20代〜40代の途中までは仕事一筋、金儲け一筋と言い換えて良いのかもしれませんがとにかく何か動いていないと落ち着かない性格でしたわ。
強迫観念とまでは行きませんが日々成長(会社の隆盛が第一)しないと アカン! といつも思っていました。家族と触れ合う時間を削り仕事やそれに関連した付き合い酒に明け暮れる毎日でしたわ。
家に帰るのは月の半分もない状態で日本全国、時には海外まで出張の連続の日々、それが働く男のステータスよ! みたいにアホが勘違いしておりました。
振り返ってみると、収入の多さとは反比例して心に全くゆとりがなかった
と・・・今なら分かるのであります。
ゆとり とは金銭的な裕福さの裏付けがあって醸しだされるものでしょうかねぇ?
生きるということの大命題が金銭的に豊かになることではないですね。
しかし、貧すれば鈍する、 衣食足りて礼節を知る という言葉もあるように最低限食べて生けるだけのお金は必要なことはこの世知辛い世の中ですので自明のことではありますが、ベトナムのようにお金持ちと言うだけで素晴らしい! 羨ましい とは大半の日本人は思わないですが、今の自由主義経済の行き過ぎにより悲しいことに日本でも格差(金のあるなしで評価が決まるような変な共通意識)が存在するようになっております。
まだ世の中の複雑さを理解できない天真爛漫な孫のマー君を日々みていると、爺がこの子に残して上げるものは何が良いのだろうかと考えてしまいます。
大きな財産なんて縁のない秀さんですので形あるものは無理としても何かを伝えておきたいという思いは孫が成長するに連れて日に日に強くなって行きます。
英才教育受けさせ、良い大学へ行かせ、有名大企業に就職させることが良い子育てだなんて波乱万丈で生きてきた秀さんですので露ほどにも思いませんがマー君が今後世の中を生きて行くための指針になるようなものを教えてあげられれば良いのでしょうがその方法論が分かりません。
深く考えるとキリがなく 人間はなぜに生まれて来て生きて死んでいくのか? という凡夫には永遠に答えの出ない迷路にはまり込んでしまいますのでやめておきますが 会社のヤクザな事務員さんの葬儀に参席して家族中が泣き崩れる姿を目にして思うことは、過去より面々と続くDNAの連鎖により縁あって家族となった有難いご縁に感謝しなければいけないということだけは秀さんの中で ストん と腑に落ちるのであります。
あらら アホがぐだぐだと駄文を書いても仕方がないですね。
昔昔、漫才ブームの時に もみじまんじゅ〜う! のギャグで一世を風靡した島田洋七さんの本にがばいばあちゃんがありますがその序文があるブログに載っていたので転載して本日のアホ馬鹿爺の駄文ブログは終了です。
ある夕ご飯の席のことだった。
「ばぁちゃん、この二、三日ご飯ばっかりでおかずがないね」
俺がそう言うと、ばぁちゃんは「アハハハハハハハ・・・・」と笑いながら
「明日は、ご飯もないよ」
と答えた。
俺とばぁちゃんは、顔を見合わせると、また大笑いした。
今から四十年ほど前の話である。
思えば、あれから世の中は急変した。
所得倍増計画、行動経済成長、大学紛争、オイルショック、地価上昇、校内暴力、円高、ドル安、バブル、そしてバブルの崩壊、価格破壊、就職氷河期・・・・・。
「今、世の中はひどい不景気だ」とみんなは言うけれど、何のことはない。
昔に戻っただけだと、俺は思う。
変わってしまったのは、人間の方だ。
お金がないから。
ホテルで食事ができないから。
海外旅行に行けないから。
ブランド物が買えないから。・・・・・そんなことで不幸だと思ってしまうなんて、どうかしている。
リストラされた人は気の毒だと思うけれど、それだってものは考えようだ。
朝八時に起きて満員電車に揺られて会社に行って、働いて、残業して、飲みたくもない酒の席に付き合って、
終電車に乗って帰ってくる・・・・そんな人生から解放される新たなチャンスだと思うことだって、できるはずだ。
それに、今後どう頑張っていこうかと夫婦や家族で話し合うことになるから、コミュニケーション不足なんてこともなくなるんじゃないだろうか。
お金がないから不幸。
今は、みんなが、そんな気持に縛られ過ぎていると思う。
大人がそんな考えだから、子供も健やかに過ごせるはずがない。
ディズニーランドに連れて行ってもらえないから、流行の服が買ってもらえないから、親を尊敬しようとしない。
成績が悪いから、いい学校に入れないから、自分の未来は真っ暗だと思う。
そんな子供ばかり育ってしまい、毎日がおもしろくなくて、将来に希望が持てなくて、少年犯罪も増えてゆくのだ。
本当はお金なんかなくても、気持ち次第で明るく生きられる。
なぜ断言できるかと言うと、俺のばぁちゃんがそういう人だったからだ。
俺は子供の頃、母方のばぁちゃんに預けられていた。
ばあちゃんは、明治三十三年(千九00年)生まれ。
二十世紀とともに人生を生きた、まさにひと昔前の世代だ。
昭和十七年(千九四十二年)、戦中に夫を亡くし、以来、厳しい戦後を佐賀大学とその付属小、中学校の掃除婦をして、五女二男、合計七人の子供を育てて生き抜いてきた。
俺がばあちゃんに預けられたのは、昭和三十三年(千九五十八年)で、ばあちゃんは既に五十八歳だったが、相変わらず掃除婦を続けていた。
裕福なはずはないが、いつもとんでもなく元気で、明るい人だった。
そして俺は、冒頭のような、ばあちゃんとの暮らしの中から、人間の本当の幸せというものを学んできたように思う。
九年前、九十一歳でばあちゃんが大往生してからは、特にばあちゃんの遺してくれたものの存在を、大きく感じるようになった。
今、みんなはとてつもない勘違いをしているんじゃないだろうか。
四十年前までは確かにあった幸せを放棄して、不幸な方、不幸な方へと進んでいる気がする。
みんな道を間違うな!
佐賀の、がばい(すごい)ばあちゃんの話を聞いてくれ!!
幸せは、お金が決めるものじゃない。
自分自身の、心のあり方で決まるんだ。
以上転載終了
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