今では私のことを アン ハイ(anh 目上の人を呼ぶ時に使う、em目下の時、hai 2、2番)と呼ぶ。
ベトナム語の意味で、長男という意味。
ん?・・・何故?2番目なのに長男?
これは良くわからないが、南部の方ではそう呼ぶとのこと。
北の方では長男は アン カー anh ca(大きい)と言うらしい。
ミトーのロンは家が貧乏だったので学歴はあまりないが、独力で勉強して英語もかなり出来るし頭も良い。目は非常に澄んだきれいな目をしている。
給料は都会のホーチミンの方が格段に良いが、人も車も多く、ごちゃごちゃゴミゴミした都会の生活より彼は田舎が大好きなのでミトーで両親の家の隣に住み背オム稼業をやっていた。
田舎ではなかなか良い仕事がないと嘆くが、貧乏でも家族が幸せならOKというような奴である。
秀さんは、その後も再々遊びに行ったり、母親の葬儀や兄さんの結婚式に出席したりしと交友を続けている。
兄弟は兄6人 姉4人の11番目の末っ子である。
親父さんも元気に子作りに励んだものだと関心する。
さすがに、現在ではそんなに沢山の子供を生む若者は少なく平均2〜3人位ではないかと思う。
ロンの親父さんは、前のベトナム戦争時はアメリカ軍と共に戦った軍人であるが、ご存知のように北ベトナム軍が勝利して、戦後直ぐは刑務所に入ったりと大変な目にあったそうである。
また別の知り合いのベトナム人の親父は南ベトナム軍の大幹部だったので厳しい制裁が待っていると本人は覚悟したが、子供達だけは全員何とか金とコネを使って国外に脱出させたそうである。
2人はアメリカとカナダへ、一人は日本へ。
その一人が私の友人であり日本で永住権を持っているが、考えるところがあって故郷ベトナムへ戻って来た。
このようにベトナム戦争終結時に海外に脱出したベトナム人を越僑(ベッキュウ)と言う。
現在、ベトナム政府はこの越僑の帰国も認めており、中にはアメリカで成功した越僑などは、盛んにベトナムの不動産を買っている者もいる。
越僑の数はアメリカで200万人を筆頭に世界中で300万人前後ではないと言われている。
1度は海外に出て生活基盤を築いて生活して来たがベトナムに戻る者も少なくない。
やはり生まれ故郷は良いものなんだろうなぁ、と秀さんの歳になるとわかる。
南ベトナム軍に参加したもの達は戦後数年は、さまざまな迫害にあった話を良く聞く。
大学に合格はしたが、親父さんは南ベトナム軍の幹部だったと言う事で入学の許可が出なかったと嘆く者も秀さんの知り合いの中にいる。
さすがに、戦後10年以上経過してからはそのような差別は無くなったようである。
さて、ミトーのロンの話に戻るが、
ロンの才能を惜しんだ秀さんは、知り合いののベトナム人社長(ミネラルウォーター製造会社)に話をして、営業所をミトーに出すようにお願い。彼を採用してもらうよう頼み込んだ。
当初その社長は快諾したのであるが、面接をしてロンの職業がバイクタクシーの運転手と言う事が判った瞬間から態度が豹変!
彼に営業所を任せてオープンしても採算が取れると思わない言われ、秀さんは激怒!
彼の能力があれば必ず成功すると説得するが物別れ。
怒った秀さんは行きがかり上、オープンの金は秀さんが出すのでその地区の代理店としてオープンさせる、その結果でどちらの判断が正しいか検証しようではないか!!!
と挑戦状を叩き付けた。
ロンはそこまでしなくても良いと再々断わったのであるが、秀さんも一度は快諾しておきながら職業がバイクタクシーの運転手と言うだけで前言を翻して即座に断わったその社長に対しての憤りや意地もあり、秀さんのなけなしの金をはたいて小さな店をオープンさせた。
そのなけなしの金の金額は・・・・、
何と!
何と!
日本とは1桁も2桁も違う金額ですぞ!!!!
総額は、何と!20万円! ・・・ぇえ〜!
なんじゃい!たったそれだけかぁ!と言わないでね!
でも、秀さんにとっては大金ですので・・・。
本当に小さな小さな店です。
要は金額の問題ではなく、気持ちの問題!
ロンも初めの内はなれない仕事にそうとう苦労したようである。
しかし、私の気持ちに報いる為に死ぬほど頑張ると言って
毎日毎日中国製のコピーバイクを転がして営業努力した結果、顧客も増えかなりの利益が上がるようになった。
そこでハッピーエンドとなれば良いのだが、その水の会社の社長がいきなり卸売り価格を大幅に値上げしたことからまたまた紛糾。
理由としては、秀さんのお願いと言う事で卸価格を安く設定していた。もうかなり利益も上がっているので値段を適正な価格に戻すと一方的な内容であった。
そこで、ロンは私の了解を取って他の会社の水の販売を開始したが、今までのブランドからいきなり他のブランドの水に変更した為、1部の顧客が同意しない。
まぁ、その会社の水の味になれた顧客もいるので100%のブランドチェンジは客の嗜好の問題もあり難しいことは容易に想像できる。
そんな時に、前の水の会社がミトーでロンが開拓した顧客先に向け大幅なディスカウント価格で猛烈な切り崩し工作を開始したからロンも堪ったものではない。
しかし彼は、そこで乗りかえた顧客に文句一つ言わずに、更に新規営業に精を出して頑張った。
しかし、狭いミトーの町では顧客数も限られ、結局は背オムドライバー時代の給料とそれ程変らない収入になってしまった。
しかし、その努力を評価した現在の水の会社の幹部がロンの能力を認め、ロンが提案する観光会社設立(メコンクルーズ)に同意して資金を出す。
彼は背オムタクシー時代に毎日物凄い数の観光顧客がメコンクルーズをしにミトーに来ていることを知っており、また彼を慕う背オムドライバー仲間も150人以上はいるのでそのネットワークを使えば顧客獲得はそれ程難しくはないと前々から考えていたと言う。
ロンは水の販売を奥さんに任せ、観光会社の副社長として今年4月にメコンクルーズ中心の観光会社を設立。
何と、設立後4ヶ月で会社を採算にのせ現在は8人の社員、10隻の船を所有してベトナム人や外国人相手にメコンクルーズツアーを毎日催行している。
最下層の背オムタクシーの運転手から観光会社の副社長へと華麗な転進を遂げたロン。
秀さんのことを、俺の運命を変えた一生の恩人と言って、秀さんがミトーに行った時は、忙しいにも関わらず1日中アテンドしてくれる。
ベトナムでは能力がありながら様々な偏見や差別的な風習によりその能力を発揮する事が出来ない者が多い。
たった20万円でホワイトナイトを気取るつもりはないが、もし仮に秀さんが、一昔前の様に金回りが良かったら、金持ちが多い都会人は除外して、そういうベトナムの田舎者のみを対象にした小額限定の投資をやれるのにぃ と考えるのである。
いくら田舎の町でも20万円は少なすぎるが、1事業?プランに付き50万円もあれば田舎では何らかの小さな商売が出来る。50万円は田舎の貧乏人には大金である。
秀さんは、そのベトナムの貧乏人の中でロンのようにチャンスさえあれば、己の考える事業?プランで這い上がりたいと考えている才能のある奴にかけてみたいと思うのである。
しかしその者達の能力や信頼性を見極めるのは中々難しい事ではあるが、
いままで7年間にわたる秀さんのベトナムでのドロドロの経験から積み上げてきたネットワークを使えばそれ程難しいのではないかとも感じている。
あ〜ぁ!
今になって思えば・・・、
昔、昔、銀座や新地のクラブでオネエちゃん達に長い間浪費した数千万円の飲み代が今あれば・・・・
と猛反省しても遅いわい!
ホンマに生きた金を使わんといかんばい、
と今になって気づくホーチミン中年アホおやじ秀さんである。
最後に1言
浪費した金、青春と同じで戻らない!
残るは白髪とビール腹
されど、夢を追う気持は負けへんで!
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完全に信頼していたメイドに金品を持っていかれる国にあって、それだけ確信を持って人物を見抜くことのできる目、すごいです。
秀さんがただのエロおやじじゃないことがわかりました(すんません)。
騙されても騙さないこれしか言いようがありませんね、まぁ、日本でも同じかもしれませんが・・