秀さんのガキん子のころはまだスーパーマッケットはちらほら出現してはいましたがコンビニなんてものはありゃしませんで主に一般の商店で買い物をするのがデフォでしたわ。
今はシャッター通りと言われるようになった地方のアーケード街(これも死語か?)には様々な小売店舗がひしめき合って活況を呈しておりました。
それが・・・地方都市では今では開けている店舗の方が少なくなりすっかりとさびれてしまいましたわ。
当時は現在のようにインターネットであらゆるものがクリックひとつで自宅に届く時代になるとは夢にも思いませんでしたよ。と言うか・・100%夢物語でしたわ。
子供の頃は、おい○○君、将来は電話がポケットに入る時代が来たりしてな!
・・・何てまさか実現することはないだろうといった感じで将来の夢を子供心に話しておりましたよ。
時代は変化して従来のやり方が通用しなくなり産業界も、繊維・石炭産業、製鉄業、重電・電気・自動車産業、電子IT産業〜とその時代時代に合わせて主役も変わって行きました。あまり変わらないのが不況に強いと言われる食品産業や金貸し業の銀行くらいなものでしょうかねぇ。
昔から考えたら夢のようなライフスタイルを現代の我々日本人ははおくっております。
発展途上国であるベトナムは昭和30年代の日本のようだとひと昔前は言われましたが、それも今ではかなり古い情報ですね。
ホーチミン市の大きく変貌する街並みを見ていればここ10年でさえ驚くほどです。
洗練された店も増えて来ましたわ。
さて、本日は商店街の衰退の話ではなく、零細印刷業界の転載記事であります。
これをなれ合いと言うか調整と言うかは人それぞれですが、業界の秩序を破壊するニューカマーが出現してくるのはどの業界でも言えることですね。
それはいつも若い世代の経営者達から変革の流れが来ます。
自由主義経済では強いものが当然勝ち!
弱者は首を括ろうが死のうが競争の土俵からさっさと出て行って下さいな!
・・・と言う冷酷な非常な現実の前では旧態依然とした経営のやり方、協調しながら何てゆるい考え方では当然生き残っていけないのは今では当たり前のことですね。
やるか や られるか! 中間はない・・・何とも殺伐とした時代になり申した。
こう風に嘆くのは、いつも秀さんのような爺の年代の人ですわ。
自分たちが生きた時代のノスタルジーなのか・・・
はたまた、日本と言う国が今までとは違う別の民族の考え方の国になったのか
いろいろ考えるがアホの秀さんには分かりませんわ。
皆さんは、下記の転載記事を読んでどう考えるのでしょうか?
以下転載開始です・・・・・
夢想ろうかん−Reloadedより
いまから15年ぐらい前だっただろうか、首都圏印刷業界の中小零細企業社長の関心の一つは、この会社の動向とその良否の判断にあった。
東京・神奈川などの街の印刷屋には、昔から山櫻やハートといったいわゆる末端の紙問屋がルートセールスを掛けており、毎日のように印刷台紙の注文を取りに来る。
関 東では山櫻が強く、関西ではハートが優勢であると一般には云われていたのだが実情はよく判らない。双方入り交じっての攻防で、結局は値段が勝負という様相
だったに違いないと思うのだが、これまた日本の多くのビジネスシーンで見られるように、人間と人間との関係性が色濃く関与していたことも否定できない。
か つてのトヨタと日産のように、取り扱い商品の競合がみられ、どちらがどちらというわけでもなく、同じようなものは双方互いに取り揃えていた。ただ、株式会
社山櫻の 「プリンス」 という名刺台紙だけは、ハート株式会社を常用している印刷屋でも 「これだけはカンベンしてくれよ」 とハートの営業に泣きを入れることもあったようで、もちろん、資本の論理が働いているエセ民主主義国家での経済活動でさえも、そのような “顧客” からの要望を無視することはできない。
双方の “お付き合い” が望ましいと判断している経営者も多くいて、仕入れのバランスを取りながら両社とうまく付き合っているところも多く、またその紙問屋両社の営業も嫌な顔ひとつせず、それを了承していた。そして、現在もそうである。
街の印刷屋に出入りしている紙問屋の営業は、その印刷屋の顧客に直接アプローチすることはタブーである。
もし、そんなことをやれば印刷屋の経営が傾き、日々の企業努力が水泡に帰すばかりでなく、印刷業界そのものが崩壊してしまう。
結局は自分達の問屋としての会社の首を絞めてしまうことにつながるからだ。
だから、山櫻もハートも、街の印刷屋の顧客には絶対に手を出さない。
ところが、
少し前に、不思議な噂が飛び交った。
新興のある紙問屋が関東を中心に一大攻勢を掛けているというのだ。
当初、その会社は封筒台紙を中心に営業を展開していた。
もちろん山櫻もハートも封筒台紙は数多く備え、大量の封筒印刷に手を焼いている、あるいは技術的に難しい印刷の場合、さらには特殊なロゴ等が入る印刷の場合は、山櫻・ハート両社は本社工場での印刷を受けていたし、現在もそうだ。
また、それほどでもない場合には両社の下請け印刷所に依頼することもある。
この判断は担当営業に任せられている。
そして、たとえそうでなくとも、街の印刷屋はある程度の安心感をもって同業他社に外注作業を委託しているのが現状である。
その 「新興勢力」は、おそらく、関東一円の中小零細印刷業者を対象に営業を掛けた。
封筒印刷で困っていませんか? 当社は封筒が得意です。種類も他社には無い物を取り揃えております。印刷枚数が多いときは格安の値段で当社工場で印刷し、御納品いたします。版下も必要ありません。手間いらずですよ。(*^。^*)
むろん、自社で刷れば利益は増えるのだが、その印刷値段があまりにも安いので多くの印刷屋のオヤジは、気軽に頼んだらしい。
そのことの検証はしていない。たんに、うわさの段階だ。
しかし、その件について、関連する印刷会社4社から同じことを聞いた。
さらに、当時、横浜で友人と印刷屋を営んでいた私は、山櫻の敏腕営業からも同様な話を聞いたので、この噂は全くのデマというわけでもないだろう。
顧客情報が漏れた・・・・?
その印刷屋へは、封筒依頼をした末端のお客様からの注文が来なくなった。
印刷屋に注文した客へ直接アプローチしているのではないのかとの噂が流れた。
街の印刷屋が抱えている顧客(大量の封筒印刷を依頼する末端の顧客は街の印刷屋にとっては上客)の情報を取得するために、格安値段で封筒印刷を受けたのではないかとの疑念を印刷屋の社長に限らず、製版屋、製本屋のオヤジ達が言っていた。
「あこはヤバイ、やめておいたほうがいい・・・・」
中小零細の印刷会社が客の取り合いを始めたら、それで業界は滅びる。
製品のダンピング競争が始まり、自分で自分を追い詰めていく。
廉価の製品は、「商品」 にならなくなるのだ。
だが、それをやらなければ売上が上がらず、月々のカネが回らないとなれば背に腹は代えられないので、やらざるを得ない。
当然ながら彼らとて少ない客の取り合いをするのではなく、市場を拡大しなければ駄目なのは解っているにも関わらず。
日本の法律ではそんなことをやってはいけないとは何処にも書いていない。
だが、それをやらずに今まで互いの共存をはかってきた。
中小零細印刷業者間では、それはタブーだという暗黙の了解があって、緩やかなある種の強制のなかで、自分たちの立ち位置を確保して来た。
困ったときは協力し合うこともあって、それでも相手に顧客を取られてしまうということは眼中に無かった。
幸せな時代だったのだ。
無際限なグローバル化、無慈悲な資本の論理は、人間が苦労して築いてきた地域共同体の根幹をも無惨に打ち崩そうとしている。
島国にあってお互いの立場を理解し、そしてそれを温存しなければ生業が成り立たないという状況は既に崩壊している。
少なくとも、その兆候は・・・・、
いまから20年ぐらい前から印刷業界には顕現していた。
ここ数年、街の印刷屋の数が激しく減った。
それは人々の心の荒廃と無縁ではないだろう。
“日本” が壊れていく・・・・・
以上 転載終了・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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