2017年03月05日

コンビニが一般住宅エリアでも出来てきた編

かれこれ1年前だろうか・・・
秀さんが居候している愚息のアパートから歩いて30秒位の所にビングループのコンビニであるビンマートが出来た。
大きさは60uくらいなので小さなコンビニですが一般食材に混じって一応野菜や果物に冷凍食品まで置いています。よく孫のマー君を連れてヤクルトやちょっとしたものを買いに行きます。

十数年前ではベトナムでコンビニなんて想像すら出来ませんでしたわ。

現在ホーチミンではあちらこちらに高層ビルや高層マンションが建ち地下鉄工事も急ピッチで進んでいます。
まるで1970年代の日本のようですわ。
ベトナムはドイモイ政策以降継続的に経済発展が続いております。
それに連れて国民の所得も当然のように増え、プラスの経済スパイラル効果かもしれませんが現在ではベトナム全土のいたる所で開発ラッシュが続いております。

ベトナムはバブルだよ 間違いなくバブルだ! 
と過去何度もブログに書いてきましたが・・・

どうやらそれは間違いだったかも知れません。

ベトナムは政治的にも安定しており若い世代が格段に多い、毎年人口は約100万人ずつ増えている国、ベトナム もう数年もすれば人口も1億に迫ろうとしています。
それとは反対に毎年人口が90万人ずつ減少する国、我が国、日本・・・大丈夫なんでしょうかねぇ?
ベトナム含め東南アジア諸国の経済成長は今後も続くことでしょう。きっと!
かって中国がそうであったように・・・

25年以上前に仕事で中国に何度か行った際に、将来都市計画図みたいなものが当時上海の浦東エリアに描かれていましたが・・・
自転車が街中を四方八方に行き交うレベルでしたので秀さん、当時は、はぁ? まさか! 将来こんな近代都市になることは100%ないだろうと確信を持ってその将来図を見ていましたわ。はい、

それが今や上海の中心地ではマンションは億円単位だそうです。アンビリーバブルとはこのことですわ。
ホーチミンでも1区に近い近隣エリアのマンションは2〜3千万円は当たり前でごわす。
15年前、秀さんのベトナムの友人が買ったマンションは300万円程でしたのでその後の不動産の値上がりには驚き桃の木山椒の木ですわ。
そりゃ、コンビニが住宅地の中に出来ても不思議ではないですね。

日々お世話になっている国、ベトナムですので経済発展大いに結構、所得アップ大いに結構
でもね・・・日本で人口あたりの万引き率トップなんて不名誉な勲章をもらわないように・・・
とベトナムを愛する秀さん心から願っておりますぞぃ!

本日はへい、この辺で

また次回 宜しくです。


posted by 秀さん at 18:54| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月01日

天皇陛下が初来越されましたねぇ編

天皇陛下、ご高齢にも関わらず公式行事のためとはいえご苦労さまです。
ベトナムも天皇陛下が来越されるほど国の存在感を増して来たと言えるのかも知れません。
両国との関係も今後更に高まることでしょう。良いことですね。はい
天皇陛下はベトナムの後はタイ王国へと前国王逝去の慰問に行かれるとのこと・・・
体調を崩されないよう公式行事をこなして頂きたいものです。

さて、もう3月に入ってしまいました。
日本では桜の季節ですね。秀さんの一番好きな季節です。
孫のマー君も4月からは今までの週2日間のお試し保育(月2万円弱)から正式に幼稚園児になります。
この前、幼稚園から制服や運動着を買わんかい こりゃ! と申込書が来ていましたわ。
ベトナムの物価から考えると決して安くはないですがね。
ちなみにマー君が通うみらい幼稚園ですが入園金は600ドル、その他施設費?が150ドルだったかな?
これらは初回のみですが毎月の通園費(食費込)が350ドル
月曜日から金曜日まで9時から午後3時までの保育時間ですわ。
そうそう、秀さんの場合は送迎対象外のエリアに住んでいるため自前で送り迎えしておりますが
そうでない場合は通園バス代も別途かかります。
企業の駐在員さんは会社から各種手当てが出るので大きな負担にはなりませんが愚息のように自分の体ひとつが財産のゴルフのレッスンプロなんていう一人自営業者や現地採用者の皆さんにとっては大きな出費ですわ。
ベトナムの幼稚園ですとこれの1/3〜1/4の費用で済みます。
海外に住む日本人の子供には政府は何の補助もしてくれません。日本人小学校の学費も半端ないですわ。

まだまだ物価が安い国ではありますが日本人にとっては居住費や子供の教育費を考えると決して住みやすい国とは言えないかも? ですね。

おっと話をもとに戻して・・・

冬のあとには必ず春がやって来ます。
秀さんの場合は、冬眠期間中も回遊魚のようにバタバタと動いていないと立ち行かない毛細血管企業ですので中々春がやって来ませんが・・・
こうやって毎年同じように愚痴を言っている内は恵みの神様は微笑んではくれないのでしょう。
今月で62歳になるのですが昔考えていたように悠々自適の生活とは縁がないようです。

それも良し! 生きているだけ儲けものという考え方でいけばその内良いこともあるでしょう。

まぁ、それよりお迎えの方が早いかもね! ボケ老人用の救急車か霊柩車かは分かりませんが・・・

はい、本日も適当に脱力してだらけない程度に頑張りましょう

では、本日はこの辺で


posted by 秀さん at 07:39| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月23日

義娘と四方山話をしました編

2番目の子供が生まれて2ヶ月半が経過しましたが上のマー君は来月やっと3才なのでまだまだ手がかかる。
二人の幼児をかかえて日々悪戦苦闘している様子は傍からみていると少し可愛そうですわ。
現在週2回のマー君の幼稚園の送迎は秀さんの仕事になっているのですが昨日は義娘のVちゃんも同乗して行きましたわ。高島屋のヤマザキで愚息が好きな食パンや調理パンを買うとのこと。
ヤマザキが出来るまではベトナムのパンで満足していたのですが現在ではヤマザキ一択になってしまったとのこと。まぁ、確かに日本人受けする味覚&食感ですがね。

道すがら林立する新築マンションの話になしましてね。
Vちゃんの姉の友人でビングループの新築分譲マンションを3つ程買った人がいると聞きましたわ。
まぁ、投資目的なのでしょうが・・・
ベトナム人は投資に関して一般女性も積極的ですわ

投資目的は別にして、ベトナム人は必要以上に大きな家を建てたりベトナムの道路事情に合わない高級車を買ったり見栄を張るのかネェ? と質問すると・・・

お義父さん、それは人によってまちまちですよ 確かにベトナム人は見栄張の人は多いけれどそうでない人もいますよ 私みたいに・・・と言われてしまいましたわ
確かに今まで愚息にモノをねだったことは一度もないですわ。
まぁ、愚息のお財布事情もよく知っているからでしょうが・・・

何度も書きましたが、豪邸、高級車、キンキラキンの貴金属などを所有しているいわゆるお金持ちさんに対する一般ベトナム人の羨望の眼差しは半端ではないですわ
そんなもん死ぬときには全てこの世に置いて行くのにね と言うと
はい、ベトナムでも最後に残るのは屍とそれを入れる1〜2bくらいの箱だけという喩えがありますとの返事でしたわ
モノと違い人と人の思いは永遠に残るものだから2番目の孫を日本のお婆ちゃんに見せてあげたいので5月には日本に二人の孫を連れて日本に行くつもりだと話しておりましたわ
秀さんの義理の母ですがもう96か97歳になるので不謹慎かもしれませんが確かにこれが最後の孫とのご対面になってもおかしくはないと秀さんも思ってしまう・・・
祖母の若い時を知っているだけに何とも複雑な気持ちです
秀さん、自分のひ孫が出来るまでこの世に生きているだろうかと考えてしまいましたぞぃ
この月日の無情さは何らかの意味あってこの世に存在するのかも知れません

また、なぜか正月のおせち料理の話になりましてね
秀さんが昔は日本では正月が来る前に家の主婦は何日もかけておせち料理を作っていたと話すと
はい、ベトナムも昔は同じですよ と・・・
おばあちゃんが2週間も前から正月料理を作っていたのを私は手伝っていたので
今ではそんな面倒なことはせず、外で安易に買うようになったけれどね・・・と

お婆ちゃん子のVちゃんは料理好きだった祖母に似て料理得意ですわ
毎日夕方4時に お義父さん 今日は晩ご飯家で食べますか? の定時連絡をくれる義娘は愚息以上に?可愛い子だと思ってしまいます へい

短い間の車中でもこんな何気ない会話を義娘とできる秀さん
幸せ者だと思います
可愛い孫もそばに二人いますしね!

おっと! 孫ばか爺の話が続きそうなので本日はこの辺で失礼いたします。

では、また次回!


posted by 秀さん at 07:25| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

ベトナム進出の話題が日本では多いですが編

資金力や優秀な人材などの各種リソースを多く持っている大企業さんは別にして中小零細・個人事業主の進出となると日本で騒がれている程簡単にはいかないのが秀さんの率直な感想ですわ。
長い間、秀さんもベトナムでそこそこ、いや間違いゴソゴソとやってきておりますが過去には騙されたことも複数回ありましたよ。だ か ら・・・今でも貧乏なのですがね! はぁ〜

秀さん含め日本人の一番の問題は、直ぐに人を信用してしまうことがあげられるでしょう。
同じ人間だもの日本人もベトナム人も同じ人間だ! と 相田みつを さんみたいな感性というか日本では当たり前のような性善主義といいましょうか 要は人が良い民族性が問題ですわ。
数多くベトナム人に騙されてえらい目にあった日本人経営者を見聞きしてきましたもん。
多民族国家ではないことや長い間の日本独特の文化や風習・人生観または死生観によって育まれて来た日本人独自のすばらしい感性が世界的には通用しないということを肝に銘じるべきですわ。

ここベトナムではスーパーマーケットに入店する時は袋やカバンなどは店の入り口前に設置された荷物預かりカウンターで事前に預けなければなりません。
人を信用していないことから物事を組み立てるのが当たり前の国でごわす。
日本に住むベトナム人が増えるに従い万引き事件が急増するのも当然と言えば当然ですわ。
カバンでも袋でも持ち込み放題ですもんね、どうぞ万引きしてください ってな感じですもん。
店側の無防備に付け込む外国人に あんたねぇ、万引きはいけませんよ! ってな悠長なことを言ったところで盗られる方が悪い、店が間抜けなの ってな感覚ですもん万引きは増えこそすれ減ることはないでしょうねきっと!

万引きに限らず、あらゆる面で自分だけ中心主義が蔓延している外国では法律で厳しく社会的な規範を縛らねば国が治まらないのですわ。悪いことをするのが人間だとの前提で考えている国が多いのですわ。
過去の大震災で秩序ある行動をした日本人に世界中の人々が驚嘆の声を上げましたが・・・
これって 逆の見方をすれば日本人が異常なのかもね?

さて、話を戻しまして・・・

ベトナムに進出を考えている企業や個人事業主の方に注意して頂きたいことは
まず、人の採用が一番重要だということです。だって普通の日本人はベトナム語は話せないですもん。
求人募集をして面接したところで誰が良い人で誰が悪い人なんて短時間の面接で分かる訳きゃありせん。
ある程度の試用期間を設けてその本人をじっくり観察すべきですわ。社長の前では良いことばっかり言っていても陰では味噌くそ言われている そんなことは日常茶飯事のごとく見て来ましたので。

って生意気なことを言っておりますが・・・そういう秀さんも陰では散々に言われております。

何故って? 

へい、悲しいことですが同じ従業員からタレ込みがあるからですわ。くそっ!

次に、社長と従業員、会社では俺が一番偉いなんて日本人的な観点でベトナム人を見ないこと。
君たちの給料払っている会社の社長だなんて態度で上から目線ですべて取り仕切ろうなんて長い間中国やフランスに属国支配されて来たが心から服従は決してしなかったベトナム人の気質を軽く考えないことですわ。
まずは出来るだけベトナム人と同じ目線で物事を考えて見る、これが一番難しいことかも知れませんが重要なことです。
普段の従業員はどんな食事をしてどの程度の価格感でモノを買っているのか? 給料のわりにいい服やいいバイクを乗っているのは何故? なんてことを日ごろから考える癖をつけるべきですね。
会社には内緒で仕事を掛け持ちしているベトナム人なんてざらにいますもん。社長が知らないだけで・・・

こんなことを言えば誰もが信用できないわ! と途方にくれる方もおられるかもしれませんが
キーとなる社員候補がいればその者の親兄弟を機会があれば、いや機会を作ってでも訪問してよく観察することです。まぁ、これは日本でもそうですが・・・親の教育やしつけは大切ですので親兄弟の立ち振る舞いをよくよく観察すればある程度のことは分かると思いますよ。
そしてキーとなる人物が信頼に足る社員と判断できたなら、その者にある程度大きな権限委譲をすること。
間違っても同じ権限を複数の人間に与えないこと。小さな会社ですと派閥が出来て社内が統制できず命令系統が混乱し勢力争いが必ず起こります。うちの会社は開かれたオープンな社風だなんてことで言いたいことがあれば誰でも社長と直結、本社と直結みたいな状況になるとベトナム人組織は統制が取れず組織としては機能しません。

日本と違い経済成長著しいベトナムという国、経済活動をしている企業や個人事業主の方々にとっては魅力的な国であることは間違いありません。
若くして来越して成功をおさめている人々も数多く知っております。
チャンスがあれば当然そこにはリスクもオマケのようについてくるのは当たり前ですね。

リスクが怖ければ無理して進出しない方が良いかも? とアホの秀さんの率直な気持ちです。

現在、大企業といわれる会社でも初代の創業者はリスクを犯してチャンスをものにした方ばかりだから・・・

問題は・・・秀さんのようにリスク覚悟で1歩踏み出したが・・・
未だによい結果がついて来ない者もごまんといるという現実と将来期待性を秤にかけてよく判断することですね! なんじゃ、そりゃ ですがね。スマソ

では、本日はこの辺で



posted by 秀さん at 08:24| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム人の性格編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月16日

ドル・円等の為替相場の変動が激しいですが・・・編

秀さんの会社も日本製の化粧品を輸入している関係やコンサルフィー等を円またはドンで受け取るかにより為替の影響を受けるのであります。
とは言っても毛細血管企業なので1回あたりの取引額は大したことないので大きな影響はありませんがね。

ベトナムに関わって17年になりますが、過去1万円が130万ドンから290万ドンまでの間で為替相場の影響で上下を繰り返したことを経験しております。
現在、1万円は190万〜200万ドンの間ですね。ベトナムドンは米ドルと一応リンクしていますのでドル高が良い会社、円高が良い会社、どちらでも構わない会社と様々ですが日本の一般庶民にとっては円高の方がメリットは多いのではないでしょうかねぇ。

さて、世界の基軸通過と呼ばれるアメリカドルさんですが・・・
これってアメリカ政府が発行している訳ではありません。
ワシントンD.C.にあるFRBがドル紙幣を印刷しています。日本名で言うと連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board, FRB)ですがあたかも政府機関のようなネーミングですが実態は民間組織です。

国のお金を民間の組織が印刷しているなんてどうして?
と素朴な疑問が湧いてきますねぇ。

日本銀行だって政府機関ではありません。
だってジャスダックに上場している政府機関って変でしょう?
日本銀行のホームページにも日本銀行は、日本銀行法によりそのあり方が定められている認可法人であり、政府機関や株式会社ではありません。と書いておりますぞぃ。

さて、話を基軸通貨のドル=FRBに戻して・・・・

FRBと言えば有名なのはロスチャイルドさんですね。
初代のマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドのおっさんはこんなことを言っておりますわ。

「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」

おいおい、あんた何様? と聞きたくなりますね。このおっさん一族については後で参考資料として後述いたします。

話を戻して・・・ある文章から

1815年、ロスチャイルド家をメインにユダヤ系金融資本グループはイングランド銀行を支配下に置き、英国の通貨発行権と管理権を手中に収めた。1913年には米国にFRB(米連邦準備理事会)を設立し、米国の通貨発行権と管理権を手中に収めている。FRBの株主のそのほとんどがユダヤ系である。

21世紀初頭、ユダヤ系の金融機関が中央銀行の所有権を持っていない国は、全世界でアフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、スーダン、キューバ、リビアの七ヵ国だけ・・・・
小ブッシュ(息子の方のブッシュ元大統領)のこれらの国々は「悪の枢軸国だ!」の発言の裏には
別の真意が隠されていることはミエミエですがな。やれやれ

また、べつのある文章からですが・・・

誰もが米政府の一部と見ているFRBは、1913年、当時の米大統領ウッドロー・ウィルソンが国際金融資本家に騙されて?連邦準備法に署名したことにより設立された。しかし、後にウィルソン大統領は、「私は一番不幸な人間だ・・・知らず知らずに自分の国を破壊してしまった」と、死の直前に後悔の言葉を残した。大西洋単独無着陸飛行で有名なチャールズ・リンドバーグ下院議員は連邦準備法が可決された12月23日に次のように述べている。「連邦準備法は、世界で最も巨大な信用を規定するものだ。ウィルソン大統領がこの法案にサインすれば、金融権力という見えない政府が合法化される。この銀行制度と通貨に関する法案によって、世紀の重大な犯罪が準備されることになるのだ」

簡単に言えば、FRBは米政府とは無関係の民間の会社であり、発行株式は欧米の銀行が株の100%を保有していて米国政府は1株も保有していない。ロックフェラーとロスチャイルドなどユダヤ財閥系の銀行が支配していて、FRBの要であるニューヨーク連邦準備銀行(米中央銀行)の株式は、JPモルガン・チェースとシティ・バンクの二行だけで53%近くを所有しています。

現在の米国の法律では、ドル紙幣は米財務省が発行することになっている。しかし、実際にドルを発行しているのはFRBであり、明らかに違法行為をおかしている。そして、米国債を発行しているのは米財務省なのです。何のために?? このカラクリは、ドルを発行したFRBは、ドルを米財務省に貸し付ける。そして、FRBは貸し付けた額と同等の米国債を米財務省から受け取ります。毎年、黙っていても米国債の利子が自動的にFRBの株主に支払われる。その額は米国民から得た税収の20%近くと言われている。

また、FRBは民間の企業でありながら、法人税は免除されているため、国債の利子は100%、国際金融資本家のものになる。今のように国債の金利が上昇すれば、泣くのは米政府と米国民であり、笑うのはFRBの株主という構図だ。FRBはまさに吸血鬼といっても過言ではない。通貨発行権を国際金融資本家に奪われた末路と言える。

過去ユダヤ金融資本による異常なドル発行システムに反旗を飜えした大統領 リンカーン及びケネディ大統領その他・・・はご存知のとおり  暗殺 されています。 おお〜 怖っ!

今、アメリカではトランプ大統領とFRBさんは金融政策の違いで揉めておりますねぇ。
イエレン婆さんの継続はないでしょう。
トランプのおっさんはホワイトハウスには第7代アメリカ大統領アンドリュー・ジャクソンの肖像画を飾っています。
リンカーンでもケネディでもなくアンドリュージャクソンです。
ケネディもリンカーンも国際金融勢力に殺された敗北者?ですが・・・
歴代大統領の中で国際金融勢力と唯一戦えたのはアンドリュー・ジャクソンです。

その肖像画をトランプのおっさんが飾るということはFRBから通貨発行件を取り戻そうとしているのかも?
という妄想が湧いて来るアホの秀さんです。

ひょっとしたら万万が一・・・ですが
トランプのおっさんが過去のケネディさんらと同じように命を賭けてFRBとことを構えるかも? 
とあらぬ期待をしている秀さんですわ。

あらあら本日も為替の話から脱線してしまいましたね。
脱線ついでに参考資料として下記の3つの文章を貼り付けておきますね。

では、また次回まで  へへい〜


ロスチャイルドの歴史。

世界の金融、石油、情報機関、原子力、軍事、政治、食品、メディアを支配するといわれるロスチャイルド一族。次々と有力な実業家、政治家、貴族、他の銀行家や財閥たちと閨閥(妻の親類を中心に結ばれている勢力)をつくりながら、世界の産業界に君臨していきます。

ロスチャイルドの歴史ロスチャイルド家発祥の地は、ドイツのフランクフルト。
ゲットーと呼ばれるユダヤ人の居住地区からこの一族の歴史は始まりました。

当時、市民権すらもあたえられていなかったこの一族は、細々と両替商をしながら生活していました。
しかし、一族の初代マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、古銭集めという共通の趣味から、ドイツの名門貴族ヘッセン家のヴィルヘルム9世と知り合い、やがて一緒にビジネスを始めるようになります。

時は18世紀後半の戦乱の時代。
この時、高利貸しと呼ばれる金融業に身を投じたマイヤーは、戦乱のヨーロッパ大陸を死の商人として駆け回り、莫大な自己資金を得ることに成功します。
その後、マイヤーの5人の息子たちがヨーロッパ諸国へと散っていきます。

•1764年・・・初代マイヤー・アムシェルがドイツ・ロスチャイルド商会創設
•1804年・・・三男ネイサンがイギリス・ロスチャイルド商会創設
•1817年・・・五男ジェームズがフランス・ロスチャイルド商会創設
•1820年・・・次男サロモンがオーストリア・ロスチャイルド商会創設
•1821年・・・四男カールがイタリア・ロスチャイルド商会創設

パリのジェームズとウィーンのサロモンが協力してヨーロッパ全体をカバーする通信と馬車輸送のネットワークを作り上げ、そこから誰よりも早く得られる情報を利用してロンドンのネイサンが金や通貨の投機をして大儲けするという兄弟ならではの連携プレーをし、今日の国際金融ビジネスの原型を作り上げました。

この頃は、ちょうどナポレオンの全盛期の頃にあたり、全ての国の国王や実力者が、いつなんどき引っくり返るかわからない時代において、5人兄弟の5カ国連合商会はリスクヘッジとしての性格も帯びていました。

イギリスへと渡ったネイサン・ロスチャイルドは、1810年にロンドン証券取引所の支配者フランシス・ベアリングが亡くなると、新しい支配者となり、世界一の金融王としてイギリスがヨーロッパ同盟諸国に提供した4200万ポンドの資金の半分を調達するまでになりました。

そして1815年、ネイサンは世紀の大もうけに成功します。

皇帝ナポレオン率いるフランス軍と、イギリス=オランダ=プロイセン連合軍が戦った“ワーテルローの戦い”が起こりました。

この戦争は、仮にイギリスがフランスに負ければ、大陸のパワーバランスが崩れ、イギリスの大陸における利権が一気に失われかねないということで、非常に大きな意味を持っていました。

この時、イギリスは国債を発行することによって対ナポレオン戦争の軍資金を調達していました。

イギリスが負けることになれば、当然、イギリスの国債は大暴落してしまいます。

投資家たちは、皆、戦争の行方を固唾を呑んで見守っていました。

そして、戦争終結から数日後、イギリスの国債は大暴落しました。
その理由となったのは、ネイサン・ロスチャイルドでした。

その日の朝、ロンドン取引所の持ち場にいたネイサンは、青ざめ、疲れきった顔をして、急に国債を売り始めたといわれています。

ネイサンは、イギリスに対して莫大な投資を行っており、また独自の情報ネットワークと情報を素早く手に入れるための手段(個人の快速船など)を有していることが知られていました。

そのため、ロンドンの市場関係者たちは、「ロスチャイルドが債権を売っているということはイギリスが負けたのだ」と考え、われ先にと債権を売り始め、最終的に国債は大暴落したのです。

しかしながら、実際はナポレオンがイギリスに敗北。
当然、戦勝国であるイギリスの国債は、大暴落した次の日には、イギリス勝利の情報とともに暴騰しました。

しかし、その時はネイサンがイギリス国債を大量に買い漁った後だったのです。

誰よりも早く、そして密かにイギリス勝利の確かな情報を手に入れていたネイサンは、イギリス国債を売りまくり、イギリス敗北を偽装するかたわら、秘密の代理店を使って、紙屑同然の値段となった国債を買いまくっていたのでした。

この出来事により、多くの投資家と、ほぼ全ての名門の家系が破産し、対してネイサンは約100万ポンドの利益を得たといわれています。

これは、当時のお金の価値では天文学的な数字で、この日の儲けで彼の財産は2500倍まで膨れ上がったともいわれています。

このことはのちに「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが、実際に勝ったのはロスチャイルドだった」という諺となって残っているそうです。

ヘッジ・ファンドの元祖敗戦国フランスがイギリス同盟国に支払う賠償金の総額は7億フランに達しました。
この支払いを公債として引き受けたのがフランス・ロスチャイルド商会のジェームズ・ロスチャイルドです。

彼は、この公債を売却して得たお金をヘッジ・ファンドと同様に投機家の貸付けに流用しながら、年間50%の利息を稼いだといわれています。

1820年代に入ると、ほとんどの大国の大蔵大臣がロスチャイルド5人兄弟に買収され、公債を発行して国の借金をつくっては、その2倍近い金額をロスチャイルド商会に支払うという取引がおこなわれました。

相争うイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアの5カ国の対立構造の隙間を巧みに泳ぎ回り、プラスとマイナスの両者に投資して、必ずトータルでプラスにするという今日のヘッジ・ファンドの手法で、利益を一手に独占したのです。


アメリカの通貨発行の歴史

1694年
・英国に中央銀行ができました
1776年
・ ベンジャミン・フランクリンは独立を宣言し、同時にアメリカ独自の通貨を発行しまた。
1787年
・9月17日制定の合衆国憲法で、第一章第八条第五項に「合衆国議会は貨幣発行権、貨幣価値 決定権ならびに外国貨幣の価値決定権を有する」と規走した。
1791年-1811年
・アメリカの最初の中央銀行である米国第一銀行が議会で20年の時限立法として承認後運営を開始しました。第3代大統領トーマス・ジェファーソンと第4代大統領ジェームズ・マディソンによって最終年1811年に葬られました。
米国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの言葉「通貨発行の権利は銀行家達の手から取り上げて、元来所属すべき人民の手に戻すべきである。」
米国第4代大統領ジェームズ・マディソンの言葉「歴史は記録しているのです。 通貨を発行し金融を支配する事で 政府をコントロールし続けるために 両替商達はあらゆる形態の悪用、策略、騙しや暴力を使ってきたのでした。」
1816年-1836年
・国際金融家達はあきらめずに、今度は米国第2銀行を法制化しました。
これは第7代大統領アンドリュー・ジャクソンによって葬られました。
アンドリュー・ジャクソンの言葉 「私は 銀行をつぶした。」
 彼はまた憲法に基づき政府発行の通貨を使い政府の借金を全額返済に成功しましたが、これはアメリカ史上で最初で最後の出来事なのです。
1861年-1865年
・第16代大統領エブラハム・リンカーンは中央銀行に反対しました。
1865年に暗殺されました。
(銀行から戦費調達が出来なかったリンカーンは 北部だけに通用する紙幣を発行して支払いに回して戦費に充てて勝利しましたから その通貨発行の権利を欲しがる私立の中央銀行の必要性を全く認めなかったのでした。}
1881年
・第20代大統領ジェームズ・ガーフィールドは中央銀行に反対した直後暗殺されました。
{注: 彼の任期は 6ヶ月と短かかったのですが、邪魔者の芽は早いうちに摘み取っておくということでしょうか?  但し暗殺の原因は 今のところ特定されていません。}
1910年
・秘密の会合がジョージア州のジェキル島で開かれ 連邦準備銀行設立について話し合われました。
1913年
・連邦準備銀行は 通貨発行に関する独占的地位が与えられました。
 任期中ですが1919年大統領ウッドロー・ウイルソンは1913年のサインを後悔して、「私は最も不幸な人間だ。私はうっかりして この国を駄目にしてしまった。この偉大な産業国家は今金融制度に支配されてしまった。」
1963年
・ジョン・F・ケネディーは 連邦銀行の持つ力をそぎ取る目的の大統領行政命令11110号にサインした後に、暗殺が実行されました。



ケインズの提案した世界基軸通貨「バンコール」の理想

ジョン・メイナード・ケインズが、「バンコール」と名づける新たな不兌換紙幣を国際準備金として国際社会に提供することを提案したのは、1944年ブレトン・ウッズ会議の席上であった。第二次世界大戦後の世界経済体制を決定づけるこの会議で、ケインズを中心とした英国代表団は、「国際清算同盟案(幻の世界銀行案)」を提示した。この内容は、各国の中央銀行を束ねる信用創造機能を有する国際中央銀行の創設と政府間通貨=基軸通貨としての「バンコール」の発行の提案であった。しかしこの提案は、米国のドルを基軸通貨とする米国案と激しく対立して日の目を見ることはなかった。創設されたのは、米国が主導する短期資金を融通する組織、国際通貨基金(IMF)であった。IMFは、金と交換性を保った米ドルに他国の通貨をリンクさせ、為替相場を維持して通貨・金融の安定を目指すものであった。

このシステムは、しばらくの間問題が表面化せずにすんでいたが、1960年代にはいって欠陥がみられるようになった。米国の経常収支の赤字の継続と金価格の上昇が頭の痛い問題になってきたのである。

エール大学の経済学者R・トリフィンは、米国の経常収支の赤字が継続すればドルが過剰になりドルの信任が低下する一方、貿易収支の均衡を維持しようとすればドル不足に陥る「トリフィン・ジレンマ」になると指摘した。この原因は、米ドルという一国の通貨が国際通貨の役割をも担っていることが原因であり、主権国家の通貨とリンクしない準備通貨が必要であると結論付けた。1967年のIMF総会において特別引出権(SDR)の創設が決定された。各国の批准を経て1969年、ケインズの提案した政府間通貨「バンコール」は、特別引出権(SDR)として一部実現した。SDR1単位の価値は、1米ドルに相当する金表示によって示された。現在SDRは、IMFの出資金に比例して加盟国に配分されている。その価値は、主要な国際通貨のバスケット(加重平均)に基づいて決められている。バスケットの構成は、世界の貿易及び金融取引における各通貨の相対的重要性を反映させるよう5年ごとに見直されることになっている(2006年以降の通貨ウエイトは、ドル44%、ユーロ34%、円とポンド各11%)。SDRの創設によって、IMFの貸出能力は大きく拡大したといわれる。

1971年予想もしなかった基軸通貨であるドルが投機攻撃されるというニクソン・ショックが起きた。米国政府は、兌換しきれなくなり金本位制は廃止に追い込まれた。外国為替相場が自由変動相場制に移行した時、日本は円相場の急騰に見舞われた。12月の通貨の多国間調整において円は1ドル360円から308円に切り上げられた。それでも収まらず、1972年2月14日には変動相場制に移行、1ドル277円をつけた。当時の水田三喜男蔵相は、「国際通貨は特定国の通貨をこれに充てるということの矛盾が今度はっきりした。やはり、(IMFの)特別引出権(SDR)のようなものが中心となって新しい国際貨幣が形つくられるべきである」と述べた。為替相場の急激な変動と国際準備通貨の問題は、この当時から問題視されていた。為替相場の自由変動相場制への移行後は、国際準備通貨の問題は軽減してともかく機能してきた。

このSDR―国際通貨の考え方を基軸通貨として確立しようとした試みが、日本のリーダーシップの下に提案されたことがある。1997年のアジア通貨危機の時、日本はアジア通貨基金の創設を提案し、東アジア地域の経済回復に必要な資金として1000億ドルを拠出すると申し出た。しかし、この構想は東アジア地域における影響力低下を恐れた米国とIMFによってつぶされてしまった。しかし、数年後の2000年5月、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓三国は、タイで会合を開き、チェンマイ・イニシアティブの協定に署名し、各国が準備金を融通し合うという合意を交わした。金融危機への対処能力を高めるための新たな域内協力体制の構築の第一歩となっている。

以上

posted by 秀さん at 03:48| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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