やはりこの人(医師)の思いは強く、深く、秀さんの心に訴えかける。
気楽に行けたら好いねぇ〜 と今日もアホが独り言。
では転載開始・・・・・
「敵を設定しなければ行動が決定できない、西欧社会」
自律という事が無くて、奪うが経済の基本と思っている
対して日本の政治理念は自律が基本である
おそらく、島国で、谷筋に分散して住んで来た状況がもたらしたものだろう。縄文の生産力過剰状態がもたらしたのか。東アジアの島嶼はだいたいこういう考え方だ。
地形と運搬力の関係で、皆殺しで絶対優位を広範囲に得る事が難しかったので敵は取り込まねばならない。そうすると自然状況から共存を強制される。
商業も定義が違う。等価交換が日本の商業だが
隙があれば騙して奪う、が西欧の商業である。典型的な行動パターンは十字軍である
勝手に正義をでっち上げて、略奪を正当化して、軍事力で襲いかかる
これを国際政治、世界標準といっているのである。
言葉の定義と内容が異なるのだ
個人の自立というのもそういう概念で、自立とは他人から奪う事で成立する、帳尻は神が決めるとなっている。ニホンジンは勝手に自立=自律と解釈しているが、違うのだ。奪わないと自立しないと考えるのである。
この概念をクソまじめに取り込もうとして苦闘して精神分裂か、鬱病になったが、透谷や、漱石などの明治の文学者たちで
この流れは今も変わらない。
根本衝動と文化規範が真っ正面からぶつかっている状況がもう150年続いている
それでそのうち、西欧が自分の分書き判がデタラメである事に気がつき出した
地球が狭くなって、交通規模からすると石油石炭以前の日本列島の様なサイズなってしまったからである
インターネットの成立で、西欧規範のデタラメが誰でも分かる様になった
そうなると、共存共栄、等価交換、事実尊重、そして、我々の根本衝動である、愛情尊重
が世界精神となり始めたのだ
日本における仕事は、上記の様に等価交換と共存共栄なので、自己実現にしかならないのだが
西欧規範における仕事は奪ってのさばる事になる。要するに仕事が楽しくないのである。
状況が変われば最適解が変わる
21世紀が日本の世紀だといわれていて、何となくみんながそう思い始めているのは、世界経済の前提条件が日本に似て来たからである
こういう島嶼世界で西欧科学、事実性を取り込んだのは日本しか無いからである。科学技術文明はガリレオの様に反キリストから科学が産まれた様に言うが、じつはキリスト教と事実性は何の関係も無い事を実証してしまったのだ
西欧文明押しつけの根本教義である、その仕組みが嘘である事を実証しているのだ
西欧学問社会から見るとキリストでも儒教でもなく日本科学はアニミズムから自律発展しているので世界史の謎なんである
たんに自分たちが勝手な偏見にとらわれているだけなんだが。
よくよく考えてみると、ギリシャはアニミズムで、ローマもアニミズムだ。
要するに科学は多神教の直接産物である。多神教こそ、その時代の科学性、事実性の表現であるからだ
だから一神教は必ず、科学を抑制する。西欧科学が軍事偏重なのは、一神教強制と事実性認識の均衡点が軍事だからである。
ガリレオは当時のハイテクである望遠鏡職人で、これは城の上から敵を眺める、あるいは着弾点を観察する重要武器なんであり、力学も弾道計算のことである。
一方日本科学技術は必ずしも軍事ではない。江戸幕府が軍事技術を抑圧したからでもあるが、麻酔を世界最初に発明した華岡青洲も、世界で初めて空を飛んだとされる、浮田幸吉も、はたまた、なも知れぬ江戸の園芸家や稲の品種改良、サツマイモも導入など
全く軍事とは関係がなく、単に楽しいからか人道的動機でしていただけである。
結局、西欧文明は、世界文明化した時点で終わったのである。後は惰性、慣性で騒いでいるだけだ。FRBなんか世界から偽ユダヤの狂人集団と見られている。
それをみんなが認識し出しているのだ。
負け試合でサッカー競技場を掃除してかえった、日本のサポーターの行動に驚異の眼で見ているのだ
西欧や中国文明の原則では負けたら壊して、汚して、悔しさを他人に押し付けて、かえるのに。
どういう行動原理にすればそういう行動が可能になるのか、に気がつき出したというわけ。
単に、勝つ事が好きなのではなく、サッカーというスポーツが好きだから、サッカーというスポーツの場を汚したくなかっただけなんだが
開始>
ブラジルに広がる(!?)“立つ鳥跡を濁さず”の輪。今度はドイツ人がコパカバーナのファンフェスト会場でごみ拾い
ヘシーフィ (レシフェ) のアレーナ・ペルナンブッコにて、コートジボワールに敗北した後、日本人サポーターがスタジアムのごみ拾いをしたという事実は、SNSや各国メディアに取り上げられ、日本人の礼儀正しさを多くの人が賞賛することになった。
そんな中、今度はドイツ人観光客グループが、リオのコパカバーナに設営中のFIFAファンフェスト内で6月16日 (月)、ビーチに散乱するごみを片付けたと現地メディア(「G1」、6月17日づけ)が報じた。
彼らは、自分たちが使ったコップだけでなく、他の人たちが地面に捨てたごみも拾おうと周囲に呼びかけたという。
このシーンを撮影したニコールさんによれば、現場にいたブラジル人は、彼らの姿に驚き賞賛したという。
「ワールドカップは必要ないと思っていた人たちが最後には考えが変わり、こういった文化交流が、なかなか他国に旅行する機会が少ないブラジル人に貴重な体験を与えてくれることに気づくことを願います。ワールドカップは、私たちに多くのことを教えるためにやってきました! 政治やデモクラシーだけではなく、こういったシンプルな行動が私たちに変化を起こし、影響を与えるのです」と、ニコールさんは自身のフェイスブックにコメントした。
(記事/MEGA BRASIL、文/柳田あや)
終わり>
もともとギリシャの昔から、神代の昔から、モンゴル相撲でも、インカの昔から、スポーツは神に捧げるものなんである。公明正大と清潔は前提だ。
それをゆがめたのは西欧の世界統一下心ムンムンの近代オリンピックである。
いまや、偽ユダヤ人は商売にしてしまった。(彼らのかみさまはおかねだからそうなる)
中国人も四川地震で日本の救援隊が一人も救えなかったことにがっかりして謝ったのをみて驚天動地、びっくりしたのである
ニホンジンにしたらあたりまえなんだが。。。。。。。。
もうすでにかなり前から日本はある点では、、多分1930年ころに人種差別反対を国際連盟で主張して追い出されたあたりからずーと世界精神のトップを走っているのだ。
それが偽ユダヤの作った西欧社会の破壊したい中枢部分なんだが。。。。全然潰せないうちに自分たちがつぶれ出したというわけ
以上転載終了・・・・・
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