母の49日および納骨は無事終了。帰国の途へ。
前回とは逆方向に福岡
〜上海
〜バンコク
へと戻って参りました。
問題はこれから、バンコクでホーチミン行きの航空券を購入すれば1時間少々のフライトで終了となる所を、欲を出してというか 要は金が無い
のだが、バンコク〜ホーチミン間を
バスで戻ろうと計画。
その差額
万円。2万円あればホーチミンで結構な遊びも食事も出来申そうと考えてのバンコク発ハットレック〜カンボジアのコッコン(泊)、コッコン〜プノンペン(泊)、プノンペン〜ホーチミンと3日間、合計バス乗車時間30時間以上のヘトヘト旅行(旅行というより修行といった感じ)となりました。
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おまけに雨季
一体俺はこんな所で何をしているのだろうかと 何もない殺風景なカンボジアの台地を眺めながら考えてしまった。
それでも人間は生きている。業のなせる業か・・・
人間はパンのみでも十分生きる事が出来ることの証明か・・。
ひとりで黙々と歩くのも寂しいので一緒に歩いている東洋人に思い切って英語で何処の国かと尋ねたら答えは何と日本人とのこと。
私は彼を中国人と思っていたし、彼は彼で私のことをカンボジア人だと思っていたとの事。
双方爆笑!
再びミニバスに乗車、その後メコンの支流の川を4度、車ごといかだで渡りようやくバスはプノンペン到着。
プノンペンにいたる所に大きく掲げてある国王の肖像画に一言、そんな肖像画を掲げる金があるのなら早く道路を舗装してくれ〜 と。
まるで一昔前の過疎村の陳情団みたいなことを言いたいカンボジアミニバス修行でした。
しかし、何度来てもカンボジアは貧しい国です。本当に何も無い国といっていい。何も出来ない私ではあるが、早く、子供達が物乞いをしないで済む国になって欲しいものである。
翌日は、プノンペンからホーチミンのバス移動となった。
これはバックパッカー達には良く知られているキャピタルツアー社とシンカフェ旅行社の共同運航バスである。
価格は6ドル。一般の方々は知らなくてもよい会社です。知らない方が幸せなくらい貧乏人御用達の会社です。
帰路、ベトナムのボーダーのモックバイで相変わらずの風景をみた。
パスポートにお金を挟んで早くして貰う
お陰で、金を挟まない秀さんの入国スタンプは遅れに遅れ待つ事30分以上。
これぞ、ベトナム我が滞在国。日本のように洗練潔白な無菌状態の国と比べると何と融通が利く良い国か。
そんなアホな!入国書類に記入しようと書類を捜すが、無い。よく見回すと、代書屋みたいな連中が入国書類の束を持っており勝手にパスポートを受け取ってどんどん記入している。
知らない人は、後から記入代1ドル出せと言われて初めて実態がわかる。経験済みの私は当然自分で記入。しかし、そこまで役人とつるむ根性に頭が下がります。
ボーダーでシンカフェのバスに乗り換えて一路ホーチミンへ。
ホーチミンは相変わらずの喧騒・渋滞・バイクの洪水。
行きつけの飯屋で鼻毛を抜きながら野菜炒めに

