2016年09月04日

連休前の大渋滞は良きことかな編

連休前の26日の夕刻、帰宅の途についていたのですがいつもなら市内中心部より秀さんのアパートまでは20〜25分で着くところがですね、何と1時間30分もかかってしまいやした。
車中、携帯電話で調べものをしていたので気づかなかったのですが、ふと外の景色を見たら車道は渋滞で10メートル進むのに何分もかかっている様子にびっくりポンでごわした。
はぁ、直ぐにこれは帰省の渋滞なのだと気づいたのです。

テト以外にもベトナム人は少し長い休みがあると田舎に帰省します。
田舎に帰っても親兄妹や親戚に久しぶりに会うぐらいで家でゴロゴロするだけで
何もありゃしないのですがね。

でもね、秀さん、このベトナム人の故郷思いというか親族の結束の強さが好きです。
ベトナムという国の基本ベースは農業国です。工業化に国は力を入れてはおりますが外資頼みのところが大きく、都会で働く若い人の多くは地方から出て来た者たちであり、田舎に帰れば両親は農業をしていると言う者が多いということは、過去千人以上のベトナム人を面接して来た仕事の経験上から秀さんは知っております。

まぁ、昔の日本も同じで都会と違い田舎には農業以外大した産業も会社もない所が多い。
都会で暮らしていても幼い頃から染み付いたこころの原風景は田舎なのでしょう。
農作業は地域の者達と共同にやらなければ成り立たないことも多い。いわゆる村落共同体作業です。
都会と違い隣近所みな知り合いばかりですわ。貧富の差も都会に比べれば大したこともなく、仮にあったとしても目くそ鼻くそのレベルですわ。総じて言えば皆、貧乏というところが多い。
一部の地域を除いては農業では裕福な生活ができない。そこで若い者はみな都会を目指して大移動ということにここ20年くらいなっております。
農業は生産地価格が日本に比べると驚くほど安く、自分で消費者に直接販売する何てことは皆無ですわ。
狭い耕地面積で農業をしたところでコメ野菜その他の農産物の市場価格も安く儲からないというか貧乏当たり前! といった感じですがな。
また日本でいう農協に代わって資本力のある中間流通業者のマージンが大きく生産者価格は安いので儲からない=貧乏当たり前の公式でごわす。
その親の姿をみて育った若い人たちは農業なんてやりたがらない。そこで都会に働きに出る。
昔は日本でも当たり前のようにあった事柄です。

千昌夫や細川たかしの歌の世界ではないですが・・・だれにでも望郷の思いはあります。
その現れとしての大渋滞ですもん、帰宅に1時間半かかろうが2時間かかろうが 良か ヨカ 田舎に帰って両親に元気な顔を見せて親孝行してあげなされ! と寛容な気持ちになる秀さんでごわす。

だって、秀さんのもう両親はとっくの昔に他界しており 親孝行したくても親はなく 昔、可愛がってもらった記憶だけが秀さんを慰めてくれるだけです。
若い頃に、今の悟り?=人間は誰でも必ず死ぬ生き物なのだ! という事がわかっておれば
もう少し両親に色々なことが出来たのではないかと・・・
今この歳になって悔やまなくてもすんだのかも知れないです。

最後にここで秀さんの駄詩をベトナム人に捧げましょう・・・


思いとは裏腹に進まぬ帰省バス

硬いシートに荷を積み積み走る単車の群

思い急かすな故郷に待つ親兄妹

都会の疲れ忘れる母の田舎飯、友と飲む米焼酎

沢山の故郷の思い出を胸にまた帰っておいで






posted by 秀さん at 02:42| ハノイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月31日

ベトナムの良いところ編

もう7月もあと1日で8月が顔をのぞかせております。
意識しようがしまいが刻々と時間は過ぎて行きますねぇ、

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

とかの松尾芭蕉の奥の細道の書き出しは有名ですね。
元禄時代、世の中が安定して江戸庶民文化の全盛期に出現した俳壇界の巨匠の言葉です
学生時代は なんにも感じなかったのですがこの歳になってみると芭蕉の文学的な偉大さが理解できるようになりました。

さて、昨日はヤクザな事務員さんの11才になる娘さんの誕生会にお声がかかりましてね
参加させて頂いたのでありますが、総勢40名位でしょうか
昼の部は子供たちだけ、夕方の部は大人の部と2部構成の誕生会でした。

ベトナムは子供だけではなく大人の誕生日にも多くの人を招いて誕生のお祝い会を開催します。
何かにつけて人々が集まって親睦を深める行事が日本よりは格段に多い国ですわ。
このような会食に関しては皆、無礼講というか年齢の違いや身分の上下、貧富の差など関係なく和気藹々と
食事をとりお酒を酌み交わすざっくばらんな風習は良いものですねぇ
日本人とは多少違いオンとオフの使い分けがうまいベトナム人らしさが現れていて秀さんこのようなところがベトナムの良さのひとつだと思っております。
とにかく何かにつけて人が集まり和気藹々と歓談し親睦を深めるベトナムの風習は良いですね。

へい、いつものように少々お酒を飲み過ぎましてね
家に帰ると孫のマー君がくりくり坊主の元気な顔をのぞかせていましてね
酒臭い顔を近づけて思わず頬ずりをしてしまいやした。
最近は言葉も増えて、秀さんの顔を見ると じいちゃん じいちゃん と言ってもらえるようになりまして
可愛さ100倍の秀さんでごわす。

今年の12月には2人目の孫が誕生する予定です。
これまた男の子の孫確定です。

二人の孫が成人するまで生きておられるのか否かは神様次第ですが秀さんが両親から受けた愛情に負けないくらい可愛がってやりたいと思う孫バカぶりはもうどうしようもありません。
賢者の皆さま、どうかお許しを!

ということで本日のあほブログは終了です。

皆さま、良い週末をお過ごし下さいね!



posted by 秀さん at 04:55| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

いやしろ地 と けがれ地編

昨日、会社の事務員さんに会社の前の道であるおじいさんが話しかけたとのこと。

この周辺(会社の事務所がある所)は昔は皆貧乏だったが、ビジネス(会社等)などを始めた人は
皆お金持ちになって今のような家が立ち並んだのだ、
この土地に会社を移転したあんた達はきっと成功するでしょう と言ったそうな。


その話を聞いた秀さん、ふ〜ん、そんな人が喜ぶような話をして

そのおじいさんは何か謝礼でももらおうかというような魂胆ではないの? 
と聞いてしまいましたわ。

この秀さんのベトナム騙され症候群に満ちた悲しい性に、事務員さんは、そんなおじいさんではありません! 4軒となりに住むお金持ちのおじいさんです ときつく言い返されてしまいましたぞぃ。

確かに今の事務所に引越しをしてからあまり悪いことは起こってしません。
かと言って良いことがあった訳でもなし、それ程気に留めてはいない秀さんでした。
しかし、今の事務所に移転してから以前の事務所より人が尋ねてくる回数が増えたことは確かです。



大黒様が大きな袋を背中に担いで、秀さんの事務所に現れ、



ほれ! 秀よ、開けてみぃ 



秀さんが中身を開けてみると



中から黄金色に輝く金銀財宝が・・・・ザクザク



前から密かに秀さんのことを想っていた美女軍団が・・・ぞろぞろ



なんてアホの空想話みたいな事は決してありゃしませんが、
前の事務所よりは今の事務所の方が何故かしら毎日の気分が良いのは事実です。


この事務所を改装する時に、大工さん曰く、この家の大家さんは風水に相当お金を掛けていますよ と言われたことを思い出しました。



土地には気分のいい場所、何となく気分のすぐれないところなど、いわゆる良い土地 と 悪い土地 があるといわれますねぇ。
よい土地のことを イヤシロチ(弥盛地)、悪い土地をケガレチ(気枯地)と呼びます。
日本の神社の多くはイヤシロチに建っているところが多いと聞いたことがありますわ。

この考え方は、大地の経絡である”竜脈”や”風水”にも密接に関係していると言われています。
中医学・鍼灸の 経絡(けいらく) の考え方は、皮膚の下に気と呼ばれる一 種の生命エネルギーとされる流れが、網状に走っているとしています。
しかしいくら解剖を繰り返しても物理的にこのような存在は認められないのが現実ですが・・・


実際に鍼灸師という職業が日本でも公認されていますので近代科学では分からない何かがあるのでしょうねきっと。

中国をはじめ、ベトナム、また日本でも家を建てるときには家相、地相、方位を重要視します。
特にベトナムでは、大きな土地にホテルなどを建てる時には事前に風水師と呼ばれる人に色々見てもらい、オープン日なども風水師さんが決めていることがよくあります。
そのお礼も結構な金額を包むそうです。

秀さんの会社の事務所移転の時も、いつもの喫煙撲滅家事務員さんが、良い日にちを聞いて来て、入居する前には入り口にお供え物や線香台などを設置し はい!秀さん土地の神さんにお祈り感謝をしなさい! なんてことをやらされましたわ。


日々忙しいビジネスマンにそんな話をしたところで、

あ〜た、暇だねぇ と言われるのがオチですが、

昔から続いている風習には説明は出来ませんが、何かがあるのではないかと年取ってから思うようになった秀さんですわ。


年取って白髪になった人が歳をとり、こう言うかも?


覧のとおり髪の毛も  いやぁ〜しろ地 ばかり・・・


逆に禿げた人は、はいご覧のとおり、すっかり 毛枯れ地 と・・・・



いつものように取るに足らない駄じゃれで へい、スミマセン。



でも、土地の良し悪し ってあるような気がしている秀さんですわ。




本日はこの辺で 失礼いたしやす!






posted by 秀さん at 02:47| ハノイ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月21日

チャウヅックのバーチュアスー廟参り編

2日間かけてカンボジア国境に近い町、アンジャン省のチャウヅックに取引先の方と行って来ました。

サイゴンからは車で約8時間、 ミトーから上流側に道を取り、ドンタップ省を抜けてロンスエンへと至り、運河を北上してチャウドックへとたどり着きました。

河沿いに広がる緑の中に、ぽこっと200m位の山が見えましたわ。
山の名前はサム山。サムという言葉の語源は多分ベトナム語ではないと思います。

山のふもとには大きなお寺がたくさんありまして、今回はその中でも女神を祭る、バーチュアスー廟と言うお寺ににお参りしました。


何でそんな所へ行ったのか? と言われますが?

へい、いつもの会社の事務員さんが、
新しく始めるビジネスの成功祈願のために神様にお願いをしましょう、

いや、絶対に行かなければなりませぬ! と言い出したからですわ。

事務員さん曰く、このお寺はベトナム全国から大勢の人が押し寄せる有名な願掛けお寺だと・・・
そして願いが叶った人々がそのお礼に金(ゴールド)を寄進しており、その量はすごいものだと言うのでありやす。

ふ〜ん・・・と冷めた返事をした秀さんの態度に、

そんな態度ではいけませんぞぃ とお叱りを受けましたので行ってきましたぞぃ。


さて、8時間かけて到着したお寺の女神像の前は、お供え物が所狭しと並べられ熱心にお願い事をする人の顔も真剣そのもので、ベトナム人の現世ご利益の執念みたいなものをビシビシと感じましたわ。
寺の前は昔の門前市のようでお供えのくだもののかごや線香を売る店、願いが叶った人のお礼の品として豚の丸焼きを売る店などが並んでおりまして何とも独特の雰囲気を醸し出しておりました。

願いが叶った人たちが寄進したゴールドの展示館みたいな所をみましたが、確かに事務員さんが言うように大量の金細工の品々が展示されておりましたわ。

その半端でない金の量を見ますと・・・ご利益があるのかなぁ〜 と思いましたわ。へい

秀さんはお願いと言うより、遠くベトナムの地でビジネスをさせて頂いていることに感謝の言葉のみを心の中で唱えまして、

さぁ〜帰りましょうと言ったところ、

事務員さん曰く、神様が願いを受け止めてくれたかどうか、木で出来た一対の駒のようなものを買いまして、それを女神像の前で転がして可否を占うと言う、やれやれベトナムらしいと言うか、即物的な考え方に驚いてしまいますわ。
秀さんはやらなかったのですが、取引先の方も事務員さんも一投目で一対の駒が逆さまに出た(願いはオーケー)と言うことで大満足の事務員さんでしたわ。

同じ向きの駒になるとダメとのことでした。吉とでるか凶と出るかの確立は1/3ですわ。

この駒投げをする人としない人がいるようで、神様が聞き届けてくれたかどうか知りたい人だけがその駒を投げるとのこと。
勝負は一回だけ、2投目はダメだとのことでありやす。

以前、ある女性が10回投げて10回とも凶と出たので仏前で泣き出した と言う話を聞きましたわ。

恋の願いだったのでしょうかねぇ?


人間、生きていく内に様々なことが起こります。
時には神様、仏さまにすがりたいと思うこともあるでしょう。

そんな人々の熱い思いにお寺の女神様はどう思うのか・・・・

どいつもこいつも自分のことばかり考えやがって! いい加減にせんかい! と思っているのかも知れないですねぇ。

しかし、女の仏様ですので、人々の願望(欲望)を叶えてあげましょう と優しい慈悲の心が日本の観音様のように無限大にあるのかも知れません。

秀さんとしては、ビジネス成功祈願を言い出した事務員さんの気持ちに応えるべくお寺参りをした次第ですが、そう思ってくれる気持ちが嬉しいですね。

成功・不成功は時の運ですので、最大限自己努力だけはして後は天命を待つ と言う心境で臨みたいと思います。



写真のひとつもブログに貼らんかい! とお叱りを受けるかもしれませんが、

お寺の内部は写真撮影禁止でしたので・・・お許しを!

帰りはカントー市で一泊してホーチミン市に戻って来ました。



戻って来たら、愚息のお嫁さんが、おとうさん、私の姉妹&いとこ達とカラオケに行きませんか?

と言うので疲れていたのですが、出かけましたよ。

秀さんの持ち歌は一曲(xe dap oi)だけですので選択に迷うことはありませんわ。

何と! 得点は99点・・・

他の者も皆高得点ばかり・・・

ベトナムのカラオケ機械は大甘と言うか、得点が悪いと怒り出す人もいるのかどうか分かりませんが店側がカラオケ機械を改造しているのではないかと疑うほどでしたわ。

果物をつまもうと思い、一口、タオ(青いリンゴの小さいやつ)をかじったところ、左の入れ歯がないことが判明・・・・

すわ一大事と、カラオケの部屋中を探す、総勢11名の者も探す・・・

てんやわんや状態になりましたわ。


結局あきらめて家に帰ったところ・・・・部屋の洗面所のコップの中に、大騒ぎの犯人の入れ歯が鎮座しておりまして、情けないかな、自分のアホさ加減に言葉も出ませんでしたわ。


こんな情けない 歯なし事件を を起こしてしまう自分を自分で慰めまして・・・


本日のお寺参り&歯抜け爺のブログは終了どす。


来週も皆さん、頑張りましょ!














posted by 秀さん at 04:03| ハノイ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

ベトナム人の納税意識について編

一般的なベトナム人に納税意識がある人は少ない。

と言うより正直に納税することはアホらしいと考える人が圧倒的に多いのが実情だろう。

秀さん、昔昔は納税して一人前だ と言うような認識であり、当時はそれなりの収入を得ていたので新卒の人の給料の倍くらいの税金を当然のように毎月払っていました。

脱税は大きな犯罪だ! と言う考え方は日本や欧米では当たり前の感覚ですが、
ここベトナムではそもそも脱税と言う感覚がない人が多い。
極端な話、脱税を取り締まる税務署員に黄金のお饅頭を渡せばお目こぼし当たり前、
個人と個人での裏取引成立と言うわけですな。


ベトナムの公務員は給料も安く黄金のお饅頭がないと生活が立ち行かない人も多く、
個人が黄金のお饅頭を一人占めする場合もありますが、多くは役所のセクション内で分配をして足りない生活費の補填をしていると言っていいかもしれません。

特に下級公務員の場合はそれがないと一家の生活を支えていくのも難しい人も多く、一概に大悪だと決め付けるわけにも行かない と言うことが秀さんも最近分かってきましたわ。


過去の歴史において人間が世界で平均してこれまで苦しめられてきたものの最大のものは、
権力者、支配者による圧倒的多数の貧乏人から収奪する 税金 なのではあるまいか?

千年もの長い間、中国の属国(支配下)にあったベトナム、その中国役人(お上)の収奪の凄さは半端ではなかったようです。

ここで少しベトナムの歴史の話(ネットから転載)になりますが・・・

奏の一将軍であった趙佗は、奏の始皇帝の死後、衰退滅亡の混乱際に自ら南越国の王となり、
中国広州を首都とした。その後、中国・漢は南越国と融和政策を望むが、前漢・武帝の力が増強し紀元前111年、南越国を滅ぼし交趾、九真、日南の3郡をベトナム国内に設置(全部で9郡)ベトナム千年に渡る中国支配が 始まる。

紀元前40〜44年 二微夫人(ハイバチュン)の反乱 は現在のハノイ北西、メリン地方の土豪の娘、微側(チュンチャック)と微弐(チュンニ)姉妹が中国・後漢官僚の直接の税取り立てに反対。

紀元40年土豪のティサック(微側の夫)が漢の役人の首を刎ねる事件を起こす、二微夫人は 65県の土豪をまとめ後漢に抵抗、後漢から派遣された官僚蘇定はこの反乱を聞くと逃亡、ベトナムは微側を王妃(在位3年)とし独立。

しかし後漢の光武帝は 42年に伏汲将軍率いる馬援軍兵2万人を派遣、43年漢軍によって鎮圧され、旧暦2月6日姉妹は首を刎ねられた(河に身を投げたとも言われている)


上記の記事から考えると・・・

役人の税の取立てに関しては昔から抵抗すると言うのがベトナム人の心の源流に流れているのかもしれないですね。

そう考えると脱税と言う意識がないのも何となく頷けるような気がします。




話は脱線しますが・・・


ハイバーチュン通りに平行して走る道にティサック通りと言う名の通りがありますが、
これはチュンチャックTRUNG TRACの夫の名前にその由来があるのかも知れないですねぇ。

もしそうだとすると、夫婦で仲良くホーチミン市1区の通りの名前になっているとは何となく微笑ましいですね。


では本日はこの辺で・・・



posted by 秀さん at 08:22| ハノイ | Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

正月のお寺は大混雑編

ベトナムのお正月ですが今は亡きおかあちゃんにご両親またご先祖様達に感謝を申し上げるためにお寺参りに行って来ました。 

自宅からバイクで5分、会社から徒歩1分の所にあるかなり大きな規模のお寺ですわ。

通りを一歩入ると溢れんばかりの人 人 人で路上には所狭しと露店が並び臨時のバイク駐輪場などもできておりまして歩くのもやっとの状態でした。お花に線香売り、仏様の肖像画や御数珠売り、飲み物や宝くじ売り、放鳥のための鳥さん達は籠の中でひしめき合っておりまして まるで門前市のような賑わいで露天商も商売繁盛で大忙しでしたぞぃ。 

本堂にある仏様は・・・日本の仏様と比べるとなにかインチキ臭く感じてしまうハデハデな仏様達でありますが熱心にお祈りしているベトナムの人達にそんなことは口が裂けても言えませんな。

お釈迦様やキリスト様は自分の姿を模した偶像崇拝に対してどの様に思っているのでしょうかねぇ。

本来、人間が日々の生活の中で精神性を高め善い行いを通じてひとりひとりの心の中に宿るのが仏性と言うものなのでしょうが・・・

日々生活に忙しい現代の人間様は正月など日常とは違う時間軸の中でしか また、壮厳な建物や仏像と言う具体的な対象物の前でしか行動できないようになってしまったのかも知れませんねぇ。

それは何故でしょうか・・・やはり働かなくては日々の生活も儘ならない状態に置かれているからでしょうか?

ギリシャ哲学も日々働く必要のない人々の中で生まれたものだと考えるとやはりあれも欲しいこれも欲しいと物欲に支配されるから日々忙しく働かなくてはならず働くことに熱心なあまり人間としての本来持っていた思惟する心が荒廃し、人間の英知では到底つくることができない自然の美しさに神や仏を感じる心など本来人間様にとって本当に大切なものをを忘れているからかも知れませんねぇ。 

多分、太古の人達はもっと日々日常の中に神性や仏性と言うか・・・何か分からないものを感じる感性は研ぎ澄まされており 今の時代とは違う生活様式に中で自然を敬い 恐れる そんな生活を送っていたのではないでしょうか?

それを文明(知恵や知識)が未開発だったからだ! と断定する現代の人間様は傲慢だと言われても仕方がないかも知れないですね。
だってこの世の中、人間様にはわからないことがまだまだ多すぎますもん。 

日本人と比べてはるかに物欲が強いと言われるベトナム人ですが、信心も日本人に比べて強いような気がします。 

物と仏・・・読み方が一緒と言うのは何か意味があるのかも知れない とアホな秀さんがいい加減なことを言っておりますわ。 

ネットで調べてみますと 仏とは、仏教上の完全な悟りを開いた聖者。仏や菩薩、及びそれに準ずる優れた聖者や高僧仏陀。釈迦。死者。死体。死者の霊なども仏と呼ばれる。 とあります。 

本日は御寺参りに行ったことからこんな訳のわからん話になってしまいました。 

いつも子供を可愛がらないお母さんが

ある時突然、優しい声で子供たちに
 

「今日はお母さんがhot-cakeを作ってあげるからね!」と言ったもんだから 

子供たちは驚きと期待で出来上がるのを待っていたそうな

しかし、美味しくはなかった らしい・・・

そこで一人のマセた子どもがお母さんにこう言ったそうな・・・

普段優しくない人が気まぐれで作っても・・・

「ホットケー キ作って魂入れず では美味しはずはない」・・・と

やっぱ最後はこんなオチかい! とお怒りのそこのあなた  

秀さんなんてこんなもんですわ、ハイ

仏仏言わずに 聞き流しておくんなさいな 

ほなさいなら〜

posted by 秀さん at 02:46| ハノイ 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

奥さんは美人編

昨日の結婚披露宴の新婦さんは綺麗な方でしたわ。

化粧を取ってもかなりのレベルとお見受けしましたぞぃ。
それに引きかえ秀さんの知り合いの新郎、性格はメチャ良い若者ですが背も秀さんより低くどちらかと・・・言わなくてもハッキリ!としたブ男です。

人間の縁って不思議ですねぇ。

まぁ、新郎はホーチミン工科大学のIT学科を卒業して日本でも働いたこともある若者なのでベトナムではエリートの部類に入るでしょう。
やはりエリートはどこの国でもモテますなぁ。

沖縄県に生息する野生の猫はイリオモテ・ヤマネコですが彼の場合はエリートでモテるでエリモテと秀さんが勝手に命名いたしやした。

イリオモテとエリモテ、はっきり言って何の関連性もないです!
強いて言うならモテだけが重なるだけでごわす。
要はいつもの無理やりの語呂合わせでありやす。へぃ〜

まぁ、エリーゼのためにはベートーベンですがエリートはモテる、そりゃそうですな、一日中てれ〜としてコーヒーを飲んで昼寝している背オムの兄ちゃんでは新婦も自分の将来の夢が持てなくなるのは当たり前ですな。

所詮、結婚とは言っても他人と他人の契約みたいなものですので、その契約に際し、様々な条件(学歴、収入、家柄、容姿など等)を見極めて結婚まで至るのは自然なことでありましょう。
増して女性最大の武器である美人とくればそこら辺のいい加減な兄ちゃんが幾らハンサムでも選ばないでしょうな。

顔はブ男でも将来の成功しそうな男を選ぶのは 理 にかなっていますねぇ。

また、遊んでばかりいる共産党幹部のバカ息子を選んでも親の財産ががっぽりあるので問題なし、しかしこの場合は 利 にかなっていると言います。

逆に超貧乏だけどハンサム、しかし出世はしそうにない男性を選んだ場合は離にかなっている とは言いませんな。

さて、今、日本では「婚活」という言葉が流行っているそうですが、女性陣の要求条件のハードルが高すぎて男性にはおいそれとは結婚出来ない方もいて中々結婚相談所もうまく行っていないような記事を読みました。
結婚する年齢もずい分と高齢化しているようですねぇ。
秀さんの若い頃は概ね女性は25歳くらいまでに結婚するのが普通だったような気がしますぞぃ。

女が結婚して家に入るから嫁、女が古くなったら姑、皺がよってきたら婆 と何とも男尊女卑を絵に描いたような漢字の語源ですが現代の女性の中には逆に男性よりは強い方も結構な数おられますな。
秀さんが見聞きする範囲ではベトナムでは圧倒的に女性が強いように思えますぞぃ。

しかし、聞く所によればこれも長い戦争のせいで昔は決してそのようなことはなく特に田舎社会では男性の権威、父親の権威は絶対であったらしい。

まぁどちらが強いとか弱いとかではなく、縁あって結婚したのですから末永く夫婦仲良く幸せな生活を送って行って欲しいと思いますよ。
ハイ。

おまけ・・・(サラリーマン川柳から)

プロポーズ 昔に返り 断りたい

妻の字が 毒と見えたら 倦怠期

妻の声 昔ときめき 今めまい

餅肌も 10年経てば 鏡餅

親の夢 次つぎ壊し 子は育つ

大掃除 今も娘が 片付かぬ

入れ歯とれ 目玉もはずせと 孫せがみ

癒し系 家にいるのは 威圧系

使えない 夫とパソコン 部屋を占め

ブランドを 着てもおじさん ただのデブ

耐えてきた そう言う妻に 耐えてきた

まだ寝てる 帰ってみたら もう寝てる

我が女房 将棋初段で 腹二段

プチ整形 したいところが 大部分

この俺に 暖かいのは 便座だけ

見る目あり 妻を捨てた 元彼氏



夫婦仲も色々ですが、まぁ、皆さん愚痴を言いながらも仲良くやっているのではないでしょうか・・・

奥さんや旦那さんがいるだけも幸せと思ってくださいな。

秀さんなんか・・・隣りの豚鼻のお犬さんが唯一の慰めですもん。

ワォ〜ンと一人泣いておりますぞぃ。



posted by 秀さん at 14:44| ハノイ ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

お金に対する感覚の違い編

日々ベトナムに住んでいると日本人として嫌なこともありますぞぃ。

大きな違いがお金の認識についてであります。
ベトナムでは武士は食わねど高楊枝というような感覚の人は少ないような気がする。
自分に非が原因で問題が生じ何らかの保障をしなければいけなくなった場合でも損を承知である時は信義を通すと言うような奇特なお方は少ないように秀さんは思いますねぇ。 

ベトナムではタクシーで財布などを忘れた場合などまず100%戻って来ることはありません。
外国人だと値段を吹っかけるのも日常茶飯事のことであります。
商品を渡すときは必ず現金と引き換えが鉄則であります。

商品を先に渡して後からお金を払いますなんぞと言おうもんならこのすっとこどっこい 顔を洗って出直して来いと言われますぞぃ。
商品を運んでもらうには最初幾ばくかの手付けを支払い到着時に残金を商品と同時に受け取るのが常識であります。 

クレジットカードなんてものは一般のベトナム人には縁のないものであります。
キャッシュまたは金(きん)などの現物が一般的な決済手段であります。

前にも書きましたが、ベトナムではhet tien het tinh(het=なくなる tien=お金 tinh=愛情) 金が無くなれば愛情も無くなる ということわざがあります。
まぁ、日本でも金の切れ目が縁の切れ目 と同じようなことわざがありますが縁と愛情とは少しニュアンスが違うかな?

しかしそこまでお金に対してシビアなベトナム人が飲食の時などでは割り勘と言う考え方がないのが秀さんは不思議でならないのであります。
また物乞いにも結構お金をやったりしている姿をみると分からなくなりますわ。

中々ベトナム人の本質を理解するのは難しいものであります。
 
要はベトナム全体に人と人との信頼とか信用といった考え方が戦争に明け暮れた国なのでまだまだ浸透していないと言うか身内以外はお金を除いては信用するなと言うことでしょう。

愚息が時々商品を買っている小売店のおばさんから あんた、ベトナムの女には気をつけないさいよ と言われたそうである。

同じベトナム人なのだからベトナムの女は良いよぅ と言うのなら分かるのですが・・・・何とも複雑であります。
 

秀さんなんかは今でもお金で愛は買えないと思っていますぞぃ。
ベトナムではお金で愛は買えないがお金が有ることにより貧乏な相手の家族の援助などを通して次第に情が芽生えてくるのかも知れませんねぇ。
お金も愛情のひとつなのかも知れません、ベトナムでは。ハイ。 

ベトナムの女性の心をゲットしたいとお考えの そこあなた 先ずは身内の攻略が一番ですぞぃ。
それも両親に気に入られることが大切であります。

貧乏ですけど・・・あなたの娘さんをお嫁に下さい と言うのは自由ですが
貧乏にも限度がありますわ。

貧乏とは言っても一般的なベトナム人は 日本人は金持ちだとの先入観があるのであります。
結婚はしてみたが後から本当にスッカラカンの貧乏な日本人だと判った途端に嫁さんのみならず家族まで態度が急変したなんてことはよく聞きますぞぃ。 

動物の世界ではオスの強さ(生存競争力)がメスをゲットする一番の方法ですが、現代の人間社会では体力的な強さの代わりに財力や権力のあるなしがオスとしての評価のバロメーターに変わりつつあるのが悲しいかな現実ですな。
 

高学歴、ハンサム、お金持ち と3拍子揃えば文句なし。
ましてや浮気もしない優しい彼氏であれば引く手あまたでしょう。 

まぁ、そんな男はそうそう居ないので女性の皆さん諦めてくださいまし〜
 

代わりに 学歴なし ブ男 貧乏、じじい、メタボ、チビ、短足、の7拍子揃った秀さんならホーチミンにおりますが・・・・

 ん
 お呼びでない、お呼びでない こりゃまた失礼いたしやした〜! 

最後に一言。
 

昔からの秀さん友人で大金持ちの奴がいる。
その友人、あるクラブのホステスさんに入れ込んで通っていた。

まぁ相手のホステスさんもお仕事ですので彼氏が居るなんてことは一切言いませんわなぁ。

せっせと通い詰め、プレゼントも言うがままに買い与え、尽くすだけ尽くしたので仕舞にはそのホステスさんもこれ以上嘘を付いているのが申し訳ないと思いこう打ち明けた。
 

「あの〜 今まで言わなかったけど・・・実は、実は・・・私本当は彼氏がいるのぉ〜」
 

と言ったそうな。
 

その友人答えて曰く、
 

「あ〜そんなこと かまわん かまわん 俺が彼氏ごと面倒見てやるから」
 

と・・・・
 

どうですぅ、やはりこれ位の根性と言うかあつかましさというか返事が出来ないと遊び人の男はなれませんわ。

その後どうなったかは聞きませんでしたが
その友人にもしっかりと奥さんがいたことは秀さんは無論知っていましたぞぃ。 

秀さんも一度は吐いてみたいなぁ 彼氏ごと面倒見てやる!なんてセリフを・・・
 

無理か・・・
 

まぁ金は無くとも 元気な秀さんが一番ですな。

じゃんじゃん。

posted by 秀さん at 00:20| ハノイ | Comment(6) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

日本はそろそろ桜の季節ですねぇ編

季節感のないホーチミンで生活していると変化のある日本の四季の移り変わりの有り難さがしみじみと分かる。 

日本人は名もない草花にさえ自然(神・仏)を感じ自然の織りなす美しさを繊細な感受性で受け止め敬い楽しんできた民族であります。

人間は自然と共生しながら生きて行かなければならないのではないかと最近は強く思う。
 

毎年、休まずに美しい花を咲かせる桜の木であります。
人生で言うと青春真っただ中の青年達のような季節、春・・・・

好きですねぇ秀さんは
 

ベトナムにもフランス時代に植えられた街路樹が沢山ありますが、日本の美しい自然美とは趣きが違い幾何科学的な美しさであります。
 

花の美しさに感動し 鳥のさえずりを聞き 風のかすかな音に心なごみ 月を愛でる  
花鳥風月・・・日本人に生まれて良かったと思います。 

ベトナムの家には庭園と言うものがほとんどありません。
草木や石、鳥や花を愛しみ 人間は何ものかによって生かされている という感覚が無くなってしまうホーチミン。 

喧噪、熱気、我れが先、競争、金銭感覚、身分格差 差別 貧富の差 虚栄心 
 

昔は有ったに違いない素朴さ、自然を愛でるこころ
  ベトナムにも

歳とったなぁ と感じる今日この頃。


posted by 秀さん at 09:50| ハノイ 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

ベトナムの田舎の法事編

会社の事務員さんのおやじさんのおやじさん・・まぁ要はお祖父さんと言うことです。

ったく、回りくどい言い方をするな! と目くじらを立てないでくださいな。

秀さんの場合は、一般的な日本人の方が使う言い回しはしておりません。

例えば,

妻、女房、家内、嫁さん、連れ合い、奥方、配偶者、姫、おかぁ、俺のコレ(小指を立てる)、山の神、般若、夜叉、鬼、人でなし、守銭奴・・・その他言い方は人それぞれ多数ありますが、秀さんの場合は、「おかあちゃん」 に統一しております。
父は おやじさん 、母は、お母ちゃんであります。

まぁ、そんなアホな説明はどうでもいいのですが・・・
ここ最近のハードな業務が一段落して、週末は家で鼻毛でも抜きながらのんびりしようと考えていたのですが
その事務員さんのおじいさんにあたる方の法事への誘いと言うよりは半ば強制のような話で出席を依頼され申した。

普通、日本で考えられますぅ? 
会社の事務員さんの御祖父さんにあたる人の法事に参加させられるとは?

大阪弁で言うと、どない思いなはるぅ?であります。

秀さんだけかと思っていたら会社の他のスタッフや知り合いの者にも声かけまくりでありまして、それが何と!その方達も全員出席なさるという事実に驚いた次第でありやす。

大らかと言うか、どうも日本人としてはちょっと考えられないことですわ。
他のベトナム人に聞いたところ、あ〜、ここ南部のベトナムでは普通のことです と言われ申した。
国が違えば風習も違うものであります。
北のハノイや中部のことは分かりませんが・・ベトナム人共通のことなのでしょうか? 識者の方誰か教えてたもれ!

まぁ、そういうことなので快く?参加させて頂くのは構わないのですが・・・
秀さんの苦慮していることは親戚や地元の人達から勧められるお酒が問題なのでありやす。
その量といい、クオリティといい、時間の長さといい、日本人の想像を絶する飲み方には心底参ってしまいますぞぃ。
もう神風特攻隊の気持で出かけねばなりませぬ。

まぁ、今回は愚息も同席するのでしっかり者の彼故、生きて帰って来ることは出来そうなので少しは安心しておりやす。

秀さんと同じように、ベトナムで生活する方々は このような場合どうしているのでしょうかねぇ?

前にお話を聞いた方は、会社の工場には数百名の社員がいるので一々全部の者の結婚式には出られないですわ まぁ幹部のそれには出ますが と言っておられました。

要は秀さんの会社は いつ、コレステロールの塊が詰まってプチっと切れてもおかしくないほどの少人数の毛細血管企業ですので言い訳がきかないのと、秀さんの人好き、人間観察好きの性格もあるでしょうね。

まぁ、そんな訳で田舎に今回はお酒を飲むのでバイクではなく 車で行ってきますわ。

無事、生還した暁には またブログ更新しますね。

では、日本国のため ベトナムの田舎の法事に華を添えに行って参ります。大げさかな?


もしガキん子が あ〜 変な外国人のおっさんが来た〜 などと生意気なことを言えば 頭にげんこつを一発見舞いしてきますぞぃ。

覚悟しておれよ ベトナムの田舎のガキん子共よ!

posted by 秀さん at 07:22| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

無礼極まりない編

毎年、年賀状は忌中以外欠かさず出していた秀さんでありますが・・・

今年はアルツハイマー病の進行が早く、
朝、朝食は食べたかどうか、
この婆さまはお釣りは誤魔化していないか、
飲み屋のオネエチャンの電話番号は何番だったか 
はしっかり覚えているのですが・・・

年賀状を書かねばならぬということは完ぺきに失念しておりやした。

思い出したのは本日であります。
ここは異国の地ベトナムでありやす。
もういまさら遅いわぃ。

長い間、様々な方々に受けた温情に対してお歳暮を持参してご挨拶申し挙げることは金輪際無く、いつも安物の年賀はがき一枚で対応して来た無礼者の秀さんでありますが・・・

今年はその年賀状まで書かないとは何とも日本人として

もう あんた!サイテーと言われること間違いあり申さん。

ブログ上ではありますが・・・深くお詫び申し上げると共に翌年も更なるご厚情を賜りたくお願い申し上げる次第であります。

いやはや、アホの人生を送って五十数年、ついにブログ上でこの1年の挨拶をするようになるとは・・・我が家系もどうしようもなわぃ と亡きおやじさんもさぞや嘆いていることでしょう。

ガキの頃におやじさんが書く達筆の年賀状を傍で眺めていた秀さんであります。
その数も半端ではなく 大人って大変だなぁ と思っておりやした。
今の時代のようにプリンターといった便利なものがある訳でもなく、この人あの人と思いを巡らせながら1枚1枚手書きする昔の時代の人の他人に対する心遣いには頭が下がる思いであります。

ベトナムには年賀状を出す習慣はありません。
代わりといっては変ですが時々クリスマス&新年の挨拶カードを貰う時があります。
お歳暮はお世話になった会社関係には出す習慣はあります。
テト前にはそれらの進物を所狭しと並べた店が増えてきます。

地方からホーチミンやハノイといった都会に働きに出て来た人達はテトには田舎の家族にみやげ一杯買いこんで帰省する姿を見ることが出来ます。

ベトナムでは家族の絆は強く何ものにも代え難い大切なものでありやす。

我々日本人も昔のようにもう少し自分の家族や親せきとの結び付きを大切にしなければならないのではないか!・・・
と年賀状も出さない薄情者がほざいておりやす。

ここ数日仕事やら結婚披露宴が立て込んでおりましてブログ更新が途絶えておりました。

中でも田舎の結婚式に泊まりがけで出かけたのはいいのですが・・・

前日の身内の親族・近所の人達(100名)との会食(と言えば聞こえが良いのですが・・・酒酒酒の応酬の繰り返し)が長時間にわたりへろへろ状態で翌日、レストランでの披露宴(500名)を迎え、これまたモッハイバヨーの繰り返しであります。

やっと終わったか これで帰れる と安心しておりますと
今度は家に帰って また飲み会(30名)の開始には心底疲れ果ててしまいやした。

都会の結婚式はホテルやレストランでの披露宴1回が普通でありますが、田舎ではそんな簡単なことで済まさせれるわけもなく体力気力をふりしぼって全身全霊で飲まなければ こ奴は付き合いの悪い奴じゃわぃ と思われるのであります。


郎新婦の田舎がそれぞれ違う場合、また働いている場所がホーチミンだとすると、ベトナムでは新郎新婦のそれぞれの田舎での披露宴に加えホーチミンでも仕事関係友人関係を集めて披露宴をする場合が多い。
つまり計3回の披露宴をやることになります。
時間も費用も日本より数倍も多くかかる訳であります。

べトナム人は人と人とのきずなを殊の外大切にする民族であります。
ですので極論を言わせてもらえば・・・

長くベトナムに住んで結婚披露宴に1度も招待されないような日本人は未だベトナムの人達から本当に信頼をおいてもらっていないと考えてもよいのかも知れません。

また招待を受ければ余程の事情がない限り出席してあげるのがベトナムにおいて銭金関係ではない心からの付き合いの始まりであります。

酒飲みのベトナム人に混じって長時間お付き合いをするのはそりゃ大変なことではありますが酒の席では日本と違い上司部下、大切な取引先といったタテの関係はそばに置いといて・・・一緒に無礼講で酒を酌み交わしましょうということに重きを置いている様であります。

いよいよ年の瀬も迫って来ました。

今年1年、賢者の皆様方の温かいコメントに感謝申し上げ、来年もこのアホなブログを御贔屓下さいますようお願いして本日のベトナムホーチミン便りは終了であります。

皆さま、来年も良き年を迎えられますよう不肖秀さん(及び愚息もついでに)は心よりお祈りしております。

posted by 秀さん at 07:56| ハノイ ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月15日

ゴルフ練習場での結婚披露宴編

良く利用するゴルフ練習場にHIM LAMと言う名前の所がある。

住所は
BINH THANH区のNGO TAT TOと言う所にある。
サイゴン川沿いの敷地内にゴルフ練習場、サービスアパートメントにレストランを併設しています。

本日はそのレストラン(
NHA HANG SAIGON:サイゴンレストラン)で古くからの知り合いの技術者T君の結婚披露宴に愚息と共に行って来ました。

たまたま知り合いの日本人
Kさんがゴルフの練習をしたいと言うので早めに行って愚息がレッスン。
秀さんはゴルフウエアに加えスーツを抱えて行きやした。

ここの練習場はロッカー&シャワーもあるので練習後に服を着替えることも出来ます。

1階のフロントのおねえちゃんがスーツ姿の秀さんを見て素敵だわぁ と言うようなことは全くなかったのですが・・・

久しぶりのスーツ姿に愚息が・・・
やっぱおやじにスーツは似合うなぁ と言っておりました。

あたり前じゃい、年季が違うわいとは言いませんでしたが親ばかでも嬉しいのでごわす。

ゴルフの練習に来て何でこのおっさんはスーツに着替えるのかいな? とフロントのおねえちゃんが不思議な顔をしたので ほれ、そこのレストランで結婚披露宴があるのでこんな格好をしているのですわ とお答えしたのでありやす。

ベトナムの結婚披露宴はこれまで何回出席したか分からないほど招待されております。

でもベトナム人でスーツ姿で出席する人はまずいません。
中にはGパンにTシャツの人もいるのでベトナムでは正装は必要ありません。

しかしですぞぃ、ハレの結婚式ですので新郎新婦及び御親族の皆様への礼儀として秀さんは幾ら暑くても、肌の色が黒くなっても根は日本人ですのでフォーマルな姿で冠婚葬祭は出るようにしております。

普段、自宅の寝室でパンツ1枚で鼻毛を抜いてアホなブログを書いているおっさんとは誰も知るまいよ。

この意外性が女性にモテる秘訣であります。

・・・ん、いつお前さんがモテたかいな! と言う野暮は無しでお願いたします。

スーツはメタボのビール腹を上着が隠してくれるので良いですぁ・・・じじいにも衣装でありやす。

さて、その結婚披露宴ですが・・・

招待状の開始時間から約1時間45分遅れで始まりやした。
まぁ、平均的かな? と思います。

日本では宴もたけなわそろそろお開きの時間に近いのですが、ここはベトナムホーチミンです。

T君もお嫁さんも出身は中部のビンディエン県ですが仕事はホーチミンですので披露宴は2回。
田舎とホーチミンでそれぞれ挙げるのがベトナムでは普通でありやす。

いよいよ披露宴の開始時間です。
まずは男女のダンサーが下手くそなダンスを披露して宴は始まりました。
少しは踊りのタイミングが合うように練習してこんかい! と言いたくなりましたが まぁ 祝い事なので許してあげます。
ハイ。

次に
MCが両家のステージに上がった両親の経歴、新郎新婦の経歴等を紹介、次に乾杯の儀式にケーキカット、シャンパンタワーが終わると料理が運ばれて来て会食の始まりとなります。

その後は食べながらバンド演奏に合わせて歌手の歌、その後は出席者のカラオケへと続き、ガキん子は場内を走り回り、あちこちのテーブルで モ ハイ バー ヨーの掛け声とともに酔っぱらいが増えてきて段々騒がしくなってまいりやす。

新郎新婦は全てのテーブルを回り挨拶をして行きます。
無論、ビデオや写真撮影のクルーも一緒に移動して撮影します。

料理が終わり最後のデザートを食べ終わったらぼちぼち閉宴のお時間でごわす。

新郎新婦は会場出口で招待客に挨拶&送り出して終了となります。

何回出ても結婚式は良いですねぇ。

若い人達の屈託のない笑顔は素晴らしいですわ。

T君と花嫁さんの幸せをお祈りして披露宴会場を後にしました。

愚息は初めての結婚披露宴でした。
どうか? と聞いてみたら、おやじよう、俺の結婚を早く望んでいるかい? 聞くので そりゃ 望んでないわぃ と答えておきました。

彼女も居ないくせに生意気なことを言う愚息へのカウンターパンチでありやす。

でも、いつかは愚息も結婚して、嫁さんからお父さん、孫が出来たらおじいちゃん などと言われたくはないなぁ とまだまだ若い気でいる秀さんでありやす。

明日からまた週の始まりで〜す。

賢者の皆様、お元気で行ってらっしゃい!
posted by 秀さん at 01:12| ハノイ | Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

ベトナム幼児の食事編

同じようにホーチミンに住むある日本の友人からベトナムの幼児の食事について聞いた。

その友人の知り合いのベトナム人のお母さんが子供に(3歳〜5歳前後か?)に食事を与えるのに300M移動しながら食べさせるという 何とも訳の分からない話である。

良く聞いてみると幼児が食事をする時は日本のようにキチンと座らせて食べさせるのではなく、子供のいる所に親が茶碗を抱えて持って行って食べさせるそうである。

その子は外で遊ぶのが大好きで食事時間に外に出ているとお母さんが食べさせに外に出て行くとのこと 時には家から300M離れて食べさせたこともあると言う。

小さな子供はそりゃ じっとしているのが嫌いで動きまわるものであるが食事の時位は座って食べる または食べさせる。

いわゆるお行儀よく食べさせるということは日本では当たり前のことがベトナムではどうも違うらしい。

その話を事務員さんにしたところ自分の3歳になる娘も幸い外には出て行かないが部屋の中を動き回るので自分が部屋の中を移動して食べさせているとのこと。

ちょいお〜い と言いたくなる。

食事の時位はじっと大人しくさせて行儀良く食べさせなければいけないんじゃないか と言うが、そうして強制すると食べなくなってしまうのが怖いと 何とも訳のわからんことを言うのであります。

行儀が悪ければ食べさせなければ良いではないか! 
腹が減ったら黙っていても座って食べるようになる と秀さんが言うが・・・ベトナムではそのようなことはしません だとさ。

昔からなのか若い人だけのやり方なのか分からないが 何とも言葉に詰まってしまう話である。

そんな基本的な躾も出来ないようでは先が思いやられる。

そう言えば、大人が食事するレストランや居酒屋で子供達が大騒ぎで店内をはしゃぎ回っている光景をベトナムでは何度も目撃するが その親たちは他人に自分の子供が迷惑(気にしているのは秀さんだけで他のベトナム人は何とも思っていないようである)をかけているなんてこれっぽっちも感じていない様子に呆れたことが何度もあったが どうもこれは子供の教育方法に対する認識の違いから来るものであると 本日は変に納得してしまいやした。

欧米では大人の来る場所(レストランやパブ等)に物事の分別も出来ない子供を連れて行くこと自体恥知らずの行為と思われるし入店を断られることもある。

日本でもちょっとした寿司屋でぎゃぁぎゃぁ騒ぐ子供が居ればその場の雰囲気は台無しである。
子供連れは回転寿司に行けば良いのである。
まぁ、そこでもマナーは必要だが。

日本に比べると格段に子供に甘い親が多いような気がする。

そりゃ 誰でも自分の子供は可愛いことに違いはないが 社会は共同生活であるから 幼い頃から社会のマナーを教え込むことは子供本人の為でもある。

以前ベトナムの新聞記事で、小学校に通う自分の子供が先生から怒られたことに腹を立てて、学校に親が男数人でのり込み担当の女性教師に殴る蹴るの暴行を加えたとの記事が載っていたが・・・日本では考えられないことである。

どうも、こと子供のことになると異常な心理になるのかも知れないが・・・

中国と同じようにあまり過保護な育て方をすると将来ろくな事がないと心配する秀さんでありやす。

そうかと思えば子供を学校にも行かせず 花や宝くじを夜遅くまで売らせている親もいる。

ベトナムはまだまだ秀さんの経験範疇では理解不能なことが多い国である。

そう言えば、ベトナムではご飯を食べる前に 戴きます とは言わないなぁ?(クリスチャンは別)・・・

食事に関する考え方も日本とは違うのかも知れないと思うしか理解できない今日の話でごわした。
posted by 秀さん at 01:14| ハノイ ☔| Comment(8) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

月餅の季節編

9月14日が今年の中秋節。
いわゆる中秋の名月、お月見の日であります。


ベトナムでは子供のお祭りの日とも言われます。

現在、ホーチミン市の路上にはデコレーションされた臨時の店舗で月餅をあちこちで売っています。


が・・・この月餅、日本人には甘過ぎてどうも味覚に合わない。

新聞記事によるとこの月餅の製造管理はずさんな会社もあり衛生的とは言えないと書かれていました。


ベトナムは中国文化の影響を受けている国ですのでこの中秋節や正月(テト)などは従来の旧暦を基準にしている。

お月見の日は家族揃って食事をし月餅を食べながらお月見をする家もあるでしょうね。
日々忙しく走り回っているベトナム人ですが昔からの風習を大切にする古風な面もあります。

なかなか一面的にベトナム人を判断するのは難しいですわ。


こういったハレの日は普段娯楽の少ないベトナム人にとっては特別の日なのでしょうね。
昔は日本もハレ(晴れ)の日とケ(
褻)の日という概念が根強く残っていたように思います。
ケの日とは普段日常の生活のことであり、ハレの日とは非日常の日のことである。
晴れ着や晴れ舞台といった言葉があるように普段日常とは違った特別な日という考え方である。

現在の日本では毎日がハレの日であるかのように錯覚してしまうほど殷賑を極めているが昔、じい様やばあ様の話を聞いたところによると昔の日本の普段の生活はそりゃ地味で質素なものだったそうである。

そういう地味な生活が続く中にアクセントのようにハレの日が来ると皆さん綺麗な着物やお祭り衣装を着てご馳走を食べその日を特別な日として楽しもうではないか! という風に昔の人は考えたのかも知れないですね。

人間辛く地味な生活ばかりでは気が滅入ってしまいますもんね。

お月見なんて純日本風な行事だとばかり思っていた秀さんでありますがそうではないということが分かりました。
日本ではススキにお団子がお月見の定番イメージですが、常夏のホーチミンでは秋のお月見というイメージが湧かないですわ。

月の満ち欠けは地球から見て太陽と月の位置関係が変わることから起きる自然現象ですがどうもロマンが無い。
お餅つきのウサギやらかぐや姫あたりが出てくる方が楽しくて良いですね。

ガキの頃、天体望遠鏡で月の表面のデコボコを始めてみた時に失望した記憶がある。

そう言えば大人になってじっくりと月を見るようなことがなくなりました。
それだけ日々の生活に追われ自然を観察するゆとりがなくなっている証拠です。

ベトナムはまだ雨季の最中であります。
そこで野口雨情の童謡が浮かんできました。 

雨降りお月さん雲の上 
お嫁に行くときゃ 誰と行く
一人で唐傘さして行
唐傘ないときゃ 誰と行く
しゃんしゃんシャラシャラ鈴つけた 
お馬に揺られて濡れて行く 

どうもお嫁に行くのに 一人で唐傘さして行く とは寂しいですね。
またこの曲のメロディも哀愁を帯びて物悲しい感じです。

何故なんだろうと思いそこでいつもの癖で気になって調べてみまた。
 

この曲を作る少し前に年頃の娘さんを亡くした野口雨情がせめてお月さんに娘を嫁がせてあげようと思い作った歌だそうです。

なるほどでありやす。
 
子を亡くして悲しまない親はいませんね。

娘(秀さんのおかあちゃん)を亡くして悲しみのあまり寝込んでしまった義理の母の顔が浮かんできます。
 

人間の営みを長きに渡って見続けて来たお月さん
何も言わないけれど 
夜空にぽっかりと存在しているだけで 何故か頼もしく感じる秀さんでありやす。
 

秀さんも中秋節にはビール飲むのを止めて 
ゆったりとお月さんを眺めて
風情を楽しもうかな と思う。

でもバイクの騒音うるさいホーチミンではその趣も台無しであります。


posted by 秀さん at 07:45| ハノイ | Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

日本人の旦那と離婚編

会社の事務員さんの友人が勤務中に事務員さんを訪ねて来た。


見たところ美人ではあるが何か暗い雰囲気のお方だなぁと秀さんは感じました。

聞くところによると年の相当離れた日本人の旦那はんと日本で離婚したばかりで今度はベトナムの役所に離婚届を出すのに旦那はんの日本の戸籍(離婚したと書かれている=除籍)をベトナム語に翻訳して欲しいとの依頼である。


会社のパソコンとプリンターが離婚の書類作成に使われるとは・・・イヤハヤ一度も考えたことはあり申さん。


まぁ、事情が事情だけに快く?
OKしたのであります。

ある人の紹介で結婚まで至ったそうですが嫁に行った先は日本中部地方のかなりの田舎町、また旦那はんのお父さんおかあさん・・・言葉を変えますと、要はじじばばに囲まれた環境でそれなりに頑張ってきたのだがその旦那の余りにも自分勝手な振る舞いに加え自分の両親には至れり尽くせり、嫁の両親には何もしてあげない冷たい性格が嫌になったとのことでありました。


一方の話だけを聞いて判断するほど秀さんもベトナム人に対して甘くないので適当に相槌を打っておりやした。


アホな秀さんが考えるに・・・国が違えば結婚に対する考えも違って当たり前であります。
ましてや20歳も年が離れていれば尚更であります。

さらにさらに、日本の都会ならぬ東海地方のど田舎の小さな町、年老いたじじばば付きとなれば3次元の連立方程式を解くよりも難しい問題が生じることでしょう。


その旦那さんは結婚が決まる前は一度もベトナムに来たことも住んだこともないとのこと。
そりゃ 無理なことですばぃ と九州弁で思わず言ってしまいました。

旦那はんは秀さんと変わらない年齢であります。
増してやど田舎のことなれば結婚をすると言うことは嫁に行く、嫁を貰うという昔ながらの感覚が色濃く残っていると思われる。


秀さんの親父さんも秀さんの姉達が嫁に行く時に、祝言をあげたら・・・結婚式をあげたらとは言わず祝言ですぞぃ・・・もうお前は○○さんの家の嫁、辛いことがあっても帰って来る家はもう無い! 覚悟して行きなさい 
と今ではそんなアホな と言われるような別れの言葉を申しておりやした。

こんな考え方のところに知り合いもいないベトナム人の若い娘が嫁に行くということは秀さんのベトナムでの経験値に照らし合わせてみれば離婚は遠くないと思わざる得ない。

ちなみに離婚(りこん)はベトナム語でも
ly hon(りほん)

結婚はket hon(けほん)であります。


秀さんが想像するに、多分貧しい農家の貧しい両親に仕送りのひとつもしない旦那はんであれば親思いの嫁にしてみれば何と!冷たい人なのかと思われてもベトナムでは仕方がない。


よ〜く考えてみなはれ、何が悲しゅうて若く美人のベトナム女性が父親ほど年の離れた日本人のおっさんの嫁に行きたいと思いますぅ?


ましてや東京や大阪と言った都会ならまだしも・・・。


要は日本人の経済力が大きなファクターなのであります。
そうすることで貧しい親兄弟の助けができその結果自分も幸せな気持ちになれるというものです。

その嫁はんは自分も近くの工場で働いていたがその給料は全て旦那はんが管理していたとのことなのでどうも旦那はんを応援してあげる余地は少なそうである。

ベトナムでは私を本当に愛しているのなら沢山のものを買って頂戴!
そして親兄弟にも資金援助をね!
と言う考えは別段おかしいことではあり申さん。

秀さんもこの考えを否定するものではなりませんぞぃ。

経済的に許されるならば 男はスパッと気前よく与えるものは与えてあげて親兄弟の援助もしてあげなされと言いたい。


その女性を心底愛したならば、また愛したいならば とことん貢いで上げてもよろしいのではありまへんか?
だって奥さんでしょう!


秀さんは亡きおかあちゃんの望むものは出来る範囲で何でも買ってあげましたぞぃ。
おかあちゃんの親兄弟からは、○○ちゃんは幸せねぇ 
と良く言われていたもんですぞぃ。
事実かどうかは天国のおかあちゃんしか証明出来ないのが怪しいと言われますか?・・・でもその通りですよ。ハイ、なぁおかあちゃんyo
よ!
・・・・返事なしかぁ〜淋しいかばぃ・・・。


中の良い夫婦でしたが問題は仕事に忙しくて一緒にいてやれる時間が余りにも少なすぎたことでごわす。
今ならそれが出来るのではあるが今さら遅いわぃ。

しかし1食120円のベトナムの小汚い大衆食堂の飯をおかあちゃんが一緒に食べてくれるかどうかは甚だ疑問であるが・・・

男はどんな生活レベルでも何とか適応していくことが出来るものですがおなごはんの場合はなかなか環境の大きな変化には対応するのは難しいのではないだろうか?
だから男が守ってやらねばならないのかも知れません。


まぁ、どうでもいい話に脱線してしまいましたが、国際結婚は国の違いをお互い認め合っていたわり合い協力していかなければ難しいと思いますね。ほんと!


でも秀さんの周りには親子ほど年の離れた日本人と若いベトナム人の奥さん(または内縁の妻)が結構いますが
みなさん幸せそうでありやす。

くそぅ と羨ましさから汚い言葉を吐いてはいけないですね。
でも、うらやましい。フンだ!

posted by 秀さん at 00:14| ハノイ ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

さて何を書こうか編

ブログ掲載を続けていると本日のように題材が何も浮かばない時もある。


少しでもベトナムに関連する話をしたいなぁ と思うのでベトナムに関するネタが無い時は悩むのである。
ベトナムのニュース記事等から話題を拾って来てそれをネタに書くのも癪な秀さんなのである。


政治の話や宗教、自分の仕事や暗い深刻な話は極力しないと決めている。

中年おっさんのホーチミンにおける普段の生活やここに生きる市井の人々の思いや考え方、行動を素直に上手な文章で伝えることが出来ればタイトルに相応しい内容になるのですが、皆様、既にご存知のように・・・

秀さんのブログはトイレ洗浄剤駄じゃればかりと言われております。


おっと、意味が分からない初心者の方の為に・・・

こころは・・・要は ツマラン(詰らない)駄じゃればかりのブログという意味です。

別段、洗浄剤でなくてもゴム製のパコパコやるやつでもいいのですが・・・

秀さんのブログはトイレでパコパコやるゴム製のような駄じゃればかりですと言うと どうも言葉に勢いが無くなり今ひとつインパクトが足りない気がするのですが・・・・皆さま どう思われますぅ?


そんなことはどうでもよいって仰いますか? はい、済みませんどす。


このように、いきなり皆様の心の準備も整っていない読み始めの段階を狙ってぶちかましの臭い駄じゃれを放たなければならないのも・・・本日の題材が浮かばないことが大きな原因なのであります。


詰まらない駄じゃれに加え脈略の無いいきなりの脱線話の多さに賢者の皆様も、もういい加減ウンザリしていることでしょうね。


誠にアイスマンであります。
本当は、相済みませんと書こうとしたのですが

入力ミスでアイスマンとなりました。

昔ゲームソフトでロックマンはありましたが・・アイスマンってありました?・・・

このようにアホなことをしている内に、数えてみますと何十行かの文章?になっているので皆さま、ブログを書くなんてことはこのように誠に簡単なものでございまする。


しかし、そろそろ本題に入るとして何のお話が宜しいでしょうか?

おおっ、そうですね。あまり楽しい話ではありませんが、会社の事務員さんの3歳になる娘の話を・・・
その女の子は毎日保育園に行っている。


それはそれで日本でも良くある話ですので問題は無いのであるが・・・その保育園の担当の先生に秀さんの会社の事務員さんは毎月30万ドンをあげていると言う話を聞いて
何故にあげるのか? と聞き返してみた。


だって、あげないと私の娘は先生から必ずはねにされるもん。

とのお答えに唖然。
私は私の両親が同じように先生に付け届けを毎月してくれたお陰でのびのび成長出来たし、私も同じようにして、多分私の子供も将来同じようにすると思う。
そう、これがベトナムのやり方だものと聞いて悩んでしまった。


要はあげなくても全くよいお金、逆に貰ってはいけないお金であると秀さんが抗議すると、
事務員さん曰く、
公務員の賄賂はいけないことは分かっている、しかし十分な給料を上げようにもその原資が無いので悲しいことではあるが、今のこの国状態ではある程度のそれは今の段階では黙認するしか方法はないと国のお偉い人が言う国なのよ。

分かるぅ 秀さん と言われた時に反論する言葉を失った。


こうなると、もう賄賂という定義があてはまるかどうか分からなくなってしまいますね。
じゃぁ 一体なんて呼べばよろしいのでしょうか?ホーチミンおじさ〜ん ではなく金田一先生か?


未だにこの国は、奥が深くて判らないことばかりである。

posted by 秀さん at 00:02| ハノイ ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月17日

昼間からビール編

ベトナムでは男性が昼間からビールをバンバン飲んでいる姿をよく見かける。

日本人では考えられないが
昼食時間に顧客先とビールを何本も飲むことは普通に見られる光景である。

まぁ、生活習慣違いと言えばそれまでなのだが
陽が高い内から赤ら顔のおっさん連中をみていると
これでこの国は大丈夫か?と考えずにはいられない。

その代わりといっては何だが、女性たちは朝も早くから仕事に精を出して頑張る。

いやぁ、ほんと!男性には誠にもっていい国だと思ってしまう。

また、昼間から営業しているローカルのカラオケ店の多さを考えると
一体この国は本当に社会主義の国だろうかと思ってしまう。
ビール
OK共和国と名前を変えても罰は当たらないかも・・・。

ローカルのカラオケは昼過ぎから
夜の11時くらいまで営業しているのでホステスのおねえちゃんも大変だと同情せずにはいられない。
店の売上のメインはビールの空いた本数なのでおねえちゃん達もノルマと歩合でどうしても無理にでも飲まざる得ない。
夜の9時頃には完全に出来上がった状態のホステスさんを見るにつけて同じビールを飲むにしても昼間のおっさん達とは違い大変しんどいことだろうなと同情してしまう。

このようなホステスさん達は貧乏な田舎から出て来て辛い思いをしながら稼いだお金を全員とまでは言わないが田舎の両親の生活費や弟や妹の学費のために仕送りするのである。
日本で水商売と言われる職業ではあるがベトナムのそれは少し意味合いが違うような気がする。

日本のように年金制度が誰にでもある訳ではないので全く無収入の年寄りも多い。
仮に年金があったところで5千円未満が大半で中には千円程度と言った話を聞くと
いくら田舎とはいえ日々の生活を営むには当然足りないのである。
そこで両親の生活を助けるために田舎から都会へ出て働くのであるが物価の高い都会では高い家賃をはじめ自分の生活費を引くと思うような金額は残らない。
そこで一大決心をするのかどうか分からないが水商売へと流れて行くパターンが多いと話に聞く。

また都会暮らしの淋しさに仕事もろくにしないお兄ちゃんに貢いでいるおねえちゃんも多いとも聞いた。
いわゆるヒモの生活である。
秀さんはヒモの生活をした経験はないが・・・
いったいどういった心境なのであろうか?
仕事中毒でこの年になるまで生きて来たので
そろそろ考え方を変えて一生のうち1度位はヒモの生活を体験しても面白いかもしれん・・・
と考えるには考えたが・・・

ちょっとそこのあんた! 
自分の突き出た腹、チビに白髪頭、風采の上がらない顔に、
自分の歳を考えんかい! と一蹴されることは必至なのであきらめやした。

ヒモが無理なら糸くらいになろうか・・・?

いや、天国のおかあちゃんに罵倒されるのが怖いのでやはり諦めときますわ。

ベトナムではビールは一人に1本ずつ付きます。
仮に5人で飲んでいたとしましょうか、
2人のビールが空になっても残り3人のビールが余っていれば
日本では当然そのビールを注ぎますわな
しかしベトナムでは(ホーチミンだけかも知れませんが)残っていても追加で2本持って来るのです。

何故なんでしょう?

未だもってこの一人に1本ずつが決まりというのが理解できないのでありやす。
その割には料理を食べるときは大皿が出て鍋を食べるときのように皆で思い思いに箸をのばすのです。
この2面性が秀さんの頭を混乱させるのであります。

誰かこの謎を教えてくれないでしょうか?

まぁ、こんなどうでもいいことに疑問を投げかけ、大切なことはコロッと忘れるお前のその性格の方が不思議でならないと言われる方もおりましょうがもう残りの人生も
1/3を切っておりますのでどうかお許しを・・・。

長い間、夕方以降にお酒を飲むと言う習慣が身についている日本人は
昼間からビールを飲まされると酔いが早いというかその後仕事にならないと思うのですがベトナム人は何事もなかったように赤ら顔で仕事に戻るのであります。

何故に昼間からお酒を飲むのか!!!と言ったところで、

何故に日本人は昼間にビールを飲まないのか!!!
とベトナム人に言い返されるだけですのでこの議論しても無駄なような気がします。

これだけビールの消費が多い国ですので痛風の男性も多い。
健康のためにも飲酒はほどほどが一番ですね。

賢者の皆さまのご健康をお祈りして本日のビール話は終わりにいたします。

おやすみなさい
posted by 秀さん at 11:06| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

ベトナムの商法編

ベトナムで会社を起こしたり投資したりする為の法律は以前はベトナム人と外国人(内資と外資)では全く異なっており外国人がベトナムの地において会社を作ることは様々な規制があり非常に面倒で時間もかかる。

そういうものをスムースに行おうとすれば高額の手数料 付け届け ワイロ 袖の下 裏金 アンダーザテーブルマネー 越後屋の山吹色のお饅頭と まぁ言い方はどうでも良いのであるが訳の分らない高額な費用がかかったのである。

WTOに加盟した現在、法律的にはベトナム人も外国人も同じ法の適用を受けるということなっており外国人もベトナム人と権利や義務は全く同じであるとなっている。

その法律とは共通投資法 統一企業法のことである。名前から分るように以前は内資外資で異なっていた法律を共通にさせ 統一するということで付けられた名前です。
私知人である日本人がある会社のベトナムでの会社設立及びイニシャル運営までのコンサルを引き受けた。
会社設立に関しては以前と全く変わらず高額な手数料が必要だったとのことである。

法律が施行されても運用が従来の体制のままであるので、仏作って魂入れずではないが全く意味が無いのである。
警察官は泥棒を捕まえるのはベトナムでも当然のことであるが、実際は仮にバイクを盗まれて探してくれと届けても結構な金額を提示しないと全く動かないのが現実である(経験済み)。

しかしこんなことで良いのかなぁといつもベトナムのことを心配する秀さんでありやす。

少なくとも世界中で一番のベトナム援助国であるわが国の人間がベトナムにおいて会社設立や投資をする場合には最高の恩恵を受けても罰はあたらないのではないだろうか・・・。

何故にワイロが無くならないのか!という問いに 役人でも下の地位にある者たち(警察官 教師 役所の事務方・・・)の給料は安く生活を支えるには不十分であるからもらうものをもらわないとやっていけないというのが答えである。

幾ら汚職を撲滅しよう!と書記長や大統領や首相が叫んだ所で底辺の根本的問題を解決しないとどうにもならない。

公務員の給与を大幅に上げる
ワイロの減少
国民の信頼が徐々に回復
自国愛の芽生え 
国民の納税意識の変化
国庫収益の増加
更なる国民サービスの実施
国民の更なる信頼度アップ

以下 良い循環が繰り返されれば徐々に汚職問題も解決されると思うが・・・。
現実は外国の会社や個人だけがクソ真面目に税金を払い自国の会社や個人は全てとは言わないが納税をするという意識が全く無いように思えてならない。
脱税を取り締まる税務官や査察官がワイロをもらっている国、法の番人たる裁判所しかり警察しかりであるから5年や10年で片付く問題ではないだろうがこの金権体質を変えない限り真の成長は望めないと思う。

しかしそうは言ってもここ10年ベトナムは著しい経済成長を遂げていると言われれば返す言葉がない。
先進各国がベトナムに注目して投資を大幅に増やしているからに他ならない。
ベトナムの首脳部の外交の上手さパフォーマンスの良さに日本も見習うべきものがある。

経済とは不思議な生き物だなぁと思わざる得ない。
国の様々な面のどこを切り取ってもベトナムよりはるかに日本の方が素晴らしく立派なのだが企業や個人のお金はどんどん日本から出て行きベトナムのような発展途上国に注ぎ込まれるのであるから不思議である。

あ〜 もうやめましょうこんな話は!

話題を変えて・・・

昨日愚息から久しぶりに電話がかかって来た。

あ〜 借金のお願いか?と思いきや

何と!おやじぃ 元気にしているかい?

と今までと違い目をひん剥くような内容でありやした。

どういう風の吹き回しか分らないがほんの少し嬉しかった小市民の秀さんでありやした。



posted by 秀さん at 22:33| ハノイ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

何でもお祭りベトナム人編

昨日はバレンタインデー。仕事の帰りに路上のいたるところで花やを売っているのを見た。

サッカー場の近くなんかは売り子が路上に何十人も繰り出して手に手に花を持ってそこを通りかかるアベックに熱心に売り込みをしている。
また食事に寄ったレストランでも若い男女の団体がカラオケルームを借り切ってコンパ風の宴会をやっていたり既婚者たちも家族連れで大勢来ていた。

168.JPG
レストラン風景

テーブルにはプレゼントが置いてあったので、あ〜 ここもバレンタインデー絡みかと分かった次第である。
まぁ、レストランに来ている客たちはそこそこ裕福な連中なのでしょう、忙しく動き回る田舎出のウエイトレスのお姉さんたちとの対比がこの国のアンバランスさを良く表している。

とにかくベトナム人(南部だけかも知れないが)は何かのきっかけが有りさえすればお祭りにしてしまう傾向がある。
まるで昔の高度成長期の日本のクリスマス状態である。

酔っ払ったお父さんたちが頭に三角の帽子を被り手にはクリスマスケーキを持ち飲み屋街で大騒ぎをしていたように皆浮かれ状態である。
テトが終わったとは言ってもまだ全く通常の状態には復帰しておらず正月の延長線のままである。

毎年のことだが、テトの前後、約1ヶ月間は国全体が機能していない感じで仕事で赴任している在越外国人たちはイライラするばかりでどうしようもない。

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posted by 秀さん at 07:28| ハノイ | Comment(1) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

テト編

ベトナム人の知人友人たちはは皆さん田舎に帰っており日本人の友人達は日本に帰っておりましてカンボジアから戻って来ても何せ1人なのですることが無い。

嘘のようにホーチミンの町は静まり返っております。
ひょっとしたらスーパーでも開いているかと思いバイクを走らせたがどの店もクローズ。
営業しているのはガソリンスタンドくらいで食べるのに困ります。
家に戻ってバイクを入れるための玄関のドアを開けていたら隣の家族が外出する様子。
いつも秀さんと目が合うとニコッと微笑んでくれる可愛いらしい女の子(10歳くらいか?)がチラッと秀さんを見たので、おお〜 そうか! お年玉だなと合点がいきやした。
ちょっと待ってて下さいなと言い、部屋にあるお年玉袋に10万ドン(750円)を入れて渡してあげました。
相変わらず口数は少ない子ですが満面の笑顔を返してくれました。逆にそこのオヤジさんが恐縮して何度もお礼を言っておりやした、よかよか、秀さんもガキん子の時は同じ気持ちでありやした。

家でほけ〜としているとミトーのロンから今からホーチミンに家族と一緒に行くが構わないかと電話があり、OKノープロブレムと返事をして待っておりやした。
数時間後ロンの家族が到着。息子のファッ君もずい分と大きくなり髪型なんぞは今風なカットをしており少し色気が出て来た様子。
まぁ、当然お年玉は差し上げましたがお礼はホホにキス。
何でベトナム人は男同士でもこのような風習があるなか分からないが秀さんにしてみれば有り難迷惑でありやす。オカマでもあるまいに・・・。

おお〜 オカマといえばまた昔話で恐縮ですが、昔秀さんが学生時代にアルバイトをしていた飲食店は新宿西口のスバルビルという自動車会社の建物の中にありました。
そこそこテナントも入っていたのでトイレも割りと広くそこのビルのトイレがオカマまたはホモ仲間で有名な場所だそうで、それを知らなかった秀さんは男2人が大きい方のトイレに一緒に中に入るのを目撃してビックラこいたことがあります。
直ぐにそのことを店のマネージャーに報告すると杉○さんというマネージャーが 
またか!あいつら懲りない奴らだわぃ と言ってバケツに水を一杯ためてトイレまで行き秀さんに何番目のトイレか案内させそのトイレの上からそのバケツの水をぶっ掛け急いで店まで戻って来たのであります。

トイレ2人のホモにも驚いたがマネージャーの行為にも驚いた秀さんでありやす。

犬じゃないんですから 幾らなんでも水をぶっ掛ける事もなかろうに と秀さんは思いやしたが、
マネージャー曰く、こうでもしない限りアイツらは減らないのでテナントの皆も困っているとのことでありやした。

しかし東京は若い秀さんに様々な刺激を与えてくれやした。まぁ、ベトナムもある意味では刺激一杯の町ですが年取ったせいかある程度経験即内に収まるようになりました。

さて、ロンの家族に話を戻しましょう。
応接間でロンと奥さんと秀さんで話をしていたら息子のファッ君がアイスキャンデーを食べているのが目に留まり、んん〜 それは秀さんが買って冷蔵庫に入れておいたもんじゃなかろうか?
聞いてみたらそうだとのこと。

日本人だとここで驚くでしょうね・・・勝手に人様の冷蔵庫を開けて断りも無しに中のものを喰っているなんて! 

ベトナムでは親しくなるとこれは当たり前のことで驚きもしませんがやはり気分の良いものではありません。
ロンを呼んでベトナムでは普通だが日本及び他の国では失礼な行為にあたると話をして聞かせ、将来ベトナムも先進国になるだろうからその時に恥をかかないように息子に後でよく言って聞かせるようにと諭しました。

秀さんはその行為自体に別段怒りもしませんがベトナムの普通は世界の普通ではないことだけは知っておいて欲しいと思いますねぇ・・・

潔癖症の日本人から見れば許しがたきことでしょう。
国民性の違いと言えばそうですが まぁ、上流のいや訂正(ベトナムでは上流の定義は難しいので)、それなりに先進国流の躾を身につけたベトナム人は違うのでしょうが一般的なベトナム人としては不思議なことではないようです。

まぁそんな堅い話は抜きにして久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来ました。
ロンの家族のこの1年、幸多かれとお祈りしてお別れいたしやした。

秀さんも 今年1年 夢の様な出来事はあってほしいなぁ・・・

じゃあ その夢って 一体何よ? 秀さんのいつもワンパターンの絶世の美女のこと?

と軽くあしらわれそうなので そんなことは考えずに地道に働きます。

ハイ。




posted by 秀さん at 10:42| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

バイクや携帯電話のフィルム編

ベトナム人はバイクの周りに透明のフィルムを貼り付けて傷防止、色あせ防止をしている。

大きさにもよるが1台平均30万ドン位ではないかと思う。
フィルムは熱収縮フィルである。
それを100円ライターで火をつけながら器用に貼り付けていくのである。
道路沿いに色とりどりのフィルムがダンボール箱に置いてあればそこがフィルム貼り屋さんです。

中心地ではカックマンタンタム(通称:CMT8 カックマン=革命 タン8=8月 8月革命通りの意味)通りのタオダン公園前に数軒固まって路上で店舗?を出している。
バイクのシート貼りだけでなく携帯電話全体に保護の為のシールも貼ってくれる。値段は2万ドン程度。
後で売る時のことを考えてそうするのかどうかは判らないが何故かベトナム人は携帯電話やバイクをとても大切にする。

秀さんも新しい携帯電話の液晶パネル保護の為に家の中にあった透明なビニール袋をはさみで適当に切りセロテープで貼り付けていたがベトナム人の知人にダサ〜ぃと言われ何と!剥がされてしまった。
機能性を確保するだけではダメで見てくれも大切なベトナム人でありやす。

話はいつものように変わりますが、そう言えばベトナム人女性の髪の色は黒髪ばかりだと思っていたら、最近は良く観察してみると多くの人が髪を茶髪に染めているのを発見!
パーマ姿の女性も多く知らず知らずの内に欧米化が進んでいるのに驚きやした。

さすがに黄色や青や赤といったお祭りの夜店のヒヨコの色のような頭の人は未だベトナムにはいませんがその内、あたま爆発系の若者も増えてくるのでしょうねぇ、きっと!

秀さんの年になると何が嬉しゅうて、
いや悲しゅうて、
耳や鼻や唇にピアスを何個もぶら下げたいのかわからへん。

最近ではタツゥー(イレズミ)も若い人の間で流行っているようでイヤハヤ何とも時代の違いを感じてしまいますぞぃ。

イレズミと言えば昔、昔秀さんが深夜終電も無くなり仕方なしに泊まりも兼ねて浅草のサウナに入っていた時のことですが、湯船に10人位の人が浸かっていたのですが、1番に秀さんが湯船から出て水風呂に入った後サウナ室に入りました。
次にサウナ室に入って来た人は上半身龍のイレズミをした怖いお兄さん。
秀さんは目を伏せ気味にして座っておりました。
次に入って来た人もこれまた全身にイレズミのお兄さん。
そして次も、またその次も・・・。
やくざ屋さんの集団の中で素人は秀さん一人。

何故にこんなサウナに入店したのかと・・・死ぬほど後悔しながら突き刺さる視線を背中に感じながらサウナ汗ではなく冷や汗を流しておりやした。

イレズミと言えばもうひとつ思い出が・・・それは学生時代のアルバイト先のレストランでの話。
洗い場のおばあちゃん(65歳位)が新しく店に入って来た調理人の足を見て汚れているから洗ってあげると言い出しタワシで洗うが汚れが取れない・・・おかしいと首をかしげるおばあちゃん。

だって取れるわけ無いじゃん、足にあったのは蛇のイレズミだもの。

こんな経験からか、秀さんはイレズミを見るとその時の光景がよみがえって来るのであります。

親から頂いた大切な身体に何故に墨を入れるのでしょうか?
まぁ自己表現の1つの手段としてやるのでしょうが秀さんにはそれが今のファッションと言われてもどうも今ひとつ賛成出来ないのでありやす。

しかし、どうしても墨を身体に入れたいのなら・・・あなた! 

そう、イカになりなさい!烏賊に!

今日も携帯電話のフィルムの話が最後はイカの話になってしまいました。
そこで今日はこれまで!

イカ いや訂正 以下 省略。




posted by 秀さん at 00:41| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

新春結婚披露宴編

取引先の会社のベトナム人の結婚披露宴に出席いたしやした。

場所は空港近くのタンソンニャトホテル。新郎新婦とも秀さんの知り合いであります。
ま、そういうことなので・・・美男美女のカップルということにしておきます。

当然秀さんの知人友人も多く出席しており、偶然の流れではなく、前もって運命付けられた激流に流される浮き草のように秀さんは酔っ払いのベトナム人達と結婚披露宴の後の2次会へと飲みに繰り出されるのであります。
まぁ、日本でもよくあるパターンですが、酒飲みのベトナム人の飲み方は半端ではないので、酔っ払い狼の大群の中の迷子の迷子の子羊ちゃんみたいな秀さんは大いに困るのでありやす。

ウソこくなぁ〜!!!と1部、いや、多くの方からご反論もあるかとは思いますが、最近の秀さんは何とも言えない落ち着いた、言いかえます、お上品な飲み方をするので、口の横からビールの泡を飛ばしながらお姉ちゃんのお尻でも触りながら、がぶがぶと飲むようなお下品な飲み方はどうもその育ちの良さゆえかどうか分かりませんが性に合わないのでありやす。

過去日本の飲み屋街でトンでもない飲み方をしていた秀さんを何度も目撃したとの怪しげな情報がありますが、それは秀さんではなくヨッシーという別の人物でありますので賢者の皆様はお間違い無きようお願い申し上げます。

しかし、結果は秀さんの心配したとおりの展開になってしまいました。
ベトナム人は親愛のしるしかどうか分かりませんが、酔っ払うと男同士でも頬ずりしたりするのであります。
じん麻疹が出そうになるのを我慢しながら飲む今年の初酒の味と男の頬ずりはこりゃ何とも形容できない趣き、いや、この1年の悪い予感&悪寒がするのでありやす。

ベトナムは皆様ご存知のように南国の国であります。日本や中国、韓国のように寒い冬が来て雪が降ることはありません。
よって、しこたま飲んで酔っ払って外に寝込んでも秀さんのようにお金や靴は無くなっても決して凍死する心配はありません。
こういう気候的なものもその飲み方に現れているのではないでしょうか?

また、特に南部は肥沃な土壌に恵まれ沢山の食物が出来ますので歴史上においても長い間飢えるということがない国でありましたので毎日飲んで喰っても心配な〜い、あまり難しいことは考えずに飲めや歌えや といった楽天的な宴会のやり方になったのではないでしょうか?

秀さんは文化人類学者ではありませんが、今後もベトナム人の生活様式・言語・習慣・ものの考え方を通じて秀さん独自の理論&ダジャレを勝手に展開して行きたいと思います。

結局、秀さん疲れ果ててタクシーで帰宅したのは午前様。
(D-ログ67.7kg+残留アアルコール)


最後に、お二人の結婚の記念に
昔よく話のネタに使った都々逸を・・・

私とお前は茹で卵 わたしゃ白身できみを抱く

酒の肴に新聞出され 見れば世間のアラばかり

惚れた数からふられた数を 引けば女房が残るだけ

うちの亭主とこたつの柱 なくてならぬがあって邪魔

面白いときゃお前とふたり 苦労するときゃわしゃひとり

知らなんだぁ おかあちゃん仏と夜叉の2面妖怪とは(秀さん 作)







posted by 秀さん at 13:04| ハノイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

テト前の結婚式編

来年のベトナムのテト(正月)は2月7日である。
その前後1週間〜10日間程休む場合が多い。テトを迎える前に結婚式を挙げるカップルも多い。

秀さんも既に3組から招待状を頂いています。テトを過ぎると皆さんお金が無くなっているので御祝儀が少なくなるのを心配してテト前に式を挙げるのだと冗談交じりに話すベトナムの友人がいたが、案外、冗談ではなく本音かも知れないと秀さんは考えてしまった。

まぁ、お祝い事なのでハレの結婚式くらい祝儀を200万くらいバーンと弾んで(円でなくドンですが・・・)と思いたいがこう何組も重なると出費も痛いものである。

ベトナムの結婚式にはもう何回も出席したが、ホーチミン市においては食って飲んで歌つて満足したら勝手バラバラに解散のパターンばかりです。
もう少し結婚式らしい演出が効いた式があっても良いのではないかといつも思うのである。

日本の結婚プロデュース会社の進出のチャンスですよ、ワタベウエディングさん ベトナム進出考えたらどうでっか?

結婚式も賑やかなら葬式も賑やかである。どうもベトナム人はしんみりと胸にしみる様な場面が嫌いなのでしょうかねぇ?

秀さんが思うに、茶の湯のような静かなる動作の中にピンと張り詰めた精神性のようなものはベトナムでは決して理解できないのではないかと思ってしまう。

前回、お酒の飲み方をお話しましたが、ベトナム人を日本人向けのラウンジに招待すると全員が全員つまらな〜い、面白くな〜いとご機嫌斜めになります。
ゆっくりとグラスを傾けながらホステスさんとお話しするだけで高いお金を支払う日本人は100%アホと思われております。

ビールをバンバン飲んでカラオケをガンガン歌ってベロンベロンに酔っ払いながらもソコソコお触りはするというのがベトナム人には楽しいのでしょうねぇ。


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posted by 秀さん at 03:50| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月29日

エエ歳こいた誕生日編

ベトナムでは何故か?誕生日はかなり特別な日のようである。

日本人はガキの頃ならまぁ、友達を招待してお母さんがケーキや料理を用意してパーティなんぞをやりますが、いい大人になれば恋人同士か夫婦間で外食したりプレゼントをやり合う程度でしょう。

しかし、ベトナム人はじじ様ばば様になっても皆さん、知人友人を大勢招待してパーティやら飲み会を開くのであります。誕生日の日はベトナムでは他人が自分の為にお祝い会を開くのではなく自分が会場を選定して知人友人を接待するという変な?習慣です。それも全部自腹で本人が全額払います。プレゼントを全員がもって来るという訳ではない(実際プレゼント持参は半数以下)ので大赤字必至であります。

この前、秀さんも59歳の取引先のお偉いさんに呼ばれ同席いたしやした。まぁ、5千円程のボールペンをプレゼントに持って行きましたが、実際の誕生日は明日だが、明日は家族や親戚を呼んでの別のパーティを開くと言うことで前日に開催したとのお話。
そこまでして何回も誕生会をやることも無いと秀さんは思うのだが・・・場所は何と!カラオケ屋さん。
招待客?10名程度はいたでしょうか?
秀さんが到着した時にはもう皆さんべろんべろん状態でありました。

長時間お相手させられるホステスさんも大変ですわ!貰うチップは時間に関係なく10万ドン(750円)ですので効率が悪いだけでなく泥酔者は触りまくり訳の判らんこと言いまくり・・・心より同情いたしやす。

お昼の1時から飲んでいるとのお話でしたが、全員完ぺきな泥酔状態で何を言っているのか判らず苦労しました。
ベトナムでは遅れて来た奴は駆けつけ3杯ではないですが、ビールの一気飲みを全員から強要されます。
モッチャム モッチャムの連呼の嵐。mot tram=モッチャム 意味は数字の100 要は100%飲め=一気飲みしなさいと言うことです。
これがまた辛いのであります。

秀さん、何が悲しゅうて52歳にもなってビールジョッキの一気飲みをこれ程までにしなければならないのでしょうか?いつも自問自答するのであります。
しかしそう、ここはベトナ〜ム。郷に入れ郷に従え・・・でも辛いことこの上ない。
何故にベトナム人はこれほどビールを浴びるほど飲むのでしょうか?
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posted by 秀さん at 00:27| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

忘年会編

日本では12月も半ばを過ぎ連日、社内や取引先と忘年会が行われていることでしょうねぇ。

忘年会と言えば寒い冬には鍋料理が良いですねぇ、ベトナムで造った日本酒らしきもの?ではなく本物の旨い日本酒を前に湯豆腐でも鱈鍋でも寄せ鍋でも良いですわ、熱々の料理が欲しい!
たまには日本に住む方達と季節感を共有したいと・・・暑いホーチミンでの空想する秀さんでありやす。

お酒はその国その気候風土にあった飲み物ですので、日本人と言えば日本酒と昔は定番でしたが現在は洋酒やビールが幅を利かせている感じで少し寂しい気がします。
という秀さんも以前は日本酒は余り飲みませんでした。
歳を取って来てから少しは日本酒の旨さが判る様になりました。

肴は炙った烏賊でいい♪〜 と八代亜紀が歌っていましたが、ここベトナムでもスルメは日本以上に一般的で 
KHO MUC (コー=乾く、乾燥する ムック=イカ、インク)と言いますが日本と同じで軽く炙って食べます。
ただし、タレは醤油ではなく赤い唐辛子の甘辛いタレに付けて食べます。値段は大きさにもよりますがベトナムでは割と高く、1つ150円〜200円位です。

ベトナムでも忘年会はあります。職場や取引先の仲間と年末にはよく酒席に繰り出します。
でもここホーチミンでは毎日ビアガーデン忘年会のようで季節感は全く有りましぇ〜ん。

最近はクリスマス前なのかどうか判りませんが、会社の事務所のあるグエンフエ通りやその1本となりのドンコイ通り、レロイ通りは夜遅くまで若いベトナム人や家族連れで賑わっており、夜10時過ぎになっても大勢の者が繰り出してタクシーが拾えない程の活況を呈しています。

大都会ホーチミン、景気の良い人達が段々多くなって来た兆候でしょうか?結構、皆さんドレスアップしてオシャレしてファッションを決めています。

暑い国のベトナムでもクリスマスセールはバンバンやっており、サンタの衣装を着た店員さん達も多く見受けられます。

ベトナム人ってあまり深く考えることなしに何でも取り入れるような感じがしますねぇ。
まぁ、日本人もおなじかぁ・・・
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posted by 秀さん at 00:33| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

ベトナムのクリスマス編

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日本の皆さんは想像できないでしょうが、南国ベトナムでも結構早い時期からクリスマスの飾り付けをあちらこちらでやっています。
秀さんの事務所の近くの国営デパートも写真のように外壁全てに雪を模った化粧を施し雰囲気を盛り上げております。

デパートとか商業施設以外の一般の会社でもドアや壁にクリスマスのデコレーションをする所が多く驚いてしまいます。
何でかいな?と以前は不思議に思ったのですが、毎年のことなので今では、あ!もう12月かぁ と思うようになりました。

ベトナムはフランスの影響かどうか判りませんが日本の町以上にケーキ屋さんがあるのではないでしょうか?誕生日にもケーキを買いますし当然クリスマスケーキも当たり前です。
東南アジアの国なのですが、フランスの支配を受けたりしているので越洋混在みたいな妙な、それでいて、何故か良い感じな雰囲気なのです。

ガキん子の頃から美味いフランスパンを食べなれている東南アジア人というイメージは中々わいて来ませんが、日本人よりも格段にパンの美味い不味いは判るようです。

今でもお金持ちやお偉いさんの娘や息子はフランスに留学することも結構有ると聞きます。
ホーチミン市にはインターナショナルスクールというか、各国の学校があります。
フランスのマリークレールも長い歴史を持った学校で有名ですがホーチミン市にもあります。
他にオーストラリア、日本、台湾、韓国・・・アメリカンスクールが有るかどうかは秀さんは知りませんがベトナム人の1番の憧れ国がアメリカですので多分?あるのではないかと思います。
一方ベトナムは歴史的にもロシアとの関係も深く以前にロシア留学を経験した人も多くいます。

ロシアと言えば・・・そうそう、秀さんのベトナムでのお勧め土産の一つにロシアンスモークチーズがあります。


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posted by 秀さん at 01:37| ハノイ ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

ベトナムの宝くじ編

TAKARAKUJI
今は高くなった宝くじ

秀さんは、ベトナムで幼い子供や年寄りのばあ様が宝くじを売っていると、ついつい大量に買ってしまう悪い癖がありやした。

昔は1枚2千ドン(15円)だったのですが、今は5千ドン、1万ドンの宝くじばかりでは2千ドンのものは無くなってしまいました。

ちなみに5千ドン(約35円)の宝くじ一等は何と!1億2千5百万円です、いや訂正ドンです。約90万円位でしょうか、でも貧乏なベトナム人にとっては、いや、秀さんにとっても大きな金額ですわ!

宝くじと言えば、ベトナムでいつも共同で宝くじを買っていた仲良し親友2人組がいて、ある時一人が何十枚か宝くじを買って来て、半数をもう一人に渡し、半数を自分が取った。

何と買った本人の宝くじの中に一等があり問題発生!片方の奴が当たりを山分けするのが正当であると主張するが、買った本人は断わる。
もめにもめて裁判にまで発展するところがベトナム人の憎めない所と言うか悲しい所である。
結果は買った本人が半数ずつと分けているので当たった者が全額受け取るのが正しいという判決でありやした。その後、当然この仲良し親友2人組は最悪の関係になったという悲しいお話である。

日本だと仮に年末ジャンボ、前後賞入れて3億円としましょうか!

もし仮に秀さんが当たった側だったら・・・ん〜 難しいですねぇ?
多分、たぶん、TABUN、ですが半額とは言わずに3分の一の1億円あげるかもです。

でも愚息あたりが反対したりして簡単には行かないかもしれないですね・・・。
日頃綺麗ごとを言っている奴に限って大金を目の前にした途端、人格即変身ヘンシ〜ンとなるかも?そりゃお前じゃぃと言われそう・・・。

まぁ実際3億円を手にして見るまで実感は沸かないですが、親友関係を崩してまでもお金を取るか、取らないか? その時になるまで判らないですが・・・
早くそんな時が来ないかなと思っているアホの秀さんでありやす。

逆に当たらなかった側だったら、内心ではこいつ1億円位は俺にくれるのではないかと・・密かに期待する、いやかなり期待する、いやいやものすごく期待する、いややいや当然くれるのが義務であると考える・・・かもです。

賢者の皆様はどうでしょうか? 
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2007年11月17日

マリア像のある教会編

日本の皆様はベトナム人でキリスト教徒が結構多いということをご存知でしょうか?

人口の10%位はキリスト教徒だそうです。10人に1人の割合ですので、秀さんの知り合いにもキリスト教徒のベトナム人が何人かいます。
皆さん日曜日には小奇麗な服を着て朝のミサに出かけて行きます。

以前テト(ベトナムの正月)の時期にニャチャンの近くの町のキリスト教徒のベトナム人に招待され数日間泊まったことがありました。その時にミサにつき合わされたことがあります。

仏教(禅宗)の家系の子である秀さんが何ゆえに教会のミサに行かにゃあかんのかと思わないでもなかったが、1人他人の家に居る訳も行かず同行した次第でありやす。
多くの信者が集まり牧師さんか神父さんか知らんが、ベトナム語の訳のわからん説教を聴き、知りもしない賛美歌を歌わされ約1時間にわたるミサは終了。最後に寄付の箱が回され、それぞれ何がしかのお金を入れていたようです。

マリア教会

聖マリア教会:裏側からの写真

観光客の皆さんが良く訪れる1区の聖マリア教会は歴史も長くフランス統治時代の立派な建物ですが、
この教会も日曜日の朝はミサをしており、別段観光客でも入ることは出来ますので参加されてみたらいかがでしょうか。
秀さんは退屈しただけですが、内部の中々立派な宗教建築を見ることができますよ。

この教会の前に大きなマリア像が立ってりますが、信者に言わせるとマリア像が時々涙を流すと・・・。

2年間ほど前、秀さん涙が出ましたよ! と知人のベトナム人に言われ、ほんまかいなと連れられて行ったことがあるが、どう見ても誰かが深夜に梯子を掛けて登りマリア像の目の部分にロウソクを垂らしたに違いないと秀さんは思ったのであるが・・・

その知人は信じて疑わない。
そんなアホな!と思うが、信仰とは客観性も実証性もなくすものなのでしょう、でもその友人には黙っておりやした。

涙を流すくらいなら、もっと恵まれないベトナムの子供達に美味しいお菓子くらい降らせたらどうかと注文をつけた秀さんでありやした。


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posted by 秀さん at 09:03| ハノイ 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

ホーチミン気候&庭編

ここ最近の昼間は青空のよく見える晴天で気分もうきうきする感じなのだが、何故か夜になるとバリバリと雷さんが音を立てた大雨が降る。

雨季がもう少しで終わろうとするこの時期なので、最後の頑張りなのか分からないが、決まって秀さんが居酒屋で食事が終わってそろそろ家に帰ろうかという頃に急に降りだすのである。

ベトナム品行方正友の会 会長の秀さんであるので・・・日頃の行いは決して悪くないと思うのだが・・・。

ホーチミン市のあるベトナム南部の気候は、6月〜11月までが雨季、12月〜5月までが乾季と2シーズンしかない。まぁ、シンプルといえばシンプルなのであるが、日本のように四季があり、四季折々の情緒や風情を感じることは出来ない。

ベトナム南部のベストシーズンは12月〜1月。乾季で暑さも少し和らぐ。とはいっても北のハノイと違いホーチミンは夜でも寒いと感じることはない。

秀さんは桜の花咲く春が一番好きである。入学や就職で初々しい若い人達が真新しい服を着て学校や会社に通う姿をみると何故か嬉しくなってしまいます。

実家の庭に大きな桜の木が数本あり、春になると満開にピンク色の花を咲かせ近所の人の目を楽しませて来た。今は年に1〜2回しか実家に帰ることはないが、桜の木の下で、同じアホ友達の同級生と久しぶりに酒を酌み交わしながらバカ話をするのを楽しみに、今度は桜の季節に帰ろうかと思っている。

庭には大きな梅の木もあったが何故か枯れてしまった。亡き親父が梅は育てるのが割りと難しい木だと言っておりました。
若いときには日々の仕事や生活に追われあまり草木に思いを寄せることは少ないが、歳をとって来るとそういった草木がいとおしくなるのか判らないが・・・今は両方とも亡くなってしまったが、定年退職後、秀さんの親父もおかあちゃんの親父さんもよく庭いじりをしていたなぁと思い出す。

今秀さんの実家は知り合いの老夫婦に管理して貰っているが、その夫婦も庭いじりが好きで庭中、たくさんの花や盆栽で一杯になっている。

お花一杯は良いのですが・・・


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posted by 秀さん at 00:02| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

ベトナム酒席での序列編

普段ベトナム人とお酒を飲むことが多い秀さんであるが、ひとつ不思議なことがある。

仕事の席などでは上下関係ははっきりしているのであるが、酒の席では会社の上司と部下、年長者と若者といった上下?序列?の関係が無くなるような気がする。

日本では取引先にぺこぺこしながらおべっかの一つも言いながらお酒を飲む光景は当たり前の様に見かけるが、ベトナムでは何故か?そのような光景を見ることがない。

秀さんは今年52歳であり、取引先のベトナムの人達は秀さんよりはるかに若いのであるが、まるで同級生のような感じで一緒に飲む。年配者の威厳もクソもなし!・・・、まぁ、秀さんにはもともと威厳も貫禄も無いが・・・。

秀さんの場合は20歳の若い人であろうと、逆に60歳の年上の人であろうと昔から接する時のスタンスは同じ、若いから、平社員だからといったことで別段下に見ることもないが、年上、お偉いさんだと言うことでへり下ることもしない性格なので全く気にならないが・・・そうでない日本人の方から見れば、少しカチンと頭に来る方もおられるのではないかとベトナム人の飲み方を心配するのである。

昔韓国での出来事であるが、若い人が高齢者を前にして、タバコを吸うのを止めた光景を見たことがあるが、また更に昔の韓国では高齢者の前で若者はメガネを外したということも聞いたことがある。メガネは年長者がかけるもので若者がかけるのは失礼にあたるという理由だったらしいが・・・今の韓国では全く考えられない。まぁ、儒教の精神が脈々と生きていた頃の韓国の話ではあるが・・・。

ベトナムも儒教の影響を受けた国であるので、年長者を敬うことにかわりはなく。年齢が上の人に対するよび方は日本より多い。例えば、自分より下はエム(Em),同じか少し上はアン(Anh)、かなり上はオン(Ong)、それ例外にも年齢毎のよび方があるし、両親に対する絶対的な尊敬や服従も別段不思議なことではない。

しかし、何故に?酒の席では皆対等というか、あまり上の者に遠慮をしなくなるのであろうか?。秀さんが感じることだけなのかも知れないが?

一度他の在住の日本人の方に聞いてみたい事柄であります。続きを読む
posted by 秀さん at 06:22| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム風習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする