2012年07月14日

スマートフォンは持ってないけど編


今の時代に逆行するかのように旧式の安物の携帯電話を使っている秀さんですわ。


所詮、電話なんてものは話が出来て、時にはメールが打てれば良い、それもショートメールで十分と考えている秀さんですのでスマートフォンが欲しいと思ったことは今までないですね。

パソコン機能が必要な時は仕事の業務に限られますので小さな画面のスマートフォンで秀さんの太った芋虫のような指で操作するには小さ過ぎますわ。へい。

しかし、若い人を中心に日本のみならずベトナムでもスマートフォンやiPadなどのIT機器が爆発的に普及していますが、その中核的な技術は日本で発明されたものですぞぃ 

と言えば皆さんは、

ああ〜、アホの秀がまた変なことを抜かしておるわ とお笑いでしょうが・・・

IT社会を支えているのは日本の高度な科学技術でと言っても大げさではありませんぞぃ。

スマートフォンやパソコンの心臓部分と言われる
CPUですが、インテルが最初に開発したと思っている方が多いのではないでしょうか?

でも
それは、ちがいますぞぃ!


当時DRAMメーカーだったインテルに、CPUの技術ライセンスを行ったのは、日本の企業ですわ。


名前はビジコン社と言います。


この会社は当時高価だった電卓の製造メーカーで高級電卓のコストダウンのために、処理機能がハードウェア的に作り込まれており一定の製品群にしか対応しない専用LSIを開発するという従来の方式に代わりに、ソフトウェア的に対応することで複数の製品群に対応可能な汎用的LSIの開発を考えたのですわ


ICの中にメモリー機能を設け、ソフトで動かすというアイデアは、そのビジコン社に勤めていた嶋正利氏が最初に考えたものです。

今は誰もがCUPメーカーとして知っているインテル社はビジコン社から技術ライセンスを受け、世界最初のCPU、Intel40041971年に発売しただけですわ。

まぁ、その嶋正利氏は後に、インテルにヘッドハンティングされ、世界のPCブームを起こした最初のCPU8080を一人で開発することになります。

ですので、今日のスマートフォンやPCの心臓部は嶋正利氏のCPUが基礎となっているわけですわ。

アップルやサムスンはスマートフォンの代名詞のようになっていますが、


その今日のスマートフォンやPCの心臓部分CPUは日本人のアイデアということですがな!

その他色々調べていくと、日本人の技術者の素晴らしさが分かります。

デジカメ、携帯電話、PCで活躍するフラッシュメモリーですが、これも東芝の舛岡富士雄氏の発明で、従来のDRAMは電源を切ると全て記憶した情報も消えて
しまうものでしたが、フラッシュメモリーは電源を切っても情報が残る優れもので、この発明なしには、今日の
IT産業は考えられません。


加えて言うならば、有機ELディスプレイも盛んに開発されていますが、この技術の核は、電圧をかけると光を出す、有機EL材料の開発ですわ。

この材料は、出光興産はじめ、住友化学、東レ、チッソなど、日本化学メーカーの独壇場で、サムソンなどは、これらのメーカーから材料を購入し、材料メー
カーが何
Vかければ光りますよというのを聞いて、そのまま使っているだけなのであり、有機ELの本質的な技術を持っているわけではありません。


光通信を世界で最初に提唱したのは、元東北大学の西澤潤一氏で、その3
素:発光素子・光ファイバー・受光素子の全ての開発を行いました。 西澤さんの発明なしには、今日のように動画を高速でダウンロードできることはないですわ。


皆さまご存知のように、ブラウン管TVの電送・受像を世界で初めて成功したのは、日本の高柳健次郎氏ですね。


ざっと日本人が開発した技術を書いてみましたが・・・



どうですぅ〜?



結構日本人って大したもんだと自信が持てますね!

しかし、
同じ読みでも、地震だけはご勘弁願いたいですね、はい。


では、本日はこの辺で 失礼すます!



posted by 秀さん at 19:20| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム日常生活編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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