2010年02月06日

今の時期に思い出す編

ベトナムは2月14日(なぜか今年はバレンタインデーと同じ日ですわ)のテト近しということで街も道路も賑わいを見せております。

 学生さん達の中には一足早く田舎へと帰省する人もいます。

この時期は皆さん浮き足立って仕事も手につかなくなるのが南部ベトナム人のおおらかさと言うか楽天的なところで生真面目な日本人からすれば、テトの帰省を境に会社(工場)に連絡無しでそのまま戻って来ない工員さんもいたりして ったく どうよ! と言いたくなる現地日系会社の日本人の方もおられるでしょうねぇ。 

その人の立場により人間は考え方が変わるものですな。 

会社の経営者からすれば 安い給料でも日々不平も言わず遅刻もせず真面目に働いてくれる人を望むのでしょうが、働く立場の人間からすれば、この給料で頑張れってか? そりゃあんた秀さんのお腹が引っ込んでも無理と言うもんでっせ なぁ越後屋さんよ と言うでしょうな。

 ベトナムでは会社での上下関係などよりも家族血縁の結び付きの方が優先される国ですもん、昔の日本人みたいに会社のために滅私奉公なんて考えをこのベトナムで望むこと自体無理な話でごわす。

労働者の唯一持つ資産と言えば 労働力 言わば働くということですな。
働かないで給料をくれるような会社は世界広しと言えどもどこにもありませんわ。

しかし仮に何らかの事情で働けなくなっても家族は面倒をみてくれますな、会社なんて所詮 法人と書くように、法律上で人格が認められているだけで1部の華僑企業のように血がつながっている人達だけで働いている訳ではありませんな。
会社にとって益がないと判断されれば首も切られるし給料も減らされることは今の日本でも日常茶飯事であります。 

労働者の唯一である資産=労働力も絶対的なものではなく、日本のように賃金が上昇すれば製品価格に占めるコストが上がり競争力が低下する、そこで賃金の安い国へと海外生産拠点を移し企業は生き残りをかける まぁ今では当たり前のことであります。 

経済が右肩上がりに長い間成長している時は良いのですが、逆の流れになった場合には会社はそんなに労働者に対して優しくはないのであります。

悲しいことですが今の日本はここ10年以上こういった状態が続いています。 

今では会社に対する考え方も昔とはずい分と違っている秀さんでごわす。 

昔々秀さんも会社の経営陣の一人としてふんぞり返っていた時期があります。
社員及びパート・アルバイトを入れると数百名の会社で全国に10の支店を持ち売上も200憶円ほどあった会社ですが以前にも書きましたが・・・ちょうど11年前の今の時期ですわ 

ある事情により会社は倒産(自己破産)の憂き目に遭ってしまいました。
 

そんな状況になりますと従業員からは日頃ふんぞり返っていた経営陣への批判・誹謗中傷続出となることはそりゃ当然ですな。 

こんな話はアホなブログで書くことではありませんが時期が今頃だったのでついつい思い出してしまいました。 

経営者としてまず一番大事なことは会社を存続させること、そして出来ることなら高収益を上げ 株主や従業員に対して満足できる対価を与えることでしょう。

それを継続してできる者が優秀な経営者と言われます。

秀さんの場合は、残念ながらその能力はなかったのでしょう。
 最終的には自己の財産を全て投げ出して被害を被った方々に少しでも弁済し心からお詫びをするしか責任のとりようがありませんでしたわ。 

予想される・・・押し掛ける大勢の債権者達の形相を想像すると ここまま夜逃してしまおうか と考える経営者もいるでしょう。 

秀さんの場合は逃げるには少し足が短か過ぎたので無理でしたわ。
ハイ。
 

1階のエレベータや階段から聞こえる 押し掛ける債権者の駆け上がる足音を前に膝をがくがく震わせ 内心この身がどうなるのかと心底ビビりながら自社ビルの7階の役員室で待っていた記憶が今よみがえって来ましたぞぃ。

 結果的には、今こうやってアホなブログを書いていますので生きてはいるのですが、今でもまだ迷惑をかけた従業員や取引先の方々の心情を思うと心の片隅で当時の古傷が痛みます。 

会社の経営者って 従業員の皆さんから見れば 良さそうに見えますが・・・

こういう目に遭う覚悟もしながら会社を運営していかなければならないので傍から見るほどそれほど楽な稼業でもありませんわ 

と申し上げて 本日の脈絡のない話は終了です。

 次回は楽しいお話をしましょ 臭いダジャレのおまけ付きで! ほぃ


posted by 秀さん at 01:14| ハノイ ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本の先行き不透明感と言うか、未来への展望の無い閉塞感に比べ
暴走機関車の様なエネルギーが溢れているベトナム
そのうち、日本人がベトナムに出稼ぎに行く時代が来るのでは?
あ〜でも、海外に飛び出す勇気のある若者も少なくなってきた日本・・・
これからどうなっちゃうのかな?

今日はクリープの無い苦いコーヒーの様な、お話でした(真面目な話も好きですが)
次回はひねりの効いた秀さんの練乳(しゃれ)を特盛でお願いしますm(^^)m
Posted by napper at 2010年02月06日 01:58
いよいよベトナムはお正月ですね
ベトナムのお正月ってどんな感じなんですかね
>今の時期に思い出す
何か不思議な気がします
私が平成6年に夜逃げした時、秀さんは得意のド真ん中に居たんでしょうね(^^
そのとき息子さんとの関係はどうだったんでしょ?
その後倒産されてからの艱難辛苦は他人には想像することも出来ないことだったと思いますが、だからこそ今秀さん親子が親子でいられるようにも見えます
何かをなくすということは新しい何かをつかむということでもあるのかな?と自分自身を振り返って時々思うことです。
偉そうなこと書いて申し訳ありません、
ではでは良いお年を。
Posted by ニバン at 2010年02月07日 08:23
napperさん どうもです

秀さんの練乳(しゃれ)のてんこ盛りは甘すぎて胃を悪くするかもね?

でも日本人って逆境には力を発揮する民族だと思いますよ。
問題は、世の中の気分(雰囲気)に左右される性癖でしょうか。
国が高度に豊かになると、その後はそれ程成長は望めませんねぇ。歴史を見ても。
発展途上の国はとにかく前だけを見てぎゃむしゃらに動いているみたいです。

それが若さ(馬鹿さ)かも知れません・・・

秀さんのように物欲を捨て去れば・・・

そう、貧乏が待っていますので・・・

人生は難し〜ぃ! っと

コメント有難うございます。

Posted by 秀 at 2010年02月08日 07:39
ニバンさん  どうもです

何事も過ぎ去ってしまえばそれも良し! 

なんて生意気にも悟りを開いたようなことを言ってはいますが当時は精神的に不安定で過食症になっておりましたよ。
今より10kg以上重い82kgでした。

そう考えると今は69kg 良い線いっているかも? な訳はないですな。

そうですね、金満体質の秀さんのままだったら愚息との関係は無くなっていたかも知れませんねぇ。
そんな高圧的なオヤジ大嫌いって言っていましたもん。
愚息はお金と言う価値観より自分のやりたい事に
考えを巡らすのが好きな性格のようです。
ある面、ナルシストかも?

まぁ、貧乏でも親子が仲良く会話できる現在の環境が最高な時期なのかもしれません。(秀さんが酒飲みすぎていない場合は・・・)

まぁ、ニバンさんお互いこれからも長く付き合いをお願いしますね。

コメント有難うございます。






Posted by 秀 at 2010年02月08日 07:51
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