2011年12月17日

仏陀の言葉編

月に1回開催される福岡県人会に予定が空いている時には必ず参加している秀さんです。

長い間参加しているとその間に知り合った方が帰任されたり、また新しく赴任されたりと人の入れ替わりがあることが良く分かります。

最近はずい分と若い方が増えたなぁ と思いますぞぃ。

企業さんもベトナムの将来成長性に夢を託すにはおっさん、爺さんよりは動きも頭の回転も良い若い世代の人を赴任させた方が良いと判断されたのでしょうよ、きっと!

福岡県人会でも50歳を超えた人は一握りです。
ましてや秀さんのようにベトナムに半分移住しているような方は少ないですわ。

そういう秀さんも以前は駐在員でしたよ。
ある会社のプロジェクト責任者として日本とベトナムを行ったりした後に駐在員としてベトナムに居を構えるようになり、その後様々な変遷を経て現在はアホ丸出しの笑えない親父ギャグ満載の読むに耐えないブログを書きながら、吹かずとも飛びそうな小さな会社の経営者としてささやかな糧を得て慎ましい暮らしをここホーチミンでしている訳ですが、他の企業駐在員の方と違い 生活の保障はないが自由な時間だけはあります。


その貧乏人に残された唯一の財産、その自由時間を使って今まで忙しくて出来なかったことを時には調べたり勉強したりしております。


本日は仏陀が語った言葉というものがありましたので転載しますわ。
インド哲学研究室という九州大学の先生が翻訳したものの無断転載です。


仏陀が語るような考え方が出来るようになれば良いのでしょうが、
我々凡人は、日々の生活に追われ疲れてしまい中々自分が生きているということはどういうことなのか? と言うことなど考えなくなるものですね。



思考する なんて言葉は最近では秀さんの中では死語になっておりやす。




まぁ、お口の中には沢山持っておりますが・・・・








ん? それは 歯垢 ってか!



へい、スミマセン と素直に謝っておきます。



最後の言葉・・・・

(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、心の安らぎを得たならば、
あらゆる悲しみを超越して、悲しみなき者となり、安らぎに帰する。

と言う心境になれるのはいつのことやら・・・・はぁ〜



では、仏陀の言葉より・・・・



死について:

この世における人々の命は、定まったすがたなく、
どれだけ生きられるかわからない。
いたましく、短くて、苦痛をともなっている。
生まれたものどもは、死を遁れる道がない。老いに達しては、死ぬ。
実に生あるものどもの定めは、このとおりである。

熟した果実は早く落ちる。それと同じく、生まれた人々は、
死なねばならぬ。かれらにはつねに死のおそれがある。

たとえば、陶工のつくった土の器がついには
すべて破壊されてしまうように、
人々の命もまたそのとおりである。

若い人も壮年の人も、愚者も賢者も、すべて死に屈服してしまう。
すべての者は必ず死に至る。

かれらは死に捉えられてあの世に去って行くが、
父もその子を救わず、親族もその親族を救わない。

見よ。見まもっている親族がとめどもなく悲嘆に暮れているのに、
人は屠所に引かれる牛のように、一人づつ、連れ去られる。

このように世間の人々は死と老いによって害われる。
それ故に賢者は、世のなりゆきを知って、悲しまない。


汝は、来た人の道を知らず、また去った人の道を知らない。
汝は(生と死の)両極を見きわめないで、いたずらに泣き悲しむ。

泣き悲しんでは、心の安らぎは得られない。
ただかれにはますます苦しみが生じ、身体がやつれるだけである。

見よ。他の[生きている]人々は、また自分のつくった業にしたがって
死んでゆく。
かれら生あるものどもは死に捕えられて、この世で慄えおののいている。

たとえば家に火がついているのを水で消し止めるように、
そのように智慧ある聡明な賢者、立派な人は、悲しみが起こったのを
速やかに滅ぼしてしまいなさい。--- 譬えば風が綿を吹き払うように。

己が悲嘆と愛執と憂いとを除け。己が楽しみを求める人は、
己が(煩悩の)矢を抜くべし。

(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、心の安らぎを得たならば、
あらゆる悲しみを超越して、悲しみなき者となり、安らぎに帰する。




posted by 秀さん at 08:02| ハノイ | Comment(4) | TrackBack(0) | ベトナム生き方編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして

2011/8/14のブログで「刹那」の解説がありましたが、TBSドラマ「南極大陸」にて第一次越冬隊を宗谷に回収したのはセスナです。

今年、ホーチミンでバスを降りたところで白タクに引っかかったのですが、おもちゃのようなメーターが一応ついており、カウンターの上がり具合が早くて笑ってしまいました。ちなみに、運転手の英語力はビナサンより白タクのほうが上でした(涙)やはり白タクはお客獲得に必死なので語学もそれなりなのでしょうか。
Posted by 名無しさんヒマヒマ at 2011年12月21日 17:44
名無しヒマヒマさん

初めましてどうぞ宜しくです。
そうですか、ぼったくりタクシー被害に遭われましたか・・・

ベトナム名物というか、悪しき風潮はいまだに改善されないベトナムですね。

これから引ったくりや空き巣、泥棒が増えて来る年末です。

ベトナムへ旅行に来られる方々、お気をつけ下さいね。

コメント有難うございます。


Posted by 秀 at 2011年12月22日 02:10
いつも楽しく拝見させていただいています。
秀さんの経済、人生哲学、および高度な親父ギャグ等、ハイブリッド(ちゃんぽん)な内容に感服しております。

>(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、・・・

嫌な思いや悲しい思いをした時に、さっさと気持ちを切り替えて、自分を苦しみから解放するという意味で、説得力ありかと思います。過去の事象に思い悩み続けたところで得はないし、下手したら胃に穴が開くかもしれません(笑)

【効能例】ホーチミン・シティ(バイクと色白のお姉さんがいっぱい!)でゴルゴ13・・じゃなくて泥棒にスマートフォンをひったくられたと仮定したとき、あまり思い悩まず「今度から周りに気をつけて、また買えばいいや。深追いして事故ったらしゃれにならんし。へい!」→安らぎの境地♪

ちなみに欲望に関しては、これを完全に押さえつけるのは厳しいと思います。人である限り解脱の境地って無理があると思います。欲望は生まれながらにして、しっかりとプログラムされてしまってますし、人は欲望が満たされた時に幸福を感じると言いますしね。でも、ある程度の制御は可能であり、かつ効能があると思います。(執着がなくなると確かに気分的に楽ですよねー。)

【効能例】誘惑に負けて浮気なんかしません。へい!→家庭内平和→安らぎの境地♪
【効能例】先日指導者が死去した国において、飢えた庶民が食欲を完全制御→死→もう苦しまなくて済む→安らぎ・・? (なんか違和感ある)

現代においても、仏陀の教えは結構理にかなっているような気がします。(完璧かと言われると・・・ですが)

好き勝手書き込んでしまいましたが、お許しくださいませ。 m(_ _)m
Posted by 名無しさんヒマヒマ at 2011年12月24日 03:15
名無しヒマヒマさん

薀蓄のあるコメント感服しておりやす。

嫌なことは直ぐに忘れる この性格ゆえ
ベトナム生活を長く続けることが出来ているのかも知れません。

アホはどこに住もうと最強のアイテムかもですね!

良いお年をお迎え下さいまし〜。

コメント有難うございました。



Posted by 秀 at 2011年12月24日 09:40
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