2011年03月01日

リビアのカダフィーは本当に悪者か?編

まぁ、混沌とする世界政治経済においては何が善で、何が悪か と明確に判断を下すことは難しいですねぇ。

複雑怪奇な人間社会においては、隠していても自己の利益にとっての損か得かがチラッと尻尾を出してしまうものです。

独裁政権が決して良いものだとは思ってはいませんが、カダフィーは単純に100%悪者だ! と即断するのもどうかなぁ とひねくれ者の秀さんは思いますわ。
下記に転載するリビアに住む方のつぶやきをご参考にされて下さいな。
 

何千年経っても人間様は己の欲と権勢を追い求め争いが絶えません。
国と国、企業同士、また個人間においてもしかりですね。 

頭の良い者と秀さんのようなアホな者とが争えば当然頭の良い者が勝つに決まっておりやす。(暴力的な意味ではなく頭脳戦においてですが)
そこで勝ち抜いた頭の良い人は今度は更に頭の良い者どうしで熾烈な競争を初め勝者・敗者が決まります。またその繰り返し・・・・
いつまで経っても安息は訪れることはないでしょうな。

まぁ、強い人と言うのは常に緊張して気が立っていないと安心できないのかも知れませんねぇ。 

そうやって勝ち抜いて権力・財力を築いても・・・あ〜た、最後は何も持たずに死んで逝くのですから割が合わないと思うのは敗者確定の秀さんだけでしょうかねぇ?
そんなことなら、ほけ〜と鼻毛抜きながらアホと言われようがのんびりと生きていく方が楽ですわ。

物事には必ず表と裏があります。表裏のないのはお天道様くらいでしょうか? 

・・・とアホが独りごとを言いながら読んだある記事を下記に転載致します。 

転載開始・・・・・・・・・ 

amnkLibyさんによるリビア情報を
CNN
から流れる情報と自分の考察と照合しながら今読んでいる最中ですがカダフィ体制のリビアはある意味、人によっては理想の国家です。
これじゃカダフィ体制を潰したくなる理由がよくわかります。
 
目から鱗とはまさしくこのことでしょう。
革命の嘘も民主化の嘘もよくわかります。 

amnkLibyさんによるリビア情報を保存も兼ねて一部転載しますが凄く良い内容なのでぜひ全文を読んでください。
長いのでツイッターの投稿時間も最初の部分を除いてすべて割愛します。

・・・・・・・・・

リビア情勢がだいぶ緊迫してきて、それに伴って情報が錯綜している感があるので、ささやかながら情報を提供したいと思います。 amnkLibya 2011-02-22 18:41:43 

最初にお断りしておきますが、他の多くのリビア関連のツイートと同様、独断と偏見、不確定な情報にもとづいていることがあります。 
あと、この世には「ニュートラル」「客観的」な情報は存在しないと思いますが、恐らく多くの人にとって「親カダフィ」「親リビア政府」のように思える内容も多いと思います。 

何から手を付けばいいのか分かりませんが、まずは騒乱の最も激しいベンガジという都市とリビア東部地域について説明します。 

ベンガジは、1969年のカダフィによるクーデターの後に首都がトリポリに移されるまで、リビア(当時はリビア王国)の首都でした。
当然、当時の王族やリビア東部の大部族、イタリアの植民地政策に抵抗した英雄を輩出したイスラーム教団の政治的・社会的基盤が非常に強かったわけです。
 

だからこそカダフィとその同志達は、1969年の革命が成功した際に首都をリビア西部沿岸のトリポリに移したわけですが、それ以来ベンガジではリビア政府に対する不満がたまっているといわれています。 

2006年2月に起こったムハンマドの風刺画騒動(http://bit.ly/i9I5cI)に対する抗議デモが、最終的には体制批判に転じたように、首都トリポリの発展を前にして、ベンガジには政治的・社会的不満がたまっていたようです。 
つまり、ベンガジでの暴動は、単純に独裁的・非民主的な体制に対する抗議と民主化の要求というよりは、発展の集中するトリポリに対する不満、リビア東部を拠点とする部族勢力の政治的台頭の思惑などが、「民主化」の看板を借りて顕在化している状況だと考えた方が適切だと思われます。 

ただし、ベンガジの人々も、自身の立場を正当化するためのレトリックとして、「カダフィの独裁に対して立ちあがれ」「この国は腐敗している」「正義と民主化を!」といったメッセージをたくさん流しているわけです。 

では、首都トリポリの反政府運動の性格はどのようなものなのか?

現時点での動きに関してはリアルタイムに確認してもらうのがベターだと思うので、隣国チュニジアでの反政府運動と同時期の、1月半ばに起こった騒動について概説します。
 

1月10日 政府、食料品に対する税の撤廃を発表。

13日 カダフィ、セブハにおける政府会議に出席し、「リビアには充分な家が建設されており、家がない国民はこれらに住むことが出来る」と発言。
 

13日〜22日、カダフィの発言に関連し、リビア主要都市において、市民が無人の新築住宅を不法占拠する動きが発生。
この問題は数日中に解決。 

15日、カダフィ指導者のチュニジア国民向けTV演説。

17日、カダフィ次男に近いリビア・プレスは、リビア軍を批判する記事を発表。
 

話が前後しますが、ベンガジ、キレナイカ地域(リビア東部)における反政府運動が旧王制へのノスタルジーを一定の拠り所としているという思いは、暴動の現場にひるがえる旧リビア王国の旗を見て一層強まりました。http://bit.ly/g9m8Yy http://bit.ly/f1TKzS.amnkLibya 

ご存知かと思いますが、チュニジアでの暴動の発端は、地方都市での若者の焼身自殺です。
その様子を移した動画がFacebookやTwitterによってチュニジア全国に広まり、
文字通り革命の着火剤となったわけです。
 
その背景には、高い失業率、物価の高騰と貧困率の増大などによる国民の不満がありました。

翻ってリビアを見てみると、確かにリビアでも高い失業率が問題となっていますが、リビアには国民が600万人程度しかおらず、国民の5分の1に当たる約100万人が公務員として国に雇用されています。
 

リビアだけでなくアラブの産油国全般で見られることですが、肉体を酷使する重労働はアジアやアフリカからの移民に任せ、英語や専門知識も持たないままにホワイトカラーの仕事を求め、就職もせずに日々を送る若者がほとんどです。

日本の糞ニートと同じですね。
 つまり リビアの失業率の高さは、「職がない=働けない」のではなく「働きたくない」若者の多に起因していると言えるため、失業率が暴動の引き金となったわけではないことが分かります。 

またリビア政府は、豊富なオイルマネーと少ない国民人口、かつての社会主義体制の名残から、各家庭に対し、失業中の成人男性の数に応じて月ごとに手厚い補助金を与えている(いた)と言われています。 

リビアは現在でも社会主義的な経済システムを引きずっており、食料品や生活必需品は大抵政府によって価格統制がなされているため、非常に安価で購入できます。
ガソリンは1リットル当たり約13円と日本の10分の1ですし、教育費もほぼ無料です。
 

参考:マーサー社の『2010年世界生計費調査 都市ランキング』によると、リビアのトリポリは中東で最も物価が低い(世界186位)とのこと。http://bit.ly/al0Vj4.amnkLibya 

軽く補足情報。
チュニジアの国民人口:1030万人、国土:16万平方�q、人口密度:63人/平方�q。エジプトの国民人口:8300万人、国土:100万平方�q、人口密度:83人/平方�q。リビアの国民人口:640万人、国土:180万平方�q、人口密度:3人/平方�q。
 

この国土の広さと人口の少なさは、全国規模での反体制行動が多くの困難と破壊を伴うことを示しています。

1969年にカダフィが同志達とクーデターを起こした時も、トリポリとベンガジの両方で同時に蜂起したことが成功の要因となっています。
 
現在では、当然ですが1969年と比べて体制もより強化され、中央集権化され、軍事設備も高度化されています。

特に空軍と情報機関の高官にはカダフィと同族の出身者が多いため、トリポリやベンガジといった大都市での反体制運動に対し、その鎮圧は徹底的になされています。
 

ちなみに、先日も群衆に対して政府側が攻撃ヘリや戦闘機を用いて攻撃したといわれますが、これは恐らくカダフィにとって、同族の多い空軍が最も信頼のおける部隊であったためと予測できます。 

カダフィ個人に対する国民の評価はどうでしょうか。
オイルマネーのバラ撒きのおかげもあり、ベン・アリやムバーラクのように、国民の貧困を改善しないままカダフィと家族だけが富を私物化しているという批判は、国内ではそれほど聞かれません。
 

例えばJETROは1981年の報告書で、「カダフィは「北アフリカの空隙地帯」「存在しない国」と言われていたこのリビアから、まさしく存在する国家を作り上げ、リビア人に地域主義や部族主義よりも一国の国民としての感情を優位に立たせることに成功した」と述べています。 

砂漠で生まれ育ち、幼い頃から遊牧民の伝統とイスラームの教理に従って生活し、成長するにつれ旧王制の腐敗と外国勢力による搾取を糾弾し、ついには若くして革命を実行したカダフィ青年は、当時のリビアの人々が強い共感を得る要素をふんだんに兼ね備えていたといえます。 

カダフィとリビア政府は弾圧によってリビア国民を苦しめてきただけではありません。
カダフィが断行した石油産業の国営化と石油価格のつり上げは、国家収入を劇的に増加させました。
革命前の5年間の石油収入合計は約6000億円であったのに、革命後の5年間の合計は2兆円となったのです。
 

政府は民衆の側からの自発的な組織と発言を厳しく禁じる代りに、オイルマネーによって家、自動車、病院、工場など国民が必要とするものを整備し、民衆の生活は確実に向上しました。

教育制度も整備され、授業料は無料となったために識字率は大きく上昇したといわれます。
 
王制時代、リビア社会は教育に見放され、独立後数年経っても住民の90%以上は文盲であり、ほんの一握りのリビア人が大学か職業訓練施設で勉学の機会を与えられたに過ぎませんでした。

教育制度が真に発展するのは1960年代の石油発見後です。
 
油田が発見されると、旧王制は国際石油資本と結びつくことで、王政存続の経済的基盤を獲得しましたが、その利益は王族と一部の有力者に独占され、国民は石油利益の恩恵を受けることができませんでした。 

恐らく現在、東部を除いてそれほど情勢の悪化していない地域では、部族や地域的な勢力が、水面下の交渉や駆け引きを繰り返していると思われます。

誰と組み、どの関係を強化すれば得策なのか。
政府との関係を遮断するのか、維持するのか。
どうすれば今後、政治的・経済的な利権を維持・拡大できるのか。

.amnkLibya 2011-02-24 05:19:47
   




以上転載終了・・・・・・・・・・

posted by 秀さん at 03:56| ハノイ ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | ベトナムで政治・経済雑感編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
カダフィは本当に悪者か?という視点は貴重ですね。
汪兆銘は本当に売国奴か?という視点も掘り下げてみてはどうでしょうか?
Posted by オレンジ at 2011年03月01日 15:34
お久しぶりです。覚えていましたら幸いです
(^.^)
私は毎回秀さんの記事を楽しく拝見しております。以前にベトナムに出張して以来、不景気の為!?海外出張は行っておりません…。(泣き)また行きたいですなー
(^0_0^)。
今回の記事について。

日本のニュースで情報を得て、なんだこの男は!と怒っていた私…
革命、歴史、背景、国民生活…そんなことがあったんですね…。
低い教養の私は日本の糞メディアにうまくハメられてますねぇ…

Posted by ひでじい at 2011年03月04日 06:56
オレンジさん

ひでじいさん どうもです

こんなかたいブログ記事にコメント・・が
恐れ入谷の鬼子母神でごわす。

そうですねぇ、情報は様々な角度から見るべきだといつも思っております。

争いのない世界はいつ来るのでしょうかねぇ

悲しいことです。

秀
Posted by 秀 at 2011年03月04日 08:17
初めまして。あずきと申します。

この今回の事件に些か疑問があり、色々調べていますとこのブログに行き着きました。

おもしろい内容なので、是非私のmixi日記にリンクをはってもよろしいでしょうか?

大変不躾ですが、よろしくお願いします。
Posted by あずき at 2011年03月05日 08:08
あずきさん 初めましてどうもです

どうぞ構いませんのでリンクお貼り下さい。

今後とも宜しくです。

秀
Posted by 秀 at 2011年03月05日 08:18
ありがとうございます。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by あずき at 2011年03月05日 08:23
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