が一番、2番めは兄弟か、3番めに父親、4番目に幼稚園の友達かな?、5番目におもちゃ以下その他・・・・
爺のことなんて自分の気が向いた時に考えるくらいでしょうねぇ、それで良いのだと思いますよ。

若葉のように日々成長して行く孫たちにとっては日々萎んでいく爺のことなんて考えずに自分が欲するとおり自由気ままに進んで行くのが世の定めと言うもんですわ。自分を振り返ってみても同じですので。

今になってとうの昔に亡くなった祖父ともう少し話しておけば良かったなぁ と後悔しているのですが秀さんの爺さまは明治生まれの無口な人で孫も長男が絶対一番、次男三男はオマケみたいな感じの人でしたので会話が弾むことはありませんでしたよ。
秀さん家では長男が跡取り息子で特別待遇でしたので爺様から何か秀さんが喜びそうなものを買ってもらったという記憶はほとんどありません。
長男である兄貴は爺様から色々買ってもらったことは秀さん僻み根性でよ〜く覚えておりますぞぃ。
64にもなってこんなことを言っている自分が情けなくなるのですが・・・この浅ましい根性は治りそうにありませんな! と開き直っております。

その代わりと言ってはなんですが両親からは目一杯の愛情を受け取って育ちました。特に父親には可愛がってもらいました。
秀さんの部屋の小さな位牌の隣に置いてある写真を眺めては昔の思いと感謝の気持ちで胸が一杯になる時がございます。
孝行したい時に親はなしとはよく言ったもんですわ。

孫が日本に帰ったらどうるすか・・・へい、2〜3ヶ月に1回の割合くらいで福岡に帰ることは間違いなさそうです。
孫が将来結婚してひ孫が生まれるまでどうも秀さん長生きはできそうにない(過去の暴飲暴食ゆえ?)ですから生きている間はしっかりと孫の成長を見届けようと思っておりますぞぃ。

これを世間一般では・・・・孫バカ爺と言います!

ありゃりゃ、また孫の話になってしまいましたね、スマソ

では、本日はこの辺で








posted by 秀さん at 17:17| ハノイ ☀| Comment(1) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月07日

第121回ホーチミン品友会開催のお知らせ編

日本はそろそろお盆ですねぇ。
秀さんは孫が夏休みなので一足先にお盆休みみたいな感じで旅行でダラットに家族で来ております。
毎日、小雨が降っておりまして少し寒いですわ。
多分日頃の行いが悪いので毎日の雨の洗礼を受けているのでしょうかねぇ、雨が降っていなければ最高の気候ですがね!

しかし驚いたことに・・・すごい数のベトナム人観光客ですわ。
ダラットはここ数年めちゃ人気の観光地とは聞いておりましたが正直高原地帯の涼しい気候や山や湖以外にそれほど見るところもない場所だと秀さんは思うのですがダラットの町の中心地はどこもかしこもベトナム人観光客ばかりですわ。
ホテルの数は半端ではなく車がやっと通れるような急な傾斜地にまで小さなホテルや民宿が所狭しと立ち並んでいますわ。
ホテルの新築工事もいたるところでやっておりまして観光景気に沸いている感じです。
短期間の滞在ではなく2週間、1ケ月のんびり過ごす所でしょうねぇ。

さて、前置きはこの辺で8月の品友会のご案内です。
ぜひご参加のほどお願い申し上げます。

第121回ホーチミン品友会開催のお知らせ

日時 2019年8月10日(土) 午後7時〜

場所 肴や(ATEYA) 50 Mê Linh, Phường 19, Q. Bình Thạnh (37 Phạm Viết Chánhのコンビニ(ミニストップの直ぐ近く)
電話 0125 200 4323

予算 40万ドン前後を予定

8月9日(金)午前中くらいまでにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き頂くか または ymt@yhk.com.vn(秀さん)まで
ご連絡をお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。
皆さまのご参加をお願い申し上げます。



posted by 秀さん at 09:34| ハノイ | Comment(4) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月28日

申し分のない経理責任者がいます編

長くベトナムでコンサル含め様々な仕事をやっていて重要性を痛感するのは経理の人間の能力&性格や資質ですわ。
女性の経理一人のせいで会社が傾くほどの大問題を生じたり業者や行政と癒着して日本人が知らない内に不正が横行するのがここベトナムですわ。
経理を怒らせたらどうなるか分からないので不正をやっているのはうすうす知っているがそっとしています・・・なんてことが実際にあるのですよ ベトナムでは!

ベトナムの役所でどこが一番怖いかと言えば税務署と税関と秀さんは答えます。
権力者の子弟が多く入っている部門でもあります。

過去、助けて下さいとお願いされ力を貸した会社の問題の多くは経理部門がデタラメで担当者に能力や経験が無い者が多い。
問題はその担当者は能力や税務署との丁々発止のやりとりの経験が無いのにもかかわらずあたかもあるように振る舞って能力以上の給料を
取っているのが問題でいざ問題が起きるとバックれてトンずらしてしまうということが多かったですね。
ベトナムでは経理処理は全てドキュメントが保存され時系列的数字的に完全な整合性がとれてないと税務署は重箱の隅の隅の隅をつついてきます。それもかなりの過去にさかのぼって調査ををやられます。
ベトナムでは金をとる部門=税務署、税関は特別で他の行政部門より力があると思って下さいな。
国の予算がいつも足りていないので無い所からでもむしり取りますよ というのが本音でしょう。
ですので間違いのない経理処理はベトナムでは必須条件ですぞぃ。

おっと! 前置きが長くなりました。
タイトルに戻って・・・・ある日本の会社のまったくもって勝手な都合で一人の優秀な経理が離職しなければならなくなりました。
秀さん、こんなことはブログには決して書かないのですがあまりにも良い人物で優秀なのでどこか経理を探している会社があればと思いあえてブログにアップする次第です。お金儲けではありませんので紹介料等は一切必要ありません。
ベトナム語しか出来ませんが作成する経理書類は完璧です。保証します。
給料もそれほど高くはありませんのでご希望の方がございましたら秀さんあてにメールにでもご一報下さい。

本日はこれにて失礼いたします。

では、また次回まで!






posted by 秀さん at 20:30| ハノイ ☔| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月18日

VAPEをやっています編

VAPEはやっていますがRAPEはやりません! アホ総理の御用記者の山口敬之ではないので・・・

と初っ端から受けもしない親父ギャクで始まりましたことを深くお詫びいたします。病気なのでお許しを!

長い間ヘビースモーカーの秀さんでしたがある友人の勧めでタバコから電子タバコ? VAPE(ベイプ)に切り替えました。
下記の写真みたいな電子機器を使って様々な風味の付いたリキッドまたはジュースと言いますがそれを蒸気に変えて吸引するものですわ。
紙煙草のように嫌な臭いは出ません、煙ではなく蒸気ですから。

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このVAPEですが禁煙グッズとしてまたファッション性で欧米では人気のようです。
昔、秀さんに似ていると言われたいや間違い、全く似ていない映画俳優のデカプリンさん、じゃないデカプリオさんもVAPE利用者ですわ。

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リキッドを蒸気に変換して吸引するのですがリキッドにはニコチンの入ったものと入っていないものがあります。
普通の紙タバコにはニコチンのほかにタールが入っており燃やすことにより他の有害物質や臭い、副流煙被害なども煙草を吸わない方には嫌がられる原因ですね。

また煙草は癌になると言われていますが発がん物質はニコチンではなくタールが問題なのですわ。
無論ニコチンは善玉ではなく依存性の高い薬物で、喫煙すると短時間で脳を刺激し血管を収縮させる作用があるため脳や皮膚の血流を障害すると言われています。
逆に効能としては感覚情報処理機能の向上、緊張緩和や覚醒効果などの作用、最近ではニコチンがアルツハイマー病の予防に役立つとの研究報告もあるようです。寿命を短くするのは喫煙であり、ニコチンではないという学者もいます。

問題はニコチンの依存性でしょうかねぇ、依存性のあるものと言えば昔から、酒、煙草、ギャンブルに女(悲しいことに秀さんには縁がないですが・・・)、わかっちゃいるけどやめられない・・・とかの植木等も言っておりました。へい、ウソです!

日本ではニコチン入りのリキッドの売買は違法になりますが個人輸入して本人が楽しむ分に関しては違法ではありません。
コストも日本で煙草を買うのに比べたら1/3程度で済みます。
リキッドの味もメンソールから始まりフルーツ味等数百種類以上あり、中には7アップやレッドブル風味。トースト&バター風味のリキッドまであります。あ〜た、トーストにバター味の蒸気吸うって・・・何じゃそりゃですね!

秀さんの場合は友人に買ってもらって日本からベトナムまで持って来てもらったのですが、調べて見たらベトナムでもVAPEショップがそこそこありましたぞぃ。リキッドの値段も同じものが日本よりは安いですわ。タバコが日本の価格の半分から1/3だからでしょうかねぇ? 高かったら買わないのかもしれません。

最初は煙草に比べると味気ない、ガツンとくる刺激がないのでやっぱ煙草だわ と思っていたのですが貧乏性の秀さんゆえ買って来てもらった以上は消費しないともったないオバケが出るので辛抱して吸っていたら・・・逆に紙煙草の刺激やイガイガ感に抵抗を感じるようになりまして今では紙煙草はほとんど吸わなくまりましたわ。3カートンも買いだめしていたのに・・・

友人にも話をしたのですが、今はネット通販がメインで小規模店舗ばかりで店舗数も僅かですが後数年でVAPEショップが各市町村に複数軒店でき日本でも普通に認知され激増するような予感がします。
煙草や酒と言った国や大手企業が支配するものから個人発信の個々の創意工夫をこらしたモノがトレンドを変えて行くような気がしている秀さんです。

ニコチンの入っていないリキッドは依存性もなく様々な味のフレーバーを楽しめます、昔でいえば香道でしょうか???
これからはVAPE道なんて言葉が生まれるかも知れませんね・・・とアホが勝手なことをほざいて本日のVAPEブログは終了です。

また、次回まで




posted by 秀さん at 04:41| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月06日

やっと花が咲いた編

ベランダに義娘のVちゃんが買ってきた花の鉢を置いていたのですがその花が散ってしまい植木鉢はそのままにして水や肥料をやりかなりの月日が経ちました。生き物って素晴らしいですねぇ、朝起きてみるともう一度花を咲かせておりましたよ!

この黄色い花の名前は分かりませんがよくぞここまで頑張ったと褒めてあげたい気持ちです。
同じ時期に唐辛子を植えたのですが花は沢山咲けど実はならず、こやつは秀さん同様失敗作だわと思っていたら1粒だけ青い唐辛子が出来ておりました。おお! お前もたった一人、いや一粒で仲間もおらずによう頑張ったのぅ と褒めてあげましたぞぃ。


花.jpg



唐辛子.jpg

日頃落ち着きなくバタバタしている秀さんですがたった一輪の花のおかげで少しだけ心和むことが出来申した。
こんな小さな花でさえ健気に一生懸命生きているのかと思うと頭を撫ぜてやりたい気持ちになります。
でもね、唐辛子さんはいつかは薬味として秀さん家の夕食時に食べられる運命ですわ。

世の中花として生まれるか唐辛子として生まれるかでその後の扱いは違って来ますがいずれも人間様のお役にたっていることは間違いありません。

そこでふと考えましたぞぃ、下記の写真に写っている孫2人・・・・

孫2人と.jpg

おっと! もう一人皺くちゃ爺が写っていますがこやつは全く人様のお役には立てない落語者 じゃない 落伍者ですので記憶から削除して下され!

さて、残りの2人ですが一人はカメラを前に横を向いておりもう一人は鼻をほじほじですもんねぇ、どうも秀さん家の人間は人様のお役には立てそうにありませんわ やれやれでごわす。

でもね、人様のお役には立てなくても嘘をつかず人様に迷惑をかけないかぎり・・・たとえ勉強が出来なくても成功しなくても良いので今のように自分たちの思うがままの自由な人生を歩んで行って欲しいと思いますぞぃ。
たった一度きりの人生ですもん、のびのびと進んで行ってもらいたいものです。

なんですって? 自由にのびのびと生きるにはお金が必要だって? そんなことを考えるのは自由にのびのびと生きてこなかった我々大人が言うことですわ。

縁あって神様によってこの世に生を受けたラッキーボーイ達ですのでお金のことなんて考えなくても何とかなるでしょう きっと!

と・・・このような超楽天的な考え方の爺さんを持ったことが間違いかどうかは彼らの生き方次第ですがね!


健康ですくすくと育って欲しいのは誰しも同じですね。
将来兄弟仲良く助け合って下さいな とお願いして本日の爺のつぶやきは終わりです。

では、また次回まで



posted by 秀さん at 09:40| ハノイ | Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月23日

仰向けになってゴロンとしている猫のチーを見て編

少しバタバタとした一週間が終わりました。
気力体力は昔と違い急速に減退しており老齢の秀さんにとっては少し負担が大きかった。

ふと、猫のチーを見ていたら雌猫にも関わらず恥ずかしげもなく仰向けになって4つ足を左右に伸ばし寝ており超リラックスモードですわ。
あ〜た、毎日餌をもらい何の役にも立たずゴロゴロして良いご身分ですねぇ と言いたくなりましたわ。
とはいっても時折、孫2人から尻尾引っ張られたり遊びを無理強いされたりしていますがね。

秀さんの世代はまじめに働け怠けるな! というのが当たり前の時代でしたわ。
男は30代40代で家の一軒も建てるのが当たり前、大黒柱の甲斐性みたいな風潮もありまして忙しないというかとにかく前に進むことを要求された世代だったような気がします。そもそも今の若い世代の人は大黒柱ってなによ? と言われるかもですね。

無理して家建てるより借家で十分、車だって都会に住んでいればそれ程必要ないし仕事だって家庭を犠牲にしてまで働くというのもどうよ? といった考え方の人が増えておりますねぇ。
これは良いとか悪いとかといった問題ではなく生き方の価値観が変わってきたのではないでしょうかねぇ。
また、働き方も変わって来たというか技術革新によって大きく変わりました。今パソコンなしでは多くの仕事が出来ないのですがつい40年位前にでは個人が一人一人が仕事でパソコンを使うなんて想像もできなかった時代ですわ。コンピュータ技術のお蔭?で合理化と名を変えた人員削減が進み、あ〜た、これからはAIに量子コンピュータですもん、まずます機械が人間に変わって仕事をするようになっていきます。
トヨタのトップも経団連のトップももう終身雇用は保証できない、いや しないと言っていますもん。

企業と個人がお互いまぁまぁの関係を築いて来た時代は戦後から1990年代位まででしょうか・・・
合理化、グローバル化、自由資本主義思想の拡大により製造工場は海外に出てしまい非正規雇用の増大が進むにつれて国民格差が進みました。
しかしあまりにも少子化が進んだ結果、今日本ではは若い世代では人手不足だと聞きます。
何でも行き過ぎれば揺り戻しはあるでしょうねぇ〜 これからはどう稼ぐのかではなくどういう風に生きていきたいのかによって労働に対するの定義が分かれる時代になるでしょうよ きっと!

秀さん的には 物欲の時代からもっと精神性を重んじたやさしい新時代へと変化していくことを期待していますが、さてさてどうなることやら・・・

仰向け姿で無心で寝ている猫のチーににでも聞いてみましょうかねぇ〜 


ということで本日のあほブログは終了っと!

また、次回まで





posted by 秀さん at 03:45| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月07日

追伸:品友会は6月15日(土)開催です。

ブログ村の記事は一度間違ったものをアップすると訂正してくれないので・・・
今月の品友会は6/18ではなく6/15(土)の間違いです。
是非大勢の参加者をお待ちしております。 

毎日雨が降るようになりました。
本格的な雨季の到来ですが秀さん家族は普段とおり変わりなくテレンこてれんこホーチミンでなにげない生活を営んでおります。
息子夫婦と同居はどうですか? とよく聞かれますがへい、仲良く睦まじくやっておりますよ。

その原因は、昔は気が短かった秀さんですが孫が出来たせいか少しばかり穏和になりましてあまり人と衝突しなくなりました。
若いときは、突っ張っていたというかとんがっていたのでしょうねぇ、今から考えると馬鹿らしいのですが人になめられたくない心が大きかったのでしょうよ、きっと。

ええ歳こいた今となっては気力・体力・持久力どれをとってもダメだめですので気負い込むだけで疲れてしまうのでおとなしくしております。へい

唯一望むことは、家族の健康と孫の順調な成長くらいでしょうか?

絶世の美女多数&使い切れないほどの大金を手にすることは・・・過去秀さんのご先祖さんの行いが悪かったのかどうかわかりませんが
どうやら福の神様さん見捨てられたようで無理なことと諦めております。

諦めることにより別の世界観が現れる というか何ごとにも執着しなくなって来ます。日々家族に囲まれて生活できるだけでも満足至極でごわす!
いずれ誰しも死にゆく運命ですもん、何一つ持たずに生まれて来たのですから何一つ持たずにあの世へと行くのが正しいのかも知れません。

とは言いながらどこでどうなるかは人様の人生ですので分かりません。
ホーチミンで性悪女にせっせと貢いでしまうこともあるかも? と一瞬思ったのですが、よくよく考えたら貢ぐほどのお金もないことが分かり申した。

貧乏人に誘惑はありゃしません! これ世界の道理ですわ。嬉しいのか悲しいのか・・・

今から寝てよく考えてみます。

では、また次回まで






posted by 秀さん at 01:09| ハノイ ☔| Comment(3) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月21日

トム・キャンベル転載シリーズ1編

昔のNHKスペシャルで、この世はなにから出来ているのか? のキャプション付きで神の数式というシリーズ番組がありましたね。

中々面白い番組でした。

下記



今の最先端物理学ではこの世はなにから出来ているのかという問いに対して様々なアプローチがあります。
本日はトム・キャンベル転載シリーズというタイトルでその1回目をいつもの悪い癖で勝手な転載記事を掲載したいと思います。

秀さん的にはとても面白く読みました。

では転載開始です・・・・・


トム・キャンベル:現実の本質、意識、進化 1/3

エビータ・オシェルによるトム・キャンベルのインタビューです。この回は三つのシリーズですが、この後もエビータ・オシェルによるトム・キャンベルのインタビューシリーズは何本もあります。

トム・キャンベルについての全投稿は/tag/トム・キャンベルにあります。

Contents [hide]

1 紹介
2 意識研究のきっかけ
3 モンロー研究所
4 他人への説明は難しい
5 My Big TOE
6 現実とは客観的なものではない
7 物理学の説明不能問題
8 アインシュタインの壁
9 パラダイム・シフト
10 現実はデータに過ぎない
11 シミュレーション
12 心が治癒する
13 それぞれの現実フレームに生きている
14 信念に捕まったまま
15 仮想現実の仕組み
16 木の一貫性
17 心が事物に影響を与えうる
18 エゴと恐怖を追い払う

紹介

皆さんこんにちは、EBTVへようこそ私はエビータ・オシェルです。今日のスペシャルゲストはトーマス・キャンベルさんです。トーマスは科学者です。核物理学の分野で働くプロの物理学者です。巨大システムシミュレーション、複雑系の脆弱性分析、リスク分析といった先端技術に携わっておられます。

そしてまた、講演者でもあり、書籍「MY BIG TOE」の著者でもあります。TOEとはTheory Of Everything(万物の理論)のことです。

過去30年間、トーマスは意識の性質、境界、能力の科学的な探求に専念してきました現代の意識研究において、最も影響力のある専門家といえるでしょう。彼の仕事や書籍についてはmy-big-toe.comを参照してください。こんにちは、トム。ようこそ。

こんにちは、エビータ。ありがとう。うれしいです。

ありがとうございます。あなたを迎えることができ、嬉しく光栄に思います。もちろん、専門知識や知恵をくださる、多くのゲストに感謝していることと同様ですが、しかし今回は、来てくださったことに非常な興奮と特別な感謝の気持があります。

なぜかといいますと、最初にあなたの仕事を知ったのは、素晴らしくシンクロニスティックな2009年の夏のイベントでしたが、私はトロントでのあなたの一連のレクチャーに参加しました。それ以来、あなたの話は、私の人生のみではなく、私のすることすべてにとって、とても有益で、多大な影響を受けました。

なぜなら、私は「意識」に情熱を持っているからです。「意識」は、この現実の本質の拡張です。私の学んだすべてのこと、あなたがシェアしてくれたすべてのことは、私の「存在」に深く共鳴したんです。ですから、ここで、あなたの発見したすべてのこと、人々の現実や意識を拡張する方法を、ここでシェアできることは、光栄ですし、非常に嬉しく思います。あらかじめ、感謝いたします。

ありがとう。とても素敵な紹介です。

さて、今日の番組は現実の本質、意識、そして進化についてです。あなたの成し遂げたこと、つまり現実の本質の理解、についてきている多くの人はその巨大な詳細や実際的な応用について知っていることでしょう。また、あなたがどのように、この分野での研究を開始したかを。
意識研究のきっかけ

なぜなら、あなたは科学者として出発しました。繰り返しになってしまいます。というのは、既に多くのインタビューや講義で紹介されていることですが、1970年代最初から、ボブ(ロバート)・モンローと共にモンロー研究所にて、変性意識状態の研究をはじめられました。それから、誰もがあなたの仕事に気づくようになったのだと思います。そして、物理学つまり科学的方法と形而上学をミックスするというアプローチをとられている。手始めに、科学、私たちの知る伝統的な科学ですね、それよりも現実が大きいことに、いつ気づいたのでしょうか?

それは段階的に起こったのです。一つの大きな「あっ、そうか!」という経験ではありません。大学院にいたときに、TM(Transcendental Meditation〜超越瞑想)というものが学内にやってきたのです。料金は20ドルとバナナでした。それだけで、瞑想の仕方、TMの仕方を学ぶことができたのです。

ある日、物理学ビルで働いていたとき〜そこで大学院生として講義をしていたわけなのですが、教室に来ると、ドアに貼られたポスターがありました。こう書かれてました。「瞑想を学ぼう!リラクゼーション、睡眠が不要になる、などなど」

それが一番必要だったんです、「睡眠不要」が。大学院生、特に研究を行ってる者は、0時を回ることもあります。機械を動かしたり、データをとったりで。

「睡眠不要」が心に響いたんです。「OK。やってみようじゃないか」それで瞑想を学びました。約3ヶ月後のことでしたが、瞑想状態では、問題解決能力が高まることに気が付いたのです。物理学の問題ですが、主にはコーディングです。物理学者はプログラム作りも行います。プログラム作成時のコーディング上の問題を、瞑想状態ならずっと効率的に解決することができたんです、覚醒状態でコードを眺めているよりもね。

問題を見出し、エラーを特定することが、数秒、数分でできました。以前は同じことをするのに数日かかっていたのですが。ですから、ここには何らかの「本物」があると感じました。ただのリラクゼーションではないと。何か別の根本的に違う要素がある。もう一つの現実フレームと言えるかもしれません。

単なる物理的な何かではなく。何も無かったからです。私はソフトウェアを眺めていたわけではありません。私の前には何もありませんでした。もちろん、5万行のコードなど覚えられませんから、私の想像で問題を解決したわけでは無いのです。不可能です。

単純にリラクゼーション状態で、その状態になり、「どこに問題があるんだ?」と言うと、「ビンゴ!」それがわかるのです。明らかに通常の経験ではありません。それが私の初体験でした。「現実」はこれまで思っていたよりずっと大きいことに気づくという。ともあれ、私は瞑想を続け、「視点」、「現実の感覚」を拡張することができたと思います。それは単に睡眠不要でリラックスだけではなく、より良く物事を知覚するということです。それが初期のことですね。
モンロー研究所

もちろん、その後、ボブ・モンローと知りあい、彼の研究所で意識の研究を行うことになるわけです。それが次の大きな出来事です。私の思いとしてはこうでした。もしこれが「現実」だったら、面白いだろうと。とてもやりたかったわけです。「でも違ってたら?」。

それでも面白いと。どちらであれ、ともかく面白いと。私は、それほど確信してはいませんでした。むしろ懐疑的でした、共に働くデニスと同じく。私たち二人はボブと共に働きましたが、私達は非常に懐疑的でした。ここで起こってることは、現実と呼んで良いのか?あるいは、単に個人の心の中のこと、想像に過ぎないのか?もう一つの現実というよりも、心理学的な問題に過ぎないのでは無いか?

しかし、数年も経つと多くのデータが集まりました。多くの経験と多くの超常現象があり、それが普通のことになってきたのです。やりたいことは何でもその場でできるようになっていました。もはや奇妙な経験でも何でもなくなっていたのです。結局、これらの経験を否定するのか、それとも現実は我々が思っていたよりも「大きい」ことを認めるのか、というところまで来たのです。そういった話しです。

数年にかけて大きな進歩がありましたが最終的には、もはや疑問の余地なしまで来ていました。もはやそれは問題ではないと。私にとっての大きなブレイクとしては、私とデニスが、一緒にトリップしたことです。私達は研究所の「上」で、体外離脱状態で会いました。もちろん、我々は隔離されたブースにおり、別々のマイクを使っていました。

私達は体外離脱状態で、経験していることをボブに報告しました。いわば同時並行的なプロセスです。その現実で何を経験しているかを話すという。それが、当時のカセットテープに録音されました。ともあれ、我々はそのような経験をしました。我々は完全に隔離されていたのです。何のコネクションもありません。相手方を聞くことは全くできませんでした。

その後、二つのテープを同時に再生してみると、デニスと私が会話をかわしていること、お互いの問いに答えていること、同じものを見、同じ人たちに会っていることがわかったのです。明らかに同じ場所にいました。

その時点で、私はもはや。。。もはやそれが「現実では無い」とは思わなくなりました。もちろんそれ以前に「それが現実である」ことを示す多大なデータがありましたが、我々の経験が偶然に起こることは万に一つも無いわけです。

しかし、知的な人なら、「いやいや、そんなこと感情的には受け入れられない」と思うでしょう。知性的には、それが現実であることがわかります。しかし、感情的には違います。感情の深く、「存在」のレベルでは。それは、経験として否定することのできない形、説明できない形で現れたのです。

その時点から、「現実かどうか」という問題ではなく、「どうなっているのか」という問題になったのです。私は科学者ですから、「どうなっているのか」は私の担当です。そこには科学が必要です。論理が必要です。「ランダムに起こったこと」では意味がありません。では、その論理は何か?ルールはあるのか?その限界は?何ができて、何ができないのか?どうして機能するのか、なぜ機能するのか?どこから来たのか?我々はどうしたら「出会える」のか?

科学者として、これらが私のゴールになりました。つまり、論理的、科学的な理解です。つまり、この「大きな現実」は一体何なのか?それを、この40年近く追求しているわけです。

そこが、私があなたの仕事について素晴らしいと思うところです。あなたは単に科学者というのみではなく、特に物理学者です。伝統的な物理学の「価値」としては、現実の解釈方法が固定されていて、それを変更することは難しいのではないでしょうか。まして形而上学に変換するなどということは。しかし、あなたはトップ物理学者です。核物理学者です。と、同時に驚くべき経験をされています。おっしゃるように、単に知的なものではなく、経験的なものになったということですね。

典型的な科学者であれば「体外離脱?ウソだろう?」と言うところでしょうが、あなたは経験しています。現実なのです。どうして現実になったのか?おっしゃるように、「飛び込んだ」という。そこが知りたいところです。なぜなら、多くの人はそのような経験がありません。私にとっても、未だに「知識」の状態です。私も他の方もそのような経験ができれば、非常な力になるでしょう。
他人への説明は難しい

さて、トム、多くの人が持つ最初の疑問だと、確信しますが、あなたの個人的なすべての経験や、すべての実験結果から、「現実とは何か?」を、どう説明することができるでしょうか?それは、とても時間がかかりましたね、論理的な文脈にあてはめるということは。本能的に、どうなっているのかを知っているということはあります。

他人に説明するということ論理的に説明するということは、全く違うことなのです。非常な時間がかかりました。どうやってこれを説明しようか?それができれば、他人も理解することができる。

経験に照らして、多くの人が経験でき、どうなっているのかを知ることができる。それらの経験で、瞑想の方法、遠隔透視の方法を知ることができる。心でのヒーリング方法を知ることができる。しかし、何が起こっているのかを知ることはできないし、どうなっているかもわからない。どうしてそうなるのかも。ですから、「何が起こっているのか」を明確にするには、かなりの時間がかかりました。

私がしたことは、基本的には「大きな現実システム」の中の科学であること。その時点で、ボブの研究所で数年経過していましたが、基本的に望むときはいつでも体外離脱できるようになっていました。たまに起こったことではありません。

そして、そこでの実験を計画することができました。ここで実験するのと全く同じように。その実験において、変数に着目し、それを変化させ、結果がどうなるかを見てみる。時間をかけるかどうかの問題です。一般の科学と同様に。非物理的な「大きな現実フレーム」の中でね。最終的には、この現実フレームにいるのでも、もう一つの身体フレームいるのでも、遠隔透視でもなく、常に「大きな現実」の中にいることに気がつくのです。ですから、二つは同時に可能です。大きなスペースの中にいるのです。それは簡単になります。思うほどには難しくはありません。

ともあれ、実験はそのように開始し、最終的にはどのように機能するかを理解しました。つまり、論理的・科学的にです。しかし、他人に説明することが、まだうまくできませんでした。なぜなら、それを「英語」に変換しなければならないから。

もちろん、英語に変換しましたよ。物理的現実の出来事の説明を目的として進化してきたのが英語です。その目的のために進化してきたのです。物理的現実の作用を説明するための言語は、この現実の「外」を説明するのには適当ではないんです。だから、適当な言葉を見つけるのに苦労しました。ただ、本を書き始めて、多くの助けを得ることができました。
My Big TOE

何かを考えたとき、どのように明確に伝えるかを考えますね。あなたも書き手ですね。どのようにそれを「言葉」にするかを考えるでしょう?ひどい文章のままか、明確な文章になるのか、選択しなければなりません。それが役に立ちますね。私は、他の人たちに「これどう思う」と、パスを回しました。彼らは基本的に、あきれ、手を振り、「理解できないよ」と言いました。わかるでしょ?

そして、質問をしてきました。だから、もっと書き加えることにしました。疑問に答えるためにね。さらに質問です。さらに追加です、何十もね。この話しに関心のある人たちに、私は継続的に、私のTOEを送り続け、「どう思う?」と聞き続けました。「不明点は聞いてくれ」と。そして書き続けました。最終的に思いました。「なんてこった!なんて量の本なんだ!」「なんてこった!ものすごい量!」「こりゃ三冊分の量はあるぞ!」だから三部作になっているんです。



一つの巨大な本にはしたくなかったので。900ページ以上ありますからね。三つに分けたんです。そんな風にできあがったんです。多くの人は、この本を読むと、「私にだけ語りかけているみたいだ」と言ってくれます。個人的なものと思えるらしいんです。なぜなら、人々の疑問に答える形で作ってきたからです。誰もが同様の疑問を持つわけですね。助けてくれる他の人の疑問に答え続けていれば、個人的なものになりますよね。もちろん、一部の人にとっては、冗長に感じるようです。私の言うことを一方的に捉える人もいれば、それをしない人もいます。違った方法でとらえる人もいます。

読者として、多くの人をできるだけ含めたかったんです。そうすれば、誰もが理解できる可能性があります。ですから、4つもしくは5つの方向性をとったことは認めます。そうしなければ、一部の人を除外することになるということがわかったからです。

私もそう思います。それは良い教師の印だと思います。なぜなら、誰もが同じ形で学べるとは限らないからです。繰り返しは、教示の技術です。同じことを同じ形で言うのではなく、違う形で言うと。別の人々は別の形で習得するからです。

異なるメタファーが必要ですね。人によっては、違うメタファーに馴染んでいる場合があります。ですから、異なる文脈に入れることが必要です。人によっては理解できるし、他の人はできません。それが、このような本になった理由です。この本はタダです。買う必要はありません。

この会話は販売セールスではないんです。Google Booksほか、タダで読めるサイトがあります。海賊サイトも含め。Google Booksに行って、ダウンロードするなり、オンラインで読むなりしてください。買う必要はありません。

買っても大したことはありません。できるだけ安い値段にしました。お金儲けが目的ではなく、情報の流通が目的です。それらのサイトに行ってみてください。youtubeに行けば、たくさんの写真やビデオがありますから、この話題を追求したい人は誰でも利用することができます。タダで利用可能です。

その点もあなたの仕事が素晴らしいと思う点なんです。知りたい人にとって、多数の資料が既に用意されていること。この物理的世界を超えた現実を追求し始めることができる。

あなたの情報を広く知らしめようという情熱、それにお金の有無に関わらず可能な限り利用可能にしようという使命感。ありがとうございます。多くの人が感謝していることと思います。と

ころで、多くの人が「あなたは現実的ではない」と言ってみたり、親が子供に「現実的になりなさい」と言ってみたり、そんなものは人生のスキームではありませんよね?
現実とは客観的なものではない

まったくです。「現実」という言葉なんですが、現実とは客観的なものではないんです。現実とは主観的なものと考えています。科学は、現実が客観的なものであると、熱心に信じていますが、だからこそ、彼らは「ある場所」に行くことができないのです。

それは「客観的なもの」でなければならないから。「科学」はそのように考えます。科学のキーポイントは「科学的な方法」にあるからです。科学的な方法が、科学を迷信から解放してきたことは事実です。多くの迷信や信仰がありますが、基本的には「科学的な方法」によって、科学はそれらから分離してきたのです。

仮説をたて、実験で検証し、間違いか正しいかを知る。誰もが、同じ実験を、どこでも行い、同じ答えを得る。これが「現実は客観的である」という宣言です。客観的な世界では、すべての実験は同じ答えが同じように得られます。しかし、「ここ」は客観的な世界ではないのです。この「現実」は客観的なものではありません。

そして、科学者達は、これらの特定の「事実」を扱うのに、非常に困難な時間を過ごしてきました。なぜなら、彼らの土台である「科学的方法」こそが、科学を科学たらしめているからです。それが科学の地位というものです。これをとりさってしまうと、舵の無い状態になってしまう。

だから彼らは防御しようとします。客観的現実原理主義者は、それ以外を見ません。他に存在する可能性のあるものを否定してしまうのです。それが問題の本質です。現実は「客観的なもの」では、全くありません。そして科学は、その制限に向かって走り続け、説明不可能なものにたどり着くわけです。彼らの視点自体が制限されていますから。
物理学の説明不能問題

例えば、量子力学です。1920年代半ばのことですが、87か88年前ですね。二重スリット実験によって、「現実は客観的ではない」ことが示されています。現実は統計的なのです。確率論的なのです。それが現実の本質です。現在、我々は知っています。原子の世界について計算を行うとすれば、それらは、客観的な塊の集合体ではなく、確率分布として扱わねばならないことを。これが量子力学ですね。科学全体が立脚しているものは、客観的な粒子などではなく、確率的統計的分布なんです。このことを、その時点で知っていたわけです。

今では、宇宙がビッグバンで始まったということも知っていますよね。ビッグバンの原因は何でしょうか?どうやってそれだけのエネルギーが一つのボールに集まり、爆発して今の宇宙になったのでしょう?それが何であれ、非物理的なものであることは明らかです。この物理的宇宙はその後にできたものだからです。そのエネルギーボールが爆発する以前は、この物理的宇宙は存在しませんでした。その小さなボールは自分自身を作れたのでしょうか?

これは哲学的問題ですね。自己矛盾というものです。自己矛盾です。物はそれ自身を作ることはできません。物は、何か他の物からのみ作成可能です。ビッグバンが物語ることは、他に何かがあったということです。それは物理的なものではありません。なぜなら、「物理的」とは、この宇宙を指し示す言葉だからです。物理的な現実とは、この宇宙の中のみであり、それ以外は物理的なものではありません。つまり、我々には非物理的な「根源」が存在するわけです。そこにたどり着いた物理学者は、それを否定しようとします、基本的にね。

私は進み続けますが。科学ではこういったことが、あらゆる場所であります。彼らは説明不可能な問題にぶつかるんです。彼らの視点が極めて制限され狭いからです。
アインシュタインの壁

その点を聞きたかったんです。アルバート・アインシュタインは壁にぶつかりましたね。なぜなら、彼は一定の深さ、レベルの考えにとらわれていたからでしょう?

その通りです。彼は壁に直面しました。彼は20年か25年のあいだ、自身の理論を追求していました。統一場理論です。TOE(Theory Of Everything〜万物の理論)を確立しようと。彼のTOEは物理的なものです。Big TOEとは異なります。こちらは、物理的・非物理的なもの、客観的・主観的を含む万物の理論です。
[
ともあれ、彼は壁に直面しました。そこで、「意識」の問題を何とかしなければならないと。二重スリット実験はそれを示しており、量子力学は意識の問題をつきつけていたからです。

彼らのやり方は同じです。「OK、どうする?」「どう数値化する?」「どうやって論理的な理論に入れ込む?」

彼らは壁を叩き続けました。彼らの思いとして、それらは客観的でなければならず、物理的でなければならなかったんです。しかし、求めるものは、そこからは得られなかった。ちょうどこれは、部分集合のようなものです。部分集合は上位集合を定義することはできません。上位集合とは、ビッグバンを起こしたものですね。これは、物理的現実からは見えません。だから彼らは行き詰ったんです。彼らに必要だったのは、二つの大きなパラダイムシフトでした。
パラダイム・シフト

科学では大きなパラダイム・シフトがありました。例えば、ここが宇宙の中心という概念から、太陽系の一員に過ぎないという。そして、太陽がその中心にあるという。あるいは、ニュートン力学が相対論や量子力学により否定されたように。それぞれで大きなパラダイム・シフトを経験し、古い概念は単なる「近似」になりました。例えば、「地球は平ら」という概念を持つとします。この概念は、近距離においてはとても便利な近似的概念ですね。だから、「地球は平らではない」ことを知ったとしても、ビルのレイアウトやら何やらは、「地球は平ら」モデルで行われるわけです。「地球の丸み」は無視されるわけですね。近距離では、その丸みなど微小なので、誰も気にしないわけです。ですから、「地球は平ら」モデルは充分な「近似」になります。だから今でも用いられているんです。

ニュートン力学が置き換えられても、捨てられませんでした。99%の物理学は相変わらずニュートン力学で行われているんです。現在では、それは近似に過ぎず、正しく無いことがわかっています。小数点以下5位、10位、20位では。だから、相対性効果は無視されます。量子力学効果もね、マクロスケールでは。ですが、ニュートン力学は間違っています。ただの近似にすぎません。客観的な世界についても、同じことが見出されます。客観的世界はただの近似にすぎないのです。我々は客観的な現実にいるわけではありません。この現実の領域では、不確実性というのは小さいんです。

この現実を定義するルール集合は、「何が起こるか」について明確だからです。近似的な客観的現実というものがあるのです。だから、レベルアップして次のパラダイムに行き、後ろを振り返れば、「この客観的現実なるものは、もっと大きな現実の一部にすぎないのだ」ということがわかるんです。

誰もが「この現実が客観的ではない」と気がついた後でも、相変わらず物理学をやりますよ。それは「我々が住んでいると思われる」世界だからです。ですから、「飛ぶための技術」などは相変わらず使われるわけです。これはただの近似なんです。「大きな現実フレーム」を見ることができれば、これが単に部分集合に過ぎないことがわかるんです。先ほどのあなたの質問、「現実とは何か」に答えてませんでしたね。それは「意識」です。意識こそが基本的な現実です。
現実はデータに過ぎない

意識とはデジタル情報システムです。意識とは単なる情報です。我々が現実と呼ぶすべてのものは、単なる情報です。あなたの感覚器官が情報を集めていることはわかりますよね?五感はデータを集めているわけです。そして、五感が物理的現実を定義しているわけです。五感をとりさってしまうと、意識は無効になります。何も見えず、聞こえず、感じず、嗅げず、味わえない状態では、意識は真っ暗な無効空間に漂うことになります。

ですから、あなたの現実というのはデータにすぎないんです。あなたの集めているデータです。データは細切れの塊としてやってきます。光子として、神経へのパルスとして、あるいはニューロンへ細切れの意味は「デジタル」ということです。つまり、デジタル情報なんです。

次のステップとしては、それらのデータが客観的な世界から我々の五感に到着するというより、意識とデータが我々へデータストリームとして流れてくるのです。そしてそのデータストリームを解釈したものが、物理的現実です。

簡単に言えば、意識とは、つまり現実とは意識のことなのですが、意識とは情報です。デジタル情報フィールドです。情報こそが基礎なのです。現実の世界の。

さて、この物理的現実とは何でしょうか?なぜこの現実があるのでしょう?この物理的現実とは、「仮想現実」なんです。ちょうど、「World of Warcraft」や「SIMS」のようにね。それらの仮想現実のマルチプレーヤーゲームのような。

それが真実なんです。物理学はそこにたどりついているのです。その様々な方面において。そのような種類の次の大きなパラダイム・シフトが物理学に起こりつつあるわけです。

(Edward) Fredkinは1992年に論文を発表しました。現実とはデジタル情報であると。我々はシミュレーションの世界に住んでいるのだと。この考えを彼は物理学フォーラムに紹介し、全く新しい物理学の部門、デジタル物理学となりました。

これは非主流派の考え方ですが、しかし確実に物理学コミュティに(影響を及ぼし?)ています。これ以降、十人以上の方が同じ結論に達しているのです。別々の観点から。そして今や、物理学論文やジャーナルなどが、この現実が仮想現実であることを議論しだしており、その方が物事をうまく説明できると、物理学者は理解しはじめています。もしこれが仮想現実であれば、ビッグバンの向こう側をうまく説明できます。
シミュレーション

シミュレーションであるなら、スイッチを放り投げ、起動ボタンを押したということです。宇宙の膨張の仕方も説明できます。客観的現実の観点からは、宇宙はコンスタントに膨張しています。むしろ加速しているのですが、何に向かって膨張しているのでしょう?膨張して何になるのでしょう?

客観的現実では、膨張した後に別のものになることはできません。それが物理学者の問題です。彼らにとっては宇宙以外には何も存在しないからです。デジタル現実あるいは仮想現実の見地からは、単に数値が増えるだけに過ぎません。単にコンピュータが大きな数を作り出しているにすぎないのです。膨張してどうなるというわけではありません。こうして、多くの問題が解決できるわけです。量子論の問題が解決できます。なぜ粒子が確率的・統計的なのか。なぜなら、現実が確率的・統計的だからです。それらは単に情報にすぎないのです。

誰かが計測を行って、情報を集めると、粒子を観測する結果になります、それまでは確率的分布であったものが。多くの科学に関するミステリーが解決されます。そのうえ、科学のミステリーのみではなく、様々な問題の理解が可能です。

体外離脱とは何か、予知夢はどこから来るのか。遠隔透視がどうして起こるのか。どうして心によるヒーリングが起こるのか。
心が治癒する

超常現象とは言いがたいが、しかし依然としてそうであり、社会的に受け入れられていることとして、プラシーボ効果があります。これは一体何でしょうか?「素晴らしい薬だよ」と伝えれば、実際に治ってしまうのです、そう言われなかったグループに比較して明らかにね。実際によくなってしまうのです。

客観的現実であれば、こんなことは不可能です。何を伝えようが、客観的現実においては無関係のはずです。生体内で客観的現実が進行しているのであれば、心で何を考えようが結果は変わらないはず。明らかな誤りです。

小さな確率性しか持たない実験、近似値に近い結果になる実験というのはあります。しかし、他の分野、心理学、経済学、社会学、これらは多大な不確実性のある状況を扱います。同じ実験を、違う場所で、違う時間で行えば、異なる結果が生じます。全く客観的ではありません。しかも、実験の当事者が、その実験が何をしているのか知っていて、異なる結果を得るのです。だから二重盲検法が必要になるわけです(訳注:実験者も被験者も内容を知らない。特に新薬のテストで行われる.)。でなければ、同じ結果を得ることはできません

さて、客観的現実では、そのようなことが起こるのです。実験者が何を知っていようと関係無いはずです。もちろん、現実はそのようなものではありません。このように、「これは客観的現実ではない」ことを示す、たくさんの事実があるわけです。統計的であり、確率的であるという。

そして、心理学、社会学、経済学、医学において、それらを利用できることを理解しているのですが、しかし絶対にそれを認めようとしてはしないのです。それは客観的ではないからです。科学者は「それは本物の科学ではない」といいます。ソフトサイエンスである。ハードサイエンス(自然科学)こそが本物の科学であり、他は科学ではないとねでも、他のものの方が明らかに良い結果になるんです。

プラシーボ効果が無ければ、薬剤のマーケティングなどできませんよ。プラシーボがなければ効果などありませんからね。しかし、プラシーボ効果こそ実際に効果があるのだ、それを使おうじゃないか、なんて決して言いませんよね。

しかし、これは隠しておかなければ、お金になりません。実際に使っているのにね。患者の心こそが治癒の原因なのに。だから、それを認めない。認めれば科学を踏み外すことになります。皆が恐怖します。だから無視するんです。

でも、トム、それは私たちが熟慮しなければならない問題だと思います、こんにちの大きな社会的スケールの中で。もちろん、多くの人はしません。が、そこには大きく深い意味があるわけです、我々の人生にとっての。例えば、それを知らずに大量の薬をとることで、様々な形でバランスを崩すことがあります。(訳注:わかりにくいです)日常生活における細々とした物事にそういった研究が影響を及ぼしています。

多くの方がそのような「研究」に疑問をはさみません。多くの方がこれらの研究結果を信じこんでいるわけです。「この研究はこう言ってるんだからその通りだろう」などと、状況や文脈を考慮しないわけです。我々の意識が客観的なのか、客観的でないのかという点です。
それぞれの現実フレームに生きている

あなたのもたらした素晴らしい情報を元に、より実際的になる必要がある、その意味は非常に大きいと思います。その方面については、たくさんの質問がありますが、まず最初としては。。。

様々な状況において、人々は「僕は客観的だ」などと言います。自分は客観的だとみなしたいのです。物理的現実であろうが仮想現実であろうが、人が客観的であることが可能だと思いますか?

まさか我々は客観的に現実に生きているわけではないし、客観的な人間でもありません。そう信じてるだけです。男の方が女よりも確信してると思いますが。

ともあれ、我々は、自身が客観的な世界に住む理性的で論理的な存在だと信じています。ただの文化的信念です。誰も説明できません。自身の文化から受け取っているだけです。その一部だからです。

我々は、それぞれ自身の現実フレームに生きているのです。すべての個人は自身の現実を持っています。すべての個人は、彼が受け取ったデータを解釈しなければなりません。これは明らかですね。あなたの感覚器官でデータを受け取ったり、他人と関わりを持ったりする、それはすべてデータです。あなたがどう思おうが、解釈の仕方はあなたの経験に根ざしています。何を知ってるか、理解しているか、何を恐れるのか、何を信じるのか。これらすべてが、データの独自解釈に影響します。

だからこそ、5人が同じ交通事故を見ても、証言が異なるんです。それぞれが、データについて別の解釈をするからです。我々は、我々の環境について、それぞれ異なることを知覚しています。我々の経験データベースに基づいてね。ですから、我々はそれぞれ自分の現実を生きているわけです。「男は火星から、女は金星から」とかね (訳注:ジョン・グレイ著「ベスト・パートナーになるために―――男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール  男は火星から、女は金星からやってきた」のことと思われる)。



それぞれが物事を自分なりに解釈するのです。結論にいたる方法は人ぞれぞれです。ですから、例えば誰かが私に何かを言ったとして、それを「無礼だな」と思ったとしても、無礼に扱ったことを意味するわけではないのです。単に私の解釈に過ぎません。

我々は個々人の現実を生きているのが事実なのに、基本的な事柄については合意されていると考えていますね。しかし、それらはすべて「近似」でしかありません。客観的現実はどこにあるのでしょうか?

OK、客観的現実は、いま目の前にあるこの机です。客観的です。この部屋にいる誰もが、私の前に机があることに一致するでしょう。ところが、これは近似的客観性なんです。そこには、微小な不確実性があります。机には体積がありますね。体積には微小な不確実性があります。長さも微小に不確実です例えば、100人の科学者に机の長さを計測させたとすると、100通りの答えが得られます。「もっと正確に!」というと。。。「じゃぁ、この机のヘリはどこ?」と問われるでしょう。ヘリには分子の塊がありますが、それは常に動いています。いたるところにあります。では、長さの定義は?何も無いんです。机でもブロックでも家でも。客観性はありません。計測できません。

「この長さ、プラス・マイナス」「この重さ、プラス・マイナス」「この体積、プラス・マイナス」プラス・マイナスの小数点以下5桁、10桁は器具の正確性によりますが、でも、そんなレベルの小数点は気にしませんよね。ニュートン力学と同様に無視します。充分だからです。測量士は、「地球は平ら」モデルを採用します。(地球の丸みは)無視されます。充分だからです。これは客観的現実と同様、主観的なものは無視されます。統計的・確率的なもの無しに理解できます。客観性の中ではね。統計性無しに記述することはできません。統計性が微小であれば、近似的に客観的なのです。

もちろんそれは、客観的であることを意味しません。依然として統計的なのですから。心理学や医学の分野を考えてみると。。。この薬は効くのか否か?ここには、非常に大きな不確実性がありますね。このクラスの子供が大きくなったら、賢く創造的になるのか、それとも退屈な人間になるのか?大きな不確実性がありますね不確実性があるなら、客観的ではありませんね。

大きな統計性と大きな確率性があります。あなたが重要と考えるほとんどのものは、不確実なのです。客観的事物というのは、ただの「背景」なんです。机、ブロックなどの物です。「いいじゃないか、物は大事だよ、家を作ったり、車やテレビの材料だったり、インターネットでskypeができたり」。

しかし、最も重要なのは我々の人生です。大事なものは関係です、思いやりです。愛です。愛情です。シェアすること、子供、親。それらが最も重要なものです。物ではありません。そして、重要なものを見てみれば、それらは非常に不確実なものです。ですから、我々人間にとってのすべての「最も重要なこと」というのは、このカテゴリに属するのです、「客観的ではない」というカテゴリに。

とても面白いですね。文化的信念として、これらの理論・考えを持っています。現実は客観的であり、我々は論理的であると。そして、すべてが重要なものであると。そうではありません。
信念に捕まったまま

しかし、相変わらず「客観的現実」を手放しません。我々の環境は全然そうではないのにね。「誰と結婚するか」「子供を何人持つか」。。。。これらすべての質問は、全然客観的ではありませんね。根本的には、我々は主観的な世界に住んでいるのです。

「物」にこだわっている限り、客観的世界なのです。我々の世界は主観的でなければならないのです。我々はそれぞれが独自の現実を生きているからです。我々が得るデータからは得られません。「僕は客観的な世界にいるし、僕は論理的だ」という人がいたとします。しかし、論理的であることは不可能なんです。すべての情報を得ることはできないから。ほとんどが確率的な世界に生きているのであれば、物事は不確実です。論理的にはなりえません。論理的ではない、演繹的な感覚ではね。

演繹的にはなりえません、確率的な世界ではね。我々のほとんどは不合理で、論理というよりも単に信念にしたがっているのです。論理にかけられるものは、信念の確かさでしかないのです。信念はそのようなものと考えられているからです。この「信念」というものが問題なんです。これが「大きな現実」に生きることを阻む、大きな問題の一つです。

科学者は、「客観的な現実」という信念を持つからこそ、理解ができないのです、大きな知覚、大きなパラダイムを得るべきことを。その信念に、捕まったままだから。ほとんどの人が同じように捕まったままです、科学者に限らず。この現実が、仮想現実、SIMSのようなマルチプレーヤーゲームであること。これを認識できないのは、それらの信念によるものです。「私はSIMSのキャラクターなの???」その通り!そういったところです。

でも操ってる他の人はいません。あなたが操っているのです。あなたがマウスを持つプレーヤーなのです。それが「意識」です。意識こそ根本原理です。これは架空のものではありません。他の人ではなく、あなたが意識レベルでプレイしているのです。それが根本原理です。

これは素晴らしいですね、力づけてくれます。少なくとも、この現実がどのように動くかという理解をすれば、我々の人生を改善できるはずです。もちろん興味を持つ必要がありますが、練習し、質問すれば、より深くなることができます。「僕の世界はこの箱の中だけだ」という考えから抜けだして。あなたがおっしゃることは心底信じられます。

つまり「我々にはそれぞれの現実がある」という理解ですが。それはそれだけで役立つものです。なぜなら、それぞれが、「皆同じように考え、同じ理解をしている」と思いこんでいるからなのですが、事実は違います。ここには70億の異なる現実が存在し、共に同じことを話していると思いこんでいるのですが、そうではありません。再度、それが人生にとって意味するものは非常に大きいです。

さて、仮想現実の話しに戻しますと、それ理解する人もいますし、「なんだって?僕はビデオゲームの中?」という人もいます。多くの方は、映画「マトリックス」を知っていますよね。それがどのような仕組みであるかという。これは非常に理解の助けになりますね。
仮想現実の仕組み

それと、かつてあなたがレクチャーで示された「例」を、とても気に入っています。「もし森の中の木が倒れたら、音がするでしょうか?」この現象についてお話しくださいましたね?再度うかがってもよろしいでしょうか?

以前にその例をよく使っていました。誰もが「音とは何であるかの定義」にとらわれてしまうようです。そこは問題ではないんです。「誰も見ていないときに、木が倒れると、その音はするのか」。答えはこうです。木は存在しないし、森も存在しない。音などしません。なぜなら、木も森も存在しないからです。

仮想現実の観点から見てみましょう。二重スリット実験と同じように、この現実というのは、存在する理由が無ければ存在しないのです。World of WarcraftやSIMといったゲームでは、ドアの向こうに何があるかは、それを実際に見るまでは存在しないのです。World of Warcraftでは、誰かが山を見るまでは山は描画されていないのです。

木や他のものに関わっている者がいなければ描画されません。そうでなければ、サイクルの無駄になります(訳注:コンピュータが無駄に働くということ)。描画というのは、誰かが「見る」ために行われるのです。誰かが振り返ったり、見たり関わったときに描画されるのです。仮想現実はそのような仕組みです。そうしなければリソースの無駄だからです。そして、その仕組みとしては。。。現実は確率的であること。

そして、二つのルールがあります。一つは歴史一貫性が無ければならないこと。物をジャンプさせまくることはできません。あるいは、今日カナダにいて、ドアを抜けるとマイアミにいることはできません。現実フレームの中では、「ジャンプ」することはできません。歴史的一貫性が一つです。

二つ目はルール集合に従うこと。ルール集合とは何でしょうか?ルール集合がSIMSをSIMSたらしめています。SIMSのキャラクターは100フィートジャンプすることはできないし、壁を透過することもできません。ルールがあります。これはルール集合の一部です。我々の仮想現実におけるルール集合は「科学」と呼ばれます。科学者は多大な時間をかけてルールを探求します。

これらのルールは数学的に表現され、それらは少数の基本的な「関係」に帰着されます。物どうしがどのように関係するかという。「物」はこれらのルールに従います。そして、何らかの結果になります。すべての電磁気はマックスウェル方程式に帰着されます。ご存知かどうかわかりませんが、すべての電磁気フィールドというのは極めて巨大なものです。それらは、4つの基本的なマクスウェル方程式に帰着されます。これがルール集合です。百万ものルールの必要はありません。ほんのすこしで良いのです。物どうしの関わりあい方です。

だから、我々は100フィートもジャンプすることはできないし、壁を通り抜けることもできないのです。ルールがそうなっているからです。この二つです。歴史的一貫性とルールに従うということです。論理的に言えば、実際には歴史的一貫性も、ルールに従った結果なのですが、わかりやすさのために二つとしています。
木の一貫性

さて、木の話しに戻しましょう。もし、写真を撮るなど、その木に関わった者がいないのであれば、その木はこれまで描画されていないことになります。たわむれに描画されることはありません。もし、そこにリスがいれば、彼のために描画されることはあります。とりあえず詳細には立ち入らないでおきましょう。人が森に足を踏み入れ、そこに描画されたことの無い木があったら、どのように描画されるのでしょう?ルール集合にもとづいて描画されるはずですよね。

浮かぶ石など無いはずです。ルール集合に従わなければ。そして、一貫性がなければなりません。最初に外から森を見たはずです。一貫性が必要ですから、その中にはヤシの木なんかありません、デンバーではね。ありえません。ヤシの木が育つには緯度が高すぎます。「ありうる」ためのルール集合と一貫性です。しかし、この二つの制限に従うのであれば、数千もの可能性が存在するのです。さて、数千の可能性のうち、どれかと言えば、それはランダムです。いずれも、ある程度の可能性があります。その可能性の結果を見ることになります。

森の中に入るとします。たまたま「死んだ木」を見るとします。その木はまだ立っています。たぶん、まだ立ったままなのでしょう。今現在そのような状態です。さて、男が死んだ木を見たとします。立ち去り、5年後に戻ってきます。同じ森の同じ場所に、倒れた木があります。

さて木は倒れてなどいません。立ったままの可能性があるから、それが描画されたのであり、倒れた可能性があるから、それが描画されたのです。そのあいだ、誰もそこにいなかったのであれば、描画されてはいなかったのです。二つの状態しか描画されてはいないのです。そのあいだは描画されていません。描画する必要が無いからです。誰も見ていない、誰も経験していのであれば、シミュレーションにとっては、描画する必要などないのです。

男が森に入り、死んだ木を見、森から出ていき、急いで引き返し、もう一度見るとします。再度、死んだ木を見ます。その木はかつて描画され、この現実フレームの一部になったのです。

一貫性がなければいけません。木を見た後、再訪してみると、木はなくて石ばかりだったら、一貫性がありません。いったん現実になったら、現実のままになるのです。量子力学の二重スリット実験と同様に。いったんスリットを粒子が通りぬけるのを観測したら、「おっ、粒子が通りぬけたな!」粒子のままです。粒子になったら、その時点から粒子のままです。観測するまでは、確率的分布のままですがね。科学者、物理学者が誤解しているのは、「粒子の確率的分布は、微小な世界にのみ適用される」と思っている点です。

マクロな世界には適用されないと。微小な世界だけ、といったアホな考えばかりしているのです。関係ありませんね。科学は科学です。ある物の動き方がそうでなのであれば、すべてがそう動くはずです。同じことです。ですから、ひとたび「立ったままの死んだ木」を見たならば、それが現実になるのです。計ることもできるし、もう一度行けばそれがあります。

さて今度は、その木を見たとして、いえ特に気にかける必要はないんですよ、森を散策するだけで。立ち去り、一ヶ月後に再訪します。どうだったか覚えてないですよね。構いません。人生で特に重要な意味は無いので。ともあれ、一ヶ月後に戻ってくると、木は必ずしもあるとは限りません。あるかもしれないし、無いかもしれない。木を見る可能性がちょっと増えただけなんです。少々曖昧な記憶なので。

それほど強くないので、他のものを思いだせないのです。だから、その可能性は他よりも高いのです。「死んだ木」を見ないかもしれない。別の言い方をしましょう。男が死んだ木を見て、その写真をとり、森から出て素早く戻ると、熊が彼を食べる。カメラは(訳注:不明)。もう証拠は無いのです。

1時間後、誰か別の人物が来て、森を歩くと死んだ木を見るでしょうか?見ないかもしれない。さて、未来に戻ってみます。この現実についての何の情報も無い時点に戻ります。すべての可能性におけるランダムな描画の時点に戻ってみます。結果は死んだ木ではないかもしれません。常緑樹かもしれません(訳注:よくわかりません)。現実には客観性は無いのです。
心が事物に影響を与えうる

物はそれ自身で存在するものではないのです。我々の現実が創りだしたものなのです。そして我々が発見した面白いこととしては。。。あなたの意識があなたの意図にフォーカスすると、あなたが何を見るか、その可能性に影響するのです。換言すれば、我々は未来に実現する可能性のある現実を持つのです。すべてに可能性があり、ある程度の統計性があるのです。実現するかどうかのね。それを明言するのです。

我々の意図が可能性を変更するのです。可能性は高くなることも、低くなることもあります。その「分布」に気づけば、特定の結果を得る可能性が高くなります。そこにフォーカスすればね。それが、プラシーボが効く理由であり、肯定的思考が効く理由でも、否定的思考が効く理由でもあります。その類のことが説明できます。心の状態が治癒をもたらす理由です。

PEAR研究所(Princeton Engineering Anomalies Research)は、プリンストン大学の工学・物理学の研究所ですが、彼らは(ルールからはずれた)例外を研究しました。彼らが発見したことは、心が事物に影響を与えうるということです。サイコメトリクス(psychometrics)と言われるものです。ランダム数の分布に影響を与えるなどです。もちろん影響が可能なのは、その事物にとって自然な範囲のみです。

しかし、あなたの意図によって、多大なバイアスをかければ、それが計測可能になるのです。彼らは、あらゆる種類のミステリアスな事象を経験したのですが、厳密な科学的方法によって何度も再現しています。彼らは彼らの心によって事物に影響を与えることができたのです。大学院生でさえそれができたのです。当然のことながら、彼らには理由がわかっていません、「どうしてそうなるのか」という。

単に経験しているだけです。もちろん、私の理論はそれを説明できます。意図が可能性を変更するのです。さて、これを言う時が来ました。あなたはあなたの意図に気をつけなければいけません。考えること、感じることがあなたの現実を創りだしているのです。あなたの住んでいる個人的な現実をです。他の人々にシェアしたもので、可能性を変更することができるのです、何が起こりそうかという可能性をね。

だから、心によって癒されることもあれば傷つくこともあるのです。良い研究にも悪い研究にもなります。その研究の結果にどのようにコミットしているかによって。答えの可能性が変わるのです。それがこの世界の仕組みです。
エゴと恐怖を追い払う

最初にすべきことは、あなたの心を良く知り、エゴや恐怖を追い払うことです。これらは、機能不全をもたらすからです。機能不全の現実、機能不全の物をもたらします。今に生きる、今ここ、愛に満ちる、思いやり。これらによって、我々の現実は最適化されます。この現実における我々の存在が最適化されます。これはまるで、クリシュナ、仏陀、マーチン・ルーサー・キングのようですね。兄弟愛、思いやりを持ち、恐れとエゴを手放せ。最終的には形而上学になります。物理学が今は形而上学を説明するのです。形而上学が物理学を説明するのです。

これらはスペクトラムの両端になるのです。哲学やハードサイエンスは基本的に、より大きなものの部分です。「一つの大きな理解」です。

興味深く、実際の応用において非常に傑出していると思います。これを理解することにより、可能性が開けること。我々がこれらを自身で作り出し、責任があることを明確にされました。いまや、私たちはそれを把握する段階にきています。今この星の上で覚醒するのか。進化的な観点を得るのか。その準備はできていると思いますが。要するに、その時が来つつあります。我々が出来事を作り出し、責任をとらなければなければならない、自身の現実を作るために。キーワードは「意図」です。それを理解しなければ。良いものも良くないものも、我々が創りだしているのです。責任と意識の認識が。。。

転載終了

posted by 秀さん at 06:50| ハノイ ☀| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月17日

雨季の季節に編

いよいよ本格的な雨季の到来です。
面白いことに2区ではどしゃ降りThuDuc区では晴天みたなことがあるので雨季と言っても一様ではないようです。
急に雨が降り出すと当然道路は渋滞しますので仕事の予定があった場合など時間が読めずに困ってしまいますが、そういうふうに気がせいているのは日本人だけでベトナム人はオン・タイムなんて考えははなか持ち合わせてないので無問題ですわ。

日本の新幹線ではないですが1分の遅れもNGなんて国は日本くらいでしょうねぇ、そもそも国や民族によって生活の時間軸が違うのですからどちらが良いとか悪いとか比較する問題でもないのかも知れません。

毎日孫2人の幼稚園送迎を担当させられている秀さんですがやはり急な大雨は問題多しですわ。
2区のタオディンエリアは水はけが前から良い場所ではなく大雨と満潮が重なるとプールのような冠水場所があちらこちらに出現してしまいます。
孫が通っているみらい幼稚園のエリアも冠水が多い場所なので大雨の時は長靴が必要な程水浸しになっております。

孫たちはのんきなもんで 車の中から冠水した道路を2人して興奮気味に眺めて歓声を上げておりますわ。 
大雨で色々なことに支障が出るなんて考えるのは大人の考えであって子供にとってはいつもと違う環境が珍しいのか声あげて喜んでいますわ。はぁ、その気楽さを持ちたいものです へい

この週末は、最難関コースでゴルフの全米オープン、ボクシング世界一を決めるWBSSの試合で日本の井上尚弥がロドリゲス(プエルトルコ)とイギリスで試合、福岡県人会、九州健児会と飲みごともあり時間配分がなかなか難しい秀さんでごわす。

仕事に関しては、税関さんから意味不明の聞き取り調査というか、いちゃもんに近い呼び出しがありまして再三正規の資料を添えて説明をしているのですが・・・

そんなこたぁ〜 関係ない、俺が法律じゃぃみたいな担当者(全職員グルですが・・・)がおりましてこれまたいわれのないコーヒー代という金額ではなくクラブの飲み代というべき黄金の御饅頭を上げなければならない状況ですわ。 ったく! 

何じゃい! この国は腐っておる! と過去十数年言い続けておりますがベトナムという伝統ある国・・・その伝統も良いものと悪いものがありますがね!  
ある程度のところで妥協しなければ後々の輸入業務に問題が生じて来るのでやりきれない気持ちで応ずるしかないのが外国人がいる会社の悲しさでごわす。

悪いこともあれば また良いこともあるでしょう! 
人間万事塞翁が馬 の心境でその国の流儀に合わせていくしかないですね! 

賢者の皆さま、良い週末をお過ごし下さいな!

では、また次回まで


posted by 秀さん at 09:57| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月23日

日本は10連休ベトナムは5連休、ベトナム雑感編

両国ともゴールデンウィークがもうすぐ始まりますねぇ。
ベトナムでは各地に行楽に出かける人や会社が多いいでしょうが・・・毛細血管企業の秀さんの会社には縁がありませんわ。
まぁ、人数も少なく家族のようにコミュニュケーションを日々取っているので問題はないのですが、出来ることなら会社が大盤ふるまいをして
海外社員旅行にでも連れて行ってあげたいのですが中々先立つものが無くて どうもスミマセン(ー_ー)!! といった状況です。

長くベトナムで吹けば飛ぶような会社をやっておりますがこんな小さな会社にでもお役人さんはことあるごとに何らかのいちゃもんをつけて黄金の御饅頭を取ろうとするのであります。中でも絶大な権力を持つのが税務署と税関ですわ。

秀さんの会社も現在輸入に関して税関から根拠のない言いがかりをつけられており頭が痛いですわ。
マフィアの女親分のネットワークで過去も問題解決して来たので今回もそれ程心配はしておりませんが根拠のない問題提起ってどうよ! と言いたくなりますがここベトナムでは担当のお役人の胸先三寸で法律の解釈も曲がるので法治国家というよりは完全な人知国家と言えるでしょう。

お金が行きかう部門は強いというか有力者の子弟が多く就職しておりこれらの一連の権力ネットワークの強さは半端ではないですわ。
ベトナムも中国のように汚職撲滅を目標に一応新しい法律なども作ってはいるのですが作っている連中が汚職をしている大元なので何のこっちゃい! といった感じでこの国が透明性を増すのには、ある知り合いのベトナム人曰く、1000年単位の時間がかかると・・・
ヘタにお役人に逆らっても逆恨みされて後で大きなしっぺ返しが来るのである程度の金額はベトナムにおいて円満にものごとを進めるための潤滑油だと思うしかないですわ。へい

ベトナムでは経理部門が一番重要ですが、現地採用している経理担当も税務署や関係役所の人間とグルになることも多々あります。
一体全体誰を信用すれば良いのか途方に暮れてしまいますねぇ、コミュニケーションを日頃から良くとっていてもある日いきなり裏切られる、
日本人の感覚では理解できないというか・・・日本人が性善説過ぎるのですがね!

そんなこんなでベトナムでの事業に疲れ果てた方を何人か見て来ましたわ。
家族以外は絶対に誰も信用しない!というベトナム人も多く、ここベトナムで腹の底から信じ合える仲間を持つことの難しさを実感します。
秀さんの場合は女親分との出会いが超ラッキーというか過去様々な問題を未然に防いでもらったり大きな問題をさらっと解決してもらったりと
今まで口に出して言ったことはありませんが心から感謝しておりますぞぃHさん!

さて、この連休をどうしたもんかと悩んでいるのですが、いつものように孫と遊ぶかゴルフにでも行くしか思い浮かびません。
ほんと! 出不精になりました。年取ったせいですかね? 

皆さまはどうかこの連休を有意義にお過ごし下さいね!

それではまた次回まで!





posted by 秀さん at 20:17| ハノイ ☀| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月08日

下の孫も幼稚園篇

普通は3歳から幼稚園ですがホーチミンにいるのも1年を切った(秀さんは残りますぞぃ)ので兄弟でホーチミンの幼稚園に一緒に通うのも良いかな?と思い2歳から通園することになりました。

その下の孫のター君の入園式ですが息子は土日は仕事なので爺が同行しましたぞぃ。
にやけた秀爺の写真と共にご覧あれ!

孝寛入園式2019.jpg

また、リクエストがあった元捨て猫のチーの最近の写真も併せて添付します。

IMG_1972.JPG

参加された親御さん達の年齢が若いというか爺様で来ているのは秀さんだけで・・・・
ベトナムでよくある爺と若い娘の歳の離れた国際結婚か! と思われたくないのか義娘のVちゃんはことさらお義父さん お義父さんと人前で呼ぶのであります。
歳の差結婚もベトナムでは珍しくないので仕方がないことですがね!

過去、ある場所で4歳くらいの女の子を連れた初老の方にお会いした時にお孫さんですね! といったところ娘です! と言われむっとされたことがあり秀さんとしては要らぬことは言うまいと反省したことがあります。へい


2歳児3歳児ばかりの入園式ですので大泣きする子も多々おりまして喧噪の中での開催ですわ。
秀さんの心配は上のマー君とはちがい下のター君はめちゃ強いというか全て自分の物だと思っているふしがあり幼稚園のおもちゃも独り占めしてしまう、それに逆らう者は押さえつけるのではないかと・・・今から心配するほど自我が強いことです。
同じ孫でも上と下では性格はまったく違うのであります。面白いもんですねぇ

上のマー君は怖がり気弱で優しい性格ですが下のター君は怖いものなし、俺が一番じゃぃ! の性格です。
運動神経も下の方が格段に上のような気がします。

5歳と2歳半ですが兄弟仲は良く二人で何がおかしいのかよく笑いながら遊んでいます。
秀さんの部屋のベッドで二人してお絵かきをするのは良いのですがシーツがクレヨンだらけになるのが問題ですわ。
孫がこんなにかわいいものとはなってみるまで分からないものですねぇ、いつまでも兄弟仲良く将来助け合って協力して行ってくれたらなぁ〜 と爺の秀さんの希望です。

ほい、本日は孫バカ爺さんのブログでした。


ではまた次回



posted by 秀さん at 02:36| ハノイ ☁| Comment(4) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

日本は春ですがベトナムは雨季の始まりです編

秀さんの一番好きな季節が春です。とは言ってもそれは日本の四季での話ですがね!
ここベトナムには四季なんてものはありゃしません、二季ならあります。

雨の降る夏と雨の降らない夏ですわ

これからホーチミンは雨季の季節に入っていきます。
ついこの前テトだ旧正月だと言っていたのですがもう4月です。
時の過ぎゆくスピードは歳を重ねるに従い早く感じられます。

ふと松尾芭蕉の奥の細道の序文の句が浮かびましたわ。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」


月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である。
へい、まさにそのとおりですね。

芭蕉は45歳で奥の細道の旅に出て50歳で’病に倒れて亡くなる前に読んだ辞世の句が

「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」


現在とは違い平均寿命が短かった時代の話ですが、いやはや何ともすがすがしい生き方に秀さんはめちゃ感銘を受けるのであります。
この年齢で達観していたというか天賦の才能と多次元からものごとの本質をみるその洞察眼、卓越した表現方法は素晴らしくまさに天才肌の人ですね。

それにひきかえおんとし64歳の秀爺はどうよ・・・
些細なことが気になり世俗の垢に真っ黒になるまで染まったほんに小さな人間ですわ。ったく!

もっと心大きく広く泰然自若とした生き方が出来ないものかと思うのですが生まれ持ってのこの性格の変身は’無理なようです、へい

孫二人の屈託のない笑い声や遊び声は汚れを知らず怖いものを知らずで大きく広がる大空みたいな自由闊達な気持ちに満ち溢れています。
秀さんもそんな時期があったのでしょうが当然思い出せません

日々熱気に満ちた喧噪の街、ホーチミンに住んでいると 静寂 という言葉はこの国の辞書にはないのだろう・・・なんてことを考えてしまいます。

昔会社が倒産して無一文になった時に、秀さんの地元の人しか知らない皿倉山(標高622m)に何も考えずに1ヶ月ほど毎日早起きして登ったことがあります。緑の木々の中を登り山頂でにじむ汗を拭きながらただただ自然に身を委ねる心地よさに日々の嫌なことは忘れてしまいました。

ここホーチミンではひょいっと 山登りに出かけるなんてことは出来ません。
ほんと山が無い街です、ホーチミン市は
権謀渦巻くレタントン界隈の怪しげなおねえちゃんのいる飲み屋街に繰り出すよりは松尾芭蕉ではありませんが矢立(やたて)でももってひょいと自然を巡る旅にでも出かけられたら良いのでしょうが・・・貧乏様という秀さんに憑りついたなぜか陽気で憎めない神様が中々そうはさせじと頑張っているので今しばらくは自然散策はお預けですわ

やれやれまた訳のわからない投稿になってしまいましたねぇ

四季を感じられる日本にお住いの方々へ、良い国です日本は!

ということで本日はこれまで!





posted by 秀さん at 04:07| ハノイ ☁| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

LEGOではなくGOGOだった編

マー君の誕生日プレゼントに女親分が選んだのは消防自動車セットのLEGO City、消防自動車や救急車が好きだと秀さんが情報を与えたからなのですが・・・いざ家に帰ってみると同じデザイン風?なLEGOの消防車セットがあるではあ〜りませんか!
何と同じようなものがもうひとつ・・・これも消防車ですわ。

やれやれ、プレゼントが重なってしまったわいと思っていたら一つは38万ドンもう一つは30万ドン、おんな親分のものは130万ドン。
おいおい! と思っていたらよ〜く見ると他のひとつはLEGOではなくGOGOと書いてありましたわ。もうひとつは無印。
この2つは義娘の兄弟がくれたもので中国製とのこと。
ほとんどコピーにちかい製品ですが細かい部分が若干ちがう程度で機能的にはそれほど遜色なしでこの価格差には驚きです。
ベトナムの国ではブランド料なんて考えはまだまだ先のことでしょうからLEGOもGOGOも午前も関係ないですね。

LEGOは70年以上前に世に出たそうで今では特許権もなくなっておりますので問題はないのですがね。
秀さんはてっきりアメリカの会社と思っていたら愚息がアメリカ人はこんな緻密な玩具を考える国民性ではない・・・というではありませんか!

愚息からやっぱり調べたらアメリカではなくデンマークの会社だったわ。
親父知ったかぶりして加減なことは言わないように・・・と釘を刺されてしまいやした。へいスミマセン。

それにしても中国さんは未だにコピー製品良く作っていますねぇ。
まあLEGOそのものも製造は中国ですわ。

トランプ大統領は製造業をアメリカに戻すなんてことを言ってはいますが、ほとんどの製品の製造拠点が中国や東南アジアですもん製造コストを考えるとアメリカでモノを作っても採算が合わないでしょうよ、きっと。

話を元に戻して・・・

1日違いでマー君5歳、義娘Vちゃん31歳の誕生日なので二人の合同誕生会を 肴やさんにお願いして開催しました。
家族無事に健康で1年を過ごせたことを有難く思います。

来年は家族全員揃ってベトナムで誕生会は多分ないでしょう・・・
寂しくなりますが仕方がないですね。

後1年弱秀さん家族一同ケンカせず仲良く行きたいものですね。

では、また次回










posted by 秀さん at 22:00| ハノイ ☀| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

愛さんのブログ記事の転載編

品友会無事終了しました。
まぁ、いつものメンバーさんですが楽しい時間を過ごすことが出来ました。
ご参加頂いた皆さま、どうも有難うございました。
また、来月宜しくお願いいたします。

さて、今回は手抜きで・・・転載記事そのまんまです。
秀さん的には妙に納得してしまう内容です。
やはりここ20年くらいかなぁ~ 世の中ゆとりが無くなって 世知辛い
対立や格差の社会になって来たような気がしております。

人間の生活ってもっと楽しくあるべきだと思いますよ、へい

以下転載開始です。・・・・・


システムは誰のためにある?

私が小学生の頃、道端に10円玉が落ちていたのを発見。すぐに交番に届けると、若いおまわりさんが私の頭をなでてくれた。そして「どこで拾ったの?」などとやさしく聞いた後で、おもむろに自分の財布を取り出し、財布の中から10円を探して私にくれました。

私が拾った10円玉は落とし物としてきちんと処理し、自分の財布からは、正直に届けた私へのご褒美として、自腹を切ってくれたことになります。おまわりさんは私が拾った10円玉を取得物として扱い、私にはご褒美として自分の財布の中から10円を与えるという、素晴らしい教育をしたわけです。心のこもった完璧な対応だったと思います。

その頃のおまわりさんへの、私たちの信頼は本当に強かった気がします。町を守ってくれるおまわりさん、私たち子供を守ってくれるおまわりさん、、、家も学校も守ってくれる頼もしい存在が、町のおまわりさんでした。
学校の帰りに何人かで交番に立ち寄り、交番でよく遊んだこともありました。
あれから六十年以上もたったのですが、おまわりさんはずいぶんと変わった気がしてなりません。私たちを守ってくれる存在というより、何かを監視ししているような、普通の国民に疑いの目を向けているような、そんな印象をつい持ってしまいます。

今のおまわりさんって、一体何を守ろうとしているのでしょう。何だか昔とは違っていることだけは確かなのです。

もちろん、今でもおまわりさんの中には、正義感に燃え、町や人々を守ろうとしてくれる人がいることも確かでしょう。でも、そういう頼もしいおまわりさんは、ちゃんと出世できるのか、他人事ながら気になってしょうがありません。もしかしたら、そういうおまわりさんは出世からはじかれたりしているのではないか、、、そんな不安がよぎってしまいます。
いつしか、おまわりさんが守ろうとしているものが、国民から違ったものに変化しているような、あくまで感覚の問題ではありますが、そんな気がしてなりません。昔のおまわりさん、私たちの味方だったおまわりさんに戻ってもらいたい、、、、そう思うのはわたしだけでしょうか。

何も、おまわりさんだけではありません。郵便局に行っても銀行に行っても、昔は沢山の1円玉や5円玉を持っていくと、喜んでもらえたものです。毎月、小銭でもきちんと貯金してくれる人が一番良いお客様なんです、などとお世辞を言ってくれたものです。今では、めんどくさそうに対応されてしまう気がして、小銭を銀行に持っていく気が起きません。誤解かもしれませんが。

銀行や郵便局にとって一番良いお客様は、すでにたくさんのお金を持っていて、それを預けてくれたり、大きなお金を借りてくれる人になっていると思います。それはそれで当然でしょうが、銀行員全員にそうした意識、金融マン全員にそうした利益優先の当たり前意識がいきわたってしまい、小銭を持ってくる客の存在はうっとおしいものになってしまったのではないでしょうか。

そうした体質がいきわたった冷たさで、銀行などは統一され、それに傷つくお年寄りや小中学生がきっといるようにも感じます。

一体、金融は誰のために存在しているのでしょうか。昔は、今は貯金がほとんどない人でも、その人が成長していく中で、きっと良いお客様になってくださる、、、というお客様の将来を見た対応だったと思いますが、今は結果主義であり、今いくらあるか、、、それにしか関心がないのかもしれません。
では、企業や会社はどうでしょう。昔は従業員も会社も一緒に発展しよう、、、という思いと気概がありましたので、従業員は基本的に大切にされた気がします。アルバイトで充分に豊かな生活ができる額を私自身稼いできた青春時代でした。実は正社員よりもアルバイト給与の方が多い会社もあったくらいなのです。夜の飲み会にもアルバイトは必ず誘われ、何ら引け目を感じることもありませんでした。
飲み会の主役は、どちらかというとアルバイトや下位の社員だったからです。下位の者に、上の人がサービスしてくれる、、、それが会社の飲み会だった、、、そんな印象が強く残っています。

アルバイトは会社の都合で首になることもあるので、その分、時給や日給は良くしてくれた、、、、、そうした会社が多かったのです。私がよくやったのは運送業でした。一個荷物を運ぶと100円もらえました。今から40年以上も前の話しです。一個100円ですから、大きな会社などにお歳暮の頃に行くと、50個程の商品券の荷物を一回で納めるときもありました。すると一件で5000円にもなるので、とても儲かったのです。石油を掘り当てたような気分がしたものです。

その話しを現在の宅配便の方に話すと、信じられない、、、と絶句していました。今よりもずっといいよと。今ではそういう計算法ではないようです。

会社が収益を最大限に上げるようになっているからです。どんなケースも考えられていて、絶対に会社が損しないシステムになっているわけです。
私が学生時代にアルバイトした運送会社は今もある有名な宅配便会社ですが、とても人情味があったわけで、よく飲み会や食事会があり、そこでの主役はアルバイトでした。今の会社関係の宴会では、一番偉い人の話しを、しかも大体はつまらない話しをみんなが聞く、、、面白くもないのに相槌をうったり気味悪く笑ったりしながら、、、、
すべての組織が上に行くほど放漫になり、上に行くほど厚く守られる、、、いつしかそんなシステムが日本中に行きわたってしまいました。
昨今問題となっている外食会社での露出投稿事件がありますが、あれなんかも、現場でのアルバイトさんのストレスがきっと最大になっている結果だと思います。

すべてのシステムが、昔と反対になってしまったのです。一番下のアルバイトが大事にされていた私たちの青年時代、、、、それが、一番下のアルバイトが一番負担を負う、、、そうした構造になっている今の時代。
露出投稿したアルバイトの人には、一生涯働いても支払えないような損害金が請求されているとか、、、なんだかおかしな気持ちになります。アルバイトに必要以上の負担を掛けさせ、その上で大した能力もないくせに生意気ばかり言う冷たい人間に成り下がってしまった管理職連中。現場も見ずに文句ばかり言っているのでしょう。そのくせ損害請求などと、そういうことだけはすぐに考え出すどうにもならない体質、、、会社って、一体誰のためのシステムなのでしょう。

株主のため? 株主の目だけを見て会社運営できると思うのが間違いで、会社は常に未来を見て新たな魅力あるものを創造していかない限り、絶対にいつかはダメになります。新たな価値を作っていくのは下の人です。下を大事にしない会社やシステムに私は未来を感じません。

人が未来のある赤ちゃんや子供を大事にするのは、そのことがわかっているからで、わかっていない人が増えるにつれ、虐待問題が出てきてもいるわけです。

本当におかなし逆転した時代になっています。

あらゆるシステムが、上の人のためであり、さらに上の人のためであり、極めて少ない、極めて上の少数者のために、多くの下の人が、下に行けば行くほどひどい扱いを受けているのです。下は石垣です。石垣なき城の運命がこれからどうなるのか、なぜわからないのでしょうか。日本でも世界でもそうだと思いますが、上への奉納システムが限界に達するにつれ、上に行くほど、上の人の人間的劣化が実は起こり出しているのだと思います。

上だけが大事に扱われ、守られ、下に行くほどひどい扱いを受ける今のシステムには永遠性がありません。政治もまさにそうです。しまいには政治家は嘘すら堂々とつけるようになっています。誰も責任を取らなくてもいいのです。

末期現象そのものであり、国会は無法地帯となっています。これは必ず崩れます。

もし下が、上に頼らなくても生きていける方法を編み出しただけで、世界はすぐにもひっくり返ってしまうでしょう。
なので私たちが今やるべきことは、上やシステムに頼らずとも生活していく方法をあの手この手で考え、編み出し、実行していくことなのです。

下はいくらでもいると上は考えています。下が壊れたら、替えればいい、、、と考えています。下が病気になろうが死のうが、どうでもいいのです。取り換えさえできれば。下が賃上げを要求したら海外から入れればいいと考えているのでしょう。

しかし、上が考えたシステムには生命としての魅力がありません。命の観点にたった整合性もありません。もう壊れるのは確実です。そんなに先のことではないでしょう。

下の人はあきらめることなく失望することなく、下は下で生きる方法を考えて、実行することです。今は何もなかった昔ではないのです。スマホもあればパソコンもあれば、情報をすぐに得ることができる、、、、工場でしか作れなかったものも、自分たちの手ですぐに作れる、、、方法と道具は下に与えられている時代なのです。これを使わない手はありません。あとはやる気だけです。

今のシステムに頼らない生き方を考え、実行することです。私は実際に学校を出てから就職もせず、上からの恩恵も受けずに、それをずっとやってきたのでよくわかるのです。やれば誰だってできるのです。

色々な人がいるように、色々な生き方があるはずで、色々な生活を可能にする方法があるはずなのです。ひとりでは厳しいかもしれませんので、仲間を集め、みんなで独立していく生き方もあることでしょう。

さあ、これからがスタートです。テレビやマスコミに出てくるインチキ夢ではなく、本当の夢を持っていきましょう。人類何百万年の歴史の中で、生きることが大変なわけがないのです。大変ならとっくに人類は滅んでいます。

私たちの意識だけです。生きることが大変だと教えられてしまっていたのです。上の都合で私たちの意識が操作されていたのです。生きることは本当は簡単です。あなたもみんなも自信を持って未来を見つめてみてください。道がきっと見つかります。


転載終了・・・・

posted by 秀さん at 12:48| ハノイ ☁| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

テトはもうすぐですね編

孫の幼稚園も明日が最終日でテト休みに入るそうです。
今年のテトはベトナム政府の決定もあり例年より少し長めのお休みですわ。
まぁ、祭日休日が日本より格段に少ないベトナムですもん、田舎でテト休みをゆっくりと楽しんで欲しいですね。
もう何回目のテトか忘れてしまいそうなくらいベトナムに住んでおりますが住めば都ではありませんが今の時期の日本の寒さには体がついて行きそうにありません。100%南国仕様のなまくらな体になってしまいました。

人間の体は冷やすよりは温めた方が健康には良いそうです。
懐の方も温かいのなら良いのですが・・・・なかなか神様はそう簡単には願望をかなえてくれそうにありません。

学生さんたちはもう既に帰省している方も多くホーチミン市内の道もそろそろ渋滞から解放されてスムースに走れるようになるかと思います。
土日と中部のブンメトートに行って来たのですがタンソンニャット空港の国内線は大勢の人でチェクインカウンターもごった返しておりましたよ。思えばバスで帰省するのが一般的だったベトナムも今では航空会社も増えて飛行機での帰省も当たり前のようになってしまいました。
国が成長している証拠ですね。はい

毎年何もせずに家でグータラしている秀さんのテトですが今年はバンコクに遊びに行きます。とは言ってもタイには過去に数十回は行っているので別段観光するところもないのでゴルフがメインですが時にはホーチミンから離れてみるのも気分転換によいでしょう。

ベトナムの暦ではありますが今年も色々とお世話になりました。テトが明けましたら引き続きお付き合いの程宜しくお願いいたします。


2月の品友会は第3土曜日の2月16日(土)を予定しております。
多くのご参加を頂けましたら幸甚です。


それでは皆さま、良いテトをお過ごし下さいませ!



posted by 秀さん at 02:07| ハノイ 🌁| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月24日

宣伝でお免なさい!マルチミネラル濃縮液の効果編

普段自分が扱っている製品の宣伝などはブログ上ではしないポリシーでしたが、皆様に本当に良いものだと実感できるものなのであえてポリシーを破って本日は一つだけご紹介をしたいと思います。

30種類以上(有害ミネラルは含まれていません)のミネラルを特殊な製法で体内に吸収されやすく製品化した商品でミネラル神水と言います。
日本では清涼飲料水の区分ですがベトナムの食品・薬事局ではサプリメントとして正式に登録しております。価格は160万ドンと日本と同じ価格で販売しています。

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うたい文句はあらゆる生活習慣病に効果があります。
本来は薬ではないので効能をうたってはいけないのですがね・・・

特に糖尿病の方は間違いなく3ヶ以内に血糖値が下がる! と断言しても良いかな?
というのは過去の販売結果調査から言えます。
秀さん家族全員健康管理のために毎日飲んでいます。
特に息子は前までは体調不良が酷かったのですが現在では風邪もひかずメチャ元気になりました。
秀さんの知り合いの方に糖尿病の方が数人おられましたが皆さん血糖値、HbA1c(ヘモグロビンA1c)が下がり喜ばれました。

ブログで商品の宣伝をするな! とお叱りを受けるかも知れませんが自分がこれは本当に良いものだと実感したのであえて記事に書きました。
どうかお許し下さ〜い!

下記は参考資料としてご覧になって下さい。


■「ミネラル」は五大栄養素のひとつです。
人や動物の体はさまざまな食べ物によって維持されています。例えば骨格を形成したり、血液や臓器を造ったり、その他、生きていくうえで必要なありとあらゆる生理作用を営んでいます。
その中でミネラルの果たす役割は大きく、五大栄養素の一つに数えられています。五大栄養素とは@タンパク質A脂肪B炭水化物CビタミンDミネラルを指します。
ミネラルはそれ自体カロリーを有しませんが、タンパク質やビタミンとともに体の構成成分をつくったり、生理作用をコントロールする重要な役割を果たします。
主な作用には、歯や骨格を形成するいわゆる人体の構造材料としての働き、体の発育、新陳代謝を司るホルモンとしての働き、その他、神経細胞膜を包む体液に溶けて(イオン化して)活躍する働きもあります。
これらの生理作用にはカルシウムやリンをはじめ鉄、ヨード、ナトリウム、カリウムその他のミネラルが色々使われています。しかしその量は微々たるもので、カルシウムとリンを除けば、体内存在量は600g程度です。ミネラルの必要量は非常に微々たるものですが、体に与える影響は大きく、これがなければ生きていけません。
例えば、タンパク質をいくらとっても必要なミネラルとの組み合わせがなければ、その効果を発揮することができません。またビタミンをいくらとっても、目的に合ったミネラルがなければ、そのビタミンは無駄になってしまいます。 ※科学評論家 谷腰 欣司氏の著書「図解ミネラルのはなし」より

■「すべての病気、病因、疾患はミネラルの不足である。
すべての病気を追及すると、すべてがミネラル欠乏にたどり着く。ミネラルは単体では有効な働きが出来ない。人体の健康維持には、調和の取れた多種類のミネラル摂取が重要である。」
ノーベル化学賞・平和賞受賞者「ライナス・ポーリン博士」のことば。


■「私たちの体内に70種類以上あるといわれる主要ミネラルや微量ミネラルを総合的に摂取することが、健康の基本中の基本である」
エルマー・G・ヘインリック(アメリカ・ミネラル研究家)の著書「ミネラルの秘密」より。

■「現代病・生活習慣病はミネラル不足が原因だった」
「ミネラルは細胞内の酵素を活発化させ免疫細胞を活性化し、自然治癒力を高める」   
 医学博士野島尚武氏の著書より 

■「現代人が抱える疾患の多くにはミネラル不足が関係している」
「必須ミネラルが体内に不足すると、その分、有害ミネラルが蓄積しやすくなる。必須ミネラルを補給しながら、同時に有害ミネラルの排泄を行わなければならない」
銀座大森クリニック 医師大森隆史氏 著書より


■「20世紀の栄養学はビタミンに注目しましたが、21世紀に入ったいま、その関心はミネラルに向けられ始めています。」
「糖尿病からガンまで、現代病はミネラル欠乏が原因だった」
 薬学博士 久郷晴彦氏 著書より

■「農作物のミネラルは50年前の10分の1に。ミネラル不足が万病を招いた。」
「ミネラルが無いと栄養素も酵素も働けない」「ミネラルは代替療法には欠かせない」
医療ジャーナリスト 上部一馬 著 医学博士 沼田光生 監修 著書より

■「二万体以上の動物と人体を解剖し、検査した結果、すべての自然死の原因はミネラルの欠乏と深い関係がある。」 医学研究者 ジョエル・D・ワラック博士(アメリカ)の言葉

■1970年 アメリカ農務省の警告
「アメリカ人のすべての年齢層において、99%の人はミネラル欠乏症である。」

■「ビタミンは確かに重要なものだが、ミネラルなしでは何の働きもしない。ミネラルこそが栄養の世界のシンデレラなのである。」 「ビタミンバイブル」の著者 アール・ミンデル博士のことば。

ミネラルと病気との関りについては、近年内外を問わず多くの医学関係者によって研究が進められ、ミネラルは極めて微量であっても生体の重要な生理作用を担い、特にガン・糖尿病・アトピーなど現代病・生活習慣病といわれる病気の改善に有効であるとの発表が複数の研究者によってなされています。

現代人(先進国の)が、なぜ深刻なミネラル不足に陥ったかというと、それは無機農業が普及し、定着したことにより土中からミネラルが激減したからだといわれています。

緑肥、堆肥、腐葉、動物の糞などの有機物を肥料にするのが有機農法であり、それに対し化学肥料を中心とした近代農業が無機農法と呼ばれています。一説によると日本が有機農法から無機農法へと切り替わった流れと、生活習慣病の増加は軌を一にしているそうです。

詳しい説明は省略しますが、化学肥料や農薬により土中のミネラルが減少し、特に農作物(植物)に取って吸収率のよいとされる土中の微生物に存在する有機ミネラルがその微生物の死滅によって激減したことが大きな要因といわれています。

土壌のミネラル欠乏は作物を通してそのまま人間の体のミネラル欠乏となっていますがこのミネラル欠乏は今や日本、アメリカだけでなく全世界的傾向にあります。過去100年間におけるミネラル枯渇の度合いについては次のような報告があります。(1992年アースサミットレポートより)
北米:85%減  南米:76%減  アジア:76%減  ヨーロッパ72%減  アフリカ:74%減 オーストラリア55%減
さらに我々現代人のミネラル不足は、農作物からの摂取不足に加え、水質の悪化や食品加工の工程にもその一因はあるようです。

内外の研究者が異口同音に唱えるところは、現代人は慢性的なミネラル欠乏症に陥っており、そのことが現代病・生活習慣病など様々な病気に罹り安くなった大きな要因のひとつだということです。そこで私たちに今求められていることは、食物からだけでは十分に摂取できないミネラルを、意識的に別の形で補給することです。



ノーベル賞を二度受賞したライナス・ポーリング博士は「全ての病態、全ての病気、全ての病弊を追及すると、ミネラル欠乏にいきつく」と話しました。

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病気はミネラル不足から
(2度ノーベル賞受賞ライナスボリング博士)

私たちの身体はミネラルで出来ておりミネラルで動いています
つまりミネラルこそ他の何よりも重要です。
従ってミネラル不足によりほとんどの病気に陥ります。 

現代医学は対処療法であり、本質的な解決にならないどころか薬を乱用することにより
さらに他の病気を併発することになります。
抗ガン剤は効かない・・・これがほとんどの医者の本音です。

抗ガン剤1種類の売り上げが1兆円を超える事からも、使用せざるを得ない現実があります
(世界の通説はリンパに転移したほとんどの癌に抗ガン剤は効かない)

理屈を述べる人にあなたは何故立てますかとお聞きすることにしています。
それは骨があるからです。骨がなければ、立つことは出来ません。 

そしてその骨はCa(カルシウム)とP(リン)つまりミネラルで出来ています。
又細胞もMg(マグネシウム)とCa(カルシウム)33:10で出来ています。
そして又それぞれの臓器も又ミネラルによって働いています、

例えば心臓はNa(ナトリウム)とK(カリウム)で2ボルトの電気を起こして動き
脳はLi(リチウム)とAl(アルミ)で思考したり想像したりして働き、
腎臓はNa(ナトリウム)とP(リン)で血液を濾過する働きをします
このようにいかにミネラルが大切かと言うことです。

又ビタミンも酵素もミネラルがなければ働けません。 
これらミネラルの重要さをアメリカでは1977年に発表されたマクガバンレポートにより
「ミネラルの世界的渇望が、人類の病気の原因である」
と発表され、世界の保健医療業界は激震しましたが、日本の対策は遅々として進んでいません



ミネラルを現す2つの有名な言葉

◎「ごく少量にもかかわらず、ミネラルがないと我々は病気になり、苦しみ、命を縮めることになる」 〈アメリカ上院264号〉

◎「全ての病態、全ての病弊、全ての病気を追求するとミネラル欠乏に、たどり着く」

〈ライナスポーリング(生化学者)2度のノーベル賞受賞者〉

私たちの生命維持は自分の意志でコントロール出来ず体内のわずか4%、70種類のミネラルに
完全に支配されています。

例えば下記臓器のトラブルは銘記のミネラル不足により大きな影響を受けることとなります。

◎脳のトラブル LiとAl、
(酸化アルミでアルツフアイマーへ)

◎心臓のトラブル NaとK(ナトリウムとカリウム)
(2つのミネラルで2ボルトの電気を起こす)

◎腎臓のトラブル  NaとP
(塩つまり酸化ナトリウムでトラブル)

◎肝臓のトラブル Cu(銅)
(解毒作用が不可へ)
 
◎膵臓のトラブル VnとCr(バナジウムとクロム)             
(油や澱粉が分解できずに糖尿病へ)

◎性殖器のトラブル ZnとMn (亜鉛 マンガン)
(缶コーヒーの内側をコーティングしている酸化Znで不妊症へ)


posted by 秀さん at 03:24| ハノイ 🌁| Comment(3) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

もうすぐテトですね編

街中の喧騒が普段よりも増して渋滞箇所も多くなって来ました。
特にハノイ道路のトレーナー車の渋滞がひどいですわ。
道路の基盤整備も十分に進んでいないこの国でアメリカ製のあんな大きなトレーラー車がいるのかと思うのですがね。
まぁ、賃金のまだ安い国なので世界各国の会社の現地工場から作られる様々な製品を輸出したり原料などを輸入したりと
船舶貿易をしているのでしょうから数多くのコンテナーを運ぶためには必要なのでしょうねぇ。
テトの休み前は特に大型トレーラーがあちこちで道をふさぎ渋滞の原因の一つを作っているような気がします。

また今週来週と忘年会シーズンでもありますのであちこちのレストランで モ ハイ バー ヨウ! の掛け声と共にベトナム人の底抜け大騒ぎが観察されることでしょう。この楽天的な明るさが好きな秀さんですが・・・その明るさの半分でも良いから仕事や日頃の言動に責任感を身に着けて頂いたら更にこの国が好きになるのですがね!
まぁ、日本人が真面目すぎるのかもね? へい

今年のテトは概ね9日~10日間と普段の年より少し長めなのでベトナムの方々も喜んでいることでしょう。
可愛そうなのは愚息で義娘のVちゃんの田舎(ダクラック省)に帰省して田舎でのテト生活・・・・
めちゃ親戚の数が多いので孫2人は喜ぶでしょうが毎日飲んで食べて寝るだけの日々を想像すると愚息が何となく可哀想な気がしますわ。
秀さんは仕事関係のお友達の方とバンコクでゴルフをメインにホーチミンから脱出する計画を立ております。
寒さ嫌いな秀さんですので今の時期の日本への帰省はムリぽでごわす。

テトの前には社員さん方にボーナスを支給しなければなりません。
1ケ所でも切れたら内出血(潰れ)してしまうレベルの超毛細血管企業なのでこの時期は憂鬱ですわ。
勤続年数も長い社員ばかりなので・・・・寸志でごまかすわけにもいかないですもん。やれやれでごわす。
一度でもいいから秀さんもテトボーナスを貰いたいもですわ、はぁ~ 悲しい~ 

と愚痴を吐かずに明るく頑張りま~す!

本日はこの辺で 失礼いたします



posted by 秀さん at 13:36| ハノイ ☁| Comment(2) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月10日

第114回ホーチミン品友会 / 新年会1月18日(金)のお知らせ編

1月も10日ほど過ぎました。
朝夕は涼しく晴天の日が続いており良い季節になりました。
乾季ですので雨はほとんど降らずまたテトも近いということでベトナムの方々も心なしかウキウキ気分のようです。
ベトナムは経済成長率も良く暗い材料と言えば相も変わらずの汚職事件の多発くらいでしょうか?
そんなことはベトナム国民も驚きはしませんので国の将来性とは関係なさそうです。

事務所の引っ越しのバタバタからようやく解放され落ち着きました。
しかし一部工事や備品などの購入も多々あり出費が続き毛細血管企業の秀さんの会社としては大変でしたわ。

人間、お金じゃない! なんてことを日頃から言ってはみてもいざあれこれやるにはお金がなけりゃ誰も動いてくれません。
お金を介在することによってモノやサービスの提供を受けることが出来るという世の中の仕組みですので当然と言えば当然です。
しかしお金は人様と人様を繋ぐ為のあくまでツールなのですがいつの間にやら人間様はお金そのものを得ることが人生の目的になってしまいました。どうせ最後にはこの世に置いていくものなのですがね!

お腹パンパンになったらこれ以上食べ物は入らないのですがお金だけは有り余るほどあっても更に欲してしまう厄介なモノですわ。
かのカルロス・ゴーンのおっさんも留置場で108あると言われる人間の煩悩を叩く除夜の鐘の音ゴーン ゴーンを聞いたかも知れないですね。
過ぎたるは及ばざるがごとし! という格言を彼にプレゼントしましょう!

さて、前置きはこの辺で2019年の最初の品友会の開催のご案内です。
今回は1月18日(金)の開催となります。
多くの方のご参加をお待ちしております。


第114回(新年会)ホーチミン品友会開催のお知らせ

日時 2019年1月18日(金) 午後7時〜

場所 肴や(ATEYA) 50 Mê Linh, Phường 19, Q. Bình Thạnh (37 Phạm Viết Chánhのコンビニ(ミニストップの直ぐ近く)
電話 0125 200 4323

予算 40万ドン前後を予定

1月17日(木)午前中くらいまでにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き頂くか または ymt@yhk.com.vn(秀さん)まで
ご連絡をお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。
皆さまのご参加をお願い申し上げます。

posted by 秀さん at 05:28| ハノイ ☔| Comment(5) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

2019年始まりました編

皆さま、新年明けましておめでとうございます。
平成の元号も5月にはかわるそうで今年は大きな節目の年となりそうですね。
皆さまのご多幸をお祈りいたします。

さて、家族で年越しそばを頂きおせちを囲み、朝にはお雑煮を食べ、孫二人と義娘Vちゃんの弟の子供(生後7ケ月)に
お年玉をあげて元旦を迎えております。こうして家族皆健康で新年を迎えることができ有難いことだと感じております。

今日のホーチミンの天気は薄曇り風が少し強く暑くはありません。良い季節になりました。
愚息一家は孫を遊びに連れて行きましたので家には秀さん一人ですわ。
30日31日と部屋の大掃除をして綺麗になった部屋で新年を迎えております。

日本とは違いベトナムでは西洋歴の正月は今日でおしまいなので仕事の方は明日から通常運転です。
引っ越しした新しい事務所の片づけも昨年中に何とか終わり明日から新しいスタートを切れそうです。


今年もあほのブログとともにご贔屓頂けましたら幸甚です。
皆さまにおかれましては今年一年が実り多き年となりますようホーチミン市よりお祈りしております。


謹賀新年 2019年 元旦



PS:品友会(新年会)は1月18日(金)に開催いたします。
 皆さまのご参加をお待ち申し上げます。







posted by 秀さん at 14:05| ハノイ ☁| Comment(4) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月27日

この1年お世話になりました編

今年一年お世話になりました。
ブログ読者の皆まさ、ご厚情を頂いた取引先及びご友人の皆さま、親戚血縁関係の皆さま、その他隠れ秀さんファンの皆さまブログ上ではありますが厚く御礼申し上げます。
来年は皆さまにとって実り多き年となりますようホーチミン市よりお祈りしております。
この一年本当に有難うございました。


さて、孫2人も幼稚園は冬休み??で家の中でやりたい放題しているので義娘のVちゃんもストレス溜りまくりといった感じです。
4歳と2歳の男の子が親の希望するように大人しく家の中や外で遊ぶわけがないですわ。
良いことはせずとも悪いこと(大人にとってみればそうですが子供は何が悪いのかわかりゃしませんがね)をするのが子供ですもん
目くじら立てて叱っても改善することはないですわ。
幼い内は思いっきりいたずらしたり大声で騒ぎまくって喧嘩しても 良か 良か あんたそれが子供ちゅうもんばぃ! と直接責任のない爺さんがほざいております。へい

本日は歯科医院に行って来ました。
前から前歯の裏側が欠けており歯垢も取らなければ&奥歯の入れ歯も新調しなければと・・・半年も前から思ってはいたのですがついつい億劫になって放置していたのですが正月も来ることなので本日思い切って治療に出かけましたよ。
ベトナム語で歯医者さんとやりとりできるレベルではないので義娘のVちゃんにご同行をお願いして自宅に近い歯医者に行きました。
綺麗で広いスペースがある歯医者さんで医療機器も最新設備で驚きましたわ。治療台は3〜4台ほどありましたので歯科医師も数人はいると思われます。担当したのは40才前後の男性ベトナム人医師でしたが技量は申し分なくてきぱきと動いて合格点でした。
年内もう一度行けば治療&入れ歯完了です。費用は締めて560万ドン(2万8千円程度)でした。以前同じ内容で別の歯科で350万ドン位でしたので少し高いか? まぁ、物価も上がっていることなのでこれが今の相場かも知れません。

この一年も振り返って思うこと・・・・ん? 何にもありゃしません、ただただ1年過ぎるのが早いという実感だけですねぇ。
今年の抱負は何々と以前は目標を決めたり標語を墨で書いたりして壁に掲げたりしていましたが・・・
今日の豆腐の方が気になるような有様で湯豆腐にするか冷奴にするか、ネギと鰹節はどうするか といった方が気にかかる無計画無目的のぐーたら爺さんですので目標達成もなければ失敗もないという有様です。

やたら気負い込んでも人生なるようにしかなりませんのでこれからもてれてれと死なない程度には働きます。へい

最後に皆さまのご健勝とご発展をお祈りしてあほ爺ブログは終了です。

皆さま、どうか良いお年をお迎えください!



おっと! 品友会(新年会)は1月18日(金)に開催をいたします。
来年も宜しくお願いいたします。



posted by 秀さん at 23:55| ハノイ ☁| Comment(4) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月20日

昨晩の九州健児会で定例の飲み会は最後でした編

1次会で帰宅すれば良いものを・・・・
Thu Ducの田舎から中心地に出るとついつい2次会に繰り出してしまうアホの秀さんですわ。

ええ年こいて深夜までカラオケクラブでタンバリン叩いている爺ってどうよ・・・ったく直ぐに調子こいてしまうこの性格はもう治りませんわ。
刹那的というかその場その場が楽しけりゃ良いじゃん という考え方で今までの人生を過ごして来ました。将来に向けて計画性を持った賢い生き方を選択すれば良いのでしょうが、人間生きていてなんぼじゃぃ! というこの開き直りのこのアホな根性はこれからも変わることはないでしょうよ きっと!

昔に比べて日系カラオケの値段も高くなりました。
ボトル入れていても一人150万ドンくらいは取られます。ホステスのお姉ちゃん目当てならこの金額もしかたがないと思えるのですが秀さんのように枯れた爺になるとそんな元気もありゃしません。
10代20代の頃は仕事以外はおねえちゃんのことばかり考えて当たり前みたいな感じでしたが歳取るに従いあらゆるパワーが減退してきますねぇ。
まぁ、金も力も若さも容姿も無ければどうせ最後はお金目当てのおねえちゃん口説いたところで成功率はゼロに近いですもん、それよりは孫に遊んでもらった方が楽しいですわ。

何やかや言っても今年も後10日あまりですね。
このブログも数年前に比べると更新回数も激減、ほんの一握りの読者の皆さんに支えられて続けて来ました。
有難うございました。

事務所も田舎ではありますが新築の建物に移転したことですし来年は新たな気持でストレスを溜めずに生きていけたらと思っております。

では今日はこのへんで 失礼いたします。



posted by 秀さん at 15:46| ハノイ | Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月16日

東南アジアサッカー選手権大会ベトナムがマレーシアに勝ちましたね編

ここ最近ベトナムサッカーの実力は上がってきており今回は10年ぶりの優勝になりベトナム国内は大騒ぎで週末が終わりましたわ。
秀さんが尊敬するマハティールさんが首相をつとめるマレーシアは負けてしまいました。
ベトナムの健闘を称えるべきですね。おめでとうございます!

サッカーだけでなく経済も順調なベトナム今後大きく成長して行くことでしょうねぇ。
18年近くこの国の変遷を見て来た秀さんですが、ここ数年は高層ビルが立ち並び、場所によってはトップクラスの先進国かと見間違えてしまいそうです。若く勢いのある国は良いですねぇ、誰もが今日よりは明日、今年より来年が良くなると信じている国はエネルギーが充満しています。
日本から見たらうらやましい限りですわ。へい

一方、マレーシアですがマハティールのお爺ちゃんが今年92歳でマレーシアの首相に返り咲いたのには驚きましたわ。
元開業医から政治家に転身した方で「立ち上れ日本人」などの書籍も出している大の親日家ですわ。
シンガポールのリークアンユー氏がグローバリストなのと対照的に反グローバリストです。

日本に見習えの・・・「ルック・イースト」政策は有名ですね。。マレーシアが見習ったのは、米欧ではなく日本の近代化です。マハティール氏がここ長い間うつむきがちな日本人に対して、いつも賞賛と励ましを忘れない方ですわ。
首相返り咲き後一番最初に訪問した国は日本です。

1990年にその日本を核にして、EAEG(東アジア経済グループ)構想を打ち出す。日中韓にASEANなどアジア諸国が協力するもので「マハティール構想」と呼ばれた政策ですがしかし、盟主に担ぎ出されようとした肝心の日本が二の足を踏む(アメリカ怖さ?ですね、情けない!)。アジア諸国だけで経済圏が創設されることに、ベイカー米国務長官らが反対し、日本に参加を見合わせるよう圧力をかけて没になってしましました。

はぁ、独立国ではない日本の不甲斐なさは今も変わりませんわ・・・ったく!

1997年タイを震源地(タイバーツ暴落)とするアジア通貨危機(ユダヤ金融資本連中が仕掛けた!)はフィリピン、インドネシア、マレーシア、韓国の五カ国に伝染した。そのなかで、各国が変動相場制に移行するなかで、マレーシアだけは固定制に復帰する。その旗を振ったのがマハティール首相です。1998年、資本取引規制を導入し、管理フロート制から、1ドル=3.8リンギットで固定制に逆戻りさせる。合わせて、国際通貨基金(IMF)の要求とは正反対の財政出動と金利引き下げで経済を刺激して立て直したのである。

このように見てみるとこの人は反ユダヤ金融資本の人でもあります。

サッカーは娯楽ですので楽しめば良いだけですが、フランスを代表するようにEUは反ロスチャイルド暴動で混沌としておりますねぇ。

日本のお札を刷っている日本銀行ですがジャスダックに上場はおかしくね? ということは再々述べていますが、下記日本銀行の紋章はロスチャイルド家の紋章によく似ていますねぇ。調べて見てください。
日銀紋章.jpg
幕末&明治維新もロスチャイルドの息がかかっていたことは歴史から明らかです。ロスチャイルドの子飼いはマセソン、そのマセソン商会に席を置いていたのが幕末長崎の武器商人グラバーですわ。クラバー商会を通じて坂本竜馬は武器を仕入れ、長州ファイブまたはマセソンファイフと言われる5人(伊藤博文(総理大臣)、遠藤謹助(造幣局局長)、井上馨(外務大臣)、井上勝(鉄道庁長官)、山尾庸三(法制局長官)はマセソンを通じてイギリス留学。日本に中央銀行を設立した松方正義は、フランスのロスチャイルド家に見込まれて日本に中央銀行設立案をたずさえて帰国し、後に権力の中枢についた人物でです。

まぁ、救いは日銀は株式会社ではなく日銀法によって設立された行政庁の認可法人です。出資総額は1億円で、日銀法では政府の出資は5500万円を下回ってはならないと決められ、残りの45%は民間からの出資ですが出資者名簿はなぜか非公開ですわ。まぁ、過半数以上を国が持っているだけ日本はまだましかもね!

アメリカはFRBがドル紙幣を刷っていますが連邦 (Federal)という語があることから、連邦政府系の機関であると思うでしょうがFRBの株式は民間金融機関が所有しており、連邦議会による監査などは一切行われていないのですわ。

民間企業がお札を刷って何の監査もチェックも受けない・・・・彼らはこれを独立した機関だと言い張っています。トランプのオッチャンはこのFRBが私にとって最大の脅威だと言っています。

トランプが今続いているアメリカの内戦?に勝利すれば民間企業のFRBは解体され過去、ケネディ大統領が大統領令で合衆国紙幣を財務省に発行させたアメリカ政府発行の財務省証券(新しいUSドル)が出てくるのではないかと秀さんは思っておりますぞぃ。

まぁ、リンカーンやケネディのように暗殺されなければ・・・ですがね。


おいおい、今日もまたまた脱線してしまいました。

それじゃ、本日はこの辺で










 
posted by 秀さん at 18:02| ハノイ ☁| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月04日

第113回(2018年忘年会)ホーチミン品友会開催のお知らせ編

恒例の月1回のホーチミン品友会です。
何をやるかって?  へい、単なる食事会です。

最近は一般の方には陰謀論とか都市伝説と呼ばれるブログ記事をあえてアップして来ました。
我々人間は常識や一般論といったものにとらわれており中々自己の基準から逸脱した出来事や事実を認めたくないという面があります。
自己防衛なのか未知なものに対する不安なのか・・・
世の中の常識なんて過去の歴史を見ればコロコロと変わっているのが実態なのですが、今を生きるのに忙しくこういったことに対して深く掘り下げはしません。

あんた暇だねぇ と言われても事実ですので反論はしません。
我々は日々仕事があり生活があるもん、時間に追われ金儲けに忙しく自分や家族、せいぜい地域社会のことくらいは考えるがより大きなことに対しては無関心ですわ。その無関心が今の現状を生み出しているのかも?

何世紀にわたり、これだけ文明が発達したにもかかわらず一向に飢餓や貧困がなくならず戦争ばかりしている人類って何よ?
仮に宇宙人に言われたらどう答えるのでしょうか?

あんた誰よ? というか驚愕して大砲やミサイルをぶっ放すのでしょうか・・・
過去アメリカの大統領が宇宙人に言及しているビデオなど日本では放映されたことがありません。
もうそろそろ我々日本人も井の中の蛙からより大きな世界に目を向ける時だと思うのですが・・・
まぁ、アホな爺さんの世迷いごとと言われても仕方がないのを承知であえて今回の品友会でこういった話題を取り上げたいと思っております。
少なくとも911に関してはそう遠くないうちに事実が暴露、判明することでしょう。

さて、今年最後の品友会の案内です。



第113回(2018年忘年会)ホーチミン品友会開催のお知らせ

日時 2018年12月8日(土) 午後7時〜

場所 肴や(ATEYA) 50 Mê Linh, Phường 19, Q. Bình Thạnh (37 Phạm Viết Chánhのコンビニ(ミニストップの直ぐ近く)
電話 0125 200 4323

予算 40万ドン前後を予定

12月7日(金)午前中くらいまでにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き頂くか または ymt@yhk.com.vn(秀さん)まで
ご連絡をお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。
皆さまのご参加をお願い申し上げます。

posted by 秀さん at 07:49| ハノイ ☀| Comment(5) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

追記:911の連邦大陪審請願が受理された&前回はabove majesticの紹介でしたが今回はステーィブン・グリア博士のプロジェクトの紹介です編

追記:
9/11調査弁護士委員会が出した911の連邦大陪審請願に対してニューヨーク南部地域の連邦検事局からの法規的に処理をするとの
回答があったそうです。やっと911の闇が暴かれる時が来たのかと思うと感無量ですわ。
いずれアメリカのメィデアでも大騒ぎになると思います。楽しみです。




UFO ディスクロージャー・プロジェクトというビデオですが登場人物は秀さんのようなアホは一切登場していないですわ。
その道の権威または政府機関の高位のレベルの方々ばかりです。
もうそろそろ今まで隠され洗脳されて来た事実から本当の真実に目覚める時代に入ったと思います。
亡き父が良く言ってきた言葉・・・

天網恢恢疎にして漏らさず・・・
良いことも悪いこともお天道さまはすべてお見通しである。

ではご覧くださいな!



posted by 秀さん at 20:49| ハノイ ☀| Comment(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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