前回宝くじ編でベトナムの親友同士が仲違いした話しをしましたが、秀さんが思うにベトナムでは親友っていう関係は有るのだろうか?・・と。
確かに友人知人は沢山いることはそのビールの飲み方を見てもわかる気もするが、普通、親友って一人、多くても2人までが日本人の感覚ですよね!でもベトナム人は、友達の友達もまたその友達も皆友達みたいな感じですので、最初は3人位で食事をしながら酒を飲んでいても最後には10人位の大人数になる時がある、友人から電話がかかると秀さんは1度も面識が無くてもそんなことはお構い無しに同じレストランに来るように呼ぶのである。
まぁそこまでは秀さんでも判るのであるが、その呼ばれた奴にまた電話がかかってきてその奴がまた別の友達を呼ぶのである。そうなると最初の3人は後からくるベトナム人を誰も知らないことになるが・・・そんなことを考える方がおかしいというのがベトナム人なのです。
大らかと言うか、友の友は文句なしに友なのである。秀さんは、最初の知り合いの者は先に帰ってしまい、最後には知らない奴ばかりと酒飲んでいたこともありやす。日本人に比べてもベトナム人は格段に友達の数が多いのに驚きます。
無くなった親父さんが詩吟の先生をしていたことは前にお話をしましたが、
詩吟というのは漢詩だけだとお思いでしょうが、そうでなく論語や俳句、和歌etc・・・要は何でも節を付けて謡ってしまうものなのです。
昔、親父と友達の話になった時に言われた言葉が、真の友人とは松柏のようなものである。
何のこっちゃい!ですが、以下説明しましょう。
論語に、歳寒くして松柏の凋むに後るるを知る という言葉があります。
以下説明しましょう。
論語に、歳寒くして松柏の凋むに後るるを知る という言葉があります。その意味から親父が勝手に自分で意味を転用して秀さんに話したことです。
歳(年)さむくして=冬:逆境の時や混乱時のたとえ、松柏の木のしぼむに後るるを知る=松や柏といった針葉樹は冬でも青々として変らないことを知る。
春や夏の間=景気の良い時や順調な時には、様々な木々が緑豊かに茂っています=様々な沢山の人が寄って来たりする。
でも冬が来たとき=逆境の時、
他の木々たちが葉を落とす=盛んに言い寄って来て交流した人たちが去って行った後:春夏には沢山の木々に囲まれて目立たなかった松や柏の木だけは、変わらない緑を保つ=良い時も悪い時も変らない姿勢・生き方=変らずに友として支えてくれる。
そんな松や柏のような友達を持ちなさいと・・・・
当時は回りくどい話だとウンザリした記憶があります。
今思うに・・・秀さんも人生においてかなり厳しい逆境の時期がありましたが、
そんな秀さんでも従来と変らずに付き合いを続けてくれた人々に感謝の気持ちで一杯でございます。
歳を重ねてさまざまな経験を積むと、親父の話したこの話の意味することやその深さが判ってきますね。
でも中国いう国、本当に立派な詩や歌がたくさんあり、ロマンに満ちた国で素晴らしい文学者達を多く輩出して来た国です。以前は大好きな国の一つだったのですが・・・実際に何度も行ってみると・・・今は何故か?・・・悲しいかな、特に現在の中国を見ていると以前のような良い感情がわかなくなってしまいました。
同じ共産主義の国でもベトナムの方が格段に秀さんの琴線に触れる国なのでありやす。
まぁそんなことは置いといて、友人とは利害関係がなく本当に良いものであります。
秀さん お見舞いにたくさんのベトナム人が来てくれ、その心の篤さに胸が一杯になってしまいました。
残り少ない人生ではありやすが、これからも良き友をたくさん作って行きたいと思っております。
最後に一言。
友、遠方より来たる、また楽しからずや!
この漢詩の秀さん流の意味は・・・秀さんの友人がはるばる日本より越南の地に遊びに来た、嬉しいことしきり・・・。
まして、日本の山海の珍味持参なら更に嬉きことこの上なし!
あ〜、最後のこの一言が秀さんの卑しい人格を表していると天国の親父に叱られそう!
スミマセンどす、父上〜さま!
2007年12月10日
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