2015年10月25日

好きなお菓子の袋が開けられないジレンマ編

目を離すといつの間にか椅子によじ登って台所(これ古いかなぁ? 今の世代はキッチンか!)のテーブルの上の菓子籠の中に入れてあるお菓子を勝手に取って食べている時がある孫のマー君、ついこの間まで這えば立て、立てば歩めの親心なんて言っており、いつ歩き始めるの? 何てことを言っていたのですがね!
幼児の成長は早いもんですわ。

マー君お気に入りのお菓子(中は小さなクリームケーキで名前は失念)を食べたいのだが菓子の袋を自分で開けることが出来ない・・・ジレンマ

そこで菓子を持って来て開けてくれと催促するのだが、甘いモノばかり食べさせてもどうよ と言うことで息子夫婦は甘いお菓子制限しているようです。

ママに持って行っても開けてもらえず、パパに持って行っても開けてくれないということで・・・最後はじいじの秀さん部屋にまで持って来て開けてくれのアピール・・・

普段は秀さんに対してあまり愛嬌を振り向かないマー君ですが、この時は満面の笑顔で寄って来るのであります。
よう分かっておるわ、こ奴は人のたぶらし方を・・・

しかし、その仕草が可愛くて愛くるしくてたまらない孫バカ爺の秀さんでごわす。はぁ〜

息子夫婦の方針を考え・・・秀さんも心を鬼にして袋は開け上げないのですが、爺が開けてくれると固唾を飲んで見守っているマー君の真剣そうな顔を見ると可哀想になってしまう・・・このじいじの気持ちをマー君は分かってくれるかな?

少しづつものが分かるようになって来た孫の成長を素直に喜んでおりやす。
食べ物に関しては好き嫌いが無いようで何でも食べているようです。
日々観察していると集中力はあまりなく気移りが激しいというか興味が次から次に移りあれやこれやと手を出してしまう性格のようです。また前にも書きましたが綺麗なお姉さんが大好きなマー君です。

ふむ〜、将来、女の子を取っ替えひっ替えするのではないかと・・・アホの爺さんがいらぬ心配をしておりやす。


順調にすくすくと成長している孫の姿を日々観察できるこの喜びに感謝している秀さんです。

まぁ、お前の孫の話なんぞ聞きとうもない! 
と思われる方もおられるでしょうが・・・


どうかお許し下せぇ〜 お代官様



ということで本日の孫バカ爺のアルツハイマーブログは終了です。へい





posted by 秀さん at 03:30| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月24日

最近のベトナムの不動産事情編

毎日のようにパソコンや携帯のメールに分譲マンションの勧誘メールが来る。
一時は低迷していた不動産市場も最近は活況で市内のあちこちで新築の物件が開発されています。
外国人にも一部不動産所有が今年から認められたこともあり特に分譲マンションの開発や勧誘が半端ではない状態です。
平均すると下は800万円から上は4千万円位でしょうか・・・1等地の1軒屋になると6千万円〜億円単位も決して不思議ではありません。

今年から最低賃金が大幅に上がりホーチミンやビンズーン省等の1郡と呼ばれるエリアの工場労働者等の最低賃金は月額350万ドン(約1万9千円)ということになっております。15年前は100万ドン前後でしたので約3.5倍ですわ。

その当時、中心地から少し離れたエリアのマンションが300万円から350万円位だったと記憶します。
路上の一番安いカフェダー(アイスコーヒー)が2000ドン(約10円)、今では最低でも8千ドン~1万ドンはするのではないかと思います。約4~5倍の値上がり・・・・

そう考えると、300万円したマンションが3.5倍として1,050万円、5倍とすれば1,500万円・・・
広さや場所等により価格の違いはありますが、今のホーチミン市の中心部から少し離れた場所の相場と合っていますわ。

ヘタすると日本の地方の中核都市の相場位でしょうか?

給与は日本の1/10、不動産価格は同じ程度・・・
まぁ、物価の違いがあるので単純比較は出来ませんが、給与から考えると皆さんはホーチミンの不動産の価格は高いと思われるのではないでしょうか?

皆さん、どう思われますぅ?

不動産なんてものは将来期待値投資みたいなものですので今後発展して行く国なのか、低迷して行く国なのか、将来需要と供給の関係も考えて現在価格の高い安いを考えなければいけないですね。



で・・・・


秀さんの答えですが・・・・


ホーチミン市の今の不動産価格は決してバブルではなく通常の価格でしょうねぇ
今後どうなるか何て素人の秀さんが予測するのはおこがましいのですが、これからまだまだ値上がりするのではないかと思いますよ。実際、1年前に比べても上がっていますもん。
秀さんの会社のスタッフさんの親や兄弟姉妹も不動産投資&転売は盛んなようです。

秀さんは不動産や株といったものに興味もなければお金もないので部外者ですが、あまり将来性に期待が’持てない日本よりはベトナムの将来に期待して不動産所有も若い人たちは考えても良いかも知れませんぞぃ。


まぁ、あくまでご利用は計画的に&自己責任ですがね!


ということで本日の不動産事情のお話は終了でごわす。



ではまた次回まで





posted by 秀さん at 03:59| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

雨季もそろそろ終わりかなぁ編

日に日に涼しくなっているような気がします。
雨季が終われば待望の乾季ですわ。雨もふらず気候も良いシーズンになります。
食欲も増す季節です。

今週は来客が多い週でしたわ。
ビジネスをやっているとどうしてもお付き合いがあり少食生活をを続けることが難しくなります。

それに加え本日帰宅すると義娘が作るとんかつを揚げるいい匂いがぷ〜んと秀さんの鼻腔を刺激しましてね・・・
普段あまりお肉は食べないのですがついつい手が出まして、いや箸が伸びてしまいましたわ。
とんかつ、温かい味噌汁と漬物とで結局かなりの量を食べてしまう根性無しの秀さんでごわした。
明日からはまた固い決意で少食生活に戻り目標の60kgの体重へと邁進しなければと思っております。

継続することは難しくやめることはすごく簡単ですねぇ。
まぁ、勉強でも何でも辛いことはしたくない、やりたくない、すぐに楽な生き方に走ってしまう軟弱人間の秀さんですので
相当な覚悟で臨まないといけませんわ。


話は変わりますが。つい昨日、千日回峰行者の話をニュースで読みましたが、あ〜た、何でそこまでムチャするの? と思うのですが

人間様の一生なんてあっという間の短い時間(仏教用語で 殺那 )だという視点からみればそんな荒行をやってみようと思う人もいてもおかしくはないですね。

日々会社に行かなければならないとか、より良い生活のためにお金を稼がなくてはいけないとか、そんな考え方と180度違う考え方、普通の凡人とは違う生きる支点、または死点でものごとをみているのでしょうよ、きっと!

長いようであっという間に過ぎ去る人間の一生ですのでどんな生き方=行き方(あの世へ)するかは様々な選択肢があっても当然でしょう。

あらゆる束縛から開放された完全なる自由感覚=悟りの境地に至るためにお釈迦様も数々の厳しい修行を経験したそうですが

その結果、何か分かったかというと




何〜んにも分からなかったと仰っておられます。

何じゃそりゃですね 





生きることの意義や目的なんて考えだすとアホな秀さんでは一生答えを出すことが出来ませんので止めておきますわ。

ただ、言えることはブログトップに貼ってある言葉 


「人間死ぬまで生きる」


ということは間違いないようです。


人間死ぬために生きているとの視点に立てば 日々の細かい悩み事なんて飛散してしまいます。

気持ちを前向きにして生きて行きましょう! へい



では、本日はこの辺で




posted by 秀さん at 01:40| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

イカ刺しが美味い編

前にもお話しましたが、マンションの10m隣りに毎日ブンタオから魚介類を運んで露店で売っているお店がある。
夕方4時、陽も落ちて直射日光が当たらなくなったので孫を連れてマンション内にある公園でお散歩・・・

あ〜、これじゃ爺さんの孫成長日記みたいですね。

まぁ、あまり難しいことや政治的なことを書いても楽しくはありませんのでボケじじい溺愛孫日記でも一向に構いはしませんがね。

義嫁にマー君にを散歩に連れて行きますよ と言ったところ、あと10分待って下の露店に魚を買いに行くので と言うので
親子3人で露店の魚屋さんまで出向きましたぞぃ。

4時開店早々の時間ですので各種魚介類が所狭しと’並んでおりましたわ。
エビ、イカ、舌平目、タチウオ、カツオ、キス、スズキ、甘鯛、トビウオ、アジ、タチウオ、その他名前の分からないお魚さん数種類。義娘が悩んだ末に買ったものはイカ1kg13万ドン、義娘曰く、スーパーなどの魚売り場で買うと水も一緒に入れて計るので匹数が少ないと・・・それに比べこの店は同じ1kgでも匹数が多いんです、お父さんと・・・

まぁ、しっかりした娘ですわ。へい

しばらく公園で孫と遊んだ後、家に戻りネットで調べ物などをしておりましたら、いつの間にやら寝てしまいましてね、
お父さんご飯です! との呼び声に目を覚ました次第です。
食卓には、本日買ったイカさんのお刺身とバター炒め、高菜の炒めもの(秀さんの好物)、野菜サラダ、鶏で出汁をとった野菜スープ、愚息用のメインディシュの鶏肉の照り焼きと言った献立でした。
少食を継続している秀さんは、お昼の残りのお好み焼き1/4切れとイカのお刺身、野菜スープに高菜の炒めものを頂きました。

体重減少のペースはがくんと落ちましたが、以前は70kgちょいあった体重も現在は64.5kgと随分と減量しましたよ。
出来れば60kgまで頑張って、その後ははるか昔に存在していた幻の腹筋さんを呼び戻すためにトレーニングを再開しようかと
思案橋ブルースでごわす。

肥満・高血圧は万病の元と! 意を決して減量生活を実践して経過は順調に進んでおります。
そりゃ、どか食いしたいと思ったことは何度もありましたが、そこはぐっと我慢の男の子、九州男児でごわす。
やれば出来るモンダミンどす。へい


気候も随分と涼しくなって参りました。
雨が降らなければ近い内に最近ご無沙汰しているゴルフでも一緒に行こうかと愚息と話などをしながら食卓を後にしました。


そんなこんなで秀さん家の1日は終わりました。
また、新しい1週間が始まりますね、気追い込まずにダレずに程々に頑張って参りましょう!


では、本日はこの辺で


また、次回まで







posted by 秀さん at 00:00| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

1年ぶりにパークソンデパートへ編

休みの日は、いつもは家でパソコン相手に仕事したり暇な時は映画をみたりして時間を潰すことが多いのですが
昨日は孫のマー君と義娘の3人で1区のパークソンまでお買い物(会社の女親分の誕生日プレゼント)に出かけましたぞぃ。

約1年ぶりかなぁ? デパートに行くなんてことは・・・

どんなプレゼントを買うかは義娘にお任せで、秀さんはマー君の面倒をみることに・・・
売り場をあちらこちらと探検する孫の手を引いてではなく、孫に手を引かれてですわ


どういうわけか・・・綺麗なお姉さんのいる売り場に行きたがるマー君、一体誰に似たのでしょうかネェ?

え! そりゃお前似だって言われますか? 


いえいえ、秀さんの場合はこれでも結構一筋な人間ですぞぃ。
中学の時に初恋したおかあちゃんと大恋愛の末に結婚、子供を授かり育て、若くしておかあちゃんが癌で亡くなった後もこうして長い間独り身を貫いている訳ですから・・・絶世の美女が何人現れようとが、男は黙って・・・・・







見とれてしまう・・・やっぱね! ダメじゃこりゃ〜



マー君よ! それでヨロシぃ 、男は女に、女は男に 興味があるのは至極自然なこと 

そのまま自然体で綺麗なおねえさんのいる所に自由に行きなはれ 

モテるのも3歳未満の今の内、大きくなってしまえば鼻も引っ掛けてはくれないからね!

それは、お爺ちゃんが数多く経験しているので間違いなかとよ! と博多弁ですたい。


さて、買い物が終わりまして、義娘とコヒーでも飲もうかということになりましてね、
ドンコイ通りからサンワタワー方向を右に曲がったゴードックケー通りにあるチャオカフェ というお店でお茶するとになり申した。

このチャオカフェ店は義娘と愚息の結婚前によく行っていたデートスポット店らしい・・・

義嫁の考えは・・・
甘いモノ好きな愚息がこの店のケーキやプリンが好きとのことで愚息にプリンのお土産を買うついで&タッパーに入れたマー君のご飯を食べさせるために寄ったようなものですわ。
飲み物1杯6万~7万ドンはしますぞぃ。貧乏実践家の秀さんにとっては敷居の高い超高級店ですわ。
会社の直ぐ近くにある結構美味いコヒーを出すチェーン店のミラノコーヒーは1杯1万3千ドンですので約5倍近い値段ですわ。まぁ、コーヒー代くらいのことであれこれ言ってもね! ということで店内に入ると・・・・

他のテーブルのお客さんにも愛想振りまきまくりのマー君、誰もが怪訝な顔をする秀さんの老醜に満ちた老顔の秀さんとは違い、屈託のない幼児の笑顔のマー君、誰からも好かれておりましたわ。



老 と 幼  


比較すること自体が間違いですな! はい



そんなこんなで買い物してお茶して帰路についた次第です。



それでは皆さん、また次回よろしくです!




posted by 秀さん at 01:43| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

虫歯1本70万ドン編

情けない秀さんの歯なしをどうか聞いてくださいまし〜・・・

1月前から冷たいものを飲むと少し凍みていた右奥歯の1本、
歯医者さんに行こう行こうと思ってはいたが・・・面倒くさがり屋の秀さんゆえ放ったらかしにしておりましてね、
とうとう10日前からかなり痛みが走るようになりまして、歯科たなくフーニョンの歯医者さんまで出かけた歯第ですわ。
会社は1区、家はThu Duc区にあるのになぜに歯医者さんはフーニョン区かと申しますと、歯科るべき理由があるから行くのであります。

へい、その心は・・・・

安くて美味い牛丼屋じゃやない、安くて上手な女医さん(聡明そうな美人? マスクしているのでよく分からずですが・・・)がいるからであります。当然、貧乏人御用達のベトナムの歯医者さんですよ

奥歯はもう殆ど自分の歯はありませんで人工物に占領されておりますが、まだ辛うじて頑張っていた奥から2番めの歯がとうとう虫歯になってしまいまして再び歯医者さんのお世話になったのでごわす。
凍みるのは冷たいものを飲まずにおれば何とかなるのですが、痛みは我慢できず歯科たなしに治療に行き申した。

麻酔をかけてもらい歯を削り神経を殺す薬を詰め込んで1回めは終了、2回めは歯の中を消毒して詰め物を入れ被せ物をつけて終了、


へい、〆て70万ドン、



ついでに歯垢を取るかどうか思考しましてね、結局15万ドン払って取ってもらいました。

この作業が結構難航しましてね・・・中々上手くいかない


ベテランの歯医者さんでもたまにこういうことがあるそうです。


これを歯科業界では・・・・








歯垢錯誤と・・・・・・・・・・・・・言いません、スミマセン、いつもの臭い言葉遊びです。スマソ



合計85万ドンが秀さんのサランラップより薄いお財布さんから逃げ出してしまいやした。


御蔭さんで綺麗な歯になりました。


歯科し・・・・またタバコのヤニですぐに汚れるので定期的に歯垢取りに行かなければなりませんがね!



行きつけの歯医者さんをお持ちでないお方、高い治療費はご勘弁という方のために
この美人そうな?女医さんがいる歯医者さんの住所を書いておきますね。
以下のとおりです。

名前 NHA KHOA KY THUAT CAO(ハイテク歯科) NHAT NAM(日南歯科)

住所 153A Phan Dan Luu P.1 Q.Phu Nhuan

電話 08.39.954013 携帯 0909423899



それでは、皆さま 良い週末をお過ごし下さいな!


また、次回まで



posted by 秀さん at 04:09| ハノイ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

我が家のオーブンは大活躍編

今年の6月に半ば衝動的にスーパーのメトロで買ってしまった 製品名:カンガルー と何ともオーブンの名前にふさわしくない名前の電気オーブン。まぁ、決して料理中に跳びはねることはありませんがね。へい

価格は当時130万ドンの格安品ですわ。
まぁ、こういった衝動的に購入したものはその後はあまり使われずにホコリをかぶるものなのですがね、
こ奴は殊の外大活躍しておりまして、秀さんの場合はピザやローストビーフをたまに作るときくらいしか使用しないのですが、以前はオーブンなんて使ったことになかった義娘のVちゃんがネットからあれやこれや料理のレシピを見つけ出して来て良く利用しているようです。

ある日、お父さん これ食べてみてと出されたのが、チーズケーキでしたわ。
愚息がチーズケーキ好きで挑戦したとのこと。

ほい、どれどれ味見をして進ぜようと一口頬張る・・・・

うん〜・・・決してまずくはないよ 初めてにしては上手じゃんと褒めて上げましたよ。

それからチーズケーキ作りの回数を重ねること数度

昨日、冷蔵庫の入っていたチーズケーキをつまみ食いしたのですが、あ〜た、これがめちゃ美味いのであります。
Vちゃん、お世辞抜きでお店で売っているものと遜色ない というか相当に美味しいとお褒めの言葉を発する秀さんでごわした。

好きこそものの上手なれ とは言ったもので料理大好きなVちゃん いつの間にかケーキつくりをマスターしていたのには
驚き桃の木マンゴの木でごわす。
愚息の誕生日には手作りのバースディケーキでしたもんね、
この前はケーキではなくエクレア何てものもこさえておりましたぞぃ。これもまいう〜でしたわ。
秀さんと違いお酒を全く飲まない甘党の愚息のためにお菓子作りに励む義娘の姿に感動すら覚える秀さんですわ。
愚息は幸せな奴ですわ。ったく!

日々の料理は全て日本料理、ハンバーグのピーマン詰めなんかは和風ソースとの相性もバッチリで絶品の味ですわ。
それ以外にも魚の捌き方なんかは秀さんより100倍もうまくなっておりまして驚いておりやす。

マンションから10mほどのところにブンタオから毎日魚介類を運んで来て販売している露天商がおりまして
夕方4時位から道端に箱に並べた魚介類を売っているのですが、Vちゃんはその店の常連になっておりまして、活きの良い魚が入るとVちゃんの携帯に電話がかかる程でごわす。

良く作るのが アジやハマチ、イカの刺身や焼き魚、変わったところでは舌平目のバターソテーなんぞもあります。
焦がしバターでソテーするのは秀さんが教えたのですがね。
ベトナムでは舌平目は価格も安く一般家庭ではあまり食べられていないとVちゃんが言っておりやした。
まぁ、魚料理自体そのものがベトナム家庭では鍋系を除いてはあまり一般的ではないようですがね。
舌平目のバターソテーは秀さんが指導して作らせたのですが美味しい美味しいと喜んでおりましたわ。

しかし、最近は、秀さん少食生活に突入しておりますのでそんなにおかずの品数を作らなくても良いよ と言っており
料理好きなVちゃんも張り合いが無いような感じで少し気の毒に感じております。

聞くところによると、兄妹の中で一番お祖母ちゃん子だったVちゃん、お祖母ちゃんから様々な料理を小さい頃から習っていたそうで兄妹の中では一番の料理上手とのことです。

ベトナムではVちゃんは例外の部類に入るのではないかと・・・思いますぞぃ。
朝は大半の家庭が外食で済ますお国柄ですのでベトナム人女性が料理好きとは思えない秀さんですわ。
会社の女性スタッフさんらを見ておりましても毎日料理を作っているとは到底思えないですもん。


それにしても普通は安物買いの銭失い となる運命だったカンガルーオーブン、良き主人を持って幸せなことでしょう。

と言うことで本日のブログは終了でごわす。

明日1日頑張れば週末です。

皆さま、良き1日をお過ごし下さいまし〜!





posted by 秀さん at 04:02| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

人間が出来ていない編

昨日はなぜか朝から気分が良くなく不機嫌な秀さんでごわした。
ひょっとしたらカロリー制限中で糖分の摂取量が少ないせいか怒りっぽくなっていたのかもね?

強いて原因を探せば・・・
朝、迎えに来た運転手さんのそのあまりにもトロい動きにイライラしたのかも?

ろくすっぽ挨拶もせず乗り込んだ秀さんでしたわ。

あ~、いかんいかんと後で思う。
なんて人間が出来ていないのか反省しましたぞぃ。

ストレス多いベトナムでの生活ですが、長い間の経験で極力短気を起こさず何事も長い目で見ようと心がけていたつもりなのですが・・・些細なことが原因で時には昨日のように不機嫌病になるから困ったものですわ。

運転手さんのみならずベトナム人の仕事に対する姿勢というか仕事のレベルというかクオリティと日本人のそれとの違いに苛立つことが過去においては再々ありましたが
最近は ここはベトナム! 日本とは違う、日本流のやり方を押し付けても決して良い結果はでない と重々承知している秀さん

しかし・・・ベトナム初心者じゃあるまいになぜにあたしゃこんなに人間が出来ていないのか自問自答しましたよ。

以前はそれが当たり前だと思っておりましたが今では日本に帰るたびに、あ〜 日本人の相手を思いやる笑顔のある接客態度に感激するようになってしまいやした。

時間を守る、自分の仕事の領域はプロとしてこなす、約束を守る、つまらない言い訳はしない、与えられた仕事に対しての責任などなど・・・学生さんならいざ知らず社会人ともなればそれらは日本人同士では当たり前のことがここベトナムでは当たり前ではなくなるから知らず知らずの内にストレスが溜まって来たのかも知れません。

まぁ、その日はエレベーターで11Fから1Fへ降りた時に、さて出ようとしたら1Fで待っていたベトナム人が降りる人よりも先に乗り込もうとしたことが不機嫌になった要因のひとつかもね?
その後運転手さんのトロトロした散漫な動きに秀さん不機嫌菌が急速に増殖したのかも?

スーパーのレジや交差点での我先にの割り込み、自分さえ良ければそれで良いみたいなベトナム人の行動習性には十分な免疫ができていたと思っていた秀さんですが・・・

まだまだ、修行が足りんわい! と大いに反省した昨日の秀さんです。

ここは異国のベトナム、ベトナム政府やベトナム人民が、秀さん是非我々の国に来て仕事をやって下さいと招待された訳じゃありませんので 短気を起こしても自分の心が寂しくなるだけですので日本人センサーの目盛りを少しばかり鈍く設定して生きる方が精神衛生上良いですね。

短気は損気 と自重して明日から気持ちを切り替えてがんばります。へへ〜ぃ


では、本日はこの辺で


posted by 秀さん at 02:32| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

人間の中身は情だと大数学者の岡潔博士と同じことを大愚さんが言っています編

いつものように転載記事です。
秀さんも同意ですわ。

転載開始・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ワタミの運命は米国の運命を象徴している  


強者の理屈で、貧乏若者から奪いまくったワタミは小さいのであっという間に終わりだが

アメリカは崩壊までまだ20−30年かかる

その間をどう生き延びるか

これが我々の、根本命題です。三島由紀夫もここまで持つとは思わなかったので

諦めて腹切った


日本民族のサバイバル戦略です。


縄文が弥生を乗っ取って、今度はアメリカ文明を弥生化した縄文が乗っ取る。

さてどうなるか。弥生と同じでイルミナティーは出発点に情を置き忘れてきた。

軍事と生産力で駆動するとそうなる。しかし、現実の人間は情の中で生きている。

ローマ帝国がキリスト教に乗っ取られたのと同じです。

人間の中身は情です

情を置き忘れたら、必ず情に乗っ取られる。

これも歴史の法則の一つです。

恐らくワタミの復活は「ない」と考えられる理由 「外食業界の星」はなぜ没落したのか?

ワタミくらいならマスゴミも言いたいことを言えるらしい

開始>
1929年のウォール街の大暴落を 発端に不況へ突入した米国経済を回復させたのは、1933年にルーズベルト大統領が行った改革だった。労働法を強化して労働者を保護し、賃上げによって所 得格差を狭めて富の再配分を行い、これが米国の国内市場を強くして経済を活性化させた。また39年から始まった戦争経済も、米国に繁栄をもたらした。

米国の戦争経済はそれ以来ずっと、今も続いている。しかし繁栄は、1980年代に始まったレーガン政権による改悪によって終わった。レーガン(そしてサッチャー)が行った改悪とは、規制緩和と民営化、自由貿易である。ルーズベルト
大統領が作った労働者を保護する規制を取り払い、国民を犠牲にして資本家は利益を増やした。民営化によって、社会のインフラはそれらを買収した投資家や大 企業の手に渡り、公共サービスが犠牲となった。自由貿易で企業は自国の労働者を捨て、低賃金の労働者を使える海外へ生産拠点を移していった。

このような状況の中で米国は、2008年から量的緩和と低金利政策を推進した。低金利で大量のお金が市場に提供されたが、それは労働者の賃金としてではな く、株や不動産などの金融投機へ回った。非正規雇用の増加で国民生活が苦しくなる中、株価や企業経営者のボーナスは上がったが、投資家の所得が増えても消 費が増えることはなかった。なぜなら裕福な人の所得増加分は消費へは行かず、貯蓄や投資に回される。こうして米国経済はさらに弱体化した。

今、中国は保有していた米国債を処分し始めている。中国政府の立場からすれば当然で、自国のバブルが崩壊したなら、米国債を処分すれば国内の資産価格に打 撃を与えず資金が手に入るベストな方法だからだ。日本政府ができなかったことを中国は行ったのだ。しかしこれは米国の金利上昇を招き、米国経済にさらに悪 影響を及ぼす可能性がある。

日本政府は宗主国に倣い、規制緩和、民営化、量的緩和、低金利政策、と同じ道をたどってきた。世界で最も多く米国債を保有している国は日本である。米国株 の暴落で日本の株が大暴落すれば、そこに投じられた年金資金も消滅するだろう。政府やメディアはこれらをすべて中国経済のせいにするかもしれない。しかし 真の原因は米国自身に他ならない。
終わり>

経済の経営は実は簡単で、貧乏人を食えるようにしたら、経営は上昇する。

しかし、これも歴史法則だが、3代目は富の源泉である我慢が嫌になって傲慢になって人々の支持のおかげで儲かるということを忘れて、遊び呆けるか、働かずに博打で儲けようとする。


傲慢になるとなぜ没落するかというと、これもものすごく簡単な理由で、嫌われるからです。嫌われるという、情がキー

この仕組みはアリやシロアリといった社会性昆虫にはない、哺乳類の社会の特徴です。昆虫はクローンんで作った社会だから、個人の感性が決める嫌いという自己判断力がない。(鳥類や魚類以下はそもそも社会を作らない)

哺乳類は知と情が中身なんです。こういう観点で捉えると地球上ではどちらかといえば特異な生き物です。

なぜこうなったのか?

双務=等価交換が生きる原則ですから、必然的にこうなる。双務性を支えるのは知ではなく、情なんです。

知で起動して情で生きる。。。。この行き来で、生きて行く。陰陽はそれを象徴している。

勾玉もこれです。



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権力亡者の毛沢東が知識人を殺しまくったおかげで、忘れちゃって、中国大陸はえらいことになっていますが、元々はこの思想。

日本には残っているのでそれで観光に来る。アメリカ人もそうです。カネカネカネで情を忘れてどうしたら情を再構築したらいいのかわからなくて、情の世界である日本を見に来る。おもてなしというのは等価交換です。

偽ユダヤ人の作った世界には情という概念はない。その昔、ローマに滅ぼされた時にどこかに起き忘れてきたのか、それともハザール帝国がモンゴルに踏み潰された時に起き忘れたか。逆恨みを論理化したのがカネカネカネの拝金教です。情を捨てないと生き延びられないとでも思い込んだのでしょう。

日本の原理は相手が自分を人間扱いするとこちらも人間扱いするという根本原理でできている。おもてなしはへりくだりではなく等価交換です。相手が喜ぶと自分も嬉しいという、たったそれだけの原理で駆動しています。

ロシアも、権力妄想に取り付かれたスターリンが殺しまくって、おかしくなっていたが、復活してきた。プーチンドクトリンの論理の中身もこれです。

哺乳類の存立原則に沿わないものは滅びてしまう

ネオコンモサド=カネカネカネ=オレだけ主義はこれから徹底的に嫌われます。

多極化とは双務化のことだろうと大愚は考えている。
posted by 秀さん at 00:00| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

引き続き減量やっています編

1週間の完全断食はもうとっくに終了したのですが、その後も継続して減量のための食生活をしております。
野菜中心で炭水化物系や脂質系の食べ物は極力避けて日に1食、それも従来の半分以下の量の食事ですがな。

60歳を過ぎて肥満が進みましてね、血圧も想像以上に高くなったので自分の健康のために始めた断食から小食へ’至る食生活ですが今では苦にならなくなりましたよ。


お蔭さんで体重も6kgほど落ちまして洋服ダンスの中ではけないので集団催眠に罹っていたズボンさん達も断食により洗脳が解けまして目が覚め今ではスムースにはけるようになりましたわ。

意を決してやれば何とかなるもんですわ。へい



義娘いわく・・・

家のお手伝いさんが言うには、秀さんはケチですねぇ・・・と。


何でかと言いますと、たくさんズボンを持っているのにいつも同じズボンばかりはいているからと・・・

いやいや、違い申す、同じような色柄の2〜3本以外のズボンはサイズが小さくなりすぎて入らなかったのでごわす。

義娘も同じように思っていたそうで、お父さんはいつも同じズボンばかりはいている。何でかなぁ? と疑問に思っていたとのこと。

誰も好き好んで同じズボンばかりはいているわけではございませんよ。

早い話が肥満が進みはくにはけなかっただけでごわす。
いつかは元の体重に戻さねければと思いつつも日ごろの暴飲暴食のせいで限界ぎりぎりまでお腹のお脂肪さんが増殖してしまいましてね
情にすがる恋女房のように離れなかったのですわ。

そこで、今回は、ええぃ! お前にはほとほと愛想が尽きたわ、と三下り半の離縁状を突き出した次第です。

お蔭様で、新しい彼女は出来ませんが・・・
今では体脂肪もかなり落ちまして体調もすこぶる良くなりました。

問題は今度の土曜日に開催される品友会での会食ですわ。
お酒はある程度飲むのはデフォですが・・・
いつも食べきれないほどサービスしてもらっている花水木さんの料理を前にして小食を貫けるかが問題でごわす。
折角このまで減量してきたので標準体重になるまであと4kg減必要。
お持ち帰り覚悟で引き続き減量食事を貫くつもりです・・・・

が・・・・



また悪い病気が出て、男じゃい! ガッツリ飲まんか! おう、食わんかぃ! とアホの悪酔い神様が降臨しないよう滝に打たれてから品友会に臨みたいと考えておりやす。


さて、どうなりますやら・・・


では、本日はこの辺で




posted by 秀さん at 01:11| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

もうビールが飲めないかもと思っていたら普通じゃん編

体調向上のため1週間ほど断食生活を過ごしてきた秀さんですが・・・
どうしても食事をしなければならない日がありましてね、一週間ぶりのビールを内心はビクビクしながら飲んでいたのですが・・・

あ〜た、普通にお腹に入って行くではあ〜りませんか! とチャーリー浜もびっくりでごわす。

結局、短時間に4本ほど飲みましてね、固形物は野菜程度にして急用が出来たので退席したのでありますが、つくづく秀さん内臓系は強いと思いましたね。それまでは一週間水だけで固形物は一切口にしていませんでしたが、ビールは別腹でしょうかねぇ、悪酔いすることもなく普通に飲めましたわ。

断食のせいで体重は4kgほど落ちましたが、実際には断食で秀さんのお腹さんと大のお友達のお脂肪さんは中々落とせるものではありません。落ちた体重の半分は身体の水分が抜けただけ、残り半分近くは筋肉さんが痩せただけでしょうよ。
しかし身体は随分と軽くなりました。出来れば今後は少食生活をあと数ヶ月ほど続けてもう4kg程落としたいと考えております。

思えば15年以上前の話ですが東京で勤務していた時、毎朝6時にスポーツジム(それも今は数年に1度行くか行かないかという場所、銀座のスポーツジムでしたわ)に通いプールでひと泳ぎふた泳ぎして出勤しておりまして自宅マンションには通販で購入したトレーニングマシンがありまして週に2~3日ほど筋肉トレーニンをしていたのであります・・・・

今では・・・誰も信じてはくれないでしょうが、 その頃の秀さんの身体には、腹筋さんという今では捜索願も出さず行方不明のままになってしまったお方もおりましたが一体全体、どこへ行ったのやら皆目検討もつきやしません。お〜い! 腹筋く〜ん♪ でありやす。

まぁ、40代前半の頃の話ですので、まだまだええ格好しいの面影が千昌夫のようにあったのでしょうな、ったく! 
昔から誰が見てもチビの秀さんなのに・・・へい

今ではそんな思い出もベトナムビールと共に嵐が丘で去りぬですわ。
今回は高血圧克服のため意を決して断食修行を始めた訳ですがせっかくなのでこのまま少食生活を継続して自分の身体を大切に保護したいと考えております。

断食後、義娘の作ってくれた味噌汁の形容しようがない美味さには驚きましたぞぃ、また野菜ってこんなに甘く美味しいのかと
改めて食べ物の有り難さを認識した次第ですわ。

そう考えると・・・・現代の人間様の食生活は、金やダイヤモンドのようですね!







ん? アホは何言ってんの・・・・・と言われますか





へい、これを宝飾の時代と言います。




いえ、言いません、飽食の時代の間違いでごわす。


こんな臭いダジャレを発している内はまだまだ死にやしませんぞ! キリッ


孫を中心としたベトナムでの和やかな家族生活をいつまで楽しめるか考えながら世のため人のためにはなれやしませんが・・・
悪いことや人を裏切るようなことをせず正直に平々凡々と行きていけたら本望です。



それでは賢者の皆さま、あと1日で週末がやって来ます。
もう1日頑張ってまいりましょう!





















posted by 秀さん at 01:15| ハノイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

久しぶりの断食編

昔はちょくちょく体のデトストックを兼ねて断食をやっていたのですが、長い間横着してやっておりませんでした。
仕事で行った展示会場のイベント?で久しぶりに血圧をはかってもらったら驚くほど悪い数字でしたわ。

ここ最近は肥満も進んで体も重くボテボテと歩く自分の姿に・・・会社の女性スタッフも高齢のよぼよぼ爺様あつかいですもん

こりゃいかんわい と真剣に考えた末に久しぶりの断食生活に入ることをきめましたぞぃ。

とにかく食べないといけない!・・・と宗教のように思っているベトナムの方々にしてみれば驚くべきことでしょうねぇ
昼に会社の食堂で大盛りご飯を目一杯食べていた秀さんが断食を始めたのを見て会社のスタッフも呆れ返っております。

アホの社長が更にアホなことをしている、 この会社大丈夫か?  と心配しているかも知れません。へい

しかしですねぇ、断食は決して体に悪いことではなく四六時中働いている内蔵器官のリフレッシュ休暇のようなもので
健康のためにも良いことですぞ。

過去の経験から言わせて貰えば、一週間程度であれば誰でも何の問題もなく実行出来ます。
まぁ、やり切る意志があるかどうかが問題ですがね。

断食をやると当初2~3日はしんどいのですが、4日目辺りから気分も爽快になり、体も軽くなって、積もり積もった体内の悪性物質も
排除され、逆に免疫力は上がりますよ。

1週間もやれば体重だって3~4kgは落とせます。

とは言っても水分が抜けるだけで脂肪などは思ったほどは落ちませんがね
それでもやらないよりはやったほうが断然良いと秀さんは思っております。


仕事を抱えている方は付き合い会食も多々ありますので会食の場で飲み食いしないなんてことは出来ませんわな。
顧客先に、実は断食しておりまして・・・なんて言い訳を言うのも どうよ ってな感じで中々踏み出せないですね。
そこは何とかご理解頂いたとしても、いい匂いのする料理や食べたいという欲求、冷えたビールの誘惑などを断ち切る覚悟というか決意が必要ですわ。

辛い絶食を継続する意志を持続できるかどうかですね。

経験者の秀さんが思うに、2日目までは辛いですがそれを過ぎると結構何も食べずに水だけでも頑張れるものですよ。

一週間から10日間くらい続けていると誠に香ばしい?臭いのする宿便さんがお出ましになります。

こ奴が出ればしめたものでその後は気分も身体もより爽快になります。

嘘だと思うのでしたら一度固い決意を決めて実践されて見てください。

苦労しただけの結果は出ますので!


大事なことは断食後の食事です。
復食と言いますが、辛い断食が終わった、わ~ぃ わ~ぃと喜んで決してバカ食いをしないこと。
断食期間と同じかそれ以上の時間をかけて油物や肉系を避けて野菜中心の軽く少ない量の食事を心がければリバンドに悩むことなく以前より調子が良くなることはアホな秀さんが言うのも何ですが・・・断言できます。


もし興味のある方がおられましたら是非一度実践して見ることをお勧めてして

本日の断食ブログは終了です。


それでは、皆さん 失礼いたします。













posted by 秀さん at 01:09| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月04日

東京五輪エンブレム問題でカレイドスコープさんの転載記事編

まぁ、なるべくしてなったというか・・・
日本人として恥ずかしい限りですね。

日本人としても情緒も誠実さのかけらもないような連中の金にまみれた姿・・・

同じ日本人として情けなさで一杯ですわ。

金が全ての価値基準になったせいかもしれませんが

見るに忍びない現在日本の劣化をベトナムの人たちにどう説明しようかと・・・

悩む秀さんでごわす。


ま、利権構造がよく分かる転載記事をとくとご覧あれ!

しかし〜 悲しかね〜


電通の槙、高橋と、仕事欲しさに結託した8人の黒い審査員


佐野氏ありきの選考」を行った8人の審査員。公金で進められている審査であることを自覚さえできないデザイン村のゴロツキ・デザイナーたちである。
審査委員会の中心メンバーである永井一正氏が、佐野氏の原案をわざわざ修正してまで彼の案に決めさせたのは、裏側で金が乱れ飛ぶ構造ができていたからであると国民の誰しもが考えている。

佐野氏ではなく、この8人を審査員に起用し、すべて仕切っている電通スポーツ事業局の槙英俊と彼のチームを徹底的に調査しろ。ボロが次々と出て来る。

広告ムラの如何わしい面々

五輪エンブレム盗用疑惑の渦中の人物、佐野研二郎氏・・・ またか。
今度は、秋田県横手市のチラシのデザインを盗用したとか。

20150903-1.jpg

完全に一致。
またまた、100%盗作である。

こうなると単なる著作権法の侵害にとどまらず、詐欺の常習犯ということになる。

ここまで酷いと、刑事扱いの事件として警察が入らないと、この裏で佐野氏を操っている広告代理店の営業マンや「金、金、金」のジイサン、それに加担する談合デザイナー連中の犯罪は暴けない。

東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長、森喜朗は、今回の大会エンブレムの白紙撤回騒動について、「だいぶ、えらい目に遭った」と述べたらしいが、「本当に、えらい目に遭う」のはこれからである。

第一、「えらい目に遭った」のは森喜朗ではなく、新国立競技場の設計案の見直しにかかった40億とも60億とも言われる違約金等々まで血税で尻拭いさせられる国民のほうである。その額は、最終的には100億になると見積もられている。

いったい、この馬鹿のお遊びに、国民は、どれだけの税金を負担すればいいのか。これからも、この男が続投するのであれば、おそらく数十億の新たな違約金が発生するだろう。

挙句の果てに、東京五輪は、安倍晋三や森喜朗の面相が表しているような貧相なローカル規模のイベントになるだろう。最悪、東京五輪は開けなくなる。

ここに、森喜朗の心理が良く出ている。喜朗の表情から、彼が怯えているのが手に取るようにわかるはずだ。

小泉純一郎の郵政民営化解散の時、握りつぶした缶ビールの缶を手に持って、記者の前で芝居を打った森喜朗だが、あのときとは違う。映像の解像度も格段に上がった、どんなに隠しても無駄だ。

目元の一瞬の微妙な筋肉の動きが、「私は、自分の私腹を肥やし、同時に、自民党に多額のリベートを還流させるために、いろいろ画策しています」と訴えているのだ。

大会組織委員会は、すでに佐野氏のエンブレムを使って印刷物などを発注してしまった企業からの賠償を求める訴訟を少しでも抑えようと、説明会を開いたというが、森喜朗の首を差し出さないと、疑惑は解消されない。

喜朗に公人の自覚が少しでもあるのであれば、むしろ、率先して誤解を解くために記者たちに説明をしたがるはずなのだ。しかし、彼は「逃げた」。

自民党の内部では、責任問題化する声が上がっているという。いまのうちに森喜朗の首を切っておかないと、大変なことが発覚するだろう。

エンブレムの審査ができるほどの能力などない8人の黒い審査員たち

エンブレムのコンペは、最初から「佐野氏に決まり」で進められていた。いわゆる「やらせ」である。

東京五輪エンブレムで佐野研二郎氏のデザインを選んだ審査委員8人に取材を申し込んだところ、全員逃亡という前代未聞の珍事。

20150903-2.jpg

広告代理店が手配した審査員8人は、以下のとおり。

・永井一正(グラフィック・デザイナー)
・浅葉克己  (       〃      )
・細谷巖     (       〃       )
・平野敬子 (       〃        )
・長嶋りかこ(      〃        )
・高崎卓馬(クリエーティブ・ディレクター)

・片山正通(インテリア・デザイナー)
・真鍋大度(メディア・アーティスト)

この面子を見て、「おかしい」と思った人は、かなりの事情通に違いない。
ここに今回の国民を欺いたデザイナーと、電通の“慣れあい詐欺”の日常が見えるのである。

まず、6人がデザイナー、もしくはクリエーティブ・ディレクターである。彼らは、主にグラフィックを担当していて、CIや大イベントのシンボリズムの理論など、チンプンカンプンの人間たちである。

エンブレムの審査に必要な資質とは、視覚的な効果を理論づけて説明できる能力である。つまり、感性とロジックの両方を駆使できる能力である。

また、歴史、文化、風土、宗教、そして組織のビジョン、戦略、モチベーションの方向付け、などなどを言語化して第三者に分かりやすいように解説する能力と、かつ、それを具象化する能力なのである。

決して、デザインの能力が必要ということではない。
こうした抽象概念をビジュアライズするために、現場のデザイナーにディレクションができればいいのである。だからデザイナーである必要などないのである。

この8人はグラフィックの分野だから、もともと、そんな高度な能力はないのである。
つまり、最初から、五輪のエンブレムの審査ができるレベルのクリエーターではない、ということ。むしろ、エンブレムの審査員の大半がデザイナーであることは不自然であるばかりではなく、不適切でさえあるのだ。

残りの二人は、インテリア・デザイナーとメディア・アーティストと、またまた如何わしい連中である。

そもそも、インテリア・デザイナーに、もっとも高度なロジックを駆使するエンブレムのデザインなど理解できない。同じ「デザイン分野」であっても、畑が違い過ぎるのである。

当の佐野氏も、主にSP(セールスプロモーション)ツールやポスターなど、グラフィック・デザインが中心であることは、今までネット住民が、たくさんの擬似デザイン広告物を発掘したことからおわかりだろう。

この8人すべての審査員が、そもそも審査できるほどの力量を持ち合わせていないどころか、エンブレムなどのシンボリズムやVI(ビジュアル・アイデンティティー)の開発とは、ほぼ無縁の人々なのである。

つまり・・・だ。
この8人と佐野氏は、デザイン村の談合仲間なのである。日頃から、電通のクリエーティブ部門の連中を中心に、利益を融通し合う仲間たちではないかと勘繰る。

ただ、私が言えるのは、この8人は、間違いなく「口が堅い」ということである。秘密をばらさない、ということである。

広告の仕事を取るために、欠かせない能力がある。「それは、口が堅い」ということである。それも尋常でない口の堅さ。これは才能である。

企業の仕事をする過程で、さまざまな秘密を知りえる立場にあるのが、広告代理店のAE(アカウント・エグゼプティブ)と、実際にクライアント企業や団体に入って作業をするクリエーターたちである。

どこどこの部署の部長の愛人が売れなくなったタレントだ、とか、あのアイドルが、実はどーしちゃったの、という話は日常的に飛び交っているから、こうした人々は口が堅い、ということをアピールすることで、仕事が広告代理店から入ってきやすくなる。

そして、佐野氏のデザイン事務所から、佐野氏に仕事を発注した広告代理店のAEに、キックバックのおすそわけがあったとしても、その秘密の事情について、第三者に決して口外しないという安心感を広告代理店のAEに与える特技も必要なのである。

だから、記者が取材を申し込んだら、全員トンズラしたというのは、まったく分かりやすい反応をする連中だということである。

そして、佐野氏と、この8人の審査員は、全員、クリエーターとしてのプライドの欠片もない情けない人間たちである、ということが言える。

なぜ、そう言い切れるのか、簡単に言うと、こういうことである。

ある事業体が大きなテーマパークを造ろうとしている。
そのロゴマークの制作を依頼されたCI開発者が必要なことは、
「どんな施設をつくるのか」
「中心となるターゲットは家族連れか、カップルか、子供か、大人か、女性か・・・」
「どんなアミューズメントで、どんな楽しませ方をするのか。イベント中心なのか、展示中心なのか、体験型か・・・」

最低限、これだけの要件が与えられないと、どんなロゴを開発したらいいのか、制作者はまったくアイデアさえ浮かばないのだ。
だから、プロ意識を持っているまともなクリエーターであれば、「辞退します」と言うはずである。

それを東京五輪のコンセプトどころか、スローガンさえ決まっていないのに、デザインだけ先行して発注するのは、何か別の魂胆が隠されているのである。

そこには、早めにロゴを公開して、スポンサーから金を集めやすくしようという狙いが隠されている。要するに、「金」が狙いなのである。

もちろん、それ自体、悪いことではないが、東京五輪のコンセプトもないのに、金集めのために、その精神をごちゃごちゃにしてしまうのは罪が重い、と言っているのである。

いったい、五輪大会の精神的支柱がないのに、何を創れ、というのか。

だから、佐野氏も、この審査員の8人も、広告代理店に取り入ることは上手なんだろうが、実力は最低レベルの人間たちである、ということだ。

安藤忠雄が、ザハ氏の(新国立競技場)デザイン案に決めた根拠は何もない

新国立競技場の設計案の審査委員長を務めた安藤忠雄氏も、その真の実力は眉に唾をつけて見ないとならないのである。
第一、東京五輪の理念が決まっていないのに、どうしてオープンな国際コンペができるのだろうか。

東京・お台場のグランド・デザインの際、ゼネコンの入札制で業者を決めたが、このときの仕切りが博報堂だった。
実際は、博報堂の資本が100%入った少数精鋭の企画集団が、業者コンペの手順を企画した。
その企画書を積み上げると、高さ1メートルにもなったのである。

なぜなら、コンペを行うという段階では、すでに予算枠と事業規模、お台場の都市計画のコンセプトとドラフト案が、すでにきっちりと固められていなければならないからである。

徹夜続きの、そうした気の遠くなるような準備段階を経て初めて、コンペティッションに際してのオリエンテーションの詳細をつめることが可能になるのである。

それが、東京五輪では、ほとんど、まともなオリエンテーションがないのに、応募した建築家たちは、よくデザイン設計ができたものだ。
つまり、「コンセプトなき設計案」が世界中から集められたということである。

さらに、五輪のコンセプトという大前提なきコンペで、建築家から上がって来たデザイン設計案を、どうして評価することができるのか、ぜひ安藤忠雄氏に訊いてみたい。

もし、安藤氏が、それを論理的な筋道を立てて説明できないのであれば、彼は建築家として信用できない。それどころか、その背景を調べなければならないのである。

これらすべてに最初から関わってきたのが森喜朗である。

広告代理店は、おそらく正当な手順で進めようとしたはずである。しかし、森喜朗が、ある意図をもって、それをゆがめたことが原因である。

問題は、広告代理店が、「森さんが横柄だから、黙って従おうじゃないか」と、森喜朗には何を説明しても理解できないと踏んで、諦めてしまったことである。

そこから、電通などの仕切り屋が、監督できない森喜朗の死角で、いろいろ画策するようになった、というところだろう。
だから、その仕切り屋が、誰と誰に金をばら撒いたのか、調査しろと言っているのだ。

その過程で、万が一、森喜朗の名前が浮上してきた場合は、即刻、逮捕しろ、ということだ。

佐野氏は、日本ラグビー協会のポスターも受注しており、森喜朗会長とも接点があること、佐野氏の実兄が経産省の商務情報政策局情報経済課長・佐野研一郎氏であることも取沙汰され、「政府からの根回しもあったのではないか」という噂まで流れている。(LITERA)

また、組織委員会クリエイティブ・ディレクターの肩書きをもつ電通の高崎卓馬氏は、サントリーをクライアントとして担当しており、疑惑のトートバッグのデザインを佐野氏に発注した人物だ。(LITERA)

こ こに、限りなく、キックバックの匂いがするのである。つまり、佐野氏のデザイン会社が受注した仕事の対価として振り込まれた金の一部を手数料として、せっ せと電通のディレクターに“奉納”していたのではないか、という新たな疑惑が出てくるのである。これは、れっきとした犯罪である。

まるで、疑惑のレコード大賞事件を暗示させるように気色の悪い出来事だ。
こうした如何わしい出来事(つまり、裏では金が乱れ飛び、“枕話”が乱れ飛ぶ)は、キャンペーンモデルの選考会だけではないのである。

まあ、こういう話は、特に広告の世界では多い。

民間での話なら「勝手にしなさい」で放っておくが、私たちの巨額の税金が投入される国主導の国際イベントでは、国民が監視しないと、すぐにこの手の連中が湧いてくるのだ。

しかし、本当に酷いエンブレムだ。佐野氏のデザイナーとしての才能はゼロである。さらに、電通の薄汚い連中が仕切っているのかと思うと、反吐が出そうになる。

私は、このデザインが日本人の心を映し出していると思う。女性がデザインしたらしい。
結局は、小難しいCIデザインの論理より、「日本人の心」というところに落ち着くんだろうね。



posted by 秀さん at 08:45| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月29日

やっと1周間が終わりました、家庭が一番編

とにかくバタバタした一週間でしたわ。
そしてあっという間に8月も残すところわずかでごわす。
早いですねぇ、

早くないのは孫のマー君の頭の髪の毛の増えた方ですわ。
もう生えるだろうと思いながら日々観察しておりますが、これが中々生えてきません。
髪の毛が薄く本数も少なくおでこが異様に大きく目立ちます。
これは秀さんの親父さん、孫から言えば曾祖父さんのDNAかも知れないですね。
髪の毛は少ないですがお陰様ですくすくと順調に育っておりまして、何にでも興味がありいたずら盛りで義娘からよく叱られているマー君ですが・・・

問題は、秀さんに全く愛想がないことですわ。
家に帰ってただいまマー君と声がけしても、顔ひとつ動かすわけでもなく完璧に無視されております。

こ、こ奴は秀さんを生き物ではなく、置物かなんかのように感じているのかしら・・・

はぁ〜、悲しかばい!

孫が出来てご覧のようにブログの内容もすっかり軟派に変わり、日々の生活行動も仕事終われば真っ直ぐ帰路について家で食事するという恐妻家のサラリーマンのようになり申した。
オカアチャンに先立たれ寂しい老後は鉄板のお約束と思っていたのですが・・・
孫のマー君が出来たお陰で親子4人で同居することになり日々の生活を楽しませて頂いております。

秀さんの抱える問題で、貧乏以外の問題はニュートンの万有引力に逆らわずお腹についたお脂肪さんが
醜く垂れ下がって肥満係数が上昇していることですわ。
ほんと!ヤバイくらい体重が増加しております。

これは料理上手な義娘が原因ですがね。
秀さんもB級グルメではありますが結構料理好きですが、その秀さんの出番が無いほどに日々色々な料理を作ってくれます。愚息は肉系、秀さんは魚・野菜系なので作る料理も別々で手間がかかってしょうがないだろうと思うのですが淡々とこなしております。
育児も大変な時期なのに・・・はぁ、頭が下がります。ありがとうさんでごわす。

やれやれ、こんな家族内々の話をだらだらと書いて、お前さんはアホかいな?

と思われるでしょうが・・・


へい、正真正銘のアホですのでどうかお許しを!


では、本日はこの辺で失礼いたしやす。


皆さま、良い週末を!












posted by 秀さん at 02:28| ハノイ ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

孫とお歌編

爺馬鹿の秀さんです。

孫と一緒に歌っております。
よく出来た歌だと・・・思います。へい





posted by 秀さん at 02:15| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月23日

会食(メインはアルコール)が続いた一週間編

来客やら定例会などで飲食続きの一週間でしたわ。
まぁ、来週も続きますが・・。

もう年齢的に言ってもあまり無理が出来ない秀さんの内蔵パワーなのですが
やはり人と会うのは楽しくてついつい無理して飲んでしまいます。

今では100%誰も信じてくれませんが、秀さん30歳まではアルコールは全く受け付けない体質でした
ビールをコップの半分程飲んだだけで気分が悪くなる体質で蕁麻疹が出たりしておりましたよ。

仕事の関係構築のため仕方なしに無理に無理を重ねて徐々にアルコールに慣れていきました。
人間の体って面白いもんですね、全くダメだったものが何とかなっていくのですから。
当時の日本はまだまだ男同士で酒飲むのも仕事の一環みたいな雰囲気が当然のようにありまして
飲めない奴は付き合いが悪やつみたいに思われていた時代でしたよ。
ですので下戸の方も無理しで少しでも飲めるように訓練?が普通でしたわ。
今の若い方から言わせるとまったく意味のない悪しき習慣かもですね。へい

そうして飲めるようになった秀さんですが
その場が楽しいからとって調子こいて限度を超えて飲むと・・・翌日には豪華なおまけがつきます。
二日酔いという名前のおまけですが・・・

へい、そこでネットで調べてみましたわ。
二日酔いは主に飲みすぎ、すなわち自身のアルコール分解能力(正確には、アセトアルデヒドの代謝能力)を超えた量の酒を飲むことで起きる。アセトアルデヒドの代謝酵素であるアセトアルデヒド脱水素酵素は、人種あるいは個人の遺伝的体質によりその代謝能力に差がある。
モンゴロイドのほぼ半数はアセトアルデヒド脱水素酵素の働きが弱い「低活性型」か、全く働かない「失活型」である、そのためモンゴロイドには酒に弱く二日酔いになりやすいタイプが多く、全く酒を飲めないタイプ(いわゆる「下戸」)も存在する。それに対しコーカソイド・ネグロイドはこの酵素がよく働く「活性型」であり、酒に強く二日酔いにもなりにくい体質の者が多い。

筑波大学の原田勝二による研究は、日本においては九州地方と東北地方に「酒豪遺伝子」が多い(すなわち二日酔いになりにくい「活性型」が多い)という結果を示している。

まぁ、以上ですがやはり九州や東北の人間は酒が強いというのは都市伝説ではなく裏付けがあったのですね。知りませんでしたわ。

いずれにせよ、翌日まで残るようなお酒の飲み方は賢い飲み方とは言えないですね。
酒は呑んでも飲まれるなといいますが、ベトナムの方とも接点が多い仕事をやっている関係で
私はお酒が飲めませんと言い訳ができる環境ではないですね。
特にお役人さん関係の方々と一緒の場合は・・・はぁ、やれやれですね。
(Uさん、お疲れ様でした)

酒がまずくなるのでつまみ程度で酒をバカ飲み
帰宅後皆が寝静まったアパートで

お腹が空いて真夜中過ぎに冷蔵庫内をや探し


そして・・・



夜食をバカ食い・・・



肥満街道まっしぐら・・・




へい、バカは死んでもバカです! ← 秀さん


ご利用は計画的に

飲酒・暴食はほどほどに・・・


では、本日はこの辺で











posted by 秀さん at 09:12| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

胃潰瘍とピロリ菌退治キットのその後編

以前、ピロキットちゃんという胃潰瘍の薬を買って飲んだお話をしましたが・・・

必殺仕事人ピロキットちゃんのお話はここ↓
http://vn-hochiminh.seesaa.net/article/421138391.html


その後の経過をご報告するのを忘れておりました。

で・・・結果はと言うと 

へい これが大正解でございまして
今では胃のシクシクと痛む胃潰瘍さんがご機嫌良くなりまして
すこぶる快調な生活をさせて頂いております。
太っ腹で25万ドンもの大金を惜しみもなく支出した成果がありやした。
インドの製薬会社さん、どうもアリガトウさんです。

秀さんの場合、他には肥満という慢性病と天然の痴呆とアルツハイマー名誉予備会員いう不治の病を抱えててはおりますがそれ以外の問題はありません。

人間、どこかに病気を抱えておりますと気分が良いものでなく不安が増すものでございます。
不安という字は、安らかでないという意味ですが、昨日の記事のように世の中安らかでないことが
よく起こりますねぇ。

しかし毎日毎日何事も無く波風ひとつ立たない湖面のような生活をしていますと、これまた人間様は勝手なもので日々退屈仕切ってうんざりするものでございます。
ですから秀さんのように退屈しのぎに・・・
必死こいて資金繰りに駆けずり回る人間も出てくる訳でございます。んなこたぁないわ!

ベトナムで分譲マンションなどを手広く手がけるビングループの会長の配当金が数百億なんて記事を読むにつけて・・・同じ退屈しのぎなのに、片や金策に悩み、片や有り余るお金の使い方に悩む、
同じ退屈しのぎでも雲泥の差がございますねぇ。へい

何もないときは退屈し、問題があるときは安らぎを望む、人間様はまこと勝手な生き物でございます。

あらら、胃潰瘍の話がいつのまにか脱線してしまいましたね。

賢者の皆さまで胃潰瘍でお悩みの方がございましたら
一度、このピロキットちゃんをお試しになられたらいかがでしょうか?

へい、本日は胃潰瘍の経過報告でした。
この記事が面白かったかどうかは・・・・いかいようにもご判断くだされ!

では、また

posted by 秀さん at 02:28| ハノイ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月07日

金じゃないという強い意志のもとに国産OSトロンは走る編

過去アメリカさんから無理やり消されそうになった国産OSのトロン・・・
ところがどっこいしたたかに影で復活していた。

秀さんが嫌いなハザールマフィアの傀儡であるビル・ゲイツは端からその土台に乗らないとして、
かのアップルのスティーブ・ジョブズさえも超越する日本人として素晴らしい人間性を持ったトロンの生みの親である坂村教授・・・文句なしでごわす!

はなから、金のためじゃない! と言い切る姿に秀さん久々に感動しました。

久しぶりに見た  で感動しました。
出来ればアメリカの手前勝手なところをもっと突っ込んで欲しかったのですが
このプロジェクトX・・・時には良い番組をつくっています。


是非、御覧くださいな!










posted by 秀さん at 06:12| ハノイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

広島と長崎の原爆と田舎の八幡編編

70年前の本日8月6日に広島、9日には長崎に原爆が落とされ多くの方々が亡くなりました。
犠牲者の冥福をお祈りいたします。

8月9日の長崎への原爆投下は、本来は秀さんの故郷である北九州、当時の小倉市に落とす予定だったのですが、前日の8月8日の八幡製鉄(現在の新日鉄住金)を目標にしたものすごい量の爆弾による爆撃(製鉄所の被害はそれ程ではなかったが市内の30%が消失)により空の視界が悪く3度原爆投下を試みたのですが断念して第2投下目標の長崎に変更され大きな被害者を出したという事実があります。

秀さんの実家には今でも8月8日の八幡市爆撃で一面焼け野原になった白黒の写真が何枚もあります。
秀さんの母親は8日のB29の空襲の目撃者でガキん子の頃の秀さんこの話を聞きましたわ。
義理の父親からは5年間のシベリア抑留生活の話などよく聞きました。
8月15日は終戦記念日ですが親父さんの誕生日も同じ8月15日ですので
8月のこの時期になると亡き両親を思い出します。

8月9日の北九州上空の視界不良は前日の爆撃による煙が原因と言われておりましたが・・・
下記の転載記事は、製鉄所による煙幕も原爆投下を諦めさせた一因であったとの内容です。

文中、「煙幕で長崎の人たちに迷惑をかけることになったんじゃないかという気持ちが、ずっとあった」と言う部分に日本人の他人を思いやる気持ちが伝わって来ます。

犠牲者の冥福をお祈りしながら下記転載記事を載せて本日のブログは終了です。



<原爆>投下の日「煙幕」…八幡製鉄所の元従業員が証言

長崎に原爆が投下された1945年8月9日、米軍爆撃機B29の来襲に備え、福岡県八幡市(現北九州市)の八幡製鉄所で「コールタールを燃やして煙幕を張った」と、製鉄所の元従業員が毎日新聞に証言した。米軍は当初、小倉市(同)を原爆投下の第1目標としていたが、視界不良で長崎に変更。視界不良の原因は前日の空襲の煙とされてきたが、専門家は「煙幕も一因になった可能性がある」と指摘する。

◇米軍機「視界不良」の一因か

「煙幕作戦」はこれまで、長崎の被爆者への配慮などから関係者も公言せず、実態がほとんど知られていなかった。だが、戦後69年がたち、当時を知る生存者も減る中、八幡製鉄所(現新日鉄住金)の元従業員ら3人が証言を決断した。

このうち、太平洋戦争末期に製鉄所構内の堂山製缶工場で働いていた大分市在住の宮代暁(さとる)さん(85)が、実際に「煙幕を張った」と証言した。8月9日は工場隣の木造事務所におり、ラジオで「少数機編隊が北上中」と聞き、その後、敵機襲来の警報と同時に上司に命じられ煙幕装置に点火。大量の黒煙が上がったのを確認して地下壕(ごう)に避難した。B29が去って事務所に戻ると「長崎が新型爆弾で攻撃された模様」という放送があったという。

宮代さんによると、従業員たちは、8月6日に広島市が「新型爆弾(原爆)」で壊滅したことを広島経由で八幡に戻った同僚から7日ごろに聞いていた。北九州には八幡製鉄所のほか兵器工場などもあり、「次はこっちだと考えていた」と言う。

工藤洋三・元徳山高専教授が収集した米軍資料によると、原爆を積んだ2機は9日午前9時55分、小倉上空に到達。原爆投下を3回試みたが、目標が「もやと煙」で見えず、第2目標の長崎の攻撃を決定し、10時58分に投下した。

一方、旧防衛庁の「戦史叢書(そうしょ)」によると西部軍管区司令部は7時48分に警戒警報、7時50分に空襲警報を発令。宮代さんが煙幕を張ったのはこの時とみられる。

八幡製鉄所構内の煙幕装置は、宮代さん以外の2人の元従業員らも目撃。取材に「半分に輪切りにしたドラム缶にコールタールを入れたものが並んでいた」などと話した。コールタールは製鉄所で出る副産物で、燃やすと黒煙を上げる。

下関地方気象台(山口県)の記録では9日午前10時は晴れ。関門海峡を隔てた小倉方面は視界がわずかにかすむ「弱い煙霧」だった。北九州市史は、原爆投下を妨げた「もやと煙」について「雲だけではなく、前日(8日朝)の八幡空襲で生じた煙が風向きによって小倉方面を覆った」とするが、根拠は示していない。「空襲後の夕立で翌日まで煙は残っていなかった」との市民の証言もある。

八幡空襲を調査する藤澤秀雄・長崎大名誉教授(80)は「煙幕が空襲の煙や灰、前日の夕立による水蒸気と混ざり、視界を防いだ可能性はある。広島が攻撃された情報を独自に入手した従業員たちが、警戒を強めていたという事実も注目に値する」と話している。

◇69年の苦悩告白

鉄都・八幡で展開された「煙幕作戦」。小倉への原爆投下見送りにどの程度影響したかは明らかでないが、第2目標の長崎では約15万人が被爆直後に死傷した。作戦に携わった人たちは、語ることもできず、心に重荷を抱えて戦後69年間を生きてきた。

「煙幕で長崎の人たちに迷惑をかけることになったんじゃないかという気持ちが、ずっとあった」。装置に火を付けた宮代暁さんは、つらそうな表情で話した。長女の工藤由美子さん(56)は「私たちには幼いころから煙幕について聞かせてくれたが、長崎の犠牲者を考えると公言できなかったのでは」と父の胸中を思いやる。

製鉄所内の発電施設で働いていた福岡県福津市の田坂忠雄さん(92)は、北門付近から構内の線路沿いに並ぶドラム缶の煙幕装置を目撃していた。「日にちは覚えていないが、煙を見た記憶もある」と振り返る。

学徒動員で構内の工場に通っていた北九州市八幡西区の山元勉さん(85)も「ドラム缶が置かれ、(燃やすための)コールタールが入っていた」と存在を記憶していた。「敵機接近を知らせる警報が鳴ると火をつける」と聞かされていたという。

もっとも、煙幕作戦自体は「新型爆弾」投下に備え急きょ立案されたわけではなさそうだ。旧日本軍による製鉄所の防空演習文書には、空襲の際に発煙筒などを使い煙幕を張る計画が記されている。

元従業員らの証言について、長崎原爆被災者協議会の山田拓民(ひろたみ)事務局長(83)は「戦後70年近くになっても原爆を巡る新しい事実が補足明らかになるのは興味深いし、これからも掘り起こしていく必要がある。煙幕で思い悩まないでほしい。許せないのは、投下地点がどこであれ、あんな爆弾を大勢の市民がいるところを狙って落とそうとしたことだ」と語った。

以上転載終了

蛇足:

長崎原爆に関して、小倉の勝山公園に慰霊碑があります。

福岡県北九州市小倉北区 平和祈念碑

碑文

この地に旧陸軍造兵廠があった これを爆撃するため 原爆を積んだ爆撃機が飛来したが 雲のため目標を
見いだせず 一転して長崎に原爆を投下した その事実をかえりみ 北九州市民はいたましい被爆の霊をなぐさめ 平和への切実な願いをこめてこの碑を建立する
昭和四十八年八月九日

posted by 秀さん at 05:20| ハノイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月04日

8月の品友会は8月11日(火曜日)開催です編

はい、秀さんの勝手な都合により8月の品友会は11日(火)に変更です。
土曜日で予定を組んでいた方には申し訳ないです。

そう言えばもうそろそろお盆ですね。
ついこの前テトが終わったと思っていたらいつの間にやら8月ですわ。
昔は盆暮れには田舎に帰省していたのですがね・・・
しかし今、故郷の北九州市に戻っても秀さんの自宅周辺の八幡東区はすっかり
爺婆タウンとなっておりまして野猿に年寄りの連れた飼い犬が
襲われるなんてアンビリーバブルな記事が出るくらい若者がいない街になっております。
昔は子供たちで溢れかえっていた商店街もシャッター通りとなってしまいました。

さて、脱線から品友会に話を戻してっと

下記の予定で開催しますのでどうぞ宜しくお願いいたします。

第73回夏の品友会開催のご案内

日時 2015年8月11日(火) 午後7時〜

場所 和食 花水木 15A5Le Tan Ton Dist.1(スカイガーデンの前、東京BBQの隣り)

予算 35万ドン前後を予定

8月10日(月)午前中までにご参加の可否をブログ下にあるコメント欄にお書き下さるようお願いいたします。

初参加の方も大歓迎です。

宜しくお願い致します。


posted by 秀さん at 22:54| ハノイ ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月03日

日本では肥満児、ベトナムでは普通または少し痩せている編

孫を見た会社の事務員さんたちが言うには、少し痩せてない?

はぁ? と首をかしげる秀さん

いや、普通の体重だと思うよ・・・というが少し痩せているとのたまうのでありやす。

どうやらベトナムでは肥満児が普通の体重の幼児に見えるらしい。
誰がみても日本では肥満児の範疇にはいる子供がベトナムでは健康的だと言う。
特に幼児は痩せているのが親の罪みたいな考え方には驚いてしまいますわ。

秀さんの家でも義娘のVちゃんがマー君に無理にご飯を食べさせるのを秀さんが何度か叱ったことがあるのですが
ベトナム人の潜在意識に飢餓のトラウマでもあるのでしょうかねぇ?
長い戦争で食べ物が十分でなかった時の反動なのでしょうか?
ベトナム人の子供に対するご飯の食べさせ方には驚いてしまいます。

秀さんが初めて来越した15年前には外にまで追いかけてお茶碗とスプーンを持って子供にご飯を食べさせようとする光景をあちこちで見たものですが、15年たっても根本は変わらないというか、どう考えてもおかしい食風習?ですわ。

街で見かけるベトナムの子供たちに中には、めちゃ痩せて細い子もいますがそれ以上に肥満の子が多い。
10人の子供がいたとすれば6割は肥満、3割は普通、1割が痩せた子といった感じでしょうか
大人になっても痩せた男性よりは少し小太りくらいが良いと言うベトナム人の訳ワカメな美的意識は、世界的には少食化が進んでいる風潮に真っ向から反対する考え方ですね。

日本人から見れば秀さんは肥満、もしくは、やや肥満

でもベトナムでは普通と言われる現実に喜んでよいのか戸惑いますわ。 はぁ〜

飢饉が続くアフリカの国々とは違いベトナムは食料豊かな国ですので
幼児に対する肥満信仰はそろそろやめるべきではないかと・・・

瘤取り、いや間違い、お腹についた大きな脂肪の瘤は取ってもらいたい

小太り爺さんがほざいております。



では、本日はこの辺で

posted by 秀さん at 01:21| ハノイ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月29日

朝仕事に行く終業後直帰の毎日編

品友会や福岡県人会、九州健児会などの会食予定がない日は夜な夜なレタントン界隈をうろつくことなく
聖人君子のような毎日を過ごしている秀さんでごわす。

思えば、30代40代の頃は、仕事も死ぬほどしましたが・・・
深夜に終わることも多かった仕事の後は遊びパワー全開でムチャ飲み、馬鹿遊び全開で
使用方法を間違えた気力体力ですがパワー全身にみなぎっておりましたよ。
要は、疲れ知らずに無茶が出来たのですがね・・・

50代を過ぎ

60の大台に乗りますと・・・

へい、真面目なもんですわ

外食もせず、誘われたとき以外には脂粉漂うお姉ちゃんの店に行くことなく
仕事が終われば速攻で直帰、家で義嫁のつくる夕食を家族と頂き
孫のマー君や猫のチーのご機嫌を取りながら
一日あったことなどについて何気ない会話をし
その後は自分の部屋にもどりメールなどをチェックした後は
シャワー浴びて、しばし、まどろんだ後はベッドに・・・
最近はその繰り返しでごわす

何の変化もない 平々凡々な毎日が あ〜退屈なぁ と感じていた若い頃とは違い
今は、そんな平凡な日々を本当に有難いことだと思う自分に驚いてしまいます

問題は年寄りゆえ・・・

真夜中に目が覚めることですわ

睡眠もパワーがいるので年寄りは早く目が覚めるのでしょうな



で・・・・


することもなく こんなアホブログを書き出すはめに・・・

こんなんでよいのでしょうか?


ふむ〜・・・・・




まぁ、秀さん亡き後には、このアホブログを製本して

秀さん家先祖代々の家宝にいたせ!

と・・・孫のマー君に遺言で残そうと思っている貴重な?あほブログですので

よかバイ! 


といきなり福岡弁


若い時もアホでしたが年取ってもアホな秀さんですが


このアホブログもぼちぼちと続けて参ります  へい


では、本日はこの変、じゃない、変なのはお前じゃ!


この辺で失礼いたしやす



明日も良い1日をお迎えくださいな 賢者の皆さま!

posted by 秀さん at 05:56| ハノイ ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月23日

なるほと思える理論展開の大愚さん編

久しぶりの天災です、じゃない天災はお前じゃわい! 転載記事です。

この方の独特な思考法が好きな秀さんですわ。
まぁ、それで良く大愚さんの転載記事を載せるのですがね。

突き放しで俯瞰するその姿勢は秀さんには真似の出来ないかたち。
老人の仲間入りした秀さん、白髪も増えてきたことですので
少し引き気味に世の中の出来事を考えましょうかねぇ・・・

それが出来ないのが貧乏人の辛いところですわ。はぁ〜



と言うことで転載です。





個人の自立とは個人の孤立のこと  

なんのための孤立かというと、人々を自由市場で売り買いできるようにすること。

この孤立と福祉は対になっていて、伝統社会が負っていた扶養の責務を。。

福祉の費用を大衆に付け回すのが福祉社会理念。

で、つけ回したぶんまで欲しくなったので、福祉社会を破壊しようとしている。

新たな身分制度に変えようとしているわけだ

王権を破壊するための人権思想は自らが王になったら不要になるので、破壊する。

これが今アメリカの偽ユダヤのしていることで

乞食のような境遇から這い上がった秀吉が「わしのようなのが2度と出てこないように身分制度を作る」といったのとまったく同じ。

ものすごく単純な動機で世界政治が動いている。

こういう根本的なことを見ないと全部操作される、というか操作されて口裏合わせるのが文化人とやらの仕事なんで


核心は決して言いません。

隠すのが役割で、カネもらっているんですから。

安保法制も何が問題かというと軍の指揮権が日本にないからです。

占領下で軍備をすればいいように使いまわされるわけで、死に役を押し付けられるのは明白なんで

反対なんです。もちろん一部はターゲットにされようとしている中国の煽動も入っているでしょう。

朝鮮半島と日本が中国と米国の草刈り場、人と爆弾の捨て場所に再びされようとしているわけです。

第一次朝鮮戦争やベトナム戦争はうまく逃げましたが、中東ではブッシュに自衛隊が使いまわされて、数十人が自殺という名前の戦死をしたようです。

ここにきて急に状況が変わって、世界のユダヤ覇権が怪しくなり始めた

アメリカの極東戦争の重要なパートナ〜である江沢民らの上海閥が壊滅したので、

ネオコンは戦略の書き直しが必要なんですが

周回遅れの脳みそをしてる日本政府は中国に谷内が呼び出されて、怒られているの図。

株価を維持したければ、戦争のまねごとするな、いうこと聞けということです。

人工つり上げで崩壊の瀬戸際にあるNYも東京も同じことになっているので

上海閥から奪った財産だから投げ売りして米国を破壊してやることもできるので

ウクライナと東アジアから兵を引けこの野郎、米国債暴落させてやる、といったのでしょうかね。

上海の中国株は崩壊しても、北京政府にはさして影響ないのです。損するのは上海閥とその取り巻きだから

習近平は内戦に勝ったから、この財産を投げ売りしてNYを破壊することもできる。(使用可能な世界破壊兵器を手に入れた)

ここ1年ぐらいでウクライナ(ヤニチェク)や日本のネオコン(安倍)が始末されればそうだったとわかるでしょう。

米国は中国に金玉握られ、日本はアメリカに金玉握られている。

中国の金玉である江沢民をアメリカが握っていたのだが、権力闘争に敗れて、金玉グリップが外れてしまったので

相互の金玉握りあいがヤルタ体制なんですがいま、金玉握られていない習近平とプーチンというのが出てきて

ヤルタ体制は7月8日に崩壊したのでしょう。ギリシャを救ったのは習近平(りこくきょう)で上海から奪った金を突っ込んだのでしょう。これでEUも逆らえなくなった。

このカネを一挙にひきあげるとEUが連鎖倒産する。中国がEUの金玉握って、ユーラシアの軍事部門はプーチンが引き受ける。

世界政治は違った位相に移行したと、大愚は解析する。

9月と予想されていた金融政変劇は7月だったというわけ。

(米の戦略中心が機能低下しているのはDRFが死んだのからなのではないか?)

シオニストとネオコンが始末され、徐々に平和な世界に移行してほしいものだが、さてどうなりますか


posted by 秀さん at 04:35| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

メガネを失くした編

家に帰ってパソコンを見るのにメガネケースからメガネを出そうと蓋を開いたら
メガネがないではあ〜りませんか! 


とチャーリー浜風に・・・
と言っても分からない人は早くご就寝下さいね! ・ 。・


きっとどこか外出時にかけて置き忘れたのでしょうね


ったく・・・ボケ老人そのままでごわす。情けないったらありゃしません


秀さんの場合、老眼に強い乱視が入っておりまして遠くのものはなんとかなるのですが
近くのものが歪んで見えにくいのでパソコン作業する時にメガネは必須な物でごわす

こんな金欠でお金もない時に限って

このようなポカをやらかしてしまいます。やれやれですわ。


そこで


今日、孫のパスポートの申請に行くという義娘に同行してもらってメガネ屋さんへ行こうとお願いした
ところ・・・・


いつもは優しい義娘が



お父さん、私メガネ屋さんには行かないと・・・




何度お願いしても イヤ、嫌、否 と


メチャ、抵抗されましてね・・・・



何度お願いしても ダメ!絶対に行かない   と・・・・言い張ります




こ、これは一体、どうしたことなのでしょう・・・・





お察しの良い方はもうお分かりでしょう?

はぁ? まだお分かりでない?





メガネだけに義娘も・・・・・




眼鏡に抵抗した、いや間違い、頑強に抵抗ですわ・・・・


す、スマソ・・・(^_^;)



こんなアホなことを考えるからお前は諸悪の元凶(げんきょう)だと言われるのかもね?


どうかお赦しを   へい

で、義娘に連れて行ってもらいメガネを身長165cmじゃない、新調するする羽目に

日本製のレンズでしたので1万円が飛んで行ってしまいましたわ


悲しい〜 とき〜


悲しい〜 とき〜



家に帰ったら晩ごはんはカレーでしたので


嬉し〜い とき〜


と気分も変わりましたわ



だって秀さん・・・・・・カレーには


目が(ね)がないんです!


っと言うことで明日の品友会、楽しくやりましょう!













posted by 秀さん at 02:18| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月05日

甥っ子のT君も帰国の途へ編

短い滞在でしたが久しぶりに甥っ子の元気そうな顔を見れて幸せでしたわ。
同じ会計事務所の30名のメンバーと一緒の社員旅行でしたのでゆっくりとした滞在ではなく、またホーチミンも2度めですのでどこ行くわけでもなく家族で食事して一晩は飲みに連れて行った程度です。

しかし若い人は元気があって良いですねぇ
爺の秀さんは少しバテ気味ですわ。

で、親族一のイケメンと評判のT君の写真ですが
お約束のとおり貼り付けいたしやす。

1部くたびれた顔の爺と髪の毛が少し薄い赤ん坊が写っておりますがご勘弁下さいまし〜

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秀さん、兄弟は5人ですのでまだまだ甥や姪はおります。
これからはこういった若い人たちが多々問題を抱えている国ではありますが
日本を背負って頑張って行ってもらいたいものですね。

日本人として生まれ育ててもらった御恩は自分の国にお返ししなければ。。。と
思うだけで何出来ないベトナム在住の爺がほざいております。

本日はこの辺で

T君、皆さんに宜しくと・・・と伝えておいて下さいな!




posted by 秀さん at 03:20| ハノイ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

ハンサム度は秀さん家ファミリーでナンバーワン編

本日から会社の社員旅行で甥っ子T君が静岡から来越でごわす。
今日は会社のメンバーと統一会堂、じゃない、統一行動日とのことで明日、ホテル日航まで迎えに行って愚息の結婚式以来久々の再会ですわ。

このT君、親戚筋の誰もが認めるデップちゃい、ハンサム、日本語ではめちゃ男前なのでありやす。
秀さんのホラでないことを証明するための証拠写真は後日掲載予定・・・です。

秀さんと違い背も高く年も若い、まして誰もが認めるハンサム度となれば世の女性から引く手アマタの工業団地だろうと・・・思うのですがなぜか未だに独身ですわ。

昔むかし、秀さんと一緒に飲み出かけた時がありましてね・・・
普通、男が女の子の電話番号をゲットしようとあれこれ画策するのですが・・・
T君の場合は逆で・・・女の子が電話番号教えて〜よとアタックするのを・・・

生暖かい目で横から見ていた秀さんでごわす。

黙っていてもモテる奴はモテる、秀さんのようにイケメンでもなく加齢臭漂うジジイは一生懸命努力してもモテないやつはモテない
という世の中の厳しい現実を実感させられたひとときでありやした。ほい

せっかくの再会なので
この際、甥っ子、姪っ子連中に連絡して秀さん家一族の いとこスカイプ会 でもしようかと勝手に考えておりやす。

しかし、ホーチミンって案内するほどのところがあまりない・・・
どこに連れて行こうか思案する秀さんでごわす。

ま、秀さんファミリーと一緒に食事するだけでも良いですね。
Tくんも自分の従兄弟違いのマー君と初対面ですわ。
いつかはT君も結婚して子供が出来ればマー君にも はとこ ができるのでしょう。

秀さん家のいとこ同士では愚息が一番早く子供が出来たのですわ。
今の若い人の晩婚化のせいかもしれませんねぇ。

少子化が進む日本の将来のためにも
世の若い人たちよ はやく結婚して子供作りなさい! とアホがほざいております。

へい、本日はこの辺で・・・

posted by 秀さん at 08:34| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月30日

1年も半分終わりましたですねぇ編

何度も同じことを言うお前はくどい! と言われそうですが、ほんと、月日の経つのが早いです。
現代では時間の流れが秀さんがガキん子だった頃と違いとても早く流れる感じがします。

1家に1台車や電話があるような時代ではなく、車を所有している家は少なく、車のある家は100%お金持ちの家で間違いないと断言できるような時代でした。
テレビは色黒、携帯電話やスマホなんてものは夢物語りみたいに感じで、生きている間に実現するなんて思っても見ませんでしたわ。

技術革新の凄ましさというか電子化、IT化、ネットワーク化のスピードには驚きますねぇ。
一人1部屋の個室を与えられ、部屋にはパソコンにネット環境は光通信が当たり前、クリックひとつで様々な物が個人まで届くなんて誰が想像したでしょうか・・・?
ましてスマホの出現により上流から流す一方的なメディア情報とは違い双方向デジタル通信が当たり前で想像できない程の莫大な情報がネット空間にばらまかれております。

こんな時代・・・百科事典なんて買う人いないじゃないでしょうかねぇ?

そりゃ、産業構造も激変しますわ。はい

現在の小学生とはちがい学校終われば、玄関先にランドセルぶん投げてガキん子連中と日が暮れるまで遊んでいた秀さんです。とにかく人と交わること以外にコミュケーション手段がなかった時代ですわ。
今は部屋にいるだけで一人で十分時間を潰せる機器やツールがそろっていますもんねぇ。

クラスで好きな子がいれば・・・直接会うか手紙を書くか友人を介して伝言してもらうか・・・
と言った時代です。
今はガキん子も、実は俺、あの子が好きやねん なんて友人にでもうかつに口を滑らせればツイッターやメールで立ちどころに情報が伝搬される時代ですのでガキん子も子供なりに情報コントロールを心がけなければいけない時代になっております。

果たして、それが良いのかどうかは分かりませんが・・ね。

情報量が絶対的に少ない時代でしたので、自分の体と足を使って外に出なければどうにもならない時代でしたわ。

そう考えれば、今は便利な時代ですね。

人に会うにもスカイプやラインがあるわけでもないので体と時間をかけて会いに行かねければなりませんでした。

わざわざご足労頂き・・という言葉が実感できた時代です。

だからこそ、人に会う喜びも今の時代よりは大きかった気がします。

年賀状もメール配信に変わりつつあります。

便利といえば便利なのですが、何か寂しいと感じてしまう自分に 年寄りという烙印を自ら押してしまいそうになります。

過去への郷愁でしょうかねぇ?


便利なツールが蔓延することにより時間の流れが早くなる、ということは裏返せば人々にゆとりをなくさせ
効率化という掛け声の元に人間性を失った人々を創っているのではないでしょうかねぇ?


と・・・いつものように爺の独り言を書いて本日は終了っと!

明日も、お天道さまは昇ります、1日という貴重な時間を有意義に使いたいものですね。

では、この辺で

posted by 秀さん at 04:07| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月28日

我々は行為によって存在すると・・・編

今、読んでいる哲学(宗教?)の本に書いてあった言葉ですが、よく意味が分からない方も多いでしょうねぇ。

秀さんも分かりません、・・・何じゃそりゃですね。スマソ

しかしこのことは1970年代に量子物理学者によって予測されていたことであるようです。
その予測されていた説とは、

ジョン・ホイーラーという物理学者が提唱したものです。


この世は、人間に観測(認識)されるまで存在しない

というものです。


それが実験によって証明されたという記事が載っておりました。
今回の実験の名称は、すでに 1978年に理論付けされていまして、「ホイーラーの遅延選択実験」というもので
これに成功したとのことです

科学誌ネイチャーのオンライン版です。
下記のとおりです。

Wheelers-delayed-choice-gedanken-experiment.gif


結論は、「そのあたりにあるすべても宇宙も何もかもが、人間が認識してはじめて存在する」ということが証明された実験ということになります。

ふむ〜、物理学と今読んでいる宗教本?に書かれていることが一致したのであります。

そこで暇に任せてネットでググったら下記のような記事が目に入りました。




量子物理学は死後の世界があることを証明することができると語る科学

ロバート・ランザ教授は、人間にはその死の縁を越えたところに何かがあることを確信している。教授は科学でそれを証明できると言う。


たとえば、「死後には来世の世界がある」という選択と、「死後にはまったく何もない」という選択があるとすれば、どちらを選ぶだろうか。私(記者)なら前者の来世のあるほうを選ぶような気がする。

しかし、この問題は私たちにちょっと異常な感覚ともいえる希望を与えている問題でもある。特にアメリカでは死後の世界に関しての話題はそのように捕らえられる。死後の世界をめぐる議論は、信条、あるいは信仰だけの問題とされる傾向があるのだ。

しかし、アメリカのひとりの科学者が、そのこと、すなわち「向こうの世界」について、確固たる証拠があるかもしれないことを示唆した。

バイオセントリズム( biocentrism )の支持者である米国ウェイクフォレスト大学再生医療研究所のロバート・ランザ教授( Robert Lanza )は、私たちが宇宙に対して持つ考え方を180度転換させる。

ランザ教授は、宇宙が生命を作り出したとは考えない。

教授は、宇宙は私たち人間が産みだした意識の産物だと言うのだ。

英国のインディペンデント紙が、私がランザ教授のウェブサイトの主張に向けている意識についての理解をさらに推し進めてくれた。教授の試みは、私たちに見えている生命や人生の方向、あるいは「そのすべて」を再プログラムすることだ。

例えば、「死」という現象を取り上げてみる。

これは「リアルな感覚の中に存在することはできるものではないのです」と教授は言う。死は、それを見たり考える時に恐ろしさを感じるものであるので、教授の「リアルではない」という言葉には救いがある。

しかし、いくら何でもこの話は複雑怪奇に聞こえないだろうか。

これに対して、レンザ教授はこう答える。

「人生というのは、一般的な直線としての考え方を遙かに超えた冒険です。私たちが死ぬ時、私たちはランダムなビリヤードボールの列( billiard-ball-matrix )の中にいるのではなく、避けることのできない人生の母体( inescapable-life-matrix )の中にいるのです」。

死は単に私たちが考えて見ているものに過ぎない。

しかし、実際のところ、死はすべてに思える。

ランザ教授の視点と考えは、

「空間と時間を物理的なものとして処理することによって、科学は世界を理解するための完全に間違った出発点を拾い上げてしまいました」

というものだ。

教授の学問の出発点は生物学だ。しかし、教授は量子力学で思考することを加え、量子力学を用いて現実主義の懐疑派の人たちに意見を渡す。

教授は「二重スリット実験( double-slit experiment )」を取り上げる。この実験では、粒子はそれがそのものとして認識されているただ一つの要素ではないことを示す。その代わりに、それらは同時に2つの別々の実体として機能することができるという結果を示すのだ。



要するに、これらの一連の話は、冗談好きな誰かが「私たちはみんなパラレルワールドに住んでいるのかもしれないよ」と言ったりすることがあるが、それは真実だということなのかもしれない。

私(記者)自身は、この世界についての解釈について、多くの一般的な科学者たちとは違うような考え方を好む傾向がある。たとえば、デジャヴ(既視感)などは、ランザ教授の言っていることとも関係するのではないだろうか。

少なくとも、教授は私たち人間という存在について、これまでと違った方法での考え方を得ようと試みている。

いずれにしても、私たちがこの宇宙で起きている真実を知られるとしたら、この世の中は非常に興味深いものとなるかもしれない。


ま、以上ですが・・・・


過去の偉大な宗教家が述べていたことが物理的な実験によって証明されたということでしょうかねぇ・・・


キリスト教では、まず言葉ありき というフレーズが有名ですが
人間が言葉を発するという行為からすべてが始まる・・・

我思う故に我あり のカントのいう意味も、人間が思うという行為によって世の中のもの(人間の存在も含む)は定義されるという風に捉えるべきかも知れませんねぇ。

しかし、認識することによって初めて宇宙を含めた全てのものが存在するとなるとですね、
世界には70億とも言われる人間が住んでいるわけですので、その人達の認識と自分とは決して同じではありませんが・・・という素朴な疑問が湧いてくるのであります。

その解を求めるなら、自分も他の世界の人もひとつのものから出来ているこいうことでしょうか?

まぁ、よく分かりませんが・・・


だから・・・人類みな兄弟と、競艇を牛耳っているお方が言っておられたことも正しいのかもね!

極論を言わせて貰えれば・・・他人を憎むことはすなわち自分を憎むと同じ、
そう考えると、人に対する認識も変わりますねぇ

全ては自分の思い次第・・・・良い思いを持つことを心がけましょうかね!


行為が存在を証明する・・・・奥が深い言葉として今後もアホな頭を絞って考察して行きたいと思っております。

日曜日の朝から、お前は何しとるんかい! と言われても返す言葉ないのですが
そろそろ朝食ですので、食べるという行為によって秀さんが存在している・・・・と言っておきます。


だって食べなければ、仙人以外は存在できませんもの!


カントではありませんが秀さん流に・・・・


我食べる、故に我あり・・・・も物理学上でも宗教上でも、栄養学的に真実ですね。へい


では、ご飯食べてきます です。← 義娘風の言い方です。






posted by 秀さん at 10:46| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月27日

ピザを作るためにクッキング学校まで出かけた編

義娘のVちゃんにせっかくオーブン買ったので今度ピザをつくろうか? と声をかけましてね。

そこで、パンなどを膨らます時に使うドライイーストを探して欲しいと依頼したのですわ。

お父さん、ベトナムではこれを使いますと・・・
妹が持っていたので2袋ほど貰って来ましたと。

見ると・・・色が白い、粉みたいなやつで秀さんが覚えているドライイーストとは違う。
Vちゃん、これでパンを膨らますの? と聞くと

はい! ベトナムではこれで〜す、妹もそうだと言っていましたと自信をもって言うではありませんか

ふ〜ん、ベトナム独自のものかと思い・・・
じゃあこれでピザつくってみましょうかということになり
準備をしましてね、確かにピザ生地は少し膨らみましたわ。
焼き上がりを楽しみにしていたのですが・・・

出来上がったものはピザと言うよりは固い小麦の塊みたいなクラストでまずい!

小分けした袋だけもらったので分からなかったのですが・・・
よく調べてみるとベーキングパウダー、早い話が重曹ですわ。

こんな間違いを平気でやる秀さんのアルツハイマーも重曹ではなく、重症です。

Vちゃん、これはドライイーストとは違いますよと言うがイーストそのものを知らないので
話が噛み合いません。

コープマートなどのスーパーでは売っていないことは秀さんも確認済みでごわす。
ベトナム人は自宅でパンを焼いたりケーキを作ったりする女性はほとんどいないのかもね?
だって、いたる所にパン屋ありケーキ屋あり、バンミー屋ありで、また値段も安いので。

そこでVちゃんにインターネットで調べてもらいやした。


お父さん、あったです・・・と




どこに?

遠いです。

3区のレーバンシー通りから少し横に入った道の通りの店にあります


と言うので、そんじゃ、次の休みの日にそこまで一緒に出かけようかとなりまして
当日、ネットで調べた住所を運転手さんに渡しやっとのことでたどり着きましたよ。

するとその店は斜めに傾いておりまして・・・





これが、ベトナムのピザの斜塔・・・・と言うのはいつものアホダジャレです。スマソ

店ではなく5階建てのビルでしたわ。
欧米人がオーナーのクッキングスクールと言うか、ケーキつくりなどを教えている
学校みたなところの2〜3階フロアがケーキ材料などを売っている店舗になっておりました。

でもって、店の人にドライイーストありますか?

とイーストだけ英語で話して聞くが、はぁ? みたいな感じで訳ワカメ状態・・・
態度もぞんざいでやる気なしのおばさんでしたわ


そこでVちゃんに日本語で、

このひとは決してイーストじゃなくて悪い人かも? なんて臭いダジャレかまして微笑ましい親子の会話・・・

最後は、Vちゃんにパン作る時に膨らますつぶつぶの粉はどれですか? 聞いてもらい
やっとのことでドライイーストを買うことが出来ました。

あいにく業務用の超でかいやつしかない

逡巡したのですが値段も決して高いものではないので結局買ってしまやした。

多分、家庭用としては200年分位の量ありそうですわ。

ドライしましょう?この大量のイースト・・とこれまた失礼いたしやした。へい

さっそく家に持って帰ってピザ作り・・・

で、その結果はいかに?

うむ〜、まずくはないのですが味は今ひとつ・・・発酵関係は難しいです


その後、日を変えて2回ほどトライいたしまして

3回めにしてやっとこさ満足するピザが出来ました。
親子で楽しくいただきましたよ。

しかし、ええ年こいた爺さんが何やってんのでしょうかねぇ
と思わないことはないのですが・・・



ま、親子の仲が良い証拠と思って楽しんでおりやす。

本日は、この辺で おしまいです。

posted by 秀さん at 04:08| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月24日

農業監視員のお仕事編

義娘がマンションのベランダに発泡スチロール箱のなかに土を入れて何らかの野菜?を栽培しているのであります。その監視員として孫のマー君が任命されました。ベトナム風に上半身は裸です。


農業監視員.jpg



まぁ、いつもの孫バカ話で恐縮です。

もう未熟児の面影はありませんですくすくと育っております。
問題は頭の毛が少し薄いというか量が少ないことくらいでしょうが生きていく上で髪の毛が多い少ないなんてことは全く問題無いですわ。

しかし、ここまで孫バカになるとは自分でも想像だに出来ませんでしたよ。
知り合いから、秀さんのブログ、最近は孫の話ばかりですねぇ と言われております。
まだ、話は出来ませんが現在は日本語とベトナム語が日々行き交う環境なのでマー君の頭のなかも混乱気味ではないかと想像しております。

しかし近い将来言葉の問題が出てきます。
早い話が日本語をメインとするのかベトナム語をメインとするのか悩む所です。
愚息は100%日本語をと考えているようですが、秀さんとしてはどちらの言葉でも良いのではないかとイージーに考えておりますが、まずは日本の幼稚園に通わせて状況を見ながら判断すれば良いと思っております。

義娘の日本語も今ではずいぶんと上達して家の中での日常会話は日本語です。
しかし、意識していないと自然にベトナム語になるので孫の頭も混乱しているのではないかと・・・
爺が勝手に想像しているのですが、実際のところどうなんでしょうかねぇ?

しつけ的には100%日本流で他人様に迷惑をかけないような人間になるようにしていきたいと思っておりますが、まぁ、最終的には愚息夫婦が判断することですので爺があれこれ言う権利はないでわな。

へい、本日はこの辺で失礼いたしやす。




posted by 秀さん at 23:00| ハノイ ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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