2017年02月15日

乾季なのに気温が高いホーチミン編

ここのところ乾季に雨が降ったり気温が高かったりと例年と違いホーチミンの気候はおかしい。

って・・・お前の頭のほうがもっとおかしいわぃ! と言われても返す言葉がない秀さんですがね。へい

ベトナムはテトも終わり人々の暮らしぶりも通常に戻っておりますが秀さんの方は仕事上の様々な問題処理に追われ落ち着かない日々を過ごしております。
過去を振り返っても落ち着いた日々が数年も続いたことなんてありませんでしたわ。
いつも波乱万丈というか何がしかの問題が生じその処理に忙殺されるといったことの繰り返しで落ち着く暇も金も恋人もいないのが秀さんの一生なのかしら?と思うこともありまして 嗚呼 悲しいのう と嘆くこともしばしばでごわす

しかし見方を変えれば、本来なら妻を亡くしベトナムで寂しい独居老人生活送るべきところを愚息夫婦との仲も良く可愛い孫2人に囲まれ和気藹々とした家族生活をさせていただいていることを考えると幸せ者と言えるのかも?ですね。
まぁ、妻を亡くしていなければベトナムに住む可能性はほぼゼロに近かったでしょう
だって秀さんの奥さんは秀さんと違い東南アジアはダメダメ人間でしたから

この歳まで生きて来ると過去の過ちや判断ミスなど後から分かることも多いですわ
しかし過ぎた過去は幾ら望んでも変えることは出来ないので振り返らずに前を向いて歩いていくしか残された道はありません
様々な問題が生じてもそれを受け入れ、よっしゃ〜 何とかやったるわぃ! と前向きに考えて努力していけば過去もそうであったように何とかなるもんです それがどんなに大きな出来事でもね

秀さん そうは言ってもね・・・・

金もない 彼女もいない 仕事もないのですが・・・
どうすれば良いのですか? 

と言うそこのあなた には次の歌詞をプレゼントしますわ
植木等さんの歌で青島幸男作詞の

♪ 黙って俺について来い ♪

ぜにのないやつぁ
俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 青い空 白い雲
そのうちなんとかなるだろう(笑声)

彼女のないやつぁ
俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 波の果て 水平線
そのうちなんとかなるだろう(笑声)

仕事のないやつぁ
俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 燃えている あかね雲
そのうちなんとかなるだろう
わかっとるね わかっとる わかっとる
わかったら だまって俺について来い

へい、人生、生きてさえいれば最終的には何とかなるもんです

悩むこたぁ〜 ありゃしませんよって ぼちぼちといきまひょ


posted by 秀さん at 05:40| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

確かに親孝行は親が生きている内にやるべき編

エエ歳こいて時々思うことは・・・
もう少し親孝行しておけば良かったなぁ〜 とか 亡き妻ともう少し一緒にいる時間を意識して取るべきだったとか・・・後になって後悔の念がふつふつと湧いて来ますがもう遅いであります。

後から悔やむから後悔と言うのでありまして、逆に何もないのに先に悔やむ人は秀さんのようなアホだですね  へい

結局、俺がおれが! 自分がじぶんが・・・と何事にも自分中心でしか行動できなかったことがその原因ですわ。まぁ、仕事やその他様々な理由や言い訳はあるにしてもね

誰しも子供時代は与えられるばかりで自分で子供を持ち大人に育てるまでは親の苦労の1/10も理解できないのが実際でしょうねぇ。 そういう秀さんもまたしかり・・・

秀さんは姉2兄1弟1を入れて5人兄弟でしたがそれぞれ平等に親の愛情を受けて大きくなりましたわ。
しかし お前(秀さん)は特に可愛がられたと・・・他の兄弟からよく言われましたわ。

まぁ、親にとってみればどの子も同じでしょうが相性は多少影響があるのかも知れませんねぇ
秀さんの場合は父親との相性が良かったのか大変可愛がられた記憶が今でもこころの奥に残っています。

その受けた愛情に対してのお返しはまったく出来ませんでした・・・
ただ、4番目で次男の秀さんがどういう訳か・・・(いや、訳はあるのですがね=要は長男から押し付けられた?)両親の老後の面倒をみることになりましてね。加齢による度重なる病気やら痴呆やら色々ありましたが両親を最後までお世話出来たことが唯一の慰めですわ。

叶うなら・・・もう一度会いたい、でも不可能・・・

そう考えると人間の一生は儚いですねぇ。

若い時、人生時間は有り余るように考えていたのですが、今年取って思うに・・・
実際はあっと言う間というか自分が思うより短い 短すぎると言っても良いかもです
お金でモノは買えますが人生という貴重な時間は買えません
そう考えると今この世に存在して生きているだけでも感謝すべきことなのかも知れませんねぇ。

昔、観たSF映画のように大金持ちの人は他人の人生時間を買うことが出来るようになって
仮に500年1000年 永遠に生きることが出来たとしても・・・
家族友人知人が全ていなくなった世界で一人生きることは果たして楽しいのか?・・・・

アホの妄想が続いておりますねぇ、 スマソ

そう考えると
愚息夫婦と孫2人に囲まれて同じマンションに同居させてもらっている秀さんは幸せ者ですわ
まぁ、愚息の嫁が良く出来た娘でこんなクセのあるアホ爺の秀さんにも良くしてくれます
有難いことですわ

その代わりと言っては何ですが孫めちゃ可愛がっています 

って・・・
お前が相手してもらっている方だろう! と言われたら反論できません。
だって可愛いもん! 


へい、駄話はこの辺でやめまして
こんなブログを書くきっかけとなった記事を転載して本日は終了っと!


皆さま、良い週末をお過ごし下さい。




転載開始・・・・

生きている間に親孝行をして置いた方がいい。何がいいか。
それは両親が死んでから自分の気持ちに差が出る。

◆独身人生は両親が死んでから本当の天涯孤独の人生がスタートする。貯金なんて役に立たない

自分の老後って、老後、老後と貯金や年金くらいしか今の現役世代は考えてないんじゃないだろうか?

確かに老後にお金があれば急な医療費や困ったときに食材の宅配なども頼めるし、身体が不自由な分、周りにお金で助けてもらえることは多い。

だけど、最近思うのはそこまでして生きたところで何があるのか?ということである。

結婚をして、子供がいれば、親子関係が良好ならば子供とも少々接触する期間があるだろう。だが、昔からのことわざで「親孝行、したいときには親はなし」というものがある。

つまり、実際は親が生きているときに感謝して親孝行しようと思う人は少ないのである。

人生の終焉になる頃に近づいて、自分が親をありがたいと思う頃、親は寿命でもう居ないのである。つまり、自分の子供だってなかなか自分たちのところへは来てくれないだろう。これは結婚相手によるところが大きい。

変にブランド好き、浪費家の嫁と結婚した息子は、親孝行なんて思うどころか、親にお金を借りに来る。そして、そのお金は返ってこないのである。

ここまでの話は、結婚をしている人を前提に話しているが、今日の話の重要な部分は、ここではない。独身の場合で老人になった場合である。

孤独の世界がさらに本格的に

日本でも世界でも人はいっぱいいる。だが、昔の個人商店なら、買い物をしつつ、ちょっとした近所の会話があったが、コンビニの店員と世間話なんてしない。ものの売買が非常に工業化され、人間味なんてない世の中になった。

電車に乗るのも降りるのも改札口でタッチして、人との関わりはない。

ここで両親が死んでしまった後の世界を考えたことがあるだろうか?と言うことである。

ここから本当の天涯孤独な老人の人生がスタートする。会話する人はゼロ。本当に頼れる身よりもゼロ。都会のアパートで孤独死でもしてしまったら、無縁仏として共同墓地にゴミのように捨てられてしまうのである。

最後はそういう人生であったとしてもだ、そこまでの期間が長い。痴呆になり、体力もなく、関節が痛み、持病の薬を毎日飲む。

毎日、毎日テレビを見るくらいで、どこかへ行く体力すらない。実家もないし、両親も知り合いもいない。

友達?先にもう死んでいないよ。

これって何の罰ゲーム?

本当の老後の世界って今のネットがあふれている若者には分からない。老後、お金。これくらいだ。だが実際は生きていても楽しくない、死ぬまでの期間を延々と何もせずに孤独に待ち続けるような人生になるのである。

孫が遊びに来るなんてことはない。

いま結婚している同世代を見て、家庭があってうらやましい。子供が生まれて成長していくのを見ていいなぁと思う。それが老人になり、まわりで孫を連れて遊びに来ているのをみて、いいなぁと思う。そして強烈な孤独に襲われる。

自分の人生は何だったのだろうか?何の意味はなかったが何となく生きてきた。その結果だ。そういうことを考えられるような脳も退化し、痴呆が入り、モヤモヤと何も考えられない。

本当の老後というのは、いまの現役世代が考えているような五体満足な貯金だけあり、老後はハッピーに旅行にでも行ってというものではない。

痴呆で持病を持ち、気力と体力もなく、死を待つ天涯孤独の強烈な人生となる。

重要なことは、年金をもらうことや貯金を老後に備えて貯めておくことではない。いま、今こそ重要なのである。

貯金をした老後になんて何もハッピーエンドはない。地獄の孤独の牢獄で、お金が日々減る恐怖にも怯えるのである。もう現役世代ではないので貯金すら増えずに切り崩す。その減りは早く、あっという間に数年、そう5年も持たずに枯渇する。

現役世代は、孤独地獄に備えよ。

生きている間に親孝行をして置いた方がいい。何がいいか。それは両親が死んでから自分の気持ちに差が出る。親には何もしてあげられなかったと思う自分。自分はやることはやったから、親はいい人生だったのだろうか?

どう思うかでまた違ってくるものである。

なぜ日本人は孤独を選ぶのか

お金持ちの相手がいないから?イケメンじゃないと結婚できない?

ならばその孤独の結果も自業自得だ。だが、世の中にはそういう人ではなく、まじめに生きてきて結婚もしたが結婚後にうまくいかなく離婚し、そのトラウマから生涯独身になる人もいる。

結婚だって一生に1回ではなく、3回も4回もする人だっている。

昭和の時代は、こういう人も普通に近所に存在していたものである。そもそも誰もが結婚し、離婚もせず、耐える時代であった。男尊女卑。そういう時代である。

男としてはいい時代であったが女性としては姑との地獄の日々など、結婚して幸せとは言えない時代でもあっただろう。

今の時代、女性が結婚してこんなに苦労が少ない時代は人類の歴史上ない。初めての文化である。

それが年収600万円以上、イケメンなど、色々言っているのである。そういう人もいればそうではない女性もいる。

そうではない女性はもう結婚し、子供もいる。もしかしたら収入も良く、イケメンかもしれない。だがそういう人を見ていると大抵は、女性の家柄もいいし、アナウンサー並に美人だ。

男性側もしっかり選別している。

自分には無いのに求めることが大きい。結局はそこなのである。孤独は自分が選んだ道の先にたまたま現役世代の時に見えていなかった道の先にあるものであり、誰かのせいでもない。

そして歳をとると、道を変更したり、引き返すことは二度と出来なくなるのである。間違えて先がない道をゆっくり自動歩道のように無理矢理進められていくのである。その先は断崖絶壁の崖である。


posted by 秀さん at 07:59| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

再度、出光佐三さんのお話を編

前にもブログで取り上げたことがあるのですが秀さんが最大限の尊敬を払う人物であり、また同じ福岡県出身ということもあり秀さんの心に 人間とはこうありたいものだ と強烈に思わせる人物のお話です。
実業家 出光佐三さんその人です。
下記の写真で見て頂くと分かるのですが良い顔をされています。

人の思いはお金では測れない・・・・そんな生き方に震えが来ます。

本日は、ねずさんの記事からの勝手に転載ですが出光佐三さんの生き様がよく書けている記事だとと思います。

では、以下転載開始です。


海賊と呼ばれた男 出光佐三物語

出光佐三さん.png


「題名のない音楽会」というテレビ番組があります。
この放送は、昭和39(1964)年8月から続くご長寿番組で、東京12チャンネルで放送されています。
もともとこの番組は、TBSとの専属契約を打ち切られて苦境に陥っていた東京交響楽団に、出光佐三さんが、新たな活動の場を与えてあげようと企画した番組です。

番組は、番組途中でCMを入れない構成であることでも知られていて、現在もそれは守られています。
番組スポンサーは出光興産です。
一社だけの提供です。

番組途中でなぜCMが入らないかというと、番組スポンサーの出光興産の創業社長である出光佐三(いでみつさぞう)氏の「芸術に中断は無い」という考えに基づくものです。

その出光佐三氏に有名な言葉があります。
「社員は家族だ。
 家計が苦しいからと
 家族を追い出すようなことができるか?
 会社を支えるのは人だ。
 これが唯一の資本であり今後の事業を作る。
 人を大切にせずして何をしようというのか。」

どこまでも会社は「利益のために存在する」のではなく、「人のために存在する」という考え方です。
昨今では、儲けのために人をないがしろにする会社が多くなりましたが、ではそうした会社が長く継続して生き残れているかというと、答はNOです。

世界に、創業から200年以上経過する会社は5,586社(計41カ国中)あるそうです。
このうち半分以上の3,146社が日本の会社です。
さらに創業千年以上の会社が7社、
500年以上が32社、
100年以上になると、その数5万社以上です。

それだけご長寿企業がたくさんあるということは、終身雇用、儲けよりも人という、日本的経営の考え方が、正しい、もしくは理にかなっているということになります。
出光佐三氏は、終生自分は、社長でも会長でもない。
どこまでも出光商会の店主であるという考え方を押し通しました。

具体的には次の4つの理念を掲げ、これを終生守り抜いています。
それは、
 (1) クビを切らない
 (2) 定年を設けない
 (3) 出勤簿を作らない
 (4) 労働組合をつくらない
というものです。
これを出光佐三氏は、出光の「四無主義」と呼びました。

ひと目見ておわかりいただけますように、これは戦後、欧米からマネジメント手法として輸入され、いまではごくあたりまえになっている、
 リストラをする
 定年制を敷く
 勤怠管理を徹底する
 労組を置く
といった、現代企業があたりまえとする考え方の対局にある考え方です。

なぜ対極になるかというと、これもまた出光佐三氏の言葉があります。それは、
「社員は、雇用しているのではない。家族なのだ」
というものです。
佐三氏は、これを「人間尊重主義」、「大家族主義」の経営哲学と呼びました。
要するに、昔からある日本式商店の経営哲学です

出光佐三氏は、明治18(1885)年、福岡県赤間村(現・宗像市)で生まれました。
生家は、地元で藍問屋を営んでいて指折りの資産家でした。
ご先祖は、大分にある宇佐八幡宮の大宮司だったそうです。
宇佐八幡宮というと、和気清麻呂の物語に出てくる御神託をいただいた、あの神宮です。

佐三氏は、小学校に入った頃は、病弱でしたし、ひどい近眼でした。
そのために本が読めない。
また、視力が弱くて体力も弱い。
そこで佐三氏は、本を読んで学ぶかわりに、常に「なぜか、どうしてか」と必死で考える習慣を身につけたそうです。

そして16歳のとき、旧制福岡商業に入学しました。
福岡商業では、ストライキの首謀者などをしています。
このときは、ついに学校側を屈服させることに成功しています。
その代わり、成績は下る一方となりました。
卒業時の成績は下から二番目にまで落ちています。

20歳で、神戸高等商業(現 神戸大学)に入学した佐三は、そこで二人の師匠に出会いました。
ひとりは水島鉄也という、初代校長です。
この校長は、
「カネの奴隷になるな。
 『士魂商才』をもって事業を営め」
と教えてくれました。

武士の商法という言葉があります。
明治維新のあと、官職を失った多くの武士が「生き馬の眼を抜く」という商業界にあって、財産をなくし、路頭に迷いました。
もともとは、それを茶化して言われた言葉が、その武士の商法です。

そういう時代への反省から、明治の終わりごろには、国内には拝金主義が台頭しました。
義理人情や筋道や道理や正しさではなく、とにもかくにも「儲かりさえすれば良い」という思想や行動が主流となっていったのです。
ところがそんな時代の中にあって、水島校長は、
「人を大切にせよ、武士道の精神をもって商売に励め」
と教えてくれたのです。

江戸の昔「もし期日に返済なくば、人前で笑われても異議なく候」と借金の証文に書いた武家と、とにかく儲かればよいという商家では、その基盤となる考え方がまるで違います。
だからこの当時、武家の流儀では商売はできないというのが、常識となっていました。
ところが水島校長は
「それでも武家の心を失ってはならぬ」
と説いたのです。
そして、
「男子たるもの、国家に貢献できる事業を営め」
と生徒に語りました。

もうひとり、佐三はなくてはならない出会いがありました。
それが、内池廉吉教授です。
内池教授は、
「これからの商人は、
 生産者と消費者を直結し、
 その間に立ち、
 相手の利益を考えながら、
 物を安定供給することにその価値がある」
と教えてくれました。

この時期、佐三氏の実家は、商売が傾きかけていました。
このため、いまでいう大学生活を送る佐三氏には、家からの仕送りはありません。
このため佐三氏は、家庭教師のアルバイトをして、学費と生活費を得ていました。

そのときに教えた子供の親に、日田重太郎という名の大変な資産家がいました。
日田重太郎の趣味は、神社仏閣の巡拝でした。
たまたま佐三氏の実家が、宇佐八幡宮の大宮司だったことを知った日田氏は、佐三氏を無条件に信頼してくれました。

明治42(1909)年、神戸高等商業を卒業した出光佐三氏は、神戸で小麦粉と石油を扱う酒井商店に、丁稚として入店しました。
酒井商店は、小麦粉と機械油を売っている従業員4、5名のこぢんまりした商店です。

高等商業というのはいまでいう大学です。
いまのように、誰もが大学に進学するという時代ではありません。
ですから当時は大学出は学士様と呼ばれたし、官庁の職員や大企業で重用してくれました。
ところが出光佐三氏は、大企業ではなく、零細商店に入社したのです。

なぜこんな小さな会社を選んだのかと、学友たちはいぶかりました。
それどころか仲間たちからは、
「お前は気違いだ。学校のつらよごしだ」とさえ非難されました。
高等商業を卒業しながら、丁稚奉公に出るというのは、学校のメンツを汚してるというのです。

しかし佐三氏は、周囲の非難などまったく意に介しませんでした。
なるほど大企業に入れば、収入も多いし生活も安定します。
しかし大企業では、仕事の一部しか担当できない。
自分が将来、独立して事業を営もうとすれば、仕事の基礎から終わりまで、全部を覚えなければなりません。
そうであれば、小さな商店の方が、むしろ、なにもかも担当させてもらえますから、仕事を速く覚えられます。

さらに佐三氏には、ひとつの勝算がありました。
それは、「これからの時代は、必ず石油の時代になる」というものでした。
酒井商店は、油を扱っていたのです。

こうして佐三は、大学を出ていながら、小学校卒がなるような丁稚になり、前垂れのはっぴ姿で自転車に乗って集金に駆け回りました。
いまでいったら、かっこ悪いことかもしれません。
けれど未来の独立を夢見る佐三氏にとっては、それは夢を叶えるプロセスでした。

ところが佐三氏に困難がやってきました。
実家の藍屋の商売がいよいよ傾き、もうやっていけなくなってしまったのです。
このため佐三氏は、一日も早く独立開業しなければならない状況となりました。
丁稚奉公では、給金はタカが知れているからです。

けれど、所詮は丁稚です。
給料はたかが知れいてます。
いまどきのように、ベンチャー向けの開業資金融資制度なんてなかった時代です。
頭を抱える佐三氏のもとにある日、日田重太郎氏がやってきました。

日田氏は、佐三氏に、当時のお金で六千円を渡してくれました。
これは、現在のお金に換算したら、約1億円です。
日田氏は、
「京都にある家が売れてな、六千円の現金ができたんだ。
 それを君にあげよう」
と言いました。しかもそのお金は、「貸す」のではなく「もらってくれ」というのです。

ただし条件が三つありました。
 第一 従業員を家族と思い、仲良く仕事をすること。
 第二 自分の主義主張を最後まで貫くこと。
 第三 自分がカネを出したことを人に言わないこと、です。

佐三氏は「果たして自分にできるだろうか」と迷ったそうです。
けれど、腹を決めました。
「よしっ。水島校長の言われる、人道主義と士魂商才の商人となろう。
 そうなることで、この日田さんへの恩返しをしよう!」

ここに大切なポイントが2つあります。
ひとつは、日田氏の大金の寄付は、もちろん佐三の人柄を信頼してのことだということです。
佐三の実家は、このときすでに傾いていることを日田氏も知っています。
1億円のキャッシュをあげれば、そのお金は、単に実家の借金返済資金に流用され、佐三氏が丁稚のままでいる、あるいはどこかに逃げてしまうというリスクもあったのです。
それでも日田氏は、寄付をしましょう、と言ってくれました。
「金は大事だ。
 しかし、それ以上に、人を信頼することはもっと大事なことではないだろうか。
 そしてお国のために役立つこと。
 君にはそれができる。」
どこまでも「人」が第一なのです。

第二の条件は、上に示された三つの条件は、いずれも無形のもの(=インタンジブル)であるということです。
拝金主義は、
「いま、カネを持ってる、
 いまカネを稼いでいる、
 いま贅沢な暮しをしている」
というように、とかく「いま」しかみようとしません。
とにかく「いま」さえ良ければ、何をやっても構わないと考える。
日本の近くにある歴史のない国など、国をあげてそれをやっています。

ところが伝統的な日本的価値観では、過去現在未来にまたがる普遍性を大切にします。
そうなると、いまこの瞬間に金を持っているということよりも、もっと大切な価値があるということを大切にするようになります。
そしてこの場合、自力で人道主義と士魂商才を、新しい資源エネルギーの未来に向けて実現しようとする男への投資こそが、まさに価値ある行動となるのです。
明治の終わりごろの日本には、まだまだそういう無形のものを大事にするという日本人本来の文化的価値観が、色濃く残っていたのです。

明治44(1911)年6月、佐三は福岡県門司市(現在の北九州市門司区)に、出光商会を設立しました。
このときの佐三氏は、まだ25歳です。
これが、後の世界的大企業、出光興産の創業です。

事務所の正面には水島校長の揮毫による「士魂商才」の額を掛けました。
商品は、日本石油下関支店の機械油です。
佐三氏は、その特約店の資格をとったのです。

ところが、油が売れません。
理由は二つありました。
ひとつは石炭から電気モーターへの切り替えの時代で、機械油の需要そのものが減っていたということです。
もうひとつは、佐三氏の商売の姿勢です。
機械用の油ですから、当然、営業の相手は工場や商店です。
商売人同士のお付き合いですから、袖の下はあたりまえですし、値引きもあたりまえです。

ところが「士魂商才」を掲げる佐三は、
「そんなことまでして売る必要はない!」
とにべもないのです。
おかげで日田氏からもらったお金は、3年で底をついてしまいました。

さすがの佐三も、憔悴しきって日田氏を訪ねました。
「申し訳ない。廃業したい」
と申し出る佐三氏に、日田氏は言ったそうです。
「三年で駄目なら五年、五年で駄目なら十年と、
 なぜ頑張らないのですか。
 さいわい神戸にまだ私の家が残っています。
 それを売れば当面の資金には困らないでしょう。」

日田氏の断固とした姿勢に、佐三氏は慄然としたそうです。
日田さんは、本気で命がけでワシを信じてくれている。
こうなりゃ、なにがなんでも前に進むしかない!
日田さんに家を売らせるわけにはいかん!

倒産寸前の佐三氏は必死に考えました。
単に目先の売上げの確保ではない。
もっと抜本的に、強気で士魂商才を実現するにはどうしたらよいのだろう。
佐三氏は考えに考えます。

そこで、「海賊」をすることを思いつきました。
「海賊」といっても、船を襲うのではありません。
夜中の十二時から早朝の二時頃にかけて、漁船がエンジン音を響かせながら帰ってくるのを待ち構えたのです。

漁船のエンジンは「ポンポン蒸気」と呼ばれるツーサイクルの焼き玉エンジンです。
焼き玉エンジンには、燃料油として「灯油」が使われます。
佐三は、帰ってくる漁船が岸辺に着く前に、伝馬船で漁船に近づいて、海の上で「灯油」の代わりに「軽油」を売ったのです。

軽油は、灯油より下級です。
ですから軽油で漁船の焼き玉エンジンを回すと、クサイにおいがでます。
けれど値段は灯油の半額なのです。

当時の燃料油店というのは、油を元売りから買ってきて消費者に売りました。
小売りは特約店の仕事です。
特約店は、下関、門司、小倉、博多など地域別に分かれて、それぞれに縄張りがあります。
陸にあがった漁師たちは、その港を縄張りとしている特約店で燃料を買います。
そしてその縄張りは、同業の特約店が、荒してはならないというのが、しきたりとなっていました。

そこで佐三氏は、縄張りがない海上で、油を売ったのです。
文句を言われると、
「海に下関とか門司とかの線でも引いてあるのか」
と言い張りました。
佐三氏が「海賊」と呼ばれたゆえんです。

多少ニオイがあっても、値段が半値の軽油販売は大当たりしました。
佐三氏はさらに工夫し、揺れる船上での油の販売のために、「計量器付給油船」という海上給油装置まで開発しています。
そして事業を軌道に乗せました。

いったんは廃業まで決意したこの年(大正3年)、佐三氏は南満州鉄道への車軸油の納入に成功しました。
当時、南満州鉄道で使う油は、スタンダード社などの外国の油が独占していたのです。
独占は癒着を生み、癒着は高いコストとして跳ね返えります。

佐三は、そのからくりを見抜き、満鉄当局に粘り強く交渉したのです。
国産油の品質の良さを実験とデータで示し、それを使うことが、満鉄に利益をもたらし、国益にも適うことを具体的に示したのです。

さらに大正8(1919)年には、貨車のトラブルが続出していた南満州鉄道に、酷寒でも凍結しない「ニ号冬候車軸油」を納入して、満鉄から感謝状と銀杯を受領しましt。

ところが、大正13(1924)年、第一銀行(現みずほ銀行)が、突然、25万円の借入金引き揚げを要請してきたのです。
いわゆる「貸しはがし」ですが、実はもっと手が込んでいて、儲かっている会社にいきなり貸金の引揚げを要求をし、引揚に応じられないなら、銀行員を社長や役員に迎えろ、としたのです。
まるでヤクザみたいなやり方ですが、いまも、いろいろな会社に銀行員が親元の銀行から派遣されて役員などになっています。

さすがにこのときは佐三氏もまいりました。
一時は自殺説までささやかれたくらいです。
ところが二十三銀行(現大分銀行)の林清治支店長(当時)が、肩代わり融資を決めてくれたのです。
佐三は、ぎりぎりで窮地を脱します。

もしこのとき、大分銀行の肩代わりがなければ、当時儲かっていた出光興産は、出光佐三社長が引退し、商売のまったくわからない第一銀行の行員が社長に就任していたことでしょう。
そのようになった出光興産が、果たしていまのような大手企業となり得たかは、疑問です。

そして佐三氏は昭和7(1932)年には、門司商工会議所会頭に就任し、昭和12(1937)年には高額納税者として貴族院議員となりました。
佐三は、満鉄を経由して朝鮮、台湾にまで進出し、さらに支那事変の拡大と共に、支那本土に営業網を拡大しました。
そして出光商会は、この時期に、従業員千名程を抱える大会社に成長したのです。
こうして個人経営の出光商会は、昭和15(1940)年には改組して、出光興産株式会社となります。

ところが、その5年後の昭和20年、日本は戦争に破れてしまいます。
日本は外地を失いました。
国内は焦土と化し、佐三氏もすべてを失なってしまいました。

その昭和20(1945)年8月17日、出光佐三は社員二十人を集めて訓示しました。
そのときの言葉です。

「愚痴はやめよう。
 世界無比の三千年の歴史を見直そう。
 そして今から建設にかかろう!
 泣き言はやめよう。
 日本の偉大なる国民性を信じよう。
 そして再建の道を進もうではないか!

具体的なアテなどありません。
けれど佐三氏は、日本を信じたのです。

さらにこの1ヶ月後、佐三氏は驚くべき宣言をしました。それは、
「海外から引き揚げてくる社員は一人もクビにしない!」
というものでした。

当時の出光の従業員数は、約1,000名です。
そのうち約800名が、外地からの復員です。
外地で力を伸ばした企業が、その外地の販路をすべて失ったのです。
資産もない、事業もない。
膨大な借金があるだけです。

どうやって復員者を受け入れるというのか。
どう考えても、やりくりできるはずなんてありません。
多くの企業は、ガンガン人員整理をしていました。
それを出光佐三は約1千名の従業員の首を、誰ひとり切らないと宣言したのです。

いい加減なことを言ったのではありません。
それは考えに考えての結論でした。
そしてこの宣言は、佐三氏自身の決意の表明でもありました。
どうにもならないどん底に落とされても、なお道は必ずどこかに通じている。
「道、極まって尽きず」は、尾崎行雄の「人生劇場」の台詞です。

佐三氏自身、どうにもならない、廃業するしかない中で、若い頃、事業のチャンスを得た男です。
その成功体験が、佐三自身の信念になっていたのかもしれません。

出光興産は、復員者してくる社員のクビを切らないため、何でもしました。
ラジオも売りました。
醤油も売りました。
酢も売りました。
畜産や養鶏にも手を出しました。
思いつく限りのことに手を出したのです。

けれども付け焼刃の仕事は、どれもうまくいきません。
どうしようもなく追い詰められて、一部の社員には自宅待機命令を出さざるを得なくなりました。
する仕事がないからです。
それでも佐三氏は、戦前に集めた書画骨董を売り払い、銀行から可能な限り借金をして、待機組にすら給料を払い続けました。

復員後、気力を失い、郷里に引きこもっていた青年がいたそうです。
その彼が、出光に辞職の手紙を書こうとした時、父親が彼を烈火のごとく叱ったそうです。
「お前が兵隊に行っている6年間、
 出光さんは給料を送り続けてくれたんだ。
 それを辞めるとは何ごとか!
 すぐ出光さんにお礼の奉公をしろ。
 6年間、ただで働け。
 それから帰ってこい!!」

当時の父親の気迫が伝わってきます。
青年は思い直したといいます。

待望の石油事業に復帰する機会は、意外に早く訪れました。
GHQ(占領軍本部)が、旧海軍のタンクの底に残った油を処理し活用せよ」と指令を発したのです。

それは、タンクの底に入って油を汲み取る作業でした。
タンク内にはガスが充満し、窒息や中毒の危険がありました。
爆発の危険もあります。
普通なら誰もが請けない仕事です。
誰も請けない仕事だから、日本人にオハチが回ってきたのです。

佐三氏は「これで石油界に復帰する手がかりができた」と喜びました。
全社員を動員してタンクの底さらえ作業を開始します。

廃油にまみれ、泥まみれになり、鼻腔をつくがまんならない悪臭だけでなく、中には手足がただれる者も出ました。
たいへんな作業なのです。
しかし誰もねをあげませんでした。
「俺たちは石油屋だ、
 油の扱いは俺たちの仕事だ」
という誇りに満ちていたのです。

「底さらえ」作業は、約1年半に及びました。
そして出光興産は、廃油2万キロリットルの汲み取りに成功しました。

このときの丁寧な仕事ぶりはGHQと、その背後にいる米国石油メジャーに強烈な印象を残しました。
これが、後に正式に石油界に復帰する足がかりとなり、出光蘇生の原点となっていくのです。
いまでも「タンク底にかえれ」は出光興産の合言葉です。

昭和28(1952)年3月のことです。
この時期、イランは英国資本の油田を強制的に摂取して国有化したため、英国と国交断絶状態になっていました。
英国海軍は報復のため、ペルシャ湾を航行するタンカーを監視し、イランから石油を積み出そうとするタンカーを拿捕しようとしていました。

このことは、イランにとっても、肝心の石油を売ることができないという、むつかしい状況を招いてもいました。
「いまイランに行って石油を積み出せば、
 石油を安く仕入れることができ、
 さらにイランと日本の国交を切り開くことができる。」
佐三氏は、当時出光興産が所有していたただ一艘のタンカー「日章丸二世」に密命を与えました。

「日章丸二世」が向かう先は、サウジアラビアということにしました。
しかし船長と機関長の2名だけが、実はイランに向かうと知っています。
成功すれば、一艘の積荷で、二億円の儲けです。
けれどタンカーが拿捕されて失敗すれば、4〜5千万の赤字となります。
そして出光興産は倒産します。

日本は、この前年に占領から独立したばかりです。
その日本が、連合国の一員である英国の横面を張り倒す行動に出るのです。

神戸を出航した「日章丸二世」は、18日後、ひそかにイラクに入港しました。
英国の監視下にあった港に入港したのです。
このニュースは、まさに世界のトップニュースを飾りました。

そして世界中が注目する中、イランの石油を満載した日章丸は、夜陰にまぎれ、他船との交信さえも一切止めて、ひそかにペルシャ湾を抜け出しました。
そしてインド洋を横断し、約一カ月かけて、無事、川崎に入港しました。

このニュースは、占領に打ちひしがれていた当時の日本人の心を奮い立たせました。
そして、世界に日本の海運技術の凄味を見せつけました。
また、イランと日本の信頼関係の絆を深めました。

これに対し、英国アングロイラニアン社が「待った」をかけます。
積荷の石油は、英国のものであるというのです。
そして東京地方裁判所に提訴しました。

裁判のとき、佐三は東京地方裁判所民事九部北村良一裁判長に次のように述べています。
「この問題は国際紛争を起こしております。
 私としては、日本国民の一人として、
 俯仰天地に愧じない行動をもって終始することを、
 裁判長にお誓いいたします」

日本人、ここにあり!です。

裁判に勝利した佐三氏は、昭和31(1956)年、徳山湾に日本一の製油所を建設しました。
その製油所建設の竣工式に、佐三氏は大恩人である日田重太郎を招待しました。

すでに82歳の高齢になっていた日田氏に佐三氏は、
「すべてあなたの御恩のおかげです」
と述べました。日田氏は、
「あなたの努力と神様のご加護ですよ」
と言って、佐三に手を差し出しました。
佐三はその手をしっかりと握りしめました。

日田が神戸に住んでいた頃、佐三氏は神戸支店員を毎晩、日田家に派遣し、年老いた重太郎の晩酌の相手を命じていました。
夏には軽井沢にある出光の別荘を日田氏のために提供していました。

淡路島で行われた日田の葬儀には、出光興産の「社葬」として、佐三自ら参席し、生涯の大恩人に報いています。
佐三氏は、日田への恩を、生涯をかけて報いたのです。

昭和56(1981)年、95歳で出光佐三氏は人生の幕を下ろしました。
彼を支え続けた側近の一人石田正實は、安らかに眠る佐三の横顔を見ながら、
「この人は、
 生涯ただの一度も
 私に
 『金を儲けろ』とは
 言わなんだ。
 40年を越える長い付き合いだったのに……」
と呟いて落涙したそうです。
あとは言葉になりませんでした。

佐三氏は、終生「社長」でも「会長」でもなく「出光商会」の一介の「店主」を押し通しました。
佐三のモット−は、
 「人間尊重」
 「大家族主義」
 「黄金の奴隷たるなかれ」
 「生産者から消費者へ」
というものでした。
彼は、若き日に師匠から教わった教えをそのまま、生涯にわたって実践し抜いたのです。

その佐三氏は、皇室を崇敬することが極めて篤い人でもありました。
また出光興産の東京本社には佐三の郷里の氏神である宗像神社があります。
佐三が逝去したおり、昭和天皇は、佐三に次の歌を贈られました。

 国のため
 ひとよつらぬき 尽くしたる
 きみまた去りぬ
 さびしと思ふ
   出光佐三逝く 三月七日

ありがたいことです。
会社は、ひとつの家族。地域も家族。国家も家族。それが日本流の考え方です。

私の友人で、鉄工所を営むある社長は、不況のあおりで工場の受注が減り、売上がピーク時の5分の1になってしまいました。
けれど、彼は必死で従業員の雇用を守り続けました。
自分の給料なんてなくても、社員の給料を払い続けました。
彼は晩婚だったので、まだ幼い子供がいました。
当然、生活費がないと困ります。
なので彼は、夜間の運転手のアルバイトをして、自分の家族の生活を守り抜いています。

別な社長は、やはり社員の雇用を守りぬくため、会社の売上はそっくり社員の雇用のために使い、自分の生活費は、ある大手ショッピングセンターの夜間警備のアルバイトをして賄っています。

企業は、資本家(無産階級)と労働者(有産階級)との対立と闘争の場であると説いているのは、共産主義です。
経営者が(CEO)と称して巨利を得、景気が悪くなると生産調整と称して簡単にクビを切るのが、個人主義を根本とする西洋風の企業です。

しかし、日本の流儀は違います。
日本人にとって、会社は「家族」です。
それが、西洋風でもない。共産主義風でもない、日本風の商家の考え方です。

なにごとも西洋かぶれするのではなく、私たちはいまあらためて、日本流経営学というものを学んでみる必要があると私は思います。

以上転載終了

posted by 秀さん at 02:54| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

雨季も終わり朝夕はしのぎやすくなりました編

季節のうつろいは絶えることなく続く、人の欲望も絶えることはないが
その本質はまったく違うものである
前者は無から人々を楽しませる色を生み、どんな色でもいずれ絶えることを教え 人々の内面に訴えかける
後者は人を一時の快楽に走らせ、色に溺れさせ権力に溺れさせ 人々を救いのない無限地獄に追いやる

おいおい! 何を朝からほざいているの ったく と言われるのを覚悟で書き出してしまいやした。
へい、本日はベランダに出て朝の爽やかな空気空の景色にしばし佇んでいたせいか冒頭にある言葉が浮かんで来たのでありやす。

秀さんのように煩悩の塊みたいな人間でも季節の移り変わりの微妙な風に吹かれると
ふと、卑しい心をやすませることが出来るのかも? です。へい

さて、寝言はこの辺でやめて

そろそろ孫のマー君を幼稚園に送って行く時間でごわす

爺と孫・・・今日一日が実りある一日になるようお祈りしてからお出かけです

ボケ爺の朝の寝言より


posted by 秀さん at 10:28| ハノイ ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

晩ご飯は鯖の塩焼き、ほうれん草のごま油あえ、味噌汁、ぬか漬け編

なんじゃい! とお怒りになららいで下さいな。へい

本日の晩ご飯でごわす。えらい質素な晩ご飯とお思いでしょうが、一週間の断食終了後ヘルシーで控えめなおかずを義娘にお願いした結果ですわ。
昨晩は、刺し身に野菜の炒めものに味噌汁、漬物、食後は果物でしたわ。
何と! 奇跡的にここ一週間アルコールは飲んでおりません。

直行直帰、アルコール無し、ヘルシーな食事、孫との会話・・・はまだ無理なのでお遊びで1日が暮れております。

皆さん、どう思われますぅ? なことたぁ〜 どうでも良い って言われますか?
へい、そりゃそうですね。

はい、話を戻しまして・・・
ここ1〜2週間程で外出型人間から家型人間へ秀さんは変身してしまいましたわ。
もう歳も歳ですので衰えた体力に鞭打って頑張ることもなかろうよ と世捨爺みたいなことをほざいております。

思えば働き盛りだった30代40代では考えられなかったような何の変哲もない生活ですわ。ったく!

でもね、家族と過ごす何気ない1日、1日がとても幸せなのですわ。

日本全国、時には海外、24時間ビジネス漬けの生活が当たり前というか仕事の出来る男の証じゃい!
なんて当時密かに思っておりましたわ。その激務を軽減するためには高給ホテルに宿泊し、飛行機はビジネスクラスやグリーン車が当たり前だ と・・・息巻いていた若い時代の考え方を今思うと・・・

へい、アホですわ。

そこには家族との会話なんて物理的に無理、金銭的なゆとりはありましたが。精神的なゆとりは皆無、
家にいても仕事のことをどこかで考えており、日頃の罪滅ぼしで家族を年に1、2回は海外旅行に連れては行きましたが自分自身は義務感の方が大きく心から楽しんでいたのかどうかは不明。
人間調子の良い時ばかり無く、20年ほど前に立て続けに妻と父が病死、残されたのは会話の少ない愚息と痴呆の母、その後ある事件を契機に無職無一文になり実家で半年間の引きこもり生活・・・
ある方のご縁で就職、ベンチャー企業設立に参画、再度の転職、赴任先のホーチミンでいきなりの失職事件、心底砕けそうになった時に縁ある方の助けで再スタート、発展的解消、再度の立ち上がり、ベトナム人に騙され失意の底でのたうち回りながらも意地を片手によろけ立ち・・・ベトナム人スタッフの助けを借りながら未だに下半身はぷるぷると震えながらもギリギリの生活は何とかキープ出来ているから人生って不思議ですわ。

秀さん、金は無くても人間何としてもでも行きて生ける! 

と・・・アホな経験を人さまより少しばかり積んだおかげか変な自信があるのですわ。
食えないのではなく食えなくなるという不安が人を惑わすのでごわす。
心配&不安に押し潰されること無く食&職を得るために必死こいて動きまわってさえおれば結果、何とかなるもんですわ。
まして、ここベトナムは日本とは違い生活にかかる費用は格段に安いのですから

はて? 話がいつものように脱線してしまいましたね。

人の生き方は人それぞれ、どんな生き方をするかはその人次第
先の見えない時代だと言われておりますが、何時の時代でも人間の営みは同じ
人生苦もありゃ楽もある ん?  水戸黄門の歌ですがな

そんじゃこの歌を最後に本日の支離滅裂のブログは終了どす! へへぃ

人生楽ありゃ苦もあるさ
涙の後には虹も出る
歩いてゆくんだしっかりと
自分の道をふみしめて

人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに追い越され
泣くのがいやならさあ歩け

人生涙と笑顔あり
そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより
何かを求めて生きようよ

人生一つの物なのさ
後には戻れぬものなのさ
明日の日の出をいつの日も
目指して行こう顔上げて


posted by 秀さん at 01:18| ハノイ ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

確かにそのとおりなのですが編

またもや転載記事で恐縮なのですが・・・
マドモアゼル愛さんのブログからの無断転載ですわ。

愛さんがいうようにたしかに我々一般庶民は昔と違いここ20年にわたる新自由主義経済の波とその結果において出現した現在の状況には疲れを通り越して絶望感さえ感じるようになっているのかも知れません。
国民格差が欧米と同じように広がり、昔むかし一億総中流何てことを言っていた日本はいったいどこへ行ったのでしょうかねぇ。。富の再分配を司るのが国の大きな役目のひとつなのですが・・・
悲しいかな、非正規雇用者数が就業者人口の40%なんてことになってしまいました。
この比率は誰がどう考えたって異常でしょう?
それとも何も思わないのでしょうか?

まぁ、アホの秀さんが悩んでも何の解決にもならないのですがね。
富の偏在化は世界的な兆候ですが我が日本もこのような悲惨な状況になるとは夢にも思いませんでしたわ。
ベトナムは所得格差の大きな国ではありますが毎年経済成長が続いているので低所得層の若者にも将来に対する夢があるように思います。
ベトナムの若い人たちは日々観察していると現在の日本の若者たちより夢と希望にあふれているように見えて仕方がないのですわ。

かっての高度成長を再びなんて幻想をいだいても企業はグローバル化の掛け声と共に海外に進出してしまっており雇用の減少に加え少子高齢化ですもん。国の経済が活性化するわけはないですね。

成熟しきった日本という国は、今後は経済成長のないことを前提とした国つくりを模索しなければいけない岐路にさしかかっているのかも知れません。
それは、多分お金という今までの最重要価値基準からの脱皮を意味するのでしょうねぇ。
新しい価値基準が生まれるには古い価値基準との葛藤や争いを経過ししなければならない。
そのことに対して抵抗が大きければ大きいほど出口のない暗い時代が続くということです。
ったく、やれやれですね。

でもね! バンドらの箱を開けてありとあらゆるものが出て行った後には・・・
一欠片の希望という種が残されていると言われていますので

日本の若者の皆さん、元気を出しましょう!
何とかなりますって! ほい

ということで転載記事の始まりです。--------


あまりに大きな嘘には、人はまさかと思って信じようとしません。

大きな嘘がまかり通っているのにも、そうした原理が働いているからでしょう。

この世のこと、社会のことを考えると、本当に絶望的な気持ちになる人も多いと思います。

しかし、希望は最後まで残るという聖書の話しではありませんが、本当のことだと思います。

このように最後まで存続するものは、信仰と希望と愛とこの三つである、、、という聖書の話し、また、パンドラの箱に最後まで残されたのも、希望。

この希望を安っぽく、自分だけが優位に立つという目的に置き換える働きをしたのが、マスコミ。夢を追いかける、、、というと美しい話しに聞こえるけど、それはあまりに悲惨な現実から目を背けさせる口実として利用しているだけ。

受験、スポーツ、出世、、、叶わぬ夢を追いかけることが良いように言われて、幾多の努力を飲み込んで行ったことか。

例えばスポーツ。

一人のチャンピョンはそれは確かに偉大かもしれないけど、その裏でスポーツを純粋に愛する多くの人達の存在は無視されて来た面があります。

昔、調子の悪い関脇が、自信をつけるために問題にならないほど下の力士を無残に転がして練習する光景を見たとき、なんだかとてもいやな気持ちになりました。

負けん気の強い下の力士ならいざ知らず、関脇の自信をつけることが目的の練習ですから、下の力士がもう体力的にも精神的にもダメだ、、というダメージを植え付けるまで練習は続くわけです。

要するに、下の力士一人の可能性を壊してまで、関脇の自信をつけさせる、、、非常に違和感を覚えました。

同様のことが、甲子園に出場する選手の間で、あらゆるスポーツの練習の裏で行われているのかもしれないと思うと、スポーツが本当に純粋なのかどうかさえわからない気持ちになってくる。

スポーツの祭典といえばオリンピックですが、そこに出てくる一流選手の陰で、泣いた無名の選手がきっと大勢いたのではないでしょうか。

もちろん、努力の末にオリンピック出場を勝ち取った選手を悪く言うわけにはいきませんし、そのこと自体は誉れであるのは当然です。

勝者がはっきりするスポーツには、こうした厳しさがあることは事実です。それ自体は決して悪いことではありませんが、スポーツにはいろいろな取組方が人によってあるわけで、それぞれに喜びや充実を還元できる内容であって欲しいものです。

自信を失った関脇は、下っ端をダメにして自信を取り戻すよりも、下の者を気遣うことでむしろ自信をつけさせた方が、本当は効果もあるし、方法としても上だと思います。

しかし、親方の未熟さから、安易に下っ端をダメにする練習方法で可能性の高い関脇を育てる、、、それによって、壊された下っ端力士はもちろん、関脇も、そして親方も本当は深い傷を負っていくのです。

本当に強い人は、やっぱり絶対に優しいのです。しかし、今の世の中は、下っ端をダメにしてでも、目先の利益と誉れを優先するやり方を取ります。

進学校は成績上位者しか相手にせず、成績が下の方の生徒の存在をうとんじる。きっと、いやな気持ちにさせられ、自分の存在の無価値観を不当に押し付けられた多くの生徒や学生がいたと思うのです。

本当はあってはならないことなのです。そのやり方ではみんなが損するのです。トップの学生はいたずれに優越感のみ育て、自分が特別な存在であるかのような錯覚に陥ります。

その錯覚は、いずれ本当の実力を試される場面で通用しない時を迎えます。反省できる人間性が育っていればそれでも乗り越えることができますが、単に学力のみで、家柄のみで、権力のみでトップに立った人なら、ごまかすか、嘘をつき通すか、挫折するかして終わります。

学校から、先生から顧みられなかった人は、自分なんかどうにもならないダメなんだと、自信とやる気をなくすか、ヤケになるか、、極端な方向に行かないとも限りません。

そして出世主義で目先優秀な学校と言われたい、、優秀な先生として実績を上げたい、、そうした思いで冷たい判断で上の生徒ばかり重視した来た先生や学校も、いずれ厳しい競争に負けていくときを迎えると思います。

東大でさえ、世界の優秀大学番付ではかなり低いものであり、上には上がありますし、上下の価値観や競争感での争いには、みんなが損する構造があるのです。

学業から始まるこうした出世競争の構造は、最終的に権力もしくはお金の蓄積による優位性を争う方向に向かっていきます。

スポーツではオリンピックですが、構造が上記と同じですので、金まみれのオリンピックとなったり、権力の舞台としてそれが使われたりするようになるわけです。

オリンピックを夢の達成としてとらえられた昔ならいざ知らず、このところのゴタゴタはあまりにひどすぎ、問題があり、場合によっては犯罪的ですらあります。

トップ思考がもたらす極地がオリンピックはじめいたるところでほころびが出ており、このままの社会運営はもう続けられない、、、という時代になったと思います。

良い例がお金です。お金を求め、それを持つ人が成功者であるとの時代でしたが、もうジエンドだと思います。

ひがみで言っているのではなく、構造的にジエンドなのです。

みなさんは、ゲームをやったことがあると思いますが、どんなゲームでもチップが一人のところに全部行ってしまったとしたら、もうゲームを続けることはできません。

ゲームを止めるか、もう一度、チップがある人から無くなった人に、再配しなければゲームはできないでしょう。

社会に出回っているお金も、金持ち最高の意識に乗って、ついに、本当の金持ちの所にばかり行ってしまい、一般の人の生活をも苦しくさせる状況に至りました。

ほぼ独り勝ちのゲームで、もう一般にはほとんどまわらない。一般民衆は生活するだけで精一杯だから、不要なものは購入しない、、、当然、不景気になりやすくなります。

努力してお金持ちになった人も多いので悪くは言えませんが、そうした人の多くは、さらなる金持ちを目指して頑張ってしまうので、際限がありません。

ゲームが続けられない状況はこれから段々と深刻になっていくと思います。

そして選挙が来月に行われますが、ここでの争点は、原発のことや軍事化のこと、景気や生計のことなど、色々あると思います。

原発も戦争も、昔と違って、本当のところは、一部の金儲け、利権のためのものと、すでにわかっている人も多くなっており、結局は、お金の問題なのです。

もっともっとお金が欲しいという、貪欲過ぎる人たちのために、すでに国民はひどい状態に置かれています。

このままでは、お金を得るゲームすら続けられなくなりますので、ここいらで、本格的な変化がどうしてもやってくるのを私は感じます。

金持ちはいつまでもこの構造にしがみつくかもしれませんが、物理的に続けられなくなるのですから、やっぱり続けられなくなるのです。

では、どうした変化が必要でしょうか。物事のすべては、有る者から無い者に与えることでしか存在できません。

お金も同じで、あるところからないところに与える以外に現在の危機を救うことはできないと思います。

以前からいっているベーシックインカムです。藤原直哉先生はベーシックインカムは誤解しやすいので、ミディアムインカムとおっしゃっていますが、確かにそうかもしれません。(ミディアムではなくて、ミニマムインカムのようです)

ともかく、上から下に配ることです。働かないで日本は貧しくなったのではなく、働いて働いて働き続けている人が苦しくなっているのが、今の日本なのです。

上にお金が行き過ぎたのです。独り占めし過ぎたのです。それによって、みんなが傷ついていたのです。

上も本当はそうなのです。どうせ死ぬ人間に、金がすべてという信仰を植え付けられた犠牲者が金持ちでもあります。

金持ちにも悲しみはあり、孤独はあり、愛情もあります。それをありあまる自身の金が災いして、金持ちを不幸にしているのです。

今のシステムはみんなを不幸にするシステムとなってしまいました。

金の集中化から、逆にあるところからないところに配る変化によって、喜びの再構築ができるはずです。

今度の選挙でどう言う人が出てくるかはしりませんが、ぜひ、なんらかの分配を提唱する人が出てくれることを願っています。

党利党略などは口先で何とも言えますが、具体的な政策は党利党略を超えた姿勢を見せてくれます。

ベーシックインカム、ミディアムインカムなどの公平な分配さえしてくれるなら、政党などどこでも本当はいいのです。生きる人への応援がベースにあれば、戦争など考えることにはならないでしょう。(ミディアムではなくて、ミニマムです)

およそ、どの程度のインカムが考えられるでしょうか。試算はいずれ書きたいと思いますが、私は国民一人あたり、公平に10万円のインカムなら可能性はあると思っています。

これをやると、税制もシンプルになり、無駄な事務費が国から要らなくなります。どうせ年金がダメになることは誰もがわかっています。公平なインカムを導入することにならざるを得ないのです。スイスでは昨日、これを行うかどうかの投票で否決されましたが、そんなうまい話しがあるものか、、、という誤解と逆宣伝で恐怖をあおられた結果でしょう。

マインドコントロールの中でもっとも凄いものが、生きるのが大変という思い込みを作らせることであり、それによって、富の集中を可能にしているのです。スイスの結果は、檻に長年いれらていた人が、鍵がかかっていないことになっても、すぐに出てこれない、、、そんな状況でしょう。

インカムがひとり10万円だと、二人で20万円です。学校を卒業したカップルが、20万円のインカムをもらえてスタートできるなら、二人で働けば、40万円程度の生計となり、子供を生む本当の夢がかないます。

それも生活の楽しみ、充実を犠牲にすることなく達成できるのです。

5人の家族なら、無条件に50万円のインカムとなり、本当に気持ちが楽になります。そうすれば、家族にやさしくなり、子供の将来にも、本当にその子にあった方向を考えるやさしさが生まれるでしょう。

子供は安心して成長できます。大人も豊かになれます。景気は非常に良くなります。

ブラック企業はなくなります。そんなところに命の危険をおかしてまで行く必要などないからです。

企業は人を集めるために、工夫し、給与もむしろよくするようになります。

豊かになった人々は、喜びを主軸にした色々な消費を無理なく始め、面白いものをつくる、、面白いサービスをほどこす企業は儲かることでしょう。

どんな企業も善意で行えば、工夫すれば、本当に儲かるようになります。

景気は恐ろしいほどよくなり、みんなが豊かになる、、、そうしたことがインカムによってかなり達成できるはずです。

これまでは、人から奪うことで成り立つ経済で、私たちは、本当に苦しんだのですが、今度は与えてくれるところから出発する経済です。

裸で生まれた私たちなのですから、すべては与えてもらうところから始まっていいのです。与えてもらう、、、すなわち、それはお金ではなく、お金の中に愛があるということです。だから良くなるのです。

この政策をぜひ、取り入れる覚悟をもった人が大勢出てきてくれるよう、御縁がある人がいましたら、お伝えください。いずれこの政策が要になると思います。

以上転載終了-----

posted by 秀さん at 22:53| ハノイ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

貧乏暇なしで3月は忙しい編

どういう訳か3月は忙しいのであります。
これが・・・会社の売り上げ利益に直結すれば良いのですが、そうもいかないのが超毛細血管企業の恨めしいところですわ。

思い起こせば・・・
東京での学生時代の4年間のアルバイト期間も含めると43年間も働いて来たことになります。
その間、結婚をし子供を授かり育て現在は孫も出来ましたと言えばハッピー人生のように聞こえますが
実際は天国地獄を繰り返す謎のジェットコースターに乗ったような人生ですわ。ったく!

学生時代にはそうとは知らずに頼まれてカウンターの調理補助として働くことになった新宿歌舞伎町裏のぼったくりバーの時間給が当時220円、卒業後サラリーマン生活を数年間やった後独立、最盛期報酬年額数千万円、IPO一歩手前の持ち株で創業者利益予想額が数十億円、億単位のクルーザーを会社で所有したり高級車を乗り回したり仕事の大事な接待で銀座で一晩で100万円使ったりと一般のサラリーマンの方から見れば何それ? っていうような嘘のような本当の生活をした時期も長い期間ありました
言い訳する訳ではないですが、仕事も死ぬほどやっておりましたよ。はい

しかしですねぇ、やはり天の神様はそんなにお人よしではありませんで・・・

妻の病死、1年後続けて父の病死、その1年後いきなりの大地震&巨大大津波のようなアクシデントにより会社倒産、連帯保証により40歳過ぎてすべての財産を失い無一文、倒産後6ヶ月間実家で母親の遺族年金をかすめ取りながらの茫然自失の無収入生活、この時が一番堪えましたわ へい
その後何とか再就職を果たし年収1200万円まで漕ぎ着けるが予期せぬ再度のアクシデントにより赴任先のホーチミンにて再び無収入生活になりましてね
しばらくはホテルの屋根裏部屋に住み当時は1食5千ドンの路上屋台での昼食、バイクもタクシーもなしの自転車と徒歩の生活・・・
ホーチミン貧乏友の会どころかホーチミン極貧生活でしたわ へい

お前一体全体何やってんの? と言われても・・・

自分でも訳ワカメですわ  へい

その後、縁ある方の助けもあり再度ホーチミンで会社を立ち上げ何とか人並みの生活が出来るようになったのですが・・・
当時の秀さん、ベトナム人を何故か根拠もなく100%信用していましてね、騙されること数回、
ったくおめで鯛というか、アホに馬ずらハゲというか懲りもせずにおバカな人生を続け今年61歳にもなってしまいやした。相変わらず大きな財産もお金もない貧乏生活は続いてはおります。
社員さん達の給料を払うために貧乏会社を続けているような気もしないことはないですが悲壮感はないですわ。

なぜって? 聞かれますか?

もう先が長くないと諦めたのか? そこのあほ爺

いいえ違います。

どんな苦しいことも楽しいことも100年も続かない、続けられない という人間が持つ冷酷な、いや、素晴らしい時間限定の人生舞台が人間の一生なのだと歳とったせいかも知れませんがしみじみ思うようになったからですわ。
どんな財産もお金も高級車も自分が演ずる人生舞台の大道具小道具にすぎない、人生の幕が下りると大道具小道具は撤去され次の公演者の出番まで倉庫に仕舞われるという合理的な神の采配?、天の意思? がほんの少しだけ少しだけ少しだけ理解できるようになったのかも知れません。

何を生意気なことを言うか! と非難されても返す言葉ないのですが・・・

モノ(財産資産)への執着より気持ち・思い といった形無いものへの執着
唯物論より唯心論・・・と言い換えるのは間違いでしょうが・・・

純真無垢な澄んだ孫の瞳を見ていると愛おしさに胸がいっぱいになってしまう
この思いは金銀財宝をいくらもらっても替えられない
親を思う気持ち、子を思う気持ちは1部の異常者を除いて誰にでもありますね
真に聖人と言われる人は赤の他人に対しても家族と同じような思いが出来る人なのかもしれないですねぇ

あれ? 話がいつの間にやら変な方向に行ってしまいやした。

お前さん、いくらきれいごとを言ってみても 
今日の品友会で暴飲暴食、悪酔いして暴言を吐くのだろう こらぁ!

と真実を知っている人に対しては嘘はつけませんわ

しかし、一期一会ではありませんが、同じこの世の同時代に生を受け、縁あって異国の地で出会うご縁というものは人類何万年?かの中で ある一瞬だけの奇跡的な出来事だと思えば珠玉の宝物といるのかも知れませんよ はい

戯言はこの辺で終わりにしましょう へい

では、皆さん また次回まで



posted by 秀さん at 07:12| ハノイ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

ノスタルジーかなぁ〜?編

もう直ぐ61歳になる秀さんですが、孫が生まれたからか年取ったせいか分かりませんが以前に比べると全てにおいて活動的でなくなったような気がします。
20代〜40代の途中までは仕事一筋、金儲け一筋と言い換えて良いのかもしれませんがとにかく何か動いていないと落ち着かない性格でしたわ。
強迫観念とまでは行きませんが日々成長(会社の隆盛が第一)しないと アカン! といつも思っていました。家族と触れ合う時間を削り仕事やそれに関連した付き合い酒に明け暮れる毎日でしたわ。
家に帰るのは月の半分もない状態で日本全国、時には海外まで出張の連続の日々、それが働く男のステータスよ! みたいにアホが勘違いしておりました。

振り返ってみると、収入の多さとは反比例して心に全くゆとりがなかった 
と・・・今なら分かるのであります。

ゆとり とは金銭的な裕福さの裏付けがあって醸しだされるものでしょうかねぇ?

生きるということの大命題が金銭的に豊かになることではないですね。

しかし、貧すれば鈍する、 衣食足りて礼節を知る という言葉もあるように最低限食べて生けるだけのお金は必要なことはこの世知辛い世の中ですので自明のことではありますが、ベトナムのようにお金持ちと言うだけで素晴らしい! 羨ましい とは大半の日本人は思わないですが、今の自由主義経済の行き過ぎにより悲しいことに日本でも格差(金のあるなしで評価が決まるような変な共通意識)が存在するようになっております。

まだ世の中の複雑さを理解できない天真爛漫な孫のマー君を日々みていると、爺がこの子に残して上げるものは何が良いのだろうかと考えてしまいます。
大きな財産なんて縁のない秀さんですので形あるものは無理としても何かを伝えておきたいという思いは孫が成長するに連れて日に日に強くなって行きます。
英才教育受けさせ、良い大学へ行かせ、有名大企業に就職させることが良い子育てだなんて波乱万丈で生きてきた秀さんですので露ほどにも思いませんがマー君が今後世の中を生きて行くための指針になるようなものを教えてあげられれば良いのでしょうがその方法論が分かりません。

深く考えるとキリがなく 人間はなぜに生まれて来て生きて死んでいくのか? という凡夫には永遠に答えの出ない迷路にはまり込んでしまいますのでやめておきますが 会社のヤクザな事務員さんの葬儀に参席して家族中が泣き崩れる姿を目にして思うことは、過去より面々と続くDNAの連鎖により縁あって家族となった有難いご縁に感謝しなければいけないということだけは秀さんの中で ストん と腑に落ちるのであります。


あらら アホがぐだぐだと駄文を書いても仕方がないですね。

昔昔、漫才ブームの時に もみじまんじゅ〜う! のギャグで一世を風靡した島田洋七さんの本にがばいばあちゃんがありますがその序文があるブログに載っていたので転載して本日のアホ馬鹿爺の駄文ブログは終了です。

ある夕ご飯の席のことだった。
「ばぁちゃん、この二、三日ご飯ばっかりでおかずがないね」
俺がそう言うと、ばぁちゃんは「アハハハハハハハ・・・・」と笑いながら
「明日は、ご飯もないよ」
と答えた。
俺とばぁちゃんは、顔を見合わせると、また大笑いした。
今から四十年ほど前の話である。

思えば、あれから世の中は急変した。
所得倍増計画、行動経済成長、大学紛争、オイルショック、地価上昇、校内暴力、円高、ドル安、バブル、そしてバブルの崩壊、価格破壊、就職氷河期・・・・・。
「今、世の中はひどい不景気だ」とみんなは言うけれど、何のことはない。

昔に戻っただけだと、俺は思う。
変わってしまったのは、人間の方だ。
お金がないから。
ホテルで食事ができないから。
海外旅行に行けないから。
ブランド物が買えないから。・・・・・そんなことで不幸だと思ってしまうなんて、どうかしている。

リストラされた人は気の毒だと思うけれど、それだってものは考えようだ。
朝八時に起きて満員電車に揺られて会社に行って、働いて、残業して、飲みたくもない酒の席に付き合って、
終電車に乗って帰ってくる・・・・そんな人生から解放される新たなチャンスだと思うことだって、できるはずだ。
それに、今後どう頑張っていこうかと夫婦や家族で話し合うことになるから、コミュニケーション不足なんてこともなくなるんじゃないだろうか。
お金がないから不幸。
今は、みんなが、そんな気持に縛られ過ぎていると思う。

大人がそんな考えだから、子供も健やかに過ごせるはずがない。
ディズニーランドに連れて行ってもらえないから、流行の服が買ってもらえないから、親を尊敬しようとしない。
成績が悪いから、いい学校に入れないから、自分の未来は真っ暗だと思う。
そんな子供ばかり育ってしまい、毎日がおもしろくなくて、将来に希望が持てなくて、少年犯罪も増えてゆくのだ。
本当はお金なんかなくても、気持ち次第で明るく生きられる。
なぜ断言できるかと言うと、俺のばぁちゃんがそういう人だったからだ。

俺は子供の頃、母方のばぁちゃんに預けられていた。
ばあちゃんは、明治三十三年(千九00年)生まれ。
二十世紀とともに人生を生きた、まさにひと昔前の世代だ。
昭和十七年(千九四十二年)、戦中に夫を亡くし、以来、厳しい戦後を佐賀大学とその付属小、中学校の掃除婦をして、五女二男、合計七人の子供を育てて生き抜いてきた。
俺がばあちゃんに預けられたのは、昭和三十三年(千九五十八年)で、ばあちゃんは既に五十八歳だったが、相変わらず掃除婦を続けていた。
裕福なはずはないが、いつもとんでもなく元気で、明るい人だった。
そして俺は、冒頭のような、ばあちゃんとの暮らしの中から、人間の本当の幸せというものを学んできたように思う。

九年前、九十一歳でばあちゃんが大往生してからは、特にばあちゃんの遺してくれたものの存在を、大きく感じるようになった。
今、みんなはとてつもない勘違いをしているんじゃないだろうか。
四十年前までは確かにあった幸せを放棄して、不幸な方、不幸な方へと進んでいる気がする。
みんな道を間違うな!
佐賀の、がばい(すごい)ばあちゃんの話を聞いてくれ!!
幸せは、お金が決めるものじゃない。
自分自身の、心のあり方で決まるんだ。


以上転載終了

posted by 秀さん at 07:18| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月22日

また元の暴飲生活に逆戻り編

今週は来客が続き会食が増えお酒を飲む機会が増えた・・・

その結果、また以前の暴飲暴食に逆戻り・・・・
あ〜・・・アホはいつまで経ってもアホのまんまですわ。

昨日は仲の良いベトナム人のお役人さんと1年ぶりの会食、ベトナム流ですので途中から知り合いの参加者が増え河岸を変えて飲み直しということになりローカルカラオケ店へ繰り出すことになりまして下手くそなベトナムソングを歌わされ浴びるほどビールを飲まされ当然のように午前様でご帰宅・・・・

義娘から お父さんもいい年ですので自重して下さいと説教をくらってしまいやした。トホホですわ。

10年以上の付き合いがあるベトナム人ですので昔の様々なエピソード話で盛り上がりましてね。
赤ちゃんだった子供がもう小学高学年に秀さんも孫が出来てお爺ちゃんになったなど月日の早さを皆で実感した次第ですわ。
当時は下っ端お役人が10年以上も経つと皆それなりの地位に就いており貫禄も出ておりましたわ。

普段はベトナムについて物申す! という感じでマイナス面ばかり見てしまうクセがついて居る秀さんですが
やはりどの国の人間も同じで良い人もいればそうでない者もいる。
国は違えど皆、家族の生活を支えている家庭人だと思えば何かと問題の多いベトナムでの生活も違った考え方になりそうです。

昔、秀さんが来越した頃に聞いたジョークに

ベトナムで一番頼りになるパートナーは誰でしょう? と言うのがありましてね

1.共産党員のお役人さん
2.公安のお偉いさん
3.ホーチミンおじさん

という問いに対して真剣に考えていた秀さんに浴びせられた言葉は・・・

何てったて3番と言われましてね。
答えは・・・

秀さん、ホーチミンさんはもう既に亡くなってはいるが

四角い紙に印刷されたホーチミンさんは元気でしょう?
この人が最強のパートナーですよと・・・ と言われましたわ。

お金で大半の問題はケリがつく、ベトナムではお金が一番頼りになるという意味ですわ。
まぁ、これは日本でも同じことかも知れませんがね・・・

秀さんも過去には数回金銭的な詐欺まがい、いや詐欺そのまんまに遭遇しましたわ。
一番大きいのが当時所有していたメコンクルーズ専門の旅行会社の乗っ取りですわ。
もう今では忘却の彼方へ行ってしまいましたが、当時は憤懣やるかたなしで毎日暴言を吐き散らかしておりましたよ。

時間と言うものは過去の様々な嫌な思いや情けない思いも流してくれます。
どうにもならないことでいつまで引きずっていても前には進めませんのできれいサッパリと忘れることが大事です。
嫌な思いというものは長く思っていると自分自身の心根まで汚れてしまうので捨て去ることですわ。

人間さんは失うことも生きている内には必要なのかも知れません。
中国の客家人(源流は古代ユダヤ人 ステファラジーユダヤ人と言われています)の教えの中に次のようなものがあります。
過去の失ったものは忘れ下記のような考えになれるよう日々努力して行きましょうかねぇ

話が脱線してしまいましたが、いつものお約束ですのでお許しを!

では、また次回まで


1.運は親切をした相手の背中から来る
-----------------------------------
施し散らして、尚富の増す人がある。
与える物を惜しんで返って貧しくなる。
-------------------------------------

2.許す事を知れば運命は変えられる
3.退却は重要な才能なり
4.何を始めるかに最も時間を費やすべし
5.ビジネスには大義名分が必要なり
6.準備していなかったチャンスはリスク
7.小さい約束こそが重要なり
8.家族を蔑ろにする者は成功せず
9.お金に使われず、お金を働かせるべし
10.50人の仲間が成功の核心となる
11.金鉱ではスコップを売るべし
12.安売りには必ず終わりがやって来る
13.嫉妬は成功の敵、愛嬌は成功の素
14.物事は因数分解して考えよ
15.汗ではなく考える事こそが富を生む
16.笑顔はコストゼロの最良戦略
17.「ありがとう」は必ず声に出すべし
18.欲望に忠実になる為にこそ禁欲的に




posted by 秀さん at 07:24| ハノイ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

どうなるもんでもないと自覚した時に解決する編

人間様は生きている間には日々様々なことが生じます。
良いことは少なく問題のほうが多いのが我々凡夫の生活ですわ。

仕事であれ家庭的な問題であれ困難な問題に直面してあれこれ悩み方法論を探るがどれも上手くいかないなんてことは長い人生において結構ありますわ。

秀さんの過去には40過ぎて無一文になるなんてこともありましたが、今振り返ってみると大したことではなかったと少し震えながら言っておりやす。

長い人生では人間どうしようもないドツボにはまるようなことが突然に起こる時があります。

眠れないほど悩み食事も喉を通らないほど追い込まれ何とかしようと足掻きまくる。

でもね、そう簡単には解決しやしません。

で・・・アホな秀さんはどうしたか?



へい、いくらあがいてもどうなるもんでもない! 悩むのやめた! なるようになるさと諦める。

諦めることでその問題に振り回されていた自分の心の逃げ場所が確保できる。
身は落ち着かないが心は変な意味で落ち着く。

逃げ場を作らない人間は・・・・最後には自殺という一番人間がやってはいけない手段を取る人も出てくる。
過去、秀さんの知り合いでも自殺をした方が複数人おられます。

誠に悲しいことでもあり愚かなことです。

もう自殺まで考えなければならない問題なんて解決方法がないというかニッチもさっちもいかない問題ですわ。
白馬に乗った救世主なんて来やしませんって!

深く悩んでいるようで実際は天から救世主が現れないか・・・・何て夢みたいなことを想像しながら立ち止まっているだけですわ
実際はね。

秀さん人生相談ではないですが、答え一発!カシオミニではないですが

最適解は 諦めること! 

これが一番と言うかこれ以外に解決方法がないとまでは言い切りませんが一瞬で白髪になるほど悩み出来る限りのことををやってそれでもどうにもならない場合はもう流れのままに身を任せるのが一番でごわす。へい

そりゃ、他人様から詰られるわ、罵声を浴びせられるわ、人間として情けない思いは10トントラック満杯状態で意気消沈することは必至ですがね。

それが嫌だからあおれこれ悩みその情けない思いをしたくないがために必死に足掻くのでありますが・・・


諦めなさい!


去っていった彼女はもう戻って来やしませんって!

すでに新しい彼氏も出来てルンルンで、あ~たのことなんぞミトコンドリア以下の存在認識になっておりますぞぃ

話が脱線してしまいやした


どんな問題でも いずれ時が解決してくれますって! はい

人間どうなろうと最低限生きてはいけます。

また苦しいながらも生きてさえいればまた道は開けるもんです。




本日はなぜにこんなことを書いたの っていわれますか?

いえね、昔のあることを思い出してしまいましてね、ふとこのような書き出しになってしまったのであります。

日本の家計も一部の金持ちを除き厳しい状況で日々の生活も大変だろうと思います。
ベトナムの経済はここ最近は持ち直しており以前よりは随分と改善されたような記事を目にしますが実際は学卒者の就職状況もそれ程良くはなく日本とおなじように一般庶民の生活は厳しいままです。

人間万事、塞翁が馬 

災い転じて福をなす

という気持ちでぼちぼち生きましょうぞ!



では、本日はこの辺で


品友会参加者募集中で〜す!









posted by 秀さん at 09:00| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月30日

9月も終わり今年も残り3ヶ月編

貧乏人にもお金持ちにも時は同じように過ぎて行きます。
時間とお天道さまに差別はありません。
誰にでも均一にその恩恵を受けさせてくれます。
有難いことですわ。

孫のマー君も1歳半になりまして赤ちゃんから幼児へと変貌を遂げつつ順調に育っております。
おかゆやおっぱいはもう卒業しまして大人と同じものを食べたいと要求したり人から食べさせてもらうのではなく自分で何でもやりたがります。
幼い子の成長は時の楽しみですが秀さんのようなじじいにとっての時というものは非情なもんですわ。
腰は曲がり皺は増え足腰は弱くなり加齢臭は増し歩く姿なんて見ているだけで他人様を不快にさせてしまいます。

まぁ、そういう秀さんにも幼い日々があったのですが両親がどれほど可愛がってくれたかなんて覚えちゃいません。
親不孝な息子ですわ。その親不孝を今頃になってベトナムの簡易仏壇で毎日お線香を上げて反省しているのですが・・・
孝行したい時に親はなしとはよく言ったものでもっと尽くしておけばよかったと反省することばかりです。

成人にまでには両親の大きな愛情があってこそなのですが・・・成長するに連れていつのまにか自分が勝手に大きくなったような気になってしまうから始末がわるいですね。

誰しも両親の愛情があればこそ生まれ、また育つのですが、いつのまにか忘れてしまうというかあたかも当然のように思ってしまう。
人間様はほんに勝手な生き物ですね。

秀さんの両親が現在生きていたとすれば今年で95歳と94歳ですわ。
戦争体験者で戦後の焼け野原時代から頑張って国の復興と共に働いて来た世代です。
ご苦労様でした。へい

義理の母94歳が佐賀県鳥栖市で健在なのが嬉しいですねぇ。
来年は成長した孫を連れて顔を見せに帰省しようと考えております。
それまでは元気でいて下さいと願うばかりです。
義母は食べ物に関しては非常にうるさく、健康のためにどんな食事が良いのか昔からよく考察していた方ですので
毎日の食事にはそうとう気を使っていたようです。食は医なり を実践した方なので長生き出来るのも当然かも知れません。
いつまでも健康で長寿を維持して欲しいと日々願っております。

仕事に目を転ずれば・・・相も変わらず貧乏会社で毎月ひぃひぃ言いながらも何とかお給料を払い最低限の生活ではありますがおまんまを食べております。

若い時は、会社が儲けに儲け・・・調子に乗って億単位のクルーザーに高級車、銀座の高給クラブで豪遊したことなどもありましたが今となっては若気の至りというか自分の価値が低いのを高価なモノによって粉飾していたのかも知れないですね。
ばかばかしいことですが当時はバブル時代でしたので周りを見回してもアホな同類が沢山おりまして自分がアホだと気づいていなかったのが何とも寂しいですね。

当時は金を稼ぐ奴が一番、結果が出ない奴の言い訳は聞きたくないわぃ! とひとり勘違いしていたような気がします。

お金で幸福は買えないが・・・

不幸の大半はお金で解決できる・・・

ってなことを言っておりましたわ。

アホですね。

今は、お金で解決できる不幸なんて仮に解消したところでまた新たな不幸が生じ
人間はいつまで経っても自分の内面を見つめ直さない限り不幸感は永遠に続いて行くと考えるようになりましたわ。

本当か?

・・・う~    半分だけかも?


金やモノの不足が不幸と考える前に自分の心の貧しさが不幸の原因だと考えられれば良いのでしょうが
物欲満載のベトナムでは通用しない考え方ですね。

人間って欲がなければ頑張れない
動物界で一番アホな生き物かも知れません。

犬猫や他の動物見れば分かるように・・・満腹時の間抜けた顔をみればよく分かりますわ。

わしらを見なよ、自分の腹を満たす以外は他の物を欲しがることもなく無欲で行きておるぞぃ!

どうせいつかはこの世に置いて行くモノのためにあくせく働く人間って生き物は根っからのアホだわぃ!

と言われているかもです。へい


そうは言っても人間様は子供には教育費やその他諸々の費用がかかるので
最低限の収入は必要ですね。

難しいところです。


まぁ、足りるもの以上に欲しがらない という考え方で行きましょうかね へい




それでは、賢者の皆さま、また次回!




posted by 秀さん at 08:17| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

柄にもなく哲学書みたいな本を読んでいる編

まぁ、アホが難しい本を読んだところでほとんど理解できないのであまり意味はないのですがね。

何か、最近つらつらと人間が生まれた意義というか、自分とはなんぞな? という疑問が湧いてきましてね。
年甲斐もなく哲学書というか宗教書みたいな本を読んでおりやす。

人間って誰がつくってどこから来たの? 誰しも必ず死を迎えるという非情さというか定めは誰が決めたの?
その目的、趣旨は? 

そもそも人間って何のためにこの世に生まれ生きてんの?

・・・なんて柄にもなく考えてしまいましてね。

ええ年こいて何ほざいとんねん! と言われても返す言葉がないのですが、

皆さまも一度や二度はこういったことを考えたことはお有りでしょう?
考えたところですぐに答えが出るわけでもなく人類永遠の課題みたいなものですので
どんな本を読んだところでどんな宗教にはまろうと決して答えは出ないことは分かってはいるのですがね・・・

生老病死・・・お釈迦様は人間とは 苦 である! とズバリと言っております。
この場合の意味は、思うようにならないことを 苦 と呼ぶそうです。
誰しも年こいて、病気になって、死んで行くことから逃れられない苦しみ
いわゆる三苦ですね。
そもそも生まれてこなければそれらの苦もないので生を受けることも すなわち 苦
トータル四苦 ですわ。

それに加えて
愛別離苦(あいべつりく)  - 愛する者と別離すること
怨憎会苦(おんぞうえく)  - 怨み憎んでいる者に会うこと
求不得苦(ぐふとくく)   - 求める物が得られないこと
五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと

併せて四苦八苦・・・

こう考えるともう世の中悲観して生きる気力も無くしそうですね。はぁ〜

極論を言えば、思うようにならない人生を生きるために人間は生まれて来たのだと!
お釈迦様は言いたいのでしょうか?

ふむ〜・・・

逆に思うようになることばかりの人生・・・

金はウハウハいうほど入ってくる
世界の美女はてんこ盛り
権力の頂点に立ち、誰もが羨む絢爛豪華な生活の日々

こんな生活だったら永遠に続いて欲しいと思うのかも?

でもね、最後は必ず 死 という避けられない定めが横たわるのですわ。

栄華を極めた秦の始皇帝も徐福のとんでも話にのり莫大な財宝を持たせて2度ほど不老不死の薬を探させに行かせましたが・・・・

徐福は帰って来ないまま(1節には日本に住み着いたとの話がありますが)

人間の業の深さというか、欲、煩悩・・・が苦しみの元凶

でもって欲を捨てなさい なんてアホなことを言おうもんなら・・・

お前が、言うな! と鞭でシバかれそうなので言いませんが・・・

日々自分や家族の生活のことを考え、その糧を得るためにお金必要で誰しも働いております

現在ではお金なしにはどうしようもないのが現実

その金儲けレースに勝つか負けるが大事だと現在のビジネス中心の社会では定理のように言われております

本当にそうなのでしょうか?

その結果、貧富の差の拡大が生じ、バカバカしい話ですが金のあるなしでその人間の評価が決まるような現在のバカげた風潮に

考えれば考える程、なんか違うよなぁ と・・・思う 迷い爺の秀さんでごわす


いくら考えても答えなんか出ないことを考える人間を 世間一般には アホ、暇人、世捨て人
変わり者・・・、または 哲学者、思想家ですかね?

間違いなく秀さんは前者ですわ


ぐだぐだと駄文を綴っても寝不足になるだけですのでこのへんでやめましょう

明日の朝に 笑顔のマー君を拝めさえすれば・・・金銀財宝も絶世の美女軍団もいりません!

といつもの孫バカで終了っと!



賢者の皆さま、今週もボチボチ行きましょう!

では、失礼いたします。

posted by 秀さん at 04:01| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月18日

孤児院慰問で慰問されちゃった編

H事務員さんが1年間強請ってためたお金で買った米100kg、お肉20kg、卵200個、その他果物やお菓子、正月ということで門松の代わりに・・・当日再度秀さんと公安のお偉いさんが強請られたお金などを持ってクチにある孤児院施設へ事務員さん、運転手、事務員さんの彼氏?(公安の偉いさん)、事務員さんの家のお手伝いさん、そして秀さんと結局5名での訪問となりました。
途中で正月第2回目の強請りにあった秀さんが正月用の大玉のスイカを5つばかり買い物して目的地である孤児院に到着。

お迎えに出た院長のおばあさんのその慈愛に満ちた顔を見た瞬間にこの施設の雰囲気が分かりました。
キリスト教系の孤児院ですが院内は良く整理整頓されておりました。
その孤児院には約60名ほどの孤児、年齢は2歳〜7歳くらいの健常者と年齢は様々な身障者がいました。
中には外国人との間に出来た孤児も(アフリカ系、欧米系、カンボジア系・・・幸いなことに日系はおりませんでした)いましたよ。しかしながらそのほとんどが親に見捨てられた子供たちというのが何とも悲しい。
しかし孤児たちの顔には陰りのなく皆笑顔で良い顔をしていましたわ。

テーブルに案内された5名はお茶と共にそこの孤児たちの踊りの接待を受けましたぞぃ。
その中で踊っていた一人の女の子はもうすぐ日本のお医者さん夫婦の養女として日本に行くのだと聞かされて少し複雑な気持ちになりましたわ。

5人がお茶を飲んでいる間、2名のおばさんと若いカップルが秀さんたちと同じように幾ばくかのお金や食料を持って慰問に来ておりました。皆誰しも自分のことで精いっぱいですが・・・少しでも人のことを思いやることのできる方々に会えて幸せな気分になりましたよ。

乳幼児の孤児院はそことは別の場所にあり、また就学児になった者はヴィンロン省にある施設に移るとのこと。孤児たちのお世話をしている職員さんたちの顔も院長同様穏やかで皆さん良い顔でしたわ。
薄給で盆も正月もないないような環境で毎日孤児たちのお世話をしている方々を見ていると、わずかなお金儲けのために日々奔走している自分の姿が何とも哀れに思えてきましたわ。

毎年物価も上がっているので
今年から毎月きっちり20万ドン以上ね! 
とやくざな事務員さんに言われても仕方がないなぁ〜 と思った秀さんですわ。

秀さんの会社に訪れる関係者の皆さま方、
H事務員さん強請り募金へのご協力を今年も宜しくお願いいたしま〜す。


以上本日は孤児院慰問のレポートでした。

では、また次回











posted by 秀さん at 10:18| ハノイ 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月11日

この後をどう生きましょうかねぇ?編

高校時代の同級生から年賀やメールに・・・
定年しました、これからは別の生き方を模索したいなんて書いてある。
そうか、お互いそんな年かぁ・・・と半分納得、半分納得しない自分がいる。
思うにつくづく人間の一生なんて短い。
同じ学生時代を過ごしたニキビ面の面々も、髪は抜け、シワは増え、腹は出て昔の若い時の面影なんてアンドロメダ星雲の彼方へ行ってしまいやした。

どう生きたら良いか・・・なんて誰にも分からない。ただ、おかれた状況にあるときは逆らい、ある時は従い日々おまんまを食べるために働き、家族を養い、時には脂粉ただようおねえちゃんのところで憂さを晴らすことにあったでしょう? そこのおじさん! (秀さんはそんなことは有馬温泉でしたが  と息を吐くように嘘をつく)
過ぎてみればどれも良き思い出ですわ。

最近自分で変わったと思うことは、何事も悔やまなくなったことでしょうか・・・
あるがままを受け入れ、その中で足掻きながらも対処するしか道はないのだと半分あきらめ、半分成り行きまかせみたな考え方になってしまいましたわ。カンナガラの世界といいますか、
ケ・セラ・セラ、なるようになるさ〜 と楽天的に考えたほうが気も楽ですしね、ハイ。

この2〜3日風邪で体調を崩しておりました。会社の事務員さんが薬を買って来てくれたのはありがたいのですが、その量の多さと薬の鮮やかすぎる色を見ると飲む気がしなくなるのですわ。
確かにベトナムの薬はよく効きますがそもそも人間は自己治癒力・免疫力が自然にそなわっている生き物ですので放っておいてもいつかは治癒するのですが、対処療法がメインの西洋医学ではなんでも薬で抑えこんでしまう。身体に良くないなぁ と思いながらも仕事があるので飲んでしまうのであります。

じゃぁ、その仕事が自分の身体より大切なのか と問われれば 否 と答えざる得ない。
秀さんを筆頭に現代社会に暮らす人間はアホですわ。
家族と一緒にいる時間も取れず無機質な会社という組織のために気力体力を必要以上に消耗し疲れ果てて休日はゴロゴロ・・・
こんな生き方を何十年も続ければ大概嫌になるでしょうよ きっと!

ですので秀さんの友達は再就職せずにリタイアする者が多い。
秀さんの場合は、年金はありますが退職金というものはありませんので楽隠居という訳にはいきませんで
当面は今の会社で働かなければなりませんが、いずれは長く務めてくれている会社の事務員さんに譲ろうと考えております。

ま、御託はこのへんでやめておきましょう。へい。

明日は近くの公園に散歩がてら出かけ帰りにマッサージでも行ってこようと思っております。

良い季節です。ベトナムにしては・・・

皆さまに幸多かれとお祈りして本日のアホブログは終了です。

では、また次回まで
















posted by 秀さん at 04:33| ハノイ ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月21日

お金のために挑戦し続けたのか?編

本日は日曜日、同じ九州は福岡で生まれた出光佐三(いでみつさぞう)さんのYOUTUBEを見ておりました。
過去にも見ているのですが敗戦国の日本にあって欧米何するものぞ! との気概に日本男児、いや九州男児の心意気を見たようで胸が熱くなります。

4部に分かれているのですが、最初のところでポンと大金を差し出すシーンが好きで皆さまにご紹介する訳ですわ。

まぁ、TV番組ですのである程度の脚色はあるでしょうが、敗戦後の厳しい経済状況下、男としての約束を守り家族的紐帯経営に徹した出光佐三の生き様に惚れ惚れしてしまいます。
そんな人物だから天皇陛下から死後を歌を送られたのだと思いますよ。

最期の方に出てきたコメント・・・
お金のために挑戦し続けてきたのか?・・・

という問いかけは、無配転落の危機に至ったソニーに代表される過去偉大な経営者を出して来た現在の大手日本企業経営者に対する痛烈な問いかけに聞こえましたよ。

欧米の金融経済至上主義が求める行き過ぎた経営の合理化・効率化で社員の首を大量に切って来たツケが今の日本企業に回って来ているような気がしております。
簡単に首を切られた技術者連中が韓国、中国企業にハンティングされ技術流出し廉価な競合製品を作り日本の製造業を脅かしている現状、牛丼屋企業の深夜のワンオペ、ましてアルバイト一人で店を切り盛りさせることに人間性のかけらも見出すことが出来ないような企業は将来、必ず強烈なしっぺ返しが来るのではないかと思いますぞぃ。

へい、前置きはこの辺で

お金がすべての中心ではなかった時代の日本人経営者の矜持を是非、ご覧下さいな。










posted by 秀さん at 23:31| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月12日

なぜか愛さんの言葉はすんなり心の中に入って行く編

いつものように手抜きブログで転載記事で恐縮ですがマドモアゼル愛さんの文章は何となく心にす〜と入って行きます。
この記事の最後には言霊について述べられていますが、最初に言葉ありき と聖書も言っているように

言葉=音=振動 というものは我々が考える以上に力があるのかも知れないですねぇ。

秀さんの父親は詩吟の先生をしておりました。
よく、秀よ! 腹の底から声を出しなさいと言われたものです。
詩吟も最後に伸ばす音は ボインではなく母音です。←ボインなんて言葉は今は死語ですが・・・

母音・・・母なる音 と書きますが、

愛さんが言うように日本語というのは何か底知れないパワーがある言語かも知れないですね。

さて、手抜きブログの転載開始です・・・・




結果に力なし 原因に力あり

人は結果を恐れます。しかし結果をもたらす原因がそこにはあったはずで、結果は原因が招いた最後の姿。

そこに力はもうないのです。原因の積み重ねには、ただ、けっこう時間がかかります。そこにタイムラグがあるため、悪事が一時的に栄えたりするのはよくあることです。

一時的どころか、新たな原因をずっと積み重ねていけば、悪事は不幸な出来事を小出しにしながら永らえることができます。

おそらく、因果律を恐れた悪人は、あえて悪事を働いて天の様子をうかがったと思われます。

しかし、天は人をだましても、殺しても、嘘をついても、決して罰しないという確証をどこかで得たのでしょう。

以来、嘘でも卑怯なことでも残酷なことでも、やった方が勝ち、、、という態度を身につけていき、我れ良しの世界が出来上がっていきました。

だましの世界と言ってもいいかもしれませんが、それは知優先の世界となります。

しかし、知は必ず、悪に行きつくと言われます。狭い範囲での正は必ずしも全体にとっての正になることはありません。そこで知のみに偏ると、知は全体にとっては悪に行きつくことになるのです。

現在の日本も世界も、一番力を持っている人は、表向きは正と判断され、法律によって守られています。しかしその法律が一部の利益に通じるものであって、全体の益を無視する形になっているため、多くの人が苦しんでいるわけです。

知には自分を顧みる力は極端にありませんから、こうした構図をどこまでも推し進めることになるでしょう。そして多少なりとも広い応用性が求められる事柄の前では、知はたちどころに弱点を表し、容易にだましの世界に入っていくことになります。

911の出来事を物理的に解明すれば、あれが内部爆発以外にあり得ないことが誰にでもわかるはずで、すでに知は悪ないし、狂気へと進んでしまったのが現代の特徴なのです。

飛行機がぶつかったために、ビル全体がパウダー化して崩れることを説明できる物理学は存在しません。

いま、私たちは劇画の世界にいるということもできるでしょう。911が劇画的手法なら、ボストンマラソン事件も劇画、、、知の行き着く先が見えてきたようです。

こうした事件や出来事は私たちに恐怖を抱かせるでしょうが、その原因を探れば、知がすでに悪と化し、狂気に行きついた最後の症状であることが理解できます。

個々の生活が苦しくなりつつある中で、その証拠に国内総生産も恐るべきスピードでマイナス化しつつあります。その上、また消費税をアップするというのは、本来ならばありえません。しかし、そのあり得ないことを起こすためには、よほどの無理をしなければならず、そのしわ寄せは必ず、施工者に舞い戻ります。

なぜそのような無茶をするのでしょう。知が悪と化したのが第一の原因ですが、どんなに大勢を犠牲にしてでも自分らの利益を守る、、、という死にもの狂いの欲がその本態なのかもしれません。

それは自分らの無知を刺激しますし、盗まねば自分らは生きていけないという原因の失望を深めます。近代が神経症の時代原理によって統治されているからというのが、私の考えですが、確かに神経症的自尊心と神経症的恐怖が時代原理の中心にあると思われます。

神経症的自尊心とは、自分らだけが豊かになっているだけではいけないのです。他の人が貧しくて、自分らだけが豊かでなければならない、、、という心理になります。

時代が進むことで、現代は誰もが豊かになりつつありました。とくに日本においては、バブルの崩壊を演出されなければ、、、また、為替レートによる損失の演出、さらに地震と原発被害がなければ、相当豊かな国になっていたことは間違いありません。

しかし、それだと、官僚などは面白くなかったのかもしれませんね。差がなくなってしまう。むしろ一般人が豊かになることをとうてい許せない、、、優秀な自分らよりも豊かになどさせるものか、、、との思いが、神経症的自尊心には必ず出てきます。

世界からしてみても、日本人という存在が、神経症的自尊心を著しく刺激するというのもうなずけます。

しかし、知は結果物を横取りすることですから、そこには創造性はありません。そのことを知っている力は、創造の原因つぶしに一生懸命になるでしょうが、原因をつぶせばやがて訪れる結果は貧しいものになってしまいます。

実際に良き原因つぶしを戦後いろいろな形で行っており、機械生産のような人間金太郎飴化にかなり成功しました。そのおかげで、日本は確かに力を失って来ています。みな同じ感性、同じような思考力の並列社会となり、力を失っているのですが、日本人劣化政策は物量的には確かに成功しました。

しかし、そうはいっても、多くの人が、何かおかしいと感じだしている現実があります。要するに、魂はそんなに簡単には金太郎飴化はできないのです。そこには、日本語が存在するためです。

日本語は母音を絡ませて存在してますので、イノチと直結する構造を持っています。本当に日本を乗っ取るためには、ですから日本語を禁止する以外に方法はないと思います。そんなことをしたら、すぐにばれてしまうでしょうが。

日本語でなくてももちろんイノチと直結する音はたくさんあります。音のみが思考を介さずにリアルとつながりますので、音を通さないで人間を根底から変革することは不可能です。

そのうち、母音は赤ちゃんが各ランゲージをしゃべる前に共通して話していた言語であり、脳のもっとも中枢に存在する情報として人間に与えられます。

そこから来る母音情報は風の音や海の音と同じく、地球生命体の言語といえます。これを壊すことは、神経症的欲求では無理なのです。ですので、地球はここまで結果を出した以上、原因に戻るしかなく、それは神経症の克服時代に入ることを告げています。

その基本は母音発生にあるといえます。多くの宗教の奥義は発声にありますが、だいたいは母音トーニングではないでしょうか。

どんな人も赤ちゃん時代に覚えた、最初の母音情報を消去することなどできませんし、神経症からの脱皮自体、それによらねば治せないはずです。

なので、母音を壊すことは不可能であり、行き詰った時代の逆転現象はここから起こらざるを得ません。

原因に生きるとは、音による思考、意識を拡大させることによって、広がりをみせるはずです。

以上転載終了・・・・・・・・・


posted by 秀さん at 22:50| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月07日

早くも9月になりにけり編

ここ最近は来客続きでバタバタしておりましてブログの更新も全く出来ておらず気が付けばもう9月も一週間が過ぎてしまいました。

皆さま、お元気でしょうか?

いやはや時と言うものの不思議というか、人間様の思いなど関係なく時は過ぎ流れていきます。
日々あれこれ思い悩むこともありますが大半は刺激のない平凡な生活の日々ですが、時には昔懐かしい方との再会など冬の日の陽だまりのようなちょっとした楽しみごともあったりして喜んでおります。

まぁ、人間様の思いなんてその時その時の状況次第で陰にも陽にも変化するもので、早い話がいい加減なのですわ。
 そんな人間様のいい加減な思惑次第でわれわれ凡夫は悩みもしある時は有頂天になったりと心定まらない日々を送っている訳です。
世の中と断絶し一人山奥に住むには狂気と言うか相当の覚悟がないとできないですね。
人間は社会性生き物です。
言葉を換えればさみしがり屋さんですので一人孤高を貫くなんてそんなことは出来もしません。
またしたいとも思いません。

政治や経済、哲学、文学や音楽などのカルチャなんて言ってみても時代時代でその価値観は如何様にも変化するのでこれが絶対正しいというようなこともありません。
それどころか日本の政治はもとより世界の政治を見回してもひどい国ばかりで権力者は一般国民のささやかな幸せ何て誰も考えていないことがよく分かります。

俺が一番、俺の家族が一番、俺の会社が一番、おらの地域が一番、おらの国が一番・・・とすべて己にとっての利益が最優先されるやり方を続けている人間様ですが人類の歴史数千年、数万年も経つのに今だに己の利益追求ばかりで殺戮、略奪を繰り返している我々人間って本当はアホの極みかも知れませんねぇ。
何が霊長類のトップやねんと他の動植物から思われているかもね!

こういった欲をベースにした生き方の視点を変えることができれば良いのですが、世知辛い世の中ですので生活の糧を得るために致し方なしに長いものにまかれ、時には己の思想信条をも曲げなければいけないのが悲しいかな我々凡夫の性ですわ。

つらつらと孫に顔を眺めていると綺麗な目をしています。まだ生まれて6ヶ月程度ですので欲もなければ自我もありません。おっぱい飲んで、ウンチして、笑い、泣き、後は寝ているだけですので思い悩むことなんてありません。
まして人間様のいやらしさ、汚さを実感することもないから赤ちゃんは目が澄んでいるのでしょうねぇ。
秀さんのくたびれた目とは雲泥の差ですわ。

思わずあんた! 気楽で良いのぅ〜 と思ってしまいますがな。

まぁ、それはすべての面倒をみている両親の愛がが存在しているからできることです。
見返りを求めない無償の愛があるから自分では何もできない赤ちゃんが生きていけるわけですね。
まるで与える一方のお天道様みたい・・・

それが本当に有難いことだと分かるのは親が亡くなった後なのが悲しい・・・秀さんでごわす。

無償の愛の正反対をやっているのが今のアメリカの権力を裏で操っている連中ですわ。
と・・・いきなり話は変わりましたが・・・大愚さんのブログから転載をしまして
本日のわけわかめの駄文は終了です。

週末も秀さんは仕事ですが、賢者の皆さまは楽しい週末をお過ごし下さいな!
そして来週も元気に頑張って参りましょうよ。へい





以下転載開始・・・・・・・・・・・

「アメリカの日中戦争路線は危機に瀕している」  


要するに日本から如何にカネを巻き上げるか、これがアメリカの東アジア政策の中心です

そのためには危機を演出して、安全保障をダシに金を出させる

それと既存利権者からの金の回収です。

戦後日本支配をするために利権を投げ与えて来た犬どもから回収しようとしています


つまり、敵が分裂しているわけです。

ざいにち、部落、在郷地主、農協、小作人、等がアメリカが、日本支配のために、利権を投げ与えた連中です

これらを使って支配して来たのだが、懐が怪しくなってこいつらに渡した利権とかねが惜しくなって回収を始めた

これが全世界的におこって居ると大愚は見ています。オフショアから回収したり、相場でだまし取る事が困難になったので、武力を使う、というわけ

ムバラク、フセイン、とうまくいったが、ロシア、中国からの回収は失敗している。

手先の江沢民が失脚してしまったので、騒動を起こす手先がいない。

ロシアに忍び込ませた手先は全部プーチンがたたき出した。

日本の層か統一、農協、ヤクザが手先の組織であるがこいつらはリーマンで騙されて逃げ出し始めている。

そこで、脅しに311を仕掛けたと見る事ができる。

なんとなく、背を向け始めた日本をどうするかという事でケネディー人気を利用しようと大使にしたが何の効果もない

もともと、ただのお嬢さんだから能力あるはず無い。

ロシアでのマスゾエの言動を見ると、政治家を脅し、マスコミの記者を殺して、世論操作するのもそろそろ、限界でないのか。

オバマはウクライナ騒動の歩き回り方や、イスラム国の扱いで

要するにあっちのセールスマン人間である事が丸バレ。

またぞろアメ公は武田に6000億の難癖をつけたりしている。トヨタいじめも逆効果だった。結局、難癖をつけたオバハンがインチキだった事がバレバレ。かえってトヨタの信用を上げた。

2000年以降、911が丸バレで、世界の暴力構造が丸見えになってしまって、偽ユダヤ人の最大武器である嘘の効力が切れ始めた

アメリカの仕掛けた嘘が全部つぶれたウクライナ騒動は世界歴史の展開点ではなかろうか?


以上転載終了・・・・・・


posted by 秀さん at 10:14| ハノイ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月09日

あいば達也さんの投稿から転載です編

本日は品友会です。お盆のせいで参加者は8名と少ないですが皆で楽しめれば良いですね。
品友会で語られるような話題ではないですが・・・21世紀と云うのは、何もかもが違うメカニズムで動き出した「世紀」である可能性を暗示している。・・・との一説に惹かれましたのでいつものように勝手に無断掲載ですわ。

お金がすべて支配するこの世の中・・・
人間の生き方の方法論を変えてみれば何事も簡単にうまくいくのかも知れません。
なかなかできないことではありますが・・・

では、転載開始です。


●大戦中の大本営発表時より悪質に 本人が出てきて嘘をつく

 第二次大戦、大本営発表と何ら変わりない出来事が、ジャガスカ目立ってきているが、これは、何が原因なのだろう?安倍の集団的自衛権行使容認も、世界一厳しい安全基準も、コントロール下にあるフクイチも、景気の好循環等々も、この情報をマスメディアが垂れ流している分には、大本営発表を垂れ流したマスコミと云う批難が成り立つが、21世紀のわが国では、責任者が出てきて記者会見し、自らの顔出しでウソ情報や希望的観測を捲し立てるようになった。間接プロパガンダから、直接プロパガンダに移行している。いつのまにか、事態は、益々悪化している。

 黒田は、日銀の一番の仕事は「物価の安定」である。2%の緩やかなインフレは達成可能である、と強調した。しかし、そのことで、景気が好循環するかどうかについては、明確な回答は留保している感じである。まあ、日銀総裁の役目は、異次元の金融緩和を謳うことで、景気のマインドを高める効果を狙ったものであり、実体経済が、その通り動くかどうかは、政府の責任の範疇だと、良い逃れている。たしかに、景気を良くするのは、政府の仕事であり、日銀は物価の番人だが、黒田の登場は、どうみても「俺が景気を好くしてやる」と云うイメージを作り上げていた。多くの国民も、まんまと騙されたに違いない(笑)。

 雇用も所得環境も需給ギャップのプラス傾向が出てきたと、白々しいデータを取り上げているが、全体の勤労者の所得、及び可処分所得は、確定的に下がり続けている。そんな中で、黒田は「どうだ、物価が上がっただろう?俺の腕前を見直したか!」と大見得を切り、もし、上手く行かないときは、地政学的リスクによるもので、日銀の守備範囲からは、如何ともし難い、と逃げを打つのを忘れなかった。アベノミクスは、何本矢を追加しようが、虚偽の成長に過ぎず、経常利益赤字国家に落ちぶれ、日本は自慢するものすべてを失いつつある。

 「失う」と云う言葉には、受動的、時に能動的意味が両立しているが、現在の日本の経済政策は、菅・野田の経済政策に輪をかけた、能動的「失う」行為に走っていると言えるだろう。最近では、製造業の在庫が積み上がり、夏以降は生産調整の局面に入るのは、ほぼ確実だ。そもそも論からして、考えてみると、奇妙だったのである。20世紀の景気循環のメカニズム、経済理論が殆ど通用しない時代が到来した予感を持たせる。仏経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本論』が世界の知識階級に大旋風を巻き起こしているのも、20世紀金融経済理論が、狂いだした証拠のような部分が存在するからに相違ない。

 ピケティのマルクス主義に似た再配分論が正しいかどうか別にしても、21世紀と云うのは、何もかもが違うメカニズムで動き出した「世紀」である可能性を暗示している。つまり、金融緩和が、景気を刺激する効果を一切発揮しない経済状況になっている、と云うことだ。当然、海外製造拠点の積極的企業の動きはとどまる気配すらないのだ。法人税を下げろ!規制緩和の速度を速めろ等々、政府に色々と注文をつけている本人たちが、その要求が意味をなさないことを承知で動いているのだから、始末に負えない。

 安倍晋三も気の毒と云えば気の毒。すべての要求を満たしているにも関わらず、そんなこと要求したかな?と云う他人事な顔をして、ドンドン海外に生産拠点を動かしている。どうしてだ?と聞けば、まだまだ足りない、信心が足りないと言い出す、新興宗教の教祖の趣だ(笑)。西側諸国に経済成長力は僅かしか残されていないので、アメリカはシェールガス革命などと云う、将来、国土を破壊するかもしれない採掘方法を編み出し、世界をギョッとさせた。しかし、遺伝子組み換え植物同様、将来のリスクに責任を負うことは、金輪際ないのだ。目の前で、稚拙な不正で不潔な製造工程をバラサレタ中国を笑い者にするのも愉快ではあるが、見えないリスクが潜在的にある、放射能のような、人類への悪影響は、クラウドコンピュータの罠のように、雲の中に隠れていると云うことなのだろう。

 市場のパイが細っているのは、西側諸国の共通の課題だが、これは一種先進諸国文明の飽和期が訪れたわけだから、次なる周期が訪れるまで、ジッと待ち続けるしかないのだが、マネーと云うものは、モンスター故に、世界観とか、人生観とかに関係なく、ひたすら強欲の姿勢を崩さない。ここに、金融経済体制に移行した西側諸国のジレンマがある。このジレンマ、或はトラウマなようなものに支配されているのが、アメリカ政府であり、日本政府も追随の傾向をみせてしまった。意外に、ドイツはHATENAな姿勢も堅持、かなりウロチョロしている(笑)。謂わば、国家がマネーに支配された格好になり本末転倒なのだが、人類が自らの生活を豊かにする経済活動のインフラとして誕生させたマネーが、支配者として君臨し始めたのだから、不死身のモンスターを生みだした博士が、モンスターの初めての餌になるようなものである(笑)。

 まして、わが国は、異様な速度で少子高齢化が進んでいるわけで、市場のパイは限りなく小さくなっている。デフレが続くから、物が売れない。先行き、もっと下がると思うから需要意欲が湧かない。インフレ傾向が明確になれば、物の値が上がると人は想像し、需要意欲を喚起する。ゆえに、景気の循環も好くなる。これが、インフレターゲットの目論見だった。ところが、物価は生活必需品 中心にハイパーインフレもどき状況になっているが、庶民の購買意欲が刺激されている風もない。兆しすら見えない。日経新聞の目には、大きな兆しが見えるようだが、国民に見えていないのだから、日経と云う新聞社だけに見えている蜃気楼なのだろう(笑)。

 かなりの識者でも、この日本の根本的処方箋は、少子高齢化への対応であると語るが、文明の行き着く先を先取りした日本なのであって、いずれ何処でも起きることだ。巷では、フランスの少子化対策がチヤホヤされているが、人口が増えている内容の吟味は、人種差別になるので避けているようだが、周辺の廉価労働力として移民された人々の子供による少子化の歯止めである。残念ながら、文明的国民の少子化対策とは異なる次元によって起きていることだ。やはり、悲観主義ではないが、達観することから見えてくる、老成の成長と云う視点を避けて、楽観主義に傾倒し、戻れない穴に落ちることは、あまりにも愚な事である。悲観と、熟成、孤高から生まれる産業もあるし、夢も見られる。そうなのだ、安倍君的に表現すれば「積極的悲観主義」こそ、東洋の神秘の島国、日本が選択できる権利を有しているのだ。また今夜も、極めて極小支持しか得られない論に拘る(笑)。
posted by 秀さん at 15:18| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

いつものように転載(大愚さんより)編

もうこんな記事を貼り付けるのはやめようかと思うのですが・・・
やはりこの人(医師)の思いは強く、深く、秀さんの心に訴えかける。

気楽に行けたら好いねぇ〜 と今日もアホが独り言。


では転載開始・・・・・


「敵を設定しなければ行動が決定できない、西欧社会」  

自律という事が無くて、奪うが経済の基本と思っている

対して日本の政治理念は自律が基本である

おそらく、島国で、谷筋に分散して住んで来た状況がもたらしたものだろう。縄文の生産力過剰状態がもたらしたのか。東アジアの島嶼はだいたいこういう考え方だ。

地形と運搬力の関係で、皆殺しで絶対優位を広範囲に得る事が難しかったので敵は取り込まねばならない。そうすると自然状況から共存を強制される。

商業も定義が違う。等価交換が日本の商業だが

隙があれば騙して奪う、が西欧の商業である。典型的な行動パターンは十字軍である

勝手に正義をでっち上げて、略奪を正当化して、軍事力で襲いかかる

これを国際政治、世界標準といっているのである。

言葉の定義と内容が異なるのだ

個人の自立というのもそういう概念で、自立とは他人から奪う事で成立する、帳尻は神が決めるとなっている。ニホンジンは勝手に自立=自律と解釈しているが、違うのだ。奪わないと自立しないと考えるのである。

この概念をクソまじめに取り込もうとして苦闘して精神分裂か、鬱病になったが、透谷や、漱石などの明治の文学者たちで

この流れは今も変わらない。

根本衝動と文化規範が真っ正面からぶつかっている状況がもう150年続いている

それでそのうち、西欧が自分の分書き判がデタラメである事に気がつき出した

地球が狭くなって、交通規模からすると石油石炭以前の日本列島の様なサイズなってしまったからである

インターネットの成立で、西欧規範のデタラメが誰でも分かる様になった

そうなると、共存共栄、等価交換、事実尊重、そして、我々の根本衝動である、愛情尊重

が世界精神となり始めたのだ

日本における仕事は、上記の様に等価交換と共存共栄なので、自己実現にしかならないのだが

西欧規範における仕事は奪ってのさばる事になる。要するに仕事が楽しくないのである。

状況が変われば最適解が変わる

21世紀が日本の世紀だといわれていて、何となくみんながそう思い始めているのは、世界経済の前提条件が日本に似て来たからである

こういう島嶼世界で西欧科学、事実性を取り込んだのは日本しか無いからである。科学技術文明はガリレオの様に反キリストから科学が産まれた様に言うが、じつはキリスト教と事実性は何の関係も無い事を実証してしまったのだ

西欧文明押しつけの根本教義である、その仕組みが嘘である事を実証しているのだ

西欧学問社会から見るとキリストでも儒教でもなく日本科学はアニミズムから自律発展しているので世界史の謎なんである

たんに自分たちが勝手な偏見にとらわれているだけなんだが。

よくよく考えてみると、ギリシャはアニミズムで、ローマもアニミズムだ。

要するに科学は多神教の直接産物である。多神教こそ、その時代の科学性、事実性の表現であるからだ

だから一神教は必ず、科学を抑制する。西欧科学が軍事偏重なのは、一神教強制と事実性認識の均衡点が軍事だからである。

ガリレオは当時のハイテクである望遠鏡職人で、これは城の上から敵を眺める、あるいは着弾点を観察する重要武器なんであり、力学も弾道計算のことである。

一方日本科学技術は必ずしも軍事ではない。江戸幕府が軍事技術を抑圧したからでもあるが、麻酔を世界最初に発明した華岡青洲も、世界で初めて空を飛んだとされる、浮田幸吉も、はたまた、なも知れぬ江戸の園芸家や稲の品種改良、サツマイモも導入など

全く軍事とは関係がなく、単に楽しいからか人道的動機でしていただけである。

結局、西欧文明は、世界文明化した時点で終わったのである。後は惰性、慣性で騒いでいるだけだ。FRBなんか世界から偽ユダヤの狂人集団と見られている。

それをみんなが認識し出しているのだ。

負け試合でサッカー競技場を掃除してかえった、日本のサポーターの行動に驚異の眼で見ているのだ

西欧や中国文明の原則では負けたら壊して、汚して、悔しさを他人に押し付けて、かえるのに。

どういう行動原理にすればそういう行動が可能になるのか、に気がつき出したというわけ。

単に、勝つ事が好きなのではなく、サッカーというスポーツが好きだから、サッカーというスポーツの場を汚したくなかっただけなんだが

開始>
ブラジルに広がる(!?)“立つ鳥跡を濁さず”の輪。今度はドイツ人がコパカバーナのファンフェスト会場でごみ拾い
 ヘシーフィ (レシフェ) のアレーナ・ペルナンブッコにて、コートジボワールに敗北した後、日本人サポーターがスタジアムのごみ拾いをしたという事実は、SNSや各国メディアに取り上げられ、日本人の礼儀正しさを多くの人が賞賛することになった。

 そんな中、今度はドイツ人観光客グループが、リオのコパカバーナに設営中のFIFAファンフェスト内で6月16日 (月)、ビーチに散乱するごみを片付けたと現地メディア(「G1」、6月17日づけ)が報じた。

 彼らは、自分たちが使ったコップだけでなく、他の人たちが地面に捨てたごみも拾おうと周囲に呼びかけたという。

 このシーンを撮影したニコールさんによれば、現場にいたブラジル人は、彼らの姿に驚き賞賛したという。

「ワールドカップは必要ないと思っていた人たちが最後には考えが変わり、こういった文化交流が、なかなか他国に旅行する機会が少ないブラジル人に貴重な体験を与えてくれることに気づくことを願います。ワールドカップは、私たちに多くのことを教えるためにやってきました! 政治やデモクラシーだけではなく、こういったシンプルな行動が私たちに変化を起こし、影響を与えるのです」と、ニコールさんは自身のフェイスブックにコメントした。

(記事/MEGA BRASIL、文/柳田あや)
終わり>

もともとギリシャの昔から、神代の昔から、モンゴル相撲でも、インカの昔から、スポーツは神に捧げるものなんである。公明正大と清潔は前提だ。

それをゆがめたのは西欧の世界統一下心ムンムンの近代オリンピックである。

いまや、偽ユダヤ人は商売にしてしまった。(彼らのかみさまはおかねだからそうなる)

中国人も四川地震で日本の救援隊が一人も救えなかったことにがっかりして謝ったのをみて驚天動地、びっくりしたのである

ニホンジンにしたらあたりまえなんだが。。。。。。。。

もうすでにかなり前から日本はある点では、、多分1930年ころに人種差別反対を国際連盟で主張して追い出されたあたりからずーと世界精神のトップを走っているのだ。

それが偽ユダヤの作った西欧社会の破壊したい中枢部分なんだが。。。。全然潰せないうちに自分たちがつぶれ出したというわけ

以上転載終了・・・・・


posted by 秀さん at 00:28| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月23日

懸命に生きるんだ編

予定より約3ヶ月早く誕生した孫
保育器の中で必死になって生きようとしていたのだろう
そのおかげか入退院を繰り返しながらも3kg近くまで体重も増加しこれでもう一安心と思った矢先に
未熟児網膜症という未熟児特有の目の病気悪化でまたもや緊急入院、そして手術・・・
網膜内で異常繁殖する新生血管の伸びを止めるため網膜にレーザー照射を行った
結果はこれから次第だという

不思議なもので息子夫婦の初めての子供かぁ〜 まぁ、お前たち2人でちゃんと教育せえよ〜
おれは関係ないからな ってなことを言おうと思っていたのだが・・・

いざ、初めての爺孫対面をしてみるとこれが私の初孫なんだ
面々と続く遺伝子連鎖の結果、縁あって秀さん家の一員として生を受けてきたのか!
そうか、そうか、良くぞ生まれてきたのぅ〜・・・と
愛おしさがこみ上げて来た

なんだぁ〜 その辺のべた甘爺さんと同じじゃん・・・
と自分自身で苦笑してしまった

約60年の年齢の違い、これからどんな人生を歩むのか
無論、最後まで見届けることは出来ない
一緒に共有できる時間が何年あるか分からないが
じい様が今まで生きて来た中で数々の失敗や挫折を繰り返しながら
かすかにおぼろげながら分かったと感じたこと・・・・

がり勉することでもなく、良い大学に進学することでもなく、
人を蹴落として出世することでもなく、大金を稼ぐことでもない

人間はどうしてこの世に生を受けてきたのか
人間はなぜに有限な生き物なのか
本当に正しい生き方とはどんな生き方なのか

そんなことを幼い内から考える人間になってもらいたいと切に願う
何〜にも考えてこなかったアホなじい様の代わりにね!

その結果、普通の子供とは違う、変わっている と言われても構わない
納得出来ないときには学校をサボぼろうが放浪に出ようが落第しようが構わない
時には恋し、失恋をし、挫折することも多々あるだろう
様々な葛藤の中で自分が、これだ! と思う生き方を自分自身で探し出せたら
それが一番幸せなのだよ
決してお金を稼ぐことが人生の最大の目的だなんて言うなよ
金は無くても
生きているということはそれだけで素晴らしいことだと分かれば何も怖いものなんてない
幸運にもこの世に生を受けたことを喜び 楽しく精一杯生きることだね
おっと! 時にはこのじい様のことも思い出してくれよな!


退院後の再対面を楽しみにしている


秀爺より孫へ


























posted by 秀さん at 01:33| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

まだ見ぬ君へ編

何千、何万年と綿々とご縁というDNAの連鎖が途切れることなく続き縁あって人はこの世に生を受ける。

君も成長するにつれて様々な経験を積み、ある時は歓喜の涙を流し、またある時は絶望の底に沈み悲しみに暮れることもあるだろう

人は誰しも喜怒哀楽を繰り返し生きていくが最後は、生老病死・・・人間の避けられない定めが待っている

そんな限りある人生、君がどう生きるかは君次第だが、一つだけ言っておく

切らさぬように綿々と命の糸を紡いで来たご先祖様の思いや両親の愛、そしてこの世で出会う縁ある人々の支えがあって君が生かされているということを忘れないように!

しかし君はその小さな保育器の中で、既にそのことを分かっているかも知れないね・・・

そのことを忘れない限り、君は君の人生を目一杯楽しんで生きて行くが良い

もうすぐ君に会えることを楽しみにしている

秀じいより

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賢者の皆さま、

30週の早産ではありましたが3月27日午後11時25分に孫(男児)が誕生しました。
まだ保育器(NICU)中なので対面してはおりませんがいずれその内、秀じいが幼い頃から駄洒落道をみっちり仕込んであげようと思っておりますぞぃ。


posted by 秀さん at 23:00| ハノイ ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月18日

臭枕編


ベトナムに住みながらこう考えた。

正直に生きても賄賂がいる、情をかければ裏切られ、孤高を貫けばちと寂しい、

とかくベトナムは住みにくい。


住みにくさが高じてくると、日本に帰りたくなる。日本とて今の世は住みにくい。

どこに越しても住みにくいと悟った時、あきらめが生まれ、肩の力が抜ける、おならが出る。



人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう3軒両隣にちらちらする金銭至上主義のベトナム人である。

そんなベトナム人が住む国の生活が住みにくいからとて越す金もない。

金があればまだしも日本に戻ったところで昔の日本とはちがい薄情な国に成り下がってしまい帰ったところで尚住みにくかろう。


ベトナムの国が住みにくければ、アホになりに考えるに、ベトナム人のようにまた〜りと路上のカフェに日長たたずみ、な〜んにもしない無駄な時間に罪悪感を覚えず、流れにまかせて気楽にのんびりと構えて生きることである。


そう悟ったとき、親父ギャグが生まれ、臭い駄ジャレが出来る。



 

住みにくい所をどれほどか、寛げて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。



ここに駄じゃれ作りという暇つぶしが出来て、ここにあほブログが生まれる。



あらゆる臭い駄じゃ好き人間は人の世を長閑にせず、人の心を豊かにしないが故に

不必要の烙印を押される。


そんな人間に私はなりたくはないが、もう既になっている現実を受け入れながら生きていくことにしよう。




夏め!暑いわぃ、じゃない 夏目掻咳











posted by 秀さん at 04:20| ハノイ 🌁| Comment(7) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

ベトナムは喧噪のクリスマス編

今日は早く帰らないと中心地は渋滞だらけで大変になりますよ・・・と会社のスタッフに言われ、それじゃ〜と言っていつもより早めに帰宅しましたよ。

先週の週末も大勢の家族連れやアベック2人乗りのバイクの集団、中心地のホテルや通りに飾り付けられたクリスマス&年末用のイルミネーションを見に大勢のベトナム人が中心に集まって夜はかなりの渋滞でしたわ。ベトナムは日本よりはクリスチャンのパーセンテージは多いのですがそれでも10%以下、大半は仏教徒です。

まぁ、日本もそうですが、キリスト教徒でもない者がまるでお祭り騒ぎのようにメリークリスマス! って、何かおかしくねぇ? ってな野暮なことは言いっこなしですな。

すっかり商業主義に汚染され異教徒の者まではクリスマスを楽しんでおります。

はぁ、昔秀さんのガキん子の頃からクリスマスにはケーキにプレゼントがありましたよ。へい。

少し前、愚息の嫁から、お父さん、日本人はクリスマスにはケンタッキーチキンを食べるのは日本の昔からの風習ですね。 ・・・と言われ驚きやしたぞぃ。

あ〜た、ケンタなんて何十年か前は日本には有馬温泉ですがな。

クリスマスはケンタッキー! なんて上手いキャッチフレーズをTV宣伝によってよくも普及させたもんですわ。

今は天国にいるカーネルサンダースおじさんですが、だてにひげを生やしてはいなかったってことでしょうか? 



まぁ、天国では毎日大勢のニワトリ達から殴る蹴るの暴行を受けているかもね?


お前のせいで毎日世界中でわしらの大勢の仲間が熱い油揚げの刑に処されているのだ! 

と・・・拷問詰問を受けているのかもね・・・


と考える秀さんの頭は少々おかしいのでしょうね、多分・・・。



日本ではガキん子は冬休み前の通知表の評価という審判が無事終われば、楽しみのクリスマス、それが過ぎれば直ぐ年末、そして待望のお正月でしたので昔のガキん子はこの時期ウキウキわくわくしておりましたわ。
ベトナムの子供たちも綺麗に飾り付けられたイルミネーションを楽しみに親御さんのバイクに乗せられて街中に繰り出すのを楽しみにしているのでしょうねぇ。



一家ひと時の団らん、微笑ましいですね。


日々疲れて帰ってもわが嫁、わが子がいるから頑張れる というお父さんも多いことでしょう。

独り者の秀さんは、家でわびしく作り置きのカレーを食べやり残した仕事を家のパソコンでやっております。

大渋滞をものともせず嬉々として町中に繰り出しているベトナム人に脱帽&乾杯です!


それでは、本日は、この辺で


皆さま、メリークリスマス!






posted by 秀さん at 23:57| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

小野田少尉の生きざまと比較して編



11月は忙しさもあってブログの更新もわずか3回。いやはや怠惰なことこの上ない。


さて、仕事で忙殺されていた合間に見たヴィデオにフィリピンのルバング島のジャングルで戦争終結をしらないまま戦後30年にわたって戦闘行為を継続していた小野田少尉のドキュメンタリーがあったのでむさぼるように観てしまいましたよ。


当時その小野田さんが日本への帰還する時に日本中のTVが大騒ぎしていましたよ。当時の総理大臣は田中角栄、日本経済成長真っ只中の出来事で、当時の日本の風潮とは相容れないいかにも旧帝国軍人という立ち振る舞いの小野田さんのことはよく覚えていました。眼光鋭く直立不動で敬礼をするその立ち振る舞いに昔のサムライを見ているような錯覚を覚えたもんです。


とは言っても実際にサムライを見たことは有馬温泉ですわ。


TVの報道位しか小野田さんについての知識はなかったのですが、今回YouTUBEでドキュメンタリーを見て、その人間性や考え方にえらく感動した秀さんでごわす。


語録の中のことばを紹介して転載開始です。


語録その@


戦いは相手次第


生き様は自分次第


 


語録そのA


いつも美味しいものを食べられ、綺麗な着物を着られるのは、


誰のおかげですか。


 


いくらお金があっても、それを作ってくれる人がなければ、


手に入らないのですよ。


だから、「世間」ではなく、「世間様」と言うのです。


 


最初に語録集、そしてドキュメンタリー(長編です)を転載しますが、男ってこうありたいものだと・・・強く感じましたぞぃ。


それにひきかえ今の秀さんの生き様はどうよ・・・と反省すること仕切り。









この際ですのでもうひとつ日本人のもの作りに対する執念というかその想いの凄さを表した作品を・・・






いやはや、日本人って凄いですねぇ!


とアホの秀さんは感心することしきり・・・・



ではまた次回!








posted by 秀さん at 08:54| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

おだ義理情、じゃない、義理、人情、ご恩編


小田切 譲(オダギリジョー)は一切関係ありゃしません。
いつもの不細工な語呂合わせでごわす。スマソ。


はぁ? やくざ映画ではあるまいにこんなタイトルをつけてしまいやした。
というのも、久しぶりに北島さぶちゃんやら村田英雄のど演歌を聞いておりました。

その中の歌詞に義理、人情、恩などの単語がよく出て来るのでこんなタイトルになってしまいやした。へい


そんなヤクザが好みそうな歌なんぞ聞くな! と言われそうですが、現代のヤクザはこんな言葉とは無縁の人たちがやっているので何を言わんかなですがな。

しかし、もう立派なピカピカの年寄りですもん、今どきの歌はさっぱり理解できないというか耳に入って来ないのであります。

さぶちゃんやら、今は亡き村田英雄さんらの歌の内容が自分の生きて来た情景とオーバーラップするのでしょうねぇ、若い時は古臭いと思っていたど演歌がす〜と心に沁みます。


人生長い間には様々なことがあります。

今こうして自分が最低限おまんまを食べていけるのも、苦しい時に多くの人から温情をかけて頂いたからであります。

両親はもとよりこの世で御縁のあった多くの方々から返せないほどの恩を受けてきました。


いつまで経ってもそのご恩に報いることが出来ない自分自身が・・・・(ここで幕は昔の情景へ・・・)



 


昔昔、とあることでお世話になった恩ある人がホーチミン市に秀さんを訪ねて来た時に、一緒に飲みに出かけた秀さん、


 


そこは洋酒酒場、


カウンター席に腰かけた二人


 


その方は奥のボトル棚に並んだ洋酒ばかりのボトルを見て、


 


秀さんに向かって一言・・・


 


 



なぁ、酒ない? と・・・・




・・・・・


・・・・・





お、お前はアホか! と言われるのを覚悟で脱線してしまいました。

はぁ〜、こんなダジャレしか書けない自分自身が、本当に 情けない でごわす!




かけた温情は少なく、受けた恩は多く、いつまで経っても帳尻が合わない人間ですが
棺桶に入るまでには何とかしたいなぁ〜 と思っております。

 


ということで、本日のあほブログは終了でごわす。


 


良い日曜日を!


 


 


 


posted by 秀さん at 03:42| ハノイ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月29日

9月もあと余すところ1日に編


いつも時のたつのは早い早いが口癖の秀さんですが、もう9月も終わり10月に入ろうといています。

日本ではもう秋ですね。季節感をあまり感じられないホーチミン市ですが、それでも以前に比べだんだんと過ごしやすくなってまいりました。

日々変わり映えのしない生活の中にも、時には忙しかったり暇だったりと様々です。

あるyoutube番組を見ていたら死後の世界はどうなるのかという番組がありまして、
それとなく見ておりましたよ。

死んでも魂というか個人が持っている意識は不滅で肉体という衣を脱いでこの世の行いに応じて自分自身で次の行く先を決める、その行き先は現在の次元と重なり合って過去も未来も存在しない、この世は並行する多次元パラレルワールドで時という概念に縛られた人間は現世のことしか考えられない生き物。


人間は本来誰もが楽しくわくわくした生き方ができるように生まれて来たのだが、それを自分自身が発する恐れ、妬み、怨み、辛みなどのマイナスのエナジーで身動きできなくなってしまっているとのこと。それはこの世限りという考え方に起因しているからだと番組では申しておりましたよ。


アホの秀さんが妄想するに・・・



あの世という時間という概念がない世界は逆に退屈で退屈で仕方がなく、ほんじゃ、ひとつ生まれ変わって時間限定の人生というアドベンチャー映画体験でもしようか・・・と



秀さんのように精神修養の出来ていない暇人たちが映画の世界のように喜怒哀楽、生老病死のある世界を楽しむために自分自身の意思で生まれ変わって来ているのかもね。



それだったらこの世で起きる全てのことはいつかは終わる映画のようなものと考えればよく映画の役を演じ終わったら、さぁ 帰りまひょ と皆あの世に戻る。


そこには苦しみや辛さはなく、おい、お前のあの演技は今ひとつだったぜ、何て軽口を叩きながら談笑する世界があるのかもね?

映画の中では、中には戦争で死亡したり、突然重い病気にかかり苦しんだり、権謀渦巻く権力世界で闘争を繰り返したり、熱いロマンスなどを演じる役者も必要で、善人ばかりが登場する平穏で争もなくハラハラドキドキのない映画は面白くないのと同様に詰まらないのかもね。

だからこの世という劇場で放映される映画のそれぞれの役を真剣に演じなければ、お〜ぃ! そこの大根役者退場せい! と言われる。また映画は大勢の人が協力して出来上がるもので自分の役を勝手に、もうや〜めた と降りる行為(自殺)はしてはいけないのかもね。



いつもの悪い癖で、アホが妄想に妄想を重ねておりますが、一度しかない人生と考えるも良し、人間は永遠に続く命を与えられた生き物だと思うも良し、問題はこの時間限定の世をどの様にして生きていくかですわ。



出来ることなら、悪役よりは正義感にあふれ人に優しく、これまた格好の良いヒーローを演じたいものですな。



何ですって?



 



お前は臭いダジャレ役者の演技して観客を呆れさすために生まれ変わった

と申しますか・・・ふむ〜 ま、それでも構いませんわ。悪人の役よりはね!



下手な役者でもカメラ(神様・仏様・創造主?)の前で一所懸命に演技すること(生きる)ことが大事ですね!



皆さ〜ん、明日も撮影は続きますので頑張りましょう! へい




そんなこんなで本日のあほブログは終了でごわす。





posted by 秀さん at 16:25| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

秀さんの独り言ではなくねずさんのひとり言から編

保守本流のねずさんの記事から転載なのですが、今の秀さんの心境に少し近い話が転載されていましたので再転載です。

亡くして分かる親の恩とでもいいましょうか・・・

生意気だった自分の若い頃の両親やじい様ばあ様に対する言動、今は恥ずかしくて情けなくて申し訳なくて・・・この年になってお詫びする代わりに毎日線香をあげています。


決してお涙頂戴のねつ造記事ではないですぞぃ。

世知辛い世の中になりましたが、こころ愛情豊かに行きたいものです。それでは転載です。

 



ネットで拾った小話をひとつご紹介します。



〜〜〜〜〜〜〜〜

俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。



それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにグレた。

親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。

俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。



そしたら・・・



病室のベットの上にお母さんがうつってた。



「〇〇ちゃん、二十歳のお誕生日おめでと。

なにも買ってあげれなくてゴメンね。

お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。

今頃、大学生になってるのかな?

もしかして結婚してたりしてね・・・」



10分くらいのビデオテープだった。



俺、泣いた、本気で泣いた。

次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。

みんなにバカににされるくらい勉強した。



俺が一浪だけどマーチに合格した時、親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。



そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。

また、よく見てみたら。



ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。

お母さんは、笑いながら「情けないわねぇ」なんて言ってるんだ。

俺また泣いちゃったよ。



父親も辛かったんだろうな、親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、就職決まった時、親父が「これでお母さんに怒られなくて済むよ」なんていってた。



俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



親から子、子から孫へと、人の世界は続いて行きます。

1000年前の源氏物語などを読むと、当時も今も、人の心は何もかわらないな、と思ったりします。



下の写真は、北海道の函館市の垣ノ島A遺跡から出土した「足形付き土器」です。

亡くなった子供の足形を粘度版に型どったものです。

多数のものが見つかっている。

いまから3200年ほど前のものです。



足形付き土器


足型.png

 

人が生まれるためには、父母が必要です。

その父母には、それぞれに、また父母がいます。祖父母たちです。

祖父母は父方、母方、それぞれに二人ずつ、合計4人います。

その4人の祖父母には、またそれぞれに父母がいます。

祖父母の父母は、8人です。

その8人の曾祖父母には、同様に16人の曾々祖父がいます。

そして、16人が、32人。

32人が64人となっていき、たった10世代(約250年)さかのぼるだけで2048人、20世代(約500年)さかのぼると210万人の命から、いまを生きるたった一人の命が生まれていることになります。



私達の住む日本は島国であったため、こうしてみると、日本人は、もしかするとみんなどこかで血のつながりのある親戚なのかもしれません。



その日本人のひとりひとりが、親から子、子から孫へと、代々愛情を伝え育んできた。

それが日本です。



 




 



posted by 秀さん at 02:16| ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月30日

8月も終わりですね編


年取ったせいでしょうねぇ、最近は時のたつのが早く感じます。

この前テトだなぁ、なんて思っていたらもう8月ですもん。もう少したてば雨季から待望の乾季へベトナムの季節も移り変わって行きます。


自然も人間も一時としてとどまることをしらず、良きことも悪しきこともひっくるめて悠然と時は流れて行きます。光陰矢のごとしですわ。

愚息の誕生日の時に親子3人そろって日本に住む義母に電話したのですが、お義母さん曰く、もう私も90歳を超えましたよ と聞いて何とも言えない気持ちになりましたわ。

 

むかし昔、秀さんが中学の頃、意中のおかあちゃんに無性に会いたくなり勇気を出しておかあちゃんの家を急に訪ねたら、本人は家におらず・・・・

代わりに今の義母が怪訝な顔をして、




「どちらさんですか?」

と言う感じで玄関に出て来られた時に動揺してビビッてしまったことを想い出しましたわ。


義母がまだ40歳代の頃ですのではるか昔の話なのですが今での鮮明に覚えています。


まぁ、義母にしてみればニキビ面の頭の悪そうなガキん子がいきなり大事な娘に会いに訪ねて来たら、あ〜た、そりゃ警戒しますがな。はい。



まだデートもしてもらえない時期の肩重い、じゃない片思いの頃ですので、肩を落としてとぼとぼと帰路につく自分の姿を今想像すると微笑ましく感じますわ。



ガキん子の頃は、全てが自分のことだけ考えておればよかった。



親が陰で苦労しているからのんきに暮らしていけたのですが、そんな親の陰の苦労なんて考えてもいなかったアホの秀さんですわ。


ほんと! 自分のこと以外は、何〜んにも考えていませんでしたわ。へい

1日中意中の娘のことを思い熱をあげられた思春期とは今考えると、何と幸せな時期だったか・・・・と、今60を前にして苦笑しております。


時は思う以上に早く過ぎて行きます。


ニキビ面の青年が、腹が出て肥満になり、あちこち身体が痛くなり、老眼鏡をしなければいけなくなり、ゴルフをすれば愚息の嫁にキャリーで負けてしまう年寄りにいつの間にかなってしまい申した。



これから老年というくくりに入って行きます。


自分の過去の人生を振り返ると・・・



あま酸っぱい思い出やら、苦しい思い、大恥をかいたこと、有頂天になっていた時期、失意のどん底の時期まど様々な思いが去来します。

そんな小さな人間様の思いとは関係なく季節はめぐり時は過ぎて行きます。

過ぎた過去の思い出は心の中に大切に保存しながら、これからの残り少ない人生、

新しい出会いや出来事に目を輝かせて目いっぱい生きなくてはもったいないという思いですわ。

嫌なこともあるでしょうがそれも心の糧だよ・・・と言えるような心のゆとりを持って生きていければ最高なのですがね。

 



くそ! ったくなんて国だベトナムは! 

もうこんな金、金、金の国民性、


責任感と言う言葉が辞書に載ってない国とは、


もうおさらばじゃ! 


あほんだら〜!



 



と・・・言いたいのをぐっと我慢して、もうしばらく住まわせて頂くことにしますわ。へい。



 



では、本日はこの辺で



 



 



 



 



posted by 秀さん at 09:23| ハノイ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月05日

やっぱ人間好きなことをやるのが一番編

ネットである記事が目に留まりましてね。コンサルというかカウンセリングというか、指導と言うか・・・本人はコーチィングと言っていますが、最近ではかなり有名な方の記事らしいです。

その記事を読んで・・・うん〜 と唸ってしまいましたわ。



アホと言われながらもそこそこ長く生きて来ましたが、はて? 自分は好きなことを仕事にしてやってきたのだろうか? と考えてしまいましたぞぃ。


正直言いますと、過去自分があまり好きでもない仕事の方が人から評価されて自分から望んだ仕事はあまり良い結果が出なかったというのが実際でしたわ。

望む程度の情熱では駄目で、やはり死ぬほど、恋い焦がれるほど、何は無くとも江戸むらさき、じゃない(古すぎて分からない人の方が多いか?)、何は無くともそのことだけをしていればどんな生活状態だろうとハッピーと言った生涯無二の仕事にはめぐり合わなかったですわ。

幼いころはデパートの店員さんに何故かなりたかった秀さんですが、当然、成長するにつれて考え方も変わってしまいまして、大人になってからは下記の文章にあるように漠然と自分でビジネスを始めたいという思いだけで過ごして来たような気がします。


まぁ、早い話がそんな情熱と言うか死ぬほどやりたいことにめぐり合わなかった、いやそんな気持ちで取り組む仕事を自分で探せなかったのですわ。


しかし、こと女性に関しては別でして、健在の義母が後から見て呆れる位ラブレターをおかあちゃんに書きましたわ。

当時、勉強出来ないナンバーワンの称号を引っ提げて同じクラスで頭の良かったおかあちゃんにしつこいほどアタックしたのですが・・・

おかあちゃんは女友達から・・・、あんな秀のようなアホと付き合う人ってクラス(中学)の女子には絶対いないよねぇ〜 

と聞かされたことがあると・・・・

何年か経って付き合い始めた後からおかあちゃんから聞かされたことがありやす。
まぁ、それくらいアホでしたわ。

まぁ、今もあまり変わりはしませんがね!へい



さて、もうすぐ60歳になろうかと言う歳ですのでこれから自分の好きなことをやって行きましょうかね?




でも、その好きなことって何よ?

と言われると答えに詰まってしまう・・・



ま、生きているだけでも幸せと思えれば全てハッピーですね。



嫌なことはさらりと忘れ、楽しいことだけ思いを秘めてこれから生きていければ本望です。


でも、ここはべトな〜ム、そうは問屋が卸さないのが辛い所ですね。



皆さん、海外での生活はいろいろ苦労はあるでしょうが、明るく元気で行きましょうよ!


長いようで短い時間限定の人生ですもん。




それでは転載開始です。


 

「私の夢はホテルのオーナーになることです。どうすれば夢が実現するでしょうか?」

コーチングをしていると、かなりの頻度で、このような相談を受けることがあります。こういった相談をされる方の多くが、なんらかの自己啓発書やセミナーに影響されているようです。私はこのような相談を受けると、究極の質問を1つします。それは、「では、今日、何をしましたか?」です。


この究極の質問をして具体的な答えが出てくる人は、間違いなくその夢に向かって進める人です。しかし、9割の人が、「え?」という反応をします。「何をすればいいかわからないから、相談しているのです」と。あなたは、この反応のおかしさがわかりますか?



例えば「ホテルのオーナーになりたい」という夢を持っているなら、少なくともホテルに関することやお金に関することを何かしているはずです。

一流のホテルを訪れてサービスの質を確認したりするのも良いでしょう。時間がなくて行けないなら、ネット検索をして世界中のホテルの情報を取得することもできます。それをするためには特殊な能力も資格も必要としません。

オーナーになるためにはお金が必要ですから、お金の運用や投資に関することを学ばなければなりません。投資家が参加するセミナーを探したり、本を読むこともできるはずです。やろうと思えば、どんな小さなことでも、すぐにできるのです。


しかし、「ホテルのオーナーになりたい」と語る人の大半が、何もせず、ただ毎日その夢を漠然と妄想しているだけなのです。これはホテルのオーナーになりた
い人だけではありません。お金持ちになりたい、起業して成功したい、稼ぐコンサルタントになりたい、世界一の○○になりたい、そのような大きな夢を語る人
の多くが、「今日、何もしていない」のです。


大きな夢を語って何もしない人は、「夢を実現する技術をもっと知る必要がある」と考えてい
る傾向が強いです。自分の夢が実現しないのは、成功者が使っている「夢を実現する技術」を知らないからだ、と考えているのです。ですから、彼らの行動は、 「夢を実現する技術」を探すことにフォーカスしていて、夢を実現することにフォーカスしていません。完全に自己啓発ビジネスの餌食になった人の特徴といえ
ます。


 「恋愛タイプ」しか成功しない

 私はコーチングの経験から、夢を語る人を3つのタイプに分類しています。その中で、現実に夢を実現するのは1つのタイプしかありません。では、その3タイプを順番に説明していきましょう。

 1)逃避タイプ

このタイプは現状から逃げるために「夢」を口実にしようとするタイプです。「サラリーマンが嫌だから独立したい」と言う人に多いです。現状から逃れるため
に消極的な選択をしているだけで、積極的に「夢」に向かう姿勢はありません。「なんのビジネスで独立するのですか?」と質問しても、「まだ探しています」 としか答えられません。


起業塾のような勉強会やビジネススクールに参加している人にこのタイプが多く、ずっと起業の勉強をし続けても会
社を辞めることはありません。口から出てくる言葉は常に現状の不満であり、そこから逃避したいという願望のみです。しかし「夢」に向かって一歩踏み出す勇 気もなく、結局、不満を持つ現状に戻っていきます。


現状の不満だけに頭が満たされた人が夢を実現した例を、私は一度も見たことはありません。



2)錯覚タイプ



先ほどの「ホテルのオーナーになりたい」というタイプです。漠然とした夢を抱き続けているのですが、毎日ほとんど何も行動していません。

最近はこのタイプが非常に急増しているのですが、これは自己啓発セミナーの急増とリンクしているように思います。夢を大きく持ちましょう、絶対に実現しますよ、とモチベーションをあおられ、その場の雰囲気で夢を設定してしまった人が、このタイプに陥りやすいです。


この夢を実現できればカッコイイ、この夢が実現できたら素敵、という雰囲気だけで設定しているにもかかわらず、「夢をイメージすれば魔法のように実現できる」と錯覚しているのです。このタイプは自己啓発ビジネスの良いお客さんです。

 3)恋愛タイプ

夢を実現するのはこのタイプです。1つのことで頭がいっぱいで、24時間頭から離れることなく、それに向かって毎日行動せずにはいられない状態の人です。まるで熱烈な恋愛をしているように「夢」に夢中になって、どんな苦労や逆境も乗り越えていきます。


このタイプに、「今日、何をしましたか?」と聞けば、とめどもなくやったことが出てきます。些細なことでも。

それはなぜか。好きだからです。好きならば周囲がとめたとしても、その夢に向かって行動するものです。これは恋愛と同じですよね? あなたには経験がありませんか?

夢を語りながら何もしない人は、結局、それが好きでないことを証明しているにすぎません。



好きでもないのに、「カッコイイから」「成功者っぽいから」という理由だけで、好きでもない夢を設定している人が実に多いのです。それは単なる見栄以外の何ものでもありません。

 

「好き」であることの絶大なパワー

私のクライアントで猫が好きな人がいました。数年前に会った時からいつも猫のことばかり話していて、「猫からもらう癒やしを多くの人に知ってもらいたい」といつも言っていました。私はこの人は必ず成功するだろうなという直感がしました。


そして現在、彼女は都内に「猫カフェ」をオープンさせて成功しています。そして今でも猫について熱く語っています。猫にずっと恋をしているのです。

彼女と会った同時期に、「カフェのチェーン店をつくり成功したい」と言っていたクライアントがいました。彼に例の質問、「今日何をしましたか?」と聞いた
時、彼は何も答えられませんでした。そればかりか、カフェにあまり行ったこともなく、コーヒーの種類もドリップマシンについても何も知りませんでした。興 味がなかったのです。


彼は間違いなく「錯覚タイプ」でした。



そこで私はコーチングを行い、彼が時計について非常に詳しいことに気づきました。腕時計が趣味で、特に中古の情報に精通していました。彼はそれを単なる趣味としてとらえていたようですが、私は「これはビジネスになりますよ」とアドバイスしたのです。

その後、彼はできるところから少しずつチャレンジしていき、今では中古の腕時計販売で成功するまでになりました。その間、彼は多くの苦難を乗り越えました
が、好きなことだったので辛抱強く乗り越えていきました。彼は「錯覚タイプ」から「恋愛タイプ」にシフトして成功したのです。


「好き」にはとんでもないパワーがあります。人は好きなことには時間を忘れ、苦労も苦労と思わないのです。傍から見たら「非常に努力している」と見えることでも、本人は何も努力と感じていないものです。

「好きなことをしても食べていけないよ」という言葉は真実ではありません。成功している人はみな、自分がやっていることが「好き」であり、だからこそどんな障害も突破してこられたのです。

松下幸之助さんの言葉で「成功したければ成功するまで続けること」という言葉がありますが、成功するまで続けるパワーの源泉は「好き」にあります。逆に好きなことでなかったら、少しの挫折で心が折れて諦めてしまうものです。



「食べていけるようになるには好きなことをしなさい」が本当の真実なのです。



(※引用:live doornews http://news.livedoor.com/article/detail/7813120/)




以上転載終了・・・・・・・・



 



posted by 秀さん at 01:19| ハノイ ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

中々笑えない生活が続いておりますが・・・編

長く景気の低迷する日本、日々の生活に追われ苦しいことの方が多いと悩んでおられる方も多いのではないかと思いますが、秀さんの経験上から勝手に言わせてもらえれば、苦しいことも悲しいことも何年も続くわけではありません。

若者が年寄りになるようにいずれは何かしらの変化が訪れて状況は変わって行きます。

だから何も心配するこたぁありゃしませんって!

景気と言う言葉の中に 気 と言う字が使われていますが、人々のもつ気持ち、イメージと言うものが経済活動に及ぼす影響があるからでしょう。
バブル時代を経験した方ならお分かりだとは思いますが、土地や株の値段が短期間の間に急激に上昇すると言ったことが続きますと、それで儲けた人の話を聞いた一般の方々までが株や土地といった投機的なものに走りそれがまた新たな投機を呼びスパイラル的拡大を生じた時期でありました。お堅いのが信条の銀行さんまでもが土地のセールスマンをやっていたような時期ですからの異常でしたわ。
早い話が日本全国民がイケイケどんどん気分の最高潮の時期でしたわ。3年位前までのベトナムも同じような感じでしたわ。

しかし急激に膨らんだものは急激にしぼむのが自然の法則でありまして、バブル崩壊後長く続く現在の日本がある訳ですが、それにしても20年以上も低迷している日本経済はバブルの後遺症と言うには長すぎますわ。政治の劣化がそれに拍車をかけて来たのでしょう。
今、安倍内閣は景気を無理やり上げようと日銀の総裁を変えてまで人為的な操作をやっているようですが、実需のない嘘の経済政策はいずれその嘘がばれた時に崩壊するでしょう。

今、ベトナムでもバブルに浮かれて実需をはるかに超えて建設されたマンションやオフィスビルが氾濫して賃料が急激に下がっております。あちこちに建設予定だった土地が建築の目途が立たないまま放置されているのをよく目にします。

しかし、国民の平均年齢が若い国ベトナムですのでマクロ的には住宅や耐久消費財に対する需要はいずれまた増えて行くでしょう。
ベトナムでは今が土地の買い時かも知れません。
秀さんの会社の事務員さんのお姉さんは裁判所勤務ですが、現在でもこまめに土地の売買を繰り返してその資産を増やしていますもん。


問題は日本ですわ。とにかく元気がないというかうつむき加減を通り越して常に地面を向いているような感覚の中、自分の国の将来に夢が持てない若者が増えているのが何とも悲しいですね。
一番夢を大きく膨らませなければいけない若者たちがうつむき加減では国の将来に希望が持てなくなりますわ。

人間の人生なんて気分次第で何とでもなるわぃ! と明るく楽天的に生きて行って欲しいと思いますねぇ。

根拠のないそんな気休めを言うな! と現実の苦悩の中におられる方からお叱りを受けるかも知れませんが事実は事実です。

仮に無一文になったらそんないい加減なことは言えないぞ! と言われるかも知れませんが、無一文になったところで昔の時代とは違い何らかの食べ物は食べ最底辺の生活ではありますが現代社会では生きて行けます。

まして日本人でしたら文化的な生活をおくる権利があると国の憲法でうたっておりまして、病気になったとしても医療費は無料です。ベトナムではお金がないただそれだけの理由で命を落とさざる得ない厳しい現実があります。
ですからベトナム人は金銭主義者だと非難される日本人の方も多くおられますがお金が無いと医者にも見放される現状を考えると一概にはベトナム人の金銭主義を非難することは出来ません。そう考えると日本と言う国の素晴らしさを実感できます。

問題はお金がないことではなく、お金が無いと不安で心配でどうしようもないと考える

その考え方を変えれば気が楽になりますぞぃ。

そういう秀さんもお金が無いことで大変な思いをしてはおりますが悲観はしておりませんぞぃ。

お金は天下の回りもの、いつかはひょんなことから運が巡って来ますって!


これまた根拠ない言葉吐くな! と叱られそうですが、苦しい時は空元気でも笑って凌ぎましょうよ。
元気のない方にネットから拾ったダジャレ&ジョークなどを披露して本日の アホの楽天的に行きましょう ブログは終了でごわす。


明日もお天道様はお金持ちにも貧乏人にも平等に降り注ぎますよ。

ご安心召されい!


その@

薬剤師の子供が「パパの仕事は?」って聞かれて


「ヤクザ(薬剤師が言えない)で、お薬売ってるのー」


そのA


臨床検査技師を淋病兼詐欺師と聞き間違えた事がある



そのB

宇宙戦艦ヤマトのなかで飼われている犬、散歩ができないのでいらいらしている。


この間も操縦席の机の足を噛んで怒られた。

 怒られながらも思った。





「今度は椅子噛んだる(イスカンダル)」



そのC

ある日曜日の午後、電話に出ていた夫が「もう手遅れです」と言いながら電話を切った。



「どうしたの?」と尋ねてみると



「キミあてのエステの勧誘だったんだ」と言われてしまった。



そのD

レストランに禁煙セクションを作るのは



プールに小便セクションを作るのと同じ



結局混ざる。



そのE

85歳の寡婦が90歳の男性とデートをした。夜遅く娘の家に戻ったとき、



その女性はイライラしていた。



「どうしたのよ、お母さん」



「わたしゃ。3回も彼の頬をぶったのよ」



「彼が失礼なことでもしたの?」



「そうじゃないの。死んでるのかと思ってね」



そのF

「それで何があったの?ご主人と釣り旅行に行ったんじゃなかったの?」



「何もかもがうまくいかなくてね。最初の日には、私の声が大きくて魚を



怖がらせると言われたわ。それから、間違ったエサをつけたり、



早くリールを巻き上げすぎるって言われたの。たしかに、それはそうなんだけど。



もっと悪いことに、私のほうがたくさん釣ってしまって」



そのG

夫の留守中、愛人を引っ張り込んでメイクラブの真っ最中に、



夫から携帯で連絡、



「今、ジョギングしながら家に向かっている。雨が降ってきたよ」



妻は大慌てで愛人に言った。



「夫がそこまで走ってきてる。見つかったら二人とも殺されるわ」



男は服をつかんだまま裸で外に飛び出した。



そのまま走っていると、ジョギング中の夫らしき男が話しかけてきた。



「おお、雨の中、あなたもジョギングですか?」



「ええ、まあ」



「なぜ、裸なんです?」



「だって、服が濡れるでしょうが」



「ふ〜ん。いつもコンドームつけて走ってるの?」



「いや、雨の日だけね」




そのH


訪問セールスマンが3人地方を回っていて車が故障し、農家に立ち寄った。



農場主は「泊めるがベッドは1つだ」



翌朝、右側に寝たセールスマンが言った。



「全く妙な夢を見た。夜誰かが、俺のナニを握っているんだ」



すると左側の同僚が「俺も見たぞ。同じ夢だ」



だが真中の男は「俺はスキーの夢だった」




そのI これは秀さんのことかも?


みなさん、辞書をひいたことがありますか?

私は、「辞書」という単語を辞書でひいてみました。



辞書にはこう書いてありました。




辞書:いまお前が見ているものである、愚か者が!



私は驚いて「愚か者」という単語をひいてみたら、こう書いてありました。






愚か者:お前のことだ。




posted by 秀さん at 22:19| ハノイ ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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